光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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表本編にて200話突入!
約50話で一年と考えるとこの小説を始めてから4年経ってるので丁度良いのかも?

これからもヒロアカグラの小説を宜しくお願いします!



200話「妖魔の巣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 忍務に指定された場所は、焔紅蓮隊のアジトから離れた森林地帯。空が木々の葉を覆い、殆ど空の太陽の日差しを遮断しているせいか、晴天だというのにどこか薄暗さを感じる。それでも完全にというわけではなく、多少とも光が漏れているため、懐中電灯や光を使う小道具は今のところ必要ないだろう。

 

 小鳥のさえずりが静寂な森に響き渡り、僅かな旋風が森の木々を撫で揺らす。その森林地帯の最奥部にて、ぽっかりと空いた暗い洞窟が見える。

 周辺には『keep out』と記されたロープが散乱しており、荒らされた形式がある。それが迎え撃った忍部隊なのか、はたまた妖魔の巣窟の主か、第三者による無関係な人間が適当に荒らしたのか、真偽は不明だがこの際はどうでも良いだろう。

 

「着いたな…ここか。書類の詳細といい、洞窟の特徴といい…間違いなさそうだが…」

 

 地図を見ながら目的地に辿り着いた焔紅蓮隊は、書類で手に入れた写真と見比べて間違い無いと判断する。

 元々世間や表では『最悪な心霊スポット』として出回っており、暗い洞窟と言い、洞窟の外見が蛇が大きな口を開けてるような特徴と言い…蛇の口に一度入った獲物は二度と出てこれないような事から、蛇喰巣窟と呼ばれている。

 

「なんか…怨楼血が口を開けてるように見えるね…」

 

「なんか嫌なこと思い出しちゃうわねぇ…でも、よくよく見ればそう見えなくはないけど…自然に出来た洞穴とも思えないし、妖魔の巣窟ってみんなこんな感じなのかしら」

 

 今回初めて妖魔の巣窟に挑むので、どのような妖魔が待ち受けてるか、中の洞窟がどのような構造になってるか、未知なる部分は多いが、ここに来た以上、死を覚悟した危険が待っているという事だけは確実だ。

 

「しっかしまぁ…妖魔との戦闘経験も少ないわしらが選ばれるっちゅーのも、それはそれで珍しいもんやな。幾ら母校の蛇女の件といえど、もっと名前が高い抜忍達でも良かったんちゃう?」

 

「いきなり弱腰か日影?せっかく任務が出回ってきたんだ、しかも報酬金が最低でも8000万!その上任務の内容次第によって上乗せだぞ?!億は考えても良いと言ってるくらいだ。下手な考えで任務を受けさせる訳でもないだろう?」

 

「日影ちゃんの言ってることも分かるけど、それもそれで今更だし、引き受けちゃった以上は…ねぇ?でも、今の世代…他の抜忍達が活発に且つ上層部に過激的な反応が色濃く出るのもあって、私たちの戦績を見込んで頼んでる訳だから、期待には応えてあげましょ?」

 

「そうよ!春花様の言う通り!8000万かぁ…こんなにお金あったらフィギュアとかネトゲとか、ゲーム買いたい放題よね…えへ、えへへ…♪」

 

「無駄遣いは私が許しませんわ!……ところで、やはり80円の間違いではないでしょうか?未だにこんな多額の賞金など信じられないのですが…」

 

 緊張などどこ吹く風か、報酬金の話で盛り上がっている。

 焔は肉を腹が裂けるほどに食べたいだの、春花は試作品の最新型の傀儡と薬品の材料を買いたいだの、未来は娯楽に浸りたいだの、詠なんかは当時報酬額を聞いた時は眩暈がしたそうだ。

 

「いや80円て…どんな任務よ…。妖魔を倒すってだけでも重労働よりもキツイ命懸けの仕事なのに…ブラック企業すら泣き出しちゃう位よその鬼畜度」

 

「なんでもええけど、はよ洞窟入ろ。このまま雑談してたら日が暮れてまうで」

 

