光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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タイトルが物騒。




182話「絶望に落ちろ」

 

 

 時は遡り――敵連合の拠点から一時期離れた四人のメンバーは、治崎が人選した通り、案内人のクロノスタシスに呼び出された。

 

弔くん()からの命令で仕方なくやって来ました…トガです…」

 

「僕は鎌倉でぇす、昔は悪忍やってて今は抜忍現在進行形でやってまーす」

 

「……………」

 

「久しいなトリ野郎!テメェ絶対に許さねェぞ!!宜しくお願いします…」

 

 案の定、四人の顔は芳しくなく、不満と苛立ちがほぼ感情を混ぜ合わせているだろう。全員とも、歓迎を迎えられるような雰囲気ではない。

 

「すいやせんオーバーホール、遠いルートからなんで、遅くなりやした」

 

「いやいい、気にするなご苦労…」

 

「おいお前ら連合か!忍もいるのか良いなよし喧嘩しよう!!」

 

「抑えろ乱波…!!」

 

「うわーいー、かーませー連合だーッ、よっろしっくねぇ〜」

 

 若頭のオーバーホールを始めた、クロノスタシスを除き、見渡せば個性的な八歳會の幹部の面子が勢揃いだ。誰一人欠けることなく、連合のメンバーを迎えている。

 

「この前のマグネの件は済まなかったな、俺も出来れば彼は殺したくなかった。死柄木からは聞いている、龍姫とトゥワイスが大変ご立腹だったとな…過去のことを流そうとは無理には言わないが…話は聞いただろう?俺たちは協力関係に当たってる、出来れば普段通りに接して欲しい」

 

「はぁん?彼じゃねえよ…彼女だ!!それと鎌倉ちゃんもプッツン来てたんだよ無視すんな!!!テメェ、最初に会った時もそうやって上っ面繕ってたよなぁ!

 で、何したら良いの?」

 

「何だコイツ…」

 

 トゥワイスの反語に冷静に突っ込む窃野は、腕を組みながら眼を飛ばす。

 

「組の者同様、我々の指示に従ってくれれば良い。その為にも先ずは個性、忍術の詳細を教えてくれ。恥ずかしい話、俺たちには忍はいないし、雇ってもいない。よりお前達の存在を知るべく、なるべくコミュニケーションを深めれば幸いだな。そうなれば、個性同士だけでなく、個性と忍術の連携も上手く行けるだろう?」

 

 オーバーホールは簡潔に話を纏めて結論を出す。

 つまるところ、情報交換して互いの連携を深め、より知り尽くすことで連合の反逆を阻止する対策も兼ねてるのだろう。

 

「結局やることは忍の奴等と変わらねえのか…そうやって上から目線で指図するのが私は嫌いなんだ。良い機会だ覚えとけ鳩野郎」

 

「なら死柄木の指示に従ってるお前は何なんだ?あまり強くは言いたくないが、言ってることが少し矛盾してないか…?」

 

「アイツは……!」

 

 

 ――指図ではない、仲間だ。

 そう言いかけた彼女は、歯止めが悪くなったのか、つい口を閉ざしてしまう。

 

「ですが、なぜ私たちの個性や情報を教えなきゃいけないんですか?」

 

 そんな時にふと龍姫の隣で黙ってたトガが口論し、オーバーホールに尋ねる。

 

「もしもの時があるだろう?ヒーローの襲撃だけじゃない、如何なる場合に於いても万全な対策を練って…」

 

「じゃあもしもの時になったら教えます。私たちはまだ余り貴方達のことは好きじゃないんで。それに仕方なく従ってるだけです、そこのところちゃんと理解してま――」

 

 

「キィキィうっせんだよクソアマぁ!!!聞かれたことは素直に応えりゃ良いんだよ!!テメェらヤクザ舐めてんじゃねえぞチンピラ供がぁ!!!!」

 

 

 火山噴火の怒号が飛ばされた四人は、声主の入中に視線を集中する。小さなぬいぐるみで、大人しくしておけばキューティクルでマスコットキャラの立ち位置に出来たものの、野太いオッサンの声色と気の荒さで一気に台無しになってしまう。

 

「あーやっぱ無理だね!折角こっちが協力しようって仕方なく来てやったのにそんな対応するんじゃ交渉決裂だぜ?!」

 

「てか、可愛い見た目してんのにコイツこんなヤツだったのか…」

 

 入中の態度に〝対等〟と〝協力〟の欠片も感じないと断念したトゥワイスは首を横に振りながら拒絶の反応を見せる。龍姫は入中に若干、何かしらの意外性とドン引きをしている。

 ……やはり、死柄木の仰る通り、対等なんて最初っから思っていないのだ。

 

「俺の個性は『二倍』――凡ゆる物を二つに増やす!!その為に必要なのは明確な〝イメージ〟!想像力を働かせなきゃ出来立てで動くゴミの塊が増えるだけ、人で言う身長・胸囲・足のサイズ等の多くのデータが必要になってくる!しっかり見てしっかり測って初めて、一つを二つに増やすんだ!

