光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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今思ったこと。
妖魔って再生力なんてあったっけ?と思う頃。自然治癒も身体能力も高いからその辺は問題ないにしろ、何で再生力なんて考えたのだろうと、原点を忘れてしまった自分。

訳がわからないよ!


6話「憤慨」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何の騒ぎだ…」

 

 事務室にて他のグループの筆頭と連絡を終えたデー門は、この耳障りな騒動に腹を立たせながら眉を顰めていた。

 囚人達による揉め事にしてはヤケに大きいし、その分騒動から既に數十分は経っている。

 部下が何かしらの失態をしたとは考え難いが、大至急の連絡も来てないので最初は軽く見ていた。しかしこの騒めく気配は収まることを知らず、今も争い事の音が耳に届いてるのが、実に不愉快だ。

 

(まさか…脱獄者?いや、それなら尚のこと俺に連絡を寄越すハズだしそういう風に教えはしている…

 となると、妖魔が暴走でも起こしたか?)

 

 この組織を立ち上げて約20年以上にもなるが、特にこれと言った問題が無ければ、暴走というケースは一度たりとも起きた経歴は無い。

 手放した…の理由が大きいだろうが、それなら部下の命令に従うし、どの道妖魔が逃げたり暴走したりなんて滅多にないのだから、この可能性は捨て切れはしないものの、低いだろう。

 

「全く、俺に連絡くらい寄越せ。囚人(ゴミ)供は使える癖に、アイツらが使えないのは可笑しいんじゃないか?立場が逆だろう立場が、くそッ」

 

 少しの腹立たしさも、大きな憤慨に燃えるもの。まるで火に油を注ぐように、デー門の怒りは大変昂ぶってる様子で、正直少しでも触れたら大激怒しそうな雰囲気を漂わせていた。

 悪態を吐き、舌打ち混じりに端末を操作し従業員に連絡を入れる。

 しかし幾らコールを鳴らしても一向に出る気配が無いことに、デー門は益々眉間にしわを寄せる。

 

「……おい、出ないぞ。何でだ、3コール以内には必ず出るようにしてるハズだ……

 

 …いや、待てよ?」

 

 部下が連絡に出ないのは、幾ら何でも可笑しくないか?

 揉め事にせよ、騒動がどうであれ連絡を入れれば必ず反応するハズだ。それなのに応答すらしない上に一人たりとも自分に連絡が行き届いてないのは、される前に潰されたのでは?

 

「じゃあ、一体誰が??」

 

 連絡する必要が無いと判断したのでは無く、予めそう予想されてたかのように、連絡の手段を断ち切った者が居るとすれば?

 囚人達の自由行動は無いし、反乱が有れば絶対に報告しろと教えはしているし、面倒な作業では無い。

 なので幾ら奴等が強かろうと、決して脱獄など不可能なのだ…となれば、第三者の介入により、妨害され騒動が発したと考えれば、妥当では無いのか?

 

「……追跡やカグラもいなかったぞ」

 

 デー門だって腐っても忍商会の四支部筆頭だ、上忍に派遣された忍の警戒網を広げ、監視してはアジトを転々としている。

 中には此処は目立った行動は無いし、今でもカグラ級の異質な実力は感じ取れないので、恐らく最高称号を持つ忍が居ないのは確かだろうし、余程自信の有る実力者でも無い限り、自分の探知を無視して攻めに来るのは不可能だ。

 

 

「おいおい、勘弁してくれよッ!!」

 

 

 ……もし、気配を隠す能力に特化した者、又はカグラ未満の上級の忍が攻めに来てたら?

 前々からアジトがバレてて、緩んだ警戒態勢の機会を伺い、今になって襲撃を起こしたと想定すれば、ありえなくも無い。

 嫌な脂汗をかきながら、ギザギザの歯を食いしばり、掌から獄炎を巻き起こす。

 デー門は背中に悪魔の翼を生やし、迅速に駆けつける。

 この嫌な予感が的中してるのは言うまでもなく、後は時間の問題だ。ここがバレて商売や組織の情報漏洩に繋がるのは流石に不味い。

 鼓動が速くなる心臓を手で押さえつけながら、翼を働かせ、暗闇の通路へ溶け込むように羽ばたいて行く。

 

 

 

 

 

