72話「THE・B組!」
「わ、儂らが雄英に!?」
素っ頓狂な声を叫ぶ夜桜の声に続き、四季も俄然と驚く。
美野里は「へぇ〜」と子供っぽいようで、気持ちのこもってない声を上げる。
「す、すまんかったの…お主らが学炎祭で言えへんかったのじゃ」
半蔵は頭を下げ彼女達に謝罪する。
上層部たちが話し合い、雄英の教師である校長と半蔵の二人に命令が下され、死塾もまた半蔵学院と同じように転校という形で在籍しなければならなくなったのだ。
月閃は忍の世界でも割と有名な善忍エリート学校で、上層部や他の者たちも月閃の強さを認めているのだ。
そのため、立入禁止区域故に実力者揃いのエリート忍学生、死塾月閃女学館は、悪忍にも抜忍にもそう簡単に侵入されない…
それが誇らしいのか、過去にここはやってきたのはヴィランの姿をしたオールマイトだけ、彼は異常で特例の為カンストされない。
「し、しかし私たちはとうすれば良いのですか…?」
「雪泉たちは、学校に残って訓練じゃな。卒業試験のこともある、仕方のないことじゃ」
「では、何も夜桜まで行かせなくても良いのではないか?美野里と四季は納得がいくが…」
「ま、まあ確かにそう言われてみれば…じゃがこれも公平を満たす為。
孫の飛鳥も雄英にいる。幾ら儂の孫だからと言い、アヤツだけを特別扱いすることは出来まい?じゃから夜桜も必要なんじゃ」
悍ましい般若の仮面を付けた叢の言葉に、半蔵はやや冷や汗を垂らしながら反論する。
「でもさ、何であたしらまで行く必要が?」
ここで今まで疑問に思った四季が口を開く。その言葉に続くように、他の皆んなも頷く。確かにおかしい…今まで半蔵学院にだけ忍学生と雄英が繋がっていたのに、突然自分たちも雄英に行けなんて、その理由が見当たらない。
半蔵学院も充分に頼れる戦力だし、申し分ない。
一体なぜ自分たちまで行かなくてはならないのだろうか…
「……お主らよ、抜忍・漆月と敵連合のことは当然知ってるじゃろ?」
敵連合と抜忍・漆月。
敵連合は、雄英高校襲撃の事件が全国や忍の社会全体に知らされたことにより、当然知っている。
また抜忍・漆月は、敵に忍の存在を教え、傷つけ殺し、徒党を組んでいるという疑いが大きく掛けられていた。
その原因が種となり振りまかれ、どう言った経緯でかは不明であるが、漆月は敵連合と手を組んだのだ。
そして蛇女への襲撃。
その事実は、善忍・悪忍問わず、上層部の忍のお偉いさんとでも呼ぼうか、直ちに抜忍・漆月への対策として、新たな忍学生をB組に派遣させる必要があったのだ。
今回ソレが選ばれたのが、月閃というわけだ。
それを説明したら、五人は「なるほど…」と納得せざるを得ない顏を浮かべた。
確かにそれなら合点はいくし、辻褄が合う。何より学炎祭では月閃は半蔵に勝ったのだから、きっと高評価されたこと間違いなし。
と言ってもこの決断に至ったのは丁度一週間前の出来事なのだが…
その日は学炎祭の最中だったためか、半蔵自身も、そのことについうっかりと忘れてしまっていたのだ。
学炎祭に専念させる必要があったので、この場合は仕方ない。
「そして飛鳥は前に一度、学炎祭で漆月と接触したと報告があった…
今まで神出鬼没として姿を現さなかったヤツが、敵連合と共に動きが徐々に活発してきた…他の忍たちも行方を追ってるが、未だに尻尾が掴めていない……
儂ら忍からすれば、これまでにない最悪な、予期せぬ事態じゃ。このままでは何が起こるか分からん…」
謎が謎を呼ぶとは正にこのこと、一方的に手掛かりが掴めないまま、こうして今も奴等は活動を続けている。
「しかし、一体なぜこのような出来事になったのでしょうか…難しい話は儂には分かりませんが 、襲撃が起きたその日敵連合と漆月は無関係だったんじゃろ?一体どう言った経緯で…」
「問題はそこじゃ夜桜。儂も今までに考えておったが、自然とある疑問が一つ浮かんだんじゃ…」
半蔵の表情はより一層厳しく、険しく、鋭い眼光が放たれる。
エロじじいの設定やキャラなどもう関係ないと言わんばかりの、この真に迫る目つきに、五人も思わず息を呑む。
「敵連合が雄英に襲撃し終わった後、奴等は漆月を率いって蛇女にまで襲撃をした…皆からすればこれは何の変哲も無いものじゃろう…
しかし、儂は見落とさなかった。奴等がなぜ蛇女の存在を知っており、用意周到に襲撃を持ち出したのか…
奴等は、半蔵が蛇女に襲撃していたのを既に知っていた。何故じゃろうな?
