タルタロス――特殊拘置所敵収監獄刑務所。
此処に集められた囚人は、一般的な犯罪や少年院、通常の刑務所とは違う国内最高峰の刑務所であり、一度収監されたら二度と外の空気は吸えないとさえ言われ、一生を其処で終える死の拘置所。
殺すことすら生温く、親族に見捨てられ、死刑宣告、将又死ぬことすら許されない者達が集う場所は、正に奈落と呼ぶに相応しいだろう。
厳重なセキリュティに加え個性を発動しようとさえする者の脳波をバイタルチェックし、発動される前に軍事用の機関銃や物理的兵器、レーザーなど非人道的な方法で囚人を殺害するその管理体制のお陰で、脱獄者はゼロ。
内からのみならず、外側からのセキュリティや監視、対戦争軍事用兵器を用いることで外からの情報を始めた脱獄の協力者などの迎撃も万全である。
過去にタルタロス内で試しに個性を発動し脱獄を試みた囚人は後を絶たず、拘置所内で囚人が死ぬことも可笑しくないとさえ言われている。
常にベッドだけしかない殺風景な部屋でモニターに監視をされながら一生を探す囚人は、人ではなく檻に閉じ込められた獣にほぼ近いものだろう。
もちろん、面会をする人間も殆どの物好きでもない限り来るわけもなく、面会でさえも手続きやら何やらで厳重に取り扱われており、最低でも一ヶ月そこらか、アポを取らなければならない。
面会する者がどのような人物かの情報整理は勿論、数多の上層部や警察に審議を通し始めて、面会が可能になるのだ。
当然リスク的な面も考慮した上もあるのだが……
「タルタロスは本来、一般市民は愚かヒーローでさえも面会を断られる場面もあるそうだ。外からの情報を極力避けることも含め、基本的に事情聴取やらでもない限り、私達に通してくれる道理はない」
鈴音先生が先頭として歩きながら、他の六人は足を運び付いてくる。看守は無表情ながらも「変わった者達だな…」と一瞥しながら、周辺警備の人達も見張りとして距離を保ったまま付いて行く。
「成る程ね、この世界は個性という超常社会で成り立ってる訳だもの……その規格や秩序に縛られ、外れてしまった者達が抑圧の反動によって社会を恨み、破壊する者がいても可笑しくないものね。だからこそ、そんな重罪犯を管理する為にもこう言った施設が必要なのね。そんな施設に万が一少しでも情報、或いは脱走のキッカケとなる種を蒔いてしまえば、此処に収監されている死刑囚が世に放たれてしまう…それを防ぐ為も含めて面会さえもしてくれないと。実に結構――徹底されてるわけね」
美怜は興味深そうに回りを見渡し、それこそ小さな子供が玩具や遊園地のアトラクションに目移りするかのような純粋な瞳を輝かせている。こんな死すら生温い、生きることすら許されないような死刑囚が集う場所で愉快そうな顔を浮かばせるのは、美怜くらいだろう。
「ここタルタロスは面会を以っても時間は厳重されてるので…そこは悪しからず」
「そう…それは残念ね………試しに色んな死刑囚ともお話がしたいのに…」
「あ、アンタのそういう向上心って…本当に凄いわよね…死刑囚と話したがるのって美怜くらいじゃない?」
「ありがとう…♪」
「だから褒めてない!」
看守の簡潔に纏めた説明に、美怜は軽く落胆する。
死刑囚なのであれば、別にいつか死ぬ前に雑談を交わしてみたいと思うのは、知的好奇心によるものだろう。
死刑囚がどんな生活を送り、どのような経緯や理由で殺人者になったのか、そもそも何故そこまで人を殺すことに拘るのか、考えてしまうだけで美怜にとっては研究対象として会話を望みたくなってしまうのだ。さしずめそれは、モルモットにどのような薬を与えればどのような効果が生まれるか、というような実験的なように。
