光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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これでヒーロー殺し編も終わりかぁ…学炎祭の頃に比べればやっぱ短かったですね。
まあ、そんなこんなで続きをどうぞ。(最近、前書きがあんま書くこと少ない…)


84話「感染」

 

 

保須市の事件から一夜が明け、瞬く間にヒーロー殺しの件で街中が噂になっていた。

ステインが逮捕された事に関して、市民が安堵の息をつく反面、何処か勿体無い…という残念な表情も読み取れた。

 

 

ヒーロー殺しの最後――

 

 

それが、この社会に影響を及ぼした。

ステインに憧れ、尊敬する市民も、低くはないという事だ…

最後に見せたあの信念は、心をくすぐられ、カッコいいとさえ思えてしまう。

そんな彼に、一部のファンが増えることも…

 

 

――ヒーロー殺し逮捕。

ヒーロー数名、高校生も数名、そして駆け付けたエンデヴァーが見事、ヒーロー殺しステインを片付けたとのこと…

この事実は超人社会、ヒーロー社会のみならず、忍社会にも大きく影響を受けた。

全国の忍達の命令は二つ、一つは漆月の処分。

もう一つ、それはヒーロー殺しの捕縛……

忍殺しステインなんて呼ばれてた彼は、忍社会にて刃を振るい、善忍悪忍問わず、殺害してきた身。

その男が、逮捕されたのだ。

善忍も悪忍も、歓喜の声を上げる。

 

やっと、悪夢が去ってくれた…これで忍の命が救われた…

そう言った安堵の息をつく者も少なくはないはず…

何よりオールマイト以降、単独犯罪者では最多の殺人数、犯罪史上に名を残す敵、ヒーロー殺し・ステイン、犯行の動機など詳しく追って伝えるとのこと――

 

ステインの逮捕が、ここまで社会を揺らがす事になるなど、当の本人も知る筈が無く――

また、四体の脳無の逮捕については、それ程触れてはいない。

ステインと同じく暴動を尽くしたことから、ステインとの関係性があるのではないかと疑いを持ち、また脳無は以前、雄英高校襲撃事件で逮捕された脳無と外見が一致してることから、敵連合との関係性は高いと言っても良い、それらに関しては警察やヒーローが追ってるとのこと。

また忍もその事件の真相について影で追っている。

脳無に関しては、住所・戸籍不明とのこと…外見的特徴から考え、今後とも逮捕された脳無に関して調査を続けるなどと言った声が挙げられている。

 

 

「………ははは、どこもかしこも、脳無は二の次…か――」

 

 

テレビニュースの画面、チャンネルを取り直ぐに電源を消す。

そして読んでた新聞を、丸め、粉々に塵にする男、死柄木は笑ってはいるものの、声に喜びはない。

黒霧はバーカウンターで食器だのコップだの洗い、それが終われば酒など整理し、手入れをしている。

漆月は絆創膏や湿布など貼られており、気分転換したいのか、死柄木から借りたゲームをやっている。

横で「うわっ!やられた!」と子供っぽい声を出すがそんな事さえ気にならない。

一方漆月は、死柄木が機嫌が悪い事に気付いたのか、視線を戻してゲームを中断させると、バーのテーブルカウンターに肘を突き、死柄木を見つめる。

 

「……どお?死柄木、今の感想は――?」

 

「……気に入らない、最悪だ……俺はこんな糞みたいな結果を求めてたんじゃない――」

 

死柄木が保須市で高らかに言ってたセリフを思い出す。

 

 

『そんな悪党の大先輩も、夜が明ければ世間はアイツの事なんざ忘れてるぜ?』

 

 

「食いぶち減らして忘れさせる処か……俺らの方がオマケ扱い…か――」

 

汚名返上のつもりが、とんだ泥を塗ってしまった。

何時迄も思い通りにならない世の中、死柄木の限界もそろそろか、より癇癪的になってしまっている。

何故、ヒーロー殺しが良くて俺は良くない?

アイツも俺らも、所詮は壊したいが為に動いてきた。

同じ敵なのに、この天と地の差は何だ?