そのことは半蔵学院の関係者と、雄英関係者しか知らなかったことを…蛇女も襲撃してくることなど分かっておらぬかったのに、何故敵連合と漆月は分かっておったのじゃろうな?」
「ッ!?」
「生徒たちから聞いた話によると、流石に雄英が来たことには驚いてたそうじゃ…
何故、誰にも外にも情報が漏れてないこの忍との間のやり取りに、奴等は知ることができたのか…それこそ不可解じゃ…」
敵連合のリーダー、死柄木弔。
凶悪なる個性を持つ彼は確かに他の敵とは並が違う、狂気と憎悪、底知れぬ悪意を培っている。
しかし、USJ襲撃事件で彼の性格は既に知られている。
幼稚的万能。
子ども大人。
普段人からして考えられないことに計画を練り実行をしたり、子供っぽい発言をしたりなど、様々ある杜撰さが見受けられるが、どうにも忍に関して詳しいとは思えない…
一方漆月は、USJにこそ居なかったものの、蛇女に襲撃を持ちかけ、二体の脳無と共に実行に移った張本人だ。
彼女ならきっと忍に関しては誰よりも理解はしてると思うが、皆からの証言によると死柄木のように、執念深い計画や策は特になく、また何かを考えるような難しい女ではなかったと言っていた。
つまり、情報が漏れても彼女は敵連合に入ろうが、入らまいが、半蔵と雄英、蛇女の三つに起きた問題は知ることが出来なければ、知れ渡る筈がないのだ。
また、漆月と敵連合についての接触も気になる模様。
散々行方をくらませ、神出鬼没と言われてた彼女が、一体どうやって死柄木たちは彼女と仲間になったのか。
「美野里…よく分かんないよぅ……」
美野里はつまんなさそうに口を尖らせる。
まるで学校の授業で難しい授業を受けて「これ解けないから無理だ〜」みたいな、学生あるあるの顔を浮かばせていた。
でも確かに幼い性格をした彼女からすれば、何を言ってるのかサッパリ分からんと言われても納得してしまう。
元々、彼女はあまり考えるタイプではないので、これは仕方ないと言えば仕方ない。
学業の成績は触れてはダメだ。
雪泉や夜桜もその話に多少混乱していた。
夜桜も元々考えるような性格ではない、所謂単細胞といった性格なため、仕方ないだろう。
しかしあの雪泉ですら表情を曇らせているのだ。
彼女は根に深く、よく考えるタイプではあるが、悪についてここまで考えたことはない為か、悪の気持ちが分からない為、半蔵の話には余り理解できなかった。
何が言いたいんだ?と思ってしまうが、叢と四季はいち早く何か感づいたらしく、表情を青ざめ曇らせる。
「おい待て半蔵…そんなことがあり得るのか?幾ら奴等がテロリスト集団でも、上層部にそのような報告はないぞ?」
「ちょっち待ってよ……まさか……敵って…」
「え?あの…二人とも?どういう訳です?何か分かったのですか?」
「わ、儂らにも分かるよう教えて下さい!」
「み、美野里も美野里も〜!!」
先に話を理解してる二人に、置いてかれてる三人は二人に何が理解したのかを問う。
叢はお面越しの為か、表情は見えないが、四季同様にため息をついてることは確かに分かった。
半蔵は「まあまあ」と三人を落ち着かせる。
「つまりじゃ…
敵連合には死柄木弔と漆月をも裏で操る、
「「「ッ!?」」」
想像しなかった半蔵の爆弾発言。
四季と叢は「やっぱり…」といった様子でこの真実を受け止めざるを得ない話になった。だが夜桜と雪泉はこのショッキングな証言を受け入れることが出来ず、反論する。
「ま、待って下さい!これは初耳ですよ!?」
「そうじゃよ、だって儂のあくまでの推測じゃからの」
「そんなのデタラメすぎますよ!?ならその黒幕は何故姿を現さない!?」
「存在を悟られることなく、裏で仕切るのが黒幕じゃ。本当の黒幕は表にその真実を、姿を現さない」
「で、では、その黒幕が何処からどこまで…」
「儂の推論だと初めっから今に至るまで全てじゃな」
「何故そう言い切れるんです?もしかしたら、敵連合の筆頭が考え実行したという説もあり得ますよ?」
止まらない嵐のような質問に、半蔵は表情を一ミリも変えることなく平然と答え、彼女たちの表情はより険しくなってきてる。
「確かに、死柄木弔ならば雄英高校襲撃といった発想を思い浮かぶ、儂もその点については同意じゃ。
奴の性格上、ヒーローを、正義を嫌ってるのならば、雄英高校を狙うじゃろうな…
しかし、何故雄英高校なのじゃ?」
「え?どういう意味です?それは…ヒーロー育成機関じゃからだろ?」
「他のヒーロー学校の方が効率が良いではないか?
雄英高校には劣るとは言え、学校が襲撃を受けた、その事実だけで社会は大きく揺らぎ、混乱を招く。
ましてやメディアやマスコミを通し、オールマイトが雄英の教師として全国に知れ渡ってるにも関わらずのう。
アイツは世界中の誰もが認める強さを持っている。
だから敵も奴との戦闘は絶対に避けたい…
なのに何故奴等は態々オールマイトのいる学校に、天下の巣窟雄英高校に、マスコミを利用しカリキュラムまで奪って、ここまで用意周到に準備し、襲撃を実行したのか……それこそ分からぬのじゃよ。
オールマイトを殺す理由なんて何処にもないのだから」
「あっ……」
「皆からの証言からして、死柄木と呼ばれるリーダーには、何かしらの私怨で動き、オールマイトを殺害しようとした容疑がある。
こども大人の奴ならば、実行に移すことも考えられる…オールマイトを殺せる算段があったからこそ、その実行に移すことが出来た。
では、その算段を整えたのも、死柄木が全てやったのかの?
あれから襲撃後、調査したところ奴を見たという痕跡は一度もない。
つまり、仲間集めなんて出来るわけがない。
戸籍不明の裏の人間……個性を複数持つオールマイトと渡り合えた化け物…果たして、本当にそんなコミックみたいに都合のいいことが起きるのじゃろうか?
