光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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黒佐波宜しくいきなりタイトルでネタバレをしていくぅー。




201話「この私、美怜と…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謎の少女の行方を追うべく、暗闇の迷宮を掻い潜りながら先へ先へと進む焔紅蓮隊一行達。

 先ほど一匹の妖魔を倒してから、ここの迷宮とも言える妖魔の巣窟の様子は変化を示していた。

 まず殆ど見なかった妖魔達が、戦闘の騒ぎを嗅ぎつけてきたのか、複数の妖魔達が襲いかかるようになってきた。最初は複数の群れで攻めてきたことに多少無理があるだろうと思っていたのだが、連携を組んで上手く対処し、複数の妖魔達もなんとか討伐することができた。

 妖魔の巣窟にして、生きて帰って来れた者がいないと聞いてはいたが…これでは拍子抜けだ。

 

「ふぅ…此処に来てから妖魔達の動きが活発してきたな。大した強さを持ってるわけではないが…油断は禁物だ。お前たちまだ動けるよな?」

 

 指で刀を挟み、三爪の刀にこびりついた血を振り払いながら、焔はふぅ…と溜息を吐く。

 焔の戦闘スタイルはいつ見ても印象が残りやすく、両手の三本爪はまるで竜の爪を連想させる。

 

 木材でできた地面の廊下は血に溢れ、妖魔の残骸が足元に転がり、それは軈て靄の如く消えてゆく。

 妖魔の死は、血も骨も残らずに塵と化して消えてしまう。だから妖魔に死体が無いのも、妖魔に未知なる部分が存在するのも、検体が採取できないから。

 大体が妖魔の捕獲になるが、それでも精々雑魚の妖魔くらいで、屈強な妖魔など論外だ。研究過程で妖魔が暴れて死者が出たというケースもないわけでは無い。

 

「ええ焔さん、私は大丈夫でしてよっ!」

 

 詠は愛用の大剣を大きく振り払い、妖魔に深い傷を抉る。

 二足歩行の竜形妖魔は「ひぎゃあぁ!!」と悲鳴を喚きながら、絶命し息を途絶え倒れ伏せてしまう。

 

「ほな、まだ前に戦った野生の妖魔の方がジューブン強いわ」

 

 日影はナイフを使った近接戦を得意とし、蛇の如くしなやかに動きに無駄なく妖魔の致命的な部分を刃物で切り、倒していく。

 普段の妖魔ならダメージが通るか分からない時もあるし、こんな簡単にあっさりと倒れてしまうようなヤワではない。

 

「これだけヤワだと、余裕が持てちゃうところだけど…」

 

 最新型の機械型の傀儡を操りながら、妖魔を殴り倒す春花。元々肉弾戦も有効な春花は、トリッキーな戦法を得意とする。

 加虐心昂ぶる春花は、随分と余裕そうだ。

 

「でもでも!私達よりずっと上の忍達の死骸を見ると少し不思議よね…もしかして、私たちの方がずっと優秀だったり…?」

 

 呪いの光弾を撒き散らしながら、妖魔に距離を置いて相手の体力を削っていく未来の遠距離戦法も上手くいっている。

 ここまで上手く行くと逆に恐怖心が煮えたぎる。

 本当にこんな簡単に上手く行くのか?

 ならば何故、上層部に派遣された忍達は確かな情報も持ち込めずに?

 不安要素が高くなる一方だが、そもそも焔は考えるタチではないので、幾らそんな事で悩んでたって、考えてたって仕方ない。

 先に進む道以外に選択肢は無いのだから。

 

 

 その後は何度も集団の妖魔が攻めてきては、倒すの繰り返し。芸が無いように見えるが、何故妖魔達がこうもいきなり自分達に危害を加えてきたのだろうか…。

 先ほど前述した通り、偶々好戦的では無い妖魔だったのかもしれないが、それにしてはタイミングが絶妙すぎる。

 記憶を辿れば謎の少女が「貴女達も敵なのね…」と断言した時、妖魔達は自分達に突然、害を与えるようになった。

 つまり、妖魔達がいきなり此方を探り、群れで行動するようになったのは、自分達を敵とみなしたわけか?