 本物と唯一違うのは耐久力で、モノによっては異なるが一定のダメージが蓄積されちまうと崩れちまう!二つ目に増やしたヤツは耐久力がクソ雑魚だ!そして一身上の都合により俺は俺を作れない!!!」

 

「「「…………」」」

 

 協力しないと真っ先に断言したトゥワイスは、急遽己の個性をペラペラと捲し立てる。

 これもまた反語なのか、何方にせよ仲間たちに冷たい視線を浴びせられたトゥワイスは、冷や汗を滝のように流す。

 

「ふぁっ!?!待て待て違うチガウ!今の言葉は俺じゃねえ!いつもの調子とは違って…」

 

「お前、自分から無理って言ってたのに…」

 

「なんだか私がバカみたいです」

 

「つい口が滑っちゃったってノリ?」

 

 しかし必至に否定するトゥワイスを前に、三人は呆れた様子でいる。それもそうだ、特にいつも口調がややこしく、支離滅裂な言動が多発的に見受けられるので、いつものペースだと真っ先に信じ込んでしまうのは無理もなく。

 

 

「私の個性は『変身』――摂った血がエネルギーになるので変身時間と摂取量が比例します。コップ一杯で大体1日くらいですね、一度に色んな人の血を飲めばそれだけ色んな人にもなれちゃうのです!

 服も含めてですけど、それだと元々着てた服と重なっちゃうんですよね。裸んぼにならなきといけないので恥ずかしいです」

 

「私は『龍脈』忍法――地面に流れる龍脈を吸収して、エネルギーを飛ばしたり拳に流して殴打撃食らわすことで、相手に痛手を与えることが出来るんだ!

 因みに遁術は無で、様々な属性に触れることで、その属性効果に変わるんだ。何も効果ないエネルギーを相手にぶつけた場合は爆破が生じるから、飛ばす爆破みてーなもんだな!」

 

「僕は『溶血』忍法――僕は自分の血を忍術で使うことで相手をドロドロのスライムみたいに溶かすことが出来るんだ!酸性が強ければ早いし体力消費しちゃうけど、酸性が薄ければ燃費は悪くないよ。でも血の量も摂取しないとメッ!だからね。

 最近は個性応用を考えてて、すこーし毒の効果も出てきてて、僕が出す血が毒になって触れただけでじわじわと体力を削らせることもできるんだ♪酸性と毒を混ぜた溶血は、ホラーも真っ青だよ!!」

 

 

 残りの三人も、先程までの彼と同じく、自分の情報を勝手に吐いてしまう。いや、正確には誰かが意図的に吐き出してるのだろうか、トゥワイスならさておき、三人が同時に、偶然に情報を教えてしまうのは、明らかに可笑しすぎる。

 

「なっ?!ゼッテー可笑しいだろ?!」

 

「3回も同時に重なる偶然って、一周回って感嘆しちゃって凄いけど、そうじゃないもんね…?じゃあ何これ…」

 

 唐突の驚愕は、段々と不安へと変わっていく。怪奇現象も良いところ、気味が悪いほどに不自然だ。

 

「そうか、解った」

 

「もう一つ、教えてくれ」

 

 すると、オーバーホールの座るソファの背後から、全身を黒く染め上げたマントを羽織りながら、不気味で顔が隠されたペストマスクの男が質問をする。

 

 

「死柄木を始め、メンバーから裏切りの予定は聞かされたか?」

 

 

 八斎會の連中を騙し、自身の利益に走ること、反逆の恐れを無くすためなのか、男の質問に固唾を飲む。

 理解した、恐らく先ほどの「つい言葉を喋ってしまった」という不可解で不自然な現象を引き起こしたのは、この男だろう。個性の詳細も知らなければ、説明は出来ないが、直感で理解し(分かっ)た。

 

 裏切り――その言葉に、何故か胸が引っかかるような違和感を覚えてしまう。

 ふと、四人の脳裏にはある言葉が思い浮かんでしまう。

 

 

『どんな方法でも良い、必ず戻って来な』

 

 

 漆月のあの言葉は、「裏切れ」と言ったのだろうか?果たしてそれは、「裏切り」に含まれているのだろうか?もし、裏切りと判断されてしまった場合、自分たちはどうなるのだろうか?