 日影の言葉に我に帰る未来達は、すぐ様に視線を洞窟の暗闇へと向ける。

 そうだ、と言わんばかりに軽く頷くと「では行くぞ」と焔が先頭に立つ。光を一切感じさせない暗闇の洞窟からは、やはりと言うべきか…何かしら獣や妖魔特有の匂いがこびり付く。

 一応焔は嗅覚頼りに暗闇の中でも活動することができるが、やはり視認が出来れば動きやすいのもあるためか、刀を抜いて発火させる。

 懐中電灯や木に炎を付けて松明のようにするのも良いが、この先妖魔が待ち構えてる以上、いつでも戦闘態勢に入れるようにするにはこれが一番理に適っているだろう。

 

「詠達も何か異変を見つけたら教えてくれ、この先は慎重に進むぞ」

 

「よ、詠お姉ちゃん…なんだか怖いよ…」

 

「大丈夫ですわよ未来さん、私達が付いてますから♪」

 

「あらあら、未来ったら…こんな時でも子供っぽさを披露するなんて可愛いわね♪」

 

「そいや今もそうやけど蛇女での寮生活ん時だって部屋の明かり消したり一人では寝られないって言ってたしなぁ」

 

「一々余計なこと言わなくても良いわよ!!!」

 

 こんな時でも一切の緊張もなく、ブレることもないとなると流石に頼もしさを感じると言うべきか、忠告しながらも後ろで騒いでる仲間達の声を聞きながら、半ば呆れる焔は先へ進む。

 

「しっかし…一本道なのはさておき、本当に何もな……ん?なんだ、これ…」

 

「ちょっ…どうしたの焔!?」

 

 急に立ち止まる焔に、一同は警戒を高める。焔は怪訝そうに地面から奥へ目を配ると、少々困惑したように口を開いた。

 

「…学校……??校舎の中か…?これ……」

 

 その言葉の意味が分からなかった。

 だが、皆も焔の横になるように、前を覗き込むと…確かに岩で出来てた洞窟内には、古びた校舎内のように、木材や壁によって構築された空間が広がっていた。

 窓ガラス、黒板、無数の机や教壇。他にも図書室のように沢山の本が置かれてる本棚など、他に鉄格子の檻など学校とは縁離れたものもあるが……どこか母校である蛇女を想像させてしまう。

 おかしな話だ、妖魔の巣窟と聞いたので、洞窟内だから真っ暗闇でゴツゴツした洞窟かと思えば、未知なる知らない学校のような校内の空間が広がっているなど、誰が想像つくのだろうか。それとも此処は元々学校だったのか?

 

「これ…学校?随分と古いですわね…何十年も前のように、大分経ってるように見えるのですが…」

 

「でも、誰も住んでるようには見えへんし…地図に載ってたら此処がどう言うところかってのも詳細あるやろ?」

 

「摩訶不思議ね、妖魔退治と少女の捕獲に行き着いた妖魔の巣窟が、学校の校舎内だなんて…中までの構造は不明だって言ってたけど…これにはちょっと驚きね…っ」

 

 使い古されてる割には、埃は被ってるかそこまで酷くはない。普通、ここまで誰も使っていないのなら多少なりとも埃が被るはずなのに、まるで誰かが手入れをしているみたいに、所々清潔が保たれている。それはやはり、此処に誰かが住み着いてるのだろうか。だとするなら、今回のターゲットである妖魔と手を繋いでたという少女の可能性が高いだろう。

 人の気配もない上に、誰かが住み着けるような環境下でもないのは、一目瞭然だ。

 

「でもどこの学校なんやろうね。単なる普通の学校なら兎も角として、檻があったり手錠や鎖があるってのは中々、普通どころじゃなさそうやけど」

 

「となれば忍学校…?でもそんな所がなんで妖魔の巣窟になってるんだろ…」

 

 言われてみれば確かに、なんて口が出てしまうほどに。

 学炎祭か襲撃に遭ってしまったのか、単に何らかの理由があって潰れてしまったのか、理由は不明だが忍学校が妖魔の巣窟になってると言うのは、これまた随分と奇妙なことだ。

 

