ではどうぞ
天空が嫌に闇に染まる。
先ほどまで夕焼け色に染まってた青空は、暗雲に覆われ大雨でも降ってくるのか、それこそ積乱雲ではないかと疑問を抱いてしまうほどに、黒い空は禍々しく、人の心を嫌な感情に染めてしまう。
空からは雨の一粒たりとも降ってこない、天気予報では曇りなんてマークは出ておらず、天晴と言われてたほどだ。
そんな保須市の繁華街にだけ覆うこの黒い雲は一体なんなのか?
漆黒の闇の下に、保須市の繁華街の路上…
数人のヒーローが束ね、傷を負った学生が数人、そして脳を斬られ赤い鮮血が海のように広がり、体をビクビクと弱々しく、魚のように蠢く翼の脳無…
突き刺さったナイフを手に持ち、脳を振り払うかのように抜き取る敵、ヒーロー殺しにして忍殺しのステイン。
そして、緑谷に気付かないことを確認すると、抵抗してる緑谷を押さえつけている。
ステインの個性なら、相手の血を舐めれば動きを止められるものを、ステインは緑谷をジッと見つめたまま、刃物を手に持ち傷つけようとも、血を舐めようともしなかった――
――全ては正しき社会の為に――
「おい!アイツ…子どもを救けたのか…?」
「バカ!あんな人殺しが人を救ける訳ないだろ!人質に取ったんだよ!」
「けどなんで…?さっきまで気絶してたよな?」
「考えるな、気絶したフリして奇襲を伺ってたんだ…ったく、ヒーロー殺し…つくづく外道だな、幼い子供を人質として扱うなんざ…!」
ヒーローたちはやれステインが人を救けたのだの、人質にとったのだの言い合ってるが、それを端から聞いた飛鳥は、心の中で否定する。
(違う…人質に取ったんじゃない…アレは…ステインは…緑谷くんを救けた――?)
殺人鬼である彼からして信じ難い行動だが、確かに、ステインは身を挺して彼を、緑谷出久を救けた。
そもそも、頭を冷やして軽く考えてみよう。
人質に取る必要性など何処にある?
それは確かに生き延びるためならせめて、人質をとって逃げる敵はいない訳ではない、実際『僧坊ヘッドギア』なんて銀行強盗故に人質をとったヴィランだっていたんだ(オールマイトに倒され警察に捕縛されたけど)。
しかし、ステインを知ってる者はその考えには行き着かず、またステインがそんな外道じみたやり方をするヴィランではないことがハッキリと理解できる。
ヒーローについて必死に語り出し、飛鳥を本物の忍として拝み、認め、褒め称え、彼女を殺さなかった――
それに気絶から回復したのなら、ここは一旦逃げればいいだけの話だ。
ステインは広場で目立つ戦闘は好まない(理由は自分の居場所、情報漏洩に繋がり、捕まる危険性が極めて高いため)。
何より気絶したふりなんてありえない。
そりゃあんだけの攻撃を叩き込んで、気絶からすぐに回復して動けること自体ありえない話なのだが、ステインのような人間は、そう言った下らない小細工や、タチの悪いことはしない。
ヴィランに肩入れする訳ではないが、これはステインと死ノ美を交わした、揺らがない事実だ。
「――何をしてる!」
予想外な出来事に、ここに割り入ってくるかのような荒々しい声が路上に響く。
声の主の方向に振り向くとそこには、豪快な炎を燃やし、マスクで目元を隠し、屈強な筋肉が露わになってるヒーロー、間違いない…
エンデヴァーだ。
こうして生で会うのは飛鳥は初めてだ。噂や轟の件、テレビ、ニュースでは予々聞くが、いざ直接こうして会うとは思いもしなかった。
尤も、エンデヴァーは飛鳥や雪泉、忍学生のことなどお気になさらず、怪訝そうな顔で皆んなを見つめてる。それこそ「お前らなんで一固まりになってるんだドアホ共!」と何処ぞの雷親父が怒鳴り散らかしそうな雰囲気を漂わせていた。
当然、今の状況が分からない人間、それこそKY(空気読めない)の人はその反応を取るのが妥当かもしれない。
「エンデヴァーさん!あの、ヴィランは…」
「ああ、思ったよりも厄介でな…一人逃げてしまったが、もう一人のデカブツは倒した。
それもかなり手荒になってしまったが、医療班に連絡した、警察もそれに合わせてやって来るはず…問題はない――
――して、奴はもしや…?」
エンデヴァーは目を細め、睨みつけるような視線で、僅かながらにうっすらと人影が見える人物を見つめる。
あの男は…?コイツは……もしや――
「ヒーロー殺し――!」
まさかこんな所で出会うとは、夢にも思ってなかった。
轟が、息子が向かったその場所に来てみれば、こんな大物ヴィランに、探し求めてた極悪人を見つけるなんて誰が予想つく?