無論、無理じゃな…」
雪泉たちは真実と半蔵の尋常なさらぬ考察力、伝説の忍は思考力も凄いのか、言葉が出ない。
「そしてその後、漆月が不自然的な、都合のいい流れで敵連合に在籍し、蛇女を襲撃した。
奴等を仲間にするためとはいえ、何故半蔵と蛇女が交戦中だと、向こうは知っておったのじゃろうな?
なぜこうも都合よく奴等は思い通りに過ごせるのか?
つまり向こうは、忍の存在を初めっから知っていた黒幕が存在しているということじゃ」
プレゼント・マイクや校長の言ってた、『敵連合と漆月は接触があり、忍の存在を知っていた』といった言葉や、『どういった経緯で、漆月は敵連合の仲間になったのだろう』という不自然に発生する答えも、全て黒幕が操っていたという話なら、全てに理解がいくし、辻褄が合う。
「黒幕…そやつは一体…」
「儂も分からぬ…ただ一つ言えることは、この先もしその黒幕の思惑通りになれば、ヒーロー社会も、忍の社会も、全て跡形もなく崩壊するじゃろうな」
あの凶暴な性格を備えた死柄木を裏で手を引いてると考えるだけで恐ろしいことだ。
しかもその黒幕がいれば間違いなく、ヤツは成長し雄英生徒と半蔵生徒たちの目の前に立ち塞がり、死闘を繰り広げ、最悪…多くの尊い命が犠牲を出すだろう。
「それを止めるためにも、お主らの力が必要なんじゃ…
お前たちを信頼し、実力も、忍としての強さも、全て認めてるからこそ、頼んでおるのじゃ」
雪泉たち五人は、頭を下げる半蔵から、お互い顔を見合わせると、迷うことも、躊躇うこともなく、決心がついたのか、半蔵を見つめる。
「分かりました。私たちも極力全力を尽くし、抜忍・漆月の処分、そして敵連合の捕縛を手伝いましょう」
雪泉のその目は覇気が溢れ、僅かながらに怒りを燃やし、揺らいでる。
悪への憎悪は無くなった、憎しみも、怨みも、学炎祭を通し、そのような感情はとうに無くなった。
しかし、雪泉が怒ってるのは、悪の存在そのものが許せないのではなく、悪への所業が許せないのだ。
これ以上放っておけば、かなりの被害が出る可能性も極めて高い、ましてや飛鳥たち忍が殺害対象として狙われてるのなら尚一層。
雪泉たち月閃にとって、半蔵学院は、飛鳥は最強の友達であり、大切な仲間だ。
時に任務で敵になることだってあるかもしれない、避けられない戦いが、いつかやって来ることだってある。
それでも、飛鳥たちは大切な仲間であり、大切な存在だ。友の危機を見過ごすわけにはいかない。
協力できることがあれば、無論いつでも可能な限り手を尽くす。
「しかし、私たち三年生は無理でしたね……漆月…その人物が姿を表せば駆けつけることは可能ですが…」
「雪泉、大丈夫ですよ。儂がいます」
「夜桜さん…?」
夜桜の自信ありげな、真っ直ぐとした爽やかな彼女の顔に、雪泉は目を見開く。
「正直言って、儂と雪泉とでは格の差があれば、雪泉のようにリーダーとして振舞うこともできなければ、儂はまだまだ未熟です…
それでも儂は、少なくとも雪泉の隣にいましたし、昔は弟たちや妹たちの世話や面倒だって見てました。
雪泉程ではありませんが、儂も月閃の一人、雪泉の代わりに儂が頑張りますよ」
夜桜のその頼もしい台詞と覚悟に、雪泉は思わず笑みをこぼす。
夜桜は元々家ではよく妹と弟たちの面倒を見てたとよく話を聞いていた。
自分が時に怒れない部分や、リーダーとしてまだ未熟で足りない部分を、夜桜は備わっている。
まるで母親のように、厳しく、優しく、強く逞しい彼女は、リーダーとして充分なる資格を持っている。
四季と美野里は「子供扱いしないでよ〜!」とブーイングしてるが、今はそんなことなど気にしない。
「では、よろしく頼みますね♪」
「ええ!勿論ですよ!」
これだから夜桜は頼もしい、流石は二年生…自分たちが卒業しいなくなっても、成長した彼女なら直ぐにリーダーとして振る舞い、後輩たちを引っ張り導いてくれるだろう。
学炎祭での成長か、或いは元から持ってた彼女の長所のためか、以前よりも生き生きとしていて、逞しく見える。
そんな彼女に、雪泉は嬉しくて思わず扇を広げて口元を隠す。
「……」
のほほんとした空気のなか、半蔵は離れた場所で雪泉たちの会話を見ていた。
確かに彼女たちのやり取りには嬉しい部分もあるし、更には変態じじいのためか、動くたびに揺れる胸を凝視している。
因みにこれがもし見知らぬ人だったら完全な不審者として扱われるので、良い子の皆さんは真似しないように。
(しかし……)
だが半蔵の頭の中にまたしても不安が遮る。
(儂の推論が正しく、これでもし本当に黒幕がいたとしよう…
儂らはもしかしたら、もう既に…今も、その黒幕の掌の上で転がされてるのだろうか?)
