光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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218話「邪見」

 

 

 

 

 

 

 

 

 護神の民――其れは巫神楽三姉妹が住まう村を指す。

 小規模な村の集落ではあり、決して裕福な訳ではないものの、常に居心地の良い大自然の中に囲まれた集落は好ましいものだ。

 遠野と同じく村の存在を他に言い渡すことは許されず、小百合を始めたカグラの称号を持つ者でなければ足を踏み入れる事は許されない程に他を寄せ付けない程の厳重に警戒を払っている。

 村には掟が存在し、其れを破れば村から追放、最悪は命を以って償わなければならないのは、厳しい以外に言葉が見つからない。

 

「良いかい奈楽や……お前は護神の民の中でも、転生の珠である神楽様を復活するまで永遠に見守り続ける役目として選ばれた」

 

 祖母の言葉に、幼少期の奈楽は黙ったまま耳を傾ける。

 基本的に護神の民達は村の集落で外部からの脅威や危険を退けることを除けば、やることは基本的に農作物やら儀式、日常的な生活を送るだけだそうだが…その住人達の中でも、転生の珠を見届ける役目は、大人達が言うには一族としても名誉ある誇りだとか、神に選ばれた素質だとか、様々な偉業だと大それた事を言うが、当時の奈楽からすれば「親が喜べば良いし、自分が役に立てるのなら」程度。

 

 そしてもう一つ、護神の民達は基本的に転生の珠から復活した神楽という神と共に憑黄泉神威を始めた神魔を滅ぼし、再び転生の珠に戻れば次の代が見届けるという輪廻として永遠に続けていくこと…

 

 その中でも奈楽が選ばれたのにはもう一つ…其れは、先祖代々ともに栄光のある一族として名が高く、肆奈川という護神の民が何と、あの憑黄泉神威を退けたという。

 護神の集落、150年前に憑黄泉神威が多くの妖魔を連れて村を襲ったという。

 皆が知る妖魔とは違い、憑黄泉神威が連れた妖魔は皆、禍々しい暗黒の邪気と、血走った紅い目を向け、神楽というたったひとりの少女を殺す為に、全員が村を全滅に追い込ませたと聞く。

 当時の巫神楽三姉妹や村の住人もやっとな思いで凶暴化した妖魔を倒せたものの、憑黄泉神威には勝てなかった。

 あれはもう、妖魔と一緒くたにしていい問題ではない…そんな神の領域に達した化け物を、肆奈川は命を賭して退けてくれた。

 多くの妖魔が軍となり襲撃する怪奇現象を『百妖夜行』と言い、其れは800年前から名付けられ、以後自分たちはいつ襲撃に来るかも分からない妖魔の大軍と憑黄泉神威に向けて、備えなければならないのである。

 

 それが護神の民の宿命であり、神楽の為に全てを捧げるのは、当然の理――そして憑黄泉神威を討つのもまた、使命なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「護神の民?」

 

 聞いた事も教わったこともないワードに、飛鳥は勿論のこと、その場にいる全員は小首を傾げながら、斑鳩と邪淫達の距離を置き疾走と足を早く動かす。

 

「ふん、お前達忍学生如きでは知る由もないだろうな」

 

「ムッカ…!で、でも霧夜先生や斑鳩さんならきっと分かるもん!二人とも今は居ないけれど…」

 

「其れにお前達は精々奴らの足止め程度の役割を果たせば上出来だ。私とかぐら様さえ守ってくれればそれで良い」

 

 随分と上から目線な物言いに風魔は更に嫌悪感を増すものの、それを宥めるように土方が側で肩を置く。

 飛鳥にどれだけ皮肉を言おうと、相手に対して敵対心や嫌悪を指し示さないのは長所なのではないだろうか。

 

「そういえばあの大きなおじさんと、舌の長い変な男の人…あの二人は何なんだろうね?敵さんなのかな?」

 

「忍商会ってそう言えば…あー!思い出した!両奈ちゃん達蛇女の生徒が今探してる連中のことだよ!」

 

 木椰区ショッピングモールで緑谷と一緒に買い物を楽しみながら、アイスクリームを買おうとした時に店員に成りすましてた両奈と偶然遭遇し、事の経緯を知ったことを記憶から呼び覚ます。