「おらぁ!!此処から出せぇ!!早く外へ出してシャバの空気吸わせろおぉおぉぉ!!!」
ガンガン!と突然、囚人が荒ぶった様子で壁を殴り喚いている。近くにいた詠が「きゃっ!?」と可愛らしい声をあげながら、一同は其方の方に意識を傾ける。
「黙ってろ犯罪者!!――おい、囚人番号456932を直ぐに拘束しろ」
「了解。ありゃ確か…血狂いマスキュラー…個性発動なしで分厚い壁を凹ませるとは…」
殺人快楽血狂いマスキュラー。
嘗ては敵連合開闢行動隊のメンバーとして林間合宿にてヒーロー学生やプロヒーロー、そして忍学生の殺害に参入した有名な敵だ。
看守の厳しい声色と同職のメンバーに軽く報告をしながら、死刑囚はセンサーにより反応し、椅子から金属製の拘束牢式に捕まり、無力化させる。
「早く暴れさせろおぉぉ!!血が見てえぇんだよぉおおぉぉ!!血いいぃぃ!!見せろやああぁぁぁあぁぁぁ!!!」
無力化になりながらも、発狂するかのように喉を奮わせ大声で喚く大男に連なるように、他の囚人達も喚き出す。
「うるっせぇぞ!!俺も早く出させろ!!土踏ませろや!!」
「ああぁぁぁ……早く、はやく薬が欲しいぃ…吸わせてくれぇぇ!!」
「もうあれから20年…せめて外に出させてくれよおぉぉ!!」
ある者は機嫌が損ねて怒り出し。
ある者は薬物乱用によって発作が止まらず一生灰色の人生に放置され。
ある者は長い年月に一生同じ変わらぬ生活に精神が狂わされ。
ある者は「やれやれ…」と呆れながら髪を掻く。
「タルタロス…私も初めて足を踏み入れたが……凄いな。蛇女とは違った極悪な空気が流れてる」
「分かっただろう焔、これが私達と奴等の違いだ。同じ悪でも、志や誇りが違えばこうなってしまう。
これも良い機会になるだろう――」
「ええそうね、貴女の言う通りだわ鈴音――彼等はそもそも人間ですらない。人間とは違う…と言えば、忍である私達もそれに該当するのでしょうけど。
彼等はこの窮屈な秩序や社会の常識に外れてしまい、人として生きられなかった者達…さしずめ、人間としての尊厳や誇りを当に捨て、獣であることに欲望の沼に落とされた憐れな存在。
即ち人の姿や形をした、理解しきれない、理解してはいけない悪意の塊は、人の皮を被ったナニカだもの。
快楽主義者にして徹底的なる破壊主義者――彼等彼女等が大いなる被害を生み出した凶悪犯だからこそ、人として扱われないのね」
人として扱われないというのは、忍にとっても敵にとっても同じこと。
忍というのは美怜が言ってた奴隷根性のように、人として見られず鉄砲玉、或いは駒として扱われ、平気で命に危険が及ぶ仕事や暗殺、破壊活動を行う。
一方で敵は己の個性を発動し、快楽や欲望に溺れて犯罪を生み出す。通常であれば、改心する可能性も見込み、刑務所当で管理されてるのだが…生き過ぎた敵は、もはや人でさえ無くなってしまう。
人を傷つける事に喜び、罪悪感すら湧かず、良心もなくせば悪意だけを募らせる、そんなものを人とは呼ばないし、人間に対して大きな無礼でさえある。
そもその話、同じ人間であるのならばこんな不遇にして地獄のような待遇はさせない。
「ふ、ふーん…で、でも!そんな凶悪犯が捕まったってことは、所詮その程度だったってことでしょ?そ、そそ、それなら私達でもどうにかなりそ…「肉めええぇえぇん!!」にゃあぁぁ!?こ、今度は何!?!」
未来が少し余裕そうな態度を見せた矢先から、未来の近くにあった扉から不気味な叫び声が響き渡る。それに驚いた未来は扉の方面に意識を傾ける。
「肉っ!!肉っ!!肉めええぇぇぇぇえええん!!綺麗な肌に血の良さそうな香りをもってそうな肉めぇぇえぇん!仕事!仕事!仕事させてえぇ!!」
