光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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サブタイが今までよりもひどい。




174話「気分は絶好調!ウキウキ乱波くん!!」

 

 

 

「まさか総出で私たちを妨害して来るなんて…大人しくしていれば良かったのに――正気とは思えない」

 

 サー・ナイトアイと離れてから物の数分…何とか三人の構成員を鎮静化する事に成功した相棒の二人、バブルガールとセンチピーダーは拘束された三人の身柄を警察に引き渡していた。

 

「正気だよ。今捕まりに行ってるヤツは皆、正気であってイカれちまってる…大人しくしてたらオーバーホールに殺されちまうし、イカれてなきゃ態々アンタら公務員に個性を向けて妨害なんてしねえしな」

 

「オーバー…治崎のことね」

 

 てっきりこの組の者達は忠義を尽くして、治崎と名を呼んでるのかと思ったのだが…違うようだ。態々敵ネームで呼ぶのはそれなりの訳があるのだろうか、それとも単なる偶然か…

 

「そうさ、組長が倒れて実権を握り始めてから使うようになったあだ名さ…

 組長は昔気質の極道を重んじて、この時代にあって極道が生きる道を模索していたんだ」

 

 敵とは違う。

 八斎會は侠客であらねばならない。指定敵団体という酷い呼ばれ方に未だに憤慨し、自分達のような寄り辺のない、行き場を失った人間を拾ってくれる慈悲深いお方だ。

 組長と盃を交わし、忠義を尽くす――八斎會の組の者達は皆そうやって礼儀を重んじ、恩を感じた。

 

「俺たちが惚れたのは組長で、オーバーホールじゃねえ。アイツは敵紛いな名を名乗り…敵を取り込み……独断で組の意向に沿わねぇシノギに手ェつけてよ。権利を掴んではやりたい放題し過ぎだぜ全く…!!」

 

 構成員の一人が悔し混じりな悲痛の声で、治崎に愚痴を零す。

 聞いた話や様子を見るに、恐らく彼等は恐喝、又は脅されて強制的に自分達を殺せと命じたのだろう。

 でなければ殺される――壊理の世話役も含め、治崎の癇癪に触れて怒らせた構成員の犠牲は後を絶たず、犠牲者の皆は組長の背中に付いて来た者ばかりだ。

 

「そんな組長は何の発端か突然、気を失った。植物状態としてモノ言えぬお体になったのも絶対に…!」

 

「おいおい落ち着け…熱くなり過ぎだ!そりゃあお前の気持ちも分かるけどよ、アイツだって昔から組長に慕ってたんだ。気に入らねえのは兎も角、オーバーホールの仕業とも言い難え…」

 

「じゃあよ、アイツの個性なら病気や怪我も治せるだろ!?何で組長を治さねえんだ?!病気で突然体が悪化したのを良い理由にきっと…」

 

 …どうやら今度は、お仲間同士で物の言い合いをし始めた。

 床に伏せた組長、

 治崎の陰謀、

 彼等の言動、

 気になる点は幾つかあるし、向こうにもそれなりの事情があるらしいが、少なくとも嘘は吐いてないというのは見解した。

 

「嫌ってる割に、彼が捕まるとは思ってないんですね」

 

「そりゃあそうだ。八斎會は知っての通り、解体が進んでから弱小ヤクザと呼ばれてた…だが、オーバーホールがいる今の組は強え…故に、アイツが取り込んだ敵に、アイツ等も含めてな…」

 

 アイツ等?

 その言葉に大きく違和感を感じたバブルガールは、眉をひそめながら首を傾げた。

 

「まあ…何にせよ、正気じゃねえってのは後先考えねェ人間のことを指すのさ。そういう人間は…強えんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、地下の倉庫室。

 分断されてしまったファットガムと芭蕉に待ち受けていたのは、八斎會の鉄砲玉幹部二名――乱波肩動、天蓋壁慈。

 天蓋は手を額に置き構えを取っている辺り、恐らくこの空間ごとドーム状に覆うバリアの調整、或いは発動するかによって関わっているのだろう。

 特に深い意味が無かったにしろ、ポージングが目立つというのは確かである。

 

「おい天蓋、バリア解け。楽しくなって来たんだ、俺はフェアな殺し合いがしたい。そんな俺にバリアなんぞ必要ないんだ、邪魔だ出れねえんだ」

 

「私欲に溺れるな愚か者――オーバーホール様の言いつけを忘れるな。相性は良好、我々のコンビネーションは素晴らしくも侵入者の撃退には向いている。

 あのお方に命令された通り、確実に処理す――」

 

 

 ドガガガッ――ガガガガガガガァン!!!

