光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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今年で最後の投稿です。
なので先に言っておくと、来年も私の小説を宜しくお願いします!という事です。
インターン編が終わってから順調に投稿が進んでるのも、ここまで諦めずに小説を投稿続けられるのも、読者や感想があってこそ。
これからもこの小説諸共、来年も宜しくお願いします!あ、なんか来年から的な発言してますが、感想では普通に今年に送ってくれて大丈夫なんで、はい。そういう心配はしなくてもいいので。



207話「守るために…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖魔に育てられた少女は、妖魔の巣にいた。

 赤ん坊の頃――布で覆われた状態で、美怜という名前が記された名前の紙が添えられ、ポツリと転がるように少女は妖魔の巣にいた。

 

 魑魅魍魎とした妖魔が徘徊する巣の中で、四足歩行で右往左往這いずる赤ん坊は、訳が分からず暗闇を彷徨う。

 唯でさえ赤ん坊が、生身の子供が化け物の巣窟に居るだけで、悍ましさ故に受け入れ難い現実であろう――少女は妖魔に襲われる事無く、這いずり回っていた。

 それだけでも、生存さえ奇跡と呼ばれるこの状況は、奇跡以外にどの様な言葉がお似合いか。

 

「うー…あー…?」

 

「…ウギ?」

 

 そして、少女は妖魔と出逢う――暗闇を歩み回りながら、この妖魔の巣の支配者である、名も無き妖魔に。

 其れは後にベルゼ兄さんと呼ばれ、赤ん坊との奇妙な兄妹物語が誕生するのは、また先の話だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ーーーーーッッッ!!!!!」

 

 空気を、大地を震わす雄叫びは鳴り止まない。鼓膜が破けそうな咆哮に、暴れ狂うベルゼとの闘いは正しく嵐の中で強敵と戦うのと一緒だ。

 戦況は余り喜ばしくない。何方かと言うとチマチマと微弱なダメージを与え、防戦一方に近い死への回避の試行錯誤、ほぼ体力を削る行為に等しいだろう。

 燃費も悪く、オマケに体力が底をついてしまえば死を迎え、後は負の連鎖が続く様にチームは崩壊。

 

 荒れ狂う衝撃波

 耳障りな雄叫び

 暴食の時間

 

 この三大要素が今の現状を物語るのは言うまでもなく、況してや通常の妖魔とは違って、再生能力も優れてるベルゼは、屈指の実力を誇る妖魔だ。

 焔の炎も、日影の毒も、春花の放つ試験管の中に入った液体も、ドス黒い闇が触れるだけで捕食される様に消えてしまう。

 ベルゼの能力――【暴食ノ時間ダヨ】は、この戦況を一気に不利にさせる。

 忍にとって遁術…謂わば属性とは優れた武器にして料理でいう調味料。

 遁術を駆使した忍術の殆どが秘伝忍法として扱われ、其れ等を得意とする忍は、危機的な状況を打破する為にある必殺技とも言える。そのたった今、危険的な状況下で其れを無効にしてしまうのであれば、詰みになってしまうのは子供でも推測は容易い。

 

 だが…それでも食い繋ぎ、秘伝忍法なしでも抗えてるのは……自身の戦闘スタイルは勿論のこと、己の忍術を自在に、そして忍術なしの修行訓練も積んでいたからである。

 そもそも森の奥深く、洞窟暮らしをしてる焔達は自然の厳しさにも耐え抜いてるからか、割と秘伝動物の能力を活かしてることも多い。

 

「私と未来さんの秘伝忍法は通じます!そのまま火力攻め致しますわ!」

 

「絶対にギタギタにしてやるんだから!!」

 

 秘伝忍法――【ニヴルヘイム】に【ヴァルキューレ】は遠距離射撃の爆撃特化が優れ、主に視覚の乱れや火薬による嗅覚の錯乱、衝撃による体の自由への抵抗、反撃の余地を与えないという点は有利だろう。ベルゼの身体にダメージを与え続けてる点では、二人の行動はとても優秀な働きをしている。

 現に詠と未来の此の秘伝忍法には遁術はなく、無属性のままでベルゼに大打撃を与えれる。それでも無尽蔵のように蓄えてる体力を削るにしては、いつ底が付くのか計り知れない。