体を這いずりながら此方の存在に気付いた死刑囚が、口を大きく開けながら舌でベロベロと扉を舐め回している。
気味の悪い不気味な声色と光景は、見たものに不愉快な感覚を与える。
あれは脱獄死刑囚――ムーンフィッシュ。
嘗てはマスキュラー同様、敵連合開闢行動隊に参入し、爆豪勝己、轟焦凍、美野里をああも容易く追い詰め、ヒーロー学生に忍学生を蹂躙したプロを凌駕する実力者。
殺人に快楽を覚え、欲望に身を溺れ、救いようのない場所にまで堕ちた人ならざる者。
「こ、怖っ!?何よアイツ!!」
「貴女達は同じ悪…とは言ったけど、私達とは違った上の世界にはこんな者達がいるのね。はぁ……死んでも良いような人間がいるのなら、せめて実験体にしたいわね。
中々に良さそうなサンプル体もいそうだけど…」
「美怜ちゃんの発想もその発言も十分に危険だと思うけど…そんな事したら美怜ちゃんまでタルタロスに収監されちゃうわよ?」
「それは困るわ。死にたくはないと言ったけど、此処で収監されるのは生きてるとも呼べないもの。生きながら死んでるという意味では、死にたくないって発言も間違いではないかもしれないけど」
同時にタルタロスに収監されてる者は、人間としての尊厳を捨てた囚人達に人権などない。
自由もない、
権限もない、
快楽もない、
希望もない、
全てに於いて許されない囚人は、生き永らえては死んでいる。そういう意味も含めて、地獄であり奈落と称するのは皮肉が効いている。
「そう言えば、此処に忍が収監される事はないの?」
「嗚呼、最近は敵連合に関わる者は別件として此方に輸送されるか考えてるそうだが…私達の所にも特殊拘束所が存在するそうだ。恐らく其方に行くのだろう…此処でも唯でさえ、凶悪な犯罪者…特にオール・フォー・ワンを始めいつ何が起きるか解ったものでもないからな。なるべく犯罪者は減らして欲しい…というのも、此処での意思だそうだ」
確かに、これ程名のある凶悪敵を収監しているのなら、いつ何処で何が起きるか解ったものではない。
看守からしても何千何万もの囚人を相手に細心の監視とチェックが必要なので、増えるだけ負担だけしか残らないのが事実。
そう言った意味では、忍と敵を両立に監視させるというのは酷すぎる話だ。分別させた方が効率が良いし、一緒くたにさせないのも直感で納得できる。
「儂等も一歩間違えれば、こんな豚箱行きなんやろな」
日影は無感情に浸りながらも、彼方此方で喚く囚人達を一瞥する。
もし自分達が道元の野望通りに動く傀儡であれば、タルタロス行きになっていただろう。
現に蛇女に襲撃した赤脳無、緑脳無に、道元脳無も今此処、タルタロスに収監されてるのだから。
「さて、そろそろ着いたぞ。此処でお前達に頼むのは他でもない…忍商会についての情報聴取を行なって欲しい」
「忍商会…あの、鈴音先生。私達は敵との遭遇経験なんて稀で、全くと言って良いほどに縁がありません…あるとすれば敵連合の死柄木弔を始めた少数の人間…私達と面識があるんですか?」
「何を言う焔、敵連合だけではないだろう?」
鈴音の不敵な笑みに、焔達は眉をひそめる。
美怜に至っては何が何やらといった様子なのは致し方なく、状況が余り呑み込めてないようだ。
「まあ時期に見れば分かるさ――」
そして扉が開かれ、再会を果たす。
「死に場所だぁ?バカ言え、俺はまだ諦めちゃいない……此処から出て必ず、お前らをねじ伏せてやるよ。力づくでもなぁ」
そして現在に至り、伊佐奈…基キュレーターは訝しげと苛立ちに表情を染め上げながら声を荒げる。
「貴女、随分と怨みを買われてるようだけど…知り合い?」
「知り合いも何も、蛇女を乗っ取ろうとした屑だ。コイツのせいで
一体どれほどの犠牲者を生み出した事か」
