光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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はい、予告通り二日間に一回の投稿、出来ました。
大体朝の7時に投稿すると思います。このペースで頑張りたいです。


75話「死柄木とステイン」

商店街。

お祭りのように絶えることなく人が賑わうこの街は、この場所にいるだけで愉快にさせられる。

人混みが多く、他の人の話し声が鮮明に聞こえるくらいだ。しかし、他人の言葉が飛び交うので正確には聞こえない。

つまり、はっきり言えば煩いのだ。

 

「柳生ちゃん!ハイこれ!」

 

可愛らしい華の瞳を輝かせ、桜を連想させるピンク色の髪を揺らし、可愛らしい小動物の笑みを浮かる雲雀は、クールで清楚良い柳生に、冷たい真っ白なソフトクリームを手渡す。

 

「ん、ありがとな雲雀」

 

柳生は常闇や轟のような口数少ない、冷静でクールな部類に入る少女だ。

しかしそれは、雲雀大好き120%を除いた話であり、柳生は雲雀の前だと気を許して甘やかしてしまう。

 

そこが悪い訳ではないのだが、前の訓練で傀儡の攻撃を反射的に庇ってしまい、霧夜先生に怒られ、二人は補習を受ける形となったのは今としてはほろ苦い思い出だ。

 

柳生は手短に言葉を返してソフトクリームを手に取る。

ペロリ、と子犬のようにひと舐めする。

――甘い。

口の中に程よい甘みとバニラと牛乳の味が広がり、思わず頬を緩いでしまう。

流石は、雲雀の買ってきてくれた『ウサちゃんアイスクリーム』は美味いなと、心の中で呟く。

 

ウサちゃんアイスクリームが美味いのではない…雲雀の買ってきたウサちゃんアイスクリームが美味いのだ。

大事なことなので改めて言っておいた。

 

そこが柳生らしいと言えば柳生らしいし、それでこそ誰もが知る柳生ちゃんだ。

 

 

「美味しいね!息抜きだったら食べても問題ないよね?」

 

「そうだな、偶には休息も必要だ。常に気を張ってても疲れが溜まるだけ…

甘い物でも食べながら周囲の軽いパトロールも悪くないものだ」

 

特に目立った事件も見当たらなければ、騒ぎも見受けられない。

人混みの中では起きないだろう、と考えを持つ者もいるが、こんな大勢の人間がいるからこそ犯罪が起こるのではないかと思い、商店街をパトロールしていたのだ。

因みに集合場所とは大分離れた地域に彼女たちはいる。

 

「そう言えば此処の研修受けてる人誰がいるの?」

 

「確か葉隠だった気がするな…アイツは指名は入ってなかったらしいが『カクレオン』事務所にいるらしい。他は…隣の地域は確か爆豪だったな、No.4ヒーロー『ベストジーニスト』の研修を受けてるらしい」

 

 

隠密ヒーロー『カクレオン』

他のヒーローたちと比べて目立った活躍はないものの、実績はまあまあ優秀らしい。

隠密活動をペースとして、敵の闇取引や違法薬物の取り締まり、警察に近い活動を常に行ってるそうだ。

常に自分は影が薄く、あまり存在感がないため、ヒーロー達から協力要請が来なければ、マスコミも余り近寄らないらしい。

本人もそれはそれで好都合なのか、特に気にした動きも無く、また彼は相澤と同じくメディアを嫌う人物。

なんでも『本当のヒーローは皆が見てない場所で人を救けるものだ』という座右の銘を語り、一時期少し有名になったとか…

というより彼はヒーローよりも忍に向いてるのではないか?

上層部が聞いたら『是非貴方も忍に!』と逆に勧誘しそう…

 

因みに葉隠は自分の個性『透明』と類似してるからか、『気が合いそうだし何か学べそう!』と鼻息巻いて事務所を選んだそうだ。

 

 

ベストジーニスト。

No.4ヒーローとして名高い有名なプロヒーロー。

ベストジーニスト8年連続受賞という功績持ち、事務所の相棒をかなりの数で雇っている。

ファッションリーダーでもあり、若者から中年層にまで幅広く人気な男。

常にメディアを意識し、ヒーローとして何を問われ、何がヒーローなのかを口論する社会的なヒーローだ。

爆豪を指名したのは、彼のような凶暴な性格を矯正し、礼儀正しい自覚を持つヒーローにするべく招き入れたそうだ。

 

「皆んな頑張ってるね〜♪よし!雲雀たちも頑張ろ〜!」

 

(雲雀、オレは雲雀の側にいるだけで元気100倍だ!)