死柄木は、其処が分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は同じく、保須市総合病院――

緑谷は携帯を持ったまま、興奮していた。

この言い方だと唯の変態にしか見えないが、これには訳がある。

昨日の件…緊急連絡の一括送信、そしてヒーロー殺しの件で心配した女子、お茶子は緑谷に連絡を入れ、話していたのだ。

他の皆んなからは反応が無いということは、きっと忙しいのだろう…そもそもクラス全員のメアドを知ってるわけでは無いので、限られてるが…

お茶子は心配してた。

ヒーロー殺しに、飯田の件…殺されてたかもしれないんだよ?という彼女の気遣いと心配…

その気遣いは嬉しいし、忙しい中態々心配してくれるということは、それは彼女の優しさだ。

 

そう、そこは良い…そこは良いんだが…

 

 

「飛鳥さん時もそうだったけど……

携帯だと、声近い、スゲェ……!」

 

 

問題は緑谷自身だった――

そもそも女子とはあまり喋らないし(性格上、喋りかけない方なので)、こう言った異性との触れ合いには慣れてないのだ。

そう言ったシャイボーイは世の中いるはずだ…

リア充とかそう言った異性との付き合いがある人間には分からないかもしれないが、これはこれなりで中々緊張するものだ。

 

と、緑谷はそう思いつつロビーから病室に入る。

病院内での通話は、室内では禁止されてるので仕方ない。

病室に入ると…

 

「アレ?」

 

「あら、どうも緑谷さん…」

 

飛鳥、雪泉、飯田、轟の四人は勿論いるのだが…ここにはいなかった人物が一人、黒髪パッツンと言えばもう分かるだろう…

斑鳩が病室内にいた。

 

「あれ!?斑鳩さんどうしてここに?いつから…?」

 

「そんな慌てなくても…私はつい先ほど来たばかりですよ」

 

「ホラ、お見舞いは実はもう一人いるって、言ってなかったっけ?」

 

「初耳!!」

 

これ実は分かりにくかったが、飛鳥は確かに言った。

だがグラントリノ達が入ってきたことにより、扉の音とともに掻き消され、飛鳥の言葉遮られたのだ。

ある意味言ったとは言えるが、伝えられてなかったようだ。

緑谷はロビーで通話してたが、偶々、斑鳩とは会わなかったらしい……

しかし、斑鳩が何故態々とパトロールを中断してまで見舞いに来たのか、この場の皆は見当もつかない。

しかし、斑鳩には理由があった。

 

「飯田さん、ヒーロー殺しの件と、貴方のお兄様である天晴さんのことは聞きました――」

 

「……」

 

斑鳩の言葉に、飯田は唾を飲み込み、沈黙する。

 

「…飯田さん、貴方は愚か者です。

本来なら、もしあの場にいたら軽くはたいてました――

私は今それ位、怒っています――」

 

斑鳩は真面目であり、よく葛城に注意していたが、今回の斑鳩はその比ではない。

本当に、尋常じゃないほど怒っている。

見れば、その瞳は震えていた。

空気が途端に重くなる。

 

「貴方は知らないかもしれませんが、私もヒーロー殺しの行いは、許せません…何せ、貴方の兄をあんな風にした輩を、誰が赦しますか?

飯田さんは、関係ないと思っているかもしれませんが、それは無いです。

ありえません…絶対に。

私は、貴方の兄に救われた事がありますから――」

 

飯田の兄は、斑鳩の悩みを聞いてくれた。

初対面で、何も知らないのに、その人が困ってると、悩みの相談に付き合ってくれて、必死に考えてくれた。

そのお陰で家族とは何か、そして兄である村雨と向き合うことが出来たのだから、感謝しても仕切れないもの。

 

もし自分の兄が天晴であればと思うこともあり、天哉が羨ましく思えた事だってあった。

そんな、そんな天晴こそ自分のヒーローであり、自分の憧れでもあった。

 

「詳しい事は言えませんが、私は確かに救けられたんです、貴方のお兄様に…

感謝しても仕切れない恩があります…

 

貴方が敵討ちをする気持ちも分かりますし、ヒーロー殺しが許せない事も知っています。

飯田さんだけじゃ無いんです、私だって、天晴さんの後ろを付いてきてくれた相棒(サイドキック)も、皆んなヒーロー殺しを赦せない。

しかし、貴方が復讐に走ってどうするんですか?

それで天晴さんは本当に喜びますか?違うはずです、貴方も分かってるはず…

貴方の兄はそんなことを望んでいない」

 

分かってるからこそ叱る。

だからこそ、叱らねばならない。

終わったことでも、言わなければならない。

 

「もし仮に、貴方が天晴さんと同じ立場だったらどうします?