美怜の問いに、焔もまた苛立ちの表情を浮かべては、額に青筋を浮かばせる。
成る程…忍商会から情報を引き出せというのは伊佐奈のことを示していたのか。
「はっはは!犠牲者ね!それをお前らが言うかぁ!!妖魔には犠牲はつきものだろう?じゃなきゃアイツらが危険視される訳がねぇ。
妖魔の存在なしに忍が語れないのなら、俺のやってる事は何も非道的な事じゃないだろう」
伊佐奈はそんな焔を小馬鹿にでもするように嘲笑い、ギシギシと体を揺らす。
「それで、何をしに来たんだよお前ら。ん?鈴音がいるって事は…あぁ、そうか。概ねソイツに俺を合わせに来たんだろう。じゃなきゃ抜忍のお前ら如きがそう簡単に此処に来る訳ないもんなぁ…?」
「………」
図星。
どうやら腐っても元スポンサーにして出資者をしていた訳ではないようだ。
「ねぇ焔、やっぱアイツから聞き出すなんて無理なんじゃ…」
「単刀直入に聞こう。お前、忍商会と関わりがあるそうじゃないか――奴等は何処にいる」
「んぁ?あー…魔門…ごほん、組織の事ね。ふぅん、成る程…理解した。お前らが次に狙ってるのは忍商会って訳だ。
まさか、あの大規模な闇組織を烏合の衆どもが滅ぼす、なんて夢見てるんじゃねえだろうな」
「ああ、そのまさかさ。知ってるのなら吐いてもらうぞ」
「で、俺がお前らに話す道理はねえだろ。何よりお前らは俺に何をしたか覚えてるか?あ?そんな奴等に話す気が無いことも想像できねえなんて…どんだけ脳みそ腐ってんだ?」
売り言葉に買い言葉。
自分をこんな窮屈で息苦しい拘置所へ入れ込んだ焔紅蓮隊への憎悪は想像を絶するほどで、ましてやこうして惨めな姿を晒されるだけではなく、面と向き合う事でさえこれ以上にない罰なのだから。
「貴女!自分こそ何をしたのか解ってないのですか!?これだから金持ちは…」
「黙れ貧乏人。お前らが大人しく俺の言う通りにさえすれば、お前らが黙って殺されれば、俺は今頃野望を実現できたんだ…!!そうだ、そうだよ…妖魔をばら撒き、金を稼ぎ、名のある敵どもを手駒にできた…それなりの努力も惜しまず手を汚してきたというのに!全部全部テメェらが台無しにしたんだろう?
大人しく情報でも吐き出すかと思ったか?バカが、幾らてめぇら如きの馬の骨が忍商会に敵わないとはいえ、教える訳ないだろ。やっぱりバカとは話が合わねえ」
幾ら敗戦した伊佐奈とはいえ、このタルタロス内では情報を引き出すのは非常に厳しい模様。
もしこれが忍世界であれば拷問するなりして吐き出せたものの、能力使用禁止、況してや近づく事でさえ許されないこのタルタロスでは、存分に情報を引き出すことが厳しくなっていた。
「ねぇ、看守さん。傀儡で吐き出しちゃうことって許される?それとも一発くらいは顔面殴ってもいいでしょう?」
「ダメです――その場合直ちに面会を中止にします」
春花は冷静そうに装いながらも、憤りはどうしても隠せない様子だ。看守は冷静に落ち着かせるべく返答をし、春花は思わず舌打ちをする。
これ以上ボロクソ言われて黙って引き下がるようでは、紅蓮隊の名折れと言うものがある。
「……………ねぇ、貴方。名前、伊佐奈というの?」
と、此処で今まで黙って観察してた美怜が口を開く。
「美怜?」
「あ?なんだこいつ?」
焔も伊佐奈も、首を傾げては眉をひそめる。
「まぁ、私も舟に乗っかった者とはいえ無視するのも後味悪いし…折角の機会だもの。少し私に対談させて?」
焔の表情を伺う美怜に、焔は悩む。
確かに美怜は頭脳明晰であり沈着冷静――反論の余地さえも許さず、誰とでも打ち明けるコミュニケーション能力の高さは賞賛に値する。
しかし、伊佐奈との面識はおろか、情報さえろくに知らない美怜が、果たして情報を引き出せるのだろうか?