 

雲雀が天真爛漫な笑顔で、腕を振り上げる横で柳生は頬を僅かながらに朱に染め、裏でグッドポーズを取る。

相変わらずの平常運転っぷりなのか、雲雀のこととなると全くの別人みたいだ。

隣にいる雲雀は柳生の様子など気付く筈がなく、真っ直ぐ歩み進んでいる。

 

「そうだ!雲雀たちと言えば、飛鳥ちゃんたち今頃何やってるんだろ?」

 

「さあな…アイツらのことだ。気にすることない…

 

葛城はサボってそうだがな…いや、案外影で努力してるかもしれん…」

 

飛鳥は修行バカと言った印象で、斑鳩は飯田に負けず劣らず超が付くほどの大真面目。

初めて飯田と会った時なんか斑鳩が二人いる?と思ってしまったくらいだ。

葛城は…セクハラエロじじい、峰田と同じく煩悩の塊。

言い過ぎではない、事実だ。異論は認めない。

この前のパトロールなんかは遊園地の絶叫アトラクションに乗っててサボってたくらいだ、学炎祭を通して成長したとは言え、正直よく分からないし、サボってると断言はできないが…

 

「ねーねー、柳生ちゃん…今パトロール中に思ったんだけど…」

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「……飯田くんのお兄さんも、パトロール中だったんだよね?」

 

「あ、ああ…」

 

「もし……ヒーロー殺しが出たら…どうしよう?」

 

「ッ……」

 

その言葉に柳生は言葉を詰まらせ、絶句する。

飯田の兄、インゲニウムはベストジーニスト程遠く及ばないが、それでもかなり名が知れた有名なプロヒーローであり、飯田の憧れの人物だ。

体育祭で観に来てた事も知ってたし、当時その理由で飯田はクラスの人気者にもなった。

それも当然だ、自分の両親がヒーローなら轟には父親がいるので人気者になるのも分かるが、飯田の場合は兄や両親もヒーローなのだ。

そんな兄がクラス皆んなの前で姿現して、飯田の兄がヒーローだと知れば当然人気者になるのも頷ける。

 

だが、学炎祭が終わったその日、悪夢が起きた。

その事件はヒーロー社会のみならず、忍社会にも大きな悪影響を与えた。

インゲニウムはかなりのプロヒーローとして世間に認められ、忍の存在を教え共に行動させるに相応しい人物だと見なしていたらしい。

しかしステインはそんな彼を再起不能とした。

流石の上層部たちもこの事態には驚きを隠せず、ステイン捕獲への更なる強化対策として、強化パトロールを実施させた。

 

柳生は口ごもる。

なんて言えば良いだろうか…ステインの名を聞くと自分も勝てるかどうかすら疑問を抱いてしまう。

誰にも負けないくらい鍛錬は積んで来た。

その自信があるからこそ、誰にも負けない忍になるという強い意志が自分を強くしてくれる。

 

死んだ妹の約束…

誰にも負けない強い忍になること。

 

だから相手が忍だろうと、敵だろうと、負ける気はしない。

当然、飛鳥たちや雄英生達にだって…

 

だが、ステインとなると何故か心が揺らいでしまう。

自分たちよりも上の存在、上忍を始末してるのだ。

自分よりも遥かに上にいる忍など、何万もいる。

そんな相手に自分は勝つことができるのだろうか?そう問われると返す言葉が見つからない。

 

今でも泣き出しそうにフルフルと瞳を震わせた雲雀が不安そうに柳生の顔を覗き込む。

雲雀も怖いのだろう…

柳生は雲雀をジッと見つめ、数秒間を置き、笑顔でこう言った。

 

「安心しろ雲雀、オレは雲雀を守る。何があっても絶対に」

 

雲雀はパァッと先ほどの表情から一転、光を孕んだ、希望を見るような純粋な目で柳生を見つめる。

雲雀は柳生に力一杯抱きついた。

胸と胸が当たり少々苦しいような気もするが柳生には関係ない、そして急に抱きしめられた事に驚きを隠せず、嬉しさのあまり思わず鼻血が出そうだった。

本当なら此処で鼻血を出しても良かったのだが、柳生は平然の表情と共に冷静さを保った。

 

知っている。

もしかしたら自分ではヒーロー殺しに立ち向かっても、勝てないことくらい。

返り討ちに会い始末されることなど、たかが知れてる。

自分で誰にも負けない忍になると言っておきながら、自分の弱さに呆れてしまう。

でも、言わずにはいられなかった。

どうしようもなく不安で、恐怖に心が支配されてる雲雀に、「いや、無理だ」だなんて言えやしない。

なら虚言でも良い、傍で彼女を守ろうじゃないか。

例え負けると分かってても、何もしずただ大切な人を守れず、死ぬよりかは…ずっと忍らしいじゃないか……

 