「…なんだか廃校の肝試ししてるみたい……妖魔退治と目的の子を探すって忍務なのに、なんでこんなにソワソワするんだろ…」

 

「……妖魔と手を繋いだ少女って、案外幽霊って可能性もあるかもね」

 

「ゆ、幽霊!?!!な、なななな何言ってるのよ春花様!!?」

 

「廃校って聞くと、何となくそういうの想像しちゃわない?実は幽霊でしたーってオチとか、何かと納得できると思うけれど」

 

「てか幽霊って触れるんか、ワシも触ってみたいもんやな」

 

「お、おい春花!真面目に探索するぞ!!変なことを言うな!!」

 

「あら…未来を怖がらせようとしたのだけれど……まさか焔ちゃん…」

 

「い、いや私はお化けなんて怖くないぞ…?ほ、本当だぞ??何だったら妖魔同様に叩き斬れば良いだけだしな!」

 

「焔ちゃん、なんだか可愛いですわね。そんな一面があったなんて、一年長くいる中で初めて知りましたわ」

 

「わしもや、てか妖魔と幽霊って関係性としてどうなん?気になるわ」

 

 未来が元々怖がりというのは、蛇女にいた頃から知ってはいたが、どうやら焔もオカルトやホラーに関してはてんで弱いようだ。妖魔は兎も角として幽霊が怖いなどという一面を見せるのは、男勝りな焔にしては乙女な部分がある。

 

「妖魔は忍の血が集められた膿のような化け物としか聞いてないからな……とはいえ、歩き回っても全然出てこないな…」

 

「そうですわね、廊下を歩いたり教室があったり、学校時代を想起させますが…妖魔も見当たりませんし……ん?」

 

 ふと詠はある物に釘付けになるように視界に留まる。詠の異変を察した焔は「どうした?」と詠の視線の先を向ける。

 

「あれって…人が倒れてる?忍装束が…!」

 

「本当か!?行くぞ!」

 

 視線の先には、長い廊下の先に忍装束が血みどろになって伏せている。人が倒れてるのだろう、生きてるかどうかはさておき、五人はその元に駆けつける。

 

「おい!しっかりしろ!その傷は一体……」

 

 焔が忍装束に触れた瞬間、冷たくて軽いものが手に伝わる。

 それは、もう大分時が経っているためか、酷い死臭を漂わせ、白骨化した忍の遺体が横たわっていた。

 

「ひっ!?」

 

「酷いわね……しかも頭蓋骨が砕けてる…殴られた後みたい……白骨化するほどってことは、もう大分昔から…」

 

「こりゃえらいこった…衛生部隊か、忍務に駆けつけた忍さんか…どちらにしろ酷い有様やで」

 

「やっぱり此処に妖魔が…」

 

 名も知らない忍の遺体に再度、此処の危険度を思い知らされる。妖魔討伐に赴くとなれば、カグラに近い忍かカグラか…どちらにしろ上忍である以上は自分たちよりも階級も立場も年齢も上な忍だろう。

 いざこうして死した者を目の前にすると、流石に言葉が出ない。

 

「……先へ、進むぞ。みんな、心して行くぞ」

 

 焔の声に怯えも恐怖もない。

 ただ、いつものように戦場に赴く戦乙女のような凛とした声色は、微熱を籠り、暖かな感情はない。

 いつもの真剣な時の焔だ。いや…今以上にと言って良いだろう。

 探索して早々、死体を見つけるとは…弔ってあげれないのが残念と言うべきか。

 上層部の情報通り、ほとんどの忍が行方不明となってるとは予め聞いていたし、死んでるケースが殆ど高いとは想像も付いていたが、人間なんでも想像してたものが現実として突きつけられると解っていたとしても動揺を隠せないでいることがある。

 

「さて…鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 妖魔の巣窟とはその名の通り、妖魔が巣食っている住処のこと。一体の妖魔でさえ未知数な上に、一体どれほどの妖魔が此処にいるのか。

