光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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そう言えばヒロアカようやくヒーロー殺し編突入しましたね、やったあ!
と言っても先週は無かったので仕方ないですが、今週はアニメ放送なので楽しみです。
確かテストのヤツまで終わりだから…あの二人も登場するのも期待して良いかも!?
ではどうぞ…


81話「全ては正しき社会のために」

時は少し遡り、飛鳥がステインと接触したその頃――

廃工の中は薄暗く、誰も使われてない古臭い匂いが充満する。

鉄や錆、独特とした匂いが鼻をつんざく。

数年前、この工場は破棄されてしまったものの、撤去することなくこうして取り残された工場だ。

誰も使われてない工場の中には、いるはずのない人物が二人――

 

 

「ここなら、邪魔は入らない…」

 

「なるほど、そういうことか」

 

 

禍々しい殺気を具現化したように連想させる邪気…黒い闇を見に纏い、水色の長い髪を揺らす漆月、対峙するは黒いポニーテールを揺らし、六爪を広げる、肉食で戦闘狂、焔。

 

黒霧のワープゲートによって二人は飛ばされ(漆月の場合は自ら)、ここにいる。

ここでなら人目に付かないし、誰にも見られない、派手に暴れても問題ない…

正に戦場にうってつけのステージだ。

 

「やぁっと会えたよ焔、この時を待ち焦がれてたんだ。蛇女に襲撃しても見かけなかったんだからさ」

 

「あの時は道元の所為だ、もしアイツさえいなければあの時、私はお前を斬り捨てていたさ…」

 

「はは、よく言うね?

焔以外の仲間はみーんなボロボロだったってのにさ、あの時アンタがいたら捻りミンチにしてたところだよ」

 

漆月は嫌な感じに微笑み、焔は目の前の強者に口角を吊り上げる。

互いは嫌悪しながらも、その存在は確かにどこか似たようなものがあった。

 

漆月は焔と同じく悪に近い何かを心に抱いている。

同じ悪…

漆月は忍を否定し嫌悪し、反乱を起こす悪…

対して焔は全ての悪に同情を持てる、悪の誇りを持つ悪…

事情は違えど、焔と漆月は何処か似ている。

抜忍なんてところは同じ共通点だろう、漆月がどういう経緯で抜忍になったのかは知らないし定かではないが、抜忍という存在は赦されない。

理由がどうあれ忍の世界で彼女が否定され、処分されるのは仕方ないこと…

焔はそれが痛いほどよく分かる。

焔たち5人も抜忍の身になって思い知らされた…

忍の世界がどれほど残酷で非情なものなのかを…元々忍は非常で残忍なものだ、だが抜忍となれば、元仲間だった忍とも、生きるためにも相手にしないといけない…

今は伊佐奈を討ち、上層部たちも焔たちの存在には少し特別な感情を抱いたものの、抜忍という立場は変わらない。

 

お互い、世の中嫌われ影で生きてきた彼女たち、二人が刃を交わすのは、必須なんだろう…

 

ただ一つ不思議に思うこと…それは、どうして同じ悪なのに、こうなってしまうのか…

焔と漆月なら、分かち合えるかもしれない…

生き延びるために、同じ抜忍同士、手を組むことは不思議じゃない。

正義にだって色んな形があるように、焔と漆月、悪にだって色んな形がある。

 

だからこそ、分かち合えない人間もいるのだ。

 

 

 

そう言った点ではこの二人は似ている。

 

 

「――あっ、そうだ焔。一つ聞きたいことあるんだけどさ」

 

「ん?」

 

「焔はどうして保須市にいるの?もしかして私たちのこと追って?でも情報は分からないよね?何処からか漏れたのかな?だとしたらどうやってかな?」

 

漆月の迫り来る唐突な質問に、焔は意外だな…といった感じの表情を立てていた。

しかし漆月のこういった質問攻めも、間違いではない。

そりゃ当然だ、自分たちがヒーロー殺しと交渉し、ヒーロー殺しが去った後に脳無を四体放ち、そこから焔が突然やってきたんだ、コミックでもない限りこんな偶然はありえないと判断した漆月は、正しい反応とも言える。

しかし生憎、今回ばかりは本当に偶然だ――

 

「いや何…確かにお前たちを追っていたことは事実だが…何も情報が漏れたこともないし、偶然やって来ただけさ」

 

焔紅蓮隊の彼女たち五人が何故ここにいるか?