 ……いや、違う捉え方をすれば、生きて帰って来いという解釈もできるだろう。

 四人は口を揃えて声を出す。

 

 

「いいえ」

「ううん」

「いいや…」

「No…!」

 

 

 ――個々は己が解釈した真実を述べた。

 

「……よし、オーケーだ。これにてお前らはウチの組の一員として迎えよう。

 ただ組の者になったからと言って、全国指名手配犯のお前らを外に出すことも、自由にすることも出来ないな。

 お前ら四人とも地下の居住ペースで過ごすんだ、指示があるまで待機。ゆっくりしてくつろいでくれ」

 

 さっきのは面接とやらだろうか、八斎會の組織に入る為の試験に合格した四人は、今日から死穢八斎會の一員として過ごすことになる。

 だが逆に、八斎會の一員になった以上、外への連絡を遮断し、万が一にも裏切りを測らない為の地下の檻、八斎會邸はシェルター化したと例えて良いだろう。

 

「軟禁かよ!!」

「え〜、自由が良いです」

 

 オーバーホールの指示に異論がある四人は、とても不満そうな顔立ちだ。幾ら上の立場とはいえ、いや…上の立場だからこそ気に食わない。どうしても、信じてくれないようだ。

 だがその分、全国指名手配犯だからと言われてはぐぅの音も言えないのが実のところそうなんだが。

 

「いつまでもそんな態度じゃ許されねぇッてこったよ」

 

 横入りするように、入中たること、ミミックは深い溜息を吐きながら、よちよちと短い人形の足で四人の元へ歩み寄る。

 

「解ったら言うこと聞きやがれ落ち零れこのチンピラ供が!!良いか?俺たちはヤクザだ、裏社会を牛耳り全てを支配するヤクザなんだ!テメェらの居食住だって与えてやるッつッてんだ、甘い汁啜れるんだ、寧ろ感謝するんだよテメェらはよぉ!!!」

 

「ッ…!!」

 

 ミミックの横暴な物言いに、龍姫が過激に反応を示す。歯軋りを立て、怒りがふつふつと湯気を立たせるように、沸騰する。もし、今ここで協力関係を築かなければ、確実に殴り飛ばしてたところだ。

 怒りを抑えろ――ここで無闇に暴れてしまえば、オーバーホールに何をされるか分からない。組の者同様扱いとなれば、場合によっては処分されることもあるだろう。

 極道とは、そう言う世界だ。

 

「俺たちの目的はチンピラサークルとは違う!!ヤクザの復権、床に伏せ動けぬ組長の宿願、裏社会の支配者、それらを果たして超人社会を我が手中に納める!!!

 弱小なんて呼ばれてたがなぁ、それは時期にしてドンデン返し――計画さえ完遂すれば全てが上手くいく、何もかも!!

 それに比べたらテメェらの目的も夢も生き方も何もかもが甘ったるいんだよ!!!計画も金も実行性もない貧乏供はさぁ、黙って俺たちの言うこと聞いてりゃあ良いんだよォ!!!!!」

 

 繽紛たる言葉遣いは激しくエスカレートし、血管が視覚出来るほど眼に浮かぶ。これ以上放っておいたら耳が痛くなりそうな位、耳障りで、存在自体が目障りだ。

 

「て…めぇ…!いい加減に……!!!」

 

 黙って聞いてれば好き勝手言いたい放題。

 我慢する理由もない龍姫は、拳を振り上げようとした途端、誰かに腕を掴まれた。それも、痕が残るような猛烈な痛みが伝わって――

 

 

「あー、ゴメンねぇ本部長の入中さん。たしかに僕ら、素直じゃなかったみたい」

 

 

 龍姫をいち早く静止したのは、意外なことに鎌倉だった。

 強く、腕を掴んで、悟られぬように微笑む鎌倉は、入中に謝罪を述べる。

 