 時間が延々と続くような、同じ作業に秘伝南方による長時間の使用に身体が痺れるような、筋肉に悲鳴が走る。だが、紅蓮隊が戦いを続けている時、変化が起きる。

 

「ウグォ…ッ!?」

 

 バキィン――とガラスが破裂したような音が鳴る。それと同時にベルゼの口から僅かながら悲鳴のような、初めて聞く苦痛が漏れた。

 見れば、腕や肩の何ともなかった黒い肌は、血と筋肉繊維が露出されており、肩にはオレンジ色の球体が、腕には禍々しく開いた人間の口が現れる。

 

「ッ…!?なんだ、アレは…?!」

 

 焔は目を丸くしながら、ベルゼの身体に起きた異変に素っ頓狂な声をあげる。

 血飛沫を迸りながら出血し現れた傷口、オレンジ色の球体は今も脈拍のように鼓動し、破けた腕の皮膚からは口がまごまごと動いてる。まるで忍転身が破られた際に本当の自分の姿を映し出すように、ベルゼ本来の姿が曝け出したかのような…尤も、今までの妖魔には見られない現象だった。

 しかも、驚くべきことに破壊された部位は再生することなく、そのまま深刻にダメージを負っていく。

 

「ベルゼ兄さんが…初めて傷を…?」

 

 これには妹の美怜も驚嘆を隠せなかった。

 まるで初めて見るかのように、美怜は遠くながら兄の傷口を凝視する。ベルゼの本来の姿形、そして再生機能が働かず部位破壊されたまま元に戻らない事に対し、美怜は自分の知ってる妖魔の生態系に、新たな謎が生まれる。

 本来、妖魔とは再生機能を備えており、其れは超人の治癒力の何倍もの効果があると捉えていた。人間にも傷を負えば自然治癒をする様に、妖魔にとっては人間の比にならないレベルでの細胞分裂を繰り返し、失われた部位や組織を修復する機能を持つと仮設していた。現に資料にもそう生態系が書かれていたし、ベルゼは通常の妖魔より異端であり――妖魔の巣を支配し、上位に属する妖魔。

 上位級なのである。

 だからこそ、再生機能も身体能力も通常とは比べものにならなかった。所謂親玉的な存在――そんな兄のベルゼが見たこともない容姿を晒し、傷は一向に治らない。其れは通常の妖魔からも見受けられなかったし、初めて知り得た事実だ。

 抑も、兄をここまで追い込めた忍がそこまで居なかったからという点もある。

 

 

 皆んな美怜を傷つけようする不埒な輩は、嬲り殺されたから。

 

 

 だから…焔達がここまで兄と戦い抗えたのも、ベルゼがここまで苦戦を強いるのも、今回が初めてなのである。

 

 

「痛イ…治ラナイ……デモ、美怜ノ為ニ、戦ワナクチャ……美怜ヲ、守ルンダ……ダカラ、僕ガ…頑張ラナクチャ……ダメナンダ…」

 

 腕と肩に力が入らず、妖魔術による濃い闇が消えゆく中、ベルゼは痛みよりも美怜の事を優先に考える。

 自分よりも妹のことを第一に考え、妹を守るために命を削ることを厭わない兄に、美怜は勿論、詠は少し痛感してしまう。

 ……やはり、いい気分ではないのだ。大切な家族を、愛する妹を身を削ってまで戦う兄の勇敢な姿勢に、自分達が其れを壊そうとしているのは、やはり辛い。

 

「……ッ」

 

 其れは、未来も詠と同じく表情を悲痛に歪ませる。

 最初は自分達を、焔を危険な目に遭わせたベルゼや美怜のことは好ましくなかった。

 だけど、今こうして目の前で見せられると、どうしても良いものではない。ベルゼの声色から察して痛覚はある、感情もある…そして、妹を守ろうとしている。

 たった一人で、可愛い妹を…命よりも掛け替えのない大切な美怜を、ここまで身を呈して守ろうと必死に戦っているのだ。其れは今に限った話ではなく、今までずっと――ずっとずっと、ベルゼは美怜を守り戦い抜いてたのだ。

 

 誰かを守りたい…その一心は、経緯や理由はどうであれ、焔の為に戦い守ろうとする未来と、妹の為に戦い守ろうとするベルゼは、一緒であり、守るという行為は共通している。

 だからこそ、他人事のようには思えずつい同情してしまう。

 

