光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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今回は本編ではなく特別編の一周年記念です!
かなり今更っていう雰囲気で御座いますが、区切るの大変でしたので…オールマイトVSオール・フォー・ワンが終わった今が丁度良いと思い、結果遅くなりましたが本編と関係するお話を入れました!

だって一周年に到達したの、林間合宿で敵連合開闢行動隊が攻めて来て、爆豪と雲雀が拉致された時ですよ?そんな間に急に日常的な話を入れるのも不自然だなと思ったので、後回しになりました。

もし良ければ、目を通して下さると幸いだなぁと…(一話でかなり時間を取られた)




特別編
特別編「病院に行こう」


 

 

 

 期末試験を終えた雄英生と忍学生達は、林間合宿に向けて木椰区ショッピングモールで、必要な品物の買い出しをしてる最中である。

 期末試験の実技で赤点追試になった5名も、相澤先生による合意的虚偽でなんとか合宿には行けるものの、普通の合格者とは違い、並みの神経では到底成し遂げれない程の地獄が待ってるそうだ。

 しかし、林間合宿とは無縁の者には関係ない。

 

 

 ここは緑の雑草が生い茂った丘。

 夏の日差しが差し出し、太陽の光に当たり熱く感じる。

 そんな熱さもなんのその、桶に水を汲み、立派なお墓に水を掛ける。

 水々しい音が耳を打ち、心が清らかになるようだ。

 後はお線香を焚き、花を添え、お供え物を置き合掌する。

 お供え物は、お爺様の大好きなイチゴ大福だ。

 

 

「黒影お爺様…私、雪泉は…仲間と供に忍の道を精進しています」

 

 

 雪泉は丘の上でただ一人、愛しきお爺様のお墓参りをしていた。

 特に今日は特別の日でも何でもない、ただ月に一回はこうしてお参りに来てるのだ。

 とは言ったものの、ここへ訪れたのも学炎祭以来になるが、そこまで月日は経っていないので、久しぶり…という訳でもない。

 

「観てますかお爺様?学炎祭が終わってからというもの……色んな事が起きたんですよ?

 夜桜さん達は雄英高校のB組に転入(一時的に)したり…雄英生の方達と供にヒーロー殺しと遭遇したり……」

 

 漆月を始めとしたオールマイト打倒を目論む敵連合への対策を兼ねて、彼女達三人が雄英の側にいることで、生徒達の安全が少しでも保証される。また、漆月を討伐する戦力向上の為でもあるらしい。

 半蔵学院に続き、月閃女学館が選ばれたのは、エリート校の肩書きとそれなりの実力を買ってるからだろう。

 ヒーロー殺しの時は本当に肝が冷えた。

 敵はヒーローが相手をし、抜忍は私達全忍が相手をするので、敵相手に死角は無いと思っていたのだが…一人相手では確実に仕留めることの出来ないレベルだった。

 油断してた訳では無いのだが、相手の手慣れた動き、鍛錬された身のこなし、それらが忍を圧倒していた。

 

 

 何よりも、正義を追い求めたイかれた執念。

 

 

「けど大丈夫です…私には夜桜さん達がいます。それだけじゃない…私には友達がいる…だから、何があっても怖くはありません」

 

 学炎祭が終わり、雄英生達の事も考え直し、轟焦凍とも仲直りした。

 そう言えば、夜桜さん達は雄英高校のイベントで林間合宿に行くそうだ。

 具体的な内容は三人は解らないと言っているし、本来なら保護者に話を付けるのだが、生憎私たちは親のいない、黒影お爺様に引き取られた身。

 無論、黒影様とは他界し、半蔵は先生としては戻ってこない。

 なので、リーダーである自分が夜桜さん達の保護者としての役割を担うので(筆頭の務めなので)、重々承知した。

 

「さて、一通り掃除も終わりましたし…後は……――おや?」

 

 どうするか。

 そう考えていると、少し遠く離れたお墓に雪泉は目をつけた。

 ここは黒影以外のお墓が並んでいるが、墓に記されてる名を目に通した途端、雪泉は気になる事でもあったのか、駆け寄ってみる。

 

「これは……」

 

 ここの丘にある墓は、月閃女学館に関わり名を持つ忍達の墓だ。

 月閃を卒業した者や師範に至るまで、お墓が並べられている。黒影は男性でもあれば、師範と言う訳でも無いが、雪泉達を鍛えてくれた師匠故に、血の繋がった家族だ。

 何より黒影の名は半蔵に負けず劣らず有名で名高いので、特別に墓を建ててもらったのだ。

 雪泉が目に通した墓は――

 

 

 ――猗華月

 

 

 死塾月閃女学館の初代選抜筆頭の善忍だ。

 忍界の噂では聞いた事がある。幾多ものの逸話を残した忍で、一騎当千の実力を持つ善忍だそうだ。

 とは言うものの、かなり大昔の頃だったので、恐らく月閃女学館が建設された初期なのだろう。詳細は不明だ。

 半蔵学院は1919年に設立されたと聞いたが、月閃はそれよりも遥か先昔のことだ。

 

「私達の大先輩に至る偉人……」

 

 どんな人物なのだろうと、少し興味が唆られる。

 自分たちもいずれ立派な一流の善忍になり、天国のお爺様に見せてあげたい。そして、人々の笑顔を守れる、清く正しい正義の忍へ。

 これから己を磨く為にも、月閃女学館を卒業した先輩たちとも遭って話を聞きたいものだ。

 

「今度、半蔵様にお話を聞くのも良いかも知れませんね、この方がどんな偉人だったのか…」

 

 一流の善忍を目指すのなら、話を聞いて損は無いだろう。

 それに、彼女が名のある英雄として相応しいことは学校側でも語られてはいるものの、どのような善忍だったのか、詳細は一切教えて貰っていない。

 半蔵は雪泉達がまだ一年の頃、王牌として雪泉達忍学生に厳しい訓練や修行を教授してくれたのだ。

 しかし今年に入り、ある理由で半蔵学院に学炎祭を持ち込んだ結果、王牌の正体が半蔵だということが判明したのだ。

 なぜ気付かなかったのだろうかと思ってはいたものの、そもそも半蔵自身姿を表すことなど滅多に無いので、当然といえば当然だし、まさか伝説の忍が自分たちを育て上げたことなど、誰も予想付く筈が無く。

 況してや半蔵も月閃女学館の教師として在籍していたので、もしかしたら知ってるのかもしれない。

 

「っといけない、そろそろ戻らないと……」

 

 本当は選抜メンバー五人皆んなと一緒に行けば良い話なのだが、夜桜達三人は B組と一緒に林間合宿に向けてショッピング(A組とは違う場所)に行ってるのでまず今日は無理だろう。