想像もしないこの展開に、エンデヴァーは不敵な笑みを浮かべ、自慢の炎の髭が震え、思わずその場を火の海に変えてしまうくらいの高揚感が湧き上がる。
「待て轟!コイツは――」
グラントリノの止める声、しかしそれでもエンデヴァーは止まらない。
エンデヴァーが手の平から豪快たる炎を出そうとしたその瞬間――
「――偽者――!!」
「「――ッ!?」」
今まで黙って緑谷を見つめてたヒーロー殺し、ステインが振り向く。
目元を隠してたボロ雑巾のマスクは炎のせいで取れてしまい、その素顔が明らかになる。
目元は火傷を負ってはいないものの、それでもその顔は見るに耐えない傷だらけだ。
何よりも、執念がまだ消えていない。
信念は折れていない。
まだ戦えると言わんばかりの不屈な闘志。
それらを連想させる、もはや狂気を通り越し恐怖でしかないその不穏な殺気に――
近くにいる緑谷、
彼に殺されかけたヒーロー、
その場にいるサイドキック達、
雪泉に轟、飯田、飛鳥、
グラントリノにエンデヴァー、
この場の全員が恐怖で怖気付く。
好戦的だったエンデヴァーも、表情を曇らせ、オールマイトの師匠、グラントリノすらも震える。
まるで獄氷を目の当たりにしてるかのように、それこそ悪魔がこちらに歩み寄ってくるかのような、ただならぬ恐怖を、この場にいる全員は今、身を以て思い知る。
ステインは血だらけになりながらも、口から唾液を垂らしながらも、歩み寄る。
轟や飯田なんかは腰を落とし尻もちをつき、雪泉は震えが止まらず、手で口元を覆い隠し、思わず後ずさりしてしまう。
その場のヒーローも、今目の前にいるのが本当にヒーロー殺しなのかと疑いを持ってしまうほど、
ステインの信念は、執念は、殺意は、悪意は、怒りは、恐怖は、言葉で物言い表せない程凄まじいものだった。
「正さねば――」
ザッザッと足音をゆっくりと立てる。
「
オールマイトや飛鳥のような、英雄を背負うに相応しい人間を――取り戻さねば、正さねばならない――
ステインは飛鳥を見つけると、息を荒くしながらも、何かを訴えるかのように言葉を紡ぐ。
「本物を!取り戻さねばならない!誰かが、誰かが血に染まらねば――!
誰かが犠牲にならねばならない!
全ては、正しき平和の社会のために、俺は殺す――!何度でも、何度でも現れ続ける――!!
偽者を!犯罪者も!粛清だ――!」
ステインの殺意爛漫な瞳は激しく震え、その言葉一つ一つが重く、今呼吸してるのでさえ分からない、そんな気さえした。
「来い!来てみろ偽者!!俺を殺っていいのは…本物の英雄だけだ――!