 暗闇の中でも多少灯りが点いてるのか、灯火が付いている。今にでも点いてるのもまた不気味だ。お陰で視界が明るくなったにしろ、それは妖魔自身もこの暗闇を徘徊するのに必要なのかもしれない。

 

「此処は敵陣…油断なく――」

 

 進もう。そう言おうとした途端、数メートル先の廊下の左側から影が蠢く。

 

『ッ!』

 

 一同は目を丸め叫びそうな声を息を殺して止める。

 廊下の右側から姿を現したのはまぎれもない妖魔だ。

 体が茶色と黄色の縦長に、まん丸とした球体な目玉が飛び出ており、ギョロリぎょろりとあちこちに視界を巡らせている。体はまるでエクレアのようになっており、どこか甘い香りがする。お菓子の形をした妖魔というのも初めてみるもので、手や足は白いクリームのようになっている。

 

「妖魔…!」

 

 ぎょろりと向けられた目玉が焔達の視界に入り、彼女たちの存在に気づいて此方へ振り向く。

 どうやら気づかれたらしい…どの道妖魔は対処すべきことに変わりはない。焔達はそれぞれ武器を構え迎撃の準備に入る――が。

 

「……ぎち…みちゃ…」

 

 妖魔特有の声をポツリと漏らしながら、なんと、焔達を見つめてもなお、また辺りをぎょろぎょろ見渡しながら、奥の廊下へと視線を向けると、焔達に背中を向けて何処かへ行ってしまった。

 

「えっ…?」

 

 最初に声をあげたのは未来だった。

 いや、たった未来のこの一言は他の四人の声を代弁したと言っても良いだろう。

 意外という言葉では片付けられない程に、妖魔は忍達を見て無視した。それどころか殺意も敵意もなく、何故か妖魔特有の血生臭い腐臭さえもなかった。

 

「あれ…妖魔よね?私達を見ても襲わなかった?」

 

 実は焔達は既に妖魔を討伐したことがある。

 忍務上ではないのだが、いつも抜忍でも鍛錬を欠かさないようにと修行をしていた場所に偶然妖魔が湧いて出たことがある。

 その時は一か八かで妖魔を倒すことに成功したし、充分危険な橋を渡ったなということもあるが、基本的に戦闘を繰り広げた妖魔達の殆どが、自分たちに敵意と殺意を剥き出し害を成した。

 だが今の妖魔はどうだ?

 敵意も殺意も、害意もなく、まるで通行人に軽く挨拶をするようにただただ何処かへ行って姿を消してしまうだけ。

 拍子抜けという訳ではないが、妖魔は人間に害意をあだなすといわれたばかりに、自分たちを見ても何もしてこなかった妖魔に、とにかく驚きが隠せないでいた。

 勿論、焔達だって妖魔を倒したと行ってもほんの数匹、指で数えるだけ。偶々好戦的ではない妖魔だったのかもしれないし、自分達の関係が分からないのもあるのかもしれない。

 

「罠か?」

 

「アタシ等を誘ってるってこと?んー…でも、あいつにそんな知能はなさそうだけど…」

 

 知能の高い妖魔ならやりかねないが、態々する必要性が感じ取れない。況してや此方が妖魔の巣へ来ること自体知らない妖魔達が打ち合わせをしたとも考え難い。

 

 何やらこの妖魔の巣窟は、普通ではないようだ。

 

「どうする焔ちゃん?相手に敵意がないのなら…やっちゃう?」

 

「んー……」

 

 焔は考えた。

 妖魔の掃討も任務に含まれてる以上、確かに相手が妖魔である以上は討伐するのが筋…然し、敵意のない妖魔を下手に刺激させれば却って何が起こるか分からない。

 危険は付き物だというのならそれまでだが、わざわざ攻撃してこない妖魔に対して此方が危害を加えるというのは、気が引けるというか、必要性がないと感じるべきか。

 偶々温厚なだけで、敵と見てないだけで、その気になれば此方を殺しにかかる可能性は決して低くないのだ。

 