別に大した理由じゃない、偶々新しいバイト先を探し回ったり、新しい隠れ家を探したりしてるだけで、別にここに漆月がいたことなんて想像もつかなかった。

 

何よりも今の忍たちは強化パトロールを行っている、伊佐奈を倒して自分たち抜忍の存在が少し特別扱いにされたとしても、何をされるか分かったものではない、だから漆月は勘違いしている。

 

 

「ふぅん…まあ良いや……どーせ仮にそうだったとしても、敵であるアンタが教えてくれるわけないからね」

 

 

お前はよく分かってるな――

そう言いかけた焔は、口を少しもごもごしながらも何も言わなかった。

敵に簡単に答えを教える馬鹿正直など忍の世界ではほぼ皆無に等しいだろう。

いるとしたら飛鳥くらいだ、アイツは正真正銘のアホでバカで仕方ない、どうしようもないお人好し…けど、そんなアイツだからこそ最強の友達でもある。

 

 

漆月は鎮めてた気を沸騰させるように、一気に気力を高め、不穏たる闇の粒子…霧が周囲に広がり纏わりつく。

脈打つように上昇し、高鳴るこの暗黒の気は、今までの忍とは一線超えている。

焔は漆月のこの気配に怪訝そうな顔立ちで見つめる。

それは、一体何をしやらかすのか…この忍法はどんな術なのか…

――ではなかった。

焔は蛇女にいた頃、選抜メンバーの筆頭として下級生や下忍たちに厳しい指導や訓練を受けさせていた。

当然対人戦闘なんかは容赦という文字は無く、相手にしてきた者たちは無傷ですまない…

最悪病院送りなんて山ほどいた…

更に蛇女ではどちらかと言えば成績は優秀、焔のような脳筋みたいな見た目から想像はつかないが、座学でもかなり上の方で、春花よりも上だったことも――

そんな戦闘狂の焔だからこそ、知識も経験豊富な彼女は驚きを隠せない。

 

 

 

――こんな禍々しい気は感じたことも、見たこともない……

 

 

見知らぬ忍相手に、焔の戦闘欲、抑えきれない高揚感は高まる。

だがそれと同時に、何か危ういものも感じる…

 

 

焔は最初っから本気を出すのか…七本目の刀…宝刀、炎月花を抜く。

焔の熱き心に呼応するように、炎月花から炎が放たれ、渦巻き炎上する。

紅蓮に満ちた炎は、焔の髪の色を紅く染め、纏わりつく炎は激しく唸る。

それを見た漆月は「へぇ、覚醒か…」と小声で呟く。

 

――覚醒。

忍には覚醒といった本来ありえない力を発揮させ、秘められた力を解き放ち呼び覚ます忍術だ。

焔だけでなく、氷王の名を待つ雪泉もまた同じ――

他にも超秘伝忍法書で覚醒した飛鳥…真影の飛鳥も覚醒の力はあるものの、慣れないのか、覚醒する姿はほぼ見ない。

雅緋も才能は高いため、もしかしたら秘められた力…覚醒を持つ可能性もあるだろう…

 

そう言った秘伝忍術を持つ者は世界でも滅多に見ることはない…

多分、漆月も覚醒を待つ忍を前にしたのは初めてだろう…

 

 

「覚醒……私が知ってる中でだと、()()()はいるけど……まさか焔も覚醒待ちとはね…黒霧にはああはいったけど、こりゃ気を引き締めてやらないと死ぬかもね」

 

「本気でかかって来い漆月――抜忍や悪忍の立場なんて関係ない……お前の全力を私は、真正面から全て燃やし尽くす――!!」

 