 

 

「このまま突き進んでいきましょう――」

 

 床は血の海に染まっており、ベチャリベチャリ…走る度に靴は血飛沫によって汚れ、歩みを停めずにアジトの奥へと駆け抜ける。妖魔の死骸は自然と消滅していき、灰のように塵と化して四散する。汗を拭いながら、ラファエルは月光に振り向く。

 

「月光さん、前方から5人の気配がします。お気をつけて――それと閃光さんの方は?」

 

「連絡を取ったところ、もう少しで出口に着くそうで――一先ずは安心ですかね…」

 

 どうやら一般人は全員無事、守りきれそうだ。

 これで後は迅速に外に開放して、閃光に続いて月光も、居るかもしれない囚人達を安全な場所へ誘導させてから、自分が組織の親玉を潰せば今回の任務は完璧な形で終わる。

 と言っても、元々は組織が派遣した任務なのだが、生憎其れは自分たちに依頼したのではなく、雪不帰本人に隠密な形で指令を出したらしい…

 

「呪々!」

 

 月光は相棒とも呼べる傀儡の呪々を駆使して、銃口を向けながら発砲する敵を、縦横無尽に殴り倒していく。

 従業員達の声にならない痛みの嗚咽と断末魔が廊下に響き渡り、気を失う。

 もしラファエルが弓矢を引けば、間違えて殺してしまいそうなので、月光に頼ったのもなるべく不殺にしてから、然るべき処罰を受けるべきだと判断したのだろう。

 

「月光さん、道を開いていく途中で寝かせた連中を回収してくれますか?呪々を使って頼めるでしょうか?」

 

「はい、ジュジュは傀儡として扱えるので、何ら支障はないですよ♪」

 

「了解しました。とはいえ長く続く経路も、終わりが見えてくれれば良いのですが………肝心の小山の大将気取りが見えないのが不安ですね」

 

 アジトも殆ど壊滅へと追いやられ、妖魔の気配も消えていっている。問題は筆頭のデー門が不在…確認できてないという所だ。アジトを残して逃げたか、或いは外に出ているか…。

 だが、何故か妙な胸騒ぎが起きる。

 

「……月光さん。もし、もしも…この先何か危険があると判断すれば、閃光さんの所まで戻り、一旦忍務は中断ということで帰還して下さい」

 

「え?ら、ラファエル様…一体何を…?」

 

「妙に胸騒ぎがするんです…ええ、今まで修羅場を潜り抜けてきたからこそ分かる。この直感に近い、緊迫とした重い空気――」

 

 

 

 瞬間――空間に忍び寄る闇が濃くなる。

 まるで死者の手が伸び、生者を彷徨い求めるかの様な、異様な気配…。先程まで無かった、妖魔の気配…瘴気が濃くなってきた。

 

「ラファエル様…!これは…っ!」

 

「まさか…いえ、仮にも第四支部――となれば、今までの妖魔は肩慣らしにすらならないとしたら…!」

 

 

『グオ゙オ゙ォ゙お゙お ォ゙オ゙ォ゙ォォォーーーーーーッッ゙ッ゙ッ゙!!!!』

 

 

 足跡が前の方向から聞こえ、化け物の喚き声が木霊する。

 血に飢え、殺気を放ち、空間を震わせるような、痺れる空気――其れは轟く空間に亀裂を、聞くものに戦慄を覚えさせる様な、恐怖を生み出す喚き声。

 

 闇から姿を現したのは、返り血を浴びたかの様に真っ赤な朱色に染まった甲冑と思わしき鎧装を纏い、緑色の角が一本生え、まん丸な眼玉をギョロリ、ギョロリと動かしている。

 口が裂け、下に垂れる顎。口内には黒く禍々しい、女性の長髪にも似た触手が唸り、両手には巨大な骨で造られた金属と骨が混ざった歪な骨をした大剣を握っている。骸骨が無数に埋め込まれ、恐竜や巨大生物から採取したかのような異質さえ感じてしまう。

 腕や脚は細くとも、大剣を軽々しく持つことから、筋力は非常に高いと見て間違いない。

 異質と殺気、咳き込むような血の匂いで充満した邪悪な赤鬼。

 

 大妖魔――赤鬼怒。

 

 

 

 

