光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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10話「ハッピーエンド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が守と友達になれてから、少しずつではあるが、つまらない退屈な日常は、少しずつ鮮やかに色付いた。

 程度の低い陰湿な苛めの日常は変わらずとも、大切な友達と一緒に過ごすと言う極自然なことが、どれだけ貴重で自分を勇気付けてくれるのか、守と繋がったことで初めて知れた。

 親は小さい頃から暴飲暴食ではあったものの、突然の事故で亡くなった。元々性格の悪い、酷く言えば死んで当然の人間だったので自然と悲しみはしなかった。

 だけど当時は小さい体で、幼い頃の私は複雑な心境だったろうなぁ…

 確かに今となっては周りから怨まれて殺されそうになるような、就職もしないで家で酒を飲むようなマトモな大人では無かったものの、頼れる人間が居ないというのは、とても辛い。況してや其れが自分の肉親であるのなら尚のこと。

 母も父と同じく事故死――私も詳しくは覚えてないけれど、内容は聞かされなかった。周りの大人達からは誤魔化されるような言い回しだったし、いや…本当に知らなかっただけなのだろうか?

 結局、親戚の家に引き取られた訳で、他所の家で過ごすも、余り居心地が良いかと問われるとそうでもない。

 虐待を始めた暴力行為こそは無かったものの、基本的に相手にされない、まるで他人を見下すような視線は、とても友好的な関係では無かったことが伺える。

 そりゃまあ、父親があんなんだから、誰だってそうなるよね…と、小さい頃はとにかく、納得して鵜呑みにするしか選択肢が無かった。

 

 だから、他人との関わりを畏れ、コミュニケーションの低いつまらない地味な私を、虐めから助けてくれたり、友達で居てくれた守が大好きだ。彼と出逢い友達になれたのが、私の人生の中で初めての幸せである。

 

 それと同じように幸せだったのが、守が私の誕生日プレゼントに、赤いリボンをくれた。

 少し照れくさそうにしてて、頬を赤らめてた守に、私は思わず胸がドキッとした。それと同時に嬉しくて目頭が熱くもなった。

 生まれてから一度もプレゼントなんて貰ったことのない私は、その頃はもうなんて言葉を発せば良いのか判らないほど、嬉しい意味で衝撃的だったのは覚えてる。

 他人からはすれば小さな贈り物でも、今まで恵まれなかった私からすれば、これに勝る至福は無い。

 

 

 守は、どうしてこんなに優しいんだろう?

 自分の味方で、傍に居てくれるのかな?

 友達でいてくれているんだろう?

 

 

 幸せに浸っていると、ふとそんな疑問が自然と芽生えてしまう。小さい頃から親や他人の顔色を伺っていたからか、信頼と安心の無い生活を延々と積み重ねてたからか、頭を振り払いたくなる衝動を抑えながら、何度も思うことがあった。

 別にして疑う事は悪しき事では無いと解ってはいるものの、守が何か企んでるなんて考えてしまう自分が嫌だっただけで、聞く勇気なんて私には無かった訳だし。

 

 

 そんなある日、打ち明けて見た。

 どうして自分にそこまで優しくしてくれるのか、友達になろうと思ったのか。

 守は優しいし、時におっちょこちょいで、勉強は出来ない所も見受けられるけど、個性の一つだ。だからこそ、例えどんな結末だろうと、何を言われようとも私は彼の言葉を受け止めることにした。

 

『それは…前にも同じ事を言ったけど…きっかけとすれば、君が羨ましいから…かも』

 

 初めて守に救われた時とは違う、もう一つの理由。

 〝羨ましい〟と言う私には不釣り合いな縁のない言葉に、眉をひそめた。

 私の何処が羨ましいのか理解しかねない…つまらない以前に誰かに尊敬される点なんて一つも無いのに…

 

 ――なんて雑談を交わしてた時だ。

 

 

 下校途中で見知ら男性の大人が二人組、此方に近付いて来た。

 

 

『やぁ、君たち元気かい?』

 

 不気味で訝しげな声を孕ませていた。

 黒スーツに何処か小柄で…もう一人は黒ハット帽子に黒スーツに包まれた…顔は良く見えない。それ以外い怪しい特徴が無い大人びた男性。

 