 

 

 途端――天蓋が鬱陶しくて堪らないと言わんばかりの乱波は、申し立てる彼の口を黙らせようと、矛先を味方の天蓋にさし向ける。何の兆しもなく振るわれる拳を、瞬時にバリアの個性を発動することで、己の身を守りながら攻撃を防いでみせた。

 

「何のつもりだ…欲に飢えた獣よ、敵は彼方だ。何故私に攻撃を仕掛けた?」

 

「ごちゃごちゃ五月蝿えんだよテメェは。コンビなんてオバホが勝手に決めた事だろッ、んなもん律儀に従う気は毛頭ない。俺はそれより殺し合えればなんだって良い」

 

「……………」

 

 天蓋の問いかけに、何とも破茶滅茶な理屈だろうか…乱波の物騒な返事に彼は呆れながら深いため息を吐いた。

 これ以上、彼を留めていればコンビが悪くなるだけでなく、下手すれば〝侵入者を処理する〟というオーバーホールに与えられた使命を全うできずにやられてしまい兼ねない。

 

「……解った、好きにしろ――処理出来るのならやり方は問わん。それとオバホじゃない、オーバーホール様だ。何度も言わせるな、何度言ったらその誤った名前は治せるのだ」

 

 最後の背後らへんの声は冷たい威圧と、呆れを通り越した憤りの声色が含まれていた。

 窃野、宝生、多部とは違って、乱波は治崎に対する使命感や忠義は微塵もない。どういう経緯で八斎會に加入したのかは不明だが、少なくとも滅私奉公なガラでもない。

 

「解ってくれたか良い引きこもりだ!!」

 

 やった!と歓喜な声色を出しながら、バリアが解かれていくと、直ぐ様ファットガムに意識を傾ける。

 調子の良いステップ気味な乱波は、途端に硬い地面を足で蹴り、距離を詰めていく。

 

「ッ――!?!」

 

 間合いに入った乱波は、何の見境もなく殴打の嵐を叩き込み、衝撃の破壊音が途絶えることなく倉庫部屋に響いていく。

 一つ一つの重圧な拳は、一撃食らうだけで常人が骨折してしまいそうな勢いで、乱波一人で幹部三人の窃野、宝生、多部を合わせた戦力を上回っていた。

 

「ファットさん――!!」

 

「ば、しょう…!!俺に構うより…バリアのヤツ……!」

 

 暴虐の限りを尽くし、荒ぶる殴打の勢いを増していく乱波の攻撃を食らいながらも、ファットガムは芭蕉に手短に言葉を返す。

 先ずこの乱波という男の個性は不明――そして天蓋と呼ばれる男の個性も不明。つまり、二人とも個性登録をしていない裏社会の人間だ。

 

 弾丸の速さと凡ゆるものを粉砕する拳、

 要塞を連想させる硬さと凡ゆるものを防ぐ壁、

 

 正しく矛と盾――厄介な上に敵としても願わくば出会いたくもない人物の組み合わせだ。

 唯でさえ乱波を相手にするだけで骨が折れるのに、いざ彼の戦意を喪失させようにも危うくなればバリアを出してくるはず。安全圏に立っている上に、個性の詳細が不明であり、どれ位の威力でバリアが破壊されるのかさえ調べようにも簡単に出来やしない。

 

 隙のないコンビ――誰かを狙うにしろ、また片方の人間が其れを補う。天蓋を狙うにしろ乱波の猛攻を凌ぐのは極めて至難の業。

 ならば、盾役を担うファットガムが乱波の注意を引きつけ、芭蕉が天蓋を対峙すれば良い話。

 

「は、はい…ッ!!」

 

 芭蕉は勢いのこもった返事をしながら、天蓋に視線を向ける。

 恐らく、天蓋の個性は見た感じバリアを張る個性――ならば、それ以外の攻撃は仕掛けて来ないはずだ。

 生憎、乱波の意識は完全にファットガムに向いている。自分が天蓋に攻撃を仕掛けることも気付かないだろう。

 

「なら…今がチャンス…!」

 

 好機を逃さない。

 墨筆を握りながら、彼女は彼の死角になるよう空間に「斬」の文字を記す。そして其れを天蓋に向けて墨字忍法を飛ばす。

 斬を撃ちこむ事で、斬撃となり勢いを付けて天蓋に飛ばす戦法なのだろう、彼は乱波とファットガムの戦闘を眺めているだけだ。

 

「墨字忍法――【蛇折法・斬】!」

 

 墨字で書かれた斬の文字は、そのまま垂直線を描いて標的に狙いを定める。

 

 ガギィン!!

