光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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9話「苦しみを背負う者」

 

 

 

 

 

 

 パンドラの箱――

 それは、ギリシア神話に纏わる〝災い〟を意味した不吉な壺、又は箱である。

 神の怒りに触れ、神々が贈った災いは、美しい黄金の箱に詰め込まれ、全ての贈りものとして誕生した。

 好奇心に負けた女性、パンドラはその箱を開けてしまった…中には悪と呼ばれる厄災が飛び出るように、人間の世界に飛び散った。

 

 その事柄から、パンドラとは「開けてはいけないもの」「災いをもたらす箱」「絶望の象徴」などと謳われ、不幸を意味する言葉となった。

 

 

 上述のように、神魔パンドラの中には沢山の災いが山のように埋め込まれている。

 妬み、怨み、憎しみ、疫病、盗み、殺し、滅亡…数えたらキリがない程の悪を体内に溜め込み、己の箱を開けた者には大いなる災いを…開ける原因となった者に神の罰を下す。

 

 嘗て、パンドラはある一種の大陸に生きる地上の生命を、無残に食い漁ったと言われている。

 勿論、種別問わず生として有る者全ての命を――だ。

 その被害は妖魔にまで及び、その大陸は枯渇問題も含め、殆どの命が絶滅に追い込まれたらしい。

 パンドラは厄災を放出する危険な神魔である。その被害はいずれ大きな物となりて、人類や妖魔の滅亡の危機に達すると言った、信じ難いケースだった。

 

 しかし、…全ての厄災を放出したパンドラはどうなるのだろうか?空となった箱は何の存在意義があるのだろうか。

 

 

 神魔パンドラは、また災いを己の中に貯めることを考えた。

 災いが己の存在意義であり、その為に生まれたのなら、厄災の神として延々と繰り返してやると。

 しかし、パンドラは憑黄泉神威と神楽の、月と日の啀み合いの戦争に乱入し、身を滅ぼされてしまった。

 

 

 だが神魔が死ぬことは無かった。

 パンドラだけではないが、基本的に神魔は転生体として人間の体を器とし、眠りながら生永らえる事が可能らしい。

 嘘か真かは判断は付きにくいが、少なくともパンドラは確かである。

 

 

 絶恵勇希という少女の器に宿り、生永らえることに成功した。

 

 

 

 

「アッハッハハハハハ!!キャハッ♪キャハハはぁァ!♪」

 

 殺戮を遊戯の如く愉しみ、血を浴びる度に悦び奇声を上げる勇希は、太く巨大な刃を延々と振るい回す。

 対する蒼牙鬼も負けずと対抗し、少女の露出された肌を、斬り落とすように武器を振る。

 

 ザシュッ!抉る擬音を立たせ、お互いが生身で血を流し、飛び散り合い、傷を負う。

 蒼牙鬼は不思議なことに、抉れた傷は再生し、倒れる気配はない。

 だがそれは相手も同じことで、勇希本人も数秒で何度も致命傷と脳が壊れる程の絶痛を味わうハズが、狂った笑みを欠かさない。

 そして抉れた血肉はブクブクと泡立ち、再生し、何事もなく攻撃という動作を繰り返している。

 

「どうしよう……勇希…ちゃんが……」

 

 理性も、優しさも、人間味も無い、暴走する勇希。

 見てるだけで頭がグラグラと揺らぐ光景に、光里は奥歯を噛みしめる。一般人とおもっていた彼女は、妖魔に引けを取らない凶暴な殺戮機械となり、狂乱たる笑みを零す。

 

「み、皆さん…!落ち着いて、下さい…!!い、一刻も…はや、く……」

 

 絶恵勇希よりも先に、生き残ってる囚人達の安全確保が優先と判決した月光は、絶望に打ちのめされながらも、涙と嗚咽を漏らしながら、状況を打破しようと試みる。

 本当なら、勇希を取り抑えて鎮めさせるのが一番なのだが、生憎相手はカグラや秘忍でも太刀打ちするのが困難であり、現状として討伐が不可能に近い蒼牙鬼が暴虐の限りを尽くしている以上、下手に動けば細切りにされるビジョンなど直ぐに見える。尤も囚人達も精神が崩壊しており、発狂している。

 

「勇希、落ち着け!!自分を見失ったか!?」

 

「キャアハッハハ♪アハハハハははははははーーッ!!♡」

 

 見失った以前に、話が通じない様だ。

 お互い無害そうに見えるが、双方供に得体が知れないので、なるべく刺激を与えないように落ち着かせる。

 

「勇希さん!自分を見失わないで下さい!!貴女がそんなことをする為に守さんは庇ったわけじゃ無いでしょう!?確かにあの妖魔に憤りを覚えるのは痛感しますけど…でも今は――」

 

「きゃあっは!!」

 

 刹那――鋭い刃物が、月光を斬り裂こうと乱暴に振るわれる。上手く其れを紙一重で躱す少女の美しい髪は、剣先に触れてしまい、ハラリと僅かに斬られてしまう。

 

(ぐっ…!なんて強さなの…!!今まで此処に囚われてた人間とは思えない力量…大妖魔を圧倒する桁外れのパワー…!この子は一体…!?)

