光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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負けられない想い、正義とはなんなのか……貴方たちはそれを考えたことがありますか?


56話「悪悪悪」

ちょい前。

 

学炎祭から帰って来た選抜メンバーたち。死塾月閃女学館は、秘立蛇女子学園のように何十人何百人かの忍学生が授業を受け、修行を受ける、まさに忍学生としてもってこいの学校であった。そして此処は勿論山奥のため、他の人に知られるわけがなく、また誰かに邪魔をされる事もないので心配ご無用。

一先ず学炎祭が終わり、皆は一息つこうとするものの、雪泉は「忍とは常に死が隣り合わせ、くつろいではなりません!」と一喝されたが、正直言って修行よりも学炎祭の方が疲労も溜まる、体力も削る。余り乗り気ではなかった。それに今は王牌先生もいない。どこへ行ったのだろう?と皆は思うもののそこまで心配してなかった。

叢は「確かに修行も大事だが、我は漫画を書くのも大切なんだ…」と、机に座り、美野里は「美野里はやることはやったも〜ん」と言い自分の大事なお人形を持っておままごとをし、四季なんかは「あたしはしずえとお話しが〜」とスマホでお話し、夜桜は…「儂は皆さんの為にご飯の用意をしとかねば…」と雪泉に頭を下げ調理場に向かう。まあ、夜桜は分かるが、他はどうかと思う。確かに学炎祭は決着はつかなかったが、それでも向こうだって直ぐに修行を積んでいるのかもしれない。その怠惰が敗因となれば、それこそお爺様に顔向けできない。雪泉は「もういいです…」とため息をつき、一人で修行部屋に向かって行った。

それから彼女たち四人は、何処か少し気まずそうに表情を浮かべていた。

 

「雪泉ちん、なんか怒ってたね…」

 

「もしかして美野里、悪いことしたのかな?」

 

「学炎祭が終わってからずっとあの調子でしたしね」

 

「雪泉、一体何があったんだろうか?」

 

四人はお互い顔を見合わせるも、答えは出てこなかった。雪泉は選抜メンバーの筆頭でありながら、黒影の実の孫でもある。彼女はいつも冷静で、清楚で凛として振る舞い、誰もが認めるリーダーだ。だが、そんな雪泉が悪以外でこのような表情を見るのは初めてだ。

雪泉が一体何故そこまでして機嫌が悪いのか、何故気が荒立ってるのか…知るわけがなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の名は黒影、抜忍として生きて来た男だ。実の孫である雪泉は、善忍のエリート校、月閃で選抜筆頭を任されている。雪泉は立派な善忍に近づきつつあるようで、それを誇らしく思いつつも、一方で小さな心配も尽きない。雪泉は早くに両親を亡くし、その後はオレが引き取った。それ故に『悪は滅ぼすべき』というオレの価値観が受け継がれている。

オレは自分の歩んで来た道に後悔などしていない、悪を倒すことが人々の笑顔になるのだと今でも信じている。

 

しかし、だ。それはあくまでオレの価値観であり、雪泉まで同じように生きる必要はない。もちろん、それは雪泉だけに限った話ではない…叢、夜桜、四季、美野里たちも同じだ。オレの意思を健気に継ごうとしてくれるのは充分に嬉しいのだが、そのために彼女たちは何か失っていないだろうか?

何よりも、月閃に進学してからというもの、雪泉の笑顔をオレは一度も見ていない。人々の笑顔を守るためには、自分の笑顔は封印すると言わんばかりに……

雪泉たちは純粋で真っ直ぐだ。だからこそ、オレは心配でならない…

 

もしかしたら、雪泉たちはオレと同じ道に歩み、同じ運命にあってしまうと思うと……そうなれば……

 

 

『黒影、これでお前の大切なものは壊した、此処で死ぬといい』

 

 

あの時と同じように、昔のオレになってしまう。

 

 

善忍を辞め、抜忍となったあの頃を…

悪が憎い、善を蝕む悪が憎い。奪い、壊し、弄ぶそんな悪が許せない。

悪そのものの存在を否定してやる。

 

オレは悪のない世界、善だけの世界を作ってみせる。

 

今思えばいつもそんなことばかり考えていた。オレは若く、純粋だった。いや、雪泉と同じく純粋過ぎたのかもしれない。その純粋さを善忍の、いいや…正義の世界を受け止めてはくれなかった。

抜忍となったオレは、たった一人で悪忍狩りと(ヴィラン)狩りを続けた。それは表と裏の掟両方全てに於いて反する行為だった。

 

『殺せ!黒影を殺せ!』『おい!こいつだ!俺たちの仲間を殺した野郎だぜ!』『テメェよくも!』『これ以上お前の愚行を見逃す訳にはいかんな!』

 

オレの命を狙うべく、善忍と悪忍、両方の陣営から忍が送り込まれ、そしてヴィランは見つけては殺しにかかり、更にはヒーローも見つけては捕まえようと、オレはすべての存在に狙われていた。

抜忍狩りとの連中との戦いは激しく、ときには一般人が巻き添えを食うこともあった。悪を倒すためとはいえ、罪のない者が傷つくのは本意ではない。

オレは悪忍と(ヴィラン)を狩るのをやめ、地下に潜伏するようになった。そして、10年ほど前のことだ。実の娘と義理の息子が死んだことを知った。どちらも善忍だった娘夫婦は、悪忍との戦いによって殺されたという。それを知った途端、心を再び絶望と怒りと憎しみが支配した。

