光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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めっさ遅くなりました。
日常会話等や他のシーンって、想像はできるけど物語の始まり、つまり冒頭で頭を悩ます人って多いと思うんですよ。特に自分!




210話「まさかの再開」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝――日の出が登り太陽の光と共に、小鳥のさえずりが森の何処からか聞こえてくる。

 焔紅蓮隊の朝は早い。小鳥の鳴き声を目覚まし代わりとして目を覚まし、朝の準備を抜かりなく行う。

 

「んん…」

 

 ふと深い眠りから覚めたかのように、眠たげな目を擦りながら、焔紅蓮隊の年少たる美怜は眠気を何とか推し堪え、枕の上にあった眼鏡を装着する。

 

「あら、お目覚めですか美怜ちゃん?」

 

 既に朝食の準備に取り組んでいる詠は、母親のように明るい笑みを浮かべながら沸騰した鍋から箸で茹でた野草を皿に乗せていく。どうやら焔も日影も、未来も春花も起きているようだ。

 

「貴女達、随分と早いのね……今何時かしら…」

 

「この時間帯は朝の5時半、私たちは兎も角、美怜ちゃんは少し厳しかったですか?焔ちゃん達は朝からランニングや軽いトレーニングをしてますし…美怜ちゃんを起こさないようにと気遣ってくれてたんですよ?」

 

「起きて早々に体力を発散させるなんて……随分と脳筋なのね………起こされてやれと命令されても嫌だと断固拒否させて貰うけれど」

 

「あはは……美怜ちゃんは体を動かすのは苦手ですか…?」

 

「体を過激に動かせたりするのは苦手なのよ…健康管理として走るのは体に良いと聞くし、そういう目標があるのなら無理しない程度に行えるけど…生憎此方は長年インドア派で身体を動かす暇があれば本を読んで知識を深めていたものでね、体育会系との相性は悪いと思うわ」

 

 思うというよりほぼ確実と断言しても良いだろう。

 美怜は愛読家――体を動かすより知識を得ることが有意義だと思っている。

 何だったら、なぜこんな事までする必要性があるのかと質問を投げかける位だ。

 

「詠は調理担当だから、無理に付き合わなくても良かったのかしら?」

 

「無理だなんてそんな…私も焔紅蓮隊の一員として怠ける訳にはいきませんし、その分の努力は惜しまないつもりですわ♪」

 

「ふぅん……貴女は焔のような脳筋と言うよりも、努力家なのね。余計なお節介焼きが大好きな、無駄に世話焼き上手で苦労性を抱え込むお人好しの努力家…と言ったところかしら?」

 

「お節介焼き…でしょうか?と言うよりも随分とした言いようですわね……」

 

「妖魔であるベルゼ兄さんでさえも受け入れようとしたり、敵対同士である兄妹を倒したくないだなんて…お節介焼きやお人好し以外になんて言葉が当てはまるのかしらね?ふふっ…幾ら上層部の言うことが絶対とはいえ、忍務に私情を挟み、あの場で兄さんを倒したくないだなんて、かなり異質だわ…」

 

「…私達は元悪忍であり抜忍とはいえ、忍としての志は捨てていないですし、かと言って何者にも縛られる気はありませんわ。其れは美怜ちゃんもご存知でしょう?」

 

「ええ、そうね。だからこそ私は此処に居る…寧ろ其れで良いわ。それが、貴女だものね詠」

 

 洗い物も終わり、調理も終えた詠に美怜は語らいながら冷笑を浮かべる。

 詠は何処か美怜と似てる部分が多い。

 性格や思考はさておき金髪といった外見的容姿や、誰にも縛られず己の意思や自由に忠実、志を持ち歩むべき道に進む。

 そして詠と同じく案外食欲が旺盛だったり、笑顔とは真逆のドス黒いナニカ、意外とパワータイプな事も、毒舌にして饒舌な口振りも、彼女二人はとても似ている。

 詠に限った話ではなく、春花との共通点も多かったり、日影のように感情表現が苦手、相手の感情や心理を読み取る点も苦手な場面も存在するため、案外焔紅蓮隊達の個性が寄り集まったような少女なのだ。

 

「まぁ暗い話はやめて、ご飯の支度をしましょう!そろそろ焔さん達が帰って来る頃でしょうし」

 

