光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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皆んな久しぶりです。これを前書きで何回言ってきたことか…ぶっちゃけ読者も毎度その言葉を聞くのは飽きちゃうよね。




187話「連合暗躍」

 

 

 

 

「汚いな…お前」

 

 ポツリと呟かれた言葉は、殺意と憤慨が冷徹に込められていた。一般人が聞けば寒気がするような、エリちゃんに至っては脳髄に百足が這いずるような不快な感覚が堪らなく働いているだろう。今でも抱きかかえてる幼女の震えは止まらない。

 

「戻って来い壊理、殺されちゃう?この期に及んで何を言い出す?何度言ったら分かるんだ…これだから物分りの悪いオマエは…手が焼ける…」

 

 ミリオの拳を掠っただけで、頬に蕁麻疹がブツブツと膨れ上がる。汚らわしい…と言わんばかりにゴシゴシと服の袖で拭い落とそうとする治崎の潔癖症は、ペスト医師と呼ぶに相応しいものである。

 

「オマエは人を壊す、そうやって生まれたんだ」

 

 壊理と関わった人間は限りなく死ぬ。

 それが親だろうとヒーローだろうと構成員だろうと、関係なく。

 助かる人間など存在はしないし、例外もない。

 それは、彼女自身が身を以て知っている。

 

「だ、ダメ…!やっぱり…逃げて…!」

 

「大丈夫──聞かなくて良い!!」

 

 大きな、覆しようのない絶望を体験している壊理は、ミリオに逃げるよう促すものの、ミリオは力強く、温かい言葉で掻き消すものの、効果は無いと言うに等しいだろう。

 

「いつも言ってるだろう?解らんのか?お前の我儘で、俺が手を汚さなくちゃいけないんだよ…

 

 

 ――お前の行動一つ一つが人を殺す、そうやって生まれた…呪われた存在なんだよ」

 

 どう足掻いても覆せない、しようがない現実が、彼女の心臓を射るように突き立てる。

 

 

「どうして自分の娘にそんな酷い事が言えるんだお前は!!!」

 

 

 黙って聞いてれば。

 実の娘を脅し、黙らせ、恐怖を、絶望を与える治崎に、ミリオの怒りが爆発した。我慢の限界を迎えた青年は、荒ぶる感情を昂らせ、抑えてた理性を一瞬だけ解き放した。

 

 だが当の治崎は訝しげに眉をひそめるばかりか、小首を傾げて

 

「…?ああ、そうか。そうだったな、そう言う話だったな――一つ、訂正しておこう」

 

 全ての事情を知ると

 

 

「――俺に子などいない」

 

 

 真実を告げると共に、手を地面に触れ、一瞬でコンクリートの地面が広範囲に分解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、ありました」

 

 一方、各地でヒーローと忍側と、死穢八斎會が激戦を交わしてる中、一通り沈静化し目立つことなく忍、ヒーロー、警察から逃げ延びた敵連合は取り上げられた連絡手段の端末を、保管された部屋から取り戻す。

 治崎達に軟禁されて、外の連絡手段が出来ないままずっと地下で暮らしていたので、出向組として戦場に赴いた四人は取り返す時間すら無かったのだ。(ヒーロー達が乗り込んだと言う緊急事態が発生した為、イヤでも取り戻せなかった)

 

「よっしゃあ!これで漸くゴミみてぇな吐き溜めた蟻の巣から脱出出来るな!シャバな空気を腹一杯になって吸ってみてぇぜ!!」

 

「囚人かよお前は、ったく」

 

 悪ノリではっちゃけたトゥワイスのテンションに、ツッコミを入れる龍姫は苦笑を浮かべている。

 八斎會やらで何やかんやあったものの、四人の距離がこうして近づき、親近感がより湧いたのは、言わなくても感じ取れるだろう。

 

「まっ、もう此処には用はねんじゃねーか?って事でどうする?此処で皆んなでオフパコでもする?」

 