「さ、さぁ…パトロール…続けるぞ?」

 

「うん!」

 

何より、彼女の笑顔を守りたい。

妹と見間違えるほどに似てるからこそ、柳生は負けられない。

大切なものを、二度も失いたくないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「特に異常無しですね」

 

「うん、見た所この街は安帯かな〜?」

 

違う地域で街を歩くは、月閃の生徒にしてヒーロー科B組のクラスに在籍する忍学生、夜桜、四季、美野里。

彼女たちもまた強化パトロールで見回っていた。

ここも柳生や雲雀ペアと同じく、三人ペアで組み遠く離れた場所で活動している。

見た所、皆んなと同じくこれと言った騒ぎやニュースになるような事件は何一つなく、安全だった。

皆んなは普通「何か起こらないかな〜」と暇な時間によって来る言葉が出て来るだろうが、彼女たち三人は違う。

街が安全だと認識すれば、ホッと一息つき胸を撫で下ろす。

安全なのは良いことだ、願わくば永遠と平和な日々が続けば悲しむ人間が増えることもなく、幸せになるだろう。と心の中で呟いてしまう。

ただ、平和なのは良いことなのだが…暇ではない。

大変だ…

 

「あ〜!夜桜ちゃん!あそこに限定販売ケーキが売ってるよ〜!買おうよ〜♪」

 

「いけません!そんなお菓子を買うほど余裕なものはありません!煎餅にしなさい!」

 

「やだやだ!もう飽きた〜!全種類食べたし同じもので飽きちゃった!」

 

「煎餅は安いんですよ?それに比べて何ですコレ?値段が高すぎます!そんなものが無くても儂らは生きていけます!無駄遣いはよくありません!」

 

「嫌だあ!ケーキは別腹だもん!糖分摂取しないと、美野里…死んじゃうよ?」

 

「死にゃあしません…そんな大袈裟な……

 

そんな我儘言う悪い子はお尻ペンペン百叩きしますよ!」

 

「嫌だあ!ヤダヤダヤダ!!絶対に嫌だあ!美野里悪い子じゃないもん!」

 

「ならちゃんと言うこと聞きなさい」

 

「う、うぅ……はぁ〜い」

 

この二人の会話のやり取りを見れば、きっとこう言うだろう。

お前らは親子か。と…

何処にでもいそうな家庭的関係な二人のやり取りに、四季は苦笑する。

夜桜は母親なら、美野里は娘、勘違いする人も実際多そうだ。

 

「これだから美野里ちんは子どもだって言われるんだよな〜♪

 

んじゃウチ、ちょっくらトマトジュース買ってくね〜♪」

 

「はい!……ってダメですよ!!何をそんなコンビニ寄ろうかみたいなノリで言ってるんですか!」

 

「え〜?良いじゃんトマトジュースくらい、美野里ちんのようにケーキよりかはマシっしょ?更に言えばウチ本当は今日限定販売の超高級バック欲しいんだよね〜、我慢してるんだし、ウチは良くない?」

 

「ダメです!それはまあ…確かにケーキよりかはマシですが…

そう言っているといつしかお金がすぐに無くなりますよ?

 

大体バックなど幾らでもあるでしょう?」

 

「え〜!?夜桜ちん全然わかってないし〜!トマトジュースはね、アタシの血液なんだから!バックもチョー可愛くてオシャレなんだよ?それにバックに限った話じゃないし」

 

「そっちの方がもっと怖いわ!!!」

 

美野里よりではないが、四季も四季で案外我儘だった。

高級品もののグッズや服、アクセサリーなどは自分で買ってるから特に問題ないと月閃では彼女の事は大して気にしてなかったものの、強化パトロールが実施され、彼女が如何にどれ程我儘なのかを、肌身で感じ理解した。

 

夜桜は昨日、拳藤の話し合いの件で何処か変わったのか、生きハキハキとしたリーダーシップを取っている。

雪泉がいなくとも、きちんとリーダーとして振る舞えるか否か…

夜桜は昨日の一件から自分に厳しくなり、仲間をきちんと引っ張れるよう、仲間にも一層厳しくなった。

厳し過ぎる訳ではないが、以前よりかはキチンとしつけや注意することは多くなった。

流石に何でも怒ってばかりだと気が引けるし、逆効果になるので、優しく接する部分もあるので、特に仲間との関係に支障は無いため問題ない。

 

「夜桜ちんなんか変わったね?」と四季は疑問に思うものの、口には出さなかった。

夜桜に一体何があったのかは知らないが、四季はこれでも観察眼には優れてるため、大抵人の心の変化に気付くことがある。

昨日の出来事は知らないが、様子が少しだけ変だったので、きっと帰りに何かあったのだろうと察しがつく。

 