「ベルゼ兄さん…」

 

 美怜の言葉に、二人は反応し少女に視線を移す。

 すると、美怜の表情も、何処か悲痛な顔をしている。感情や精神論に大きく無縁そうな彼女が見せる以外な一面は、二人に大きな印象を与えた。

 

 ――……何故だろう、感情なんて自分には無いと思っていたのに。

 妖魔である化け物の私には、感情なんて人間的な表現、そんなもの不必要だと思ったのに。

 どうして、こんなに胸が締め付けられる様に、こんなにも苦しいのだろう。

 今まで数々の侵入者と戦いを通しても、傷を負っても、もう何も感じなくなったのに…どうして、兄さんの姿にこんなにも感情的になってしまうのだろう。

 

 其れは自分が忍だから?

 兄さんが自分の事より私を優先してくれるから?

 兄がこれから、死を歩んで行こうとしてるから?

 

 こんなにも、焦燥的になり悲観的になってしまうなんて…前までそんな事、無かったのに……――

 

 

 少しずつ、時のように止まった少女の心は動き出す。其れは――少女自身が変わり始めている証拠なのだろう。

 

 

 

 

 

「妖魔術――【駄々こねっ子パンチ】!!」

 

 腕をブンブンと振り回して突撃するベルゼは、暴走列車の如く安易に敵を近づけさせない。

 端から見れば、名は体を表すかの如く、駄々っ子のように見える光景は、何処か半蔵学院の選抜メンバーである雲雀を連想させる…が、巫山戯てるようで実際に効果は覿面。少しでも近づく敵は殴り殺される運命だろう。

 振り回す度に、超大型扇風機みたく暴風が発生し、近づく事さえままならない。

 この状況下で【ヴァルキューレ】や【ニヴルヘイム】の遠距離射撃は、的を狙っても弾が逸れ、秘伝忍法による攻撃を寄せ付けない。

 

「これじゃあ…攻撃もまともに当たれません…!」

 

 ベルゼの腕力は、本気を出せば雨雲を吹き飛ばし晴天に変えれる程の怪力を備えている。

 オールマイト級でなくとも、USJ脳無のように超パワーによる物理的現象によって引き起こされるのは珍しい事ではない。何より驚異的なのは、その天気さえも簡単に変えれるパワーが、自分達に矛先を向けられている事に大きな危機感を持つべきだろう。

 人を簡単に殺せる拳が、歯車のように回り差し向けてくるのは、正しく迫り来る殺戮機械そのものだ。

 

「詠と未来!今度は地面にありったけの秘伝忍法を当ててくれ!!」

 

 そんな危機的な絶体絶命の中、焔の声に二人は我にかえる。

 ベルゼに当たるのではなく地面に?そんな疑問が頭の中に浮かぶも、一先ず指示通りに二人は顔を見合わせ、秘伝忍法を発動する。そんな焔の指示の意図に気付いた美怜は、殊更焔の考えに関心を抱く。

 

(成る程…考えたわね。ベルゼ兄さんに近づけず、攻撃さえ当てれないのなら……)

 

「絶・秘伝忍法――【ラグナロク】!!」

「絶・秘伝忍法――【ハンブルク・ツークンフト】!!」

 

 二つの極大な秘伝忍法が、ベルゼ付近の地面に狙いを定める。大嵐の如く風を纏い、ベルゼの放つ衝撃波の余波に負けずと覆う旋風は、そのまま地面に突き刺して行く。

 未来はステップで距離を置き、スカートの下に忍んでいた無数の火力重火器――ガトリングガンを大量に放ち、最後の締めには爆撃機による兵器でトドメと言わんばかりに、最大火力の銃弾をぶちまける。

 

 そう――近づけず、距離も詰めれず、攻撃さえ当てれないのなら、反撃を与えれる場を作ればいい。

 

 強大な秘伝忍法により、地面は大きく大爆破を引き起こし、足場をなくした大柄なベルゼを空中へと跳ね飛ばす。その衝撃により、足場さえつけれない。現場や状況を利用した咄嗟な判断は、英断である。

 体の自由を一瞬だけ揺らぎ、隙を作れば…後は此方のものだ。

 

「往生しいや…!!絶・秘伝忍法――【おおよろこびぃ】!!」

 