考えたくもない、不安と疑問が半蔵の心の中を、嫌な感じに引っ掛けていた。
こうして夜桜たちは翌日、雄英高校に転入することになった。
雄英に転校生なんてものはあんまり存在しない、極僅かなものだし、それなりの資格が必要とされるが、夜桜たちは忍学生…飛鳥たちと同じく全てオールオーケーされたのだ。
だがA組には半蔵学院の下級生の生徒たちが既に存在しているので、夜桜たちは同級生であるB組に転向することになったのだ。
そして今現在。
「お前たち!仲良くしてやれよ!先生も仲良くするから!」
教室の中は止むことのない歓喜の声の嵐で、部屋中騒がしくなっていた。
女子たちは「かーわいー!」と指差し声を上げてる者もいれば、男子たちは「夢か?いや、現実だ!」と、わがままと理想を兼ね揃えたボディを持つ美少女たち三人に魅かれていた。
B組の担任はブラドキング。
一見みた所外見は恐ろしく、怖い人、と言った印象が見受けられるが、実は根はとても優しく、生徒想いの優しい先生だ。
相澤のように気怠げな雰囲気とは違い、我が父親みたいな感じな、雷親父の雰囲気が伝わってくる。
相澤と違うのは、また生徒たちにより厳しく怒ったり、優しく生徒に接する姿勢。
日誌なんかは生徒たちの一言メッセージはきちんと感想を書いてるが、相澤は一通り目を通して判子を打つだけと言った、天と地の差が激しい一面も生徒たちの間で見受けられていた。
「とは言ったもののまずはお前たちには知って貰わなくちゃな…
コイツ等は月閃と呼ばれる忍専門育成学校の生徒たちであり、忍学生だ、まあ忍については事前に報告したから知ってるとは思うが…」
忍の存在を教えた時なんか、最初は皆んな何の面白い冗談なんだろ?と思ってたが、ブラド先生は「俺がこんな大事な時に冗談つくと思うか?」と威圧感が増した眼差しを放ち、教室のクラスの皆んなは「嘘だろ?」と信じられないと言った顔を浮かべていた。
忍って、アレでしょ?戦国時代に活躍してた、侍が存在してた時代に生きてたあの忍でしょ?
忍って言ったらエッジショット思い出すなぁなんて、A組と同じことを思っていたり。
「けどよ先生!なんだって急にこの時期に転校生が…?」
「それは国家機密上、他言はできん!」
(国家機密?何それ怖ッ!?)
まさか国家機密上他言することはできない故、それ程までに深刻に関わってることに、皆んなは驚きを隠せない。
夜桜たち三人は当然事情を知ってるため、口には出さない。
…美野里は特に心配だが、四季特にいつもそばにいる為特に問題はないと思う。
「でも先生、忍学科についてよく分からないのですが、取り敢えず私たちヒーロー学科と同じように思えば良いんですか?」
ここで、生きハキハキとした声が教室に響く。その声の主は拳藤一佳。
B組の姉御的存在だ。
「その通りだ拳藤!忍と言ってもあまりパッとしないかもしれないが、近いうちに慣れてくる。お前たちも問題なく、仲良くな!」
ブラド先生は彼女たちにニンマリとした笑顔を見せるが、あまりこの話には溶け込めないのか、夜桜と四季は苦笑いを浮かべる(但し美野里は、「は〜い!」と子供っぽい声を上げる)。
「ええっと、皆さん。儂らはいつまで此処にいれるかは分かりませんが、宜しくしてくれたら嬉しい限りです」
「方言女子だー!宜しく〜!」
「カカッ!頼もしヤツだな、鉄徹や拳藤辺りが気が合うんじゃねーか?」
「ん」
ややきつめそうな顔立ちをした少女、取蔭はニコッと夜桜に手を振り、顔が頭蓋骨みたいなクールな生徒、骨抜はカカカと不気味な笑い声をあげながら、鉄徹と拳藤を見つめる。
そしてさりげなく夜桜に反応する大人しめの生徒、小大唯。
「はははは!!何とも素晴らしいじゃないか君達!僕は気に入ったよ、心底嬉しいねぇ!」
ここでガタッ!と席にたち大きな笑い声を上げる生徒、物間寧人は三人を見つめる。
「え、ええっと貴方は…?」
「君たちは忍学科の人間で、僕たちはヒーロー学科、つまり二つの学科が僕たちB組に居るってことは、あのA組をも出し抜いたという訳だ!あっはははは!!
ああ、僕?僕は物間寧人、テキトーに宜しく〜」
(なんだこの人)
この時、三人だけでなくこの場にいる全員が一斉に心の中で呟いた。
物間はA組に対しての対抗心が異常なまでに激しい。
その為忍学生がいるなら対抗できるしこっちも優位な立ち位置になるだろうと思い、こうして物間は腹を抱えて笑ってるのだ。
「あの人笑ってるね〜!美野里も笑お〜♪」
一人、色んな意味でお菓子…いや、可笑しな人がいるが…
「何がともあれ!これであの憎きA組にギャフンと言わせることが出来――」
「ああそうそう、お前たちに一つ言い忘れてたことがあるが、A組にも忍学生はちゃんといるからな」
「………」
ブラド先生の一言で物間は凍りついたように無言になる。
他のみんなも驚いたような視線をブラドに浴びせる。
「忍学生については、ヒーロー科しか知らん。だからヒーロー科以外の者には一切他言はするなよ?