 

もう一般人が巻き添えになろうと関係ない。復讐してやる…絶対に悪の存在を許さない。オレはドス黒い復讐心を胸に秘めて斎場へと向かった。娘夫婦の亡骸に悪狩りの再開を報告しようと思ったのだ。

すると斎場の前に一人の少女が立っていた。

 

オレは我が目を疑った。その少女は、オレの娘の子供時代とそっくりだったのだ。だから直ぐに分かった、この子はオレの孫に違いない…と。少女は悲しみのあまりか、ぼんやりしていたが、オレには感じられた。この子もまた絶望と怒りに心を奪われている。きっとこのまま復讐の道を進めば、この子の可愛らしい顔立ちに笑顔が戻ることはないだろう…それが、例え平和の象徴がいたとしても…

 

そう。さっきも言ったように、オレと同じ修羅の道を歩むことになり、昔のオレになってしまう。

しかし、大事な人を失った者に言葉だけの慰めは意味がない。

どうしたらいい?

どうすればこの子を救うことが出来る?

 

『両親が死んだ理由を知りたいか?』

 

いつの間にかオレは、その少女に声をかけていた。見知らぬ人に声を掛けられたというのに、少女は怯えることもなくしっかりと頷いていた。

 

『知りたければついてこい、お前を立派な忍にしてやる』

 

オレの側に置いてしっかりと鍛える。忍を目指すことが雪泉の生きる理由になるだろう…そして、オレと一緒に生活することで、きっと雪泉は気付くはずだ。

復讐にその身を焦がし、恨みだけで生きていけば、空しさだけしか残らないということを…

初めての孫との日々は楽しくて仕方なかった。訓練をつけてやることは勿論。それ以外に野菜や果物の育て方、山の遊び方、知ってる限りのことを経験させてやった。

その都度見せてくれる雪泉のその目の輝きが、オレの荒んでいた心をどれだけ癒してくれたことか…そして驚くことに、いつの間にかオレの中から復讐心は消え、悪忍と(ヴィラン)狩りをしようという気持ちもなくなっていた。代わりに始めたのが、雪泉のように忍同士の抗争で親を失った子を引き取ることだった。

 

叢、夜桜、四季、美野里……あの子達にも雪泉と同じように愛情を持って接した。そしてなんと、これもまた驚くべきことに、この5人全員は忍としての才能に恵まれていたのだった。オレが彼女達に修行をつけさせたことで、善忍の名門校である死塾月閃女学館の入試を簡単にパスするほどの力を身につけたのであった。入試だけでない、入学してからの成長も目を見張るものがあった。五人全員揃って選抜メンバーになるとは夢にも思わなかった。オレの孫達が善忍で輝き始めている。

 

本当に嬉しかった。

心の底から嬉しかった。

 

しかし人生というものはうまくいかないものだ…

 

 

 

オレはある事情により、どうしても遠出をしなければならないことがあった。5人は心配してオレを見つめていた。このことは勿論孫達には言ってない…もしそのことを言ってしまえば、取り返しのつかないことになるからだ…だからオレはこの身をもって、少しの間だけ離れた。

 

そう、オレにはオレのケジメというものがある…それにケリを付けるために、オレは立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

そして五人の元へ帰って来た。皆は心配そうに駆けつけに来てくれた。生きてて良かった…と皆は涙を流してオレの体を抱きしめてくれただろう…だが、その分彼女達を苦しめる事実が待っていた…

 

再起不能。もう二度と忍として活動をすることが出来なくなってしまった。また、余りにも酷い重傷を負ってしまったためか、1日でも長く生きるためにベッドで安静にしてることが必須だった…体の内臓器官は殆どやられ、今じゃ呼吸をしてるのでさえやっとな程だったのだ……

 

雪泉たちには、抜忍狩りが奇襲を仕掛けて来たと言っておいたが、本当の事実は違うものだ……だがそれは言えない…言ってはいけない気がした。大切なものを、雪泉たちを失うような気がしたのだ…

それと同時に、自分に残された時間がないことを知ったオレは、頭の中に浮かぶのは雪泉たちの先行きだった。

オレがいなくなってもあの子達はきっと大丈夫だ、生きていけるはず…そのための教育はして来たと思ってるし、信じてるからこその答えだった。だが、あの子達のことがどうしても心配でならないのだ…

 

 

あの子にはもっと自信を持ってもらいたい。仮面の脱着如きで性格が変わるというのは、突き詰めて考えれば思い込みに過ぎない…素顔のままでもお前は充分に可愛い、お面なしでも生きていける。その事実を知ってほしい。

 

夜桜

 

あの子には生き急がないでもらいたい。自分が立派な忍になって、また家族一緒に暮らしたいと強く願っているようだが、そのために無理をして身を危険に晒してないだろうか?いずれ時が経てば、弟も妹もみんな大人として独り立ちする、その時にそれぞれが大人として再開すれば良い…それくらいの余裕を心に持って欲しいのだ。

 

四季

 

あの子には英語を学んでもらいたい。一人前の忍となった暁には、仏教の心髄を体現しつつ、世界に羽ばたく忍になって欲しい。あの奇抜なファッションで『JAPANESE NINJA』