「今の何処が暗い話なのかはよく分からないけれど…まぁ良いわ。丁度食事が出来上がったのだし。……ところで、詠が持ってるその透明色の箱は何かしら?」

 

「ああ、これは貧民街の方々への配給物ですわ。食べれる野草は沢山あるので食材の費用は気にしなくても済みますし、これでも足りない方ですが…」

 

「ひんみんがいの…?どうしてまた?」

 

「貧民街は私の生まれ育った故郷なのもありますし、沢山の方々から恵まれ救われたのです!それに、貧民街には食料すら手に入れる事が難しく、飢えに苦しむ子供達もいますの…最近はバイト三昧でまともに支給できなかったので、久々にと…」

 

「…それは、貴女が故郷に恩返しをしたい気持ちも含まれてるのでしょうけど、それをする義務が貴女に課せられてるのかしら。

 そもそも、詠にとってその子供達とは何かしら関係があるの?血縁?それとも友人がいるのかしら?」

 

「いえ、そう言う訳では…」

 

「だとしたら何故、そこまで見知らぬ他人の為に善意を尽くすのか…益々不可解だわ。食料だって有限、他人に渡すよりも自分達が独占する方が遥かに生き延びやすくなると思うけれど?」

 

「……美怜ちゃんには分からないかもしれませんが、貧民街の人達は皆んな過酷な環境に身を置かれ、誰にも手を差し伸べられず蔑まされ、ひもじい思いをして生きているんです。

 ですから、同じ境遇者である私にとって見捨てるなんて真似は出来ないんですよ」

 

 詠にとって貧民街とは、言うなれば故郷であり何もなかった自分に親切にしてくれた救いの場でもある。

 昔は孤児院などにも通ってはいたのだが、嘗て自分にあそこまで優しくしてくれた恩者の為にも、こうして慈善活動をしているのだ。

 それで少しでも、恵まれない者達が救われるのなら、自分の身も安いものだと。

 

「ふぅん…それは貴女の言うエゴなのかしら。利益など齎さない無意味に等しい行動のようなものを感じ取れるけれど、其れが貴女のしたいことであり其れで得をするのなら、良いのかしらね。何にせよ、貴女の性根は余計なお節介を焼くのが好きだものね。詠のその行動のお陰で私が生きていられる…受け入れられてると考えると、荒唐無稽な貴女の行動も、強ち間違いと否定するのは浅はかではあるわね。まぁ、何にせよ私達に迷惑が掛からない程度なら問題視されないし、良いんじゃない?やはり私にはよく分からない心境だわ」

 

「そうですわ!今度貧民街に行きましょう!美怜さんもきっと、考えを改めてくれますわ!」

 

「考えが改まるかどうかはさておき…」

 

「おーいお前ら、今戻ったぞ!」

 

 などと会話をしてるのも束の間、洞窟の入り口から焔の声が耳朶を打つ。

 振り向くと、汗水垂らしながら爽快そうにしてる焔が帰ってきた。後ろから空腹で倒れそうな未来、クールに無表情で淡々とペットボトルの水を飲む日影、タオルで汗を拭きながら一呼吸する春花、何方も訓練から戻ってきた様子だ。

 

「あら皆様、お帰りなさいませ、朝食が出来たところですわ♪」

 

「やったぁ…!もうお腹ペコペコだよぉ…早く詠お姉ちゃんの料理食べたーい!!」

 

「あら美怜ちゃん起きてたのね。どう?昨日はよく眠れた?」

 

「ええ、思ったよりも。それにしても貴女達はよくこんな朝早くから体を動かせるわね」

 

「どうだ美怜?お前も紅蓮隊の一員なんだし、これからトレーニングでも始めるか?」

 

「結構よ、私は体を動かすだなんて柄なタイプじゃないもの。ある程度、パフォーマンスや体の動き方さえ学べば上々だから」

 

「それだと儂のようなタイプやな」

 

 帰って早々に会話が弾み、賑やかになる。普段もそれほど静かというものではないのだが、一人仲間が増えたというだけで、やはり環境と共にコミュニケーションも増える。

 特に美怜は誰にでも壁を隔てることなく会話を深めるタイプなので、こうして騒がしくなるほどに賑やかしくなるのは必然なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 それから軽い談笑を交わしながらの食事は、有意義であり愉快な気分だった。朝食は相も変わらず野草のお浸しに野草で出汁をとったスープなど、野草づくしだった。