貴方の兄が、天哉さんの立場だったら、貴方はそれでも行かせますか?」

 

飯田は首を横に振る。

飯田も分かっている、分かっていた…

自分のやってる事が正しいことでは無いと…復讐でステイン、ヤツの罪を思い知らせようとすることが、間違ってると…

もし、本当に罪を思い知らせるのであれば、違う方法だってあった。

 

「なら、次はもうこんな無茶やめて下さいね?

貴方だけじゃないんです、心配してるのは…

皆んな、飯田さんのことが大切なんですから…それが消えたら、皆さんや、貴方の事を大切に思う天晴さんも、悲しみます…

 

貴方は愚か者ですが、恥じる事ではありません…

失敗を踏まえ、人は成長をする……

だから、もう二度とこんな真似はしないで下さい――これは、皆さんの願いであり、私自身の思い…ですから――」

 

飯田の目から涙が溢れ、頬に伝わっていた。

ここまで自分を大切に想ってくれてる人がいて、斑鳩さんに迷惑をかけ、自分は何て愚かなんだ……

自分を大切にしてくれてる人間が傍にいたのに、それすら気付けず、自分のことしか前を見ていなかった…

 

斑鳩さんの言う事は全て正論だ。

僕は、何もかも間違っていた。

友に、忍に、ヒーローに、心配を、迷惑をかけてしまった。

情けない…実に情けない…

 

でも、自分が愚か者でも、次は…もう二度と間違えない。

自分の道を踏み外さない。

二度と、こんな愚行をしない…復讐心に塗れない。

 

 

「斑鳩さん…ごめんなさい――

そして、有難う――!!」

 

 

これで何度泣かされたことか…

ステイン、お前の言う通り僕は愚か者だ。

ヒーローを名乗る資格はないと言っても、何も言えない…

でも、僕には大切な人がいる。

友が、忍が、兄が、家族が、僕の支えで、導く…

もう次は、こんなことはしない…

二度と復讐心に染まらない…

 

 

 

――飯田の新たな決意。

 

「まあ、何がともあれ…これで良かったな」

 

「そうですね、何だかちょっぴり、あの二人が羨ましく思えます――」

 

ベットで腰掛けてる轟に、椅子に座ってる雪泉は呟く。

あの二人はまるで家族みたいだ。

飯田が弟だとすれば、斑鳩は姉だろうか?なんてこと考えながら、周りの人たちは二人を見つめていた。

 

「けど、斑鳩さんと天晴さんって何があったんだろ?

それに斑鳩さんもよく此処の病院にいるって分かってたね」

 

「私が連絡したからね〜。

斑鳩さん、私たちのお見舞いに来てくれて、そこから飯田くんたちのこと話してて」

 

「あっ、成る程!そうだったんだ!」

 

飛鳥の簡潔な説明に、掌を叩く緑谷。

 

「それはそうと腹減った…飛鳥が持って来てくれた太巻き、食おうぜ」

 

「そう言えば丁度お昼だしね……これも半蔵さんが?」

 

「ううん、私の手作りだよ!お口に合うと良いけどなぁ…」

 

飛鳥は照れる可愛い素ぶりをしている。

二人は太巻きに手を伸ばすと、なんと言うことだろうか…

デカイ。

太巻き、想ったより少しデカかった。

大きく口を開いても食べれるかどうか、それすら疑わしいほど、デカイのだ。

 

「……で、デカイね!?」

 

「太巻きは大きくなきゃ太巻きじゃないもん!」

 

「そ、それはそうだけど…」

 

改めて見るとデカイ。

デカイでかい言い過ぎかもしれないが、これまた本当なのだ。

作るの初めてかな?なんて想ってはいるが、何故かそれを言ったらいけないような気がした。

かと言って、このまま食べない訳にもいかなさそうだ…だって天真爛漫な笑顔なのだ、それなのになんか怖いもん…

笑ってるようで笑ってない…みたいな。

 

「え、えっと…いただき…ます?」

 

何故疑問形だ。

と、ここに瀬呂が居れば突っ込まれている。

別に太巻き自体は普通だ、何処かのラブコメ漫画やラノベだと、美少女やヒロインが作るの品は大抵、死ぬほど不味いもの、形も黒焦げクッキーだのドロドロのチョコだの、普通ならそうだ。