オールマイト、
殺意と覇気を孕んだ叫び声に、一同は恐怖の余り震えてしまい、おろそかに足を動かすことすらままならない人もいれば、自分が何をどうすれば良いのかでさえ迷ってしまう人も、エンデヴァーみたいに表情を曇らせる人も、今その場には確かに存在する。
「お前」、その言葉が誰に向けられてるのか、知るはずが無く――
そんな恐怖に怯えてる周りの中、飛鳥だけは――
「ステ…イン――」
彼女だけは、恐怖に身を染めながらも、ステインの言葉に、どこか胸が熱くなる。
ステインの言葉に大きく影響を受けた。
しかしそれは、犯罪者の語らいではなく、ステインのもう一つの言葉の意味、そしてステインの望む物、ステインが言いたがってた本当の言葉を、飛鳥は受け取った。
『飛鳥、俺は偽者を殺す。何があっても、それだけは変わらない…それがお前の言う俺の信念…
ヒーローも忍も、偽者と見なせば、お前の大切な存在だとしても、粛清する。現れ続ける――それを止めるなら、止めてみせろ本物 』
「ステイン、なら私が何度だって止めるよ。例えそれが貴方の言う偽者でも、本物でも、私は止める。絶対に止めてみせる。
誰かを犠牲になんてさせない、そんなの私が許さない、止めてみせる…
一流の忍なんて関係無いから――」
飛鳥はそう呟いた。
それが周りには聞こえていないのか、或いはステインにしか今は目に見えていないからか、どちらにせよこのメッセージのやり取りは、飛鳥にしか分からないことだから……
ヒーロー殺しステインは、粛清でしか人を、心を、社会を、世界を正せなかった。
正すことしかできなかった。
彼にはそれしか方法がなかった…守る力、飛鳥の言う盾の力が彼には無かった。
だから例え自ら汚れる存在になろうとも、世間の嫌われ者になろうが、犯罪者としての名を背負おうと、彼は彼で正義を追い求め、信念を貫いて生きて来た。
そんな人殺しが、緑谷出久を救けたのだ。
人を殺すことでしか、正せなかった彼が初めて、ヒーローを救ったのだ。
考えたことはあるだろうか?見たことはあるだろうか?
――ヴィランがヒーローを救うことを――
人殺しが、人救けなんて無いだろう…例え昔、ヒーローを望み、ヒーローに憧れ、オールマイトに尊敬してた人でも、あの気絶から無我夢中で人を救けることなど、ヴィランがヒーローを救けるなど…あるわけがない。
例え緑谷出久が学生でも、ヒーローを志す人間に変わりない、一人の人間として変わりはない。
だが、飛鳥と死ノ美を交わし、関わりステインは確かに変わった。
自分の信念こそ変えはしない…もしそれまで変わってしまえば、自分が今まで殺してきたヒーローも、忍も何もかも全て無駄になってしまう。
確かにステインにとって偽者は処罰されるべき存在だが、ステインにはステインなりの想いがある。
それすら変わってしまえば、自分がして来た行為は全て意味を成すことなく虚無と化す。
しかし信念こそ変わらぬが、ステイン自身何かが変わった。
――守る力、本物を救ける力――
飛鳥から教わった…戦いの中で、意識的に、自然と分かった。
ただ刀だけでは社会は正せない…だから、盾という力も使って社会を正そう…
本物は、生きる意味がある。
生きる価値がある、だから本物は救わねばならない――
ステインの信念の中に生じる、光に似た信念…それこそ、飛鳥の言う刀と盾…
飛鳥は、ステインを蝕んだ。
ステインは、飛鳥を蝕んだ。
互いに互いを成長し合うその姿…
焔や雪泉と戦ったことで変われたように、ステインも彼女らと同じく、変わることが出来た。
しかし悪が善を蝕むように、飛鳥が悪に惑わされることも、俗に言う悪党になることやヴィランに変わることなど決してない。
――飛鳥は太陽だ、その太陽は悪と関われば、その悪すらも自分の正義に、光に変えてしまう。
反対な存在は時に、互いに影響し合い、成長し合う。
ステインは白目を向いている。
グラントリノが「コイツ…気絶してる…」と恐るおそる口に出した。
ステインは立ったまま気絶し、その場に立ち尽くしている。
後々から聞いた話だが、どうやら緑谷たちがステインを倒した時から、彼は既に限界を迎えていたそうだ。
折れた骨折が肺に突き刺さり、ろくに体を動かす事でさえ危険だった彼は、あの場でヴィランに立ち向かい、緑谷を救け、偽者と見なしたヒーロー達に立ち向かおうとしたのだ。
これが、社会に抗い信念を糧として強く生きて来た男の末路…
これが、忍殺しのステインにして、
―――ヒーロー殺しステイン―――