 野草ばかり出る食卓に、美怜は「肉や魚は?」との事から、詠から「贅沢過ぎます!」とのことで、それに対する美怜は「何処が贅沢なのか具体的な話を…」などから会話がエスカレートし、今となってはあの詠が頭を抱え込んでいる。

 

「で、ですから!お肉や魚といった食物は高価なものでありまして…!!もやしでさえご馳走なんですよ!?最近はもやしの値段でさえ上がっているのです!もやしだけなんです、庶民の味方は!」

 

「でもそれは貴女の価値観よね?寧ろ肉や魚は人体の血や骨となり力の源になるのよ?確かに此処の環境を鑑みた辺り、金銭的な余裕がないのも野草ばかりが出るのは納得したわ。

 けれども、だからと言って野草と言ったものばかりでは体は改善されず、肉体的にも栄養的にも失調を引き起こすことだってありうるのよ?そのせいで戦いで本来の実力を発揮できず、死んでしまったなんて話になったら、責任は取れるのかしら?」

 

「それは只の言い逃れに過ぎません!良いですか?私は貧民街でも小さい頃から贅沢などせず、野草やもやしだけで今こうして生きており…」

 

「貴女が体験したからと言って皆がそうなるとは限らないわ。それなら野草やもやしと言ったアレルギー反応を持つ人間がいたら同じことを言えるの?

 贅沢などせずといえば、そこに妖魔も入らなければ可笑しいわね?妖魔も私からすれば食べ物にもなるから、貴女達も妖魔の血肉を貪り、贅沢をしないようにしなければいけなくなるけど」

 

「それとこれとは話が別ですわ!!?それに美怜さんがイレギュラーなだけであって!」

 

「あら、貴女も大概イレギュラーよ?況してや幼少期に空腹を凌ぐ為に土を食べてお腹を壊したなんて、逆に病気を貰わないだけ頑丈だと思うけど?

 そもそも平等性と貴女の言う価値観を照らし合わせれば何ら不変はないし、話を別とするのなら私達は肉や魚を食す権利はあるわよね?何にせよ、貴女と私と他の子達とではお腹の造りが違うものね。貴女が言うのを簡潔にまとめれば…『私は野草食生活出来たのだから皆んなもそうしろ』と押し付けてる様にも見えるけど…」

 

「ぬううぅぅわああぁぁぁぁああぁぁぁーーーーー!!!あ、ああ、あんまりですわああぁぁぁああぁあああぁぁ!!!!」

 

 あの詠が半泣きしながら頭を抱え込んで喚いてる。こんな言い合いで負かされた詠は生まれて初めてみた。美怜はそのまま綺麗に平らげた後、湯気が立った野草のお茶をズズズと啜る。

 

「詠お姉ちゃんが泣いてる!?」

 

「日影さん…未来さん……贅沢って…何なのでしょうか…?」

 

「あかん、詠さんが壊れてきてる。美怜さんちと言い過ぎやで」

 

「?私は事実を述べたまでよ?それより話は続くわよ。そもそももやしが庶民の味方という定義について…」

 

「美怜ちゃんって、やっぱり私と似てるというか…絶対にS寄りね……これ以上オーバーキルしないの」

 

「?おーばーきる、とは何かしら?未来のいうネット用語というやつ?」

 

「そ、そーだ!朝食も終えたことだし訓練でもするか!!」

 

 

 これ以上この空気はマズイと判断した焔は、リーダーとしても役を立つべく考案する。

 美怜は確かに誰とでも馴染みやすいとは言った…然し其れは良くも悪くも存在する。ぶっちゃけ美怜はどちらかといえば秘立蛇女子学園の選抜補欠メンバー、芦屋と同じく会話になると何かしらのトラブルを招き起こす要因にもなる。昨夜のように彼女の知将っぷりは感嘆を通り越して頼もしさを感じてはいるのだが、こうして話し合いになると喧嘩や言い争いになってしまうのである。