しかし、この太巻きはそれと比べて良い方で、普通なのだが、何故か命懸けで食べなければいけない気がしてならない……

中には何も入ってなさそうだし、酢の匂いがつんざく。

 

太巻きを口に入れる。

ギリギリ口に入り、口を開き過ぎて「オェッ!」となりそうな程だが、ここで頬張れば問題ない。

思いっきり噛み締め口の中にいっぱい広がる。

 

うん、味は悪くないし美味しい。

これが飛鳥さんの手作りか…

っていうか、お母さんを除いて、女子の手作り…食べるの初めてなんじゃ…?

 

「ッッッ!!うおおぉぉぉああぁ!」

 

緑谷は絶叫する。

あまりにもの美味しさでもなく、不味いからでもなく、女子の手作りを食すのが初めてだから、叫んでいるのだ。

自覚すればするほど、緑谷の心は擽られ、羞恥心に顔を染める。

顔が赤くなり、病室だというのに発狂してしまう。

 

「ええっ!緑谷くん大丈夫!?」

 

「緑谷?!」

 

天然な飛鳥と轟の二人は、何故発狂するのか知るはずがなく、緑谷の絶叫に声をかける。

幾ら嬉しくとも、流石に発狂することは…どんだけ女性に対して不慣れなのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「あれ?雅緋ちゃんがパソコンを弄ってる?珍しいね〜♪どうせいじるなら、両奈ちゃんを虐めて欲しいな〜♪」

 

「両奈、全然上手くないから…私の方が完全に上手いから、雌豚がしゃしゃり出るんじゃないわよ!」

 

「きゃいんきゃい〜ん!もっと怒って怒って両備ちゃ〜ん♪」

 

「静かにしてくれないか二人とも…」

 

 

一方、蛇女子学園の雅緋達は体や腕、頭に包帯を巻いており、病室のベットの上でパソコンと睨み合いっこしている。

蛇女は伊佐奈の事件があってか、まだ完全に傷が治ってないため退院出来るまで、修行も出来ず、安静にしているのだ。

パソコンは紫の物を借りて、ニューチューブを観ている。

尤も、雅緋はニューチューブだのそう言った動画は見ない為、当然パソコンとも無縁な彼女は操作は分からなかったが、紫の説明でこうして何とか視聴する事が出来る。

しかし、パソコンやネットにすら興味の無い雅緋が、何故急にネット動画を観てるのか…それには理由があった。

 

 

 

ヒーロー殺しの動画。

この動画は世界中に配信され、今もネットの再生と削除のイタチごっこ。

ネット上でも荒れている。

雅緋たちもヒーロー殺しの噂は知っている。

何せ忍を殺害するヴィランだ、市民を殺害するヴィランなど世の中数えきれない。

しかし、忍を殺害するヴィランなど、今までで聞いた事がない。

ヒーロー殺し・ステインの記事を読んで、自分もステインの最後を、しかとこの目で観たかったのだ。

 

「別名、忍殺しとも謳われた男……コイツの最後の生き様は……我々忍の敵でありながら、信念は認めざるを得ない……何より飛鳥たちが、アレに立ち向かったとはな……」

 

雅緋は厳しいが、強者は誰であろうと賞讃する。

それがヒーロー殺しや、忍殺しと呼ばれようと関係ない。

強き者は生きる価値のある人間だと、雅緋はそう思っている。

口先だけの人間は幾らでもいる…でも、アイツは口先だけじゃない、ヤツとは遭遇したことはないが、それだけはハッキリと言える。

雅緋は見る目はある、だからヒーロー殺しの最後が如何にどれ程勇敢であり、信念を持っていた事が、ネット越しでも伝わるのだ。

そこは良いとして…問題は飛鳥たちにある。

今まで忍の甘ちゃんだと思ってきた彼女が、善忍が彼に挑んだと聞く。

しかも雪泉という月閃の、善忍のエリート学校の者とだ。

雪泉に関しては直接会った訳でもないので、どんな人物像なのかは知らないが、飛鳥の仲間となると、根は優しいのだろう。

弱かった飛鳥が、ステインと対峙した…

焔の最強の友達…なるほど、これはどんだ間違いをしていたようだ…

 