 追尾し狂乱に覚醒する日影は、有りったけの体力と精神力、力を振り絞りより素早く、蹂躙するよう短剣によって体を滅多刺し、刻み込み、ぶち飛ばす。

 

「グ…オオォ…?!」

 

 覚醒による忍術と絶・秘伝忍法は効いたのか、再び苦痛に歪む声がベルゼの口から漏れてしまう。

 コブラのように毒牙で相手の体に噛み付き、毒を注入するその姿は正に蛇そのもの――尤も毒と凶暴性に優れた日影だからこそ為せる凶暴な秘伝忍法。

 空中に浮かぶ標的の為に全力を発揮して狩に臨む姿は、野生のコブラを沸騰とさせる。

 

 容赦のない攻撃こそ、コブラとしての生態系の特徴を現しており、多彩な毒や致死性の猛毒を扱う日影にとっては、彼女ほどコブラに似合う蛇など存在しないだろう。

 

 ベルゼも反撃こそは可能であるが、空中に放り出され、慣れない状況により隙が生まれては動作が鈍る。特に空中に漂い落下をする時などは、空気の抵抗や原子により、微単位ではあるが地面に着地するまでのタイムラグが発生する。それでも通常の一般人からすれば大した事のない時間差ではあるが、素早さに重視し特化した日影からすれば、充分に攻撃の隙を作ってくれたと言ってもいいだろう。実際に、スピード重視に於ける点としては、焔よりも日影の方が速く、紅蓮隊メンバーの中では一、二を争う程だ。

 パワーとスタミナに特化し、スピードはそこまで速くはないベルゼとは、相性が良いのである。

 

 バキィン――!!

 

 今度は胴体の部位が破壊される。

 露出されたのは円球の口、鋭利な歯が生えており、マゴマゴと動いてる姿は不気味と生理的な不快感を与える。

 胸元は垂れたように筋肉がただれており、まるで目のような模様をしており錯覚を与えてるようだ。

 

「ガァァァァ!!!妖魔術――【戦慄の始まり】!!」

 

 我武者羅に拳を放ち、乱打する。

 戦慄さえ覚えるほどの狂乱たる破壊の拳は、日影を殴り殺す為に放たれる。

 勿論、足元がおぼつかないのは日影も同じ事。幾ら素早くとも、移動さえ出来なければ無理。

 回避しようにも大規模な破壊の衝動は、避けられるものでも捌き切れるものでもない。何度も放たれる拳は、日影には触れられなかった。

 

「ッ…!?」

 

「あれは…傀儡?」

 

 傍観してた美怜は、その傀儡が誰のものか直ぐに見解した。

 

「ふぅ、何とか危機回避出来たわね…それにしても、あの姿が本来の姿なのかしら…?」

 

 冷静に対処しながら、日影の身を守るのは春花。

 傀儡を使役し身代わりの盾になることで、日影の致命傷を避ける事に成功。それでも、防御を固めたにも関わらず直撃した傀儡は文字通り、粉々にされてしまった上に、攻撃できる手段がなくなったのは痛手だが…それで良い。

 後は自分の役目を終えて、棟梁にバトンを渡すまで――

 

「秘伝忍法――【Death×Kiss】」

 

 背後に居た春花に死角を取られてるベルゼは防ぐことも反撃をすることも体の向きを変えることもできず、春花は具現化したハートを投げキッスで飛ばし、接触した途端に大爆発が起きる。

 

 バキィン――!!

 

 今度は背中の部位が破壊される。

 露出されたのは、骨だった。とは言っても昆虫のような外骨格に、人間の骨がモチーフにして彩られている。

 筋骨隆々とした肉体の容姿を誇っていたベルゼは、段々と醜悪な妖魔の姿へと変貌していく。

 

 其れこそ以前にも前述したように、忍転身が破られ、己のあるべき姿に変貌していくように。

 

 元々あった姿が破壊され、外見とは違う内側の容姿は、正に本来の姿を映し出しているようだった。

 尤も――部位破壊された現状の姿が本来の姿とは断定出来ないし、元ある姿形こそが本来の姿だったのかも定かではない。

 そう言った意味では、ベルゼという妖魔も…いや、妖魔自体の存在もまだまだ謎が深いとも言えるだろう。底が知れず、解明されてない謎に興味がそそられる…が、美怜程のような探究心を備えてるかと問われるとそうでも無い。