漆月も焔の言葉に胸が高鳴り殺意を膨張させる。

ニヤリと嫌みたらしく笑うその笑顔は、死柄木が焔に見せた時や、ステインに殺されかけた時と同じ笑顔だった。

飛鳥や緑谷の二人が同じ似た者同士で強く影響し合うように、漆月と死柄木もまた二人とも強く影響し合い、成長する。

焔はこの時知った、飛鳥と漆月は正反対の人間だと…

焔から言わせてみれば、飛鳥のように無個性で何ともないような、ヘラヘラした女、忍の世界…別の意味での甘ちゃん…

 

二人は刀を持って互いに獲物に飛びつくように跳躍し、心の刃を向ける。

 

紅蓮の炎と漆黒の闇…

二つの力が呼応し激しくぶつかり合う――

 

勝負の行方は如何に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑の閃光は軌跡を描き、ステインの腹部に傷痕を残す。

緑谷の拳はステインの頬に炸裂し、出力が少し行き過ぎた為か、頬は赤く腫れる。

――腕には僅かな痛みが走る、100%でないためバッキバキに折れることはないが、少しでも調整を間違えれば、また骨折して腕が使いものにならなくなってしまう。

緑谷はその痛みに歯を食いしばりながらも、僅かな痛みだけで済んだことに、軽い一息をつく。

 

――しかし緑谷少年、恐れるなかれ、油断をするな。

敵を倒したと勘違いをするな、敵はまだ目の前にいる。

 

 

ステインは二人の痛恨の一撃をくらい、数秒間を置き苦痛に満ちた表情で悶絶し、気絶に陥りそうになりながらも、目を見開き刀に再び力を入れる。

二人はゾッとする――

5%とは言え、緑谷の超パワーに飛鳥の秘伝忍法、それらを持ってしてもステインを倒すこと叶わず、彼は再びスイッチが入り動き出す。

 

「偽…者おぉぉぉぉぉおおぉぉーー!!!」

 

 

血走った目に、野生の獣のような狂気の雄叫び、殺意を纏わせた凶刃、刃毀れしようと刀が折れようと、ステインは辞めない、止めない、止まらない…

偽者を粛清するまでは、社会を正すまでは、彼は永遠に止まらない…

 

飛鳥と緑谷は咄嗟に目を瞑る。

殺られる――そう思ったから、余りにもの恐怖に、二人は萎縮してしまう。

人は恐怖を前にすると、反射的に身を縮め込んでしまうのだ。

しかし不思議なことに、ステインは二人が近くにいるにも関わらず、直ぐに反撃を構すことが出来るにも関わらず、攻撃が届くのに、ステインは二人を目の前にしても、反撃をすることなく、黙認する。

 

狂った人形のように、殺意に飲み込まれ動く彼は、この世の物とは思えぬ化け物だ…

 

 

 

「これで良いか…?」

 

「ああ――!!

ありがとう轟くん!これで僕は動ける―――!」

 

それとは裏腹に、轟は飯田の脚を右で凍らせる。

足の太ももは冷えるも詰まってたマフラーは煙を噴き出し、動けることを確認する。

これでもう一発分、レシプロバーストを発動させることができる。

故障してた脚が動き出し、宙を回転するように飯田の体はステインに向かっていく。

ステインが刀を振るう前に、飯田の蹴りが先に早く動き出す。

 

 

「これで終わりだヒーロー殺し――!!」

 

 

――お前の思想や信念は、敵であり悪でありながら、素晴らしいとは思った。

間違えを正すことは良いことだ、それは…人を正しい道へと導く人間として、その思想は認めざるを得ないものだ。

でも、彼の所業は許されない、理由がどうであれ、人を傷つけ殺すのは、どう言っても間違っているから。

 

本当に人のためを思って導くのであれば、暴力ではなく、救う心を持って人に手を差し伸ばす。

 

 

だからこそ、お前を倒そうヒーロー殺し、兄としてだけでなく、犯罪者として、お前を止める――!!