「まあどちらにしろ、ステインが捕まって良かったさ…

残るは、敵連合のみか…」

 

一番重要なのはこの組織である。

まず目的の一つ、漆月がそこに在籍している。

しかし、ヒーロー殺し・ステインとは敵連合との接触があったと疑われ、また仲間ではないかという疑問も抱いていた。

漆月がヒーロー殺しに忍の存在を教えていたと考えれば、敵連合は、次は何をしやらかすか分かったものではない…

 

「早急に、対処しなければな」

 

蛇女を汚した。貶めた。生徒たちを殺した。

それらの罪は償わせて貰う。

但し、感情や私怨に心を支配されるのではなく、自分たちの意思として…悪の誇りとして…

これ以上、もう私怨で動かないことを、皆んなで決めたから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、ヒーロー殺しが捕まりましたか――」

 

その女はテーブルの上に置かれてある紅茶を啜りながら、パソコンに映し出されてるユーチューブの動画、ヒーロー殺しを観ている。

その少女は、優雅であり気高き王者…と呼べば良いだろうか、長い金髪に気品のある口調、端から見ればセレブのお嬢様、と言われても不思議ではない。

 

湯気を立ててる紅茶を、一口啜るとテーブルの上に置く。

まだ途中だったであろう書類の整理と執筆を後に、今はこの動画を観ることにした。

――何、ほんの少しの休息と思えばこんなもの――

 

「っと、いけない…私としたことが…ついうたた寝を……」

 

ほんの少しの休憩と聞くと、つい眠気が…

休憩の時間などそう言った時間はいつも、睡眠をとることにしている。

寝ることが好きなのだが、決して睡眠不足とか言う訳ではない。

ただ、好きなことが睡眠を…寝ることが好きなので好きで取っているのだ。

だから、少しの休憩と思った途端、条件反射で眠気が襲ってくる、困ったものだ…いい意味で。

 

「紅茶を飲み終えたら…また再開しますよ…」

 

独り言を呟きながら、動画を見つめている。

しかし嬉しいものだ、同じ悪忍とはいえ…ステインが捕まることは…

忍殺し・ステイン。

その信念は実に素晴らしいものだと思う。

別に犯罪者に肩入れをしてる訳ではないが、信念がない者は淘汰される…その価値観は自分も同じだから。

力こそ全てとは言わない…しかし、力無き者に信念も無ければ、それは弱き証拠…

弱ければ何も守れない…何も救えない…

だからステインの信念が歪んでいようと、それを否定することも、責めることもしない…寧ろ強き信念は賞賛に値す――

 

「書類整理は終わりましたか〜…?って、何くつろいでるのですか!?」

 

「ッ!『銀嶺』さん――!入る時はノックくらいして下さい!」

 

銀色に縦ロールがドリルのような髪型、螺旋状のような造形物をこよなく愛する少女の名は『銀嶺』、この少女の右腕的存在だ。

 

「それに、今は休息を取っているので、問題ないでしょう?」

 

「何を言ってるんですか!そう言いながらこの前15分の休息を取るつもりが1時間も寝ていたのはどこのお嬢様でしょうか?」

 

「ぅっ…戦闘に限らず痛いところを突きますね……」

 

この前、明日提出する筈の書類を、寝てしまったためギリギリになって出したことがある。

もし寝ずにあのままだったら、きっと…

 

「それはそうと…何を観てるのですか?珍しい…」

 

「いえ、ヒーロー殺しの件について…」

 

「ああ、忍殺しの……」

 

銀嶺は「成る程…今一番の話題になってますものね」と納得したように呟くと、少女に背を向け部屋を立ち去る。

 

「それなら良いのですが…時間も程々にして下さいね?