『え、えっと……』

 

 勇希は困惑しながら、守に視線を向ける。相手も困った様子で、此方に視線を返すだけで、口をもごもごしながらどう応えれば良いのか迷っているようだ。

 小学生でも言われてる通り、怪しい人間の質問には応答してはいけない、又は付いて行ってはいけないのが常識だ。

 

『君たちは健康体かな?具合はどうだい?』

 

 顔を近づけて来る黒ずくめの体をした小柄な男の質問に、鬱陶しいと思いながら勇希は「え、えぇ…そうだけど…」と、茶を濁すような言葉遣いで、後退りする。

 今思えば、この時から何も言わずに逃げ出せば良かったのかな…と、後々と考えてしまう。

 

 

 次の瞬間――私たちの悲劇が始まった。

 

『じゃあ、問題ねえよなッ――!!』

 

 ドプンと液体の音が鮮明に聞こえ、体は形を保たず溶け込むように不安定な形へ変貌する。

 

『ッ!?』

 

 突然、穏やかな口調から殺意を含めた気迫の言葉と、目前の人間の体が固形物から液体へと姿を変えた大人に驚愕する。ドス黒い液体は地面に濡れた直様、守の方へと向かい束縛する。

 

『むぐぐッ…!?!』

『守!!』

 

 守の体を縄で縛るよう、黒い液体は少年の体を侵食するように束縛し、顔らしき形態を作りながら、ケケケと冷たい薄ら笑いを作り上げる。

 

『調査済み、健康体、その条件さえ揃ってりゃあ問題はねーよなッ、てぇよぉ〜!』

『守を離して!!』

 

 苦しみ踠く守の姿を見て猛激怒した勇希は、血相を変え肩に掛けてた鞄を使って思いっきり殴りかかる。

 しかし、ドプン!と鞄は濡れながら黒い液体を透き通る。流動体だからか、相手には何のダメージすら与えれていない。

 

『えっ…?』

『殴る元気が有るのか嘘吐いてない証拠だなぁ!感心感心!だけどなぁ、殴れる訳無ェだろ流動的なんだからさァ!

 俺は生まれ持った忍法で体が個性のような能力を常に発動してんだよ!!俗に言う異形型さ!!』

 

 ケケケと爬虫類のように舐め回す視線を勇希に浴びせ、少女は恐怖の余り、硬直して動けなくなる。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、無力な自分はひたすら蛇の腹に呑まれゆくような…

 

『さぁ、お前も回収だッ――デー門様がお前らを欲しがってるんだ。有り難く道具にされることを喜んでくれェってよぉ!!』

 

 

 黒い影が此方に襲いかかった刹那――私の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

『よぉぉ〜しよぉしよしよしよぉ〜しぃ!!デー門様のデータ通り、捕獲完了!しっかし考えたもんだよなぁあ、身内でロクな人生送ってねえ野郎を奴隷のように手足を働かせるなんて、そうすりゃあ警察や忍、プロヒーローからの捜索も無いし、身内がいなけりゃ誰も心配なんてしない!

 こんな簡単な作業で金を貰えるんだ、なぁ…?』

 

『途影、煩い。俺は近くで煩く喚く奴を捻り殺したくなるんだ。お前の薄汚い笑い声で俺のスーツに唾でも垂らしてみろ、その舌ひん剥いて妖魔の餌にする』

 

『出来んのかよ北栄、頭がガンダムミテェな金属してる阿呆がよ、よく言えたもんだぜってよぉ〜』

 

『生まれつきだ、文句を言うなら俺の両親に吐け。尤も俺の家族は亜門様だけだ。それとその最期の独特な口調はやめろ』

 

 大型トラックを運転しながら、隣でくっちゃべる途影に辛辣な言葉を吐き続けるのは北栄。

 トラックの空っぽな荷台には勇希と守が横たわり、気絶している。縄やガムテープで口や手足を拘束されており、目が覚めても自由には動けないだろう。

 

『俺たちは亜門様を支え、供に裏社会を牛耳るべく再び上へ昇り詰めるんだ。その事を忘れるな、己の目的と私欲を混ぜるなよ』

 