「…後を追うか。此方に攻撃を仕掛けてくるのならいつでも返り討ちにできるよう態勢を怠らなければ良い。何より、妖魔は私達の敵だ。

 温厚な奴とは言えど、ここに来て派遣された忍達が奴等に殺されたのも事実――様子を見てから判断しても遅くはない…かもな」

 

「珍しいな焔さんがそんなに考えるなんて、明日は槍が降りそうやわ」

 

「普段は猪突猛進で考える前に体が動いたーみたいなこと言いそうなのにね」

 

「お前たち酷くないか…?」

 

 日影はほぉーと感情はないが感心しており、未来はつい本音を零してしまう。そんな二人の発言に眉をひそめる焔を横目に、詠はそんなやりとりを見てふふっと微笑んでいる。

 

「決まりね♪悪いけど…道案内くらいの役割はあの子に果たして貰わなくちゃね」

 

 

 

 

 

 

 

 此方に振り向く素振りもなく、妖魔はある程度長い廊下を右や左や真っ直ぐに進んでいく。

 周りを見渡すとどこもかしくも教室や本棚だらけで、方向感覚が狂いそうになる。

 妖魔自身が何を目的として動いてるかもわからないし、単に何も考えずに動いてるのかもしれない…野生動物に似た何かを感じさせる。

 

「ねー…なんか同じ景色ばかり見てるせいで、どこまで歩いたかわかんない…なんか同じ所をぐるぐる回ってるような…」

 

「何か収穫があれば良いのだけれど、期待できそうにないわね…かと言い他にも違う妖魔と合流されたら面倒だし…未来はああ言ってるけれど、このままじゃ私達、迷子になって脱出さえ困難になりそうね」

 

 ここまでトチ狂うような構造は、間違いなく忍学校に似ている。母校だった蛇女にも似ているし、迷路のようなこの校舎内は恐らく蛇女より…まるで迷宮のようなダンジョンだ。そしてそんな校舎内を彷徨くのが妖魔と聞くのだから、此処がどれだけ危険なのかはもう十分に理解ができるだろう。

 

「迷路のような巣窟に、徘徊する妖魔…そして妖魔と関係してる噂の少女……思った以上にハードルの高い忍務ですわね。上層部が派遣した忍達が生きて帰ってこられなかったのも、忍務が未だに果たせてないのも、頷けますわ」

 

 ふぅ…と溜息を吐きながら冷静に物事を整理し考える詠に、一同は納得するが、気が遠くなる一方だ。

 

「お、動き出した…さて、見失う前に再び此方も…」

 

 先ほどの妖魔が動き出し、尾行するようにと動こうとする焔。次の瞬間――

 

 

「…ねえ、貴女達。何してるの…?」

 

 

 聞き覚えのない、知らない声が5人の耳を打つ。

 

『!?』

 

 紅蓮隊のメンバーのどの声でもない、透き通った声に一同は驚き、声主の方向に反射的に意識を傾ける。

 

「きゃっ!?」

「ひっ!」

 

 詠も未来も思わず可愛らしい悲鳴を上げてしまう。無理もない、今までここに来て、紅蓮隊を除いた者に声を投げられたことなどなかったのだから。

 

「…人間?」

 

 廊下からすぐ右後ろに見える教室から現れたのか、そこに立っていたのは白衣を纏った少女だった。

 容姿的に一目見て、服は春花の忍装束と同じく薬剤師か研究員が着こなしてるものに近い、多少ボロボロにもなっている。

 淡い金髪は長く、両耳が隠れるほど長い右の前髪は三つ編みされている。眼鏡を掛けた少女の肌は透き通るように白くて、純粋で美しい。ハワイアンブルー色をした綺麗な瞳、美人と呼ぶに等しい女性は、無表情で此方を見つめている。外見的特徴からして眼鏡をかけた白衣の金髪少女といったところか、未来と似た身長の為、自分達と同い歳か、年下の幼い子供だと判断できる。

 

(コイツ……声をかけられるまで気付かなかった)

 

 脈打つ心臓を抑えながら、焔は固唾を呑む。

 声を掛けられた事には驚いた…然し、焔は気配に敏感で、意識を持った者に対する視線などは肌に触れるように分かる。だから、騙し討ちや不意打ちなど焔には通じないし、総司もこの手を使っても通用しなかった程にだ。