「さあ、次行きましょう」

 

夜桜の言葉に二人は渋々と文句を垂れながらも彼女の背中についていく。

因みに雪泉と叢は何処にいるか分からない、ペアを組んでるのか、はたまた別々で行動してるのか…何方にせよ彼女たちならきっと大丈夫だろう。

 

夜桜は心にそう言い聞かせ、歩き出す。後輩、仲間と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝。

 

「うーっし!大分調整出来るようになったな小僧!」

 

部屋の中が少し散らかったこの部屋を他人が見れば、まず第一に疑問を持つのが「一体何があった?」と言う発言が出てくるだろう。

 

天井にぶら下がってるペンダントライトは少し揺れており、ソファは倒れている。

壁にはグラントリノが蹴ったかも思われるこの汚れ、足跡が僅かながらに残っている。

それだけでなく、血も少しだけ付いていた。緑谷の鼻から血が出てるので、恐らく鼻を壁にぶつけてしまい、血が出てしまったのだろう、彼は少しボロボロになりながらも壁にもたれていた。

――逆さまで。

 

「グ、グラントリノさんに…一回も当たらなかった……大分調整…出来たと思ったのに…!」

 

「……いや、以前よりかは予想以上に、大分成長してる。今はまだまだだがな…」

 

先ほどの疑問に答えよう。

つい先ほど、緑谷はワン・フォー・オールの感覚を大分掴んだので、グラントリノに個性を試していた。

昨晩、緑谷は自主トレで個性の扱いを慣れるべく壁蹴りの反復練習をしていた。

最初は上手く成功できなかったものの、それでも何とか練習したお陰か、個性の使い方は大分慣れ、ワン・フォー・オールの扱いが少しずつ上手くなり、今や体全身にワンフォーオールを巡らせソレを維持した状態で3分間グラントリノを相手に動くことができたのだ。

答えはソレだ。

その為双方部屋の中で飛び回ったり拳を振るったりで、部屋が散らばってるのだ。

 

だが、これだけの被害で済んだことに幸いを感じるべきだ。

もし二人がまともに本気でやり合ったらこの部屋は愚か、建物は崩壊する。

丁度初めて戦闘訓練で爆豪と戦った時と同じもの、それを想像すれば良いだろう。

 

正直言ってかなりハードルが高かったものの、あのグラントリノ相手に、頬をかすめたくらいだ。

当の本人は気付いてないものの、グラントリノは緑谷の才能に、久しぶりに驚かされ、不敵な笑みを浮かんでいた。

 

(こりゃあ化けるな……流石はオールマイトが見込んだ男だ……久しぶりにカスッたぜ…)

 

頬に僅かに流れる血を親指で拭い、心の中で緑谷の急成長に喜ぶ反面、この先ヒーローとしての成長に期待を寄せていた。

 

「まあ後はガンガン慣れてくだけだ!その前に飯食うぞ。たい焼き食べたい」

 

「っ!はい!」

 

今日の朝届いた電子レンジを開け、たい焼きを入れる。

昨日グラントリノが踏んづけてしまい壊れたので、新しい品を注文したのだ。

本人曰く「中古品だから壊れちまったらしい!」とさり気無い爆弾発言を吐き、緑谷は軽く引いてしまった。

本当にボケてるのかボケてないのか…分からない位だ。

 

 

「あの、グラントリノさん」

 

「ん?」

 

テーブルの上にはホカホカのたい焼きが六つ皿の上に並べてあり、緑谷はたい焼きを一つ手に取り、頭部を一口齧り、咀嚼する。

餡子の独特とした味が口の中に広がり、この甘さがつい癖になる。

そんな甘い食事の時間を過ごしながらも、緑谷は気になることがあるのか、グラントリノに質問する。

 

「どうして、忍学生のこと…知ってるんですか?」

 

「ハァ?お前オールマイトから聞いてるだろ?」

 

「いえ…サッパリ…ただ雄英教師を務めてたって情報と、オールマイトの師匠だということしか…」

 

「…………アイツ絶対俺のこと忘れてたろ、今度あったら金的蹴ってやろうか…」

 

(怖っ!!?)