 

「妖魔を売買したり、抜忍救済の裏サポートアイテムの売却をしてるんだよね?」

 

「そうだ、主に抜忍達に武器や薬品を売り捌き、一部の闇市場では独占してるとも噂されてる…お前、知っていたのか」

 

「ううん、噂だけしか聞いてなかったから…でもそうなると、確かに奈楽ちゃん達を狙う理由が見つからないよね。何かやらかしたの?」

 

「自分は一部、襲撃してくる害意を振り払ってるだけだ。余計な事柄に首を突っ込むつもりは毛頭ないし、忍商会が自分たちに目を付けたのでさえ問いたいくらいさ」

 

 だが奴らは問答無用で兎に角、奈楽を除外して神楽だけを狙う。

 外の世界では極力信用しずに自身の力で使命を全うするつもりだったが、まさか邪魔どころか命を狙ってくるとは。

 その為に、神を護る為に自分がいるとはいえ、理由も分からずに突っ込んでくるとなると鬱陶しい事この上ない。

 

 

「そんなもの決まってる――其れが貴様に課せられた業だからだ」

 

 

 刹那――鋭い殺意の声が全員の耳を打ち、紅い拳の眼が飛んでくる。

 

 

「チッ…!邪見か!!秘伝忍法――『六道転砲』!!」

 

 

 対する奈楽は苦虫を噛み殺した様に舌打ちをしながら、足に巻きついてた小さな球体を、どう言った原理からか、巨大な鉄球に変貌し、それを大砲の如く蹴り飛ばす。

 巨大な拳の眼と、巨大な鉄球が衝突し、空気と共に耳鳴りの轟音が鳴り響く。

 衝撃波に双方は吹き飛びながら態勢を立て直す。

 

「奈楽…護神の民よ。そんな貴様も唯の人間に戻る方法がある、そして襲われない方法で平和的な手法…それは、貴様が大人しく神楽を我々に渡せば良い。どうだ穏便だろう?」

 

「目が腐っているのか、自分が神楽様を手放すわけがないだろう!!」

 

「嗚呼、知っている――そして貴様が今の今に至るまで延々とその子供に付き添ってた事も、大人の言いなりに生きてた世間知らずな事も」

 

「…読めた、そうか。情報の出所は貴様というわけか、『邪見心傷』」

 

「ん?…ああ、それは貴様の勝手な妄想で納得してくれて結構。我々ビジネスマンは、余計な事柄や社内での情報漏洩は厳禁でね」

 

 端から見れば意味不明な会話のやり取りも、二人組の会話を見た限りだと目に見えない線で通じ合ってるように見える。

 

「あ、あの…さっきから何を話してるんですか…?」

 

「おいお前、アイツから自分と神楽様を守れ。これは命令だ――」

 

「あの、さっきからマジでいい加減にしてくれません?なんですか、その上から目線は?人に物を頼む時も偉そうで、いざ守られても感謝の言葉も無いなんて、常識ないんですか?」

 

 困惑しながら疑問を投げかける飛鳥に、自分を守れと命令する奈楽。そんな彼女についに我慢の限界を迎えた風魔は、若干キレ気味で言葉を荒くする。

 普段サボリ魔で補修ばかりやらされてる風魔も、流石に頭にきたようだ。それが尊敬する飛鳥に対してなら尚更だ。

 

「其処の子供の言う通りだ、金もない報酬もない奴の命令言葉など唯の雑音だ。

 所で君たちもなるべく我々の事柄には巻き込んで欲しくないのも本望…邪魔さえしなければ君たちだけでも避難すれば良いし、逆にその子達を捕まえるのを手伝ってくれれば、好きなだけ金をやろう。幾ら欲しい?5億?10億か?これでも安すぎる方だが…」

 

「そんなの渡すわけないでしょ…!奈楽ちゃん達から離れて!」

 

 穏便に交渉を得ようとする邪見に、黙って見てた飛鳥は憤慨の声で反論をする。

 