『けどよ、俺たちは亜門様の幹部で、支部の筆頭ではないよな?デー門様が態々俺たちに金払ってくれてるんだぜ?大金貰って嬉しくねえ奴はこの世にいねぇってよぉ〜』

 

『知ってる当たり前だ。それに大金ってお前…道元から色々貰ってるだろ。主に悪忍勧誘の件、確か秘立蛇女子学園だったけな。スカウト人だろう?』

 

『そそ、以前鈴音とか言う美女教師を雇ってたなぁ…!』

 

『鈴音…?半蔵の凛か!!まさか、アイツ…そうか、確か蛇女の隼総が拾ったんだな。で、アイツは使えてるのか?』

 

『オッちゃんの話によるとな〜ってよぉ。マンモス進学校の卒業生だぜ?確か()()()()半蔵の卒業生だろ?』

 

『あんまり話したがらないが…元々生まれ持っちまった忍術さ、仕方ない。あの忍術じゃ善忍としての善良なイメージが付かんからな。幾らお膳立てしようと信頼が駄目になっちまえば誰でも挫折する。人間の心は脆すぎる。一度付いちまった傷はそう簡単に治ることも、癒す事も、立ち上がる事もできん……

 ――っと、支部についたぞ、此処からは廃墟の工場まで登って後は完了だな』

 

 目的地に辿り着いた二人組は、気絶してる勇希と守を起こさないよう慎重に持ち運ぶ。人間一人を抱えるのは意外と力が必要で、遺体だって運ぶのに数人の力が必要だ。

 しかし幹部である二人なら人間一人を慎重に運ぶ作業など造作もないこと…汗一つ垂らさず悠々とアジトへ入っていく。

 

 

 

 こうして勇希と守は、理不尽な運命を送り、奴隷として生かされるのだった。

 

 

 

 

 

 絶恵勇希――彼女はこの世界に疎まれ、恵まれず、幸せを掴むことすらままならない…不幸な少女だ。

 理不尽と価値基準で定められた現実社会、弱き者、異端者は蔑まれ、差別される。誰にも認めて貰えず、救われる手すら伸ばしてくれない。

 そんな少女を救ったのが、結城守――

 

 彼女がパンドラの暴走を発動しなかったのは、守が側に居てくれたからでもある。

 もし誰かの支えのない、非力な彼女が現実に打ちのめされ絶望のドン底に到達してしまえば、それこそ今の超人社会は半壊滅的な致命傷を受けている事だろう。

 

 そんな守が、側にいてくれる親友が居てくれたから、本来掴めなかった幸せを、繋がりを、保ち持つ事が出来た。

 だからこそ、勇希にとって守とは感謝しても仕切れない、彼女にとってのヒーローでもある。

 

 

 そんな少年を傷物にされ、滅多打ちにされ、少女は今まで冷たい牢獄に囚われどんな心境だったか…

 きっと胸が裂くような、今にでも泣き叫び狂いたくて仕方なかっただろう。

 でもいつだって人間は自分のことで精一杯手一杯、他人の心に突けこんで、心を癒してくれる人間なんて早々ない。其れが赤の他人なら尚更だ。仮に居たとしても、陽花のような聖人君子でも無い限り、誰も救けてくれやしない、それが現実だから。

 

 幸せが訪れても、それを突き落とすように現実は彼女を絶望に貶める。パンドラが目覚め、勇希が暴走を起こし始めたのも、全ては人間が、現実が、世界が、彼女の中に深く眠る災厄を起こしたのだ。

 本来、もしもマトモな生活を送っていれば、彼女が恵まれていれば、境遇が違っていれば、神魔は害を成す術無く穏便に、永遠の眠りに就いていた。

 そんなパンドラの箱を、開けてしまった。

 今まで長年蓄積された彼女の絶望、忿怒、憎悪、哀傷、数々の負の連鎖が爆発し、暴走を引き起こしてしまった。だからこそ、誰も彼女を責め立てる事は出来ない、それこそお門違いと言うものだ。

 

 

 そんな絶望の中、孤独に嘆く少女を救ってくれたのは他の誰でもない、結城守だ。

 