SNSとかLINEとか、そういうメッセージ機能で騒ぎを起こした際、どうなってるかみなまで言わんでも分かるだろ」
暫く教室に気不味い沈黙が続いた後、物間は「ホッ…」と一息つく。
いや、ホッて何?とこの時皆んなは物間に突っ込みを入れたくなったが、この際時間の無駄になるのでやめた。
「ハッ!A組を潰せなくて実に残念だなぁ!全く、もう前から忍学生が向こうにも居たなんて…あぁ!実にタチが悪い!僕らを掌の上で転がし心の中で僕らを見て「アイツら忍学生いないんだヤッーホう!」て見下してたに違いないああ怖い!彼らの性格の悪さに僕は軽い寒気を感じだよああ怖いなぁもう!」
「ね、ねえ…物間ちんって、病んでるの?」
「ゴメンなー、アイツああいう性格なんだよ、ちょっと心がアレなんだ」
流石の夜桜と四季も彼のあの心のアレにはドン引きしてしまう。
そう。物間は個性こそ強力なのだが、心がアレなため、色々と残念な人間なのだ。
「物間、お前少し煩いぞ。席につけ」
ブラド先生に注意された物間は「はぁ〜い、A組の忍学生までタチ悪そうだ」と一言余計なことを残しながら渋々と席に着く。
放課。
いつになくB組の教室は、彼女たちがやって来て、いつも以上に賑やかになっていた。
「忍学科って初めて聞いたぜ!凄そうだなオイ!」
「忍学科って言ったら、私たちヒーロー科がヒーローの基礎訓練受けてるように、この子達も授業受けてるのかな?」
「キョーミ津々」
「ん」
20人全員が嵐のように彼女たちに駆け寄る。
夜桜や四季も少し冷や汗を垂らすものの、決してそれが悪いわけではなく、どちらかと言えば対応に少し困っていた。
「俺!鉄徹!皆んなからは鉄って呼ばれてるぜ!此れからも宜しくなお前ら!」
「アタシ、取蔭切奈。ウチらB組同士、仲良くやってこ〜♪」
「俺、凡戸固次郎。そしてコイツが小大唯だ」
「ん」
個性的なキャラたちに囲まれる三人。
美野里は幼い性格のためか、相手に壁を作ることなく接し、キノコのような髪をした小森希乃子と話している。
「儂は夜桜です、そして此方が四季、幼い性格をした彼女が美野里です」
「皆んなとりまよろしくね〜♪」
真面目に答える夜桜に、先ほどの表情を一転した四季。
男子たちはやれ彼女たちの胸を見て「ねえ、何で胸がこんなにデケェんだ?」と疑惑を浮かべ、女子は「忍って全員胸がデカイって、個性?」と、女子なりの疑問が思い浮かんだ。
確かにこの世の中、こんな山のように大きい、桃のような柔らかい爆乳を持つなど、A組の八百万以外考えられないだろう、そんなわがままボディを持った女子が三人も目の前にいるのだ。
しかも美野里は低身長爆乳のロリッ娘小動物、萌える。
「なあ、忍学生のお前たちって普段どんな訓練受けてんだ?」
ここで骨抜は興味本位で尋ねてきた。
因みに彼は轟や八百万と同じ推薦学者である。
「そうですねぇ…
基本は対人戦闘訓練や、傀儡を100体以上倒すと言ったものや、精神統一、滝修行に動きの読みとり、あとは――」
「待って、やべぇよハードル高!」
夜桜は親切に教えてくれてはいるが、内容が人間離れしてるため、質問した骨抜は顔を真っ青にして、「お、おう…そ、そうか…」と上手く表現が出来ず、それを聞いてた円場は声を上げる。
「でも忍っぽいよね」
「ん」
「よくそんな訓練受けれるよなあ…」
ブラド先生から聞いた通り、大抵忍のことは想像はついてたものの、よくもまあこんなに修行のメニューが多いわけだ。
そうなると彼女たちの方が自分たちよりも上なのでは?とちょっとした疑問も浮かび上がってくる。
「まあウチらは忍だしね〜♪後々、前々から訓練も受けてたからさ〜」
「凄いデース!忍!忍者!ジャパニーズ!」
ここで四季や夜桜に光る眼差しを放つ、ツノの生えたアメリカンな少女、角取ポニー。
アメリカからの留学生だ。
「私ハ、角取ポニー!アメリカ出身デス!仲良くしまショー!」
「へ〜!アメリカかぁ〜…なら海外に行くための勉強にはなるかな?」
四季の夢は外国に行って活躍し、世界に羽ばたく忍になることが、黒影の懇願であり、四季の夢なのだ。
英語の勉強は絶対必須。
常に日常的に、自然と英語を話せるようにする為にも、角取ポニーはもしかしたら適任者なのかもしれない。
「でもでも、今でも信じられないよね。目の前に忍が本当に存在してるなんて、不思議」
「忍…神の放つ光の陰に生きし者たち……どうかこの子達に安息の地を…」
左目が隠れた髪型をしている柳レイ子に続き、髪が茨になってる、体育祭で一時期活躍を見せた塩崎茨は慈愛深く、手を合わせ神に祈りを捧げる。
確かに彼女たちの気持ちも分からないでもない。
実際目の前に、お伽話にしか存在しない者がいれば、当然このような反応を取るのは間違いない。
しかしこの超人社会、こう言った忍の存在がいても何ら可笑しくはないのかもしれないという、納得する部分も見える。
「まあ知らないのも無理ないじゃろうな。儂は正直言って見知らぬ人と馴れ合うのは不慣れ…というか、両備さん両奈さんが編入して来た以来ですね」
「うん、でもまあA組の皆んな溶け込めてるんだから、そのウチ慣れるよきっと」
夜桜たち月閃は学炎祭の時に既に全員と会ってるので、然程こちらも驚きはしない。
しかしこれからヒーローを志す者と一緒にこうして授業を受けるとなると、慣れない部分もあれば、何処か心に違和感を感じる部分も多少ある。
そもそも忍になった以上、こう言った普通の学生みたいな馴れ合いとかは不慣れであり、経験がないのだ。
四季はコミュニケーション力がとても豊富で、他校の忍生徒と連絡を取ってれば、夜遅く遊んでることもあるので、四季にとっては難しくないし、時間の問題だろう。
「で、君たちはどう言った忍術が使えるんだい?」
と、ここで物間が割り込み入り、彼女たちを見つめる。