 そんな触覚にも特化した野生的な面もある焔でさえもこの少女に声を掛けられるまで気付かず、驚かせたのだ。

 

「まだ子供じゃない…!?」

「遭難者…ですかね?」

「びっくりしたぁ…口から心臓が飛び出るかと思った…」

「未来、幽霊ちゃうと思うでアレ」

 

 幼い子供を前に、勝手に言葉が飛び交う。

 日影は多少驚きはあったものの、感情を表に出してない事から冷静な判断もできている。

 

「生き残り…いや、まさか……噂の…?」

 

 焔はふと、忍務の内容に「妖魔と手を繋いだ少女」というワードが自然に結びついた。

 現に妖魔と手は繋いで無いが、妖魔が巣食ってるこの場所に、生身の人間が平然とここにいるのは不自然すぎる。

 考え事にめり込む焔や、他の四人の対応…いつまでも返事がこない事に、少女は不愉快そうに怪訝な顔立ちをする。

 

「…ねぇ、貴女達。私が質問をしているのに対して、勝手に自分達で話をして無視しないでくれるかしら?」

 

 彼女の言ってることはご尤もで、そう言われると此方側も彼女のことを放っておく訳にはいかない。

 

「お前こそ此処で何をしている…?此処は立入禁止、危険区域に指定されているが…」

 

「………」

 

 焔は敢えて此処は自分達が忍であることは明かさず、相手の正体を探るように言葉を使う。元悪忍且つ、忍務によって通常の学生に紛れこんだり、一般人になりすましたことなど当たり前で、バイトをしてる身とすれば、そう言った正体を明かさない接し方には自信があった。

 だが、そんな焔の発言にまたもや少女は不快そうに染め上げる。

 

「……最初に質問をしたのは私なのに、質問を質問で返すのはどうかと思うのだけれど。それだと最初に下した私の『貴方達が何をしているのか』という質問は、永久に闇に葬られると思わない?」

 

 正論ではあるが、何処か曲がっているような…いや、間違ってはいないし正直彼女の言ってることが正しいのだが。

 

「それとも、沈黙をするということは何かしら言えない事なのかしら……人間が来るなんて久方ぶりだし、迷い込んだにしては、何かを探ってるように見えるのは気のせいかしら?

 そもそも立入禁止だの、危険区域に指定されてると言うのなら、貴女達が此処にいる時点で既に可笑しな話だし、矛盾しているわ――逆にそんな場所に貴女達がいること自体、まず不自然な事だと客観的に見て思うのだけれど」

 

 とてもドライな言い方ではあるが、彼女の一語一句は全て間違っていない。

 どうやら見た目に反して頭がキレるようで、焔達に不審や警戒されてしまってる上に、何処と無く鋭い。

 然し「人間が来るのが久方ぶり」という発言からして、恐らく任務の詳細に載ってた少女で間違いはないだろう。

 

「ああいや…何、私達は忍務というか、仕事というか、調査…うん、此処に行方不明者がいるって聞いて、救出探索に来たんだ」

 

 咄嗟な言い訳を思いつきながら焔は静かに語り出す。

 強ち間違いではない、実際に行方不明者が出てるのは事実だし、調査するための探索は勿論のこと、できれば少女の捕獲を救出と例えて行動に出れば、嘘ではなくなる。

 屁理屈なようにも聞こえるし、少女を捕獲して何をするかは分からないが…。

 

「救出、探索……ね。それにしては、限度があると思うけれど」

 

「?」

 

 少女のポツリと溢れた言葉に、焔は小首を傾げる。

 

「でもアンタ、随分と小さいのにこんな所にいて大丈夫なの?その、此処は凄く危険だし、後その……化け物が徘徊してるみたいだけど、平気なの?」

 

「貴女も私と大して変わらないと思うけれど」

 

「はぁっ?!!な、何!?アタシが小さいって訳!?なんかムカつく!」

 

「未来、言い出しっぺは貴女なのに…というかこんな所で変に争ってる場合じゃないわよ?