静寂な空気が嫌に冷たく、それこそ肺が凍ってしまう感覚さえした。
息つく暇も無く、エンデヴァーも、グラントリノも、その場に立ち尽くしてるヒーローも、雪泉も、飯田も、轟も、緑谷も、そして飛鳥も、動くことができなかった。
解き放たれた信念が、その場の全員を縛り付けるかのような…そんな気さえした。
繁華街。
街は火の海で燃え上がり、トラックや自動車はひったくりにされ、道路は割れている。
一体の脳無はまだ暴れている。
「強いですわね…」
「今まで本気出してなかった感じやな」
詠は息を荒くし、日影は感情はないからか、呼吸こそ平常に保っているが、それでも脳無が厄介だというのは理解している。
今まで本気を出してなかったという落胆も無いが、どこか焦りの表情が見えている。
時間も限られている、もし自分たちの姿を他のヒーロー達や忍に見つかってしまえば、マズイからだ…
特に一般市民になんてこの姿は見せられない。
脳無という強敵だけで無く、時間との勝負もある…こういった意味では修行よりも遥かに重い…辛いもの…
だが脳無も大分傷ついており、息が荒い、同じく弱ってると見なして良いだろう。
脳無の予期せぬ行動や攻撃、そして秘められた個性はおおよそ分かった。
まだ個性を隠してるのでは無いかという疑いもあるため、全部とは言い切れないが…それでもタネや仕掛けはもう分かっている。
それさえ分かれば、相手の動きや攻撃に警戒をしながら隙を突けば良いだけの話。
こういったプラス思考やマイナス思考のベクトルが平常に保てば、良くも悪くもこの現状は普通なのかもしれない…
悪く思えば気は重く感じるが、よく思えば体が軽くなる。
疲労や体力にも限界はあるものの、こちらは四人、肝心のリーダーである焔のことは気になるが、託された以上脳無を阻止しなければならない。
「なあ春花さん…この際面倒や、殺してダメなん?」
「ダメよ、昔の私たちならここで容赦なく殺してるけど…
それじゃダメ、私たちの存在がバレちゃう訳じゃない?何より忍の道に反してるわソレ」
忍と言っても、悪忍になろうが善忍になろうが、殺してはいけない人物も必ず存在する。
脳無は確かに化け物だが元はただの人間だ、操られてる可能性があれば、生かして脳無の体や構造だって調べれば、有益な情報だって手に入る。
どの道殺して良い理由にはならない。
「せやった…忘れてた」
日影は髪をくしゃくしゃしながら、ダウナーな声で返事した。
じゃあここからどうしよう…と考えてると脳無が跳躍し始める。
足を地面に思いっきり蹴ったためか、地面のコンクリートは割れてしまう。
粉砕の音、
殺意剥き出しの脳無、
ギュッと鳴る拳、
それらが彼女に襲いかかる。
防御は無理、圧倒的なパワーに耐えきれない。
回避も無理、早すぎる…仮に避けられたとて出来る自信がない。
じゃあどうすれば…?
いいや、決まってる…ここで迎撃し――
「やった!『溜まった』!」
ここで不意に未来が歓喜の声を上げる。
他の三人は「何が?」といった感じに首を傾げるが、未来は三人のことなど御構い無しに、スカートをめくる。
「絶・秘伝忍法!【ラントクロイツァー】――!!」
黒いゴスロリ衣装の四次元スカートから、突如、巨大な要塞とも呼べる重火器の銃器がズラリと出てくる。
特に目立つのが戦車とも思わせる、それこそ世界一強いと言われる戦車、AMX-56ルクレールのフランスと匹敵するかと言われて信じてしまうほど、とても重々しい、熊のような大砲が出現する。
チャームポイントといえば、可愛らしい子供っぽいマスコットのクマさんマークが注目だ。
大砲の口には既にエネルギーが溜まっている。
溢れ出んばかりの呪いのエネルギーが詰まっている。
未来が「今だ――!」と合図を出したと同時に、大砲の口に火が噴き出す。
巨大なボールのように、それこそバスケットボールの3、4倍はあるその閃光弾は突っ込んでくる脳無に外れることなく、的確に撃ち込む。
いや、外すわけがない、こんな馬鹿正直に真正面に襲いかかって来てるのだ、跳躍してるため回避する仕様がない。
なら、真っ直ぐ標準を合わせ、スイッチ…引き金を引けばいい話。
重々しい無数の銃弾は、脳無に直撃、激しい悲鳴が天につんざくように響き、脳無の体が悲鳴をあげる。
トラックに吹っ飛ばされ、それこそ王道バトル漫画で見かける吹っ飛び方をする脳無は、何処にでもある普通の建物に吹っ飛び、その衝撃のあまり瓦礫が落下し脳無は埋もれる形となる。
銃弾が止み、土煙が晴れると…脳無は白目を向いて、大の字になって倒れていた。