 だとするなら、少女が意図的に妖魔達を襲うのも、筋が通る。

 

「………」

 

「焔さん、やはりあの子の事が気掛かりで…?」

 

「嗚呼、まぁな…概ね、アイツが妖魔を使役してる可能性は高いと考えると…問題はアイツが何を目的としているのか、だな」

 

 妖魔の巣窟を家と呼び、妖魔に襲われず平然と今も生きてる彼女は明らかに異質だ。

 妖魔を利用する…にしては、確固たる証拠はないが、それでも考える限りだとこれくらいしか思い浮かばない。

 かと言って少女が妖魔を利用して忍を殺してる…にしては、些か不明な点も多ければ、何処か違和感を感じる。

 

「次会った時は取っ捕まえよ!そっちの方が早いんじゃない?」

 

「この先何があるのかまだ分からないけれど、あの子に用があるのは事実だし…そうねぇ、出来れば静かに済んでくれれば此方としても助かるのだけれど」

 

「春花さんにしては珍しいなぁ…普段はお人形にするとか言っとるのに」

 

「…………」

 

 何やら春花は思い当たる節があるのか、考える仕草を取りながら考察している。

 確かに、普段の春花はマッドサイエンティスト――加虐に快楽の感情を昂り、愉悦に浸る彼女はドSにして凡ゆる傀儡を操る者。そんな彼女なら迷わずそう言った敵対する者を人形にして遊んだり実験などをしているのだが…

 

「春花、どうかしたか?何かわかった事でも…」

 

「…ちょっとね、よく考えたら不自然な事があるのよ」

 

 不自然?

 一体何が…という返事を待たず、春花は先に語り出す。

 

「さっき私たちと目が合った妖魔がいたでしょ?焔ちゃん達も薄々感じてるとは思うけれど、もしさっきのあの子が妖魔を使役してるのなら、どうして始めっから侵入者を殺さないのかしらと思って」

 

 その言葉に、何となく違和感の謎が少し解けたような気がした。

 今までは妖魔を倒す目標とか、少女を捕まえるとか、色々と考えがあった為上手く物事を整理出来なかったが、言われてみれば確かにと思えてしまう部分もある。

 

「最初は偶々、好戦的ではない妖魔かと思ったのだけれど…それだと侵入者である私たちを殺すように最初っから命じていれば、遭遇した時に直ぐに始末するように襲うことも出来たはず……それに私たちを襲ってくる妖魔達にも、野生の様な殺気や害意が見られない……やっぱり此処、普通じゃないわ。必ず何かあるの」

 

「じゃあつまり…本当は最初、私たちを殺すつもりではなかったって事?」

 

 そんな馬鹿な、なんて疑問が頭の中に埋め尽くす。

 妖魔は忍の敵だ――それなのに、何故…忍や人間を前にしても殺さないのだろうか?

 だから春花も普通じゃない事に、益々疑問が漂っていたのだ。

 もしかしたらすると、自分達が思ってるよりかは…いや、自分達は何か思い違いをしていないのか?そう思えて仕方がないのだ。

 

「未来の言う通り、そう仮説を立てなきゃこの不自然な現象に説明が付かないわ。あの子の言う『家』というのも、強ち間違ってはないのかもね。変な風に捉えちゃってるし…あの子が本当に妖魔だとしたら、それこそ私たちを殺せば良いだけの話……それをしないにしろ、理由があるのなら、まずは殺すよりも吐かせることが大事だと思うの」

 

「あら、コソ泥さん達に話すことって何かあるのかしらね――」

 

 先ほど聞いた声主の少女は、いつのまにか春花のすぐ近くに佇んでいた。

 

「っ!?!」

 

「お前は…!!」

 

 反射的に距離を置き、少女から離れる春花の反応は素早く、そんな彼女や皆の驚嘆な声に眉ひとつ動かさない少女は、クールに冷静に、冷淡に言葉を発する。

 

「騒がしいと思ったら、やはり貴方達は妖魔を殺す侵入者なのね……他人の家に土足で踏み込んで、可愛い妖魔達を殺して…逆に貴方達こそ何が目的なのか、こっちが聞きたい程なんだけど」

 

「…気付かなかったわ、本当…気配を隠すのにここまで特化してるなんて、鈴音先生以来だわ、私に虚を突いたのなんて」

 