「よ、妖魔!?それもこの気配…!!」

 

「っ…!つい先程、現れた?この強さと気配…間違いなく大妖魔でしょう…!現れた、ということは…元々忍商会の者ではない――と」

 

 忍商会は妖魔を精製する際、血を材料とし一定の量により生まれ出ると聞く。妖魔について詳しい生態、詳細は謎に包まれているが…仮に忍商会のモノだったとしても、危険すぎる。

 コレは――不味い。

 

「月光さん――先程宣言した通り、閃光さんの所まで戻り報告を。今逃げている救い出した囚人達と一緒にセーフゾーンへ赴いて下さい」

 

「で、ですが…!」

 

「これは上官命令です――貴女は妖魔のことを知った気でいるだけの、ひよこにすらなれてない者です」

 

 異議を唱えようとした刹那、彼女から毒舌が吐かれる。

 其れはこれが緊急事態で有り、非常に危険な状況下であり、下手すれば全員全滅の可能性すら危惧されてることを示唆している。

 

「幹部も残ってる上に、この危険な妖魔を野放しにしてしまえば…間違いなく多くの犠牲が生まれるでしょう…だから早く逃げなさい。安心してください、ミカエルさんほどではないですが、私でも其れなりに戦えますから」

 

 一番避けなければならないリスクは、全滅である。

 忍が世の中で生き残っているのは、命を賭して戦場へ赴き、情報を持ち帰り、標的を仕留め、後世へと継承してきた賜物である。その中で多くの忍達が、生きたまま帰ることも生業としていた。

 

「グギャル゙ッ!!」

 

 気味の悪い声を上げながら、その巨躯からは予想されない俊敏な動きで、月光とラファエルの首を狙い、大剣を振り下ろそうと首を刈り取ろうとする。

 月光が避けようとバックステップを行うも、体験の斬撃から放たれるのは、炎――ゴゥッ…!と空間を燃やす業火を放ち、斬撃と共に飛ばす。相手がバックステップで後退したとしても、殺せる様に。

 

 

「私の相手は此方ですよ――」

 

 

 だが、その炎の斬撃も、大剣も、決してラファエルと月光に届き、傷つけることは叶わなかった。

 神々しく輝く光矢が、赤鬼の両腕に集中砲火し、射ぬかれた腕は、その衝撃により振るえなかった。

 

「…ッ!!はっ、はっ…!ラファエル…さ…」

 

「逃げなさい!!!早くしないと貴女の口が裂けるまで茶菓子を大量に詰め込みますよ!!!??」

 

 ちょっと独創的な怒り方に、一瞬思考が停止しかけたが、彼女の怒声と覇気により、我に帰る。

 ぶわりと溢れる冷や汗、蒸せ返るような息詰まりに、心臓が破裂しそうな鼓動…そして、一瞬だけ錯覚した死――もしあの時彼女の迷うことのない選択肢、赤鬼に攻撃さえしてなければ、死んでいただろう。

 光の矢は、無数に空間ごと破裂を連発させていく。破裂する度に血飛沫が飛び、両腕がプラン…と揺れてしまうも、それを無理やり結合させる。妖魔は人間とは比にならない身体能力と治癒能力を持っている。人間や他の生き物も身体の構造が強ければ、其れほどに回復力、筋力、スタミナ、スピードも高くなる。

 

「…っ!す、すみません…!!必ず、連絡致しますから!!」

 

「ええ…私も不味いと思えば頃合いを見て帰還致しますから……」

 

 涙が込み上げて来そうな、涙腺の刺激に耐えながら、背を向けて来た道へと戻っていく。

 彼女の後ろ姿を見届けることは出来なくとも、死守することは可能だ――。

 

「一応、ミカエルさんには連絡を入れておきました……忍務中なので、邪魔をしては悪いと…なるべく私だけで終わらせたかったのですが…それに、もし万が一、助けに来てくれれば……」

 

 尤も彼女の忍務に関しても詳細は聞いていないので、遠い地方だとしたら無理にも等しいだろう。

 其れでも、彼女が来てくれたら心強い…幼馴染でありながら、心の底から信頼できる彼女が来てくれるならきっと……。

 