 

グラントリノは不機嫌そうな顔でもしゃもしゃとたい焼きを頬張りながら恐ろしいことを口に出した。

 

「………言えよなオールマイト………

 

まあ良いや!なら俺が話すしかねえか、俺はオールマイトだけじゃなく、半蔵とも知り合いなんだ」

 

「ああ、そう言えば言ってましたね……」

 

半蔵とオールマイトが関わっているなら、当然その師匠であるグラントリノも知っている訳だ。

オールマイトだけじゃなく半蔵も一言も彼の名前を呼ばなかったので分からなかった。

だが半蔵と繋がってるということは、当然孫の飛鳥のことも知ってるだろうし、必然的に繋がり関係が見えてくる。

 

「これで分かったろ?別に簡単なことだ……

 

 

まあ、さっきの言葉が出てくるとなると、あの事、話してねえんだろうな……」

 

「え?グラントリノ何か言いました?」

 

「ん?ああ、何でもない、それより早くたい焼き食え、無くなるぞ?」

 

「ああ、すいません!」

 

グラントリノの最後の小声に上手く聞こえなかったらしく、緑谷はもう一度聞くよう耳を傾けるものの、グラントリノは茶を濁すように話を逸らした。

緑谷ももっさもっさとたい焼きを頬張り咀嚼し喉を通す。

たい焼き食べるとお茶飲みたくなってきた…

 

「まあ忍学生のこと知ってても、あんま知らねえけどな、学炎祭は噂で聞いた」

 

「そうなんですか?」

 

「おうよ。しかも半蔵の相手が月閃たあなぁ!雪泉が申し込んだんだろ?アイツもやるようなったなぁ、前まではカキ氷幸せそうに頬張ってたガキンちょだったのによ!」

 

「へ〜……って、ええ!?!何で雪泉さんのこと知ってて?!」

 

「ありゃ?知らねえのか?俺は黒影とも知り合いだったからな」

 

「初耳!!」

 

又してもの衝撃発言に、緑谷は目を大きく見開いて驚く。

いや、これは驚かずにはいられない、あのグラントリノがここまで忍と関係を築いてたとは思わなかった。

オールマイトは当然黒影とも関係があった。そうなるとグラントリノが知ってても可笑しくはないのかもしれない…

オールマイトにグラントリノありとはこのことだ。

ないけど。

 

「まあ昔はよう()()()()()と一緒に弟子を育ててたわ」

 

「ジャスミン…?ってオールマイトを!?と言うことは学生時代…?」

 

ジャスミンという名前に疑問を抱きながらも、オールマイトの学生時代、グラントリノの修行を受けてたという話を耳にし直ぐにヒーローノートを取り出す。

一体どんな修行を受けてたのだろうか?

 

「ひたすら実戦訓練で無理やりゲロ吐かせてやったわ!」

 

(えええ〜〜……)

 

「さらにジャスミン…いや、今は()()()か、アイツは半蔵が卑猥行為をする度に腹パン入れてたなぁ」

 

(ジャスミン…小百合って一体何者!?てかあの半蔵さんに腹パン!?)

 

グラントリノの止まらない、爆弾暴走発言に軽く目眩を起こす。

あの伝説と謳われてた二人に、こんな過去が…

だからオールマイトは恐れてたんだなぁとようやく理解した。

道理で震えるもんだよあれは。

 

因みに緑谷は小百合という人物がどんな人なのか知らないため、頭の中にクエスチョンマークを浮かべることしか出来なかった。

 

「でもな、生半可な扱いはどーしても出来なかった。

 

()()()()に託された男だったからな…」

 

ハァ…とため息をつくグラントリノのその表情は、何処か遠い物を見るような目で、とても悲しい表情に染まっていた。

 

「亡き盟友…オールマイトの先代って、お亡くなりになっていたんですか?」

 

「…あ?」

 

緑谷の言葉にグラントリノは顔を上げて、目をパチパチと瞬きする。

 

(まさか…この事も言っとらんのか?

 

……これは流石に言った方が良いぞ…俊典)

 

グラントリノは先ほどよりも深い、深刻そうなため息をつく。

まさか、ここまでオールマイトが隠し事をしているとは思わなかった為、そう心の中で呟いてしまう。

 

「なに!気にすんな!

 

今はな…」

 

最後の言葉だけとても小さい声でそう呟いた。

その言葉は当然緑谷に聞こえる筈がなく、彼は小首を傾げている。

 

本当なら別に今すぐ真実を言える。

言ったって良い、ワン・フォー・オールを所持してる彼には言わなければならない事だ。

 

だが、グラントリノは言わない。

何故なら、その真実はオールマイトの口から言わなければならない事だと判断したからだ。

 

言ってしまえば、オールマイトの、弟子のケジメを奪ってしまうことになる。

 

 

「んじゃまた訓練始めるぞ!早く成長してえだろ?」

 

「っ!はい!宜しくお願いします!」

 

いつか知ることになる。

その日が来るまで待とうじゃないか、彼にとって苦しいことになるかもしれない、それでも、言わねばならないんだ俊典。

 

グラントリノは再びタイマーを手に持ち、ボタンを押したと同時に、二人は動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何事にも信念は必要だ…」

 