 芦屋と違う点があるとすれば、美怜は悔しいことに真実であり間違ったことを言ってるわけではないのだが、芦屋は単に胡散臭い宗教の話をして訳のわからない地雷を踏んでしまうからである。

 そう言った意味では、芦屋より美怜の方がかなり厄介な気もする。

 

「………貴女は戦うことだけでは物足りず、暇があれば訓練と…どこまで脳が筋肉で侵されてるのかしら」

 

「何だと!?暇があれば修行する事に何が悪いんだ…?!」

 

「その思考自体が既に脳筋のそれと同じと言ってるの…はぁ、悪いけれど私はそう言った類に興味はないの。そもそも訓練を経てどのような効果を得られたというの?そもそも訓練の内容は?」

 

「効果はあるさ!例えば48時間火渡りレースとかで熱による耐性が身についたし、蛇女に居た頃は水遁の術を500時間もやらされたり…」

 

「効果は愚か、時間さえ無駄にする生産性の薄い訓練ね。益々興醒めしてきたのだけれど…」

 

 特に焔と美怜は正反対な部分が色濃く出ている。

 考える暇があるのなら訓練に慎む焔

 訓練する暇があるのなら研究に慎む美怜

 相反する思考と性格は、正しく熱と冷という温度差を表現している。何方も欠かせないものではあるが、訓練が嫌いと言う美怜の主張は何処か蛇女選抜の引きこもりを連想させる。

 

「ていうか、アンタは戦えるの?自分のこと忍だって言ってたけど…」

 

「試しにこの大鎌で貴女の首を刈って見ましょうか?」

 

「ちょっ!?嘘でしょ!?!」

 

「あら、冗談よ?」

 

「やっぱりアンタって可愛くない!!」

 

 美怜は武器格納庫に閉まってあった黒とピンクの色合わせた大鎌を持ち、未来の首に触れる。美怜曰く、あの家でもしベルゼ兄さんが居ない時に侵入者と出くわした際に護身用として持たせていた忍武器だ。

 重量感は詠の大剣と同じで、何方かと言うと見かけによらずパワーファイターな部分が色濃く出ており、敵連合の抜忍・鎌倉や死塾月閃女学館の四季も武器は鎌を扱っている。

 美怜が言うと冗談が本気で聞こえたりするので、分かりづらい。

 

「でも武器を持ってるって事は、忍と闘ってたりしたの?」

 

「いいえ、私は生まれて一度も戦った事ないわ。何やかんやと、ベルゼ兄さんがやってくれたから。尤も、私の場合は観察を得意とするし。中にはいつの間にか死んでた忍もいたわ」

 

 その侵入者である忍達が、抵抗もしない美怜を傷つけられなかった事自体が驚きでもあるものの、彼女自身が生まれて一度も戦ったことが無いのであれば、この先不安が残らないといえば嘘になる。

 焔自身、たしかに守るとは言った――然し其れはあくまで自身の範囲内にいる場合と、仲間が危険に晒された時にのみ。

 永遠に庇い守り続けるほど焔もお人好しではない。自衛の身を身に付けるためにも、やはり訓練は必要不可欠なようにも見える。

 

「美怜、今の話を聞いた限りだとやはりお前には訓練をしなくちゃいけないと益々感じさせられるのだが…」

 

「絶対にしない――とも言わないけど。私はまだ貴女達のことをよく知らないの…入って早々にいきなり過激な訓練をさせ、死んでしまっては元も子もなくってよ?

 お生憎…私はまだ、死にたくないの」

 

「死なない為にも最低限の努力は必要だろう?やはり此処は焔流訓練の…」

 

「そもそも死なない為の最低限の努力が必要であれば、何も訓練だけじゃなくても良いわよね?そこまで貴女が肉体労働を強いることへの拘りがイマイチ理解不可解なのだけれど」

 

「理解なんてしなくて良い!訓練を通せば分かる!」

 

「貴女はまずコミュニケーションを磨くことをオススメするわ。ほら、頑固で硬い節を磨ぎほぐしてこれでも読みなさいな」

 

「…なぁ美怜、喧嘩売ってるのか?誰が『言語を学ぼう!』だなんてこんな年頃に読むと思う?」

 