 それに、私達は質問に答えたわね。それじゃあ今度は私たちから…貴女はこんな所で何をしてるのかしら?」

 

 憤慨する未来の頭を撫でて宥めながら、春花が質問を行う。彼女の言動からして礼儀はさておきとして、質問に対して無視したり、質問返しをしたのを見た限り、自分たちの質問にも答えてくれる。

 彼女が忍務の目標かはかはさておき、話が通じるのであれば、此方の理屈には乗ってくれるだろうと判断した。

 

「私?……それを、何も知らない貴女達に答える義務があるのかしら。ましてや土足で他人の()に踏み込む貴女達に」

 

「い、家?随分と変な例えをするのね貴女…」

 

 意外な言葉の返し方に、春花は目を丸めて少し引いている。

 彼女の発言的には此方も「私達は答えたでしょ」と言いたかったのだが、妖魔の巣を家呼ばわりする彼女に拍子抜けしてしまう。

 

「……………何が変な例えなのかは分からないのだけれど。

 でも…そうね、貴女達は私の質問に答えてくれたし…状況と平等性を鑑みて私も答えるのが筋というものかしら?それなら、貴女達の疑問に答えるべきね。

 

 率直に答えると…私が自分の家で何をしてもどうだっていいでしょう?くらいかしらね、返答とすれば」

 

「ね、ねえ…さっきからアンタ、家って言ってるけど…何者なのよ?」

 

 自問自答をしながら、考察と正論を重ね、自分の家で過ごしてると語る彼女に、未来は益々不審を抱く。それは皆も同じこと。

 

 

 

「私?私は妖魔よ?」

 

 

 

 だが次に発せられた少女の言葉は、思わない真実を解き放ち、全員の心臓を鷲掴むように、揺らがす。

 

「妖魔!?この子が…?でも…」

「俄かに信じ難いですわ……ですが、自分を妖魔と名乗ると言うことは…本当に?」

「人間の形をした妖魔とかいるんやな」

「ちょちょっ!?でもアンタどう見ても人間でしょ!?」

 

 訳がわからない。

 と言わんばかりに、四人は混乱の真っ只中にいる。それもそうだ、自分から妖魔と名乗る人間など見たことがないし、況してや今まで見てきた妖魔と違い、何処からどう見ても人間だ。

 

「妖魔だと…?いや、でも…お前から発する匂いは……」

 

「………っ」

 

 妖魔と名乗る少女にリーダー格である焔も動揺は隠せなかった。然し、彼女からは何処と無く普通の妖魔と匂いが違うし、何より喋る妖魔など見たことがない。

 そんな五人の様子を見ていた少女は、とても不快そうに睨みつける。

 

「…そう、貴女達はやはり、侵入者…()()()()なのね…」

 

 

 少女は低い声でそう呟くと、数歩後ろへ下がり暗闇へと溶けるように消えていく。

 まるで、敵意を向けるその眼差しは、何かを決したかのように、だがとても冷たく、余りにも冷徹だ。

 

「おい待て!まだ話は終わってな――」

 

「みぎゃあぁぁぁ!!!」

 

 消え行こうとする少女を制するべく止める言葉を投げる焔に、先ほど尾行されていた妖魔がいつのまにか此方に向いており、雄叫びを上げながら牙を剥き出し、不安定な形をした腕を振り上げていた。

 

「なっ!?こいつ…!」

 

「焔さん!危ない!」

 

 完全に虚を取られた焔は、迎撃をしようにも反応できず、先に妖魔の鋭い爪が襲いかかる。

 が、それを間一髪の形で詠が大剣で攻撃を防ぐ。

 焔の前に立ち、妖魔の振るった腕を食い止める詠に続き、日影は素早く妖魔の死角にまで移動し

 

「ぶっ刺し!!」

 

 ナイフを脳天に貫くよう、ナイフで串刺しにする。

 ぶしゅぅっ!と弾け噴く赤鮮血、妖魔は嫌がるように苦痛の叫びを上げた。

 