「ていうか、妖魔が可愛いって…えぇ…」

 

「あら、騒々しいところも含めてとても可愛いわ。小さい妖魔に至ってはいつも私に甘えてくるし、懐いてくるもの……愛嬌が沸くわね」

 

 彼女のぶっ飛んだ発言に未来はドン引きする。

 春花に至っては未だに心臓の鼓動が早く脈打ち、息を乱している。多分、ビックリしたというのも含めて荒げてるんだと思う。

 

「お前は一体何者だ。まず、名を名乗れ」

 

「あら、先に名前を尋ねる時は、自分から名乗り出るものでしょう?それに何者か…による質問は、さっき答えたはずよ。妖魔だと――」

 

 焔の問いかけに少女は面白おかしく笑う。

 妖魔と名乗る少女にしては、かなり知性的で、彼女のペースに呑まれて此方の調子が狂ってしまうようだ。

 

「それも…そうだな。私は焔、こっちが詠、日影、あっちにいるのが春花、そして未来――自分たちの正体を伏していながら、名乗らなかったのは悪かったな。私達は喋ったぞ、お前は?」

 

「……私が言っておいて何だけど、こそ泥さんにしては素直で聞き分けが良いのね。良いわ、約束に免じて答えてあげる――私は美怜よ」

 

 美怜――その二文字だけの名前は、外見もあるのか名は体を表すと言うべきか、人間らしい。どちらかと言えばこの二文字だけが彼女の名前とするのなら、妖魔というより忍寄りでもあるが。

 

「美怜…か、分かった。ならば問おう――お前は妖魔を使役して忍達を殺してるんだろう?何が目的でそうしてるのかって話だ」

 

 一歩前に出て、威圧を含めた言葉を吐く焔に、少女は意外そうに目を丸くする。

 

「妖魔を使役する…?…考えてもみなかったわ、そんな事が可能なのね。外でも、そう言う事ができる妖魔、或いは人間がいるのかしら?それはそれで興味深い話だけど」

 

 話が通じなかった――と言うよりも、予想外な返事が返ってきた。

 彼女はまるで興味深そうに、今の発言にクスリと微笑んだ。

 

「嘘をついて適当に誤魔化してるのか?忍達が殺されたのも、現に上から報告が入っている!!人に害を成すのであれば、容赦しない!!」

 

「先ずそもそも、そこから話が間違ってるのだと思うけど。どうして話が合わないことに私の発言が嘘になるのか、理解不能ね。私が貴方達に嘘を吐いてどうするのかしら、その根拠は?なぜ嘘だと言いきれるの?確証もしない事に難癖や虚言だと言い張るのは、辞めた方が良いと思うわ。コミュニケーションに置いて其れは尤もトラブルの原因を作りやすい例よ」

 

 ご尤もな正論で何故か論破された。

 ここまで清々しく言われると、紅蓮の熱と覇気を纏わせた焔も、次第に水を浴びるように冷静なるというものだ。

 

「それに貴方達の忍…というのも、侵入者の多くが口を揃えてよく吠えるわね。目的?自分の家で静かに暮らすことに目的なんてあるのかしら?それに死んで逝ったシノビ…侵入者だって、先に危害を加えたのは其方でしょう?私達は何もしてないと言うのにね」

 

「何…?」

 

「どういうこと…?でも妖魔って人に危害を加えるんじゃ…て言うか、妖魔を使役してないってことは、じゃあ妖魔達が突然襲いかかってきたのは何!?アンタの指示で動いたんじゃないの!?」

 

「少なくともあの子たちは何も…恐らく、私のことを守ろうとしたのかしら。とてもいい子達ね、自分から私を守ろうと身を張ってくれるなんて」

 

「という事はつまり…」

 

 あの妖魔たちは、少女を守ろうとしていただけ。

 少女の身に危険が生じた、または敵だと認識した妖魔は、少女を守る為に戦っただけ。

 焔達は其れを、襲いかかってくる妖魔ということで、殺したという形になる。

 妖魔を倒すのが忍としての役目だが、こう実感すると流石に罪悪感が押し寄せてくる。

 