 

 常人外れの暴行、只ならぬ狂気、嗤い叫ぶ少女の声、直に体験して解る。彼女は〝彼女〟では無くなっている。

 あの子の性格上、初めて会って小一時間しか経過してないが、無闇に他人を傷付けるような人間ではない事を、従業員に怒鳴り散らかした後から理解しているつもりだ。

 

 となると、この妖魔の気を感じる歪な感覚は何だろうか?こんなの、今まで感じたこともない…でもって不思議と既視感があって…雪不帰様に近い感じだ。

 

 

「ヴォルアあア゛ア゛アぁぁぁ!!!」

 

 

 勇希が月光に気を取られ、剣を振りかざし、背を向けてる真中、蒼牙鬼はその隙を突くように少女の背を斬り裂く。

 ザン…!と不快な音を際立てながら、蒼牙鬼は続けて猛攻を繰り出す。すると少女はその悪魔の破顔い顔を一切絶やすことも変えることも無く、満面な笑みを向けて――

 

「キャアーーーはっはっはっ!!♡」

 

 ズバァン!と、一閃。

 蒼牙鬼の体を真っ二つに斬り裂くように剣を振るう勇希。その線に描かれた妖魔は、噴水の様に血を吹き、苦悶の声を上げながら態勢を崩す。

 

「ウゴァアああ゛…お、おぉぉん……」

 

 弱々しい声を上げながら、戦闘を続ける蒼牙鬼も、見てるだけで生々しくてグロテスクだ。怯む蒼牙鬼に、勇希は角を掴んで持ち上げる。

 これも中々に奇妙…と言うより信じられない光景で、自分の何十倍もの重力を誇りそうな体重の蒼牙鬼を、片手で簡単に、赤子を持ち上げるように軽々しく掴み上げ、思いっきり地面に叩きつける。

 

 バァァン!!と破壊の大きな音に、一同は大きな振動ですくみそうになり、蒼牙鬼は口から多量出血する。骨は砕け、鮫の歯は何十本も折れ、目玉は潰される。

 

 続けて、バァァン!バァァン!バアアァァン!と、何度も叩きのめす。幼児が乱暴に玩具を壊すような感覚で、狂気の嗤い声を絶やす事なく破顔いながら、今度は強引に腕をもぎり腹部を蹴り飛ばす。コンクリートの壁を何十枚も貫いていき、壁が壊れゆく音は絶えなくとも、段々と音が小さくなって行った。

 自分達の戦闘とは余りにも掛け離れた馬鹿デカイ規模の大スケールな戦場に、釘付けにされてしまう。

 もぎり千切った蒼牙鬼の腕は、ブンブン回しながら、やがて飽きたのか、細切れにし、その後は生命維持が叶わず、粉々の腕は灰の如く消えてしまう。

 

「す……ご…」

 

 アレだけ無敵で、一矢報いることすら叶わなかった蒼牙鬼を、神魔の影響により暴走状態と化した彼女は、さも小物を葬る様に蹂躙し、一蹴。もう蒼牙鬼が襲いに来る気配は微塵たりとも感じない。

 

「キャはぁ☆」

 

 次の獲物は…と、狂乱の瞳を怪しく輝かす少女は、月光を始め、囚人達に狙いを定める。

 

「っ…!待って下さい勇希さん!!大妖魔はもういません…それなのに……そんな…」

 

 やはり暴走状態だからか、理性も心も何もかもが侵食された少女は、見境なく凶器を振り回し、延々と破壊活動を繰り広げる。

 

「マズイぞ…おい、そこの嬢ちゃん!一先ず生き残りの奴等だけでも…」

 

「解ってますが…ですが、ですが…!!」

 

 閃光は志久万に担がれており、深傷を負っている為、戦闘不能。幸い息があるだけマシともいえるが、それもいつまで長く続くか…。

 月光も蒼牙鬼に呪怨の塊と対峙し、余力は残っていない。

 そもそも蒼牙鬼に痛手を与えれなかった自分達が、果たして大妖魔・蒼牙鬼を蹂躙した彼女に敵うのだろうか?