「でもでもさ、治崎が連れてた小さい女の子も気にならない?僕はまだまだ仕返して滅茶苦茶にしてやりたい気が収まらないんだけど…斬り刻まなきゃ気が済まない…的な?」

 

「ひゃっはぁ!無視かよ鎌倉ちゃんマジ悪魔!」

 

「でもまだ拭いきれない点は幾つかありますよねぇ…緑谷くんのボロボロな姿をもっと見てみたいってのもありますけど…

 

 

 今はそれ以上にオーバーホールくんに吠え面かかせてやりたいんですよね」

 

 惚けた顔とは裏腹に、残酷で澱んだドス黒い感情が顔に現れる。これが、彼女の本来の素顔なのか、はたまた連続失血殺人鬼の顔なのか、只ならぬ怒りが彼女を染め上げたのかは解らない。

 

「…ん?アレ…連絡一件、4分前から入ってる」

 

 ふと、そんな殺意の孕んだ空気の中、鎌倉の一言で全員が彼女に意識を向ける。

 

「4分前って、俺たちがこの部屋に入る2分前だよな?誰だよ、死柄木か黒霧か?」

 

「ううん、漆月ちゃんから…」

 

「何でしょうかね?」

 

「取り敢えず出るね?」

 

 不在着信として一件残っているのを、端末で軽くタッチして連絡を繋げる。生憎、ここの部屋は地上に近い上に、何故か電波が繋がっている。恐らくこの地下迷宮の中、治崎が構成員を集める為に、そういう構造にしたのだろう。そうなれば、自分達の連絡手段を封じるべく、四人全員の端末道具を取り上げたのも頷ける。

 

 トゥルルル!という電話の着信音のコールが一回なると、直ぐに向こうから電話が繋がった。

 

「もしもし、鎌倉だけど…漆月ちゃん?」

 

『おー、見込んだ時間にやって来た。勿論私の声に決まってるけど、久し振り過ぎて忘れちゃった??』

 

 そういうつもりではないのだが、と心の中で講義をしながら、「えっと…どうしたの?」と答える。

 ぶっちゃけた話、鎌倉はこのタイミングで彼女が掛けてくるとは予想外だったのか、少々困惑した声色を浮かべている。

 

『いやーあのさ、突然で悪いんだけどちょっと頼みがあってさぁ〜…』

 

「頼み事?あっ、僕達の方もちょっと気になる話があるんだけど…」

 

『は?あのさ、そういうの後にしてくんない?こっちだって京都にやって来たのに何が悲しくて雑魚の拷問してると思ってんの』

 

「え…?」

 

 拷問?

 いやいや、一体何をしてるのさ?と返事をする前に耳を澄ませば、グツグツと何かを煮る泡立つ音と、男性の呻き声が僅かに聞こえる。

 鎌倉が返事をする前に、電話越しの向こうで漆月が口を開く。

 

『んっとね、頼み事って言っても大した問題じゃないんだけど、八斎會の組長っているでしょ?あの寝たきりの』

 

「え、あ…うん。アレ?でもどうし――『だから八斎會の雑魚に聞いたんだってば』……」

 

 ――てそれを知ってるの?と聞く前に、漆月は鎌倉の言葉を問答無用で遮っていく。

 

『連絡出来てるって事は、アンタ達もどーせ八斎會の連中を上手く出し抜いたんでしょ?だったら尚良しってことで…

 そこでアンタ達四人の考えは、治崎に吠え面かかせてやろうって作戦を企ててるんでしょ!?』

 

「「「「!?!!」」」」

 

 今度こそ、この場の全員が喉を詰まらせる。近くで聞いてた三人も、漆月の声はきちんと聞こえてるし、スピーカー機能で内容を聞くのだって、なんて事は無いのだ。

 しかし何よりも驚きなのが…ついさっきまで自分達がどうやって治崎に吠え面をかかせてやろうかと考えていた真中、況してや彼女はこの場にもいないというのに、どうして四人の考えが分かるのだろうか?