「あの子たちは思考能力が欠けてるから、言語も話せないし何を考えてるのかさっぱりだけれどね。でもあの子たちだって害を与えられなければ普段は大人しいし、何ならここにきた人間と遊ぼうとする友好的なのも居たわ。偶に侵入者がやって来て殺されちゃうのがあるけれど…それも随分と昔だし、侵入者の事を覚えてる妖魔なんて居るのかさえ疑惑だわ」

 

 それこそ彼女の放つ一つ一つの言葉が信じられないような事実を吐き出して来た。

 先程、こそ泥には話さないと言っていた癖に…。などという考えはさておき、友好的な妖魔などいるのだろうか?そんなこと有り得ないと言うのに。

 

「でも結局わしらに話してくれるんやね、こそ泥さんには話さないって言ってたのに」

 

「あら、久しぶりに会話をしてくれる人達がいるもの…つい喋りすぎてしまったかしらね。それに貴方達が何か思い違いをしてるような様子だったから、誤解を解いた方が賢明だと判断したまでよ――これ以上、私達の家を荒らして欲しくないし」

 

「家…ですか、貴女はここでずっと暮らして…?」

 

「そうね、産まれた時からずっと――兄さんと暮らしているわ」

 

 兄さん?まさか、もう一人いるのか?

 美怜の言う兄さんがこの巣窟にいるとすれば、一体…美怜は自分を妖魔と語っていたが、匂いを嗅ぐ辺り妖魔の気配はしない。

 それにどういう経緯かは知らないが、少女が産まれた時から妖魔の巣で暮らしてるというのならば、兄もそうなのだろうか?そんな物事を考えていると――

 

 

 

 ――ズン!ズン!と地響きが鳴り、体が竦む。

 何事か、そう武器を構える5人の前に現れたのは――

 

 

「な…!?」

「これは…!!」

「妖魔?」

「何……これ……」

「っ!!」

 

 自分たちの背の3倍ほどは有るであろう、巨体な図体を持つ妖魔が、少女の背後から現れる。

 闇を覆い、鉄製の仮面から此方を覗き込むように見つめる妖魔は、先程までの雑魚妖魔達とは気配も放たれる強さも明らかに違い、この場では別格の存在感を放っていた。

 

「僕達ハ、妖魔ダ」

 

 機械的なカタゴトで、それでいて何処か生気を感じる。何よりも、妖魔が喋った。

 

「よ、妖魔が喋った!?!てか何この妖魔!!?」

 

「私達も貴女達も喋るじゃない、妖魔が喋ることに、一体何が不自然なのかしら…ねぇ?兄さん」

 

「全然似てないじゃない!!」

 

 確かに、なんて思えてしまうほどに未来の喚き散らかす言葉は、皆の心を代弁してくれた。

 だがこの尋常じゃない気配、強さに敏感な焔の鼻が痺れるほどの匂い、間違いない…焔が今まで戦ってきた、どの敵よりも、最高のライバルである飛鳥よりも、強い。

 

「改めて自己紹介をしましょうか――この私、美怜と……ベルゼ兄さんよ」

 

「ココハ、僕達兄妹ノ大事ナ家ダ――ミレイヲ傷ツケルヤツ、僕ガ許サナイ。ミレイ、悪ク言ウヤツ、僕ガ許サナイ。

 ミレイ、コイツラドウスル?戦ウ?」

 

 焔は悟った。

 間違いない…コイツだ。忍達の殆どは、コイツに…兄と呼ばれるベルゼ兄さんとやらに殺られたんだ。

 実戦しなくとも肌で感じるようなこの威圧感は、並の妖魔と訳が違う。

 筋骨隆々たる肌黒い肉体に、鋼の鉄鋼製で顔面を覆うマスク、異常な程に闇の覇気を纏う妖魔は、これまで戦った妖魔とも訳が違う。ここまで武者震いするのは、怨楼血と同等か…それ以上か。

 道理で可笑しいと思った。手練な忍が何故殺されたか…全ては、コイツの仕業という事になる。

 

「待って、ベルゼ兄さん」

 

「……分カッタヨ、ミレイ。ダケド気ヲ付ケテネ」

 

 だが、そんな異質な妖魔を少女の美怜は、優しく声をかけて手で制する。そんな妹の言葉に従い、妖魔は頷くと数歩下がって立ち尽くす。

 彼女は、妖魔を従えていた。

 