 

 それは、あの時からずっと…今も彼女を救おうと必死になってくれている。

 

 

 そう…()()――。

 

 

『ゆう、き――もう、一人じゃないからね…』

 

 

『もう、一人で抱え込まなくて…良い、からね――』

 

 

『ゆう…き……頑張…れ……ぼく、ここに…勇希と…ずっと、そばに……いるよ……』

 

 

 

 友が、少女を呼んでいる。

 

 自分のように必死になって、どれだけ誹謗しようが冷たい態度を浴びせようが、少年は立ち止まらなかった。

 

 だって、結城守は――絶恵勇希の親友だから。

 たった一つの、かけがえのない友情の絆で、結ばれているから。躓き転んでも、立ち上がって少女の手を握ろうとする彼の勇姿。暖かく包み隠れたいほど、優しい温もり。いつも彼女の心が壊れない様、支えてくれたから。

 

 

 絶恵勇希――少女(貴女)の隣にいつも傍にいてくれたのは、誰だろう?

 

 

 答えはもう知ってるはず、だって…彼女にとってかけがえのないたった一つの繋がりで結ばれた、大切な友人なのだから――

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あッ、」

 

 守の血が勇希の穢れを浄化するように、血に触れた少女は失われた理性を取り戻していく。

 狂った紅桜色の瞳は元の色に戻り、姿は裸体に近い凶暴な容姿からボロけた囚人服へ。まるで何事も無かったかの様に元に戻った少女は、さっきまで大暴れし破壊の限りを尽くしていた彼女とは別人だ。

 

「勇希!」

 

 暴走が解除された少女に、素早く駆け込む月光達は、少女の安否を確認する。ついでに背中を斬られた守も含めて、様子を伺う。

 

「わた…し……」

 

「もう大丈夫ですよ…守さんが助けてくれたんですよ…っ。本当に、元に戻って良かったです……怪我はないですか…?」

 

 心の底から良かったと安堵の吐息を吐く月光は、安堵の吐息を漏らしながら、涙を溜め込み満面な笑みを浮かべた。これ以上、被害を生み出したく無い、犠牲を産みたく無い、頭の中でいっぱいだった月光にとって、今までの時間はとても長い絶望に囚われていたであろう。1時間が何十時間もの錯覚に見舞われてた様な、神経が麻痺してるような感覚。

 蓄積した疲労に、リミッターを解除した事で限界以上の体力を使い果たした彼女は、思い瞼を下ろした。

 碌に体は使えず、四肢は動かせず、瀕死状態に陥ってる彼女は意識を失った。

 呼吸はあるものの、彼女の容態は余り良くないのは目に見えており、熱も籠っている。看病さえすれば問題ないので、命に別状は無いだろうが…

 

「よかったぁ゙!良かったよぉ゙!!勇希ちゃんも、守くんも…!!!」

 

 光里は涙を流しながら、大きな声で叫び、感動の余り打ち震える。志久万の隣で立ち尽くし、二人の安全に、元の勇希に戻ったことで心の底から安心する。

 

「良かった…勇希……」

 

 守は勇希を抱きかかえながら、蓄積された疲労と強張った緊張、不安…初めて体験した死と隣り合わせの修羅場――全てを潜り抜けた守は、糸が切れたかのようにゆっくりと倒れゆく。それを、志久万は守と勇希と一緒に抱き止める。

 

「小僧……いや、守っ。さっきのお前……ヒーローなんかよりも、世界で一番、スッッゲェかっこよかったぜ」

 

 責任を負う者。

 この世界で苦しんでる人達。

 自分や光里のことも含めて、この世界で苦しんでる人達であり、責任は世界が負う者だと唱え、無力でありながら見事に親友を救い出した奇跡を起こした少年に、感動さえ覚えていた。

 ワイルドヴィランズの一員とはいえ…いや、もはやそれさえもどうでも良くなる程に、羆である彼にとって、守の言葉が深く突き刺さっていた。

 

 

 

 

 何より、皆んなが紡いだ奇跡が、ハッピーエンドを編み出したのだ。

 

 

 

「後は…皆さんで脱出を……」

 