そんな疑問を抱きながら、焔は仕方ないと髪を掻く素振りを見せる。
「流石に拷問とか脅しは無理だろうから、それなりに骨が折れそうだけども……」
「まぁ…良いけど、無理はするなよ?」
そう言いながら、焔は一歩下がり、美怜は一歩前に出る。
「初めまして伊佐奈、貴方の事はよく知らないけれど…こうして初対面の死刑囚と対話をするというのは、些か新鮮な気がするわ」
「……お前、リストには見なかったな?紅蓮隊の情報にはお前は見てないし…かと言って蛇女の生徒って訳でもなさそうだ。
となれば、新参者か?へぇ、俺のお誘いは断ってるのに、こんな何処ぞの誰かも知らない馬の骨を仲間にするだなんてな」
「あら、何処ぞの誰かも知らない私をどうして一眼見ただけで馬の骨と判断できるのかしら?私、焔達にも私自身の実力なんて披露した事は一度もないけど?」
「っ……」
伊佐奈の煽りも物怖じせず、感情を取り乱すどころか、面白そうに笑みをこぼしながら反論する。
「もしかして貴方、自分以外の人間は弱いと言いたいのかしら?だと変ね、今の状況と会話の推測からして、貴方は焔達に敗北したのでしょう?それとも敗北してもなお弱小と言いたいのかしら?なら、敗北した貴方はそれ以下で、発言的にも状況的にもどう抗っても貴方が弱者である事に変わりはないのだけど」
「マジで何なんだテメェ…?人の神経を逆撫でするようなガキだな…?」
「あら失礼、でも御免なさいね?貴方の様なプライドが高すぎる化け物には聞くに耐えない真実だったかしら?」
「あ゛ぁ…??」
バケモノ呼ばわりされる事に、ピキピキと青筋を浮かべる伊佐奈は、更に不快感を昂らせる。
詠に続き、この女まで自分を人間扱いせず、見下ろしているのか。
「…ねぇ貴方、忍商会について知ってることを話して貰えるかしら?貴方がどのような関わりをしたのか、忍商会が何処にいるのか…知ってる限りの知識で話してくれればそれで良いのだけど」
「聞いてなかったガキ?俺はお前らに話す道理なんざないって…「ええ、確かに貴方にとって私達は敵であり貴方が嫌悪を示してるのも、対話を望んでないのも見解できるわ」…話が早え、なら…」
「――でも話さない道理もないでしょう?話す道理がない根拠にはならないし、其れは貴方の感情論でしかならないわ」
「なっ…!!」
其処で伊佐奈が始めて見せる焦りと困惑の声色に、美怜は相も変わらず面白おかしそうに笑みを釣り上げる。
「ねぇ…そもそもの話、プライドも関係なく敗者は大人しく腹を割って話をすれば楽だと思うのだけど。何を其処まで頑なにに否定的になるのか、其方の方が理解し難いわ。
犯罪者である貴方に黙秘権なんてあるとでも思ってるのかしら?だとしたら、勘違いするに甚だしいと思わない?此処に収監されてる人の皮を被った獣達に、人権なんて無いのよ」
「忍の駒供が、よく吠えやがるな…?人権だぁ?テメェらみてえに妖魔を、忍同士で争うことしか能も取り柄もないゴミ供が俺を見下すんじゃねえ!!失せやがれ!!」
「でも貴方はその取り柄もないゴミ供にやられてしまったという訳よね?結局、貴方は口を開けば私達よりも下の存在であり底辺を這いずる負け犬と証明してしまってるだけなのだけど。其処のところはちゃんと理解してるかしら。
成る程、確かに貴方もよく吠えてるわね…これが負け犬の遠吠えってやつかしら?ふっふふ♪」
「なっ…!がっ…!!」
伊佐奈は他人を見下ろし、何不自由のない人生を幼少期に歩んできた元御曹司の息子。そして敵組織を立ち上げるものの、解体され忍の上層部としての役割を担っていた。
だからこそ、他人を卑下し見下す伊佐奈など、美怜からすればこの上なく相性は最悪すぎる。
「寧ろ貴方の方がよっぽど負け犬に相応しいわ。普通の人間や私達は、こんな所に閉じ込められていない。
でも今の貴方はどう?惨めな姿を晒し体の自由さえも許されず拘束され、24時間365日永遠と死ぬまで監視をされ檻の中で生きていく…ねぇ、自分が人間ではないことは自覚できてるかしら?貴方にはその認識力が欠けてると今の会話で体感できたと思うけど…どう?身をもって噛み締めた?」