『え〜?楓ちゃんなになに〜?あれだけ優秀な後輩ちゃん達に威厳を示唆して学園の見本とかなんとか長ったらしいこと言ってたのに、結局助け求めちゃってるじゃ〜ん!しかも私その時忍務中だよぉ〜?そりゃもう、ゴリゴリの激務だよ?それなのに助けて〜とか、こっちが助けて欲しいし〜……あっ!やっぱり楓ちゃんにはお気にの子達の自慢になりたかった〜とか、しょうもない理由で見栄張ってたんじゃ――』

 

 うん、やっぱり助けなんて呼ばなかった方が良かったかもしれません。

 今にでも脳裏に蘇るのは、彼女の反感を買うような煽り言葉。これが裏も表もない、彼女の純粋無垢な言葉だ。

 だけど…腐っても実力で言えば黒月よりも強い、陽花と肩を並べるほどの実力を持つ、ユースティア女学園最強の忍。

 メディアを嫌い、忍記者が取材をとりに来ても『怠い、面倒い』で片付けてしまうほどの天才。

 序でに今の想像でもイラついたので、今度再会できたら彼女の口にケーキをぶち込んでやろう。

 理不尽と言われても、そんなのしらんがな、と言い返してやろう。

 

「何としてでも、私が一人で解決しなければ……せめて、未来あるあの子達の為にも――」

 

 彼女は時折、口の汚い本音の言葉を吐きそうになり、怒りを抑え、月光のような優秀な忍学生には優しく、度が過ぎた愛を求める彼女でも、それでも…お嬢様でもあり、立派な一人の忍学生なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走れ!出口はもう直ぐだ、後少しで全員救かるぞ!」

 

 息を荒げながら、閃光は先頭に立ち突っ走りながら囚人達に励ましの声を送る。閃光は皆とはぐれないように気を遣いながらこっちだと指示を出しては走っていく。

 これ位の量を走ることなど、何ら問題もなければ体力的に厳しい面は無く、造作もない。しかし囚人達の場合は話は別だ。

 何せ全員とも忍でなければ一般人、元々ここは碌に満足できる食事を摂れなかったので、志久万やヒーローだった大人の人間も、体力が衰え衰弱し、少し走っただけで息が上がる。

 

「畜生がぁ…!少し走っただけで肺が苦しいぜ…はぁ、はぁ……昔ヤンチャしてた頃とは思えねえ位、無様だなぁ俺ぁ」

 

「熊さん頑張ろ…!後少しだよ……私も苦しいけど、皆んなと一緒に力を合わせて、頑張ろ…?」

 

「へへ…情けねえなあ。普通は俺のような大人がガキんチョを心配する立場なのに、今じゃ逆だ…」

 

 それでも光里が笑えば、それに応じるよう必死に苦笑を浮かべて我慢をする。労働を強いられ疲労が溜まっていたからか、身体を動かす体力が残っておらず、皆は極限状態に近かった。

 しかし結果的に言えば其れは光里も同じことだし、底が尽きるのは時間の問題だ。

 

(休息する時間なんて無い…其れに、デー門と鉢合わせをすればそれこそ絶望的だ。月光と一緒に連携を取れば撃退こそあり得なくもないが――)

 

 デー門との対立に最悪な予想を過ぎる閃光は、苦悩を持ちながらもその考えは次の爆発で思考が停止する。

 

 

 ドガアァァァン!!と、コンクリートが爆発したかのような衝撃的な音に、一同は目を丸くする。

 背後――何もない一本通路の左が破壊され、閃光を含めた囚人達は足を止める。

 

 

「何だ!?!」

 

 

 土埃により視界が悪くなり、異形な影がゆっくりと蠢く。まさか、デー門か?誰もがそう予想したが、視界が晴れ、影の容姿を見て閃光の考えは否定された。

 

「ヴォルルルル…」

 

 巨躯な体は蒼い装甲で覆われており、まるで蒼い甲胄を装備している様だ。

 手に持つ武器は此の世の物とは思えない骨で作られており、金属と骨が混ざった棍棒状の大剣は、真っ赤な血に染まっている。

 顎は腰まで垂れ下がっており、口の中は緑色の触手で埋もれ、ウネウネと唸っている。

 眼球は魚のように丸く、ギョロギョロと囚人達を探るように見回している。

 天を突くように尖った角が二本生えており、蒼とは対照に地獄の熱を灯した赤き色。

 足や手はその巨体に似合わず、控えめな小さいサイズだ。それでも大剣を軽々しく手に持つその筋力は、人間を簡単に嬲り殺す事さえ容易いだろう。

 