 

『分かる分かる〜…解るよ?気に入らないものは壊したい主義の弔と同じように、やっぱりそう言った上から見下ろす連中を絶望に引きずり落としたいよねぇ…そんな貴方達の為を思っての頼みなんだけど。

 

 そこでトゥワイスは「どうしてオメェ俺たちの考えが分かるんだよ!エスパーかよスゲェーな!大した事ないね!」って言う!!』

 

「ふぁっ!?!!」

 

「何驚い…お前今マジで言おうとしたのか!?!」

 

 自分が言おうとするよりも、先に台詞を取られたトゥワイスは、目を見開いて素っ頓狂な声を叫んでしまう。この反応を見る限り、図星らしい。

 

「漆月ちゃん漆月ちゃん、トガ達も可能であればその願いを叶えてあげたいんですけど…その寝たきりの組長さんが何処にいるのか、分からないんですよね」

 

『ん?』

 

「悪いな、恥ずかしい話だけどよ…ウチら連絡手段は勿論、地下室に軟禁されててあんま情報とか絞り出せてねーんだよ…」

 

『あっ、いや…知ってるよ?』

 

「は?」

 

 知っている?何故、彼女がそれを知っているのだ?

 

『いや、だってアイツらゴクドーがウチらの仲間を殺しておいて、無警戒なままオマエらを野放しにする訳ないじゃん?

 うん?幾ら弱小雑魚どもの組でも、今でもこうして解体されずに生きてんだから、同じ敵の存在だったとしても心を開くなんて、逆に想像できないでしょ?』

 

「いや、ちょっと考えれば解るかもしんねーけど…」

 

『そーこーで!軟禁されてた可愛い仲間達の為に、私も一肌脱いであげるって訳よ。

 んーっとね、八斎會の組長の部屋の地図は写真で送るから、通話切ったらLI○Eの個チャで送るから、確認よろ』

 

「う、うん……あ、あのさ!通話切る前にちょっと聞いてもいい?」

 

『むにゃ?』

 

 通信を切ろうとする雰囲気を感じた鎌倉は、ちょっと焦り気味に彼女を引き止めるものの、何とか話を閉ざさず会話を続ける事に成功した。その事に胸を撫で下ろしながらも、他の三人はずずいと端末に近寄る。

 

「ちょっとどころか俺はメッチャくちゃ聞きまくりてーけどな!何ならスリーサイズもyo!!」

 

「写真の件と言い、ウチらの事といい、どうしてお前が詳しく知ってんだよ?」

 

「ちょっと監視されてるのかなって不安になったので、トガも一応聞きたいです。そもそも組長をどうするつもりなのですか?それ、まだ聞いてなかったです」

 

 流石に電話の要件で組長だの地図だの、頭が追いつかない言葉をマシンガンでぶっ放されれば誰だって驚くだろうし、疑問しか残らない。

 

『あー、他の二人の意見はともかく、トガの質問はちゃんと答えなくちゃね〜…拉致して欲しいの』

 

「拉致…?」

 

『そそ!一応さ、ちょっとある事思い付いたし、色々と試したい事があるのよね〜…

 って、か…!勘違いしないでよね!///べ、別にあんな植物状態のご老人なんて…す、好きじゃないんだから///ふ、ふん!///』

 

 何故ここでツンデレというものが発生したのか、理解出来ないが、取り敢えず彼女的に何か組長に要件があるのだろう。どんな理由から知らないものの、彼女の頼み事とあれば特に拘る理由は無い。

 

『組長の事に関してはね〜、調べてる時に前々から気になってたんだよねぇ〜♪だってだってぇ、治崎くんって…横暴というかぁ、ちょっと身の程知らず?というかぁ、一番目立ってるじゃない?