 

 

 

「―――グッ…!!」

 

重々しい一撃がステインの横腹に蹴りが叩き込まれ、嫌な音を立てる。

恐らく肋骨が折れたのだろう…その後流れる連携、轟の炎がステインの顔を炙る。

目線を隠してたボロ雑巾のような布は燃えることなくボロボロになり、顔は酷い大火傷を負い、彼は白目を剥いて又しても気絶に陥る。

氷を繰り出すと、飯田と緑谷、飛鳥は滑り台のように氷に転がり轟の元に寄ってくる。

しかし警戒を解いてはならない、相手は忍を殺害して来たヒーロー殺し、次はどのような攻撃を仕掛けてくるのか、どのような動きをするのか分からない。

「次来るぞ――!」と轟は三人を見つめた後、ステインに視線を送る――

 

――だがその心配はもう必要ない。

なぜなら、ステインは氷に支えられたまま、壊れた人形のように動かなくなってしまったから――

 

 

「……気絶?したっぽいね――?」

 

「流石に、私たちの攻撃を食らったらひとたまりもないから…ね?」

 

緑谷と飛鳥は目をまん丸にして見開き、気絶したまま動かないヒーロー殺しを見つめている。

奮闘する激戦のあまりか、その場のみんなは息を呑み、ヒーロー殺しを倒したと認識すると、開放感にどっと疲れが溢れ、轟はその場に座り込むようにしゃがみ、飯田は未だに信じられないような、怪訝そうな目でステインに視線を送る。

本当にやったのか…?まだ動けるんじゃないか?もしや気絶したフリをしてたり…?なんて疑問を抱く中、この場にいる皆んなはこの状況に戸惑いつつ、互いに顔を見合す。

 

「………とりあえず…どうしよっか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな…プロの俺が役に立たずに動けなくて…」

 

「い、いえ…ヒーロー殺しの個性から考えて仕方ないことです…

寧ろネイティヴさん、あんな化け物と一人でやり合って…逆に凄いとしか言えませんし……あんなのを一対一でやれば、勝つことは難しいですから――」

 

数分後、ネイティヴはようやく体の自由を取り戻すことができ、脚を切られて動けないでいる緑谷を背負っている。

ヒーロー殺しがなぜ、ここまで生き延びることが出来たのか…何故、忍を相手にすることが出来たのか…それが今ならハッキリ分かる。

 

「これでよし…と、雪泉ちゃん大丈夫?」

 

「ええ、私はなんとか…」

 

雪泉もようやく体の自由が利くようになったのか、飛鳥の横でステインを見つめている。

血飛沫が白い和風の浴衣衣装に染み付いてしまい、若干手負いのように見える。

だがステインは何故か雪泉のことを考慮してたのか、致命傷には至らず、擦り傷で済ませたのだ。

その気になれば殺せたんだと思う…そう考えると、雪泉は悪に生かされたことに、若干悔し混じりの表情で、唇を噛み締める。

 

飛鳥はステインの持ってる武器を全て没収している。

生憎彼は気絶してるので、凶器を取るなら今だと見解し、轟がゴミ溜まりから探し持って来た縄でステインを縛る。

これなら気絶から回復したとしても、そう易々と脱出することは不可能だ…

 

「……どれも刃物ばっかり、クナイとかマキビシとか、あ!あとワイヤーもある!忍専用道具だよコレ!」

 

「そんなに忍道具持ってんのか…?戦利品としてか…いや、アイツの言葉から察するに恐らく本当に、自分の武器として扱ってたのか……

 

本当に大したヤツだよコイツは…悪い意味でな」

 

「轟くん!俺が縄持つよ、腕傷だらけだろ?」

 

「いや、それならお前の方もだろ飯田……俺よりもお前が傷ついてんだ…俺に任せろよ」

 

「お二人共落ち着いて……なんなら私が……腕は傷付いてないので…」

 

喧騒に満ちた路地裏を後に、飛鳥は複雑な眼差しをステインに向ける。

 

彼のやってることは、確かに赦されないことだ。何をどう言おうと、人殺しで何かを変えようとした犯罪者…

忍でない人間が、他者を傷つける事実に変わりはない。

 