「…?意味がわからん。君たちがこの子らを庇う理由など皆無に等しい筈……それとも上層部からの命令は…見た感じなさそうだな。

 ふむ、ならば問おう。何故に利益もなくその子らを守る必要性がある?やり取りを見た辺り、知り合ったのもつい先程であり、そして事情も分からないのであろう?」

 

「確かに私はこの子達のことを知らないけど…でも、あんな風に追いかけて、態々危険な目に遭わせて、それで奈楽ちゃん達を渡せって、どれだけお金とか沢山積まれても絶対に渡さない!!」

 

 雄英に居た影響を受けてるのだろう、曲がった悪意や歪んだ思想を持つ輩を人一倍許さない飛鳥は、ある種としてヒーローに近いものを連想させる。現に、言葉巧みの交渉で奈楽や神楽と呼ばれる二人を此方に引き渡そうとするなど、理由も知らなければ渡す道理はない。

 

「そういうことだよおじさん!お願いだから、雲雀たちの言う通りここを引いて…!!」

 

「何を馬鹿な…ん?お前、その眼……そうか、君も瞳術使いの…噂に聞いてはいたが綺麗な華眼だな。護衛や側近はいないのかい?」

 

「…?」

 

「嗚呼、そうか。成る程。君は落ちこぼれな上に無理矢理忍になった感じか。そういう忍社会の犠牲者は影に多く存在する…同情するよ」

 

「おい貴様、馴れ馴れしく雲雀に近付くな。これ以上雲雀に何かしようものなら、俺が相手だ」

 

 ヤケに雲雀に対して謎の好印象を受けた邪見は、元から雲雀のことを知っていたのか、それとも華眼として有名なため、他の忍から情報は入手していたのか、珍しそうな顔で見つめている。

 

「何だこいつ…ああ、君は抜忍の鎌倉くんに手も足も出ずに敗北を喫した少女か。亡くなった妹君のために強くなると豪語しておきながら、誰も守れず何も守れず…全く、とんだ失笑ものよ。妹君もこんな姉を持ってさぞあの世で嘆いてるだろうに」

 

「なん……だと?」

 

 どうして望の事をお前が知っているんだ。という疑惑の想いよりも、蔑まれることに怒りの導火線に火が付いた。

 例え相手が言葉巧みによって相手を錯乱、或いは神経を乱す為の話術だとしても、今の言葉は無視出来ない。

 

「人は心の中を言い当てられたら直ぐ怒る!然し私も君達の駄弁りに付き合う暇はない。渡さないというのなら少々痛い目を見させてから奪えばいいか」

 

「飛鳥、雲雀達と奈楽を連れて逃げろ。コイツは俺が相手をする」

 

「柳生ちゃん!?でも…」

 

「俺のことをどれだけ悪く言おうと構わない…所詮、貴様のいう雑音だからな。だが…望に関して触れたことは、聞き捨てならない」

 

「ほぅ…で?ならばどうする?どうさせたい?『はいスミマセンでした』か、『もう二度と悪く言いません』と言えば良いか?」

 

「――望に対して頭を伏させて謝らせる…!!」

 

「そんな言葉の選択肢は何処にも無ェよガキ――」

 

 柳生の番傘と、邪見の禍々しい眼の拳が衝突する。

 柳生個人としては、この邪見という男は少々どころでは済まない程に、大分怒りの線を踏み切ったご様子だ。

 雲雀達と共に奈楽を連れて逃げろと話す柳生に、飛鳥と雲雀に補欠組のメンバーは言われるがまま奈楽を連れて避難するしか無い。

 無いのだが…

 

「柳生ちゃん!雲雀も戦うよ!!」

 

「来るな雲雀!コイツは思った以上に強い…刻一刻でも早く目標から遠ざけるんだ…!」

 

 雲雀は心配そうに応戦を試みようとするも、柳生がそれを否定する。

 確かに敵の狙いが奈楽とかぐらを狙ってると知った以上は遠ざけるのが基本…然し、一人相手で難しいのであれば応戦して二対一で戦うのが良好。

 

「来たら真っ先に貴様を潰すぞ」

 