「ふふ、失礼。でも貴女はまず対話をもっと励んで行った方が賢明よ?話し合いを通すことで、学ぶ事も知識を得ることも、そして敵の戦闘力や情報を仕入れる事だって可能だもの。そう考えると、此方の方が平和的じゃなくて?」

 

「こらこら、焔ちゃんに美怜ちゃんもそんなに熱くならない」

 

 口を開けば時に口喧嘩になってしまうのも、美怜が来てからの影響が大きいだろう。と言うか、美怜が無意識に地雷を踏んでるようにも見えなくもない。

 それを本人は悪しきとも思わず、面白がってるのだから何方かと言うと彼女なりに面白半分で相手を怒らせてる事が多いだろう。勿論、無意識ではなく意図的に。彼女の性格からして、相手の反応を見るのが楽しいからというのが妥当である。

 

「思った以上に堅物なのね、焔」

 

「詠に負けずの毒舌だなぁ?よし、美怜には今度滝修行に重りを付けよう」

 

「初心者殺しにも程があると思うけど?」

 

 勿論突っ込みも欠かせない。然しながら、焔からして美怜は忍としての才覚はあると見込んでいる。

 焔達の意識を掻い潜るかのような忍込みや、相手の裏を掻い潜る頭脳明晰さ、焔をも簡単に拘束する単純なパワー、そう言った意味では美怜は悪忍寄りでもあり、潜在能力を秘めている。本人が能力を飛躍的に引き延ばそうとしない無気力さが焔としては残念な気持ちであるが……

 

 

「お前達、相変わらず様子は変わらないみたいだな――」

 

 

 瞬間、凛とした声色が六人の耳を打つ。

 聞き慣れた声に五人は反射的に意識を声主の方向に振り向ける。

 

 

『鈴音先生!!』

 

 

 五人は馴染みのある恩師に顔色を輝かせる。再会したのが昨日とはいえど、やはり嘗ての教師と会えるというのは喜ばしい気持ちになれる。

 

「…ふぅん、あの人が例の」

 

 昨日の話で薄々と彼女の事に触れてた美怜は、淡々とはしているものの、多少興味深そうに見つめている。

 焔達を此処まで育て上げたのが彼女であれば、その腕っ節は相当なものと想像は安易が付くことが出来る。

 

「昨日の連絡で失敗に終わったと聞いたし、内容は簡潔に聞いたが…お前が噂の妖魔と関わっていた謎の少女……か」

 

「お初目にかかりどうも。私は美怜――とは言っても、貴女からして焔に連絡が行き届いてるのなら、名乗る必要もなかったかしら」

 

 初めての対面に、鈴音先生は不思議そうに美怜を見つめる。こんな幼い子供…とは言っても未来と同じくらいなのだろうが、妖魔によく襲われずに生きていられたものだと改めて感じる。

 対する美怜自身は特に動じる事も特別な感情を抱く事なく、冷笑を浮かべている。

 

「紹介するよ美怜、この人が私達を育て上げた元担任の教師だ」

 

「美怜…と言ったか。焔からの話によれば、妖魔を使役せずとも同類と見られ襲われずに生き延びられていた事、奇跡と呼んでも過言ではないその事実は耳をも疑う事実ではあるが……まさか、焔自身からこの子を保護するだなんて聞いた時は、流石に度肝を抜かされたぞ。何がともあれ、お前が黒ではない事は承知した。然しながら、抜忍としての道のりは険しいぞ?それでも、お前は生きていけるか?」

 

 美怜の捕獲忍務失敗は、既に上層部の耳にも届いており、報酬金はなし。更に情報提供はほぼない事になってある。美怜曰くあの家の情報はなるべく隠密にして欲しいとの懇願であり、鈴音先生自身も焔達の全ては聞かされていない。

 

「あら、世の中の厳しさなんて現実的に鑑みて弱肉強食と大差ないと思うけど?社会においても、今にとっても、野生的であり環境の違いがあるだけで、生きるという事自体の道のりは険しくとも神秘的だと思うけれど。

 それとも、こんな見ず知らずの私を心配するだなんて…貴女もお人好しなのかしら?」

 

「ちょっ!美怜!!幾らアンタが口悪いからって鈴音先生に失礼でしょ…!!」

 

「…今のどこをどう失礼だと思うのか説明をお願いしたいのだけど」

 