不覚だった。

まさか、こんな…こんな呆気なく、手も足も出ずにやられてしまうなんて…

 

「無き者、弱い者は淘汰される…当然のことだ……」

 

「死柄木!」

 

彼女は彼の名を必死に呼び叫んだ。

漆月の初めて出す悲痛な叫び、彼女の目には僅かながらに涙を溜めており、服には血が付いている。

ステインが死柄木に凶器を振るい、傷つき、血飛沫が飛び散った際に、体に死柄木の血が染み付いたのだろう。

彼女には怪我らしいものは見当たらない。つまり、ステインは彼女にだけは手を出さなかったのだ。

 

「だから死ぬ(こうなる)

 

床には赤い鮮血が海のようにベットリと広がり、死柄木は右肩に深くナイフが突き刺されており、ねじ伏せられ、倒れていた。

あの悪の司令塔、死柄木弔を追い詰め、無傷で彼の体を踏みつけ二本のナイフを血に染め突き立ててるヒーロー殺しステインは、無慈悲でありながら、怒りに近い顔で死柄木を睨んでいた。

 

「ハハハ…ハハハハハ!!いってええぇぇ!速え、躱された!強すぎだろオイ!

 

漆月!コイツもう要らねえ!お前の闇で、忍法で弱らせろ!」

 

「む、無理だよ…死柄木……私、動けない……ううん、()()()()()()だよ……」

 

死柄木は弱々しい声を上げながらも、今自分が死にそうな状況に陥ってるにも関わらず、彼は笑っていた。

それこそ不気味なくらいに、恐怖やホラー映像を軽く超えてしまう程に。

死柄木は漆月に命令するが、彼女は弱々しく首を横に振る。

 

別に体には特に異常も無ければ問題ない、()()()()()()、体はちゃんと動かすことは出来る。

ステインの個性には掛かっていない。

では彼女は何故動けないのだろうか?

それは、自分が少しでも怪しい動きをしたと見なしたら、自分だけでなく、死柄木も殺されてしまうからだ。

ステインは凶器を彼の首に当てている。

丁度少しでも斜めに切ったら、浮かんでる血管を斬ってしまいそうな…

 

ステインは漆月を睨み付けるなり、激しい眼光を放つ。

漆月はソレを見るなりして、体を縮こませていた。

 

死柄木を助けたい。

しかし、「少しでも動いてみろ、コイツを殺す」と言わんばかりのこの煮えたぎる殺意の視線。

ステインの個性で動きを封じられてるのではない、動けないのだ。

動いて仕舞えば、自分ではなく死柄木が死んでしまうという恐怖、それが漆月を動かせなくしていた。

 

(漆月は…ダメだ!!アイツは今使えない!となると…)

 

「黒霧!コイツ飛ばせ早くしろ!」

 

ワープゲートの黒霧なら…と微かな希望を信じて彼の名を叫び命令するが―――

 

「申し訳…ありません……死柄木弔…

 

体が動かない……恐らくこれが、ヒーロー殺しの恐るべき個性…!?」

 

黒霧も漆月と同じく動けなかった。

いや、動けなかったというよりも、動けないのである。

何が違うのかと言うと、漆月のように精神的に動けないのとは違い、彼は物理的に動けない、体に力を入れてもビクともしない…

黒霧のコートにはステインにより斬られた部分があり、服の斬れ目から血が染み着き流れている。

 

ステインの個性は恐らく、相澤先生と同じ『個性を消す』抹消型に入るか、または「斬る」ことが条件で個性を発動してるのか…はたまた血が関係してるのか…

個性については一切不明な点が存在するが、三人相手にヒーロー殺しステインに手も足も出なかったのだ、これが今の現状。

 

「…俺が……ハァ………何でもかんでも、忍を殺してると思うなよ?

 

俺が忍を殺してるのは、偽物だからだ……私利私欲に塗れ、本当に忍が存在する理由が……見当たらないからだ……己が戦うべき真の理由を、忍供は持っていない………ヒーローと忍は何ら変わらない……

 

だから殺すんだ、粛清するのだ。

 

英雄(ヒーロー)も同じだ……英雄が本来の意味を失い、いつしか偽物が溢れかえる社会と成り果てた……

偽物が蔓延るこの社会も……徒らに力を振りまく犯罪者も……全員粛清対象だ……ハァ……」

 

ヒーロー殺しは死柄木のように、何でもかんでも殺してる訳ではない。

ステインも確かに死柄木と同じくそこまで忍の知識に関しては疎い方で、漆月から話を聞いただけ…

だが、ステインには分かるのだ。

直感的に、忍が本物かどうか、粛清するべきか否か…と。

 

今まで幾多ものヒーローを再起不能、殺害して来た彼だからこそ言える言葉。

これぞ正に経験の差というヤツだ。

 

(……漆月と初めて会った時に、殺しておけば良かったか?