 

「ッ…!」

 

 しかし、そう上手く物事が上手く進まないのが現実。

 斬撃を弾く音、

 傷一つ付かないバリア、

 凡ゆる物質さえ通さない壁、

 

「フム…私も随分と舐められたものだ。まさか貴様に意識を向けていないとでも?」

 

 瞑ってた瞼を開けて、芭蕉に視線を送る天蓋は、やれやれと言った口調で肩を竦める。乱波とファットガムの激しい闘争を眺めていたので、てっきり此方の存在には注意してなかったと思ったのだが…

 

「乱波の間合いに入った者は、なす術なく無様に死ぬだけだ。ヤツの速度に対応出来ず、やられるだけで木偶の坊に突っ立ってるのがその証拠…」

 

 虎や獅子の間合いに入った人間が何の術もなく食い殺されるように、凄まじい速度と破壊力が高い一撃を何連撃も叩き込めば、態勢は怯み、力が入らず殺られるだけ。

 謂わばゲームでいう羽目コンボ、脱出する術はファットガムには持ち合わせていないのが現段階で言える状況だ。

 

「ならば私は貴様の死角からの攻撃を注意するだけ。そう難しいことではない」

 

 仮に――ファットガムが何かしら奥の手を隠そうとバリアの自分がいる。そんな天蓋を鬱陶しく思う人間は必ずや現れる。乱波が一人に意識を集中してるのであれば、天蓋に攻撃を仕掛け易いし、邪魔が入らなければ効率が良い。

 だがしかし其れは――天蓋自身も想像できる範囲内の答えで、乱波が彼女に何の興味も示さないのが一番の理由だろう。もしあの獣が彼女に敵意を向けているのなら、先ず天蓋に攻撃を仕掛ける暇はないし、乱波が其れを許さない。

 

「そして貴様の力量では我の要塞を砕くこと…それ不可能なり。私の個性は乱波でさえも壊さないのだからな」

 

 天蓋壁慈――個性『バリア』

 集中力や精神を高めることで、空間からバリアが生まれる。相手や自分を閉じ込めることも可能で、範囲は限られている防御型だ。円場とは少し違った個性であり、瞬時に大きさや範囲、硬度を変えることも出来る。

 

「ぅ…ッ」

 

 芭蕉は声を小さく零しながら、焦りが生じる。やはり天蓋には物理や忍術が通じない上に効果はないようだ。

 となれば、やはり乱波の死角を狙うべきか――?

 

「やっぱり…あの人をどうかしないと……でも、危なくなったらバリアを出してくるし…」

 

「オラァ――」

 

「えっ!?」

 

 ドバァン!と今までで激しい衝撃波の音が、耳を貫く。

 どうやらファットガムの方も体力が来てるらしく、口から血を吐き出す光景が、彼女の目に焼きつく。

 

「ファットさん!!そんな…私!」

 

「防御が得意?全然受けきれてないぞ?おいおいまさかへばってんのかデブ、お前が戦えねえなら今度は緑髪のチビを殺すぜ?」

 

 乱波は興醒めしながら、親指を彼女に向けてクイッと合図を出す。まだ意識を保てるファットガムは歯を食いしばりながら――

 

「乱波くん言うたか君――俺の脂肪吸着でも衝撃が受けきれないって初めてやで?つまり打撃が効いたんは乱波くんで数年振りなんや」

 

 ピタッ――と、時が静止したかのように、乱波の動きが硬直する。先刻まで興味が失せてた彼の魂は、再び揺さぶられる。

 食いついた事に何とか安心したファットガムの口角は自然と釣り上がる。

 

「受けきれてない?アホ抜かせ!お前の腕が上がらんかどうかずっと試してたんや!!

 俺も昔はゴリゴリの武闘派やってたんやで?だから――勝負や」

 

 

 ゾクゾクと乱波の体が震え始め、ファットガムは、覚悟を決めた――

 

 

「お前の腕が上がらんくなるか、俺が先に死ぬか!!矛と盾の闘い!勝負と行こうや乱波くん――!!!」

 

 

「やっぱりお前は良いデブだぁ――!!!!」

 

 

 気分爽快――今日も調子は絶好調!ウキウキ乱波くん!!!