元々ダメージが蓄積されてた脳無は、未来の絶・秘伝忍法を食らったことにより、フィニッシュとなった。
脳無にもはや意識はない、つまりこの勝負は――
「やったぁ!倒せた!!」
はしゃぐ未来のその姿は、幼い子供のようで、脳無を倒せる忍とは到底思えないものだ。
「や、やるじゃない…未来――」
「まさか未来さんが――」
春花と詠の二人は驚く。
いや別に未来が弱いとか、意外だなとか、そういう意味で驚いてるのではない。
驚いたのは、未来の成長だ。
例えエネルギー補充をしていたとしても、絶・秘伝忍法で脳無を倒せたとしても、仲間の成長に嬉しく驚いてる。
日影も驚きはしてないが、それでも成長する未来の姿には、嬉しい気持ちもある。
感情はなくても、感情を芽生えさせることは出来る、そんな日影だからこそ、仲間がいる嬉しさも、成長する喜ばしさも、今の日影は感じ取ることができる。
勝負に勝ったのは、未来ではない――
「でも、私一人じゃやれなかったよ…トドメ、刺したみたいな感じで、別に私は大してそこまで強くない…
でも、あの脳無…皆んなで戦ったから、倒せたんだ――」
そう、焔紅蓮隊、皆んなの勝利――
四人はやったぁ!とそれこそ小学生が輪になって喜ぶ姿のように、四人は手を取り合い喜んでいる。
あの大人の魅力感溢れる春花でさえも、その輪に入って喜んでいる。
当然だ、あの脳無を…強力な脳無を倒すことができたのだから。
襲撃の時は倒すことが出来なかった…あの時は皆んなの力があってこそ其の場を退くことが出来たが、もし昔の自分だったらこの脳無には多分勝てなかったと思う――
そんな嬉々とした中、春花は一つの疑問を浮かべる。
「あっ、ねえ、そう言えば焔ちゃんは?」
その言葉に皆はハッと我に還る。
そう言えば肝心の焔がまだいない…焔はまだ戻って来てない…
どれくらいの時間が経ったのか?10分?30分?もしくは一時間?
時間というものは経つのが早い…人は体を動かすだけで時間感覚がズレるもの…
長き戦闘も、これはもしかしたら数分しか経っていないのかもしれないし、短い戦闘も長い時間だということもある…
もしかしたら、やられたのでは――?
「おい!皆んな――!」
聞き慣れた呼び声に、四人は一斉に反応し振り向く。
そこには、手荒で傷だらけで、息遣いは荒くとも、その目は死んでおらず、血を流しながらも、手をあげる姿…
間違いない…アレは…
「焔(さん)(ちゃん)!!!」
逞しき、皆んなを引っ張る紅蓮のリーダー、焔だ。
皆んなは駆け寄り走り出す。
焔が無事に帰還して良かったと笑顔を浮かべ喜ぶ詠。
無感情ではあるが、焔が無事でホッと一息つく日影。
心配してたのか、顔は涙や鼻水で顔をくしゃくしゃにして、泣き叫ぶ未来。
焔が無事に戻って来て安心する春花。
そんな四人に焔は苦笑を浮かばせながら、未来の頭を撫で「安心しろ、私は大丈夫だ」と告ぐ。
そんな焔に未来は「ちょっと!子供扱いするなあぁぁ!」と怒る。
焔は強い、それは四人が一番知っている。
だが、今回ばかりは本当に不安で仕方なかった――
だって敵連合と闘ったのだ…相手が誰なのか、どんな闘いだったのか、四人は知る由も無いが、こうして無事に戻って来たということは、きっと勝って倒したのだろう…
「事情や聞きたいこと山々あるけど…とりあえず…どうする?これ?」
焔が何か言おうとした途端、春花は親指を倒れてる脳無に向ける。
すると焔は健やかな笑顔を浮かべる。
「倒したのか…良くやった。
だが心配は要らん、警察やヒーローたちがもう直来る、捕縛は奴らがやってくれる筈だ」
「そう、なら良かったわ♪となれば、ヒーローや忍、警察が来る前にとっととズラかりましょ♪」
忍ならともかく、ヒーローや警察は太刀打ちできない。
見つかったら必ず面倒ごとになる。そうなる前に自分たちが消えればいいだけの話、焔は「行くぞ…!」と合図を出すと、五人はその場に消えた。
「――おいおいおい、ふざけんじゃ無いよ?」
ガリガリと首を掻き毟る音が、嫌に聞こえる。
双眼鏡を見渡し映る光景は、ステインが警察に捕縛され、移動牢式に入れられる姿。
「何殺られてんだよあの脳無!アイツだって何あの四人に倒されてるんだ!先生がよりよく強くしたヤツだぞ!?」
ステインによって無残に殺された翼脳無。
焔紅蓮隊により倒された強脳無。
エンデヴァーに倒されたパワー型の脳無。
グラントリノに倒された細い防御型の脳無。
「なんで居ないはずのガキどもが!あの餓鬼どもがいるんだ訳分からねえぞオイ!