――だがステインは正義を求めていた。

眩い光を求め、探し、掻い潜ってきた…確かにコイツは犯罪者だが、普通の犯罪者とは違う。

どれだけ周りが殺人鬼と彼を罵ろうと、飛鳥は彼をそんな人間とは思えない。

ステインによって殺された人間や忍は、数えられない程存在する、きっとステインを赦さない人間は山ほど居るだろう――

救われるはずがない、でも飛鳥はそんな風には思えない。

 

 

 

――『お前は本物の忍だ』

 

 

その言葉が、飛鳥の胸に嫌に引っかかっていた。

それこそまるで飛び散ったガラスの破片がハートに突き刺さるように、ステインという存在が、飛鳥の心に何処か変化に近いものを、影響を与えた。

 

もし、ステインの道をもっと早く矯正させていれば、取り返しがつかなくなる前に彼と向き合えば、止めてあげれば、きっと誰も犠牲を産まずに、彼も救えたのかもしれない。

光と影が合わさったかのような存在、飛鳥はそんな彼を初めて目の当たりにした。

 

――正義ってなんだろ?悪いのをやっつけるのが正義だって、幼い頃からずっとそう思って来た。

イジメのガキ大将なんてぶっ飛ばして万事解決なんてことをして、半蔵じっちゃんに怒られ、呆れてしまうこともシバシバあった。

その時にじっちゃんに言われた――

 

『お前のやってることはただの暴力、ただの刀だけじゃ。

刀だけでは人を救うことも、立派な一流の善忍になることも叶わんのじゃ――』

 

幼い頃は考えが浅はかだったからか、じっちゃんの言ってる言葉は全然よく理解できなかった。

――でも今なら分かる、ちゃんと理解できる。

人を救うのは、正義というのは刀だけじゃない。

人を傷つけるだけの力はただの刀だ…本当の強さというのは、守る力も必要なんだ…

守る力…それこそ、じっちゃんの言ってた盾。

 

刀と盾があるからこそ、正義は成り立つ。

それこそ、立派な善忍として、忍としての心構え。

強大なる二つの力が、人を遥かに強くする。

 

 

――一方ステインはどうだろうか?

確かに彼の執念や正義への固執、信念は飛鳥も素晴らしいとは思ったことはあるが、何もそれを認めたわけではなく、やはり力だけで解決することは出来ないのだと悟った。

だから、ステインにも分かって欲しい…刀だけが全てじゃない、守る力も必要なんだって――

ステインにはそれが無かったから、ヒーロー殺しという道を歩んでしまったのではないか?

もし、彼も守る力を理解していれば、きっと立派なヒーローになっていたに違いない。

 

 

だって、あそこまで正義について拘っていたのだ、きっと昔は自分や雪泉のように、何かに憧れてたに違いない…

そう考えると、どこか複雑な気持ちになってしまう。

 

――悪には色んな悪がいる…焔ちゃんなら、ステインのことをなんて言うだろ――?

 

 

ふとそんな事を深く考えていると、遠くから老人らしき人物が一人、少し埃やらで汚れてるが、こちらに向かって来てる。

 

 

 

「アレ?あの人って――」

 

隣の緑谷が呟きだした。

その老人は遠くからでも見えるのか、緑谷の方に視線を向けると、何やら反応したらしく、瞬発的に、一瞬で此方に来て緑谷の顔面に蹴りを入れる。

 

 

「――何でオメェがここにいるんだ小僧!!」

 

「へぶぅっ!?」

 

「「「――ッ!?」」」

 

 

まさかのドストライク。

突然ボールが小池に転がるように、目の前で訳のわからない展開に突入した皆んなは、何が起きたのかも分からず、ただ呆然と目の前の光景を眺めるしかなかった。

――それと同時に湧き上がって来た一つの疑問…それを簡潔に言うとすれば…

 

 

 

――このお爺ちゃん誰?