 

「ゆう……き……」

 

 絶望のドン底に陥る真中、少女の名を呼ぶ弱々しい声が聞こえた。

 今にも命の灯火が消えそうな少年は、呼吸することさえ痛撃を抱くのか、動けない身体に鞭を入れるよう、何とか立ち上がり、勇希に近づく。

 

「オイ何してる小僧!!危険だ逃げろ!!今の勇希はもう…オメェの知ってる勇希じゃ…」

 

「違…う、勇希は……むやみに……誰かを傷付ける、ような子じゃ……ない……」

 

「えっ…?」「なっ――」

 

「ゆう…きは……だれか…を、きず付ける…人間じゃ……ない……」

 

 倒れない、少年は立ち上がる。

 必死に友を庇おうと、眼は死なず、身体を引きずる少年は霞む意識を無理矢理振り払う。

 

「守さん…貴方は、本当に彼女のことを…それ程に……」

 

 大切に、大事に想っているんだ。

 自分の大事な親友の、豹変した容姿を見せられても尚、勇希で有ると信じる少年に、何故かと心が熱く光が灯る。

 バケモノだと誹謗を受けても文句を言われない程に変わってしまった少女を前でも、人間と言ってくれる少年の心は、どれだけ優しく心が綺麗な水のように透き通ってることか。

 

 

 もしかしたら…今まで長い付合いをしてた少年となら、彼女を救えるんじゃないか?元に戻すことが出来るんじゃないか?

 この暴走状態には不可思議なことや原因不明な点が幾つも存在するが、発動したのに条件が有るのならば、必ず解除する事も可能なハズ。

 恐らく、あの大妖魔に守が襲われてから、憤りの感情に全てを支配され、其処から彼女の様子は変になり、暴走した。

 となれば、解除の原因は少年自身なのではないか?そう考えに至った月光は、少年の近くに寄り添う。

 

「守さん…彼女がこうなった事は、初めてではないのですか?あの子を元に戻す方法を、知ってるのでしょうか?」

 

 誰よりも致命傷を負ってる、こんな心優しい一般人が、自分のように必死になって彼女を救おうとしてるのに、自分達はただ黙って見てるなんて選択肢は存在しない。

 そんなのお断りだ――

 

「キャハハハ!!あっはははははは!!」

 

「ゆう……き……」

 

 守の声に、勇希は反応する。

 相も変わらずその凶悪な笑みは止まらない。ただ膨大な殺意と災厄の気しか伝わらないこの邪悪な気…果たして本当に守の言葉で勇希は止まるのだろうか?

 

「知らない……でも、あの子は…ボクや、ひか、りちゃん…しく、まさんと、同じ……このせかいで、くるしむ……おんなのこ…なんだ…」

 

 其れを聞いて月光は息を呑み、言葉を失う。

 必死に声を振り絞り、朧気な瞳でも、挫けずに勇希に寄り添おうと手を伸ばす。血まみれの手で、彼女の手を取ろうとする。

 

「だれ、も…あの子の、苦しみを…理解して、あげなかった……今も、そうなんだ………だれも、ゆう、きの手を…取ってくれる、人が…いなかった……」

 

 絶恵勇希は幼少期から虐めを受け、親から疎遠され、虐待を受け、常に孤独だった。親戚の人からも穀潰しと忌み嫌われ、誰も信用する事が出来ず、ただただ…一人…誰からも救われなくて、ずっと一人で、誰にも見られない場所で、泣いていた…この世界で苦しんで、それでも生きようと必死になって、この世界で生きている女の子なのだから。

 

「だから……あの子の責任を…とり、たい……それは…ボクが、僕と一緒に…げほっ!生きてきた、あの子の…くるしみを…背負う為に…」

 

「守…さん…」

 

「だれも…あの子の、苦しみに…寄り添う大人が…いなかった……だれも、あの子を、助けてくれ…なかった…だから……」

 

 誰もあの子の苦しみを寄り添い、理解する者がいなかった。

 大人も、ヒーローも、周りの人間でさえも、あの子を助けず、寄り添わず嫌煙されていた。

 

 そして今、一人で苦しみながら暴走をする勇希の行動に、責任を負う者がいない。それが例え周りから醜い化け物だと罵られようと、厄災を振り撒く忌子だろうと、理解不可能でありながら誰からも理解されずとも……隣で一緒に歩いてきた親友であり、友愛、紡がれた絆を結ぶ自分が、責任を負う。