 

 

『麗王』様――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、雄英高校の仮眠室。

ソファの上に座り腰掛けてる人物が三人いた。

ガリガリのゾンビ…いや、皮を被った骨人間と思わせる容姿を持つ、トゥルーフォームのオールマイト。

緑谷の研修先として務めてた老人・グラントリノ。

そして、もう一人はとても老けており若々しいとも呼べず、杖を手に持っている老婆が不機嫌な顔を立てている。

 

「おい俊典、お前あの小僧にワンフォーオールのことと、何故俺と忍の関係を話さなかった?」

 

「も、申し訳ありませんグラントリノ師匠…正直恥ずかしいことに、私…師匠のことすっかりと忘れておりまして…というか、記憶を封印しておりまして…」

 

「おい、もう一回ゲロ吐かせたろか?ん?」

 

「すいません――!」

 

グラントリノに恐縮するオールマイトは、頭をペコペコと何度も下げながら、「これだけはご勘弁を」と謝罪する。

No.1ヒーローも、こうして見るとサラリーマンに見えるのは気のせいか。

 

「はぁ〜…アンタ等の師弟関係は相変わらず、昔と変わっとらんねぇ…

 

それは別に良しとして……半蔵から話は聞いたよ?

本当なんだろうねこれは…もしこの話が事実であれば、全国の忍が動かざるを得ないよ――」

 

「そ、それは勿論分かっております『小百合』さん!

私も、この事実に正直…受け入れません…

だって、あり得ませんよ?私はあの時確かに…」

 

「真実は真実じゃ……

アンタの過去のことは分かる…酷なのもここに居る皆んな同じじゃ…

しかし、だからこそ情は捨てなければならん…それは忍だけじゃない…アンタも同じさね」

 

この老婆の名は小百合。

忍の頂点、最高称号カグラを持つ者、とは言ったもののそれは昔の話…

今は元・カグラ。

忍を辞め、『巫神楽三姉妹』と呼ばれる、時空やそれらを超越するような不思議な力を持つと噂されてる、巫女の一族の者と共に居るらしい。

そして、飛鳥の祖母でもある。

当然、飛鳥は小百合が何故、何も言わずに家を出たのかは知らない。

小百合は煙草を一本吸うと、灰皿に吸った煙草を置き、白い息を吐く。

 

「ああ、俺や小百合がこうして態々ここにやって来たのは尤も他でもねえ…

 

ヒーロー殺しの件についてだ。

正直驚いたよ、相見えた時間は数分もないが、それでも戦慄させられた――

奴が何故、忍に対抗できたのか理解できたよ…」

 

「そんな…!グラントリノともあろう者が戦慄させられるとは…

 

しかし、奴はもうお縄になったのに、何故ヒーロー殺しの件を?」

 

オールマイトはあの現場にいなかった為、ニュースでしか見たことがなく、その気迫が何なのか、何故ヒーロー殺しの件を態々ここで話すのか、彼には理解できたなかった。

 

「俺が気圧されたのは恐らく、強い思想…

あるいは強迫観念から来る威圧感…

 

褒めそやす訳じゃねえ、けどな俊典…

お前が持つ平和の象徴観念と、同質のソレだ――

 

安い話「カリスマ」っつー奴さ、今後取り調べが進めば、奴の思想主張が、ネット・ニュース・テレビ・雑誌…

あらゆるメディアで垂れ流される…

ヒーローと忍…今の時代で善くもわるくも、抑圧された時代だ、それに関してはヒーローと忍は変わらねえ…

必ず感化される人間は現れる――」

 

グラントリノの気迫のある視線…

小百合はコホンと咳払いすると、口を開く。

 

「あたしゃは不思議に思ったんだよ、蛇女子学園の話、聞いてるだろ?敵連合が攻めて来たって…

どうにも可笑しいと思うんだよ…態々ド派手に襲撃をかまし、あろうことか仲間に引き入れるってね…

忍側では、忍の仲間を引き入れる犯罪集団なんて言われてたが、どうにも納得が行かなくてね…」

 

「え?待って下さい…?何故ヒーロー殺しの件で蛇女の話が?

理由が分かりませんし、関係性は全く無いかと…」

 

「いいや、それが大アリだ…俺も小百合も早く気付くべきだった…

こりゃ俺たちもやられたさ…まさか()()()()()()だったなんてな…

 

雄英高校の襲撃、蛇女子学園の襲撃、そして保須市にてヒーロー殺し…

それらの事件は全て、敵連合に繋がっている――!!」

 

繋がりが示唆された。

この時点の連合は「雄英を襲って返り討ちにされたチーマーの集まり」から、そういう()()()()()()()だったと認知される――

 

「つまりだ、受け皿は整えられていた!