「そうだよね。折角、僕らに居食住を与えてくれたり、八斎會に入れさせてくれてるのに、ちょっと我儘言いすぎたね。気をつけるよ」

 

 たはは…と、必死に辛さを隠し通す鎌倉の表情は、笑顔なのにとても苦しそうで、殺意を抑えている。

 いや、衝動を抑え、殺意を押し殺してるんだ。でなければ、自分で自分を保てないから。

 

「……ふん、分かってんなら最初っからそうしろ。少なくともそれが普通だ、良いか?ヤクザを見下すなよッ、糞ッたれが…」

 

 何とかクールダウンし落ち着いた入中は、鎌倉に眼を飛ばしながら、唾を吐き捨てるよう台詞を飛び散らかす。

 つまらなさそうに、トボトボと歩きながら自身の仕事へ戻るようだ。

 

「……鎌倉…」

 

 龍姫は、心配そうに鎌倉の表情を覗き込む。

 彼女がここまで、必死になって笑顔を作って、嫌なことを押し殺そうとするのは、滅多にない。

 それが敵連合のアジトに続いて今日で二度目、況してやまだ自分の腕を強く握り掴んでいるのだ。

 彼女の表情を覗き込むと、鎌倉は目を潤いながら、唇を噛み締めていたのだ。

 

「我慢…そう、我慢だよ……耐えろ、耐えろ……アイツらのように、虐めにだって耐えてたんだ……あの時と、同じ、だよ……」

 

 殺意、憤慨、憎悪、絶望、衝動、全てがシェイクされて混ぜ合わさったその歪んだ顔は、彼女の過去に何かが起きたのだと、周囲の仲間に悟らせていた。

 

「お前…虐めって……」

 

「…あっ、ゴメン!龍姫ちゃん強く握っちゃって本当ごめん!痛かった?えへへ、ごめんね?ちょっとボーッとしてて自分の世界に入り込んでたよ」

 

 何時迄も握り続けてた事に気付き、我に返った鎌倉は手早く離して謝罪する。

 誤魔化す素振りを見せても流石に遅いだろうが、それでも彼女はヘラヘラした笑顔のままだ。

 因みに、鎌倉はさっき「虐め」と言ったが、龍姫は其れを知らない。何故なら教えてないから、という至極単純な理由にすぎないし、勿論トゥワイスもトガヒミコも彼女の過去は知らないし聞かされていない。

 

 但し、死柄木と漆月を除いて――になるが。

 

「でも、大丈夫。それに、前は取り乱しちゃったから……これくらい、マグ姐が味わったあの痛みに比べれば、大した事ないんだよ……」

 

 此処に来て彼女の過去が明らかになるのは誰にも予想はしなかった三人、鎌倉は作り笑いを徐々に黒く塗り潰していく。

 知っている――本当は鎌倉が誰よりも一番に我慢して、耐えて、堪えて、忍んで、ずっと自分を抑えていたのを。

 仲間想いで、仲間には優しくて、仲間の為に働いて、そんな彼女が、誰よりも八斎會を憎んで、今こうして殺したいのに、それを表に出さず、悟らせず、ずっと我慢しているのだ。

 此処で私が怒ったところで逆効果は愚か、鎌倉の苦労も潰してしまう事になる。自分の浅はかで身勝手な行動が、自滅に導くことは誰もが望んでない結末だ。

 

「……鎌倉……」

 

 唇をキュッと締めるように、龍姫は俯く。

 何もかもが自分勝手なのに、隣で鎌倉がずっと耐えていたのに…そんな事にすら気付かずに、一人で怒ってて、頭に血が上って、つい迂闊な行動を起こそうとしてた事に苛立つ龍姫は、なんとか冷静さを保つ。

 

(私は、まだまだ子どもだな…)

 

 姉御肌なんて言ってるくせに、強がって意地を張って、でも本当はまだ子どもで、死ぬことが怖くて、過激に相手に反応してしまう。自分勝手…は良くないと頭で分かってしまうにしろ、自分でも単細胞だと言うのは自覚しているのか、己の不甲斐なさと、忍耐力のなさ、仲間に迷惑をかけてしまう言動に、申し訳なさが込み上げてくる。

 

 ――くそッ!危うくあの時と同じ、マグ姐の時みたいになっちまうところだったじゃねーか!!