 

 後は頼んだわ――焔ちゃん!!」

 

 春花はバトンを渡すよう宣言すると――いつの間にか、下から一直線に狙いを定め、七本目の鞘を握りしめてる焔が突っ込んできた。

 

 

「秘伝忍法――【紅】!!」

 

 瞬間――紅く光る一線が、ベルゼの顔を横切るように切り付ける。六爪とは違い、たった一本に込められた熱き紅の刀――宝刀『炎月花』は奥の手だ。頃合を見計らい、全力を出す瞬間を見極めた焔は、決意と共に熱く炎を滾らせる。

 

 ガシャァン――!!

 

 すると切り付けられた金属製の顔を覆うマスクは、その衝撃により吹き飛ばされる。

 

『――!!』

 

 露出されたベルゼの顔に、一同は息を呑んだ。

 

「ウ…ァ…アァ………」

 

「そうか、それが…お前の素顔か――」

 

 隠されたベルゼの顔が明るみになり、焔は表情どころか眉ひとつ動じず、炎月花の先刃をベルゼの顔に差し向ける。

 

 ベルゼの顔は、一言で片付ければ蝿のようだった。

 昆虫特有の大きな赤い複眼に、蟻の様な顎、猛獣の様な獰猛とした肉食系の口に、鮫のように何百本も備えた鋭利な歯、蝶のように蜜を吸い取る事に特化したような長い舌。

 まるで複数の昆虫と猛獣を混合させたような顔だった。全て、明かされたベルゼの姿に、傷だらけで再生が不可能な体を震わせながら

 

「ミ、レイ…ミレイ…」

 

 妹の名を呼び――

 

「ドコ…?ミレイ……ドコニイルノ…?ミレイハ、無事…??」

 

 ――妹の心配をする

 まるで目が見えないかのように、血を噴き出しながらも、手負いでありながらも、真っ先に声が出たのは…ベルゼが口に出したのは妹の事だった。

 

「……っ」

 

 痛々しく、これだけ手傷を置いながらも、目が見えなくなりながらも、妹の安否を確認するベルゼに、全員の心が益々痛まれる。

 …自分達がやったのは分かる。

 そんな妖魔を見て、心配するだなんて、心が痛くなるなんてどうかしてるのは百も承知。

 なのに……何故、こうも…言葉に表せないような、心が締め付けられるのだろう。

 詠は分からなくもない、他の四人とは違い可能であればベルゼも美怜も争うことなく穏便に事を済ませ、兄妹の平穏を脅かしたくはないと主張していた位だ。

 

「…ッ、ええ…ベルゼ…兄さん。私は、無事よ…ここに、居るわ…安心して…兄さん…」

 

 あの美怜でさえも、表情は悲痛に染められている。

 兄の本来の姿に驚いてる訳では無い、身を削り自分の命を殺してでも、目が見えなくなってしまっても、自分のことを優先に考えてくれる兄の優しさと、そんな優しくて大好きな兄の苦しんだ痛ましい姿に、心が締め付けられてどうしようもないのだ。

 美怜自身も、ここまで苦しく思うとは、思ってもなかったのだろう。そんな妹の声を聞いただけで――

 

「ッ…!良カッタ、ミレイ…無事ダッタ!良カッタ、ミレイが無事デ――本当ニ、良カッタヨ…」

 

「ッ…!!」

 

 心の底から安心し、喜んでるベルゼ。

 妹の声が聞いただけで安堵の息を吐き、妹が無事なだけで、全身の痛みなどさもどうでもいいかのような、忘れてしまうかのような、何ともないようにベルゼ兄さんは振る舞う。

 

「やはり…私もう……これ以上は…絶えられません……」

 

 口元を手で覆いながら、目の前の光景に心の底から痛む詠は、潤う目から微量の涙を零す。

 これ以上は戦わせたくない――元はと言えば、ベルゼだって妹を守るために戦ってただけなのだ。たった一人、大切な妹を守るために…ずっとずっとずっと、独りで戦い抜いて来たのだ。

 これ以上野放しにすれば、他の忍もベルゼ達にも危険が及ぶというのは分かっている。

 頭では分かっていても、嫌だと首を横に振るのは感情によるもの。

 