個々の悪意は小さくとも大きくとも、一つの意思の下集まる事で、何倍にも何十倍にも膨れ上がる……

それも、良からぬ最悪な方へとな――

 

――ハナからこの流れを想定…いや、そうさせていたとしたら、敵連合の大将はよくやるぜ…気味が悪い程にな…

 

着実に外堀を埋めて、己の思惑通りに状況を動かそうというやり方…

敵連合は、抜忍・漆月とステインに関わる前から、奴らは忍の存在を既に知っていた…となれば…忍を知ってる人物は()()()()、ヤツしか考えられねえ…!」

 

オールマイトの額に冷や汗が流れる。

嘘だ…また、悪夢が襲いかかるのか?

蛇女子学園の襲撃…あれは、そういう事だったのか――!!

 

 

「俺の盟友であり、お前の師…先代『ワン・フォー・オール』所有者である志村を殺し、

半蔵の親友――黒影の両親を殺害、更に黒影(アイツ)を再起不能に陥れ、お前の腹に穴を開け、小百合と志村の愛弟子であり、お前のコンビ…『陽花』を殺した男…

 

古の妖魔『心』を創り上げ社会そのものを破滅の危機に追い込み、忍からは『神威』と呼ばれ、恐れられた悪の象徴――

 

――『オール・フォー・ワン』が再び動き出し、敵連合の黒幕として生きていると見なしていい――!!」

 

 

神威。

忍の最高位と謳われるカグラとは真逆の存在…

カグラとは、最前線で妖魔と戦う忍のことであり、又は忍集団の事。

基本資格は最強の強さのみ、例え善忍だろうが悪忍だろうが、抜忍だろうと構わない。

 

しかし、神威とはカグラとは違い、災厄として世界を脅かす存在。

妖魔クラスの危険性を備える忍や、またその実力を持つ敵…

つまり、世の中を脅かす忍の敵と言える。

また規格外の強さを持つ妖魔も、神威と呼ばれてたことがあったそうだ…

例えば――オール・フォー・ワンが、忍の存在を滅するために創りあげた古の妖魔『心』とかが代表だ。

 

「まさか――!あの怪我でよもや生きていたとは…信じたくない事実です……」

 

薄々と気付いていた…

脳無と呼ばれる改人、抜忍・漆月…ヒーロー殺し・ステイン…

まさか、それらが…繋がっていたとは、信じたくない事実だ。

真実とは時に残酷なものだとよく耳にする。

だが、今回ばかりは本当にそうだ、最早悪夢よりも恐ろしい物……

ヤツが生きてることでさえ、あってはならない事態なのだから――

 

「あたしゃ巫神楽三姉妹に今起きてる忍社会の情報、ちょいと調べさせて貰うよ……ヒーロー殺しが捕まった今、何が起きるか分かったもんじゃない……

じゃが、きっと何かある…腹くくって覚悟しておいた方がええ…これを気に、飛鳥に真実を話しんしゃい…!」

 

「小百合の言う通りだ、緑谷にも教えておいた方が良い…

 

お前のことを健気に憧れているあの子の為にも、話すんだ。

 

――ワン・フォー・オールの真実と、それらにまつわる全てをな」

 

「………はい」

 

 

オール・フォー・ワン…

まさか、再びこの名前を呼ぶことになるとは…

神威は上層部の忍が恐れて付けた二つ名だ…

師匠は殺され、仲の良いコンビだった陽花くんも殺され、黒影さんを、悪を憎む道に進めた張本人…

そして…小百合さんが忍を辞めたキッカケでもある。

 

アイツは、全てに於いて悪影響でしかない、赦されることのない存在だ…

忍としても、ヒーローとしても…

 

 

再び、戦う時が来たか…

充分に覚悟を決めていたが…

やるしかない…未来ある子達の為にも、そして平和の社会の為にも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保須市の事件から二日後、ヒーロー殺しの素性はあらゆる角度から暴かれ始めた。

 

繁華街にあるスナック・バーの店…

その中には見慣れぬ人物が二名…薄暗いバーの部屋は、死柄木達が使ってる部屋とは少し違う。

黒いセーラー服に、身長は150㎝か、低身長であり実は高校生…

携帯にストラップがジャラリとついてある。特に目が付くところはモフモフとした巨大なストラップ。

対してもう一人の人物は、無表情とした氷のような、でもって気味の悪い仮面を着用し、灰色のコートを着こなす人物。

 