 

 

 

誰もがそう思っただろう…いやそのはず、皆んな本当に心の中でそう呟いたから。

そう、緑谷を除いて…

緑谷とこの老人が話してる事から察して、恐らく研修先のプロヒーローと判断して良いだろう。

そんな周りのみんなを御構い無しに、緑谷は老人…いや、グラントリノと会話する。

 

「それはそうと良かったです!あの…脳無の兄弟は…?」

 

「んあ?アイツ脳無ってのか?個性が複数あったし妙な奴だとは思ったんだが…まあな、轟…いや、エンデヴァーと協力してなんとか沈めたさあの脳筋野郎め!」

 

「エンデヴァー…」

 

グラントリノの言葉に、エンデヴァーという名前が出て来たことに、轟はふと俯く。

エンデヴァー…そう言えば別れた際にあの後応戦が来るようにと連絡したのだが、ヤケに遅かったのは脳無らしき人物が保須市で暴れてた所為だったのか…

しかし、いつになっても応戦が来ない…と言うことは、エンデヴァーでも苦戦しているのか、或いはプロヒーロー達でも太刀打ちできてないのか?とそんな疑惑さえ浮かんで来てしまう。

 

 

「まあ、あの敵のことは良いとして……」

 

するとグラントリノは飛鳥の方に視線を向ける。彼女自身もグラントリノに視線を浴びてついビクッと反応してしまう。そんな小動物のように可愛らしい飛鳥の反応は置いといて、グラントリノは心の中でニヤついた。

 

(ほーお、コイツが半蔵の孫の飛鳥か…随分と立派に成長したじゃねえか。

――つったってまあまだまだ雛の卵…いや、こいつの場合はカエルの卵って言った方が妥当か、見た限り成長する余地はあるけどな――)

 

グラントリノは飛鳥のことを知っている。ただ、直接会った訳でなく、写真で幼い頃の彼女を見たくらい、後は半蔵の自慢話しか余り聞いたことがないので、現在の彼女がどのような容姿をしてるのかまでは分からなかったのだ。

それは、此方を呆然と見つめている雪泉も同じく…

 

 

「ん?アレって…?」

 

「おい!あそこだ間違いない――!」

 

「エンデヴァーさんの言ってた通り…ここだ!」

 

東側の建物の影から数人束ねたヒーロー集団が此方の存在に気付き、駆け寄ってくる。

何事だ?と皆んなが首をかしげる中、轟は「エンデヴァー事務所…サイドキックたちか…」と確認し息を漏らす。

恐らく街で暴れてる敵に対する個性が不向きなヒーローに向かわせたのだろう、何よりエンデヴァー一人なら、きっと大丈夫だろう…ただ単にNo.2の肩書きを背負ってるだけじゃない、それは轟が母と再会しケジメをつけ、視野が広がり色んなものに対して考えを持つ轟だからこそ言える答え。

 

「君たちその傷…とりあえず手当を!」

 

「おいちょっと待てよ……コイツって、ヒーロー殺し!?」

 

「えっ、嘘だろ!?何でまた…」

 

やれ傷ついてる子供らを見て怪我の安否を確認するヒーローもいれば、ヒーロー殺しがいることに大きく動揺し慌てふためく者もいれば、何故ヒーロー殺しが怪我を負ってるのかも、そして子供達が?という疑惑の視線を送るヒーローもいる。

 

「――皆んな…」

 

そんな喧騒としたヒーローたちを後に、後ろから飯田の声が聞こえる。

飛鳥や緑谷たちが振り向くと、そこには頭を下げ、顔こそ見えないが目に涙を溜め、ポツポツと流している。

 

「本当に済まなかった…皆んな……俺の行動で、皆んなにまで迷惑をかけて…傷ついてしまい……何も見えなくなってしまっていた……

 

本当に、すまなかった…!!」

 

――飯田の謝罪。

友の言葉に一瞬戸惑いつつも、飛鳥はニコッと笑顔を向ける。

 

「良いよ飯田くん、間違いは誰にだってあるもの、それに…飯田くんが無事でよかった!」

 

「僕も、本当に良かったよ…でもゴメンね飯田くん、君がそこまでおいつめてたこと全然気付かなかったんだ……

 

もっと、強く声をかけてれば…」

 

優しい声をかける緑谷。

その言葉に緑谷が自分に言った『どうしようもない時は言ってくれよ、だって友達だろ?』のセリフを思い出した。

 

――そうだ、あの時緑谷くんは…あの時からずっと気にかけて心配してくれてたのに…僕は緑谷くんのことすら見えていなかった…!!