 叢は自分と同じ三年生なので、問題はないが、個人的に一人でお墓参りをしたいと言う意味もあるので、黙って一人で行ってきた。

 黒影の血を引き継ぐ実の孫でもあるためか、何故か一人でお爺様のお墓参りに行ってしまうのは、黒影の孫だからだろう。

 こうして少したわいの無いことを喋り、お供え物を取り帰って行く(虫や動物が集まるといけないので)。

 

「さて、今日は叢さんとどのような訓練を…前に夜桜さんの話を聞いた訓練を参考にしましょうか…?それとも……」

 

 普通の忍学校なら教師に従い、訓練や授業を受けるのだが、生憎、王牌先生はもう月閃女学館の先生ではない。

 他の、先生の補充がない為今の月閃には担任教師すらいないのだ。

 そもそも月閃女学館は名誉あるエリート校、半蔵と同じく規則正しい忍学生しか入ることが赦されないため、学生の数も少ない。

 今はリーダーとして先生の代わりを担って自主訓練をしている。

 訓練を考えたり、生徒一人一人の特徴や個性的な体力、能力面を考えると中々に難しい。

 そう言えば、近頃月閃女学館に月閃家の中等部学生が二人、そして名門家の中等部学生が一人やって来るとか。

 しかも名門家の中等部学生が教師の代わりを担ってくれるらしい。

 聞いた話だと、かなりの凄腕な忍学生らしく、教師…というよりも教官という言葉が妥当と言った所で、指導をしてくれるらしい。

ほんの息抜きでしかないのと、先輩たちとの交流を早く深めるのに丁度良いという、何とも閉まらない理由らしい。

 教師と教官は違うものの、中学生相手に…と考えると少し浮つくような気持ちも無いわけでは無い。上層部たちの決断だそうだ。

 実際、自分たちよりも遥かに実力を備えてる、カグラに近い学生だそうだ。

 

 一体どんな人なんだろう…

 なんて考えていると――

 

 

 

「おい、雪泉…だよな?」

 

「ひゃっ!?」

 

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返るとそこには

 

「あれ?と、轟さん!?どうしてここに?」

 

 雄英高校一年A組、轟焦凍がいた。

 そもそも考え事をしていたので、気配すら気付かなかった。

 

「いや…偶々道歩いてたら、見覚えのある後ろ姿があったもんで、声かけてみたんだ。墓参りか?」

 

 轟はヒョイっと手入れされた墓に目をやる。黒影之墓と文字が彫られており、線香の匂いが鼻にこびりつく。

 そういえば、婆ちゃんの墓参り行ってなかったなぁ…と頭の中で考えを過ぎる轟。

 

「あ、はい…それにしても奇遇ですね、轟さんは何か用事でも?」

 

「ああ、今日は母さんの見舞いにな……」

 

 今日は日曜日。

 体育祭が終わり、母親と遭ってケジメを付けた轟はこれから暇な時は必ず母親に逢うようスケジュールを決めている。

 特に日曜日は学校も休みなので、お見舞いに行くのは好都合だろう。

 それと同時に、今日はA組全員(自分と爆豪以外)林間合宿に向けて木椰区ショッピングモールへ準備品を買いだしている。

 自分はある程度暇な時間があれば買いに行けるので、今日じゃなくても問題はなかったし、特に合宿に拘りもないため、最低必要な品があれば充分なので、買い出しに行かなくとも、自宅にあるだろう。

 因みに轟の家はかなり豪邸(八百万程ではない)なので、最低限困らない。

 

「お母様…お病気なのですか?」

 

「別に人に話すもんじゃねえ」

 

 エンデヴァーが原因で母親が入院してることは緑谷と飛鳥以外秘密にしている。

 そもそも、家庭内の事情を聞かれるのは余り好かない。

 

「すみません、私としたことが……人の家庭の事情もあるのに……」

 

「いや何、気にすんな。別に謝るもんじゃねえよ」

 

 物分かりの良い雪泉は頭を下げるも、轟は気に病む事なく黒影之墓の前に腰を下ろす。

 

「折角だし、俺も挨拶しとくよ」

 

「いえそんな!…しかし……」

 

「別に困ることじゃねえだろ?世の中の礼儀ってやつだ。それにお前の家事情知っちまった以上、無視するのも良くねえ」

 

 轟は軽く合掌し、目を瞑る。

 不思議なものだ。月閃女学館の選抜メンバーの他の四人なら何ら可笑しくもないし、見慣れてるので何も思わないが、いざ月閃とは関係ない、ましてや轟焦凍と言うヒーロー学生が、お爺様のお墓参りをしてる光景は、見慣れてないせいかどこか新鮮な感じがして、内心嬉しいようで少し照れくさい。

 

「よし、これで後は……雪泉は終わったのか?」

 

「ええ、はい。掃除も終わりましたし、花も新しく手入れしましたし、やるべきことは終わらせました」

 

 轟も軽く挨拶を終えると、荷物を肩にかけ直し、立ち上がる。

 

「そうか、悪いな。供え物もなく手ぶらで…」

 

「いえいえそんな!気を遣わずに、お爺様もきっと喜んでると思います」

 

「それなら良かった」

 

 轟さんは優しいな…と内心呟く雪泉は、思わず笑顔が綻ぶ。

 学炎祭までは考えられなかった二人の関係は、今ではこうして話し合うことすら出来る程に仲が良くなっていた。

 今思えばヒーロー殺し・ステインと闘った時も、轟と雪泉の連携は上手く取れていた。

 路地裏という狭い場所での戦闘場に於いて、重傷者がいた為大規模な秘伝忍法を使用する事は出来なかったが、それでも初戦でステインを追い詰めれるほどに上手く渡り合えたのだから、ある意味二人の相性は良いのかもしれない。

 

「さて、そんじゃあ俺はそろそろ行く。悪いな、時間取らせて」

 

「あっ、いえ…その……」

 

 ボーっとしてた彼女は突然、轟に声をかけられ、あたふたとぎこちない返事を返す雪泉。

 轟は背を向け鞄を肩に担ぎ、帰ろうとする矢先。

 

「あ、あの!」

 

 

 ――言わねば、有難う。という感謝の言葉を。

 

 

「わ、私も宜しければご一緒します!!」

 

 

 

 

 

 雪泉の思わぬ言葉に轟は

 

 

「――は?」

 

 

 彼女に振り向き、目をまん丸にしながらポカンと、呆然と突っ立っていた。

 

(えっ!あっ、わ、私…何を言って!?私はただ、感謝の言葉を述べたいだけでしたのに…!)