「さて、これで信じて貰えたかしら。私達は妖魔にして兄妹であって、ここの家に住んでいるということを」

 

 そんな事を言われても、頭が追いつかないというのが本音だ。兄妹と言っても姿形が似てるという訳では無いし、知性的な美怜に対して、喋ることは可能だが知性と言うよりも闘いに特化したような兄、まるで正反対なようで、でも確かに意思は通じあっている。

 

「………まさか、こうまで見せつけられると…」

 

 詠は絶句し

 

「認めざるを得ないって感じやなぁ」

 

 日影は簡単に飲み込み

 

「……洗脳してるって、訳でもなさそうね」

 

 春花は紛れもない真実に認めてしまう。

 

「ではこちらの番よコソ泥さん達。貴方達侵入者は、一体何を目的として私達の住処に足を踏み入れ、何も危害を加えない妖魔を殺すのかしら。まぁ、侵入者であるこそ泥に、マトモな人間がいないのは想定済みと考えて、敢えて質問をするわ」

 

 美怜は物事を進めるように、冷徹な声で話を進める。

 その気になれば幾らでも此方を殺せるにも関わらず、対話を望辺り、争いは避けてがっているのだろうか?好戦的ではないにしろ、質問された以上は答えなければならない。

 

「私達忍は…妖魔を殲滅するのを真っ当とする。妖魔は忍を害し、殺し、破壊する化け物――そう聞かされたんだ。お前達のところは違うのか?

 そんな私達は、此処で行方不明者が多数出たのと、妖魔と手を繋いだ少女が出たと聞き、此処に調査しに来たんだ。場合によっては人に仇なす妖魔は倒せと言われてるが…」

 

「………妖魔が、忍を害する?貴女達が仕掛けてきた訳ではなく、妖魔自らが……ティオ・ティアボリクスと呼ばれた研究者が告発した憑黄泉という妖魔のことかしら、それとも本当に外の妖魔はそんな事を…?…一体どういう原理で…」

 

 逆に少女の方が疑わしいような顔を立てながら、ボソボソと独り言を呟く。まるで妖魔が自分から忍や無関係な人間を襲うことに有り得ないと言わんばかりに。

 それこそ、焔達が美怜が妖魔と仲良く過ごしてる事に信じられないように。

 

「それが真実だと捉えると…忍からして妖魔は天敵であり排除する対象…今までの侵入者達が私たちを見て殺そうとしてきたのも、私達に敵意があったのも………成程、概ね理解したわ」

 

 美怜は自問自答やら考察をすると、1人で納得したように頷く。何やら1人で勝手に解決したように見えるが、此方としてはさっぱりだ。

 忍務の内容に少女を捕獲しろとの訴えがあったが、それは敢えて伏せておくことにした。何となくだが、もしそれを公言したら、ベルゼという妖魔の逆鱗を触れるようだったから。

 多分、今この場で絶対に怒らせてはいけない相手だ。下手すれば一掴みで体が潰れてしまいそうな程の握力は、自動車や大型トラックなら簡単に粉砕出来るだろう。

 

 

「では、焔たち。貴女達は此処で引き返しなさい――そうすれば妖魔を殺したことも、土足で他人の家を荒らしたことも、全部見逃してあげる」

 

 

 だが次に放たれた美怜の言葉に、一同はまたしても驚愕する。

 

「み、見逃す!?何言ってんのよ…私達は」

 

「ええ、妖魔を倒すのが忍としての存在だものね。ならばそれに敵対する妖魔も抗う為に忍を倒すのは普通の判断ね…でも、争いをするだけ無駄よ?戦争や抗争を巻き起こす火種の多くが、利益や平和を望む物に対し価値観が合わない者との衝突から始まる。

 

 貴女達の話を聞く限り、害を仇なす妖魔を倒すのが宿命なのでしょう?それなら無害である妖魔まで手を出す必要は無いわ。これで争う理由は無くなったと思うけれど」

 

「ああ、お前の言う通りだよ美怜……確かに、なんて言葉がつい出てしまうほどに。だが、忍が殺されてる以上、行方不明者が出てる以上、害を成してない…なんて事にはならないんだよ」

 