 

 異形…其れは先ほどの赤鬼怒と同じく〝鬼〟その者だ――

 

 

「何だと!?まだいたのか…!」

 

 予期せぬ妖魔の奇襲に、心の中で悪態を吐く。

 いや…誰も壁を壊して此方に接近するとは思っても居なかったのだろうか、そもそも別の通路があるとは、正に此処は蟻の巣窟、迷宮というヤツだろう。

 

「チッ!クソ…立ち位置もよりによって真逆な…距離もある…」

 

 囚人の先頭に立つ閃光、波押す囚人達の背後に佇む妖魔。確かに立ち位置的には最悪だ。

 

「あ…ああ……」

 

 一番後ろに居たのは、息吹冷奈。

 控えめで大人しげな少女は呼吸をすることを忘れ、腰を抜かしている。風立空と同じ同学年の親友であり、先輩に当たる勇希を慕う女の子だ。

 目の前でドロドロと涎を零す妖魔に、生きてる心地を感じない。蛇の如く睨まれ、蛙のように動く事さえ叶わず、恐怖により体が硬直してしまう。

 

「冷奈ちゃ――」

 

 同学年であり、幼馴染の子が手を差し伸べ、無理にでも助けようとした刹那、血飛沫が飛ぶ。

 

 スパァン――と、女の子の首が跳ね、べちゃりと壁に血が付着し、首からは血が噴き出す。

 其れを目の前で起こされた空は、目を丸くし何が起きたか解らず棒立ちしてしまう。

 

 蒼き鬼の妖魔は何の躊躇いもなく、さも息を吸うようにか弱い小さな女の子を惨殺した。

 

「い、あ……えっ?」

 

 余りにも呆気なく、首を切られた息吹の体は倒れ伏す前にドシャリ!と、汚泥を踏むように、妖魔は女の子の体を踏み潰し、風立空の前に現れる。

 

「ヴァルウゥゥ…!!」

 

 獣の様な低い声、白い吐息、まだ数秒しか経たないその秒数は、まるで時を止められたかのように、何十秒間も長く時を感じてしまう。

 

「空ちゃん!逃げて早く――!!」

 

 勇希は言葉を掛けるも、親友を目前で惨殺され、次は自分が殺される立場だと知った彼女の脳内には〝逃げる〟という選択肢が用意されていなかった。

 

 ザバッ――と、物を切る音が聞こえた。

 今度は横に薙ぎ払うのではなく、一直線を描くように一刀両断する。ピシリ、と嫌な音を立てながら、少女の視界は二つに割れた。臓物や血が溢れ、異臭が漂い吐き気が込み上げてくる。

 

 

「い、嫌だあああぁぁぁぁぁぁーーーーーッッッ!!!!」

 

 

 囚人の悲鳴が通路内で溢れ返り、混乱状態となる。

 それに呼応するように、蒼い鬼は凄まじい咆哮を吠えあげる。まるで今から囚人達を処刑することを告げるかのように、ベットリとした血を付着させた武器を掲げ、何度も死体の血肉を叩き斬っている。

 

「次は…俺た――」

 

 ザバッ!と、声が途切れては男の囚人の体は袈裟斬りにされる。何が起きたか、常人では目に捉えられない速度で振るわれた斬撃は、簡単に人間を殺めてしまった。

 

「荒田!!」

 

 今度は守が声を張る。

 荒田刀気――元々マトモな家庭を送っていた何気ない一般人である子は、次は俺たちか…逃げるぞ!と声を上げる前に妖魔によって無残に殺されてしまった。

 

「ヴァアァァアあああ゛ーーー!!」

 

「立ち止まるな逃げろ!!私が食い止めてる内に!」

 

 シュッ――っと脚力を使って地面を蹴り、空中で間合いを詰める閃光は、マスクで目線を覆い隠している。

 これはアサシンモード――この状態は本気の意味を指す。つまり、閃光は命を懸けてこの妖魔を止めることを告げていた。

 

「虎式武術――脚乱拳!!」

 

 鍛え上げた脚力を使い、拳の如く素早く乱打する。足は拳の三〜四倍の威力が有ると書物で読んだことがある。

 拳を主体とする彼女は、留学先の白虎師範に武術を教授して貰い、脚力をも巧みに使えるようになったのだ。

 

「ヴイい゛イ゛ぃ?お前、不雪帰ィ … ?」

 

「な、に?」

 

 この妖魔の口から己の命を救ってくれた恩人――雪不帰の名を口に出した。

 どういう事だ?