 未来の注意も美怜は小首を傾げながら無表情で淡々と物語る。やはり、相手が誰であっても自分のペースを乱さないという点は、マイペースさに尊敬さえも覚えてしまうが…鈴音先生は案外機嫌は損ねていないようだ。

 

「ふっ…初対面にしては随分と哲学的に語るのだな。その減らず口が出てくる様子だと、大丈夫そうではあるな」

 

 だが美怜の態度に対し不機嫌そうな顔は見せず、寧ろ安心そうなのを見た限り、嘗ての蛇女に在籍していた焔や、妖魔への復讐心で満ち足りてた雅緋を連想させたのだろう。

 

「然し、焔紅蓮隊よ。上層部曰く美怜の捕獲失敗及び引き渡さないという点に於いて、お前達の評価と信頼は落ちえながらも、多少なりマークはされるようだ。

 妖魔と関わりが深い少女と何かしら手を組み悪さをしないかを測るためらしい。まぁ、忍務失敗により命を落とさないというだけまだマシな方だろう」

 

「ふぅん…たった一度の失敗だけで忍を始末するだなんて、随分と酷なのね忍という存在は…」

 

「それが忍の掟だ。忍務の失敗は死を意味表す。それこそ忍の背負いし業であり、宿命……だからこそ、常に命懸けで挑めばならんのだ」

 

「でもそれって忍だからと拘る必要性なんてあるのかしら。寧ろ忍の数は限られてるし、態々使い捨ての駒どころか燃費も悪いよう扱い方は、流石に無能とでしか呼べないけど。

 それに命懸けですって?ふふ、死に急ぐ…の、間違いではなくって?」

 

「美怜……」

 

 鈴音の忍の掟や在り方に、美怜は鼻で笑い飛ばす。

 美怜のこの様子…昨夜の忍に対する考え方や信頼のなさ、真相を探るような目付きと一緒だ。

 

「…余り調子に乗らない方が良いぞ。お前が納得するもしないも勝手だが、上層部の怒りを買えば、標的となり死を急ぐ結果となる。痛い目に遭うどころか、火傷では済まさないかもしれないぞ?」

 

「あら、竃に焚べられるのは何方かしらね?寧ろ標的にされるようなことを指し示す上も相当な問題があると思うけど…それこそ、態とらしいように」

 

 鈴音先生も決して上層部の言いなりとはいわないが、忍の現実を誰よりも噛み締めてる鈴音からして、美怜の考えはあまり良く思わないのだろう。だが美怜はそんな彼女のことなど気にもせず、売り言葉に買い言葉だ。

 

「まぁ、何にせよ私達の評価が地に落ちても、また登り詰めれば良い。それだけのことです。

 それに美怜からも教えられましたから…評価や結果だけでは私たちの経験に得などしない…と」

 

 もし美怜を上層部に売ってしまえば、確かに報酬と共にそれなりの名声を馳せてはいただろう。

 

 然し其処に誇りはあるのだろうか?

 決して後悔などしないだろうか?

 胸を張って焔紅蓮隊として生きていけるだろうか?

 

 そんな迷いの中、美怜とベルゼ兄さんという奇妙奇天烈な兄妹が教えてくれた。言葉ではなく、心で。

 ベルゼは例え自分の身が危険に晒されようと、終わりが見えていても、決して妹を売らず、妖魔だろうと人間だろうと関係なく、己の意思を貫いてみせた。

 己の意思に、傲慢だった。

 ならば、自分達も考えた意思によって傲慢であるべきだろうと。それが例え忍の世界からでは間違いだと見えたとしても、自身が決めた決意を、曲げる理由にはならないと。

 

 だからこそ、評価が落ちようと上層部から危険視されようと、予め予想は出来ていたし、想定内の反応だと淡々に思えた。

 

「…随分と成長したなお前達。忍の世界では評価や結果が全て――だが、抜忍でありながらカグラとしても善忍や悪忍と同じく妖魔を倒すという使命を忘れずに志すお前達は、常に自分が正しいと判断した意思に、行動を取れば良い」

 

「鈴音先生…妖魔についてなんですが…「ええそうね、自分の意思で行動する。その事に関しては概ね賛成ね」美怜…」

 