 確かに美怜の言う通り、争う理由はなくなった。

 雑兵の妖魔たちが弱いのも、殺意も害意もない妖魔を倒す必要はなくなった。だが、忍が殺されてる以上は、放っておく訳には行かない。大方、そこのベルゼ兄さんという妖魔が主犯なのだろう。この妖魔は、余りにも危な過ぎる。

 

「――ミレイ、コイツラミレイノ事、悪ク言ウ。困ラセテ「ベルゼ兄さん、静かにして。まだ対話は終わってないわ、落ち着きなさいな」ア…ウァ、ゴメン…ミレイ」

 

「分かれば良いのよ兄さん、まだ待ってて…ね?」

 

 感情昂るベルゼ兄さんを、で一瞬で制する彼女の気迫は流石と言うべきか、ベルゼは勿論、見ていた焔達も一瞬、肝を抜かれるような感覚を味わった。

 

「さて、話を戻すわね。貴女はさっき妖魔が忍に害を仇なす時点でと言ったけど、平等的に考えて貴女達の行為も許されないわ。それに忘れるようだからもう一度言うけど、先に、仕掛けて来たのは貴女達よ?勘違いしてるようだけど、私達は昔から此処にくる侵入者たちに毎回妖魔たちを殺されてるのよ?人の家に勝手に踏み込んで荒らして、その挙句殺して、それならコチラも身を守る為の自己防衛はしておくべきでしょう?それとも何かしら、何も罪を冒してない私達は化け物という理由だけで黙って殺されろとでも言うのかしら?だとしたら貴女達……

 

 

 ――逆に殺されても文句は言えないわよ?」

 

 最後に声を振り絞る美怜の言葉は、威圧が含まれていた。まるで心臓に鎌を当てられるかのような、居心地の悪いような感覚。

 

「くっ…!!」

 

「私達は何もそこまで言ってるわけじゃ…」

 

 理解した。

 美怜達は本当に何も悪くないんだ、むしろ此方が悪者になってしまってるのだ。

 先に手を出したら負けな理論は何処へ出ても通じるように、こんな状況でも通じてしまうのだから怖いものだ。

 然も聞いている自分達でさえも罪悪感が湧いてしまうほどに。何しろ見逃してあげてると言ってる上に、これ以上殺生を働くとすれば、美怜からすれば「お前たちは一体何様だ」とさえ言われても文句は言えない。

 冷や汗を流す焔、詠や春花も同様に流石にここまで言われてしまえば反論もできない。そんなつもりでは、と戸惑う未来を目にした美怜は彼女との距離を詰めて歩み寄り、近距離で語り出す。

 

 

 

「……ねえ貴女も、分かってる?ベルゼ兄さんだって別に、忍だからって理由で殺してるわけじゃないわ。今みたいに何度も見逃してあげてるのよ?貴女達の忍という存在に、襲われながらも、何とか堪えて。

 

 それでも振り返らずに、皆で一蓮托生するかのように、集団になって数の暴力で武器を振るってくる…話し合いをしても無理なら、殺られる前に殺るしかないわ。これでも私たちはかなり甘く平和的な交渉をしてるのだけれども。

 

 

 本当なら今ここで、ベルゼ兄さんにグチャグチャに嬲り殺されても可笑しくないのよ?」

 

 未来の顔を見ながら、両方の口角を低く釣り上げる少女に、未来はまるで自分の心臓を鷲掴みにされ、生死を掌の上で転がされてるような錯覚に陥る。

 

「それでも貴女達がここを立ち去らないというのなら、私たち兄妹の平穏を脅かすというのなら……追い払ってしまいましょう?ねぇ、兄さん」

 

「ソウダネミレイ、ソレガイイネ!!」

 

 

 美しく妖艶な笑みを浮かべる少女、美怜に――圧倒的なる影のの如く濃い闇を纏うベルゼ兄さん。

 

 焔紅蓮隊が対峙するのは――妖魔と人間の兄妹である。

 

 

 






ベルゼ兄さんの姿形のイメージは、顔のマスクはペルソナのタナトス、体はUSJや保須市などを襲ったパワー型の脳無を連想してくれれば良いです。もしイラストが描ければ書いてこうかなと。

因みに妖魔と手を繋いだ少女について、その妖魔がベルゼ兄さんで、少女は美怜。つまり、兄妹が手を繋いでるところを目撃されたってことですね。

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