 我慢の限界を迎えた乱波はそれこそ、本物の獣の如くファットガムに食いつき、自慢の拳を振るう。

 目にも止まらぬ速度を更に底上げし、ファットガムに己の全てを叩き込む。

 

 ――ドドドドドドドドドドドドッ!!!!

 

「ッッッ――!!??!」

 

 想像を絶する激痛が、体全身を爆破させるように迸る。

 計り知れない、経験したことのない痛みが、体の全てに叩き込まれ、大量の血反吐を吐く。

 

「ファットさんどうして?!!なんで自分をそんな…!!」

 

 なぜ、相手を挑発してまで自分がより悪い状況へと追い込ませたのか…芭蕉にとっては知る術は勿論、理解すら出来ない。

 本当に乱波のスタミナを切らす為に踏ん張るつもりだろうか?いや…無理だ、打撃や刃物を脂肪に沈めるファットガムは、限界に近い。このままいけば数分も経たずに死んでしまう。そんなこと本人が一番解っているはずなのに…

 

「振らなきゃ…筆を………助けなきゃ…早く、あの人を止めて……」

 

 芭蕉の心は段々と暗く沈んでいく。

 震える膝を止めながら、兎に角ファットガムを助けることだけを…天蓋は無理、しかし危険だと判れば乱波を包む。

 いや、良いんだ――乱波を包めばファットガムへの攻撃も止まる。ならば自分の行動が最善手。

 

(は、早く――)

 

「おい、へばんなよデブ。今、肩が温まって来たからな――そろそろギア上げていくんだから、失望させんじゃねえぞ?」

 

 彼女が文字を書き始めようとした時に、乱波の声が高く聞こえる。

 瞬く間の数秒で、ファットガムの服はボロボロに破け散り、腹部には乱波に打ち込まれた拳の痕がくっきりと鮮明に曝け出していた。流石のファットガムも、虚勢を張れるような余韻は微塵たりとも残っていない。

 

「あ…ああ……あぁぁあ…!!」

 

 ――ファットさん…もうあんなに…!

 既に満身創痍、無事とは呼べないほどに傷は深く、吸着は殆ど出来ていない。苦悶に満ち溢れた顔のファットガムは、白目を向きながら態勢を維持することが彼のやれるべきことだった。

 

(ファットさん…私今、助けます!!)

 

 筆を入れて、空間に文字を描く。

 〝斬〟と書かれた忍術を、乱波の背中に向ける。例え天蓋に防がれようと、今ファットガムへの攻撃を止めれば死ぬことはない。そもそも衝撃を沈めるファットガムの容量を上回る乱波の馬鹿力は、忍を殺すのにさえ適応できる力を持っている。

 邪魔をされた後、怒りの矛先を自分に向ける可能性だって低いわけではないのだ。

 

 

「ガァッハ――!!」

 

「おいおい嘘だろ!?まだ勝負は始まったばかりだぜ!?まだ動けるよな?!」

 

 

 その頃――体力に限界を迎え、意識が朦朧とするファットガムの膝は折れそうになる。

 足は震え、前面打撲、許容を超えたダメージ、もう致命傷にさえ至ってるファットガムに、乱波は眉をひそめる。

 まだ戦えるだろ?

 頑張れ、耐えぬくんだろ?

 俺の腕はまだ上がるぜ。

 余裕と底知れぬ相手の強さに、遠のく意識が更に遠ざかっていきそうだ。

 

(どんな個性やこいつ…!俺の脂肪吸着がもう殆ど意味を成してない……久方どころか初めてやこんなん!!)

 

 乱波肩動――個性『強肩』

 肩が強い単純で地味な身体能力を生かした個性。肩の回転が尋常じゃないほどに回り、予想外の乱打を叩き込む事が可能。

 

 

(せやけどな…さっき俺は盾言うてたけど、それ大間違いやで)

 

 ファットガムは耐えながら心の中で乱波と天蓋に言葉を吐き捨てる。声には出していないので、二人にも芭蕉にも聞こえていない。

 

(俺の脂肪吸着はな…お前が今まで俺に与えた衝撃全部が吸着して沈んでるんやで!!沈めて抑えるのにエネルギー使うし脂肪はガンガン燃える!!

 防御は薄くなるし燃費悪くなるが――蓄積された衝撃は、凡ゆる盾をブチ壊す!!!!それこそ要塞だろうと何だろうと!!)