「ヴォあ゙あ゙ぁあ゙あ゙ぁあアァーーーーーッッ゙ッ゙!!!!」

 

 月光の言葉を遮るかのように、絶望に喚く鬼の叫び声が、空間を轟かせ支配する。

 ズシリ、ズシリと重い足を踏み込みながら、此方へとやってくる化け物――血まみれになりながらも、ゆっくりとした重い足取りで近づいて来る蒼牙鬼が、吹き飛ばされても尚、此処までやって来たのだ。

 

「ヒッ…!?」

 

「オイマジかよ!?!死んだんじゃねェのか!!?」

 

 光里の嫌悪と恐怖に慄く声。

 現実だと受容し難い展開に、戦慄する志久万。

 最早ハッピーエンドなんてものが存在しないと言わんばかりに、悉く打ちのめしてくる蒼牙鬼に、言葉を失う月光。

 

 囚人達も現状がついてこれず、現実逃避をせんと言わんばかりに混沌の渦に飲み込まれ、理性を失う。

 何をどうすれば良い?何が正しくて何が間違いで、どう足掻いても生き延びられないのかと。

 

 もう、無理だ――閃光と守の応急手当てと処置をしなければ、死んでしまう。勇希も気を失っており、現状打破は厳しい。

 

「ゔ、ぉオ゙――おぉゔウぅ゙…い、だタ…づ、ォいイ、あノ餓鬼…な、ニも゙の…?」

 

 蒼牙鬼は弱々しくも痛々しそうに身体をよろめきながら、それでもみるみると再生していく身体。化け物だなんて言葉では収まりきれない、非現実的な個体に、もう投げる言葉も、戦う気力もない。

 こんなの、もうどうすれば――

 

 

 

 

 ボガアァアァン――!!!

 

 

『!?』

 

 出口付近で爆発が轟き、自然と無意識に震源の方向に振り向く。

 扉ごと破壊され、土煙が巻き起こる。

 これ以上、一体何が出てくるというのだ?なんて言葉が、疑問が浮かび上がる前に――

 

 

「いやぁ、楓ちゃんも無茶な要求するよねェ……折角大妖魔ぶっ倒した後でヘトヘトなのにさぁ、仕事の手助けしてくれって、前々から協力が欲しかったなら仕事の案件蹴ってたのに…ホント、自慢の後輩ちゃんの為〜とか言いながら、本末転倒しちゃってるじゃん」

 

 

 土煙の影が段々と濃くなっていき、シルエットが浮かび上がる。この殺伐とした空間…緊迫と絶望の状況で、能天気で可愛らしい声が鮮明に、次第と大きくなっていく。

 

「お?人がいるじゃん!えっと…こういう時は、世間で有名なヒーローの言葉でも借りてみよっかな?なんて、あはは☆」

 

 邪魔で鬱陶しい土煙を腕一つで振り払い、姿を現す。

 

 ラファエルと同様の白いユースティア女学園の制服に、学園を主張とする紋章が肩に刺繍されており、淡い桃色の長髪に片方の白いリボンが巻かれている。穢れを知らず、それでいて純粋無垢な顔立ちのお嬢様。透き通る肌は吸い寄せられ、華奢な身体はアイドルやファッション雑誌でも取材されても可笑しくない程に、美しくて可愛らしい。

 

 一言で纏めると女神――そして現状、救いのなかった物語に手を差し伸べる救世主は、正に天使そのもの。

 

 

「私が来た☆」

 

 

 イェーイ!と言わんばかりのピースサイン。

 お嬢様といえどもこの世間知らずで、それこそノリとテンションで生きてるような、多少空気が読めてるのか読めてないのか、掴み所が分からない学生だ。

 

「あ、貴女は……っ!?」

 

「やっほ〜☆元気してる〜?なんて、流石に不謹慎過ぎか…はは。貴女が楓ちゃ…ごほん、ラファちゃんの言ってた優秀な後輩兼忍学生兼同性愛対象の面白いエリートちゃんかな?初めまして〜!ラファちゃんと幼馴染の、『ミカエル』たること『彩楽園花(さいらそのか)』で〜っす!!」

 