と名乗れば、世界中にセンセーショナルを巻き込こすことになるだろう…それだけではない、日本のみならず外国にだってヒーローは多く存在する。四季はきっと大きく活躍することだろう…

それは忍として初の快挙になるはずだ…

 

美野里

 

あの子は今のままでいて貰いたい。つまらないおとなになって、遊び心を忘れて欲しくない。そして、笑顔を忘れて欲しくない…ピリピリした忍の世界だからこそ、あの子のような存在が必要なのだ。今のままならきっと良いムードメーカーになれるし、周りの人間を笑顔にしてくれるに違いない。だから、いつまでもマイペースで自分を見失わないようにして欲しい。

そして…

 

雪泉

 

オレの孫。どうしたら雪泉に笑ってもらえるのだろう?それが最大の悩みだ。

雪泉には笑顔が似合う、いや…実際に見たことはないのだが、きっと似合うはずだと思っている。

あの子の笑顔が見ることが出来れば、オレはもうこの世に未練はない。満足してあの世に行くことが出来る…

笑顔と言えばそうだな…『陽花』も言っていた…

 

 

 

『黒影さんはやっぱり笑顔が似合うよ、だって…笑顔が似合わない人間なんていないし、黒影さんには幸せになって欲しいもん♪なんて…えへへ、ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったかな?』

 

 

『善忍も悪忍も変わらないと思うんだ…だって、忍は善か悪か、その何方かに別れてるんだから……人だってそうだよ、心には良かれ悪かれ善と悪、両方が存在する。だから、そこを否定したって何も始まらないんだ…だからお願い黒影。これ以上自分の身を危険に晒してまで悪に復讐するのはやめて?そのせいで…誰かが苦しむ人だって居るんだよ……』

 

 

ああ、なんということだ…オレは彼女になんてことをしてしまったのだろうか…今思えばいつもそうだ…彼女の話をきちんと聞いていれば、もっと彼女と接していれば、こんな事にはならなかっただろう…そう思うのだ。

オレ自身悔いはない…だが、オレが今悔やんでるのは、雪泉たちの方だ…陽花の言ってたことが本当になってしまった。自分の理想が夢幻に

雪泉たちは、悪に苦しんでいる…正にその通りだった……抜忍となって、自分の理想が夢幻に過ぎないのだと…

そんな愛すべきあの子たちを、憎しみに向かわせてしまった。オレの背中を見て育てば、憎しみに囚われることがどれだけ無意味なのか伝わるはず、そう信じていた。

 

だが結果は違った。

 

優しいあの子たちはオレのために、悪殲滅の意思を継ごうと考えるようになってしまった。今のまま突き進めば、オレと同じ道を突き進むことになるだろう…

だが、どんなに後悔したところで、今のオレには彼女たちを止めることはできない、救うことが出来ない……

 

 

もはや頼りになるのは、オールマイトか…半蔵か…

 

 

頼む。オレの代わりにあの子達に伝えてくれ。悪を憎むということがどれだけ無意味で、どれだけ空しいのか…

そして、オレから…そして()()()から、彼女たちを解放してやってくれ。

 

頼んだぞ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、黒影の想いであり、今の願いなのであった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガアアアアアアアァァァァァアアアン!!!

 

「「「「!!??」」」」

 

修行部屋から聞こえる大爆発、その衝撃のあまりに地震が起こる。美野里は突然の現象に驚き、目に少し涙を浮かばせる。夜桜は取り敢えず美野里を落ち着かせるよう頭を撫でる。突然起きたこの爆発、当然パニックになるし月閃の四人は何が起きたから分からず頭の中が少し混乱している。しかし、このような非常事態だからこそ、常に冷静に、心を保ち、落ち着かせるのだ。美野里が大泣きして問題を増やしては余計な混乱を招くに過ぎない。そのため夜桜の行動は正しいと言える。

 

「なんだこの爆発は!?」

 

「これは一体…?」

 

「夜桜ちゃん怖いよおぉ!何が、起きてるの!?!」

 

「修行部屋から爆発の音が聞こえたよね………って、修行部屋には確か…雪泉ちんが……」

 

「その通りさ…!」

 

「「「「!?!」」」」

 

 

ドガアアアアアアアァァァァァアアアン!!!

 

 

又しても爆発。部屋の壁を壊してやって来たのは、大柄で黒いボディスーツを着用し、顔にマスクを被っている男。そして…

 

「うっっ……くっ…ぁっっっ!!」

 

首を鷲掴みにされ、苦しみ悶える雪泉の姿。

 

「「「「雪泉(ちん)(ちゃん)!!!!」」」」

 

雪泉の苦しむ姿を見て、一同はその名を大きく叫び出す。月閃は中まで厳重に仕掛けがあるため、知らない忍や他の者がここへ辿り着けることはまずない。しかし、ここにたどり着ける方法があるとすれば、簡単なことだ…

圧倒的な力で来ればいい。壁を殴り壊せば意味がないのだから…

 

「お前らのお友達、こんなのになっちまってるぜ?」

 

大男からは忍の気を一切感じない。恐らく言動からして(ヴィラン)と認識していいだろう。その大男に夜桜は怒りのあまり突っ込む。

 

「貴様あああぁぁぁぁ!!!」

 

「よし!まてまて、焦るな、そんなこけし娘にはコレをやろう!受け取れよ?」

 