 …いや、違う。マグ姐の死を無駄にしちまう所だった、が…妥当かこの場合。

 

 

 

『大丈夫よ龍姫ちゃん、貴女は自分のしたいことをすれば良いのよ。此処に居る皆んなは、一人たりとも貴女を責めないんだもの――貴女のしたいことを、やりたいことを、自分で選んだ道を普通じゃないと、嗤う人間が可笑しいのよ』

 

 敵連合に入ってから、直ぐにはメンバーには馴染めなかったけど、マグ姐が声をかけて、話の相談相手に乗ってくれたんだっけ。

 

『私にも友達がいてね、普通じゃなことを、普通に生きられないことを嗤うのが許せないのよ。可笑しな話よね、誰もが皆の思う普通にならない子がいるって言うのに、他者の気持ちを何も知らずに馬鹿にして、嘲笑ってるんだもの。

 そんな世の中を壊すことを、リーダーである死柄木がいるから、貴女達を代表とする指導者として動いてくれる漆月ちゃんがいるから、私たちはこうして集まることも、素敵な出逢いを果たすことも出来たのよ』

 

 ああ、言う通りだよ。

 私のことを気にかけて、語りかけてくれたアンタが好きだった。皆んなはお前を愉快犯とか、殺人鬼とか言ってるけど…私もアンタを嗤わないよ。

 

 それなのに、あの日を境に――

 

 

『……先に、手を出したのはお前らだからな?』

 

 

 死んでしまったから。

 私さ、許せなかったんだよ…やっぱりどうしても、マグ姐を殺したあのクソ野郎を、それを率いり幹部に位置付く奴らも、何食わぬ顔でヘラヘラしやがって…

 

「そんなヤツは、許せねーよな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「我々を虚仮にする者――許すまじ!!!!」

 

 入中の悽絶な叫喚は、圧縮されつつある地下に大きく反響した。まるで地下洞窟で目一杯大きな声を叫び上げたように、入中自身の声が、擬態が、地下が、火山の如く憤慨したように振動し、歪み形を変えていく。

 言葉では言い表せない、不安定で無固定的な形、今でも立ち尽くす事も難しく、バランスが取れない。

 

「気の小さい人ほど怒りやすいってのは正しくこの事――怒って注意が散漫してしまうんです。意識が削がれ、致命的な重傷を負う。ふふっ、こう言う人ほど単純で脆いんですよね」

 

 身軽さと体術を学んでるトガに、回避性能に何かしらと長けてるトゥワイス、忍というステータスで身体能力を補助している二人、四人は軽々とミミックの個性を躱していく。

 天井、床、壁、ありとあらゆる方面から自分を狙って来るのは見えている。もし相手が手練れであれば、流石に厳しいだろうが、怒りに全てを支配されてる入中は、ただただ発狂し奇声を叫びながら、乱暴で、粗く、不的確に、圧迫を繰り出す。

 

「あっはは♪ようやく、余裕の皮が剥がれたねおじさん、楽しかった?僕らを従えてた気になってたのは。ねぇ、今裏切られてどんな気持ちなの?ねぇ、今ってどんな気持ち?」

 

「鎌倉ああああぁぁぁぁぁぁッッ!!!!たかが!!たかが道具の分際でぇ!!!この八斎會に刃向かいやがってからにぃぃぃいぃ!!!!テメェらぁ!!ど玉カチ割られる覚悟は出来たんだろうなあ?!!何れ社会を裏社会を支配し牛耳る俺たちに、そんな事が許されると思ってるのかああぁぁぁ!!」

 

 耳障りで、鼓膜が激しく揺れそうな叫喚は、地下全体に響いては、何処から声を出してるのかさえ解らず、居場所が割れない。

 

「テメェらは黙って俺たちの良いように利用されりゃあ良いんだよ!!!!我々を、八斎會を虚仮にするのは万死に値する!!!お前らのようなチンピラが!!八斎會に…俺たちに逆らうなど!!!!全てを裏で支配するこの俺たちにいぃぃ!!!!」

 

「じゃあ、なんで今は支配者になれてないの?」

 

「…は?」

 

 大規模な音量に対し、鎌倉は冷静に言葉を返す。たった一言に、入中は言葉を失い、瞬きをする。

 

「全てを裏で支配する極道かぁ、確かに大きな夢があって素敵だね!しかも其れを堂々と人前で、裏切られながら大きな声を出して、支配者になるんだーって言ってるんだから、説得力の欠片もないのに、一丁前に子どものように喚くんだから、本当に支配者になれるんだね!」

 

「………!!」

 

「でもさ、支配者になれるのなら、なんで今までなれてなかったの?その気になれば僕らや弔くんに漆月ちゃんだって今頃、手駒として扱ってたんだよね?

