光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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188話「通形ミリオ」

 

 

 

 

 治崎の手に触れられたコンクリートの地面は、瞬く間に崩壊を始める。砂の粒状へと繊細に割られ、分解されて行く景色は、何と言う幻想的な光景だろう。

 そう端から見れば息を飲み、喉を詰まらせるような、芸術に似た何か。死柄木の崩壊に似た個性ではあるが、実際は少し違う。

 一瞬で分解されたコンクリートの地面は、凡ゆる茨のように、無数の棘状へと修復され、矛先をミリオに向ける。

 

 長年の個性による鍛錬と修行、サー・ナイトアイの指導もあってか、熟練された動きでミリオは透過を発動し、上手く致命傷を避ける。これだけなら簡単だ。

 だがしかし、此方には安全に且つ無事に保護すべき対象の幼女、エリを抱きかかえている現状は、かなりの難易度を高めている。彼女を巻き込まない為にも、出来るだけ被害を受けさせないようにしなければならない。

 

「お前…この子ごと!!!」

 

「すり抜ける個性は自分のみ適用か…お前の個性は厄介だが…人質には弱い」

 

 怒号を孕ませたミリオの声色にピクリとも動じず怖気ず、淡々と相手の実力を解析する治崎は、修復序でにミリオが通っていた道を壁で封じた。

 通形ミリオの個性は無敵ではあるが、決して万能ではない。すり抜けの個性はあくまで自分のみ適用し、触れているエリや他の人間、物は適用されないのだ。

 だからこそ、一方間違えれば保護すべき人質を死なせてしまう危険性は極めて高いのである。

 

「これで壁も作った、かなり分厚い壁だ。もうお前は来た道を帰れないし、俺からは逃げられない。

 ――ああ、それとコイツを修復できるのは俺しかいない。万が一にでも傷つけて見ろ?救うべき正義のヒーローの名が泣くぞ?」

 

「ッ…!!」

 

「それに…だ。心配しなくとも俺は相手を分解した後に直ぐ修復さえすれば、元通りになる。その分、絶え間ない苦痛を味わうことになるが…エリはよく身を以て知っている。()()()()()()と思う?」

 

「こ……いつ……!!!」

 

「理解できるか?ソイツの苦しみを、人殺しのそいつの痛みも苦しみも絶望も、理解できるか?見捨てたヒーローさんがよ」

 

「……ッッ!!!!」

 

 治崎の挑発紛いな発言に、段々と表情は強張り、憤りが昂ぶって行く。

 解っている…本当は、治崎は態と相手を煽って冷静さを欠かせようとしているのも、それで自分に致命的な重傷を喰らわせようとしているのも。

 ミリオは常に冷静な判断に伴い先を見据えて行動を取っている。そこを突くというのは、治崎も出来る人間だ。個性にかまけた三下ではない。

 

「クロノ」

 

「ええ、分かってやす」

 

 ムクりと上半身を起き上がらせ、蹴られた顔面に手を当ててるクロノは、懐から銃を取り出し、引き金を引く。

 

「コイツを打ち込まれりゃ、おじゃんですぜ」

 

 クロノの発言からして、恐らく異能破壊弾が詰め込まれてるのだろうう。

 クロノは死穢八斎會の若頭補佐の立場だ、治崎が尤も信頼を寄せてる一人でもある。何より個性が厄介なので、願わくば早急にカタを付きたい。

 

「壊理を抱えてる腕を狙え間抜け」

 

「間抜けて…あんな精密な個性の使い方されるとは思ってもいませんよ…」

 

 治崎の余計な一言に、クロノは苦笑紛いな声色で――

 

「まっ…相当、鍛えてきたんでしょうね」

 

 ――標準を定め、二回発砲する。

 サンプル品とはいえ、一時的にも個性や忍術と言った異能を消すのであれば消費は避けたい。

 大量生産できる訳でもなく、時間もかかるため、数に限りがある。なので、なるべく最小限で抑えつけ、相手を無力化する。それが出来れば勝ったも同然。

 

(玄野…!今の一撃でも気絶は難しかったか…出来れば一回の蹴りで倒したかったけど…!

 それより向こうの狙いは多分、俺の無力化だ。じゃなきゃあんな大規模な分解と修復の真中、銃を取り出す訳がない!)

 

 治崎の個性は強力だが、それ故に連携となれば話は難しくなる。玄人野の個性は遠距離には向いておらず、近距離戦向きだ。それも含めて銃を取り出してるのが、その仮説を裏付いている。

 治崎も同様――今すぐにでも分解と修復の個性で追い詰める事は可能だが、それではミリオが飛び回る上に標準が定まらない。その上、クロノの破壊弾を水の泡にする可能性は大きいので、下手に動くのは愚策だ。

 

(だからトゲトゲは来ない!!)