突っ込む夜桜に、大男はなんと雪泉を思いっきり投げ飛ばす。投げ飛ばされたことに、夜桜は驚き雪泉と夜桜の頭がぶつかり倒れてしまう。それでもなんとか捕まえようと、倒れる前に雪泉の体を抱きしめた。そのため雪泉まで倒れることはなかった。

 

「ケホッ!ケホッ!ゴホッ…!!あっ……はぁ……はぁ……」

 

「いつつ、すみません雪泉!大丈夫ですか!?」

 

「夜桜…さん…」

 

雪泉は咳き込みながらも、呼吸を整えている。首にはまだ痛みが走っている。しかし、今は自分の痛みよりも、(ヴィラン)を倒すことが先だ。

雪泉が命に別状はないと確認した夜桜は、両手に手甲を装着させる。先ほど怒りのあまり自分の自慢の武器を装着させることをすっかり忘れていた。他の皆んなを雪泉を心配し駆けつけてくる。

 

「雪泉ちゃん!大丈夫?!」

 

「雪泉、無事か…」

 

「ちょっちヤバくない!?なんでこんな所に(ヴィラン)がいるのさ!?あり得なくない?どーして此処が…」

 

美野里は雪泉の傷を見て心配し、叢は雪泉が無事かどうかを確認する。四季は雪泉を支えながらもヴィランを見つめる。そんな月閃に今まで黙って様子を見ていたヴィランは嘲笑う。

 

「ハッハァーーー!これが正義の友情ごっこか!皆んなが駆けつけに来て俺を放置とは…面白え!面白えよお前たち!」

 

「ふざけるな貴様ッ!いい加減にしろ!!」

 

雪泉だけでなく、皆を、家族をバカにされたことに夜桜は頭に血がのぼる。夜桜にとって、雪泉たちは家族そのものだ。夜桜はまだ月閃に入る前までは、心温まる幸せな家族と過ごしていたのだ。

自分を除いて、弟と妹で合計11人と言った大家族に囲まれていた。なんと、母親は一年に11人もの子供を産んだのだ。我ながら凄い母親だと思った…

母親は今まで休んでたその分、任務で忙しかった。父も忍で忙しく、家に帰ってこなかった日が多かった。その間弟と妹の面倒は全部夜桜が見ることになった。流石に11人の面倒はとても大変だった。喧嘩を仲直りさせたり、好き嫌いが激しかったり、ご飯の時間など取り合いになったり、やや麦茶は嫌いだオレンジジュースが欲しいなど、更には夜、皆を寝かしつけたりと……大変だったけど、嫌ではなかった。だって、家族が大好きだったから…

だから、両親が死んだことはショックだった。任務で、善忍と悪忍との抗争で敗れたそうだ。母は無理はない…ブランク明けの任務で死亡してしまったのは…流石に一年間ずっと休んでいれば、任務は難しいかったのだろう…そして翌年には父が死亡した。

両親のいなくなった後、親戚の人たちが弟妹を引き取って行く……だが、夜桜にとってそれはとても辛かった。大好きな家族が、引き裂かれていくようで、心も裂けりそうだったから……だからこう言った。

 

『儂が育てる!儂が皆んなを育てるんじゃ!』

 

しかし9歳の年頃である彼女の言葉は誰も信じてくれなかった。冗談だと受け取り、結局親戚に引き取られてしまったのだ…夜桜も親戚が引き取るはずだったが、それが嫌で抜け出したのだ。こうなったら一人で生きてやる…何がなんでも…そう思っていた。しかし幼い頃の浅知恵でどうにかできるハズがなく、帰る場所もなく途方に暮れて居た。衰弱しきった体に、疲労と空腹が襲いかかってきたあの辛さは、今でも忘れない…そんな時だったんだ…黒影に拾われたのは。

もし黒影がいなかったら、今の夜桜は何処にもいない。家族を救いたい、家族が大好きだ。だからこそ、夜桜は……そんな家族を馬鹿にされたコイツが許せない。

夜桜は怒りを込めた拳の一撃を、大男に喰らわす。

 

 

「いや、ふざけてないぜ?」

 

ガシッ!!

 

「!?!」

 

だがなんと、夜桜の拳をこの大男は何ともない様子で、ごく自然に手で受け止めた。掴まれた手を引っ剥がそうとするが、ビクリとも動かない。

 

「四人いるなら仲間の心配、安否を確認するのは一人で充分、なのに敵を目の前にして全員で仲間一人の心配をする、その隙に俺がお前たちをリンチにするってことは考えてなかったか?」

 

つまり、その気になればいつでもお前たちを潰せた。そう言ってるのだろう、この敵は夜桜を見つめてそう言うと、夜桜はもう片方の手甲で殴りかかる。

 

「テメェをブチのめすことしか、考えてなかったんじゃ!!秘伝忍法!【極楽千手拳】!!」

 

「!!」

 

夜桜は巨大化した籠手を大男の腹目掛けて殴り、衝撃の爆発が連鎖する。ましてや至近距離0での強技が炸裂。これを食らった葛城もボロボロになったくらいだ、それをまともに食らって無事ですむハズが…「それが間違いさ!」

 

「はっ…?!」

 

なんと、夜桜の秘伝忍法をもろに食らっても、なんともない様子の大男。あの葛城でさえダメージがあったというのに、この男は、夜桜の秘伝忍法を前にしても、傷を負うことなく、吹き飛ばされることもなく、目の前に立っていた。マスクを被ってるので分からないが、恐らく笑っているのだろう…