 っていうか逆に、そうなっていないと可笑しいよね?」

 

 鎌倉は、次々と的確に、入中の心を抉っていく。

 

「あっ、それだけじゃないか。裏を支配するって事は、超人社会…ヒーローも敵も、忍も支配してないとおかしいもんね!

 それを可能にするのが八斎會なんだもん、凄いすごい。オールマイトよりも凄いんじゃない?

 じゃあ…今僕らがこうして裏切ってるのも可笑しいよね?だって、僕にとって支配者になるのが弔くんと漆月ちゃんの二人なのに、全く逆らおうぜーって思わないもん。寧ろ居心地が良いよ。

 でも、現段階で計画も何もかも狂わされてるってことはさ、支配者になれていない、なる資格がないんじゃない?」

 

「はぁ…はぁ……くっ!!黙れ…黙れ黙れ黙れ黙れぇ!!!」

 

「それともぉ…支配者になりきってる、支配者気取りかな?悔しいなら人前に出てきて何か一つの反論でもしなよ。支配者になるんだ、この先の計画が遂行すればって、君らの憶測と可能性と妄想のお話じゃん。妄想を垂れられてもこっちが困るんだって、あれ?これなんかデジャヴだね??

 あっ、けど支配者になれるなら、僕らの裏切りも暴走も、簡単に止めれるよね。

 

 じゃあさっさと止めて見せなよ、僕らの絶望は――もう、誰にも止められないけどね」

 

 後は、僕に任せて皆んな。

 入中が完全に僕に注意が向いている今なら、誰もが簡単にコイツの場所を見つけられるよ。

 それに、ここまで怒りを湧き上がれば、攻撃も個性も荒ぶり、冷静な思考判断が狂うはずだ。

 

 

 これも、漆月ちゃんが言ってたなぁ…

 

 

『いるんだよねー、物騒な世の中になった今、必死こいて無我夢中で、とにかく必死になって高みに昇ったつもりでいて、見下ろしている連中って…

 ああ言うのって、自分が突き落とされるビジョンが見えてないんだよ。計画に動こうとする奴は、そうやって利用されて、絶望に落とされる事が解らないからね。だから、好機なんだよ――解らないからこそ、対処できないんだ』

 

『…漆月ちゃんはさ、僕らにどうして欲しいの?弔くんの言ってることもだけどさ、八斎會に行って、僕らになにをさせたいのかなって…』

 

『ん?特になにも強要はしないよ?言ってなかった?〝お前たちのやり方で必ず戻って来な〟って』

 

『それはそうなんだけどさ、漆月ちゃんのあの言葉は、どう言う意味が込められてるのかなって…何か裏があるんじゃって考えちゃって…』

 

『はぁいぃ?あの、すいません……裏なんてありませんけど…』

 

(なんか思ったよりテンション下げめに言われた……)

 

『だって戦力は下げられたくないじゃん?それに弔も言ってたじゃん、お前らを信用してるって。それだけじゃダメなの?』

 

『ダメじゃないけど…もしかしたら計画とか考えてるのかなって思ってて…』

 

『…………』

 

『それに…計画を練っていないと、具体的で現実味ある計画を立てないとさ、アイツらに何かされた時とかに…』

 

『成る程ね、今の鎌倉は極限状態の不安に陥ってるんだ。まるで怯えた鼠の50倍みたいだね、電流でビリビリと不安を煽られちゃってるんだね、一周回って可愛いよお前』

 

『例えが解らなくもない…』

 

『逆に聞くけど、何で計画がないとダメなの?』

 

『…えっ??』

 

 此処で初めて、鎌倉は拍子抜けな声を漏らす。彼女の、余りにも意外な、予想外で、でもって此方も困惑してしまう問いに、脳が働かない。なにも、言えないからだ。

 

『だって私たちってさ、好きなものを壊したり、好きな時に殺したり、好きなように生きて行くんでしょ?

 計画なんて唯の手段と効率上げじゃん、ていうか計画が必ず完遂できるなんてあるわけないじゃん。決められた事をそのまんま実行して行く機械類の人間でしょ?なんで計画なんて練らなきゃならないの?