「おああぁぁああぁぁ!!!!!!」
ガシャガシャと体を激しく揺さぶり、拘束を振り解こうとする伊佐奈は、これまでにない感情を暴露させながら悍ましい憤慨の顔立ちで掴みかかろうと体を動かそうとする。
「美怜!あんまり相手を刺激したら「これで良い、順調よ」なに…?」
「おい看守!紅蓮隊は一先ず置いといていい!あのガキをこっちに来させて殺させろ!!!!」
あれほど凶暴に怒り荒れ狂う伊佐奈は初めてだ。看守は厳しい言葉で感圧しながら機械的な拘束をより一層強めていく。
「貴方が楽に情報を吐き出しさえすれば良いと言ったのに、それをしなかった貴方こそ、怒る道理はないのではなくて?寧ろ私が黙って聞いてれば、『大事な家族』を罵倒する貴方こそ此処まで言われることを自覚できなかったのかしら?だとしたら、貴方こそ脳みそが腐ってるとしか言いようがないわ。
其れに貴方、確か前に言ったわよね?『妖魔の存在なしに忍が語れないのなら、俺のやってる事は何も非道的な事じゃないだろう』って。確かに、良かれ悪かれその意見には賛成…忍の存在に妖魔が絡むのはよくある話だものね」
「………何が、言いてえ?」
「なら私たちが忍商会を倒そうとする行動も、非人道的ではないわよね?寧ろ、有益になるわけだもの。貴方が忍目線に存在を語らせるのであれば、忍商会という組織を壊滅させることも忍の存在は語れないのではなくて?」
「…っ!!!」
言葉の裏を掻かれたことに、更に絶句する伊佐奈。
妖魔を生み出し、組織に売りさばき、忍が止める事が存在証明であれば…忍が妖魔を買収した組織を壊滅させるのも自然の理。
「……これで、貴方が話さない道理はどんどん減っていくわけだけど…」
「話すわけねえだろ、クソが」
だが、頑固として譲るわけにはいかない。
そもそも、交渉術という項目で敵から情報を引き出すというのは、警官でさえ殆ど頭を悩ませるものなのだから。
「確かに、お前はバカとは違って頭が回るし、俺の妖魔を組織に売って、それを忍が止まる事で世の中の常識に沿ってた詭弁をぶち壊しやがった――だが、それが分かっただけ。お前らに教えたところで俺にメリットがなければ、デメリットでしかない。そしてお前らにはメリットしかない。
なぁ、嫌な奴にメリットを与えるバカがいないことは、お前でも分かるよな?チビガキ」
メリットとデメリット――有益と負担。
それは、情報を渡すことで相手が得をすること、情報を渡すことで不利益が生じること。
焔紅蓮隊に情報を引き渡すことで、焔達が得をしてしまうというのは気にくわない。かと言って焔達に情報を渡してしまうことで忍商会から何をされるか解ったものではない。
此処がタルタロスとしてどれほどの厳重なセキリュティがあるとはいえ、一部…とある海外では麻薬王奪還の為に難攻不落の脱獄不可能の監獄を襲撃したというケースがある。
必ずしも何が起きるかは、わからないのだ。もし情報を渡して焔紅蓮隊の所為で忍商会に不利や負担が生じてしまえば、恨まれ口封じのために殺されてしまう事もあり得なくはないのだ。
「この後に及んでお前というやつは…「ふ…うっふふふふ…♪確かにそうね、メリットとデメリットを持ってこればそうなるわよね」美怜?」
「幾ら此処、タルタロスが難攻不落の地獄の門と呼ばれる鉄の要塞でも、超常は何が起きるか分からない…だからこそ、デメリットとしては忍商会にとっても貴方にとっても、何かしらの不利益が生じてしまうというのは事実ね。貴方が話したがらないのも、薄々と理解できるわ」
「そうか、なら――「いいえ、関係ないわ。私たちは下がらない」…なんだと?」
それでも引かない美怜に、伊佐奈は目を丸くする。
時間も迫る中、そろそろ厳しい状況下…それでも彼女は笑みを絶やさず冷笑を浮かべている。
一体なんの策があるというのだろうか?