それもそのはず、この大男から感じるこの重圧感、拳から伝わってくるこの無限に溢れ出る闘志。そして──

 

──自分の力が通用しなかったという、絶望感。

 

 

「今度はオレのターンだぜ?歯ぁ食いしばれよ!」

 

大男はそう言うと拳を強く握りしめ、夜桜の腹に鉄槌の拳を入れさせる。衝撃が強いあまり、「ガハッ!」と口から消化液が出てしまう。

そして壁の方に吹っ飛ばされ、背中を強く打つ。

 

「夜桜さん!!」

 

雪泉は壁に叩きつかれた夜桜を見て叫び出す。大男はクイッと指を上に向けると、周りの忍学生を見つめこう言った。

 

「言っておくが…ここにいる奴ら、一人たりとも逃さんぞ…!!覚悟しろ忍学生ども!」

 

絶対的圧倒的暴力を持つ巨悪と呼ぶにふさわしいヴィラン。皆も黙ってられるハズがなく、大男に立ち向かう。

 

「もう絶対に許しません!みなさん!」

 

「ああ…!勿論だ雪泉!」

 

「どうして(ヴィラン)が此処にいるか分からないし、なんで私たちの場所が分かったのかは知らないけど……まあ、倒せば問題ないよね!!」

 

叢と四季が前に出る。叢は面を付けてるので見えないが、面の奥では怒りに染まった表情をしてるだろう…いつも訓練に乗り気じゃないうえに、友達とよく喋ってる不真面目そうに見える四季も、怒りのコスモを燃やしていた。

 

「よし、よしよし!良いぞ、もっと来い!更にはもっと本気で来い!」

 

「その余裕がいつまで続くかな!?!」

 

大男は向かってくる叢と四季に挑発をかます。二人は自分たちを誘ってるのだと理解し、冷静さを保つ。相手の挑発に乗って怒りを露わにすればそっちの思う壺。怒りに囚われていては冷静さを欠け、判断を見誤る。

 

「秘伝忍法!【シキソスZEX】!!」

 

「こちらもだ!秘伝忍法!【影郎】!!」

 

二つの秘伝忍法。合体秘伝忍法とは違い、力を合わすわけではなく、単体で攻める戦法。大男は避けるそぶりもなく、ポリポリと頭を掻く。本当に舐めてるのか、と言いたいくらいのその姿勢は、流石に挑発の域を超えている。鋭い牙を剥き出し襲いかかってくる白と黒の二匹の狼。そして頭の帽子から蝙蝠の群れを呼び出し、四季自身も血のような赤い霧を纏い突撃する。

この二つの秘伝忍法に、大男はどう出るのか?まず二匹の狼が噛み付く前に両手で首を掴む。そこから…

 

「フン!!!」

 

ドゴオオオオオォォォォオオオン!!

 

二匹同時に地面に叩き潰す。二匹の狼は一瞬で気絶し口を開き、舌を出しながら失神していた。あの小太郎と影郎をああも容易く行動不能にしてしまった…

 

「なっ!?バカな、小太郎!影郎!」

 

「子犬は大人しくオネンネしてな…!」

 

そしてムクリと立ち上がると、目の前には蝙蝠の群れと共に突撃してくる四季。大男は右の拳で殴り飛ばそうと右ストレートする。が、ここで大男は四季の罠にかかった。

 

シュバッ!

 

「なにっ!?」

 

四季が突然消えた。襲ってくるのは大軍の蝙蝠、視界が奪われて思わず身構える。

 

「ええい!ちょこざいな!」

 

今度こそ右ストレートを放つと、蝙蝠は跡形もなく吹き飛び視界が晴れる。だが目の前に映る光景に、四季はいない…

 

「ここだよ!」

 

後ろから声が聞こえた。振り返るとそこには血管が浮かび上がってるように見える鎌を手に持ってる四季。そして…首を切り落とそうと首目掛けて刈り取ろうと武器を振るう。

 

「お見事だ!」

 

だがそんなのこの大男には無意味だった。なんと瞬時に鎌を素手で掴んだのだ。その手から血は流れないどころか、逆に鎌の刃物が軋み、少しヒビが入ってしまう。

 

「うっ……そでしょ……?!?」

 

「二匹の子犬が時間を稼ぎ、お前が突っ込んでくるかと思いきや、蝙蝠を目くらましに使って瞬時に背後に回り、気がつき振り向いた途端に首チョンか……うん、悪くねえな!だが…」

 

四季は武器を動かそうと試みるも、微動だにしない。この馬鹿でかい力、異常なまでの強さ、何より体力の底が知れない。こんな圧倒的な敵(悪)はそういないだろう…なのに、四季は知らない。このヴィランを。何故って?四季はブログのネタを上げるのは勿論、他にもネットやツイッターなどで情報は一通り掴んでいる。そのため当然ニュースのチェックも欠かさない。だから不思議でならないのだ、こんな大物ヴィランが、何故今まで世間に知らされることが無かったのか…この大男(ヴィラン)は一体何がしたいのだろうか?目的は一体なんなのか?色んな疑問が心の中に浮かび上がる…いや、それより…次はどうする?どうすれば良い?四季は次にとる行動を必死に考えていた。冷静に判断していたし、気の緩みも無かったはず…なのにこの男に攻撃が通用しない。

 

「そんだけだ!!」

 

すると四季に思いっきり殴りに掛かる。まずい、これを食らったら無事では済まない…最悪、死んでしまうケースだってある。自分たちの力が通用せず、相手に手も足も出ないなんて……

 

バチンッ!