 更に其処から煽るように邪見は雲雀に対して只ならぬ殺意を差し向ける。

 恐らく雲雀でも戦えないし、勝機は確実に低い。

 そうだ、忍商会の面々は言わば上忍以上の忍達が相手をする強豪揃いの世界だ。其れを飛鳥は林間合宿にて黒佐波との対峙を経て経験している。

 

「良いから早く行け!!」

 

 バチバチと番傘から破けるような嫌な音を奏でながら、彼女の絶叫に似た言葉に思わず背筋がゾクリと震える。

 

「わ、分かった…!その代わり、無事に避難させたら直ぐに戻るから!!」

 

 そう言いつつ、奈楽と共に距離を開けるように走り逃げ行く飛鳥達に、一瞬安堵の息を吐くも、気を引かずに邪見を睨みつける。

 

「本当に良いのか?雲雀くんや飛鳥くんとまだ協力していれば、勝機は確実に上昇していただろうに…」

 

「雲雀を殺すと脅してた貴様がよく言えたものだな…」

 

「ん?ああ、アレは嘘だよ。そうやって言っておけば近づかなくなるだろう?故に彼女の思考と心は恐怖で混乱していた…そこで君が逃げろと言えば仲間想いの彼女も自然と言うことを聞いてくれる…貴様はただ彼女を巻き添いにし傷付けたくない一心で放った言葉だろうが、お陰で誰にも邪魔されずに確実に殺せるよ貴様を」

 

 混乱や恐怖に心が募る人間の心理は、脅しや命令には自然と聞いて動いてしまう傾向がある。

 心理現象を話術などで巧みに操る邪見は、心を揺さぶることに特化し隙を作り致命的に痛撃を与えることが殺しにとってもかなり有効なのを、悪忍として生きてた頃から学び身に付いたのだ。

 

「俺は…この命に代えても雲雀を守る。お前が忍商会の人間だろうと、誰であろうと…傷つけるやつは許さない――」

 

「お前が死んだら許すも許さないも何も、元も子もないだろう?そこまで考えが行き届かなかったか?よっぽど雲雀という少女に過激な好意を見せてるようだが……そうまでして、妹の代わりが大事か」

 

 瞬間――凄まじく伸びる邪眼は、鉄槌に似せた大きな握り拳を作り、縦横無尽に振り回す。

 空間そのものを殴打するかのような隙のない攻撃に、柳生は何とか防御で身を守りつつある。

 

「そうだよな。お前は結局悲しみと穴の空いた心を埋めるがために、雲雀くんという妹に似てるだけな理由で彼女を溺愛し、妹の代用とし、結果としてそれが傍迷惑なことさえ気が付かず、お前は欲望と身勝手な経緯で彼女を守ってるだけだもんな」

 

「……ッ!!!」

 

 コイツは何処まで人の心を虐げれば気がすむのだろうか。そう心に芽生えてしまうほどに、邪見は的確に柳生の心を見抜く。

 だが柳生は奥歯を噛み殺しながら、沸騰する怒りを溜め込み忍耐する。邪見の狙いは、言葉で柳生を誘い込み、隙を生じた所で縦横無尽な暴虐な邪眼の忍術で滅多打ちな腹積もりなのだろう。

 

「雨の日に初めて妹に似た雲雀くんを見てどんな気分だった?蛇女や敵連合に拉致された時はさぞ自分の弱さに打ちのめされただろう?

 彼女と一緒に居れた幸せは妹を忘れる事が出来ただろう?

 

 そこまでして雲雀くんを守りたいのなら、今すぐ戻ってかぐらを渡せば、穏便に済むんじゃないか?それを態々闘ってまで俺を阻止しようなど…で?現状は防戦一方でしか渡り合えないお前が俺をどうするんだ?時間を稼ぐにしろ、逃げ道なんて神楽を渡す事以外は何処にもないというのに」

 

 確かに、なんて言ってしまうほどに納得がいく。

 僅かな手数で分かったが、この瞳術使いはまだ本気を出していない…相手の能力やどのような攻撃を仕掛けてくるか分からないと言ったアドバンテージが効いてるのもあるが、それは忍の世界としてなら当たり前――更に付け加えれば相手は大人であり上忍以上の実力を秘めている…到底、1人で勝てるという話は、柳生が入学時から天賦の才を持っていたとしても厳しいだろう。