 

「違う…お前、雪不帰、ジャ、ななナイぃい――」

 

 妖魔術――【木っ端微塵】

 妖魔と人間の骨で作り上げた古き刀神は、邪悪たる気を注げ、縦横無尽に斬り捌いていく。

 脚の力で何度も蹴り飛ばしていくが、閃光よりも妖魔の攻撃の数が上回り、簡単に迎撃されてしまう形となった。

 

「ぐぅ…ッあ!!?」

 

 秘伝忍法も意味を成さず簡単に吹き飛ばされてしまい、壁に何度も衝突してしまう。

 強い、一戦交えて直ぐに解ったことは、この妖魔は先ほどの人工妖魔や、怨念らしき妖魔との常軌を逸していた。

 

「脚に…血が……」

 

 それどころか所々傷を負い、血が流れる始末。

 どうやら只の妖魔では無いようだ…コイツがデー門とは思い難い。いや、下手をすればデー門よりも強いかもしれない。そんな錯覚さえ感じ取れる。

 マスクが僅かに乱れ、視界がハッキリと見える。鬼の妖魔は余りにも恐ろしく、直視してるだけで恐怖の余り可笑しくなりそうだ。

 

「ラファエル様と月光がいないだけでここまで差が……情けないな――…」

 

 

 

 幾ら相手が手練れの妖魔とは言え、二人が不在とは言えどこの体たらく。

 鍛錬や修行を積み重ねても、強大たる壁は確かに存在する。

 忍学生は勿論のこと、裏社会で蔓延る忍達でさえ叶わないのが、この大妖魔達だ。カグラの称号すら超える、多くのカグラが知る中で最強の忍――陽花を始め、名のある称号を持つ忍でもない限り、勝機も生存もほぼ皆無に等しいと思っても良いだろう。

 

 

 

「オォ…忍?」

 

 壁にもたれ、苦しむ閃光を見下ろす鬼は、嘲笑する。

 

「お、オオオ愚か……何知らズ、朽ち行ク命……人間、惰弱、める…ふぇん、生メれル……ルルル、るるルルルル、るル?」

 

 どうやら知能は低いのかどうなのか、人語は上手く喋れなく、所々が幼稚的な言葉でしか発せていない。

 

「お、俺…蒼牙鬼――こ、ここ、此方…て、てて…手の鳴る方に…ま、まつ…り――」

 

 大妖魔――蒼牙鬼。

 悍ましく醜悪な姿を曝け出す鬼は、獣交えた声を発し、何度もガツンと大剣で地面を叩いていく。

 

「クッ…こんな大妖魔を相手に足止めになれるかどうか…危うい状況から更に叩き潰すような絶望感……どうやら、ここまでらしい…」

 

 息が上がり、頭から血を流す閃光は傷口を抑えながらそれでも、最後の悪足掻きをしようと全身に力を入れるも――

 

「おマえ、後――」

 

 妖魔から意外な言葉が発せられた。

 蒼牙鬼はくるりと体を囚人たちに向けて――

 

「待て!お前の相手はわた――」

 

「み、皆んな――死ね。殺す、壊す」

 

 妖魔術――【魂沌惨撃】

 混沌ある死者の魂を込めた斬撃が、一線振るわれる。逃げていく囚人達は背を向けず走って行き、此方が攻撃してる様子さえ見えていない。

 だが…

 

「お前たちしゃがめ!!!」

 

 閃光は喉が枯れる程の声を振り絞るものの、囚人達はその前に後ろを振り向く。

 もう既に斬撃が振るわれているにも関わらず、大勢の囚人達は反射的に背後を見てしまい、既に避けきれない距離に達していた。

 

「危ねえ――!!」

 

 しかし勘の鋭い志久万は、危険察知し自ら倒れるよう、隣にいた光里と目前にいた守と勇希を押し倒す。

 