 オマケに弔きゅんに聞いた話だと、組長は一回も見てないとかぁ、全部計画や指示は自分で企ててるって感じだったしぃ?組長が全く動かないのも可笑しいな〜って思ったんです〜♪

 そこで、不満と不安と疑問と謎が残ってる八斎會を、あ〜〜んなことや、こ〜〜んな事まで調べまくったのら〜♡』

 

 今度は憎たらしくも可愛らしいメロメロボイスだ。彼女が何を考えてるか解らないが、此処に荼毘がいるなら「気持ち悪いのとクソうぜぇから辞めろ」と罵詈雑言を吐き散らかしそうだ。

 

『って、八斎會の会なのに会長じゃなくて組長とか阿保丸出しだなぁオイ!!!つー訳だから宜しくな!

 それと治崎や他の奴らにちょっかい掛けてぇ気持ちはわからねえでもねーけどよ、先に寝たきりの老いぼれジジイを優先しろよ。黒柴と護衛の憑黄泉が今も向かってっからよ!あっはははははは!!』

 

「黒柴?」

 

 次にドスの利いた荒ぶる口調に変貌し、何の予兆もなく突拍子に声色が変わっていくのを他所に、聞き覚えのない名前が飛んできた。

 黒柴…?聞いたこともない、初めて耳にする名だ。

 

『あーそっか、忘れてた。八斎會のトラブルだのいざこざで紹介できないままだったね。でも荼毘とスピナー、弔はちゃんと知ってるから、自己紹介はまた後ほどって事で』

 

 丁度戦力集めに専念してた敵連合は、トゥワイスと龍姫がオーバーホールを連れて来てしまった為、組織同士が敵対関係を生んでしまったのが原因だ。

 その殺伐とした空気の中で、漆月が初めて自分で仲間を得たのは大きいし、戦力や経歴も申し分ないものなので、死柄木からすれば朗報な上に、不機嫌な感情は和らいだそうだ。

 

 見た目は兎も角、護衛の憑黄泉が付いてるのなら、一目で見て直ぐに分かるだろうし、思ったよりもかなり気が効いている。

 いや…もしかしたら護衛というよりも、敵連合のマーキングとして意味を成り立つ為に、憑黄泉を同行させてるのかもしれない。その可能性も捨てきれないだろう。

 

「あ、うん…分かったよ。あっ!言い忘れてたんだけどさ、さっきの気になる話があってさ…」

 

『うん?あー言ってたね、どったの?』

 

「八斎會邸の地下室で、小さな女の子を見たんだよね。この前言ってた治崎の計画…の核の子だと思う…

 最近巷で噂の個性と忍術が消える事件って出てたじゃない?あの子の細胞から摂取して、血清と完成品の薬を作ったとかどうとか」

 

『へぇ〜…細胞の摂取、薬、ねぇ…さっすがはヤクザ。人体実験なんて非常識かつ非人道的なことを平然とやってのけれるなんて、ソッコーに痺れる憧れるゥ!!

 

 ――んで?よーはその核の子を取りに行くってこと?良いんじゃない?流石にその子供だの核だのまでは情報が不足というか、多分出してないね戸籍や個性登録。だからこちとらもお手上げなんだよねぇ〜…〝薬〟は持ってるけど』

 

「えっ!?持ってるの!?!」

 

『うっせぇなオイ!!』

 

 鎌倉の驚嘆な叫びに、ブチギレられた漆月につい恐縮気味になってしまう。

 

『あー、一応前に荼毘との待ち合わせの時に敵の商売やり取りあって、上手い具合に双方ぶっ殺して売買してたのを取ってさ。最近噂になってる薬とほぼ一致してるものが出回ってて…ただ、完成品と血清ってのはよー分からんちんだし、そんな大事なもんを大量生産してはないと思うから、私の持ってるもんとは別モンの可能性大だとわたしゃ思うんですよ』

 