 

「……え?」

 

「あ?」

 

鈍い音。大男の背中に鈍器かなにやらが当たった。大男はゆっくりと振り返ってみると、そこには…緊張してるのか息を切らし、目は赤く腫れ、震えながら涙を流し、手にバケツを持って殴った美野里の姿であった。

 

「「「美野里(さん)(ちん)?!」」」

 

「四季ちゃんから……離れろ……」

 

美野里は弱々しくも、力一杯、涙声でその大男にそう言った。大男はポカンとしながらも、体の方面を四季から美野里に変える。

 

「ほぉ?何をする気だ?ガキが」

 

「戦う……」

 

「お前が?オレに?痛い目にあうぞ?」

 

美野里は精神年齢が子供ゆえに、とても純粋だ。だから、戦いは好まない。戦いが嫌いだ。戦いがあるから、憎しみを生み、悲しみを生む。美野里はそんなの好きじゃないし、人が何故戦うのか、理由が分からなかった……戦いがあったからこそ、両親は亡くなってしまったのだ…それなのに何で皆んなは戦いなんてしてしまうのだろう?皆んなで仲良く遊んでいれば、辛いことも、苦しいことも、悲しいことも、何もない。遊んでいれば皆んな笑顔になれるし、幸せになるし、楽しいし、嬉しいし、平和にしてくれる。皆んなもそう願ってるハズだ…

だが、美野里は此処で初めて、こう言った。

 

 

「戦いは好きじゃないし嫌いだけど…でも、四季ちゃんや、夜桜ちゃん、叢ちゃん、雪泉ちゃんが傷つくのはもっとも〜〜っっっと嫌なんだ……!!だから、皆んなのために…戦う!」

 

美野里はフライパンを取り出す。

 

「秘伝忍法!【パンパンケーキ】!!」

 

美野里は魔法のバケツから様々な材料を取り出し、フライパンを使って一気に巨大なパンケーキを作り出す。ふざけてるように見えるかもしれないが、美野里にとっては真面目だし、これが美野里にとっての必殺技なのだ。調理といってもそんなに時間は掛からないし、隙を作ることもない…魔法のように一瞬で出来上がり、フライパンを上手く使ってパンケーキを空に投げると、大男の真上から、巨大なパンケーキが降ってくる。美野里はパンケーキ以外にもお菓子を作るときの顔は、とても幸せそうな笑顔になる。その笑顔はとても純粋で、黒影が大好きな美野里の優しくて明るい笑顔だ。だが、今回は違う…仲間を傷つけられ、苦しめられた……初めて見せる、涙を流し悲しみに染まった顔だった。いや、違う。悲しみに染まったのではなく、誰かを助ける為に戦うことを決意した顔だった。涙で顔がぐしゃぐしゃになってるため勘違いしやすいが、それでも戦うことを決意した美野里は、この場で成長したと言えるだろう。

そのパンケーキは大男を覆い、潰した。

 

ズドオオオオオォォォォン!!という巨大な地震。その光景に一同は呆気を取られていた。口をポカンと開き!目を丸くし、美野里とそのパンケーキを見つめて…

 

「美野里…やったの?」

 

美野里自身も、まさかここでやれるだなんて思ってもなかったらしく、流れてた涙は止まり、目を丸くする。目の前には甘い香りがふんわりとする大きなパンケーキ。大男の姿は何処にもない。

 

「美野──」

 

雪泉が彼女の名前を呼びかけたその途端…

 

バアアアァァァン!!

 

巨大なパンケーキは空へと吹き飛び、形が崩れると四散する。散り散りになった幾つものパンケーキの欠片が、雨のように降ってくる。そして…美野里の目の前には…

 

「お前、最っっ高だぜ!!!!」

 

土埃のような、少しだけボロボロになった大男が、立っていた。大きなダメージは与えれなかったようだ。

 

「う………そ……だよ……ね………?」

 

大男を倒したというさっきの喜ばしい感じが、一瞬にして絶望へと叩き落とされた。美野里の秘伝忍法も、夜桜や叢と同じく通用しなかった。そのことに段々顔を青ざめる。そして、大男は堂々と、ゆっくり近づいてくる。美野里は、大男に問う。

 

「あ、貴方は!ヴィランさんは何がしたいの!?!何で美野里たちの学校に攻撃してくるの!?何で戦うの?!」

 

美野里の言葉に、大男はまたしても動きを止める。大男は少し考えた後、マスク越しから口を開いた。

 

「決まってるさ!正義をなくすのさ!」

 

「正義を…なくす?」

 

その言葉を聞いた雪泉は眉をひそめる。

 

「俺は善が憎い、正義が憎くて許せない!!悪を倒す善がオレはどうしても許せないのだ!悪を踏み台にして立つ貴様らのその正義が、どうしてもなぁ!」

 

その言葉は、黒影のその逆だった。全ての正義を憎むその言葉に、雪泉の脳裏に黒影の姿を思い浮かべた。

 

「だから、オレは!お前たちの想いを、ぶち壊す!!」

 