「あっ、痛い人」と答え掛けたが、何とか言わないようにした。
「忍術…儂は手甲を使った衝撃波の忍術…ですかね」
「ウチは基本、秘伝動物の蝙蝠を使った多彩な忍術かな」
「美野里はお菓子〜!」
「おおう…個性的…」と物間を除いたこの場の全員が心の中で呟いた。
物間は「なるほどねぇ〜…」と、ポケットからシャーペンとメモ帳を取ってメモをする。
「つまるところ、夜桜は衝撃波…個性で言えば『インパクト』。四季は『蝙蝠』、美野里は『お菓子』…
お菓子って、忍使うの?」
後半物間は小声で突っ込みを入れたが、「まあいいや」と呟いてメモしたメモ帳やらシャーペンやらを懐に入れる。
「けどよ物間、お前の個性彼女たちに通用するのか?」
ここで体色がほぼ全身真っ黒の男子生徒、色黒が問いかけて来た。
忍術と個性は似てるようで違う、類似関係なのだ。
その為物間の個性が忍術を持つ彼女たちに通用するかどうか分からない。
何故なら物間の個性は『コピー』という模倣個性。
触れた対象の人間の個性を5分間コピーし使いたい放題することが出来る、上位級の個性なのだ。
中でも忍術は個性と関係があり、また個性から忍術へと変わったという話も、忍の世界では聞かなくもない話。
もしかしたらだが、物間の個性が通用するという可能性がゼロではないのだ。
「まあそれは触れてからじゃあ分からないさ…
何がともあれ…
あの憎きA組を潰せるのにかなり上位級の忍術じゃないか!あっはは!彼らの負け犬の泣きっ面が目に浮かぶねぇ!君らもそう思わな――」
「憎くは無いっつーの!あとこの子達に変なこと吹き込むな!」
ベシッ!
「ぐハァッ!?」
拳藤は物間の後ろの首に手刀を一発入れ、気絶する。
お見事。と呼べるその達人のような振る舞いに一同は「おお〜…」と静かな声で拍手を送る。
「ゴメンなお前ら、コイツ心が色々と病んでるからさ〜。
悪い奴じゃないんだよ、それにアタシら質問しかしてないし、よかったらアンタたちも遠慮なく質問しに来てよ。
あっ、私は拳藤一佳!ここB組のクラス委員長だ、ここの学校でわからないことあれば聞きに来なよ」
拳藤の爽やかで、少し男前のような表情を見せる彼女に、三人は自然と頷く。
夜桜の頬はほんの少しだけ、桜を連想させるピンクに近い色を頬に染める。
彼女はきっとB組の中でも信頼され、頼りにされてることが直ぐに、直感的に分かった。
リーダーらしい彼女のその風格は、雪泉と少し似ていた。
「ぐっふ、何故だい拳藤…君はあのお調子振ってるA組が憎くないのか…」
「いや、だから憎くないってば」
何とか意識があった物間は、忌々しい声を腹の底から振り絞り、弱々しく声を出す。
そんな物間に又しても彼女は正義の鉄槌と呼べるべきか、手刀を入れる。
「な、何なのでしょうか彼は…?」
「た、ただ悪い奴じゃないんだよ夜桜さん…普段彼は優しいし、拳藤の言ってた通り、A組にやたらと対抗心が強いだけなんだ…
それさえ除けば、いい奴だから」
夜桜の横で、オドオドとした様子で、気絶してる物間を心配そうに見つめる、プニプニ食感が半端なさそうな生徒、庄田二連撃。
「えっと、じゃあ聞きたいことあんだけどさ〜、B組の皆んな普段どんな訓練受けてんの〜?
ウチチョー気になるし〜!」
四季は興味津々にB組たちに尋ねる。
動画サイトやSNSと言ったヒーロー活動は見ることは多々あるが、実際ヒーローの活躍だけで、訓練については知らない事だらけだ。
忍としてヒーローの活動は知識を得るだけ無駄だが、四季はそうは思わない。
知識に無駄なことなんてないし、覚えた分だけ知識は役立つものだ。
それにこれから彼らと行動を共にするならば、こう言った活動内容も覚えた方が良いだろう。
「そうだな、アンタらと同じように対人戦闘訓練はあるぜ!
後は災害救助とか、体力付けたりとか…その他色々!」
「まあ忍学生からすれば、あんまハードじゃないかもしれないけど、アタシ達は人を救けることが仕事だからね。基本は救助訓練が多いよ」
救助訓練。
忍学生である自分たちは未だにそのような授業は受けていない。
いや、忍だからという理由もあるが、彼女達からすれば「大変だなぁ」って思う。
例えば台風や暴雨で救助活動をしなければならないし、水難でどれだけ多くの命を救けることができるのか、火災などの事故でどう冷静な判断を下し、素早く人命救助を行うことができるのか、そう言った肉体的な力だけでなく、精神や判断力も必要とする。
他にもまだまだ考えれることは山ほどあるが、自分たちは体を鍛えてるとはいえ、人のことも配慮して動くとなると、中々に実力をフルに使いこなせない。
そう考えると彼らが経験豊かなヒーロー生徒とはいえ、実力を備わった将来希望のある、ヒーローの可能性を備えた学生だということが、考えただけで肌身感じる。
「儂らは人命救助といった活動はしないので、是非とも勉強したいですね」
「ウッチも〜♪ヒーローって一見個性使って街守ってるように見えるけど、案外複雑な感じがあってこ〜、奥深いね〜!」
「美野里は、よく分かんないな〜…悪い人倒すんじゃないの?ア◯パンマンで見たことあるよ〜!」
「それ、愛と勇気のヒーローな」
「他にも他にも〜!」といった質問が飛び交い、嵐のようにB組達との会話が、何時間も長く感じるように、続いていた。
そして授業も一通り終わり、皆は先生からの報告を受けていた。
授業後によくある先生からの連絡だ。
「えー、お前たち。明日からはプロヒーローたちがスカウトした、職場体験がある!ちゃんと準備はしたな?」
「はい!」と活気のある声が教室全体に響く反面、忍学生の彼女たちは「え?何それ?」と言った疑問しかない表情を浮かべていた。
「あの、すいません…儂ら職場体験のこと知らないのですが…」
「ああ!いかん!先生としたことが…うっかり忘れてた!