 

 冷静な判断と思考力、何よりも頭の回転の速さは、流石と言った所だろう。壊理や自身を諸共、マントで隠すように体を上手くズラす。

 

「…っ!ヒーローのマントって、唯のカッコつけだと思ってやしたが、そうやって使うんすね」

 

 妙な所で関心しながらも、見事に銃弾の2発を外してしまうクロノは、相変わらず顔を隠しながらも表情や感情が伺えない。

 決して舐めてる訳ではないし、油断も手加減もしていない――個性に頼らずとも、こう言った手慣れた武術や鍛錬を重ねてる人間を、いつも側で見てきたから。

 

 ドフッ、とマントが放り置かれると、モゾモゾと蠢いている。あの大きさから推測して、壊理と判断して間違いないだろう。

 

「クロノ!」

 

 そう判断した治崎は、一秒でも早く補佐の名を呼ぶものの――

 

 

「――がっ…!」

 

 

 それと同時に銃を手にしてた腕を、透過を駆使して殴り、手放してしまう。ガシャッ!と軸を回転しながら床を滑っていく銃に、ミリオの猛攻を避けながら手にしようとするも、腹部を蹴られて凶器から離れてしまう。

 

「すいやせんオーバーホール!こっちは避けるだけでも手一杯でっせ!」

 

 クロノの情けない声に、思わず舌打ちをする治崎は、クロノを囮にして壊理の人質を優先する。

 

(いや、良い!クロノがそのまま惹きつけ役として囮になっていれば、その隙に壊理を……)

 

 

「そう言う奴だよな――」

 

 

 ふと背後から、先程までクロノを相手にしてたミリオの声が、より近く聞こえた。まるで真後ろの近距離にでもいるかのように。

 そんなハズは…と振り返ると同時に手を向けると――ついさっきまで、ほんのさっきまで抵抗していたクロノは、既に倒れていた。

 

「おい――もう……」

 

 倒したのか?そう咄嗟に、今思っている言葉をそのまま口に出してしまう治崎を前に、ミリオは強く握りしめた拳をそのまま

 

 

「――お前は!!!!」

 

 

 顔面に向けて、ブン殴る。

 治崎の手を透き通り、拳の表面を個性解除する事で、すり抜けた上で相手に打撃を与えることが出来る。

 常軌を逸し、常人離れした神業に、そのまま握り拳を頬に減り込まれる治崎は、流れるように思いっきし床に頭を打つように倒れて行く。

 

「ヒーローがマントを羽織るのはいつだって!痛くて辛くて苦しんでる人を、優しく包んであげる為だ!!決して飾りでも気取りでも何でもない!!!」

 

 これまでフツフツと溜まっていた憤りが、火山の噴火の如く吹き荒れる。一つ一つの熱く、震える声に、マントから顔を出して覗く壊理の表情が、少しずつ変わっていく。

 

「相手をよく見て次の行動を予測する予測する――一介のヤクザや弱小だなんて思えない身のこなしに、強力な個性!お前は強いよ治崎、たしかに強い!!!」

 

 個性も、動きも、予測も、何から何までに単なるチンピラや雑魚敵とはかけ離れた強さとポテンシャル。

 何よりミリオの動きに対応できるその技術は賞賛に値すべきものだろう。ただしそれは単純なる強さでの話、だったそれだけのこと。

 

 

 

「でもね――俺の方がもっと強い!!!!」

 

 

 

 一気に跳躍で高く飛び、そのまま頭部を思いっきり殴りつける。

 ゴンッ!と嫌に際立つ音は頭蓋骨に頭を響かせ、以前連合のマグネに鈍器で殴られたあの痛みが鮮明に蘇る。

 

「ッ…!ッ……!!」

 

 それだけならまだしも、まだまだミリオの猛攻は止まらない。

 治崎が行動しようとする前に、予測して対策を繕う前に、ミリオの圧倒する猛攻と、透過という個性を組み合わせたコンビネーションに、対応どころか、手も足も出ない様子だ。

 頬、頭部、肩、溝、膝、脚、腕、手首、胸部、様々な部位を一つ一つ、本気で込めた拳を入れられ、全身にズキズキと痛みが迸る。

 

「………っ!」

 

 それを遠くで見つめてたエリの表情は、少しずつではあるが、晴れやかなものになって行く。

 先程まで…今に至る前までは、絶対に勝てないと思っていた。あの治崎に、簡単に人を殺し、人権を掌握する悪魔に、叶わないとさえ思っていた。

 これまでに自分が我儘をして、または些細なトラブルの失敗さえも、自分の部下を殺すような人間に、誰一人としてあの男に勝った姿など見たことないから。そうやって、治崎には誰にも勝てないと、そう考えながら、恐れながら生きてきた。

 

 だけど、今目の前に映る光景は、壊理の縛られた呪いの常識を、次々と打ち壊していく。

 あの治崎の攻撃や個性を捌いていき、尚且つ現状自分に被害が及ばないようにと最新の注意と配慮をしながらも、こうしてあの治崎を圧倒しているのだ。

 