 

 内心パニックに陥った雪泉は、頬を赤くしながら動揺する。

 表面上では違う発言をし羞恥心で顔を赤く染めるものの、内心はなぜこのような事を?と混乱していた。

 

(そ、そう!これは…先ほどのお礼です!それに、お爺様にだけ挨拶をさせて、私が何もしないというのにも問題があって…)

 

 なんて自問自答を繰り出す雪泉は、無言のまま心の中で呟いていた。

 

「いや、別に来なくても……」

 

 とここで轟は声を上げるも雪泉も引かずと言った形で、先ほどの宣言を撤回する事なく意見を述べる。

 

「いえそんな訳にはいけません!折角の機会ですし、それに轟さんだって…」

 

「俺は勝手にやっただけだ……それに流れ的には普通だろ?」

 

「なら、私も轟さん風に言えば、流れ的に普通なのでは?」

 

 どっこいどっこい。

 似た者同士は惹かれ合うからか、話が終わらない。

 しかし、暫く顔を見合わせていればやがて笑いが込み上げて来た。

 

「分かったよ…勝手にしろ」

 

 轟は観念したのか、一見ぶっきらぼうな言い方に聞こえるも、素直じゃないのか背を向け、母親のいる病院へ向かう。

 よくよく考えれば、雪泉の言ってることは尤もだし、もし自分が彼女の立場なら同じことを言ってるだろうと思うと、強く否定は出来ない。

 そうやって考えると悪い気持ちもしないし、雪泉のような真面目な人間なら別に問題ない。

 

「ふふっ――有難う、轟さん」

 

 雪泉は小声で感謝を述べると、スタスタと轟の横に隣歩く。

 それはまるで、旧知の友人のような、恋人のような風景だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「轟さんは蕎麦が好きなんですか?」

 

「ああ、なるべく熱くないヤツ…冷えてる方が結構好きだ。蕎麦関係なく熱いのは基本好きじゃねえ…お前は?」

 

「私も熱いのは余り得意ではなく、況してや猫舌ですので……私は小豆入りのカキ氷が好物ですね」

 

「カキ氷好きってのも意外だな。夏以外でも食うのか?」

 

「ええ。よくお爺様と一緒に食べてましたし、冬でも美味しく食べられます」

 

「冬って、そんな食って腹壊したりとかしねえのか?流石に冬にかき氷は季節外れだろ。寒くねえのか?」

 

「すみません…私、寒いと感じたことは一度もないんです。

 カキ氷もあのキーン!とした頭痛も感じたこともないのです……」

 

「マジか、やっぱ忍術と関係してんじゃねえのか?」

 

 病院へ向かう道のりのなか、たわいの無い談話をしながら歩いていた。

 雪泉は三年生、雄英高校として派遣される訳でもなく、卒業試験に向けて鍛錬を積んでる彼女は、雄英生達とは中々に会えない。

 だからこそ、限りない時間の中でも、少しでも互いのことを知る為に、こうして会話を楽しんでいる。

 轟も昔から他人と関わってこなかった為、会話自体あまりしない物静かな少年なのだが、体育祭以降、少しずつ緑谷を初めとした他の人に接するようになった。

 

「そうなのでしょうか?」

 

「俺の個性は知っての通り『半冷半熱』。右は氷、左は炎を出せるんだが……

 氷出せるつっても限度がありゃあ耐えきれる体による制限もある。

 体温調節の為に熱を使えば問題ねえが…使えばって意味で、熱を出さなきゃ耐久値も減る。個性に見合って体に耐え切れる耐性持ってんだが……訓練でもしたのか?」

 

「いえ、そうですね……確か忍術を限界ギリギリまで使用して修行していた時もありましたから……多分、幼い頃からそれなりの耐性があるのでは?」

 

「こりゃ随分と大雑把な説明だな…俺もそれなりに訓練してたんだけどな」

 

 轟は幼い頃から父親の野望とも言える「オールマイトを超える」為に、個性が発現してからというものの、毎日厳しい鍛錬を重ねて来た。

 自分を庇ってくれた母親にも手をあげる父親に胸糞が悪くなるも、これまでの経験経緯は全て今の轟自身の強さとして直結している。

 炎は10年間も使ってなかったので、それなりにコントロールも難しく、熱に慣れないのは仕方ない(微熱なら調整可能)が、氷に対しては自信がある。

 雪泉は幼い頃、悪に両親を殺され途方もなく暮れていた時に黒影に拾われ、善忍になるべく修行を積んできた。

 当時は、両親を殺めた輩に復讐するべく力を付けてきたが、ある日をキッカケに、復讐という私欲を満たすのではなく、絶対正義の世界へ変えるために日々精進して来た。

 修行は轟と同じく忍術が発生してから付けてもらった。

 

「で、ですが!轟さん、体育祭では凄かったですよ?私にはあれ程の大規模な氷は出せません」

 

 雪泉の忍術は風と氷を操る氷風忍法。

 忍術…としてはなく、個性と捉えれば氷風と呼ばれるもので間違い無いだろう。

 雪泉の黒氷は、あれ程の大規模な氷を出せるわけでもなく、出来たとしてもそれは黒影並みの実力が無ければ到底辿り着けないだろう。

 

「いや、アレは偶々相手が良かったからだ。もし爆豪や緑谷クラスなら、完封出来ねえし、簡単に攻略されちまう。

 繊細なコントロールに、左の調整も出来ねえと…どんな個性を持っても鍛錬された奴には意図も容易くやられちまう」

 

 初見殺しとしては丁度良いが、建物や一般市民による被害や、自らの視界を遮らすのは愚問。

 

「はぁ…雄英生は色々なことを考えておるのですね。

 強さだけを追求しても、物事は上手くいかない…という事でしょうか?」

 

「そりゃあそうだろ。知能犯なんて呼ばれる敵もいるわけだし、相手がヒーロー殺しみてえなやり手だったら簡単に殺られちまう」

 

「そ、それは解ります……」

 

 多対一と個性を考えて圧倒的に立場が不利な状況を、経験の差と強さで穴を埋め、己の限界を超えたステイン相手に、二人は簡単に攻略された。

 強さも大事だが、強さだけに目先を囚われててはいけない、という意味だろう。

 

「まあ今もこうして生きてるんだし、良いんじゃねえか?

 死ななかったよりかはマシだ」

 

「はい、そうですよね。

 轟さんや緑谷さんも一年生ですのに、私たちと劣らない強さ……それもやはり、目指す目標があるからなのでしょうか?」

 

「一年生って、そう言えば雪泉は何年生なんだ?」

 

「ああ、そう言えば名乗っただけで学歴は話してませんでしたね…

 私は三年生です」

 

「三ね……」

 

 三年生という言葉にピクリと反応した轟は、雪泉を二度見する。

 視線を浴びる雪泉も、目を丸くし「どうしました?」と口を開く。

 

「三年生……」

 

 てっきり二年生かと勘違いしてた轟は、雪泉が自分と二つも上だった事実に衝撃を受けたのか、思わず内心取り乱れる。

 まだ一年差が開いてもどうと言うことはないし、一年生という予想もあった。

 しかし、まさか三年生だとは思わなかったのか、見た目で判断していたようだ。

 轟焦凍の身長は176㎝に対し、雪泉の身長は167㎝、そもそも轟の方が身長が大きいので、雪泉が一二年に見えるのは致し方がないが、三年生と再認識すると色々と頭の中で思い浮かんだのが

 

 

(――俺、色々と失礼なこと言ってねえか?)