 漆月の知ってるのはあくまで能力を消す弾丸の事だけだ。しかも完全に消える訳ではなく、最低でも一日、最高で二、三日間の個性の抹消状態の時間が続くというだけで、完成品と血清は鎌倉と連絡するまで知らなかったのだ。

 大方どうしてそんな中途半端なものを売ってるんだという疑問には至り、サンプル品なのだろうという目星は付いてたのだが、完成品と血清が既に完成してたとは。

 

『そいじゃ、長話してると警察やヒーローとか忍とか?追ってくるだろうし時間も時間だから、何か分からないことあったら相談しに来な?まっ、忍やヒーローはさておき、警察なんて引き立て役に負ける絵面なんて想像できねーけど。それはそれで絶望的だよね』

 

 プツ!と無造作に向こうが連絡を切り、四人はお互い顔を見合わせる。

 

「どーする?先に爺さんの方にしとくか?」

 

「にしても漆月のやつ、えらく頭がキレるよな。そんなタイプだったか?それも記憶ってのが関係してんのか」

 

「何がともあれ、私たちに出来ることはしましょ?直接オーバーホール君達に手を下せないのは癪ですけど…漆月ちゃんがそう言うのであれば、従いましょう?」

 

「あっ、LI○Eから通知きた。えっと………ふひゃ…!///」

 

 通知にタップして漆月の個人チャットルームに入ると、宣告通り一つの写真が送られてきた。写真に写っていたのはコンクリートの壁に、真っ赤な鮮血で彩られた八斎會邸、組長へのルートだった。

 赤い鮮血につい、頬が赤くなってしまうトガと鎌倉とは反面に、龍姫とトゥワイスは血の気が引いていく感覚がした。

 

 

 

 

 

 

「ふっふふっふふ〜〜ん♪」

 

 一方で連絡を終えた漆月は、無造作に端末を台の上に置き、そのままグツグツと泡立ち煮えたぎる鍋を、おたまでかき混ぜていく。

 彼女が何をしているのか…など、一目で見れば分かること。ピンク色の可愛らしいエプロンを着こなしたまま、透き通る水色の長髪を一つのヘアゴムで束ねてポニーテールの髪型に変えており、微笑みながら料理を愉しんでいるようだ。

 

「んふ♪ふふふ〜〜ん、ふんふふっふ〜ん♪♡」

 

 端から見れば、案外可愛らしくも見えるだろうが、彼女のバックグラウンドに映る光景を見れば、それが歪だと見解するのに時間は掛からない。

 

「ん〜…!!んんん〜〜〜っ!!」

 

 壁になぞられた滴る血の回路図と、八斎會の構成員の一人。治崎に渡されたペストマスクは既に取り奪われており、口は真っ白なタオルで縛られて封じられている。

 服はともかく、首と胸元辺りに赤ん坊のよだれかけを掛けられており、真っ赤なマジックで「赤ちゃんで〜す♡」と彼女が執筆した文字が鮮明に写し出されている。

 腕には無数にナイフで傷つけられた痕があるだけでなく、左の片目の方はくり抜かれた痕があり、血が流れて止まらない。

 彼女が鎌倉に言った通り、確かにこれは拷問だろう。

 

「ふふ〜ん♪ジャジャーン!か〜んせ〜〜い♪」

 

 漸く出来たのだろうか、アツアツの鍋を混ぜ終えると、歓喜な声を明るく上げる彼女は、大変満足そうだ。

 鍋を覗けば、其処には真っ白でホカホカな水気を含んだ米が湯気を立てている。

 雑炊…ではなく、所謂お粥というやつだろう。料理の手順もとても簡単で、病人にとっても食べれる優しい料理だ。

 

「ねー、憑黄泉。この鍋持ってて」

 

 彼女はふと忌々しい名前を呼ぶと、真っ暗な暗闇の中から二足歩行の人型をした憑黄泉が「ガァ…!」と声を上げて駆け寄って来る。赤い羽毛を全身で覆われて、背中には雅緋の武器に似せた七支刀を納刀しており、鳥類特徴の鴉の翼が広がっている。