 

 ファットガムの個性から察して、ダメージを受けても平気な防御型と推測するのが妥当だろう。だがしかし、実際にファットガムは盾を捨てて矛にもなれるのだ。

 

 なれる……のだが――

 

(けどなぁ、コイツのパワーと次に衝撃を与えるスピードがあまりにも早すぎて、盾がどんどん削れるだけでコイツに衝撃をブチかます反撃の余地がない!!あかん!時間さえあれば…!)

 

 

 しかしまさかそれを知ってか知らずか――芭蕉が乱波の動きを止める時間を作ろうと、攻撃を仕向けてるとは想像が付かなかっただろう。

 

 

 焦り、怖れ、嫌悪、目の前で無惨に叩きのめされてる光景を目にする芭蕉の目には、うっすらと涙が溜め込んでいる。

 

 実を言って、芭蕉は乱波のような傍若無人は好きではない。

 性格が受け付けないという点も有れば、彼を怖ろしいと見てしまうからなのだろうが、其れは彼女との性格が反対だからだろう。

 

 嫌い――という点はないが、敵でありながら不覚にも惹かれてしまうのは、彼が単純に強いのと、己の命すらも顧みない恐怖の欠片もない点だろう。其れに関しては、賞賛に値する。

 

 彼女は、天蓋に向けて使用した忍術を、今度は背を向けてる乱波に使用する――

 

 

「……えっ?」

 

 

 しかし、忍術が発動しない。

 〝斬〟と空間に書いたはずなのに、それを大きな墨筆で振るうだけで文字の効果が発揮できるのに、何も起きない。

 ただ目の前に映るのは、乱波が一方的にファットガムを滅多打ちにしてる殺伐とした光景だけが、嫌にも目に入ってしまう。

 

「どうして…?どうして…?!!」

 

 何故、忍術が発動しない?

 しかもこの段階…まさか、異能破壊弾を撃ち込まれたのか?いや、銃声の音は聞こえなかったし、この場に滞在してるのは四人だけ。死角から破壊弾を撃ち込まれるのは考え難いし、まず受けた衝撃も感じない。

 勿論、天蓋自身が打ち込んだ可能性もない訳ではないが、確認したところ彼が銃を持ってる形跡も、撃った形跡もない。

 

 となれば――理由は簡単。

 彼女の未熟な精神が、気の弱い心が、忍術に影響を及ぼしたと考えるのが自然だろう。

 

 芭蕉の忍術は、天蓋と同じく精神を研ぎ澄まし、集中力を高めることで文字の効果を発揮させることが可能で、今でも時々失敗してしまうことはあるが、まさか今に至って失敗するなんて……

 

 ファットガムが死んでしまう焦り、

 己の未熟さと精神の弱さ、

 乱波という圧倒的な強者への怖れ、

 

 頭の中では分かっているのに、心が其れを許さず、現実を拒む。

 

「そん……な!!どうして…こんな時に…!」

 

 思わず目頭が熱く、涙が自然と流れ滴る。

 己の不甲斐なさ、役目も果たせない失態、頼りない自分、弱い心が今を邪魔する、全てが自分の原因で、弱さが今の悲惨を招き入れ、何より自分でも解決できない自分自身に、苛立ちが止まらない。

 

 泣き崩れそうになり、心が折れていく彼女を遠目に天蓋は…

 

(ああ、可哀想に…もうダメだ。彼女はもう立ち上がれない…)

 

 鉄砲玉でありながら、意外にも芭蕉を慈悲深い目で見守っていた。

 元々天蓋は月神宗教の一人として、とある教祖様に支えてた仏の身だ。彼が八斎會の新顔であり、治崎に拾われたのは、単に乱波の喧嘩癖を押さえつける為に招き入れたに過ぎない。

 勿論、自分が他の人に必要とされてることを知った教祖様も「行っておいで、君を大切に想う人の役に立つんだよ」と、優しく悟ってくれた。

 

(彼女は優しすぎた…忍の身でありながら、優しさが返って己を弱くさせ、心に未熟を生み出した……そして彼女もこれから死ぬのだ。願わくば、救ってあげたいものだ)

 

 敵でありながら八斎會の誰よりも慈悲深く、人の道に外れながら心情深いのは、芭蕉と似た者であり、優しさと心想いな共通部分があるからだろう。

 