そして拳を力一杯握りしめ、美野里を殴りかかろうとする。美野里は目の前の恐怖のあまりに、圧倒的な威圧感のあまりに、言葉も出ず、縮こまるようにしゃがみ、手で頭を守るように置いて、目を瞑る。まるで小さい子供がイジメを受けてるような光景だ。

 

その光景を目にした雪泉は、黒影が手を差し伸べてくれたあの姿を思い出し、一瞬頭が真っ白になった。

 

「秘伝忍法…【黒氷】!!!!」

 

パキィン!!!と大きな氷柱の氷が誕生し、大男に襲いかかる。その大男は美野里から雪泉が放った黒氷へと方面を変えた。拳に力を入れた強さを変えず、そのまま氷を砕くように殴りに掛かる。

 

「やっぱそうくるよなぁ!!!」

 

そして、拳と氷がお互いぶつかり合い、炸裂。雪泉が放った黒氷は今までよりも一番強力で、一番デカイものだった。その黒氷はあの大男をも覆い尽くすような馬鹿でかい、轟が瀬呂戦に見せたあの氷山の一角と同じものの大きさだった。そんな大きな氷山とも呼べる黒氷に、大男は素手で殴り鋭い一角に拳が当たる。デカすぎるあまり、あまり見えないが、それでも強力な衝撃波はビシビシと伝わってくる。近くにいた美野里は衝撃が強すぎるあまり、必死に保とうとするも、とうとう吹き飛ばされてしまう。だがそれを叢がキャッチする。叢の横には、夜桜の腕を担いでいる四季。夜桜は先ほど腹にワンパン入れられ、まだダメージが残ってるとのこと…

氷が次々と削れていってるのか、氷の破片が輝く飛び散る。その光景は美しいものでもあるが、相手が相手だ、見惚れてる状態ではない。

ビキビキと氷の芯が割れ、やがて砕け散る。氷が大きく崩れるとともに、この大男は腕を軽く振り回し、雪泉を見つめる。

 

「……かき氷が出来なくて悪かったな、こちとら生憎、不器用なんでね」

 

「……どこまで舐め腐ってるのですか…?」

 

今の雪泉は先ほどまでとは比べ物にならない怒りをその目に蓄えていた。それも当然…仲間を傷つけ、自分たちの学校を襲撃し、終いには正義をなくすと来たものだ。そんな悪はこの世にいてはならない…だから、雪泉は戦う。自分を育ててくれた黒影のために…

 

「いやぁ悪いわるい!お前を見てるとなんだかかき氷食いたくなって来てな!そろそろ夏が来るし…って、んなこと言ってる場合じゃないな」

 

雪泉の言葉通り、本当に舐め腐ってるようだ。この状況でなおここまで余裕を晒け出すと、怒りが湧いて来る。実に不愉快だ…

 

「もういいです…貴方と話す気はありませんから……」

 

そして雪泉は秘伝忍法最終奥義、【雪蜘蛛】を発動させる。氷の巨大な蜘蛛を召喚し、巨大なつららの氷が大男を襲い、そして蜘蛛は自分を中心に回転する。周辺には竜巻か発動し、攻撃する。

 

氷の竜巻が、大男を襲う。

 

「ッッ!なるほど、これが本気ってわけか……氷と風のコラボレーション…なんちう秘伝忍法を…!」

 

この大男は何処まで忍の秘められた強さを知ってるのやら…氷の竜巻は悪を否定し拒み、消すように、大男の体を氷と竜巻が襲いかかり、体を傷つけていた。傷口から出る血、それすらも凍るこの秘伝忍法は、もはや絶対零度と呼ぶに相応しいかもしれない。

 

だがそれも一瞬の出来事。

 

雪泉の秘伝忍法が終わると、先ほどの氷のためか、白い霧が周囲に漂う。氷で作られた蜘蛛もいなくなっている。

 

「これで……」

 

終わった。

 

「……いい秘伝忍法じゃねえか」

 

「!?!」

 

だが倒れない。目の前に映る光景、それは多少凍傷を負ってるように見えるその体、それでもまだこの大男は倒れなかった。アレだけの攻撃を食らいながらも、なぜ倒れないのか…不思議でならなかった。それにこの大男、先ほどから個性を一度も使ってないではないか。つまり、まだまだ本気ではない。そう言うことになる。こんな化け物が本当に存在するのか?それすら疑わしい。雪泉だけでなく、四人も流石に雪泉と同じ表情を曇らせる。

 

「けどな、オレはお前たち正義を殲滅するまで、オレは止まらねえさ」

 

「なぜ、そこまでして……」

 

「はっは!お前がそれを聞くか!お前らが俺たち悪を否定してるからだろ!?だからオレはお前らが憎くて許せないんだ!結局、お前らがやってることは人殺しとなんら変わらん!」

 

大男は笑いながら雪泉に指を差す。

 

「正義があれば悪だって必ず存在する。お前たちが悪を殲滅しようとするように、オレは正義を殲滅する。つまりは、そう言うことだ」

 

雪泉の方から四人の方へと視線を変える。そう、涙目になって目が赤く腫れてる美野里の方へと…

 

「結局、お前らとオレは、なんら変わらないのさ。お前たちのその正義という行動には、何もない。あるのは悪を倒すこと…なら俺たちと一緒だ。俺たちも正義を倒す。いたってシンプルで分かりやすいだろ?だから、オレは破壊をやめない。オレはお前たちのような正義がいる限り、何度でも…ぶちのめす!!!」

 

拳を握りしめ、四人もろとも殴り殺そうと腕を振るとする。

 

「くっ!」

 

「ちょっ…!」

 

叢と四季は傷こそないが、四季は夜桜の体を支えてるため、戦闘はまず難しい。そして叢は四季と夜桜、そして美野里に被害が及ばないように戦い守り抜けなければならないという、とても理不尽で無茶苦茶な状況に陥る。

 

「……ここ、まで……ですかね……」

 

夜桜は既に勝負の敗北を認めてるように見えた。それもそのはず、この大男から倒れるという文字が思い浮かばない。

では美野里は…?