「「きゃっ!?」」

「うわっ!」」

 

 ドサッと、倒れ間一髪で避け切れる事に成功した四人。しかし次の瞬間は血の雨が降り注ぐ。

 真っ赤な液体が、四人の体を濡らせ、志久万は全身の毛皮越しからでもその気色悪い感覚に寒気を感じた。

 

「あ…あああ……そんな、皆んな……」

 

「嘘……でしょ?」

 

 光里は涙を零し、絶望の声色で呟やく。

 勇希も、目を丸くし今の現状を受け入れれず、脳が追いつかない。

 

「イヤああああぁぁああぁぁぁあああぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

 見てしまった残酷な光景。

 大半が斬撃により吹き飛ばされ、見るも無残に原型を保てないまま惨殺され、もう大半が上半身が切り飛ばされ、切断された下半身からは血の噴水が吹き上がり、真っ赤な血のシャワールートと化していた。そんな血の雨に、まるめ女神の光を浴びるかのように、生きてる心地を実感する蒼牙鬼は「ヴオォォォオオォーーーーン!!」と喜び鳴いている。

 

「そん…な、私は……」

 

 守れなかった。

 月光が、柊が、託してくれた想いを…皆の命を守り、外へ出そうとしたその希望は、非道な妖魔に成す術なく摘まれ、潰されてしまった。

 

 

「守れ…なかった……」

 

 

 血飛沫を浴びながら、それでも震える手は止まらない。

 自分の失態に己を自虐したくなってしまう。

 それも無理はない、この大妖魔はかれこれ200年近く生きる化け物――カグラを殺めた数は34人。一般、忍を含めた虐殺は数百も下らない、文字通り生粋な〝殺人鬼〟である。

 とても、閃光でも歯が立たなかっただろうし、月光との連携でも倒せなければ、八神柊がその場にいても同じ結果だった。

 

 少なくとも…この妖魔は並みの戦いでは絶対に殺すことは不可能なのだから。

 

 

 何たる理屈、何たる理不尽、暴殺の象徴である。

 

 

「クソ………――ぁぁぁあああああああーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 閃光のこれまでにない激情は、弾ませる怒号は、長い付き合いをした親しい月光にも見せたことがない。

 守れなかった不甲斐なさ、誰も救えなかった愚かさ、何よりも手も足も出ず簡単に虫の息にされてしまう己の弱さに呪いたくなってしまう。

 

「秘伝忍法――【猛虎襲・真打王】!!」

 

 虎の化身が怒りの牙を剥き、忿怒の拳を何度も蒼牙鬼の身体に打ち付ける。その硬さは尋常ではない、まるで鉄を何百倍にも凝縮したような装甲は、カグラでさえも傷を負わせるのに一苦労掛かるだろう。

 それでも閃光の強さは引けを取らないし、とある伝説の忍の孫でさえも対等に渡り合える強さだ。

 それでも蒼牙鬼は何の表情を変えず、ゆっくりと閃光を見下ろす――

 まるで小さく駄々を捏ねる幼稚園児を見てる感覚に近いその様子は、明から様に相手を舐め腐っている証拠だ。

 

「ガアアアああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 それでも閃光は止めない、止まらない。

 こうでもしないと己の弱さと不甲斐なさで身も心も押し潰されそうになってしまう。それ程の衝撃を目前で体験したのだ。

 確かに自分は忍だ――善忍とは言えど、時に任務の命令であれば如何なる道理であろうと他者の命を奪う汚れ仕事さえ担われてしまうのだから。

 中等部とは言え、月閃直属の血を継いでいる以上、月光を除き他の生徒より一段早く覚悟を決めている。

 

 それでも…それでも、この妖魔の悪行を許す訳にはいかない。

 そもそも通常の妖魔とは違う、だからこそコイツだけは何が何でも討ち倒さなくては――

 

「お、お前モ…祭りの、供物か?」

 

 そんな彼女に、淡々と質問を送る蒼牙鬼。

 

「黙れえぇぇ!!!!」

 

「……………」

 

 人語の半分が余り良く聞き取れなかったのか、単に怒りで我を忘れる程の猛攻を出してるからか、上手く内容が耳に入らないが、取り敢えず何か駄弁ってることだけは解る。

 