 

 

 初対面は学炎祭(雪泉は体育祭を観ていたので、実際に知っていた)で、双方の校舎に存亡がかかっていた為、特に気にしてはいなかったが、今改めて思い振り返ると、自分は色々と失礼だったのではと、今更ながら考えてしまう。

 況してや向こうは敬語ゆえに上品が良い。

 彼女はああ言う性格なので、下級生に対しても恐らく口が綺麗なのだろう。

 

「轟さん?」

 

 急に立ち止まった轟に疑問を浮かんだのか、雪泉はソッと顔を覗き込むかのように伺う。

 

「いや、悪い。まさか三年生だとは思わなくて…なんか、すまねえ」

 

「どうして謝るのです?」

 

「だって考えてみろよ…俺一年なのに先輩に対して偉そうなこと言ってたなって…」

 

 いざ直接口に出すのは気恥ずかしいが、隠すわけにもいかないので、轟は少し視線を逸らしながら正直に述べた。

 すると雪泉は轟の心情を察したのか、フフフと可愛らしく笑い「その事で悩まなくても宜しいのに…」と言い返した。

 

「けどよ…」

 

「大丈夫ですよ轟さん。別に気にしていませんし、今まで通りのタメ口で結構ですよ」

 

「………良いのか?」

 

「はい。私たち忍学生は先輩や後輩関係なく接していますし、轟さんは普通にいつもの轟さんのままで良いんですよ?気を遣わなくても良いんです」

 

 雪泉はニコッと優しい笑顔を見せた。

 月のように明るく、闇夜を照らす光は、とても美しく、思わず見惚れてしまう。

 まるで氷の全てに包まれてるような錯覚、頬が綻ぶ、あの笑顔。

 轟は、そんな彼女の笑顔を見て、ふと脳裏にある思い出が蘇る。

 

 

 それは愛しくて、想い焦がれた、母親の笑顔。

 

 

 まだ個性が発現する前までは、父の英才教育もなく、よく母親と一緒に公園に連れてって貰った。

 砂遊びや、遊具などで遊んだり、ボール遊びもした。

 あの時までは、普通に暮らすことが出来たんだ。

 まだ、父親に恨みも無かった、純粋だったあの頃。

 

 雪泉の笑顔が、お母さんが見せてくれた笑顔と重なる。

 

 

「――ッ」

 

 

 そんな雪泉の笑顔に見惚れてた轟は、思わず唇を噛み締める。

 あの頃みたいに、戻りたいと思ってしまう自分がいる。

 もし父親がああではなければ、もしかしたら、きっと母親と一緒に過ごすことが出来たのではないか?

 しかし、どれだけ過去の記憶に想いが焦がれようとも、時間を巻き戻す術はない。

 例えそれが超人社会だとしても、この地球上、世界そのものの常識を変えれる個性なんていないだろう。

 だからこそ、今まで遭わなかった母親に、ちゃんと面を向かって、話していきたい。

 過去へ戻ることも、過去を変えることも出来はしない。

 しかし、これからの未来を作り出すことは出来る。

 

「ど、どうしました轟さん?」

 

「あっ、ああ…悪い。ボーッとしてた。

 そろそろ病院だ、母さんに変な気を遣わなくて良いからな。と言っても、雪泉なら心配ないか」

 

「あら?先程は来なくて良いと顰めっ面で仰ってたのに…ふふっ」

 

「誰が顰めっ面だ」

 

 あの時無駄にお母さんの見舞いに抵抗しなかったのは、もしかしたら雪泉が母親と似てるからなのかもしれない。

 顔や髪も違うし似てはいないが、雰囲気や優しさ、そして…全てを包み込んでくれる氷のような、個性的な印象は、彼女と母親が積み重なる。

 轟は心にモヤを付きまといながら、焦がる想いで病院へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の中は嫌に混雑していた。

 診察時間を終えようとしてるのに、待合ロビーは会計などを待っている患者たちでいっぱいだ。

 右腕に包帯を巻く牛頭の患者、チューブで鼻や腕に点滴を受けてる患者、車椅子に座ってる足を骨折した患者、頭に包帯を巻く鮫のような患者。

 どこもかしこも患者だらけで、白ナースの受付係りは忙しそうだ。

 

「はぁ、一般病院は私たち忍専門病院と変わらないんですねやっぱり」

 

「そうか。俺は忍の通う病院なんて知らねえから、俺たちと変わらないって事実そのもの今知った」

 

「昔はお爺様のお見舞いに通ってたのですが…抜忍でしたので、普通の病院ではなくちょっとした特別病棟で…

 ただ、違う点が存在するとすれば、個性的な方がいない…ですかね」

 

 特に異形系の個性を持つものを見れば尚更だ。

 鮫、牛頭、蛇、カメレオン、まだ人間の外見をした方が多くいるが、やはり異形となると、まるでSF系の世界観に溶け込んでるかのように思えてしまう。

 

「雪泉のところにはいないのか?異形方の姿をした忍学生」

 

「確か三年生の熊糜と呼ばれる方が熊のような大柄な体型に腕だけが熊だった気が…」

 

「いるんだな異形系の忍も。それも個性じゃなくて忍術って呼ぶのか?」

 

「そうですね。忍術と個性を判別するのは個性因子云々関係なく、実際はヒーローと忍を解り易く、且つ一緒にさせない為らしいです」

 

 ヒーローと違って忍は特殊な体質で出来ており、個性とは違った能力である。

 まだ忍医療専門家も個性因子と忍の血や細胞と何が違うか、謎が解明されていないらしい。

 ただ専門家の話によると、個性そのものが謎に包まれており解明されていない為、個性因子と忍術による細胞は近い部類で、個性の亜種などではないかという例が上がっている。

 その信憑性は高く、忍による特殊な能力が遺伝子と交わり、個性という特殊能力が生まれたのでは?という説も上がってる。

 実際個性が発現したのは、近いようで遠い過去、超常黎明期という戦争時代。

 しかし、忍はもっと遥か昔に存在していた。

 戦国時代、それよりももっと昔とさえ言われており、忍術が発生した理由は定かではない。

 よって個性の発現もまた、忍と関わってるという線が持ち上げられてる。

 

「てかこの時代、ヒーローがいる世界、忍も隠れてる必要は無くねえか?」

 