 常に元気が溢れておりながら、キャッキャと楽しそうに会話をするミカエル――本名『彩楽園花』。本来忍名で通さなければならない礼儀であり、本名は出すことは禁止されているのだが…。

 

「えっ、あ…えっと……その、え?ラファエル様の幼馴染…っ、しかも、本名言っちゃってますけど……」

 

「ん?別に良いんじゃない?私が自分で勝手に言っただけだもん。あ、そうそう!もし私の名前が呼び辛かったらミカでもエルでも渾名で呼んじゃって♪様付けとか、そういうの辛気臭くて面倒でしょ?ねね、貴女の名前聞かせてよ!いずれ私達の可愛い後輩ちゃんになるかも知んないしぃ、あら?」

 

 こんな破茶滅茶で、殺伐で、緊急事態にも関わらず、それをさも呑気な日常会話でも嗜むかのような空間にバグが生じてる気分だ。そんな気難しくて色々と掴みどころのない彼女に困惑していると、ミカエルがふと何かに気付いたかのように、倒れてる少女達を見やる。

 

「……これ…」

 

「あ、嗚呼…!そうです!!その…今、大妖魔が襲って…その、囚人が…嗚呼いえ…っ!あの、えっと…」

 

「ヴェア゙ぁあ゙あ゙ァあぁあ゙あ゙ぁあ゙ぁ!!!!」

 

 けたたましく轟く咆哮を叫びながら、此方へと殺さんと言わんばかりに襲いかかってくる蒼牙鬼。状況が状況であり、殺意と理不尽の塊が迫ってくる緊迫感。

 濃厚過ぎた出来事に、何処からどう話せば良いか、脳の処理が追いつかず、ついついテンパってしまう。普段どんな時でも滅多に取り乱さない月光だからこそ、それ程に過酷な出来事だったのだ。

 だがミカエルは一切取り乱すことなく、表情を変えることなく、優しく月光に言葉を添える。

 

「うん、大丈夫。ゆっくり落ち着いて?一回深呼吸して、落ち着いてからゆっくり、お話しして。言えること、断片的でも良いから、大丈夫!」

 

 ミカエルは月光に満面な笑みを浮かべながら優しく悟るように、落ち着かせる。こういう時、忍やヒーローを助けてくれる者はおらず、常に責任や使命を全うせねばなるまい。そういった意味で、彼ら彼女らの存在が救われないのなら、それを救うのがミカエルを始めた、ユースティア女学園――天使の役目だと。

 

 妖魔術――【渾沌斬撃】

 

 怨念や悔恨…成仏されずに取り組まれた死者の憎悪と呪怨が込められた、重圧な大剣がミカエルの首元目掛けて降り注ぐ。

 

 ゴギィ――ッ!!

 

『!!?』

 

 それを、素手で掴んだ。

 蒼牙鬼の武器、凡ゆる骨の構造たる大剣を、怨念を宿した大剣を、武器もなくただの素手で、然も後ろは振り向くこともなく掴んでみせた。

 血の跡も、傷一つ存在せず、それどころか蒼牙鬼に振り返ることなく月光の話を真剣に、それこそ先生が生徒の質問や言葉を真摯に受け止めるかのように、優しい笑顔で待っている。

 驚嘆の色に染め、この場にいる全員とも言葉を詰まらせている。

 

「言えないなら私から質問しよっか?その倒れてる子…二人とも傷が酷いね?取り敢えず応急処置する為には外に出なきゃいけないから、それなら早く外に出よっか?それで…肝心のラファちゃんはどうしたの?この人達はこれで全員?」

 

 ギチギチと大剣は音を鳴らし、蒼牙鬼が必死に大剣を戻そうと試みるも、離れないし引き剥がすこともできない。まるで自分達が苦戦を強いられたあの化け物のことなど、眼中にもないと言わんばかりに。

 

「あ、は…はい!あの…ラファエル様は私達の為に…その、もう一匹の大妖魔と戦ってまして……囚人達は何人か死んじゃいました…けど、その…守さんが身を挺してくれたお陰で、これ以上の犠牲者を出さずに…」

 

「……」

 

 大体…大凡、理解を示したミカエルは「そっか…」と、声を漏らすと優しそうな笑顔を、勇希と守に差し向ける。

 