 そんな忍の天敵とも呼べる憑黄泉は、漆月の言葉通りの指示に従い、高熱度の鍋を素手で手に持つ。

 それを金属製のスプーンで軽く掬って、彼女は自分の口元に運び一口。

 

「はむっ♪んん…うんうん、美味しいけどやっぱ塩味が足りねーな」

 

 彼女の手作り料理を前に、名も知らぬ構成員の一人は涙と血を流しながら、震えが止まらない。

 漆月は台所に向かって調味料を探していき、頑なにに口を封じられた構成員に語りかける。

 

「お粥とかうどんって、病人には優しい料理だと思うのよね〜、オマケにチョーゼツ面倒くさがりな私でも難なく料理できる簡単な手軽さ、流石だねぇ♪アンタもそー思わない?」

 

 あったあった、と塩を手に持つ彼女は、鍋に振りかけながら男に問うても返事はない。それくらい、彼女でも分かっている。

 

「寝たきり組長のこと教えてくれたから、アンタだけは特別に許して解放してあげるよ!お礼に私の愛情たっっぷりな料理を…たぁ〜んとお食べ♡」

 

 塩をかけ終え、そのままスプーンでゆっくりと掬って男に近づかせる。彼女の一つ一つの歪で異常で、理解不可能な理不尽すぎる行動に、構成員は目を力強く見開きながら全力で首を左右に激しく振る。

 

「ほらほら、遠慮しないでって!アンタらにとって拷問だの何だの、日常茶飯事で問題ないんでしょ?いや、寧ろ私の方なんて生易しいくらい?

 でもさ、拷問ってば凄いよね。人を苦しめるために色々な器具を駆使するんだからさッ。その中でも私が思うに、尤も怖い凶器って身近にある物だと思うの。さっきのこのスプーンだって、目ん玉くり抜いた時、それはもう想像を絶する恐怖と絶望に支配されて、ねぇ??」

 

 何が生易しいものか。

 いやそもそも…拷問が生温く生易しいのなら、拷問なんて呼ばないだろう。そんな事、彼女でも充分に承知のくせに、無駄な謙遜を使って人の神経を逆撫でしていく。

 況してや身近な器具や道具で、拷問用具にするというのは、何とも皮肉が効いてる事だろう…どれだけ豪華な道具を揃えるかより、日常品として使われてるものの方が、恐怖と絶望…その分トラウマを植え付けやすいからだ。

 

「だーかーら!そんな痛みと拷問に耐え抜いた僕ちゃんに、ご褒美してあげるってこと♪はい、あ〜〜ん♡」

 

 湯気と塩味の効いたお粥のスプーンを、そのまま口の方ではなく…くり抜かれた目ん玉をクリップで無理やり開けられた状態で、運んでいく。

 

「んんんっ!!!んーーーーっ!!!!んんんんんんんんん!!!!」

 

 止まらない。

 止まらない。

 止まらない。

 自然と激しい絶叫をタオル越しで叫びながら、大粒の涙を滝のように流していく。

 もう、彼女が何をしやらかすのか解っているから、だからこそ何をされるのか分かってしまうから、余計に恐怖が襲い掛かってくる。

 

「まだいっっぱいあるからね〜…あーーん♡」

 

「んんんんんんっ!!!!!んんんーーー!!!んんんんんーーーー!!!!!!」

 

 ぐちゃり。

 嫌な音が小さく聞こえたと同時に、踠き呻き苦しむ絶叫が、ただただ暗闇に包まれて行った。

 

 




最近悩ましいのが漆月の髪型をどうするべきか…長髪から変更する予定で、最初は焔や飛鳥みたいなポニーテールにしようかと考えてたけど、ツインテールも良いんだよなと思ってしまうこの頃。


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