「そう言う訳にはいきません。実際ヒーローには出来ない事だってあります。

 ヒーローが成し得ないことを、我々忍が影で任務を遂行する…つまり、我々はヒーローのお手伝い…と言ったところでしょうか?」

 

「成る程な…また忍には成し得ないことを、ヒーローがやってやるって訳か。

 お互い協力関係に当たって、社会を守っていく……

 クソ親父もそうして来たのか…」

 

「クソ親父?エンデヴァーさんのことですか?」

 

 轟は「ああ…」と少し表情を曇らせると、エレベーターの前に立ち止まりボタンを押す。

 一階に止まってあったので、二人は乗り込み病室階へと急ぐ。

 

「轟さん、親の前でもそう言ってるのですか?」

 

「当たり前だろ」

 

「と、轟さんの家庭内での事情は詳しく存じませんし、学炎祭みたく酷く言うつもりも有りません……

 しかし、実の父親に対しては、口が悪すぎでは?」

 

「あんな屑、クソ親父で十分だ」

 

「お父さん…は?」

 

「先ずその時点で論外だ」

 

 お父さんという常識的な呼び方など、轟焦凍には存在しない。

 雪泉は「う〜ん…」と表情を悩ませていると

 

「パパはどうでしょうか?」

 

「……パ――?」

 

 轟の顔は一瞬にしてフリーズした。

 

「それか…〝ダディ〟なんて呼び方も……」

 

「………ダ………?」

 

 次々と予想外な呼び方を言い表す雪泉に、轟の表情はどんどん険しくなる。

 それに気付いた雪泉は「あっ、す、すみません!」と深く頭を下げる。

 まあ、雪泉は幼い頃から両親のことが大好きだったので、轟の家庭とは違う彼女には考え難いものだろう。

 そんなやり取りをしていると、上昇する階級がボタンと同じ数字で止まったので、扉が開くと同時に足を動かす。

 下と比べると随分と物静かで、マスクを掛けた看護師さんが廊下を歩いてるほどに人が少ない。

 微かな消毒液の匂いが鼻につんざき、前に職場体験でヒーロー殺しと遭遇し、怪我を負って入院させられたあの日を思い出す。

 轟の表情は先ほどとは違い、緊張しているように見える。

 初めて来た時と比べればそこまでだが、やはり緊張する。

 いつ来ても慣れないものだ、ましてや今日は雪泉もいる。

 横目で見つめる雪泉は、不思議そうに見つめていた。

 親のお見舞いでなぜ緊張するのだろう?と疑問に思いながら小首を傾げる。

 しかしそんな束の間もなく、病室の扉の前に立ち止まる。

 ここが、轟の母親がいる部屋だ。

 手に僅かな手汗が流れながら、そっとドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

「母さん」

 

 扉を開くと、ベッドの上に座ってたお母さんが窓を見つめていた。

 窓から見えるのは、木の枝の上に親の小鳥が、息子の小鳥に餌を与えてるのが見える。

 

「あら、焦凍」

 

 振り返る母親は、やわらかな笑みを浮かべ、瞳が僅かに見える。

 長く白い髪はまるで雪のようだ。

 そしてその絶え間ない優しい笑顔が、先ほどの雪泉と面影が重なる。

 それに続き、少し入りづらそうなのか、ドアから轟に続き雪泉も入ってくる。

 

「ん?その子は?」

 

「ど、どうも初めまして…」

 

 少し頬を赤く染め照れながら病室に入る雪泉。

 他人の親とは接したことが殆ど皆無な為、どう接すれば良いのか分からない。

 

「俺の友達だ…逢いたいって言ってたもんで、付いて来たんだけど……ダメだった?」

 

 普段とは違う優しい口調、母親は驚き目を丸くするも、首を横に振り「ううん、良いのよ」と再び笑顔を取り戻す。

 可笑しなものだ。

 母親の見舞いに、友達を連れて行くというのは、些かどうなのかとこの期に及んで思えてしまう。

 まだ親戚なら解らなくもないが、轟の左目に煮え湯を浴びせた母親の見舞いに行くなどという者はいないらしいので、まず有り得ないだろう。

 ただ、姉は母親の世話があるので週に何回かはここへ来てる。

 

「どうした母さん?」

 

「いや、ううん…焦凍のお友達かぁ〜って、考え事してたらなんだか嬉しくて…

 そうよね、もう焦凍も高校生だもの」

 

 いざそう言われると、それはそれで気恥ずかしくなる。

 雪泉もこういうのは慣れていないのだろうか、頬がまた赤く染まる。

 

「は、初めまして轟さんのお母様…。わ、私は、雪泉と申します……。

 突然、上がり込んでしまい申し訳ありません…その……」

 

「あら、そんなに堅くならなくても良いのよ?焦凍の友達ね。初めまして、轟夫人です、態々来て下さって有難う」

 

「ああ、いえ…そんな……」

 

 母親の名前は轟冷。

 元々、エンデヴァーとは恋愛結婚とは違い、彼女の個性に目をつけ、金と名誉で丸めて結婚を無理やり強いられた。

 母親は焦凍のようにニッコリとした優しい笑顔を見せる。

 そんな明るく太陽のように照らしてくれる笑顔に、雪泉は思わず見惚れてしまう。

 

 

 ――これが、お母さん

 

 

 幼い頃に雪泉の両親は亡くなってしまった。

 だから母親の笑顔も、父親の笑顔も、もう見ることが出来なくなってしまった自分は、悪という存在を怨み、悪が蔓延る現実を憎んで来た。

 だから、もう笑顔なんて必要ない。

 もう、親の笑顔を見ることが出来ない。

 

 そう、思い込んでいたからこそ、轟母の笑顔を見ると、まるで幼い頃の自分に戻ったようで気がしなかった。

 

 黒影お爺様とはまた違った、明るい笑顔。

 しかしいつの日か、その笑顔すら忘れてしまっていた…

 五年前、突然ボロボロで帰ってきた黒影お爺様は病院の床に伏せ、安静にしなければならない危機的な状態に陥り、雪泉たち黒影の弟子が五人、ようやく月閃女学館に入ってから一ヶ月後に亡くなったのだ。

 その悲しみに明け暮れ、途方もなく街を彷徨っていたのも覚えてるし、いつしか笑顔を作ることも、見ることすらも忘れてしまっていた。

 

「この子は、同じクラスの子?」

 

「いや、他校の友達…」

 

「他校…雄英となると、士傑高校の生徒?」

 

「違う…まあ確かに雄英に負けず劣らずエリート校だけど…」

 

 士傑高校。

 雄英と同じ評判も良く、負けず劣らずの名門校。しかしその分、授業と訓練もあり、毎日が厳しいと聞く。

 それより上なのが、最高難関とも呼べる雄英高校なのだが、それでもごく僅かな差。

 士傑もハードルが高い。

 実際は雄英と士傑はライバル関係にもなっていると聞く。

 