 

歯を食いしばり、苦痛のように唇を噛みしめる飯田。

 

 

「…悪に大切なものを奪われ、壊される気持ちは、嫌という程分かります…

だからこそ、何も見えなくなり誤ちを犯す人も少なからずいる…昔の私たちのように……

 

ですが、それを正すことも私たちの正義……間違った時は、お互い正し合いましょう…

それもまた、『友』ではありませんか?」

 

雪泉も、飛鳥に負けない位の眩しく、優しい笑顔を向ける。

昔の雪泉なら、こんなにも可愛らしい笑顔を見せなかっただろうに…本当に成長したんだなと、何処か嬉しく思う反面、飯田は更に涙を流す。

あの時の厳しい一括から一変し、優しく接してくれる雪泉。

 

「しっかりしろよ委員長。俺たち、友達だろ――」

 

轟は、飯田のことは何も言わなかった。

それは轟なりの気遣いと優しさだろう、何も責めることもなく、間違いだなんて言わず、ただ優しく…気合を入れさせるように一声かける。

 

「――ああ!」

 

飯田は流してた涙を腕で拭う。

涙で多少目は少し赤いが、それでも飯田は気にしんとばかり、四人に笑顔を見せる。

皆んなが笑顔で見ているのに、いつまでも自分だけメソメソ泣いていてはかっこ悪い…

だから、笑おうじゃないか。自分も…と一生懸命な笑顔を作る。

 

その笑顔は、飯田の兄を連想させるもの…兄に近い笑顔だった。

 

 

 

 

 

――長きに渡った奮闘…

しかし、時間的にはほんの5〜10分程度の短い時間だった。

長かったようで短かった…

あの数分間でこんな激戦が繰り広げてたなんて、皆んなは思うはずがなく正直驚いているし、信じ難いことだ…

でも…これで――

 

「おい!お前ら伏せ―――」

 

グラントリノの表情が一変し、突然叫び出す。

皆んなは何事だ?と首をかしげる中、空を見上げる前に…

 

ガシッ――

 

「――え?」

 

「は?」

 

飛鳥の横に通り過ぎる不穏な存在。

緑谷は何かに掴まれ、素っ頓狂な声を上げる。

轟も雪泉も、今の一瞬何が起きたか訳わからずと、目をまん丸にする。

しかし、横に通り過ぎる何者かの存在を、飛鳥はしかとその目で捉えた。

 

巨大な翼に、口は金属製のマスクで覆われ、下半身は古いジーパンを着用している。

 

 

――脳無

 

 

脳が飛び出てる脳無は、左目が抉れており、火傷を負っている。

その脳無は、鳥類に近い足で緑谷の体を鷲掴みにしたのだ。

そのまま、上空に羽ばたくように飛んでいく改人・脳無。

 

「「「―――!!!」」」

 

「――緑谷くん!」

 

飛鳥の叫びも虚しく消え去るように、脳無に捕まってる緑谷は必死にもがき抗おうとジタバタと体を動かす。

どう脱出するかなんて冷静な考えが出来ない緑谷は、とにかく必死に抵抗している。やれ足を動かそうとも、拳で脳無の足を殴っても、ビクともしない。

 

火傷の痕を見た限り、この脳無はエンデヴァーにやられたと見なしていいもの。

恐らく逃げて来たに違いない。

 

「―――クッ!無理か!」

 

グラントリノは思わず舌打ちする。

グラントリノの個性は『ジェット』、空気を吸った分、足の噴出口から空気を放出するスピード型の個性、現役時代の頃ならあの脳無も倒すことは出来るが、あの上空に飛ぶとなるとグラントリノの老体に響かねない。

飛鳥の斬撃が届いたとして、果たして人質に取られてる緑谷は無事に済むだろうか?