「私たちが情報を引き出し得をするのが私たちのメリット、そして情報を吐くだけで貴方にはメリットがないし、寧ろ忍商会にとって情報を漏らされてしまうというのは、どっちにしろ貴方に目の敵が行ってしまう…タルタロスに襲撃をかましてしまう可能性も考慮し、そして精神的に嫌悪を指し示す私たちがメリットを得るだけでデメリットでしかないと考えると……
貴方にもメリットが出てくることも、ない事もないわ」
その言葉に、焔達や鈴音は勿論、伊佐奈も信じられない顔をする。
「貴方はさっき言ったわよね。私たちでは闇組織を壊滅することは出来ないって。貴方には根拠がどうあれ相当な自信があるのよね?」
「……そうだとしたら?」
「だとしたら良いじゃない私たちに情報を渡しても。私たちが忍商会と対峙して、私たちが敗北して死ぬことは、貴方にとってこれ以上にないメリットだと思わなくて?」
「なっ――」
それは、余りにも衝撃的な言葉だった。
それは、此処にいる全員がただひたすらに驚かされるばかりだっただろう。
「貴方は私たちの事が憎くて許さないのでしょう?貴方は私たちを殺せない…でも、貴方の代わりに忍商会と私たちを会わせて殺し合いをさせ、私達が死ねば貴方にとっては喜ばしいメリットになるのではないかしら?」
「お前、自分の言ってる事が分かってんのか…?態々負け戦をしに行くってような…」
「でも、それはあくまで憶測の話よ。私達が確実に忍商会に負ける保証はないし、かといって私達がその組織に勝つ保証もない…簡潔にいうなら勝機の根拠がないカジノに挑む命の駆け引きという奴ね。でも、確かに状況的には貴方と私たちとでメリットとデメリット…両方が揃ったわ」
これが美怜の狙いだった。
伊佐奈が有益と負担を出してくるのを待ち望んでいたし、想定内でもあった。
伊佐奈にとってデメリットでしかないのなら、交渉術でメリットを作らせれば良い。
更に言えば美怜の言ってる言葉に、間違いは何処にもないのだから。
「…確実なるお前らの敗因が無いんじゃ、メリットにはならねえんじゃねえのか?」
「そればかりは信じてもらわないとね。でも…貴方にとってそんな配慮は無縁ではなくって?貴方、さっき言ったわよね?私たちは馬の骨で、組織を壊滅させることなんてあり得ないって。
貴方が確実なる敗因を求める行為自体、私達が忍商会に勝ってしまうという考えが芽生えてしまってる証拠にもなるのよ?それって、さっき言った言葉はなんら意味をなさなくなるのよ。それは、少なからず私達の実力を認めてしまう事になるのだから」
「こ……の、ガキ……」
だめだ、もうこれ以上後戻りはできない。
まるで人間の体に大きな蛇がゆっくりと巻きつし、品定めされ飲み込もうとするアナコンダのような、捕食される不快な体感を覚えてしまう。
「これは単なる面会でもない、情報徴収でもない…これは、命のやり取りという戦いなの。
さぁ、始めましょう?貴方の思惑が勝つか、私たちの思惑が勝つか――これは、戦えない貴方が忍商会という組織を利用して私達を葬るか、それすらも覆すかの弔い合戦なの」
此処はタルタロスの面会だというのに、まるで美怜と伊佐奈が見えない盤上でチェスでもするかのような光景だ。看守や焔紅蓮隊、鈴音でさえも目を疑うように錯覚してしまう。
「それと此処まで言って敢えて言わないということは、貴方が私たちの実力を認めその脅威性に怯え教えられないと言う事になってしまうのだけれど…貴方がもし、私達が脅威に取るに足らない単なる雑魚ならば、言っても問題ないのではなくて?忍商会からしても、顧客をタルタロスに送った私達に多少なりとも怨みはあるのだろうし、そう考えると貴方にはデメリットがないようにも思えるのだから…。