「まあ何でも良いわ。それに、焦凍が友達を連れてくるなんて、本当にビックリ。

 雪泉さん、とても良い子じゃない。焦凍、折角こんな気優しい友達がいるんだから、大切にしないとダメよ?」

 

「うん、解ってる…」

 

 親の目の前だと、やはり恥ずかしい。

 焦凍はそもそも羞恥心という感性に薄いが、母親の前となると、気がムズムズしてしまう。

 雪泉は自分のことを〝気優しい〟〝良い子〟と褒められ、思わずスカートの袖をキュッ…と握ってしまう。

 

「あっ、母さんなんか飲み物いる?」

 

「ああ、それなら冷蔵庫の中にあるわ。私は良い」

 

「そっか…雪泉、お前はなんか飲むか?」

 

「いえ、お気になさらず…私は結構です」

 

 結局轟は一人、冷蔵庫の中にある飲み物「牛さんヨーグルト」を手に取り、ストローで紙パックの飲み口を開ける。

 小さい頃はよく母さんが買ってきてくれたのを飲んでたことがある。

 ただ、お母さんが入院してからは全く飲む機会もなく、いつしか忘れていた。

 そんな懐かしさに浸りながら、ストローを擦り飲む。

 

「あ、あの…お母様、申し訳ありません……轟さんのお見舞いだというのに、手ぶらなままで…」

 

「良いのよ、私に気を遣わなくても。その気持ちだけ受け取っておくわね、有難う。とてもお利口さんなのね雪泉さんは」

 

「うぅ…」

 

 またしても赤面してしまい、俯いてしまう。そんな雪泉を横目に見る轟は「さっきの俺みてえだな」と小声で呟いた。

 墓参りでの自分も確か同じことを言ってたな、と思い返しながら、自分と雪泉はやっぱり似た者同士なんだなと再認識してしまう。

 

 

「もしかして、焦凍と雪泉さん…

 

 

 

 〝付き合って〟たりとかするのかしら?」

 

 

「ブッ――」

「んなっ!!??」

 

 母親の想定外のぶっ飛んだ言葉に、雪泉は一気に顔を林檎のように真っ赤にし、轟は飲んでたヨーグルトを吹き込んでしまった。

 ケホケホ、と咳き込む轟は「何言ってんだ?」と視線を送る。

 

「あら、だって…私の為にお見舞いに来てくれたりとか、それに雪泉さんとは見たところ仲良さそうだし、こんな可愛い子早々居ないわよ?」

 

「か、可愛い……」

 

 時々四季や美野里から可愛いと言われる事はあるが、それはあくまで身内…況してや同じ屋根の下で過ごす仲間だったので、そこまで気にしなかったが、いざ他の人に、況してや親に言われるとどうも恥ずかしい。

 しかも付き合ってる…と来たものだ。

 恋人……と見られていたのだろうか?

 そう思うと体が火照ってしまう。それも蒸気が出てしまう程に。

 

「違うって、普通に友達だよ……」

 

「あら、そう?ならごめんなさい」

 

 轟は照れ隠しするように、一先ず飲み終えた牛乳ヨーグルトをゴミ箱に捨てる。

 天然で恋愛感情に疎い焦凍も実際、いざ面向かってそう訊かれると羞恥心をくすぐられる。

 恥ずかしくない訳ないじゃないか。

 

「二人とも、学校はどうなの?」

 

「わ、私は日々精進しております…」

 

「俺は…普通。今度、林間合宿に行くんだ」

 

「そうなの…?合宿の準備は出来たのかしら?」

 

「まだ……けど、そんな直ぐに行くって訳じゃないから大丈夫」

 

「そう……雪泉さんも、焦凍と同じヒーロー科の生徒なの?」

 

「い、いえ…私はごく普通の生徒です…」

 

 忍学生という存在を他人に悟らせない為に、雪泉は月閃女学館の生徒とは言わなかった。

 轟家は一応、忍とはゆかり縁のあるもので、客を装ってよく家に招き入れた。

 しかしそれはあくまで、轟焦凍をより強く、エンデヴァーを超えさせる為のもの。

 彼にとってもまた、上層部と同じく大抵の忍は焦凍の成長を促す為のそこいらの踏み台、または道具としか思っていない。

 しかし、焦凍自身、父親の心情も本心もどうでも良いわけで、母親を道具扱いしてる時点でたかが知れていた。

 

「悪い…ちょっとトイレ行ってくる」

 

 轟はふと立ち上がり、ドアを開け病室から立ち去るように背中を向けて歩いて行った。

 そんな彼の後ろ姿を、ただじっと見つめていた雪泉に、母親の冷は

 

「有難うね…」

 

 と、雪泉に優しく声をかける。

 振り返る雪泉は「ああ、いえいえ!お気になさらず」と首を軽く横に振る。

 

「ううん、そういう意味じゃなくて…まあ、その意味もあるんだけど…」

 

「?」

 

「私が言いたいのはね、あの子の友達になってくれてって意味なの」

 

「友達……ですか?」

 

「うん、そう…友達。

 あの子、私がいた頃は友達なんていなかったから」

 

 昔はとても気弱で優しい性格だったあの子は、父親のことがあって他人と関わらないように生きてきた。

 当初はそれと同時に、他人と関わって来た経験が薄いので、友達付き合いも、どうしたら友達が作れるのかも分からなかった。

 一番は人見知りが激しく、誰かに声をかけるのでさえ躊躇う程だった。

 友達が作れないどころか、個性が発現し英才教育を受けるようになってから、ろくに遊ぶことすらもままならず、毎日厳しい絶え間ない訓練を強いられてきた。

 

 

 兄と姉が外で遊ぶ光景を、羨ましそうに窓から眺めてる焦凍――炎司(あの人)を止められなかった自分の弱さ。

 

 

「だから、今でもあの子に申し訳ないと思ってる……」

 

 

 それは、消えない記憶。

 恐怖と絶望に切り刻まれた、あの忌々しい記憶。

 夜、台所で夫人の母親、焦凍からすれば祖母に当たるだろう、母と電話で話していた時だった。

 その時は精神的に追い詰められており、息子達が成長すると共に、日々が過ぎ去って行くと供に、あの子達が炎司に似てきてることに焦燥と不安を抱いていた。

 もし、あの子達が炎司になったら…どうしよう。

 

 そんな時に

 

 

『お母さん?』

 

 

 

 少し扉が開いたその間から覗き込むように、焦凍が心配そうに声をかけてきた。

 尿意で目が覚めた焦凍、様子のおかしい母親を心配して声をかけたのだろう。

 その時、母は全てを聞かれてたことに焦りと怒りで思わず、沸かしてた煮え湯を、忌々しい左に浴びせてしまった。

 幸い、失明までは至らなかったものの

 火傷の痕が今もこうしてこびりついているのは確か。

 