「ぎゃあぁぁ!ばあぁぁ!!」

 

「なんや…こいつ?」

 

 日影の攻撃が効いてるのは分かるし、手応えはある。

 だが…妖魔が悲痛の叫びを喚きながら嫌がる様子は、少ない妖魔との戦闘では初めて見る光景だった。

 大抵は獣の如く、痛覚を与えれば刺激を受けるように此方に反撃を仕掛けてくるというのに…

 

「秘伝忍法――『DeathKiss』!!」

 

 などと考えさせる暇はなく、苦しむ妖魔に春花は投げキッスをすると、ハートが具現化し、それが大きくなるにつれて相手に向かって大爆発を起こす。

 

「ーーーーーーーッッ!!!!」

 

 大爆発と共に、肉体が四散した妖魔は、断末魔を上げて消え去った。妖魔にしてはそれほど強くはなかったが、かといって呆気なさもある。手応えというより違和感が強い。

 

「なんか…思ったより大したことなかったですわね…一匹だけとはいえ、私達の実力でも対処出来ましたし…」

 

「わしが言うのもなんやけど、あの妖魔にちょいと酷すぎる事したかもしれんなぁってくらい、そんなに凶暴じゃなかったわ」

 

「何言ってんのよ詠お姉ちゃんに日影!!相手は血も涙もない妖魔よ?敵よ!それなら慈悲なんて無用よ!!」

 

 大剣を下ろす詠は指先を唇に当て、日影はナイフをしまいながら、多少嫌がる妖魔に何かしら思う事があり、未来は大きな声で喚く。春花も詠と同じ意見だろう。

 

「でも…私たちが戦った野生の妖魔の方が手練れではあったわよね…不意打ちで倒すのならこんな呆気なくも分かるけれど……って、焔ちゃん?」

 

「…いや、あの妖魔…本気じゃなかった。というか、動きが他の妖魔と違って戦い慣れてない…素人みたいだった」

 

 焔は険しい顔立ちで顎に手を当てながら、消えゆく妖魔の残骸を見届ける。焔は戦闘ではセンスの塊というのもあって、勘が鋭く相手を見る目は一家言あると言っても過言ではない。

 

「他の妖魔には獰猛さと肥溜めた血生臭い臭いが鼻をつんざくほどだ。未だに慣れないあの邪悪な気配…然し、先ほどの妖魔は敵意もなければ、本当に害意がない」

 

「で、でもでも!焔を襲ったじゃない!それなのに何処に害意がないなんて根拠が…」

 

 未来の反論に焔は口を固く閉ざす。

 たしかに害意や殺意はなかった…。敵意は多少あったにせよ、未来の言った害意がない根拠が説明できないし、自分も詳しいことは分からないので、何も言えない。

 そもそも、妖魔は人間を襲い忍の敵だという風習があったのにも関わらず、これではまるで自分達が妖魔の敵であり、危害を加えてる危険分子のように見える。

 敵といえば、少女も確か自分達を見てそう呟いていた…妖魔が徘徊する中で少女が無事なのも、同類だからなのだろうか?

 同じ仲間なら襲われる可能性も危険性も大きく低くなるし、同族争いをしたという噂は聞かない。

 ならば、少女が妖魔である可能性が高いのは否定できないだろう。

 

「考えても仕方ないな、よし皆んな――アイツを追うぞ!!」

 

 考えても拉致が開かないし、なによりこういうのは得意ではない…考えるよりも体を動かす焔からすればここでうじうじと考え悩むより1秒でも早く体を動かして少女の後を追う方が賢明だと判断した。

 その選択肢は間違いではないし、なによりもし少女が敵ならば場合によっては…いや、それは流石に急かしすぎてるだろう。

 

 

 どうやら、まだまだ暗闇の迷路を彷徨う必要があるらしい――

 

 

 

 

 

 

 







実はこの子、裏ストーリー一章の最後らへんに出てるんですよ。


ていうか紅蓮隊の皆んな久し振りなのとオリジナルストーリーだから難しすぎる…


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