序でに教えてくれないかしら?こうして自分の手で殺すことも出来ず他人頼りに涙目で悔しそうに指を咥えながら、私達が活躍して毎日朝日を浴びながら生きていく姿を見るのって、どんな気分なのかしら??」
「クソガキがあああぁぁぁぁぁ!!!そこまで死に急ぎテェなら教えてやるよ!!!!死んでも死にきれねえくらいになああぁぁぁ!!!」
こうして、タルタロスの面会を終えた焔達は、バイタルチェックや手持ち検査と言った作業の手続きを終えて難攻不落の特殊拘置所を後にする。
「焔紅蓮隊…特に美怜、お前達には感謝する。お陰である程度忍商会の情報は手に入れた。幸先は良好…これから忍側も対策ができる。本当に良くやったお前たち」
「いえ、私たちは特に…もし美怜がいなかったら情報を引き出すなんて無理でしたから…」
「まぁ、私も生まれて初めて死刑囚と会話できたんだし、何方に転んでも興味深い研究でもあれば、良い体験だったと思うわ」
「本当に美怜ちゃんはよく言ってくれましたわ…♪ふふ…よしよし♪」
「んぶっ…」
賞賛される美怜に、詠は美怜を抱きしめ豊満なる胸を顔に押し付ける。顔に柔らかい巨乳が挟まれ思わず口を閉ざしてしまう。
「ほんと、よく美怜ちゃん初対面の伊佐奈にあそこまで持ち込まれたわね…見てて半分ヒヤヒヤしていたもの」
「アレはね、プライドが高すぎるの。どれだけ真実や善意で垂れ流しても、ああいうのは聞きやしないし、自分のことを最優先にする。だからそのプライドと相手の私欲を敢えて利用し、火をつけたってわけ。相手を批判することで面白い反応が見れたのもあるけど、効果覿面だったようね」
だから美怜は無駄に煽りと批判を浴びせ、伊佐奈の思考能力を怒りで低下させ、確固たるプライドと私欲を利用し情報を引き出した。
まさか初日でいきなり聞き出せるとは、内心そこまで高望みしてなかった鈴音も、感心している。
「交渉術というのも忍にとっては必須なスキルだ。拷問なしでよくぞ彼処まで…」
「まあ半分、伊佐奈という人物に多少なりとも不快感を覚えたから、言い返してあげたまでよ。それに……今なら、何となくベルゼ兄さんの気持ち、理解できるから」
美怜にとって今の家族は焔紅蓮隊であり、伊佐奈にあのように好き勝手に言われて美怜も我慢ならなかった…という点では、美怜も感情というものを理解してきたのだろう。
ベルゼ兄さんがそうだった。
美怜を見た忍が罵詈雑言と汚い言葉を浴びせる事に許せなかったベルゼ兄さんのように、焔達を悪くいう事に放って置けなかった美怜は、やはり姿形は似てなくても兄妹らしさを感じる。
「美怜…あんた…」
「私もお荷物というばかりにはいかないでしょう?役に立てたのならそれはそれで光栄だし悪い気分ではないわね」
「美怜ちゃん…!!今日の夕飯はもやし鍋にしましょう!!」
美怜の頭を撫でながら嬉しそうに語る詠に、春花は指で美怜の頬を突っついたりとしている。
微笑ましい光景に、思わず焔は頬が緩む。
「美怜、お前…成長したな」
「そう?私がどのくらい成長したのか自分ではよく分からないけど…素直に受け止めておくわ」
「今日は本当に感謝するばかり…助かったぞ焔紅蓮隊」
こうして移動手段を用いりながら、タルタロスからどんどんと離れて行く。
僅かな面会時間で、長いような時間感覚ではあったものの、こうして焔紅蓮隊はより結束を固めていく。
京都まで、もう僅かな日数が迫っていた。