――なんでアイツらがここにいる!?まて待て待て!言いたいことがあり過ぎて追いつけない!」
それらが警察やヒーロー達の手で速やかに対処されて行く。
折角放った脳無が、見事にやられた。
四体の脳無を無駄にした。
なんてたって四体のうちの一体の脳無は特別なヤツだ、それを焔紅蓮隊が倒してしまったのだ。
一人も殺せず、任務を遂行できず、失敗したのだ。
「なんでだ……なんで……」
「――死柄木弔」
ズズズ…といつの間にかワープゲートを広げる黒霧。
どうやら今来たらしい、というか今までいなかったそうだ。
いや、そんな事はどうでも良い…今は他のことに気にする余裕もなく、考える余裕もない。
「オイ黒霧!どうなってやがる!何で俺の思い通りにならない!?
というか漆月はどうした!?なんで焔があそこにいた?!」
「し、死柄木弔…それが――」
黒霧の表情は、少し意外なものだった。
あの冷静で神経質な黒霧の声は低く、何か恐ろしいものでも見てるかのような…そんな気さえ感じた。
そして、黒霧が口を開き話し出すと、死柄木は数秒間を置き、手に持ってた双眼鏡を五指で触れ、音を立てず形は崩壊する。
「なんで――?どうして――?
――どうして俺の思い通りにならない?」
「……」
死柄木の言葉に、黒霧は何も答えなかった。
仕方なかったも、分が悪かったとも言わない…
――無言。
ただ何も言わず死柄木を見守っていた。
ここで何か言っても彼には言葉は通じない、傷つけてしまうだけだ。
また、「煩え殺すぞ」と今度こそ自分を殺しに掛かりに来るだろう…
死柄木弔のいつもの悪い癖だ、こうなってしまった以上、大人しくなるまで見守るしか他ならない。
後ろからヘリの音が聞こえるが、そんなのさえ気に掛からない…
苛立ちのあまりか、数十秒間無言だった死柄木はようやく口を開く。
「……帰ろっか」
「――そうですか…
死柄木弔、満足の行く結果は得られましか?」
「バァカ、そりゃお前…明日次第だろ――」
死柄木はその場に吐き捨てるように言った。
どんなに現状を喚こうが、嘆こうが、結果によってそれは変わる。
今のことよりも結果が全てだ…
ここでうじうじしても仕方ない…なら、帰ろう。
これ以上此処にいても仕方ないし、得られるものは何もない…
また焔みたいに忍やヒーロー、又は警察官に見られ相手にするのは御免だ。
ならさっさとズラかろうと、こちらも黒いワープゲートに包み込まれ消えて行く――
そして緑谷たちや傷を負ったヒーローは、学生は、医療班の手により運ばれていった。
忍も同じく、雪泉も飛鳥も忍専用病院に運ばれ、入院をすることに…
保須市で起きたこの事件は、大きなものとなる。
その大きな事件を後にしたヒーローは、忍は、ヴィランは、保須市を去った――
ステインのああいった発狂ものというか、悍ましい気迫というか、そういうの好きですよ。
知ってるかもしれませんが、こういった悪キャラ好きなんですよね。
だからステインファンが多いのも納得いきますし、実際ステイン言ってること間違ってないから…まあやり方は行き過ぎてるけど…
飛鳥って、実際殆どの人が変わってますからね、そこが彼女の個性であり魅力であり、力なんだと思います。