轟の炎もまだ完璧にはコントロールできていない、下手すれば緑谷まで巻き込むことになる。

氷は無差別攻撃のため確実に緑谷が危険を伴う。

飯田の個性はエンジン、レシプロバーストもステインに使い暫く使えない。

お茶子でもいない限りこの状況を打開するのはほぼ難しい。

 

となれば…

 

「こうなれば私が――!」

 

雪泉の声が路上に響き、氷を生成する。

この気配は恐らく…秘伝忍法を使う気だ――

雪泉の目の前には氷柱を形成させる、この秘伝忍法は【黒氷】だ。

温度の差によるものか、冷気がイヤに白く漂い、翼脳無に標準を定め合わせる。

 

――今だ!

 

「ダメだよ雪泉ちゃん――!」

 

「――ッ!?飛鳥さん!」

 

銃の引き金を引くように、雪泉が黒氷で脳無を仕留めようとしたその時、飛鳥の声が遮り、雪泉が静かに高めてた集中力が削がれる。

そして飛鳥は前に立つ。

 

「どいて下さい!」

 

「嫌だ!もしここでそんなの…緑谷くんが…!」

 

「躊躇してる場合ではありません!緑谷さんを巻き込まないように――「いや、無理だ雪泉」――轟さん?」

 

雪泉は怪訝そうに轟に視線を送らせる。

 

「見てみろ、あの脳無…フラついてやがる……手負いの状態なら当然そうなるだろうが…標準を定めたとしても、当たる可能性があるとは確実には言い切れねぇ……焦る気持ちもわかるが…この場合は何か違う打開策考えねえといけねえ」

 

脳無の動きが不安定な以上、無闇に撃ち込むことは出来ない。

仮に脳無に秘伝忍法が直撃したとしても、緑谷はどうする?ヒーローらがキャッチするのも良いが、間に合うかどうか…

雪泉は思わず敵意の視線を憎き脳無に送らせる。

脳無の赤い鮮血がポツポツと垂れ、雪泉の頬に付着する。しかし肝心の雪泉はそれに気付かない。

 

「こうなったら他のヒーローたちを――」

 

 

誰もが絶望したその時――

 

 

――シャッ…

 

 

ここの誰もが予想などつくはずがない、ありえない人物が動き出す――

 

 

レロリ…

 

「―――!?」

 

途端、何者かの舌が雪泉の頬についてる血を舐める。

その時、翼脳無の動きに異変が生じた。

体が急に言うことを聞かなくなり、動きを止めそのまま形を崩すことなく落下していく。

脳無自身、思考能力を持とうが持たないだろうが、自分の身に一体何が起きたのか、理解出来るはずがない脳無は、奇声を上げる声もなく、何者かの手によって脳に刃物を突き刺される。

 

「――偽者が蔓延る社会も――」

 

グシャリッ!!

 

脳無の脳を、瞬時に魚を捌くかのように、無数に斬り刻む。

 

 

「――徒に力を振りまく犯罪者も――」

 

 

―――全員粛清対象だ。

 

 

その言葉が終わりを告げるように、ナイフに突き刺さった脳無をクッション代わりに、緑谷を救ける人物…

 

 

ソイツの名前はヒーロー殺しステイン。

倒したはずのステインは、本物を救けるべく、気絶から立ち上がり敵に立ち向かった――

 

 

「――全ては正しき社会のために――」

 

 

折れない信念は、人を強くする。

ただその姿は余りにも…歪みに歪んだ悪となり果てて――




ヒーロー殺しはこの作品の初期に登場したくらいですからね、何故って?まあ早く出したかったという気持ちもありますし、最初の一話登場要らなくね?という方もしばしばいるかもしれませんがここで言います…
めっちゃ重要ですよ、まあ物語進めるのに必要不可欠と言っても過言ではないくらいですから。
まあ後ほど知ることになると思います

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