 焔の言葉を遮るように、美怜は発言しながらも袖を掴む。一瞬、此方を一瞥し口角を釣り上げる。

 その様子を見た焔はハッと気づかされ、昨夜のことを思い出す。

 

『これは二人だけの内緒にしておきましょう…?』

 

 二人だけしか話してない情報を、他者に漏らさないという約束。それを思い出した焔は固唾を飲みながら「いえ、何でもないです」と口を閉ざす。

 

「私は忍の活動は停止した身…教師として生徒達に教授する事やサポートをする事しか出来ない私だが…それでも、教え子達であるお前達ならできるさ」

 

「そう言えば貴女、教師だったわね。それなら座学として貴女から知識を得ることは有意義な時間が作れるわね。抜忍という状況下でなければ、教え子になりたいくらいだけれども」

 

「ある程度の知識はまた今度教えるさ……それともう一つ、焔達にどうしても同行して欲しいことがある」

 

「…?何でしょう?」

 

 鈴音の申し出に、焔達は小首を傾げる。

 忍務失敗の通達だけでなく、他に何か用があるとして、それが何を指し示すのか…将又忍務でも来たのだろうか?

 

「忍務ではないのだが、前々から事情聴取をしたい者がいてな。お前達も一応関係者でもあるし、私たち蛇女や他の忍学校も、忍商会についての行方を追っている」

 

「忍商会…聞いたことが…」

 

「通行手段は整えてある。付いて来い、お前達も行って損はないだろうし、次に行けるのは何ヶ月か、最悪一年は掛かる」

 

「んぇっと、面会的なの?事情聴取って忍の専門分野だけど、態々私たちが呼ばれるって事は、何処にいくんですか?」

 

 未来の純粋な疑問に、鈴音は小さく口を開いた。

 

 

「脱獄不可能、処刑囚が集まり収監される監獄――タルタロスだ」

 

 

「タルタロス…!!」

 

 その名を聞いた五人は、険しい顔立ちになる。

 噂だけしか聞いてないが、彼処に集まるのは悪忍すらも生温い罪人達が収監される監獄であり、死んでも可笑しくない、親族すら見放された極悪人が集う場所。

 いつ死んでも可笑しくはないし、面会すら厳しくセキュリティも厳重、監視塔や軍事に纏わる対人用兵器も備わっており、外部からの情報を極力遮断してる事から、正に難攻不落であり脱獄不可能、二度と帰ることも出来ないことから奈落の意味が込められている地獄の門だ。

 そんな場所に一体何をしにいくのだろう…

 

「タルタロス、神話では奈落という神の名を冠するものね。その囚人達やらが収監される所に呼ばれるなんて…貴女達、やっぱり面白いわ…」

 

「いや、心当たりなんてないんだが…」

 

「付いて来い。上層部にも既に通してあるし、タルタロスとて時間は厳重されている。私が直々になってこうして出迎えたのもその為…直ぐに行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから通行手段を用いて小一時間後、橋を除いて海だけが監獄周辺を覆う孤島。タルタロスへと足を踏み入れ手続きを行い、透明なガラスで覆われた面会室へと向かう。焔達が足を踏み入れたその場所に、囚人番号790090と記された囚人が車椅子ごと厳重に体を拘束され、待ち構えていた。

 

「おいおい、こりゃ一体全体何のつもりだ、あ?只でさえ精神的に発狂するような豚箱に閉じ込められて、面会があると言われてされるがままにしてみれば、とんでもねぇ嫌がらせじゃねえか」

 

 嫌味ったらしく、それこそ嫌悪を示すような罵倒を吐き捨てる男の声に、焔は瞬時に理解した。

 勿論、五人の顔色は険しくもなるし正直、二度と逢いたくなどないとさえ心の底から思っているほどに。

 

 

 

「また、こんな所で会うなんてな。お前には丁度いい死に場所じゃないか――伊佐奈」

 

 

 ガラス越しに映る懐かしき因縁の敵――其れは嘗て母校を支配し、剰え私欲に溺れた、救いようのない悪の中の悪。顔の半分が鯨という異形な姿を曝け出し、鼻の上には炎月花で刻まれた一線の傷跡と火傷痕を残した、伊佐奈だった。

 

 

 





本誌読者の人は熱狂するであろうラストシーンです。


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