「ふ〜ん…蛇女ん処は伊佐奈の所為でぶっ潰れちまった訳だが、お前が妖魔を全部持ち帰ったんだってな?」

 

「ええ、その通りでございます…()()がハナから想定してたそうだ…いや、そうです…」

 

「別にアタシに敬語はいらねーよ、タメで良い…

――まっ、お前ら忍商会には感謝してるぜ…姫も大喜びだ。

妖魔がなくなったって聞きゃあゼッテー手ェ付けられねえかんな、マジで」

 

「お褒めの言葉、誠に感謝…

とは言ったものの俺たち忍商会は本来、裏サポートアイテムの開発・売買が基準なんだが、オールマイト以降、仲間も全然売れやしねえし嘆いてる奴らばっかでさ、妖魔を売ってやっと買ってくれる状況さ……」

 

「まあ、最近の忍は戦ってばっかだし、諜報活動が成ってねえんだよ……」

 

「だよなぁ……ハァ、忍商会なんて名前じゃなくて、いっそのこと張り切って名前変えようかな…妖魔商会とか……

妖魔は売れても、サポートアイテムが売れねえのは心細い…

昔は衝動が国全体に充満してた…もう今の時代は要らねえのかもな、サポートアイテムなんて…」

 

「んでそこでだ『左門』――

お前らにゃあウチら『戦姫衆』が感謝してる。

忍商会に期待はしてるし、心底評価してるから話すんだ…ホラよ」

 

少女はニヤリと口角を吊り上げると、片手で素早くいじってると、左門に携帯を見せる。

映し出されてるのは、今最も急上昇ににして大人気の動画、ヒーロー殺しの動画だ。

 

「お前はもう知ってんだろ?

アタシが独自に調べたんだけどさ…あっ、因みにこの動画はアタシが上げたヤツな。

 

 

――ヒーロー殺し・ステイン。本名・『赤黒血染』、年齢31歳、血液型はB型、両親は他界してる。両親に関しては事件とは関係性は無いそうだ。

元は私立のヒーロー科高校に進学するもヒーロー観の根本的腐敗に失望し、一年の夏に中退。

「英雄回帰」を訴える程だ、

元は善良のあるヒーローだったって感じだな――

まっ、ヒーローの価値観に対して不満がる気持ちは超が付くほど共感できるヤツさ」

 

赤黒血染。

オールマイトのデビューに感銘を受け、ヒーローを志す。

10代終盤まで「英雄回帰」を訴え街頭演説を行うも「言葉に力はない」と諦念し、以降の10年間は「義務達成」の為、独学で殺人術を研究し鍛錬を積み重ねて来た。

 

 

――氏の主張「英雄回帰」

ヒーローとは見返りを求めてはならない、自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。

現代ヒーローは英雄を騙るニセモノ。

粛清を繰り返すことで、世間にその事を気付かせる。

 

「……いや、流石過ぎて驚いてるんだが……しかしまあ、よく調べることができたな『愉姫』」

 

「別に忍なら常識のことだろ、驚くことじゃねえし大半は慣れてっからさ。

つーかアタシのことは別にどーでも良いんだ…問題は最後のこれだ、今もネット上では荒れてるが、そこじゃねえ…

どちらも気付いてる筈だ…特にこの最後…コイツの生き様は感染していくってな」

 

「――成る程…そういうことか…

前科無数の極悪人から逃走中の重罪人まで多くの「ネームド」が……

ステインの思想に感染されて行くってことか……

つまり――」

 

「アタシは別にあそこん所の組織じゃねーもん、姫が其処に協力要請するか否かが問題だかんな。

 

まっ、そういうことだ。お前らの出番も増えるんじゃねえの?それならそれで良かったけどな」

 

 

 

 

バラバラだった悪意が今、一つの熱に当てられて――

 

――彼が所属したという組織、敵のみならず…思想に当てられ感化された忍も、敵連合に向けて動き始めてる――




これにて、ヒーロー殺し編は幕を閉じました。
にしても今回ばかりは衝撃の事実の連続でございます、蛇女子学園の襲撃がなぜ関係があるのか…まだ伏せていますが、分かってる人はいると思います。
これは直ぐに明かされるので、ご期待しててください。
それはそうと、鈴音先生が焔に話してた神威の正体って、オール・フォー・ワンだったんですよね。
彼の実力なら全てに於いて納得いきますから…

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