明日から一週間、A組とB組は職場体験で学校にいないんだ。その為お前たちは月閃で修行を受ける形になるはずだ、まあそれはお前たちの忍担任から報告があると思うが…」
体育祭が終わった彼らは、プロヒーローたちからの使命が入り、職場体験に行かなくてはならないので、学校にいないのだ。
体育祭に続き、学炎祭のこともあったので、タイミングが噛み合わなかったのだ。
(となると、半蔵から連絡が来るのでしょうかね…)
いま王牌先生がいない今、月閃には先生がいないのだ。
その為、連絡を受けるにしてもわからないのだ。
しかし職場体験とは、これはまた一年生から受けるとは…
普通は二、三年生で受けるものだと思っていたが、雄英高校では関係ないか。と直ぐに頭の中でその思考が消える。
「雪泉たちにあんなこと言っておいたのに…明日からまた月閃に戻るとは…」
空気読めよ展開。と嘆いても「そんなん知らんがな」と返答されるのがオチだろう…
何やかんやありながら、先生からの連絡も手短に終わり、下校時間となった。
「ふぅ…」
下校時間。夜桜は四季や美野里と一緒には帰らずに、教室に一人残ってため息をついた。
何故教室に残ってるのかと言うと、特に理由はなかったが、何となく心配や不安が心の何処かに残っており、モヤモヤしたままなので、少しここにいることにしたのだ。
改めて教室の中を見渡し、ゆっくりと見つめる。
綺麗な空間、誇りやチリ、傷一つない床、白い机や椅子、汚れがない黒板。
どれもこれも、素晴らしい教室…小学校の自分を思い出す。
小学校といえば、自分は幼い頃よく弟たちや妹たちの面倒を見てたものだ、懐かしい記憶が頭の中に蘇る。
夜桜は将来立派な一流の忍になって、弟たちや妹たちに再会し、屋根の下で幸せに過ごすのが夜桜の夢であり、希望である。
だから不安でならないのだ。
今頃弟たちや妹たちはどうしてるのかと…それに明日から一週間、職場体験とはいえ、それが終わればまた彼らは学校生活を送る。
つまり、また雄英高校に通わなければならないの。
別にそれは問題ない、問題なのだが…一つ疑問に思ったことは、自分は二年生の立場で、四季や美野里は一年生…彼女たちも立派な仲間ではあるが、自分は彼女たちを引っ張るリーダーとして振舞ってるのだろうか…
「儂は、うまくリーダーとして務めてるのでしょうか…?」
一つの疑問が口に溢れでる。
自分からしては、自分なりに振舞ってるが、周りから見ればどうなのか分からない…
今まで雪泉というリーダーの立場があってこそ、母親のように叱ったりしていたが、いざリーダーを務めるとなると少し不安が高鳴る。
このモヤモヤとした原因がこれだ。
どれだけ考えても日が暮れる一方なので、夜桜は食材が書いてある紙を取り出そうとした時だった。
ヒヤッ…
「!?」
頬に冷たい感触が後ろから伝わったので、思わず振り向くと。
「よっ、驚かせちゃったか?」
「っ!拳藤さん…」
少し悪そびれたように謝る拳藤が、冷たいコーヒー缶を持っていた。
先ほどの冷たいひんやりとした感覚は、これによるものだった。
しかし拳藤がここに入ってきたのは少し驚いた。
皆荷物を持って帰ってたので、自分しかここに居ないと思っていたのだ。
「拳藤さん、どうしたのですか?」
「いや、夜桜下校時間から少し様子が可笑しかったからさ、何かあるかな〜って思って声かけたんだよ、夜桜どーしてそんな浮かない顏してるんだ?何か悩みとかあるのか?良ければウチが相談乗るよ」
「ホイっ」と冷たいコーヒー缶を一つ机に置く。
カシュッとした音が響き、拳藤はもう一つのコーヒーを飲み始めた。
ほろ苦い味が口全体に広がり、喉に通る。
これぞ大人の味、拳藤はブラックコーヒーが好きなのだ。
「悩み…ですか…実は――」
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「――ということで…」
夜桜は自分の悩んでた思いを全て吐き出すように彼女に話した。
拳藤は表情を少し難しそうにして、髪をくしゃくしゃと掻く。
「リーダーかぁ、難しいよな。他の人を導いて、引っ張るのって。
自分がリーダーなのかどうかも、疑わしく思えるのも、何となく分かるかなぁ」
拳藤と夜桜は夜桜の悩み事を聞きながら帰っていた。
夕焼色に染まったオレンジ色の空が、光が、二人を包み込むかのように、照らしていた。
「拳藤さんがクラス委員長なのは納得します…
皆んなから頼れるようなリーダーシップを備え、信頼されてるのが分かりました」
夜桜は飲みかけのコーヒー缶を虚しく見つめながら、拳藤のリーダーシップに思わず羨望の声を漏らす。
その言葉が聞こえたのか、拳藤は「ちがう違う」と苦笑しながら首を横に振り否定する。
「アタシもさ、実はリーダーとしてまだまだなんだ。
そりゃあヒーローになってから、人を導く人間は必要となってくるし、唯一欠かせないものだからな」
「儂ら忍もそうです。選抜メンバーなんかはリーダーが必要となりますし…儂もこの先いつかきっと…必要になってきます」
次は自分が後輩たちを導く立場にならなければならないという焦り、不安、緊張感、それらが夜桜の心を乱していた。
拳藤は「う〜ん」と小難しそうに唸る。
「でもさ夜桜。お前なら心配ないと思うぞ?」
「へ、へっ?」
夜桜は素っ頓狂な声をあげ、拳藤をマジマジと見つめる。
どうして彼女はそんなことが断言できるのだろうか…?