 

「そんな……ことが……」

 

 

 雪泉は戦慄していた。

 あの轟焦凍に、そんな過去があったなんて、思いもしなかった。

 道理でエンデヴァーに対して嫌悪的な反応を取っていた訳だ。

 雪泉が知っていたのは、無理矢理英才教育を受けさせられていたことに腹が立っていたこと、エンデヴァーが気に入らないという点だけだったので、いざ母親から言われると、どうにも……

 

「って、あの子から聞かれてなかった?それもそうね…人に話すような内容じゃないもの……」

 

 母親はてっきり知ってるものかと思っていたものの、焦凍が自分の口から「母に煮え湯を浴びせられた」と言うのも想像が付かない。

 況してや、轟焦凍が母親のあの行動に大きな怒りを覚えていたのなら、言いふらしてたこともあるだろうが、焦凍が気にくわないのは父親なので、母親は追い詰められていた為、悪くない。

 それでも、悪くなくとも大好きだった息子に傷を負わせてしまってことに、大きな後悔と同時に罪悪感も存在していた。

 

 

 しかし、消えなくとも、吹き飛ばすかのように、その想いを振り払ってくれたのもまた、我が子なのである。

 

 

「もう、一生逢えないんじゃないかって思ってた……」

 

 

 けど、来てくれた。

 10年間も閉じこもったこの、鳥籠のような病院。

 決して病院が不便だとか、そう言う意味ではない。

 焦凍に酷いことをして、謝ることすら出来ず、父もろとも、縁を切ってしまったかのような感覚。

 それが、ずっと心残りで辛かった。

 けど、そんなあの子が私に会いに来てくれた。

 それが、どれだけ幸せなのか……

 

 

「ごめんなさい…って、謝ることも、出来ないんじゃないかって……」

 

 

 母の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。それもそうだ。

 10年という時間はとても大きい。

 普通の家庭なら子供と一緒に過ごし、健やかな息子の成長を見届けるのが親の義務。

 しかし、それすらも叶わない、出来なくなってしまったことは、心が引き裂かれるほどに辛い。

 それと同時に、自分の見えない場所で、焦凍が傷付いてたら、泣いてたら、そう考えると精神が心を揺らぎ、安定させる為に看護師に呼んで貰ったこともあった。

 

 

「だから、あの子が胸を張って会いに来てくれて、とても嬉しかった。

 血に囚われることなんてない…〝なりたい自分になろうとしてる〟焦凍を見れて、嬉しかった…」

 

 

 直に会って色んな話をした。

 雄英のことも、オールマイトのことも、学校襲撃の事件も、体育祭のことも、何から何まで全て。

 

 空いてしまった時間を簡単に埋めることは出来ない。

 それでも、時間を作ることはできる。

 僅かな時間でも、母と会い、少しでも思い出を増やすことは出来る。

 

「お母様は…病気じゃないんですよね…?」

 

 確認するように、ソッと優しく訊ねる。

 黒影お爺様の時は、重傷と病気を患っていたので、家庭内でのトラブルでただ入院をさせられたとは思ってもいなかった。

 

「うん…まだ精神的な問題があるから、退院は出来ないし…それに……」

 

 先ず父親がいる以上、例え退院出来る体に完治したとしても無理があるだろう。

 あの人に会ったら、折角治りかけた心の傷も、また開いてしまう。

 

「あ、あの……もし…宜しければ……また、会いに行っても良いですか?

 最初はその…轟さんに借りがあったので……今日は偶々観に来たのですが……」

 

 彼女の言葉に、ポカンとした母親は、直ぐに笑顔を見せて

 

「ええ、いつでも来て。もし私で良ければ、お話になるから」

 

 そう答えた。

 雪泉の頬が綻び、心の中で思わず本音を呟いた。

 

 

(――轟さんが、羨ましいなぁ)

 

 

 こんな優しくて立派な母親がいてくれて。

 祖父の黒影とは負けず劣らず、優しくて良い人だ。

 思わず、月閃女学館としてのリーダーの立場も忘れてしまいそうな程に、心が落ち着く。

 これが、母親なんだと、再認識した。

 

 

「…………」

 

 そして、用を済ませた轟焦凍は、相手に悟られることなく、ドア越しで背中にもたれかかり、黙っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母の見舞いを終え、病院の外へ出た時はもう夕日が差していた。

 オレンジ色の光が全てを照らし、白い病院もオレンジ色に染まってるみたいだ。

 

「今日は有難うな雪泉、母さんも喜んでた」

 

「いえいえ、轟さんの方こそ…」

 

 帰宅中。

 最初は母に友人を連れていくのもどうか?と思い当たる悩みはあったものの、何事もなく無事に済んで良かったと思っている。

 しかし、唯一轟と雪泉との関係性で変わったとすれば

 

 

「有難うな、母さんの話に付き合ってくれて」

 

「えっ?あっ――」

 

 

 聞かれていた。

 その事に気付いた雪泉は、口をもごもごとさせ答えない。

 気不味いのか、彼の悲惨な過去を聞けば誰だってああなるし、何故轟自身が父親を憎んでいたのか…今なら分かる。

 轟も、過去の話には触れたくない主義だが、相手が母親だったからなのか、そこをとやかく言うつもりは毛頭ない。

 それに、母親も気になっていたのだろう。

 愛する息子に火傷を負わせ、挙句入院させられ、10年も息子もあっていなかった親の心情を考えれば、ガス抜きとして雪泉に話すのも理解できる。

 

「俺のことは気にしなくて良い。別に母さんは悪くない…全部クソ親父が悪いんだ。

 ……尤も、会ってケジメをつけなかった俺もアレだけどな」

 

 轟焦凍自身、時折思うことは、どうせならもっと早く母親と会ってケジメを付けていればと悔やむ想いだ。

 

「過去のことを悔やみ、嘆いても仕方ありません……もし、そんな事で大切なものを奪われないのなら、私だってそうしてます」

 

 亡くなった両親の辛さ。

 雪泉も知っている。

 大切なものが失われる心の痛み。

 

「私は…飛鳥さんがいたからこそ…変わることが出来た……

 昔の私だったら、多分…ヒーロー殺しに粛清される側の人間だったと思います」

 

 正義を追い求めた結果、純粋過ぎたあまり歪んでしまった己を映し出したようなヒーロー殺し。

 自分たちは生かされたものの、昔の雪泉や轟であれば、完全に殺害対象とされていたのだろう。

 そう考えるとある意味、飛鳥さんに救けられたと捉えても良いだろう。

 