「つまり、君は王子様で、愛すべきお姫様を守ったんだ。その結果、こうして皆んなを守ることにも成功した……うん、有難う。私の大好きな絵本の物語みたい。君は必死に頑張ってくれたんだね♪君やラファちゃん、皆んなが頑張ってくれたお陰で、ハッピーエンドに繋がったんだ☆」

 

 気絶して倒れてる勇希と守に、労いの意を込めて感謝する。もしこの人達が頑張ってくれてなかったら、きっと全員死んでいたし、間に合わなかった。

 ハッピーエンドなんてものが夢物語にしか過ぎず、救いのないバッドエンドが待ち受けていただろう。

 

「私さ、バッドエンドだとか、救いのない御話とか大っ嫌いなんだよね。寧ろ反吐が出ちゃうくらい…そういうの、好きじゃないからさ。きっと暴れちゃってたかも…かっこいいよ、素敵な王子様」

 

 空いた片方の手で、人指差しで守の頬を優しくツンツンする。彼女にとって、救いこそ自分の本質であり、大好きな結末なのだ。救いのない苦痛だらけの世界だからこそ、自分はこの地獄を救いたいと、本気で願ってるわけで。

 

「ヴォエ゙ぁあア゙ぁあ゙ぁあア゙ぁ゙ッッッ――!!!」

 

「ねェ、マジで五月蝿いんだけどさっきから――」

 

 ミカエルという異常すぎる強さを兼ね備えた化け物に、化け物である蒼牙鬼が片方の手で頭部を殴りかかろうとした刹那――掴んでた大剣を振り払うように、大剣を通して蒼牙鬼ごと遠くへと吹き飛ばす。

 たった片腕一本で、自身より何倍ものサイズと体重を併せ持つ蒼牙鬼を、赤子を投げ飛ばすかのように、バットを間違えて手を滑らせてしまって投げてしまった、そんなノリと雰囲気で、蒼牙鬼を思いっきりぶん投げる。

 

「これはもう救われたお話で、この子達は救われるべきなんだよ――アンタみたいなクソを煮込んだモブ役は引っ込んでてくれる?耳障りなの、どうせアンタみたいな雑魚、永遠に私に勝てないんだから」

 

 ガチでイラつく…と小声を漏らしながら、憎悪と冷徹な眼差しを飛ばして、姿が見えなくなる程に飛ばされた蒼牙鬼を見届けた後、再び向き直る。

 

「助けは呼んでおいた、もう時期救護班が来るから…後はゆっくりと、救われてね?二人の後輩ちゃんも、よく頑張ったね、偉いよ」

 

 自分達より少しだけ歳上の高校生なのに、大人のように優しく労を掛けてくれる。そんな暖かくて優しい言葉に、涙で頬が伝う。頭をよしよし、と撫でながら宥める彼女の優しさが嬉しくて、先程の惨劇も相まって、心がぐちゃぐちゃになってしまう。

 

「もぉ!泣かないの!ほら、早くしないと二人共死んじゃうかもしんないし!ほら、ここは天使様に任せなさい!!」

 

 えっへんと高らかに自慢する。

 お姉さんに任せなさい!と言わんばかりの主張と、胸を張って言うミカエルに、月光は言葉にならない声で頷きながら、出口へと赴いていく。囚人達も、この平和の象徴と連想させる彼女の登場に、歓喜と安堵を露わして、皆んなで勢いよく出口へと向かい、脱獄して行った――。

 

 

「よし、後は楓ちゃんを救うだけ……それにしても、忍務が『忍商会第四支部破壊』と『囚われた人質の解放』なのに、大妖魔が攻めてくるとか…こればかりは楓ちゃんに同情せざるを得ないなぁ…。然も二匹かぁ…これを全部平行処理はハードでヘヴィーな忍務なことで…」

 

 はぁ〜…可哀想に。

 と欠伸をしながら眠たそうに、一粒の涙を指で拭う。これは欠伸によって出た涙であって、感動に打ち震えただの、そういう感情的な意味ではない。

 

「さーってと…これで取り敢えず全員逃すことが出来たし…っ、後は処理するだけかぁ」

 