「お前がリーダーとして悩むのは、皆んなの為のこと思ってだろ?
皆んなを導く立場、仲間たちの為にって、そう考えて悩む夜桜の姿のほうが、私はリーダーっぽく見えるな」
拳藤の蒼い瞳が揺れ、微笑ましく、優しく美しく、その笑顔に夜桜は硬直する。
姉御肌の拳藤は、B組の絶対的姉のような存在だ、時に男らしいクールな一面を備えてる彼女に、少なからず興味を持つ女性もいるだろう。
しかし拳藤はここで初めて、他の生徒には見せない一面を、夜桜に見せたのだ。
「リーダーも確かに大切だ。
でもな夜桜、物事ってのはそう単純じゃないんだ。
大事なのは、リーダーになることじゃなくて、リーダーになろうとする努力の姿勢が大事なんだと、私はそう思う。
仲間のために悩んで、必死に努力して、それでもリーダーとして、しっかりと振る舞おうとするのは、人間誰しもそう簡単に出来るものじゃないんだ。
だからな夜桜、私からすれば、お前はスゲェ奴だよ。お前はきっと、一流の忍になれるって、私信じてるからさ」
ニカッとどこか照れ臭そうに笑う彼女の笑顔に、夜桜は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「何より、仲間のこと大切に思って悩むってことは、お前はそれ位優しい人間なんだって充分に伝わってくるよ、私も、お前をもっと見習わないとな。だから――」
拳藤がそこまで言うと、いつの間にか、夜桜の目から涙が流れていた。
拳藤は夜桜が涙を流してることを知り一瞬固まったように驚き、話を中断する。
「ちょっ!えっ、夜桜!?ど、どした!何で泣いてるの!?」
泣かしてしまった原因が分からず、つい思わず謝りポケットから黄色い綺麗なハンカチを取り出し夜桜に渡す。
「い、いえ…何故でしょう?わしもよくわかりません…ただ、拳藤さんの言葉が嬉しくてつい…」
拳藤から差し出されたハンカチを手に取り、流れ出た涙を拭う。
涙を流したせいか目は赤く腫れており、目疲れも多少、感じる。
「だって人からそう言われたのが、初めてで……今までで弟たちや妹たちのことも心配あって、リーダーとか…家の事情とか、黒影様のこととか、もうこんがらがってて…」
あの母親のような夜桜が、初めて誰にも見せない一面を、拳藤に見せたのだ。
夜桜は母親代わりに弟や妹たちの世話をして、よく面倒を見ていた。
父親も仕事に全うしていたためか、両親がいない家族の中、自分が親の代わりとなって兄妹たちの世話をしてた為、拳藤みたいに、自分を褒めてくれることが今までになかったのだ。
でも、拳藤は夜桜の長所を見つけ、まるで姉のように接して褒めてくれた。
自分がリーダーとして相応しいと言ってくれたことなど、雪泉以来だ。
雪泉たち月閃の家族以外にも、自分の良いところを探し出し、見つけ出し、褒めてくれる、夜桜はそれが何よりも嬉しかったのだ。
仲間たちにすらそんな事そうそう言われない…いや、当たり前だから口に出さなかったのか、それが夜桜の長所だと、口で言わなくても分かってたのか、どちらにせよ褒められることはいつ如何なる時でも嬉しいものだ。
「そっか…お前、いっぱい苦労してたんだな……」
拳藤は夜桜の頭に手を置き撫でる。
自分が今まで母親的存在だったからか、人に撫でられるのも、黒影以来だ。
自分たちが言うことを聞いたり、修行を終えると、黒影は必ず笑顔を見せて頭を撫でてくれたのだ。
だから、頭を撫でられるたびにまたも思い出す、敬愛してた黒影のことを。
「ぅっ…ううっ……くっ…うぅ…」
夜桜はさっきよりも涙を更に流して嗚咽を漏らす。
彼女は真面目故に、今まで心を安らぎ、悩みを打ち明ける暇も無かった、息つく暇さえなかった。考えることも、何もかも…
でも、拳藤は彼女のことを分かってくれた、出会って間もない、日も経っていないのに、拳藤は彼女を気に掛け、声をかけ、相談に乗り、理解してくれた。
それが彼女にとってどれだけ嬉しいことなのか…
夜桜が母なら、拳藤は姉…
お互逞しく、頼りになる二人組みは、似た者同士なのかもしれない。
だがそれ程、二人の存在は大きいのではないだろうか?
だからこそ、今は、いまだけは目一杯泣こう。せめて今だけは……
そしてそんな平和的な日常が終わり、翌日。
職場体験――!!
最近寝落ちがひどい件について、昨日投稿し損ねました…
こういうの本当に多いですよね、疲れが溜まってるのでしょうか、エナジードリンク飲まなきゃ