「ああ、学炎祭……たしかにあの時のお前結構吹っ切れてたもんな」

 

「はい、そのきっかけを下さったのが…あの人ですから……」

 

 平和の象徴オールマイト。

 テレビによく出演し、マスコミやメディアからも注目が偏り集まるあのヒーローは、絶対の人気を誇るし、幼い頃の雪泉も、よくテレビを観ていた。

 当時は黒影のことを知らなかったので、憧れという尊敬に近かったのがオールマイトだった。

 しかし、黒影に拾われてから自身の観てる価値観が違えば、尊敬する人物も変わったのか、必死に追い求めていたのはオールマイトではなく、黒影の背中だった。

 

 しかしまさか…絶対正義を成し遂げる自分たちが悩み、学炎祭の前夜祭から帰って来て、ヴィランを装ったオールマイトが来ることなど予想がつくはずがなく、驚嘆と混乱の真っ只中、彼が自分の誤った道を直す、きっかけを作ってくれた。

 

 

 

 だから、今こうして自分たちは笑うことが出来るのだと。

 

 

 

 

「そっか……俺もさ、昔はこんなんじゃなかったんだよ…」

 

「?母親に会いに行く自分とは違ってた…?ということですか?」

 

「ああ…昔の俺だったら母親の見舞いは勿論、雪泉のこと、友達なんて言わなかったし、俺は誰とも友達にならなかった…

 正直、父親の復讐で頭がいっぱいで、邪魔なもんだって思った。

 

 笑顔も忘れちまってた」

 

 そして、憧れも。

 友達なんて、父親の復讐にとって邪魔な物でしかないと決めつけてきた。

 左を使わず、母さんの力だけで体育祭を優勝し、今後は一切使わない。

 そう決めていた。

 

 なのに……

 

 

 

『君の――力じゃないか!!!』

 

 

 

 緑谷出久という少年の、轟焦凍を救おうとした叫び。

 

 

「何も知らない癖に、他人の抱えてる悩みを滅茶苦茶にぶっ壊してさ……

 緑谷のお陰で、俺も変わる事が出来た」

 

 震えた腕。

 折れた指。

 内出血が酷い姿。

 

 自分だって勝ちたい癖に、負けられない癖に、余計なお節介なのに……

 

 轟焦凍を救おうと、我武者羅にぶつかって来た。

 

 

「体育祭でのあの、緑谷さんが叫んでたのは…そう言う意味だったのですか……」

 

 全国生中継だったあのセリフは、最初は理解出来なかった。

 勝手に煽って勝手に自爆しただけだと思い込んでいた。

 しかし今になれば、あの勇敢で頭のキレる人間が、そんな無意味な行動は取らないと理解できるし、何よりも焦凍を救おうとした、勇敢なる行動だと今なら理解できる。

 

「ふっ――」

 

「何か可笑しかったか?」

 

「ああ、いえ…別に轟さんのことを笑ったんじゃなくて…その…

 

 本当に似てますね私たち――」

 

 ニコッとはにかむ天真爛漫な笑顔。

 過去に、悪を憎み滅ぼそうと公言してた彼女とは思えないほどの、可愛らしい笑顔。

 

「お互い真逆な所もあれば、共通点もあれば…境遇まで似てる……ここまで来ると、少し不思議な感じがして…」

 

「そういやそうだな…」

 

 轟焦凍という少年は、緑谷出久という少年に――

 雪泉という少女は、飛鳥という少女に――

 

 救われた。

 しかも、体育祭で緑谷出久に勝ち、学炎祭では飛鳥に勝った。

 

 お互い似た者同士もここまで来ると笑いがこみ上げてくるのも、些か無理ではないし同情する。

 

 

「もうすっかり夕日が沈んじまってる…それに帰る道、お前向こうだろ?俺はこっち」

 

「ああ、もうこんな時間…」

 

 夕日が沈み、空は薄暗くなる。

 帰る途中、分かれ道になってるのを見て、少々名残惜しそうな表情を浮かべるも、仕方なくと各々の帰る場所に足を運ぶ。

 

「あっ――待ってください!」

 

 ふと、何か思い当たった雪泉は、轟の方面へ走って行く。

 幸いまだ距離は離れていないため、直ぐに呼び止めることに成功した。

 雪泉は鞄から携帯を取り出すと

 

「轟さん、もし宜しければ連絡…交換しませんか?」

 

 微笑みながら、携帯を開く。

 雪泉の携帯はスマートフォン、最新型という訳でもない。

 轟は「良いけど…」と自分もポケットの中から携帯を取り出す。

 轟も同じくスマホで、異なるといえば電化製品の機種だろう。彼の方が最新型だ。

 

「もし、困ったことがあれば連絡して下さい。もしかしたら力になれるかもしれませんし、悩み事や相談も聞きますから…ね?」

 

「分かった。ありがとな雪泉」

 

 轟は少し微笑むと、スマホ画面を開き、連絡を交換する。

 友達か…他校と友達になるなんて考えもしなかったな…と、内心思う轟。

 しかしよくよく考えると、飛鳥達も元は半蔵学院の生徒なので、別に今更珍しくもないのだが、あの三人は雄英の教室にしっかりと溶け込み、クラスの生徒と馴染んでいるので、そんな違和感はなかった。

 

(そういや忘れがちだが、アイツら元は任務の都合上でこっちに来てるだけなんだっけ…協力体制…任務が終われば離れるんだよな…)

 

 なんて思いながら、連絡交換を完了すると、雪泉は満足そうに「ではまた!今日はお休みなさい」と一礼しくるりと背中を向けて帰って行く。

 そんな彼女の背中を見て轟は

 

 

「おう、もし困ったことがあったら連絡入れる…今日は有難うな」

 

 

 そう告げたまま、背中を向けて帰宅路を歩きながら帰って行った。

 今日という平凡な一日を過ごした轟と雪泉の距離感は、ほんの僅かかもしれないが、近くなったようだ。

 

 

 

 

 

 

 そして、二人は知る由もない。

 この後林間合宿を終えて直ぐに、敵連合に拉致された爆豪と雲雀を救うべく協力し合うことを――

 

 

 

 

 

 




こうして、あの大いなる大事件へと繋がっていく…という訳で御座います。
如何でしたか?少し過去の回想を挟んだものの、今思えば体育祭だの学炎祭だのもう昔の話ですからねぇ〜ハハハ

個人的に轟と雪泉、かなり似合ってると思うんですよ。
轟の個性は炎と氷、雪泉は風と氷。
炎と風は相性が良く、お互い氷属性。しかも至って冷静で真面目、合わない訳ないじゃないですか。
まあこれはちょっとした恋愛線でのお話でした。
だって急に過激な恋愛とか、デートとか出来る訳ないでしょ。準備というものが必要なんですよ準備というものが。


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