「もウ良い、死ネ――」

 

 ガガ…と、肩が動き出す。

 死を意味するその亡者の大剣を掲げ、叩き斬るかの様に振るわれる。

 

「死ぬのはテメェだろうがぁぁ!!」

 

 ドン――ッ!と、蒼牙鬼の巨躯に体当たりし、バランスを崩したのは志久万。お陰で閃光は無事攻撃を喰らわず、死ぬことを免れた。

 

「ギギッ…?」

 

「お前は…」

 

「チッ、たく…んな胸糞悪いモン見せられて、俺だって黙っちゃいねーよ。ガキんちょが胸張って命賭けてるのに、大の大人が動かなくてどーすんだってんだ。お前だけでもコイツら連れて逃げろ――」

 

「はっ――?」

 

「間抜けな顔すんなよ、分かり易いように言ってやる。俺が時間稼ぐからアイツら頼んだってことだ…」

 

「お前…意味が分かって言ってるのか?死ぬんだぞ…?」

 

「そりゃあお互い様だろうに…けどな、ぶっちゃけ俺はもうヘトヘトだ…碌なもんが食えなかったし、体力だってほぼ無い。それなら怪我はしてるが体力があるお前なら何とか逃げ果せれるだろ?心配すんな、俺がワイルドヴィランズの人間だって聞きゃあ心配はねえだろ?」

 

「なっ――!?お前…が?あの……」

 

 どうやら閃光はあの組織のことを知ったらしい。

 キュレーターを中心にしたあの犯罪組織の一員が奴隷として囚われていたとは…

 

「よォし久し振りのシャバだ。何ヶ月ぶりかな、殺し合いの喧嘩するのはよ――嬉しくて泣いちゃうね」

 

「だめだよクマさん!!」

 

 既に決死の覚悟を決め、腹をくくる志久万に制止の声を投げたのは光里――同じ牢獄で囚われてた小さな女の子である。

 

「クマさんいっちゃヤダ!死んじゃうよ!!」

 

「………」

 

 それでも、志久万は止まらない。

 彼女の泣き叫ぶ声、閃光は歯を食いしばり、辛く苦しそうに、表情を歪ませる。

 ワイルドヴィランズ――正真正銘、外道たる犯罪者が集団として作り上げられた組織は割と有名で、前はオールマイトが壊滅させたと聞く。

 正義の誇りとして、当然ワイルドヴィランズとは我々の敵にも値するし、逃亡犯であるなら普通は捕らえるべきだろう。同情の余地は無いし、何も殺生は働かないが、庇う理由など何処にもない。

 

 ……だけど、見殺しには出来ないじゃないか。

 コイツがどう言う経緯で自分たちを庇うような善人になったのかは知らないし、恐らく何からの理由で改心でもしたのだろう…

 

 そんな元犯罪者を置いてくなど、自分には出来はしない。

 幾ら任務に従う為に如何なる手段を使うのが忍としての常識だと頭の中で解っていても、逃す人間を盾に使うなど、あってはならない。

 いや、そもそも妖魔を前に犯罪者とかそういう理屈さえどうだって良い。

 

「邪魔ヲを、ズルなぁァアーーーッッッ!!」

 

 

 ザシュッ!と突き刺す音に、一同は総毛立つ。

 

 志久万も声が途切れてしまい、空気は不気味に静けさを保つ。全員目を疑い、眼に映る光景に息を呑んでしまう。

 誰もが終わった――と思った。

 

 心臓が突き刺さり、血の噴水共に絶命してしまうのだと。だが、終わらなかった――

 

 

「間に合った……!!良くやったわ呪々!!!」

 

 

 志久万を庇い、押し倒し、急死に一生を得た志久万の前には、傀儡の呪々。月光が愛用していた傀儡が、ラファエルが彼女を逃げさせるように促してくれたお陰で、命を救うことが出来たのだ。

 

 ――最善を尽くした選択肢が、まだ犠牲を産んでいない命を、守ることに成功し、助け出すことが出来たのだから。

 

 

 

 







裏ストーリー修正有。

志久万「お、俺が生き残った…?救済処置入ったのか…!?」

ラファエル「愛…これが愛の成せる技ですよ、月光さん♡」

志久万「無視!??」


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