「私も……さっきまで倒す気でいたのに、こう…兄妹の前を見せられると…何なんだろうね……」

 

 未来も何が正しくて何が悪いのか、分からなくなってきた模様だ。現に未来の顔色を伺うに察して、喜ばしい現状ではないことは確実だ。

 殺しも不殺も、理由がどうであれ情が湧いてしまうのは可笑しくない。

 殺し屋は勿論、忍の世界だけでなく現実世界だって、仕事とはいえ生き物を殺すことに躊躇いのない人間は少数だ。

 処分される犬や猫、ヒヨコや食用として出される豚や牛にだって、人間は情を湧いてしまう事だってある。

 こうなることは運命――致し方ないのは分かっていても、感情というものが拒むようにそれを阻害する。

 

「詠ちゃんに未来!しっかりしなさい!貴女達までそんなのでどうするの!?今1番辛いのは尤も他でもない、焔ちゃんなのよ…?いいえ、それだけじゃないわ、あの妖魔が美怜ちゃんを守ろうとするように、焔ちゃん…ううん、私達にも守るべきものがあるでしょう?」

 

 そんな弱々しい詠と未来に、春花は喝を入れる。

 そう、これは感情論で生死を選んで良い問題では無いのだ。ベルゼは忍を殺しすぎ、そしてこれからも殺そうとする。自分達が侵入者である以上、説得など不可能。

 ならば…戦う他無いのだ。

 本当は、分かち合えるものなら分かち合いたい――例え妖魔を匿う事になろうと、どんな結果であろうと、自分達に誇らしくあれるのなら、その選択肢も悪くないのと思った…。

 本当だったら、忍の血を繋がる美怜と妖魔のベルゼが共存し、分かち合えてるように、自分たちも分かち合えたのなら…なんて、夢物語を見てしまってる自分か居る。

 

 それもまた、春花の心が心をゆっくりと、縄や蛇のように縛っていく。

 

「そうやね…わしが言えたことじゃないけど、それも踏まえて戦う覚悟をしたんやから。わしらが此処で後を引いたら、ベルゼ兄さんにも失礼やで……」

 

 日影は表情こそ変わらないものの、それでも…他人の気持ちを考えれる辺り、大分前進したとも言えるだろう。昔の日影は冷徹で、それこそ相手の気持ちを考えるなんて馬鹿らしいと見下ろしていた。

 だけど、今の日影は何となく解る気がする――それも嘗て自分を、蛇女に入る前から強く育ててくれた、日向の事が何処かベルゼ兄さんと重なったからなのか。

 だからこそ、他人事とも思えない。

 

 

「ミレイ……()()()()!!」

 

 

 意を決したように紅蓮に染め上げられていく焔に、狙いを定め、突進する。

 そんなたった一匹の妖魔に敬意を評し焔は、全力を示す。

 

「ベルゼ…哀れみなどない。真剣に、忍や妖魔だなんて種族関係なく、相手をしよう」

 

 己の全てをかけて――

 焔は、皆の為に。

 ベルゼは(一人)のために。

 

 焔の心は痛感されるものはある――だが、哀れみなどない。それこそ日影が言うように失礼に値するからだ。

 どんな結果になろうと、どのような経緯であろうと、ベルゼは大切な妹のために戦ったのだから。

 

 寧ろ、誇りさえ感じられる。

 焔は他人にも自分にも厳しく――種族や立場がどうであれ、強い者には大きく敬意を現す。

 其れは――焔はベルゼを認めているからに他ならない。

 

 

 この闘いは全て――大切なものの為に。

 

 

 





秘伝動物に龍や鳳凰のような空想は勿論のこと、滅茶苦茶強そーな空想した生き物や、生き物なの?って疑わしくなるヤツって大抵雑になりそうで、強さだけを主張してそう(小並感)
因みに閃乱カグラのnew waveに秘伝動物が電車って子がいるんですがその件について皆さんどう思われて…?

それと、ベルゼ兄さん。
妹の為ならば自分が痛い思いをしても、妹の声を聞くだけで、安全だと聞いただけで、凄く元気を出して喜んでいる。そんな兄を、どれだけ醜悪な姿に変化をしても、それでもベルゼ兄さんを、醜い化け物だなと呼べますか?


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