 

「チビ…お前……」

「守…くん…」

 

 ――この世界であの子が苦しみ、絶望に身を堕としてるのが、化け物だと言われてるのが彼女なら、それは違う。

 あの子は化け物なんかじゃない――真面目で、芯があって、どんな時でも友達のいなかった自分の味方で在り続け、一緒に苦楽を共に過ごして、時折箱を見ると大喜びして、ぬいぐるみが大好きで、笑顔が輝いてて…そんな、そんな他の人と変わらない、女の子なのだから。

 

 だから、一人で苦しむ必要なんてない。

 

 この世界が苦しみで溢れていて、今も尚苦しみ続けているのがあの子なら、その責任を背負うのは、この世界そのものなのだから。そして長く共に過ごしてきた親友が、負うべき役目であり責務なのだから。

 如何なる時であっても、あの子だけが不公平で、勇希だけが苦しむ世界なんて…そんなのは、絶対にあってはならないのだから。

 

 

「ハッ……?」

 

 

 そして、遂に勇希の頬に触れた。

 真っ赤な血に濡れた手で、暴走した彼女を、優しく撫でるように、頬を優しく…それこそ、辛くて苦しんでいる子供に寄り添うかのように。

 

 

「ゆう、き――もう、一人じゃないからね…」

 

 

 責任は、隣に寄り添う親友が一緒に背負うから。

 人殺しになんかさせやしない――たった一人の親友の為なら、心を救う事だって、苦しみを背負う事だって、何だってする。それが対岸の火に飛び込むことより明確な危険が伴っていたとしても。

 自分は特別なヒーローでも、世界の救世主でも、化け物に勝る力が無くても…

 

 

 ――たった一人の親友の…彼女の最愛たる親友で在り、どんな時でも心から寄り添う、友達だから。

 

 

 

 

「もう、一人で抱え込まなくて…良い、からね――」

 

 

 

 

 とびっきりの笑顔を魅せる守は、彼女を優しく抱擁した。

 血まみれな身体でボロ雑巾になっても、意識を失う激痛に苛まれながらも、どんな過酷な状況でも…常に苦しみ助けさえ求めることの出来ない、心の箱に閉じこもってしまった彼女を、優しく包み込む。

 抵抗しようにも、守は勇希を離さない。

 肉が全てを包み、優しい声が、勇希の邪悪な心を払う。一つ一つの、温もりの含まれた言葉が、勇希の心を揺らがして行く。

 …何故だろう、神魔のチカラを解放し、暴走状態に陥った勇希の瞳は、雨のように濡れ、自然と涙が頬を伝う。

 

「あ……だ…じ…あぁ…が……」

 

「ゆう…き……頑張…れ……ぼく、ここに…勇希と…ずっと、そばに……いるよ……」

 

 次第と暴れ抵抗する彼女は沈静化しており、狂い嗤ってた少女の雄叫びは、少しずつ人間としての言葉を取り戻す。

 

「あ…ぁぁ…ぎ……」

 

 

 

 

 

 絶恵勇希は、生まれた時から自分が不幸であり、絶望という牢獄の中で生かされ続けてると知ったのは、齢四歳にして知った。

 この頃になると、超常現象という個性もあってか、夢を追う人間…個性をどう扱うかと目を輝かせる人間は多いだろう。

 時に悩み、挫折し、立ち止まる事は大人へと近付く度に確信へと近づき、将来の目標に悩むのが、中高生にありがちな人生の壁だ。

 

 だけど幼少期の子供は、夢に浸れる。

 憧れを見て自分も目指す。

 なりたい目標に走ろうとする。

 

 だけど…自分の家庭だけは他のとは違った。

 個性診断による調査の結果――〝無個性〟と医者は応えた。

 …別に、無個性に関して落ち込んでる訳でも、不幸だと俯いてる訳でも無いし、世界人口の役2割が個性を持たない体質なのだから、自分もそんな人間の一人なんだなぁって解ったし、ショックも無かった。

 目標も、憧れも無い自分は、他の子と比べて無欲な人間…まあ、関わってもつまらない人間だ。

 其れは別に良い。だけど…自分でも恐る事が起きた。

 

 ある日、偶々腕の皮膚を切ってしまった事があった。

 何てことは無い、誰かに傷つかれたとか、そう言う虐めによる類ではないし、その頃はまだ健全だった。

 