 

「よく口が回るな…!!」

 

「失敬、つい喋りたくなるんだ。俺は人を殺す際は、蔑むことを趣味としているんでね。殺しに拘りがあるプロが世の中にいるように、俺もその類の人間であることを」

 

 番傘で上手く弾き返すも、それを物ともせずに眼球の撤退を下す邪見は、仮面越しから低いニヤケついた笑い声を含み、相手に攻撃の隙を与えない。

 

「随分と悪趣味な奴だな…!秘伝忍法――『薙ぎ払う足!』」

 

 これ以上防戦一方ではいずれ削られジリ貧になるだけだと悟った柳生は、巨大な烏賊を召喚させ、凍てつく足を乱暴に振り回す。

 

「召喚獣か、秘伝動物とのシンクロが強ければ可能な術……だがな、そう言う旨みを持つ忍供を俺『達』は幾度となく殺してきた」

 

 此方へ振り回す足を、拳の眼鉄球を数倍の動きで相殺を試みる。

 

「秘伝忍法――『釈迦食毒殴拳』」

 

 紫色の毒々しい色合いをした邪眼は、より荒々しく足を殴り続ける。召喚獣自体にダメージを与えようと、対して致命には繋がらないが、これほどの破壊的な威力と毒を持った危険性な忍術は、見たものを不快にさせる。

 

「てやっ!」

 

「っ!」

 

 秘伝忍法を終えた途端、瞬時に氷のクナイを敵に投げつける。鋭く黒いクナイは氷を纏わせ、無慈悲に相手を貫く。

 

「幼稚なことを…っ!?」

 

 刹那、柳生は一気に相手の間合いを詰めて、懐に潜り込み番傘に仕組まれた剣で心臓部を目掛けて突進する。

 先ほどの秘伝忍法やクナイは単なる隙を作るための作戦に過ぎず、一度距離を詰めれば相手は対応に順応できずに遅れをとる。腐っても、忍学生だけで留まるような輩ではないと言うこと。

 

「せやっ!」

 

「っと!」

 

 上手く体の軸を中心に保ち、回転して急所をずらし、腕に擦り傷が付いてしまう。

 外してしまったものの、良い線まで行けてる辺り、以前よりかは大分成長しているようだ。そして此処で留まる程、柳生もヤワではない。

 相手を追撃するように、秘伝動物の烏賊を一部召喚し触手のみで相手を拘束し、速やかに戦闘不能にさせようと鑑みる。忍術の応用は、以前雄英高校の圧縮訓練にて個性応用の実践で試した。

 

(よしっ!このまま相手に攻撃する隙を与えず…)

 

「個性の応用か…考えたな!だがな、そんなもの俺を前に意味ねェよ」

 

 ドゴッ!と、膝で腹部を蹴られた柳生は、口から思わず唾液を零し、肺に溜まった酸素が一瞬で吐き出されてしまい、転がるように吹き飛ぶ。

 

「ふむ、学生とはいえ仮免は取得してるのか…内容はどれも薄っぺらだが、お前のような金の雛鳥は後々と敵に回すと厄介だ…

 

 先ほど痛めつけて神楽を回収すると言ったな?あれは嘘だ――お前を今すぐ此処で殺す」

 

 小さな芽も、己の脅威になり得るのであれば早々に摘むのが良好。

 敵を油断せず速やかに殺すこと…相手は油断も隙も見せてくれない上忍の忍が相手にする抜忍…だからこそ、そんな闇の世界で今に至るまで生き続けてきた彼は、躊躇も情けもない。

 邪見はそのまま伸縮自在の眼で柳生の体を巻き付き、そのまま眼の先を拳に変えて、顔を見定める。

 

「不味い…!体が…」

 

「しかも粘着質も塗布しているからな俺の忍法は…中々抜け出せないだろう?確実に殺すために生み出した術だ」

 

 今となってはそれほど致命傷を負う相手ではない…だがこの天才児は成長すればカグラになる可能性も高い。

 そして何れ自分をも脅かす存在となれば、黙ってるわけにもいかないだろう。

 