 

 私はさ、龍姫にも言われたけど弔達の側にいなかったからさ、八斎會と触発して具体的に何が起きたのか解らないし目撃してないよ?だけど、私達が好きなように生きて行くってこと自体は変わらないし、私は曲げるつもりはない。これほど、面倒じゃないことってないからね』

 

『う、うん……漆月ちゃんって、記憶?が、戻ってから別人になったけど、面倒くさがりやってのはハッキリと解ってるよ…』

 

『そうそう、だってメンドーじゃん。計画なんてルートを絞ってそこから的確にやっていくのって…だからさ、計画なんて辞めちゃうんだよね。

 でも、計画がある奴が、ない奴に勝るなんてのは唯の詭弁だよ?人によるけど…例えでいうなら、競馬みたいなもん。賭け事と変わらないよ』

 

(計画がギャンブルの類になってるのは初めて聞くなぁ…)

 

『じゃあさ、計画が狂わされたらどうするの?また違う計画を出すの?作るの?予め用意してた計画がまた壊されて、また出しては壊されての繰り返し?うん、ループだね回りくど〜い♪だからさ、私は計画を立てるよりも…壊す方が好きなんだよデストローイ!!!』

 

 とは言っても、嫌いなだけで彼女も何かしらと、自分が緻密に立てた計画を遂行したことは、一度だけある。

 それが――『善忍中学校』がキッカケであり、其処から始まったのだ。彼女が本格的な危険性を魅せたのは。

 感情高ぶり、滅茶苦茶にいう。

 

『計画は単なる手段でしょ、一々そこに一縷の望みをかけてないの!!私達は絶望してるんだから、希望なんてないんだから、思った事をそのまんま実行すりゃあ良いの。

 

 計画も目的もない奴ほど、本当は強いんだよ?だって、計画も目的も望みも見えない奴は未知だからね〜。考えが見えない敵ほど厄介ってあるじゃん?未知なる力に、みーんな虫けらみたいに潰されちゃうんだから。ほら、アレだよ…殺したいと思ったその時に、そいつはもう死んでるも同様って有名なヤツだよ…本当にそれと変わらないの』

 

 計画を一から作って成功するのは、出来て当たり前で、未知なるトラブルを前に計画は崩れてしまう。だけど、計画も目的も何もない奴は、未知なる理不尽にもなれれば、凡ゆるトラブルにも好きなように対応できる。

 彼女はそうやって生きてきて、その結果が今となっては全国指名手配犯になってるのだから。今もこうして生きてるのだから。

 

『だーかーら、鎌倉も出来るって。自分が思った事やったら、案外出来てるもんだよ?それに、()()()()()()()()()()()んだから、大丈夫だって。なんなら駄目押しとして絶望と悪意の美学でもやっちゃう?』

 

『…………』

 

 ああ、凄いなぁ漆月ちゃんは。

 前とは別人のように、こんなにも遥か先を見据えて、破茶滅茶苦茶な事を言ってるのに、聞こえが良くて、心が洗われて、不安を振り払えて…

 僕は、明確な憧れや夢がなかった。

 友情はあっても、なにかを目指す大局な理想がなくて、ただ嫌いな奴を壊して、殺して、消して、潰して、それだけで満足してたから。

 弔と同じような道に進めば、きっと大丈夫なんだって、何処か安心してて…でも、今はなんだか少し違う。

 初めて、彼女のそばに居たいと思えてしまう。

 僕を此処まで見て、ここまで居心地が良くしてくれて、素晴らしく狂おしく、漆月ちゃんの役に立ちたい、絶望に浸っていたいと思ってしまう。

 そう、君や弔くんが先生に憧れてるように、今まさに君に憧れを抱いてるんだ……

 

 

 今までこれほど、僕と向き合って話してくれるのは、由希子を除いていないから――

 

『じゃあ…訓練でも、してみよっかな?///』

 

 僕は照れ臭そうにそう言うと

 

『あっ、無理。地味でダサいし……今時流行らないもん…』

 

『えぇっ?!?』

 

 斜め上で言葉のボールを投げ返された。

 

 

 

 

 ねぇ、入中。

 僕は、僕らはちっともお前らなんか怖くないよ。

 個性がどうした、金がどうした、目的がなんだ、計画が狂ったら案の定、猿の物真似のようにキィキィ吠えるだけ。

 定期的で、固定的で、単純で、扱い易い。

 

 

「だから今ので分かったよ――八斎會も、オーバーホールも、入中(お前)も、全然ッ――大したヤツじゃないんだよ!!!」

 