 …だけど、血が止まらなくてどうすれば良いか…唾を付けても治らないしドンドン出血が酷くて、見ている自分も流石に焦った。

 その時、流れ出た血は段々と形状を保ち、刃物が創り上げられた。

 ブレード。

 これが個性ならば何て言われてたのだろうか…少なくとも悪者、敵向きだねと言われるだろう…

 だけど、無個性な自分が能力を扱えることに訝しげに思った周りの皆んなは、彼女にドン引きした。

 最初は遅れて個性が発現したのかと思い、医者にも診て貰った。だけど…結果は同じ――〝無個性〟。何の反応も示さず、医者や親は驚愕。

 うん、そうだよね…そりゃあそうだ。

 況してや自分は特殊な家系の血筋を引いてる訳でもない、なのに異端なチカラを持った人間と見られた時、周りは彼女を拒絶した。

 

 まるで現実が自分を否定するように、打ちのめすように…親も気味悪がり、その対応は段々と悪影響を与えてはエスカレートしていき、止まる事を知らなかった。

 

 

 ……人間って凄いよね、こんな小さな子供相手に、異端だの異常だのと知れば否やで否定しようとする。

 拒絶し、排除しようと…その上、自分は自己防衛だと言い張る所業。

 まあ、父親は元々マトモな人間じゃ無かったし、個性とかそんなどうこう以前に教育や人間関係にとって悪いものだと、三、四歳の頃から理解した。

 その理由も兼ねた上で、自分に物に対する興味、執着心も無ければ無欲な人間になったのも、これが原因だったりとか。他人の際にするなとは言うけど、事実は事実だ。綺麗事吐いてなんとか生きれるほど、自分のメンタルは強くない。硝子細工のように脆いんだなと、実感した日は数え切れない位だ。

 

 虐めの方はエスカレートを増したり、暴力は親のみならず、同級生の男子達からも頻繁に行われた。

 気に入らない、気持ち悪い、無個性か個性か分からない異端者、自分だって好きでこんな訳わからない体になったわけじゃ無いのにね。どうしてそんな簡単なことが解らないのか…

 いつしか自分も壁を作るようになって、誰かの繋がりを畏れてたんだ……

 情けないよね、世の中の理不尽に押し潰されてる人間なんて自分以外にもごまんと存在するのに…

 ヒーローだってそうだ、別に命を救ったからと言って心を救ってくれるとは限らないし、他人の家事情に突っ込む暇など大人には無いのだから。

 結局、自分は一人で生きて一人で誰にも知られず朽ちてゆく…理想と英断な答えだろう。

 

 そんなある日、いつものようにサンドバックの様に、男子達に囲まれて暴力を受けていた時だった。

 

「おい!やめろよ!!」

 

 一人の男の子が、輪に入って乱入して来た。

 青髪がボサボサで、人一倍正義感が強い少年――其れが結城守だ。男子達からは忌み嫌われる様にうざったられ、私を庇って何度も殴られ守ってくれた。

 最初は何を馬鹿なことを…なんて、守られた人間が吐くような台詞じゃ無いけど、心の中では呟いた。その日は初めて誰にも殴られず、ボロボロになったのは守るだけで、名前も知らない私は冷たいようにこう答えた。

 

『どうして、私なんかを助けたの?つまらない私なんて庇っても、何も得なんてしないでしょ?関わるだけ傷付くのは自分だから、放っておいてよ』

 

 ……今思い振り返ると、凄く酷い事を言っちゃったなぁと、胸が締め付けられる様に痛くて苦しむ。

 だけど、その頃は自分にはもう生きてて何かの幸せや希望と言う甘い言葉は、概念は、存在しなかったので、当然こんな言葉を発してしまうだろう。

 

『ううん、そんな事ないよ。君が目の前で傷付いてたのが嫌だったから…』

 

 だけど、守だけは違った。

 何度もなんども手を差し伸べたり、友達になろうと言ってくれたり、自分が拒絶する様な言葉を浴びせても、何一つ嫌な顔をしなくて…

 そんな少年に、段々と心が緩やかになって、何処か温もりに近い感情を抱いて…

 

 もしかしたら、本当にあの子と友達になれるのかな?

 

 そんな淡くも小さな光が、初めて心の中で灯り、希望とか幸せという感情に興味を示した。

 漸く、私は誰かを信用しようとすることが、他人と繋がろうとする心が芽生えた。

 今まで突き放してた私の言葉を、少年は許してくれるだろか、守は何て言うのだろう?

 

 

『嬉しいな!じゃあ、これからもずっと友達でいようね、勇希!』

 

 

 こうして、私は絶望の中で小さな希望を見つけたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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