()()()ヤツから信念を感じたので、生かしておいてやったが…これは、少しでも期待した俺が浅はかだったとしか言いようがないな……コイツを殺してから…今度はヤツも殺すか……)

 

ステインの左手を持つナイフが、少しずつ動き出し、切れ味の良い刃が、死柄木の掌を傷つけようとしたその途端、ステインは予想外な殺意に襲われることになる――

 

 

「――おい」

 

「?」

 

「ちょっと待てよ、おいおいおい、まて待て、これはダメだ…()()掌は…駄目だ」

 

死柄木の先ほどとは少し違う声色、自身に襲い掛かっている痛みなど関係ないと言わんばかりに、眉ひとつ動かすことなく左から首に当てられてるナイフを一掴みする。

 

 

「――殺すぞ」

 

 

「―――!?」

 

殺すぞ。

その言葉を聞いた途端、ステインの背筋は凍りついた。

何気ない、今の人間誰もが口にするその言葉。

敵がよく使う言葉…ステインにとって「殺す」という言葉はよく耳にする。

ヒーローも、忍も、敵も、今まで粛清して来た人間は必ずその言葉を口にした。

 

 

だが、死柄木だけは例外だった。

 

 

彼だけは違う、死柄木の言葉には、重みがあった。真に迫る言葉だった。

聞き慣れてるステインでさえ、背筋を凍らせる程の、死柄木の尋常じゃない殺意…

 

「口数多いなぁ…信念?

 

んな面倒くさい、仰々しいもんないね……強いて言えばそうだな…

 

オールマイトだ」

 

―――コイツは一体……

 

死柄木の声が発するたびに少しずつ震え、凶器(ナイフ)がボロボロと音を立てて、少しずつ、粉々に崩壊していく。

 

 

 

「俺はあんなオールマイト(ゴミ)が祀り上げられてるこの社会を…

 

(ゴミども)が影で支えてるこのクソみたいな社会を…

 

目茶苦茶にブっ潰したいなァとは思ってるよ!!!」

 

 

ゾア……

 

 

死柄木のこれまでにない、尋常じゃない、異常な殺意。

こんな殺意を肌身で感じたことなどない、この歪んだ殺意…

 

コイツは今笑ってる。

 

掌のマスク越しから、コイツは狂気とも呼べるその歪んだ笑顔で、笑っているのだ。

見てるだけで気味が悪い、ゾッとしてしまう。全身が凍りつくような殺意に襲われ、身震いし、ステインに初めて「恐怖」を与えた。

 

 

死柄木弔。

お前は一体何者だ?

何故、こんな歪んだ殺意を出せる?

今まで、コイツの身に何があったんだ?

 

そう自然と疑問が頭の中に遮る。

この歪んだ男、過去に一体何が彼をそうさせた?

 

歪み。

そう言えば…漆月と初めてあった時も…死柄木に近かったような気がする……

 

ステインの脳裏に浮かぶ光景、それは床に伏せられ、血を流し、涙を流しながら彼女はステインにこう言った。

 

 

『私は!!忍を否定する!忍をこの世から無くしたい!社会を壊したい!!

 

だって、今まで誰も受け入れてくれなかった……皆んなに、そして忍に、私は()()()()()()()()()()()!!

 

何もしてないのに…何も悪いことしてないのに……生きてるだけで、のけもの扱いされた…!!

 

だから、私を見下した人間も!追放した忍も!全員殺してやるから…そう思ってるよ?』

 

 

アイツにも一体何があったのかは分からない…過去の理由がどうであれ、私怨で人を殺すのはステインの意思に反していた。

 

気になる言葉が幾多も存在する。

彼女はあの時嘘を付いていなかった…だからこそ、より現代社会を崩壊しなければという意思が強まった。

忍の社会も崩壊するべき対象と見なした。

 

 

もし、この社会が、彼女をそうさせたというのなら…粛清する前に、社会を崩壊し、責任を問わねばと思ったのだ。

 

 

――バッ!

 

死柄木の右手が動いたと同時に、殺意に敏感なステインはぴったりタイミング良く、後方に飛び退がり、彼の攻撃を避ける。

 

「あーあ……折角さ、前の傷が癒えて来たとこだったのに何してくれてんだよ……

こちとら回復キャラがいないんだよ……

 

どう責任取ってくれんのかなぁ?」

 

野生の獣のようにギラついたその殺気満々な、歪んだ目つき。

血がポタポタと滴り落ちる、傷ついた腕。

癇癪を起こし、癖になってるのか、左手で首を掻き毟る。

 

ゆらりと動き出す死柄木弔。

彼を一言で表すなら、歪んだ殺意の塊とでも言うだろう。

 

「それがお前か…」

 

「…は?」

 

「お前と俺の目的は対極にあるようだ……だが、『現在(いま)を壊す』!