 

 そんな奴に、不安になる事なんてないんだよ。

 

 

「鎌倉ちゃんの言う通りですよね、思った事を言ってくれる親友が側にいるのって素敵♪」

 

 次にトガが横槍を入れ、言葉を突きつける。

 

「なのに、蹴落とすか道具としか見ていない貴方達って本当に可哀想。そんな世の中に生きられなかったんだね悲しいねぇ。

 

 上から見下ろしてる人間ほど、弱くて何処かへ隠れるんです…ゴクドー、かっこ悪」

 

 

 二人の聞きたくもない、耳を塞ぎたい一心の言葉の連続に、入中の神経は、意識は、心は、怒りという文字に吹き飛ばされた。

 

 

「ッッッッッッ◼️◼️◼️◼️ーー◼️ー◼️◼️ーーー◼️◼️◼️◼️◼️◼️ーー◼️◼️◼️◼️!!!!!!!」

 

 

 言葉の原型すら留めない声は、喉が潰れてしまいそうな程で、最早煩いを通り越して、不愉快で不快感しか残らない。

 部屋に轟く声が、ヒーローに位置を示してくれる。

 

 

「今の会話なんだ…?喧嘩でもしてんのか?」

 

 警察の幹部が、辺りを見回し警戒しながら、探している。どうやら入中の声が大きすぎる為か、彼の発言しか聞き取れてないそうだ。

 

「恐らく…八斎會とは手を組んだ…が、信頼し合う仲って訳でもないようだな」

 

 冷静に分析をしながら、抹消を続けるイレイザーに、隣の雪泉が気配を感じ取る。

 

「其処…!!!」

 

 咄嗟に、秘伝忍法の【黒氷】を放つ雪泉に続き、デクは飛んでいく【黒氷】を、ワン・フォー・オールのフルカウルを駆使して追い抜き、入中の居場所を割った。

 

「はああぁッ…!!」

 

 腹の底から気合を乗った声に、壁に蹴りを入れる事で粉砕。中にダメージが入り、隠れてた体が現れる。

 

「良くやった…お前ら!!」

 

 体を見せれば後は簡単、個性の抹消を使えば使えば――トリガーの薬を使ってても、個性を消す為問題ない。

 壊理の劣化版ではあるものの、視るだけで充分だ。

 

「しまッ――!!」

 

 落下――この高さから落ちてしまえば、無事では済まないだろう。抵抗しようと、どう足掻いても助からない。

 

「ごめんなヤー公、俺たちはやっぱ好きなようにやらせて貰うわ。俺たちは、お前らの道具じゃねーしな」

 

 ふと、トゥワイスの言葉が耳朶を打つ。

 横に振り向けば、四人は高笑いしながら手を上げて、見下ろされる。

 今まで利用価値として、手駒として見下ろして来た人間が、今度は見下されてた人間に見下ろされ、絶望へと向かって落下していく。

 

 

「オ、まえ・らああああァァァァァーーーーッッッ!!!!」

 

 

 屈辱、恥辱、憤慨、殺意、様々な感情を覚えながら、雪泉が先ほど放った【黒氷】にあたり、氷が体を埋め尽くす。

 

「くぁ…ッ?!」

 

 冷たい。

 次に入中が覚えた感覚がこれだ。体を凍らせるように、とてもつもなく寒く冷たく、1秒でも早く解除されたい気分に陥り、怒りの熱が段々と引いていく。

 

「どうやら利用されてしまったな、我々もお前も連合に…」

 

 静かな声が聞こえたと思えば、頬に鈍く重い、痛覚が働いた。判子をモチーフにした5キロの印鑑は、食らえばひとたまりもない。一撃で気絶した入中は、意識を途絶え、デクに氷ごと捕まれ安全地帯に避難する。

 

「だが、本部長・入中常衣――確保!!残る八斎會のメンバーもわずかなはずだ!」

 

 結果的に良いとは言えないが、一先ず一難去った…とでも言えようか、動き妨害する迷宮は、ようやく終わったのだから。

 

 

「ミリオに早く追いかけるぞ!もしかしたらオーバーホールと交戦してる確率は高い!」

 

 サー・ナイトアイの言葉に、メンバーは全員頷いた。




ちょっと終わり方が急だったかな?少しリハビリと小説を読んでるので、何とも……
月閃中等部のキャラクター紹介は今回休憩します、うんはい。もしかしたら次回になるかも?


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