「死ね――」

 

 彼が死の宣告を呟いた時――

 

「『忍兎でブーン!』」

 

 雷豪な突進と共に、この場の緊張感を和らげるようなキューティクルな声が、二人の耳に打ち、忍兎曇に乗った雲雀と忍兎が、邪見目掛けて衝突する。

 

「あがっ!?」

 

 油断も隙もなかった邪見は此処で初めて、外部からの攻撃により無防備に雲雀の忍術を喰らい、跡形もなくなすすべも無く、吹き飛んでしまう。

 街の商店街の建物にぶつかり、瓦礫と共に埋まり、邪見の忍術は解除され柳生の拘束を解いてしまう。

 

「ばかな…雲雀!?」

 

「助けに来たよ柳生ちゃん!」

 

 其処には親友の危機に心配した雲雀が一人だけ、駆け付けに来てくれた。

 

 

 

 

 

 

 場所は打って変わり、京都の繁華街にて奈楽とかぐらを始め、下級生達を逃し時間を稼ぎ足止めをしていた斑鳩と葛城もまた、忍商会達と奮闘していた。

 

「くっ…!飛燕を以ってしても、傷一つ付けられませんか…!」

 

「ハッハァーーッ!!そんな上品な攻撃タァ唆るじゃねえか!後で一発ヤらせろよぉ!!」

 

 身軽な動きで常に回避と反撃のスタイルで邪淫に何度か鳳凰の斬撃をお見舞いするも、屈強な身体を力ませ無理やり殺傷力を押し殺す。

 対する邪淫乱闘は豪快に拳を振り回し、街や家屋など御構い無しに破壊を続け、斑鳩を付け狙う。

 

「その不快な言葉、やめて頂きませんか…?それに、何故小さな子供に、あの女性を付け狙うんですか…!?」

 

「んぁー…?別に理由なんてどうでも良いだろッ、どうせお前らも知ったら喉から手が出るほど欲しくなるだろうしよっ!」

 

「っ…?」

 

 言葉の意図が分からない斑鳩に、邪淫は炎柄のレスラーマスク越しから邪な笑顔を作り浮かべる。

 会話をするだけで不快感に煽られる邪淫とは、性格的に置いてかなり相性が悪いのは端から見ても分かるだろう。

 

「おらよっ…!!」

 

 一方、葛城は両舌の顔面に勢いのある蹴りを披露する。葛城は蹴りを主にしたパフォーマンスを得意とし、肉弾戦でも他の追随を許さない。そんな葛城の足技を、軽々しく避けながらアクロバティックな動きで回避する両舌は、未だに忍術を使わない。

 

「なんか消化不良だな…日影みてぇな軽々しい動きしてんのに、全然反撃してこねぇ…!」

 

「……」

 

 悪態を吐きながら舌打ちをする葛城を他所に、両舌は顔に被った麻袋越しから口をもごもごさせながら無言で見つめて来る。正直、一言で両舌を表すなら、「不気味」ほど似合うものはないだろう。

 喋り方の時も只者ではないと勘付いてはいたが…相手の能力も分からない上では、戦いづらいものがある。

 相手が何かしようと目論見があるのか、反撃さえもしてこない辺り、何かあると考えるのが妥当だろう。だが頭を使った頭脳戦を得意としない葛城にとって、こういうまどろっこしい敵はやや嫌いな傾向もある。

 

「おいテメェ!勝手に仕掛けておいてやる気がねえならとっとと失せやがれ!!」

 

「くっちゃくっちゃ」

 

 葛城の叱責にも似た怒号を飛ばすも、両舌は何やら口の中の物体を舐めてるのか、汚い唾液混じりの音を際立てる。正直、葛城も珍しく額に青筋が入ってるのが目に見える。

 

「どうしやすか両舌の兄貴ィ…?コイツらガキとはいえど多少ともやりますし。コイツら案の定商売の邪魔してやすよね?もうぶっ殺して後追うしかなさそうなんじゃ…」

 

「…ん、まって…連絡、きた。嘘月から…」

 