 

『俺が君のヒーローになるから!!』

 

 

 あの時、ミリオが壊理にかけた言葉に、勇気をもらった幼女は、少しではあるが、強くマントを握る。

 

『もう決して君を見放したりしない…見過ごしたりしない…!!君を悲しませたりしない!!!』

 

 その言葉が、エリの心に光の灯火を与え、表情も段々と希望の色に変わっていく。

 無理だ、出来ない、倒せない、そんな絶望を打ち砕いていくかのように、今まさに彼女の心境は、段々と変わりつつあるのだ。

 

 

「もう指一本この子に触れさせやしない!!二人まとめて倒してやる!!

 

 ――お前の負けだ治崎!!!」

 

 勝利を断言したかのような宣言と同時に、鈍い痛みと共に脳が揺さぶられる。朧げになりつつある意識から、微かに脳裏に浮かぶのは…

 

『お前、寄る辺がねェならウチに来い小僧――名前は?喋れるか?』

 

 組長だった。

 あの時は両親も頼れる親族も居なくて、ずっと一人で外で歩いてた所を、目をつけた組長が俺に声をかけたんだ。

 聞かれるままに、俺は答えた――

 

『治崎 廻…』

 

 

 

「気安く呼ぶな…その名は捨てた!!!」

 

 極道に入ってからもう、組長が眠りについてから、既にその名は捨てた。だからこそ、捨てた己の名を補う為に、汚れ仕事をするが為に、〝オーバーホール〟と名付けたのだから。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……若…!」

 

 一方その頃、治崎と通形ミリオが奮闘してる真中、暗闇の廊下を這いずく張る男が一人。

 

「若…!歩…まねば…!!と、もに…」

 

 其れはつい先ほど、踊里と共にミリオの行く手を阻むも、無残に気絶させられてしまった男、音本真だ。

 ヨロヨロの体に鞭を打ちながら、死に物狂いで体を引きずる男は、涙を流し爪が剥がれながらも、せめて主人を守らんとするばかり、歩を止めない。

 

 完膚無きまでに打ちのめした音本は、成すすべなく失神して十数分は意識混濁で動かぬようにした。手加減せずの本気の猛攻を食らえば、一溜まりもないだろうに、それでも音本が意識を失わずに動けるのは――治崎に対する強い理念と信頼、何よりも繋がる絆だろう。

 

 音本は幼少期の頃、個性を使って他人の心を探り当てていた。特に表情を立てながら妄言を吐くような人間を中心に。

 本音を問い出すと、人はいつも嘘をついていた。

 なぜ嘘で繕うのかを問い出すと、人は狼狽え、音本を避け、やがて遠ざかって行った。

 

 人間の半分は嘘で出来ている。

 簡単だ――人の心は弱くて脆く、嘘で繕い保身を手に入れて、身を守るからだ。其れを証拠に、音本に探られても遠ざからない人間はいなかったし、全員どれもこれも、嘘だけを吐き続けてきたから。

 だからこそ、いつも人間は真実に弱く、心が弱く脆いからこそ、信頼も信用も出来ず、疑い探り合い、本音を吐かずに嘘を繕い生きている。

 

 そんな周りの人間に呆れ、時には憤り、やがて全てが嘘まみれだと知った時は、自分自身も嘘を吐くようになっていた。

 それが詐欺師になった理由で、特に権力や金には大した貪欲など持ち合わせていない。

 

 ただ、音本は…信頼しあえる本物の仲間が欲しかっただけだ――

 

 

 

 そんなある日、八斎會の若頭と呼ばれる治崎は、竜燐とクロノを護衛にしながら勧誘をしてくれた。

 彼の本心は…

 

 

『俺の仲間になってくれ音本、お前がいてくれると心強い』

 

 

 ――何よりも、隣り合う仲間だから。

 

「若が私を…!!!」

 

 だからこそ、歩まねば──!!

 

 涙と流し、枯れる声を張りながら、音本は爪が剥がれて血が流れる指に力を入れながら、這いずくばる。

 

 

「――音本!!!」

 

 

 偶然か、それとも仲間だからか、混戦の真中に音本の存在に気付いた治崎は、仲間の名前を呼び、一つのケースに入っている完成品を投げ飛ばす。

 

 音本の死角、気配も存在も認識していなかったミリオは反応に遅れてしまう。

 ケースをこじ開け、銃の中に完成品の弾を入れた音本は、ミリオを標準にして捉える。

 

 

 

「――撃て!!」

 

 

 ──斎は投げられた。

 

 




結局原作とほぼ同じになってしまった…くっそぅ、少しでもオリジナルを含めたいから、ちょっと苦手なんだよなぁ…

それと裏ストーリーの方も最近やる気が出てきたので、解消がてら本編やりながらボチボチ投稿するかも。

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