 ガララ…ッ!と土砂崩れのように崩壊した壁と、瓦礫で埋もれた蒼牙鬼は、どかしながら障害物を振り払う。完全に血に染まった瞳に、大激怒を露わさんばかりの、殺気と威圧、覇気を込めた蒼牙鬼は、壊れて破損した大剣を何処かへ捨てた。

 

「ヴぉぎギッ゙!!ゴきギギィッ゙――!!!」

 

「残念だけど、皆んな逃したよ。そして貴方はここを通れない――私が今進んでるこの退路に、足を踏み込むことは許されない。もうさ、あの子達は救われたんだよ。この地獄から解放されて、頑張って、ハッピーエンドを掴めたんだよ」

 

 もしそれでも救われない何かが作動的に発動するのなら、それを止める。

 理不尽や悪者が、この世界を苦しませているのなら…歪んだ正義や独立とした正義が、世界や皆んなを苦しませているのなら――狂気と破滅を打破して、神が託した天使が救われた世界線を守り抜かん。

 

「く、クク…供物!!捧げ…ッ!!ゴ、イづ…ッ、オ、オオまエ゙ッ゙!!えぇぇ!!邪魔、ズル゙ナぁぁぁ――!!!」

 

「国語と道徳のお勉強でもする?これ以上でしゃばんなって言ってんの☆」

 

 そして、歪んだ殺意や悪意は赦さない。

 悪と冠する対象をとことん嫌悪する彼女は、妖魔と同時に極限に近い領域で『悪』が許せない。

 死塾月閃女学館の悪忍に対する憎悪とは違うベクトルの純粋な憎悪――それは歪んだ正義が、生き過ぎた者だとしても…悪だと見做したものは、とことん厳しすぎる。

 

「後さぁ、もう喋らないでくれる?全然日本語も喋れてないしさ、何言ってるか全然わかんないんだよね☆序でに口臭いしギトギトの血と油が溜まってる感じで、肺が痺れて吐きそうなんだよね〜…。だから息止めてくれる?どうせ私に一生勝てないんだからさ♪あ、言葉理解できる?分かんない?馬の耳に念仏かな?」

 

 蒼牙鬼は言葉にもならない咆哮を叫びながら、跳躍して思いっきりミカエルに飛びつき、首元を狙って齧りつこうと大きく開かれた口で噛み殺そうとする。

 

「弱っ」

 

 それを拳で思いっきり横殴りに、気合を込めたパンチで頬を粉砕し、壁へと打ち付けられる。

 歯が立たないとはこのことで、蛙が踏み潰されたような醜い鳴き声を上げながら、血反吐を撒き散らして勢いを殺す。

 

「あ、この制服結構綺麗で高いから汚さないでね?」

 

 生ゴミでも蹴飛ばすかのように、蒼牙鬼に触れないように、地面を蹴り、倒れ伏す蒼牙鬼に、足で触れることなく衝撃と地面を抉る瓦礫で吹き飛ばす。

 

「…ふーん、再生能力…あ、多分これあれか。特殊条件が必須な相手か。そいや楓ちゃんも結構苦戦してるんだよね。すぐ終わるかと思ったけど…それなら楓ちゃんの所に行ったほうが早いか――」

 

 ――それなら楓ちゃんの気配を辿って()()()で行けばいい。

 

「落ちてるものも使えば何とやらってね!それなら――」

 

 かと言って蒼牙鬼を放っておけば、彼女達にも危害が加わってしまう…なら、蒼牙鬼の角を掴んで…

 

「真っ直ぐ突き進むのみ!待っててね楓ちゃん!!私がーー来たッ!ってやってみるね!!」

 

 蒼牙鬼を鬼の棍棒だと言わんばかりに、角を掴んでは軽々しく持ち上げて、壁や障害物を破壊していく。

 ドゴォン!!バガアァン!ボガアァアン――!!アジトが複雑な迷路だと言うのなら、態々迷路に付き従う道理はないように、ゴール真っ直ぐに向かって壁を破壊して突き進めば良いだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

 





オールマイト「私が来た!!!!」
ミカエル「私が来た☆」



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