「妄語の兄貴は別件の忍務でいねぇんじゃ…?!」

 

「か、かか、帰って、すぐに、かぐらの捕獲…全力、尽くすって」

 

 何やら向こうで会話が始まったようだ。

 斑鳩と葛城の二人は、恐らく外部による仲間からの連絡に応答してる様子だ。もし増援が来るとなれば、いよいよ黙ってはいられない。

 

「お前達無事か!?」

 

「霧夜先生…!」

 

 避難誘導を終えた担任の霧夜は、生徒の無事を確認する。

 丁度、両舌と邪淫と戦っていた二人としては心強い味方でもある。こういう時こそ、担任が頼れること他ないだろう。

 

「あ、あー…霧夜、きちゃったじょ……」

 

「貴様ら…!忍商会の者か!こうして公の場で姿を現わすとは…随分と肝が据えてるようだが、逃すまい…!!」

 

「クハハッ!おっさんやる気みてェだぜ兄貴ィ!」

 

「んぁー…う、嘘月から…邪淫は下がれって…そ、それに綺語からも連絡きた…い、いったん引く…これ、大事…」

 

「マジかよ、兄貴の言うことなら無下にする訳にゃいかねーな」

 

 恐らく嘘月と呼ばれる兄貴分は随分と親しまれてるようで、何かしら尊敬に似た眼差しがあるのか、血に飢えた邪淫もすんなりと納得してるみたいだ。

 

「待てお前達!」

 

「んーゔっ!!べっ!!」

 

 霧夜が制するように声を貼るも虚しく、両舌は溜め込んでた口から、麻袋から破けた口元から嘔吐物を出す。

 唾液混じりに出されたのは煙幕――両舌の忍術『スモークタン』によって、一気に視界が封じられる。

 

「くっ!」

 

「忍商会サポートアイテム、『ジェットブラスター・機動オン!』」

 

 邪淫は懐からキューブ状の四角形の物体を取り出し、スイッチを押すと、突如として身体にジェット機が纏わりつき装着。

 両舌は邪淫の肌に触れないよう服を鷲掴み、上空を飛び、瞬く間に何処かへと消えゆく。

 

「ケホケホ…霧夜先生!!」

 

「……お前達、取り敢えず飛鳥達と合流するぞ。場合によっては…俺は生徒の安全の確認後、少し席を外す」

 

 一般市民の避難後、伝達として上層部から直ぐに本拠地に来るようにとの指示が出されており、生徒の確認後に東京に戻らなければならない。

 随分と酷な扱いではあるが、忍教師とはいえど仮にも忍社会の住人…致し方ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『此方、綺語道楽…此方も問題ありません。現在滞りなく観察を続けております…其方はどうです?兄貴…?』

 

「嗚呼…問題ない。忍務を終えた今、特急で京都に向かってる。何か分かったら直ぐに連絡しろ」

 

『あ、そう言えば…両舌と邪淫からですが…何やら例の子供の捕獲をする際に忍学生と対峙した模様で…』

 

「…で?ソイツらはどんな奴らだ?」

 

『担任もご一緒だった模様で…半蔵学院とか言う連中だそうですが…兄貴、その…心中察しますが…大丈夫でしょうか?』

 

「ほぉ…半蔵学院か……」

 

 嘘月は連絡用の端末を耳に傾けたまま、片手に持つ太巻きを大きく頬張り喉を通してから

 

「安心しろ――問題ない。ある程度、苦戦するようなら俺が全部片付ける。かぐらの捕獲も、奈楽の処分も、邪魔者の排除も。一応、邪淫を動かせるようにだけはしておけ、ウチの貴重な切り込み特攻隊だ」

 

『へい!分かりました兄貴!ではまた何かあれば連絡を…!』

 

 連絡を終え、端末から電話を切られると、嘘月は赤いスカーフを口元に隠しながら

 

「随分と…ド派手な忍務がやってきやがったな」

 

 大きなバックを肩に担ぎ、面倒そうに溜息を零した。

 

 

 

 




忍兎でブーン!の威力は、大型トラックにぶつかるくらいと聞きました。

邪見「やべえやべえやべえわアイツ、ラリってるわ」


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