涙を流し、首を横に振りながら、最後にこう言った……

 

 

ただ、

 

 

 

 

その言葉が…

 

 

 

 

全てを変えた。

 

 

 

 

 

 

 

「だ、誰か……助けて……」

 

 

 

 

 

 

ドクンッ!!

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

 

『悪いな、目の前で困ってる人間がいた』

 

 

『何がそんなに気にくわない?何でアンタ達は悪をそこまで憎むんだ?何かされたのか?』

 

 

『悪がなくなったとしても、そこに正義もないぞ?』

 

 

 

「てやぁ!!」

 

「!?」

 

ガキィン!!

 

雪泉が氷で作った氷の剣と、雪泉の行動に気づいた大男は腕で身を守る。氷と腕が、まるで金属のようにぶつかり合う。雪泉のその目から、冷たい闘志が伝わってくる。

 

「コイツ…先ほどとは明らかに違う…?」

 

先ほどの雪泉と何処か違う…一体何があったのだろう…

 

「せいっ!!」

 

そして腕を薙ぎ払う。そしてガラ空きになった体にトドメの一撃と言わんばかりに突き刺そうとする。

 

「ッ!」

 

だがもう片方の拳でその氷の剣を折る。雪泉は少し距離を取るように後ろに下がる。

大男の目線も、美野里から再び雪泉へと移す。

 

「まだ体力が残ってたとはな…おも「美野里さんを…」?」

 

「美野里さんには指一本触れさせない!これ以上美野里さんを傷つけさせない!!」

 

雪泉の怒気を含んだ声、でもって何処か正義感を感じさせるこの声が、部屋中に…いや、月閃に轟いた。

 

「美野里さんだけじゃない!叢さんに、夜桜さん、四季さんにも…もう誰にも傷つけさせない!!誰も死なせない!!」

 

その言葉に、四人とも雪泉を見つめる。

 

「「雪泉…」」

 

「雪泉ちゃん…」

 

「雪泉ちん…」

 

こんな雪泉は初めて見た。

 

「……ほう?面白え…さっきよりかは、表情が随分と良くなったじゃねえか…!」

 

「………」

 

雪泉は神経を研ぎ澄ます。呼吸を整える。雪泉自身、自分が何処か変わった気がした。そして…何より驚いてるのは…大切な家族であり、大切な仲間である美野里が殺されかけた時、何故か考えるよりも先に身体が動いていたのだ。そして、いつもよりも力が出たような気がした。その時と同時に、前に言われた轟の言葉が脳裏に浮かんだのだ。アレだけあの言葉に抵抗があり、苛立っていたのに、何故かその言葉にもう抵抗心も、怒りも覚えなくなったのだ。

 

だからなんとなく分かる気がしてきたのだ…黒影が自分たちに一体何を伝えたかったのかを…そして、本当の正義とはなんなのかを……その答えを見つけるためにも、この大男(ヴィラン)の戦いは負けられない。皆んなの為にも……

 

「この勝負は絶対に負けられない…!皆んなの為にも…!!」

 

「っ!雪泉の言う通りだ……秘伝忍法が通じなかったからなんだ…我らはまだ戦える…!」

 

「その通りですね…弱音を吐いては、黒影様に会わせる顔もねぇ……黒影様だけでなく、雪泉は皆んなの為にも、儂らは負けられない…!」

 

「そうだよ……もう悪の殲滅だなんて関係ない…今は…」

 

「皆んなの為に、美野里も戦う!頑張るもん!!」

 

叢だけでなく、夜桜に四季、美野里も、雪泉の横に並び、武器を構える。先ほどの雪泉たちならば…悪を滅ぼす憎しみをこめた目だった…しかし、今はどうだろうか?彼女たちの目は、輝いていた。まるで大切なものを守ろうとするその目は…雄英生、ヒーローの子供達と同じ目をしていた。

 

 

「「「「「鎮魂の夢に鎮む!!」」」」」

 

 

「………」

 

大男は目の前に映るその光景に、唾を飲み込む。

 

「なんだよお前ら…悪を殲滅とか言ってたのによぉ……そんな目でオレを見つめやがって…カッコいいじゃないか…!!本当に…

 

 

 

 

最っっっっ高じゃねえかああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 

心の底から湧き上がる止まらない高揚感、無限に溢れ出てくるかのような闘志。この大男の底は知れない…でも、雪泉たちも負ける気がしない。さっきまでとは違う…

 

「さぁ、参りましょう!!」

 

雪泉たちの正義と、強力な悪が、今衝突する。




正義とはなんなのか?それは、戦えば分かる。次回、大男が何者なのか明かされます。まあもう知ってると思うけど…では、次回もお楽しみください。あっ、勿論ネタバレNGですよ?本当に、知らない人だっているんですから。

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