 

この一点に於いて、俺たちはお互い共通してる……

 

良いだろう、仮としてだが、敵連合…お前たちと協力してやる」

 

「……え?」

 

「は?ざけんな、帰れ、死ね、くたばれ。お前は俺のこと最も嫌悪する人種なんだろ?何様だお前は」

 

何を言いだすかと思えば、突然彼の言葉から協力要請を掛けられた。

漆月は何がなんだか分からず、ただ戸惑う表情を見せ、死柄木は幼稚的なのか、暴言を暴露する。

それも当然の反応…つい先ほどまで自分は殺され掛けたのだ、そんなヤツが「協力してやる」と上から目線で物語ってるのだ。

当然死柄木からして見れば「何様だ」と言われても仕方ない。

 

「真意を試した…人は死を前にして本質を表す。

 

お前の場合、漆月と同じく異質だが、想い、歪な信念の芽がお前には宿っている……

 

お前がどう芽吹いていくのか…お前らを始末するのはそれを見届けてからでも、遅くはないかもなァ……」

 

ステインは腕を広げ、死柄木、漆月、黒霧の三人を見渡しそう告げた。

 

「っと言うことは……じゃあステインは……私たちに協力してくれる……なら、忍を殺すことも!?」

 

「おいおい何喜んでやがるんだ漆月、お前も殺害予告されてんだぞ?

結局始末するとかさ、こんなイカれた奴がパーティーメンバーに入れるなんて俺は嫌だし御免だね」

 

「しかし、死柄木弔。彼が加われば大きな戦力になる、忍を対抗する唯一欠かせない存在……我々敵連合に必要な人材…

 

交渉は成立した!」

 

漆月は先ほど泣き出しそうな表情から一転、ステインが一時的に仲間?になることに歓喜の笑みを浮かべ、死柄木は嫌そうな声を上げ首を横に振るものの、黒霧は無理やり彼とステインを丸め込み、よって敵連合にステインが加わり交渉成立した。

因みに黒霧は今になってようやく体を動かすことが出来た。

 

「ハァ……用件は済んだ!さァ、俺をもう一度『保須』へ戻せ!

 

()()()にはまだ為すべきことが残っている……」

 

ステインは舌を出し、黒霧にそう言うと、彼は死柄木のように嫌な声を上げることなく、自身をワープケードに変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保須市。

インゲニウムのヒーローを失った飯田天哉は、ノーマルヒーロー、マニュアル事務所の下で働いていた。

彼は本当ならもっと上からの指名もあったし、あのインゲニウムにも指名が入っていた。

ただ彼はもう再起不能となったのでキャンセルという形になってしまったが…

 

彼が此処に居るのは、研修で何かを学びに来たのではない…

 

「いやぁ救かったよ!君みたいな優秀な学生がウチに来てくれるなんて!地味なパトロールばっかになるけど、ヒーロー殺しがいつ現れるか分からないからね、街中警戒モードだよ」

 

「そうですね…ヒーロー殺し、現代社会の包囲網でも捕らえられぬ神出鬼没ぶり、予測不能な事態を招く敵…警戒するのも当然ですね…」

 

パトロールを終え、事務所で一時休憩を取る、マニュアル事務所のノーマルヒーロー、マニュアル。

まさか彼が此処に来てくれるとは思ってもなかったらしい。

飯田はタオルで汗を拭い、メガネ拭きでメガネを綺麗に磨く。

 

ヒーロー殺しステイン。

集めた情報によると、これまでに出現した七ヶ所全て、必ず四人以上のヒーローに危害を加えている。

目的があるのか、ジンクスかは不明だが、必ず出現する。

 

―――保須ではまだ兄さんしかやられていない。

 

もし、飯田の推論が正しければ、もしかしたら…保須市で奴は必ずまた、現れるのではないか?

 

飯田の脳裏に浮かぶは、血を流し、床に伏せられた兄の姿。

 

 

奴はこの街に再び現れる可能性が高い。

 

 

 

――来い、ヒーロー殺し!

この手で、必ずお前を始末してやる!!

 

 

飯田の心は、ドス黒い渦の感情に、支配されていた。

その目は、兄への復讐…

ヒーローとは違う、殺意の目。

 

 

保須市に、大波乱が待ち構える。




来週のジャンプが早くも気になる自分。環、君は最高のヒーローになれるよ。
ねじれちゃんは何してるんだろうか?そこも心配だなぁ…敵の名前が明かされるのは良いね。

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