 だが、任務に私情を持ち込むほど天蓋も甘くはないし、自分を必要として迎えてくれた治崎に感謝をしてる天蓋は、だからこそ侵入者を排除しろと命令を下した彼の為に殺すのだろう。優しさも又、時に戦場で役に立つのである。

 

「私……どうしたら……」

 

 頭の中が全て罪悪感に圧迫され、己の弱気に苛立つ中、懐から一枚の札が落ちる。

 

「――?」

 

 ふと札を拾った芭蕉は、天蓋に気付かれず紙を見る。

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

 

「おい!!まだ死ぬなよ!?始まったばかりなんだ!折角殺し合いを分かち合うヤツが俺の前に来てくれたんだ!!頼む!もっと俺に殺しの味を曝け出してくれぇ!!」

 

 唸る拳、乱打の嵐、間合いに入る者全ての原型を壊す乱波は、獣の如く吠える。

 肩の調子も良く、勢いと感情が昂ぶる余り、ペストマスクの口元が破り裂けてしまう。拳の残像さえも見えてしまい、ただただ目に映る物を殴り殺す乱波の乱撃を、ファットガムは――

 

(もうあかん……無理や…!衝撃は充分溜まった…けど、時間が稼げれへん!!このままやと冗談抜きで……)

 

 死ぬ――そう錯覚した途端。

 

「はあああぁぁぁああぁぁぁ!!!」

 

 

 ファットガムと乱波の間に割り込むよう、芭蕉が身を乗り出してきた。

 

「なァッ――!?!」

「何ッ!?!」

 

 誰もが予想しなかった展開。

 ファットガムは勿論、天蓋自身も予想だにしない彼女の行動に、冷や汗が生じる。

 彼女は確かに心が未熟な上で忍術は発動しなかった…成せる術がないとはいえ…なぜ?身を投げてまで?

 心が揺らぐ天蓋はふと、ある事に気付いた。

 

(あの女…武器は何処に!?)

 

 自慢の墨筆は何処にもない。

 いつの間に?いや…そもそもいつから?

 彼女の監視と、乱波の様子、二つを眺めてて彼女の様子を見逃してしまったのか?

 

「ッ……そうか!」

 

 天蓋は彼女の目論見を、直ぐに見破った。

 

 

 

 

 我武者羅に乱波目掛けて突っ込み走る芭蕉は、とても冷静で弱気な性格とは思えない程の雄叫びをあげながら、弱い拳を向ける。

 喧嘩慣れた手でもなく、乱波と比べれば何とも貧相で、正面から殴れば直ぐに折れそうな細い腕。

 

(総司さんや雅緋さんは覚悟を決めて此処に来た――例え相手が誰であろうと…!)

 

 ――そして、総司は託してくれた。

 続いて雅緋も、総司の想いを紡ぎ、一人で時間を稼いでくれた。

 そして残された自分は、ただ怖くて何出来ませんじゃ、話にならない。

 

 ――私が此処で何も出来ずにどうするの!!!!

 

 その心意気は弱かった彼女とは違い、心強くて頼もしく、芯を持つ覚悟。伊達に蛇女の選抜補欠でなければ、そんな地位で満足する彼女でもない。

 彼女も蛇女生徒の一員であり、蛇女の誇りを背負う人物なのだから。

 

 

「おッ…おぉ!?」

 

 気分爽快――ファットガムを殴り続けてた乱波は勢いを止めず、自分の目前に現れた芭蕉を見て最初こそ驚くものの…何の武器も持たずファットガムを守るように身を投げ出した彼女に、僅かに口角が釣り上がる。

 

 だが、女だからといって殴るのに躊躇わない乱波は、拳を彼女に向けて――殴り殺す。

 

 

 ――ドドドドドドドドッ!!!

 

 

「ッ…!?があぁッ!い、…ッッ!!」

 

「ぬおぉッ!?!」

 

 案の定、彼女は乱波の殴打を躱すこと叶わず、そもそも避けきれず、予想通り殴られてしまう。

 強烈な一撃の数々が、彼女に想像を超える痛覚を叩き込んでいる。

 だが、乱波は俄然と驚愕し、目を大きく見開く。

 

(コイツ…!武器を持たない上に、吹き飛ばされない!?ミンチになってない!!)

 

 乱波の拳はお世辞抜きで、とても強力だ。

 常人が手加減した乱波の拳を食うだけでミンチになってしまい、11歳の頃はよく大の大人やゴロツキを重傷に負わせ泣かせていた。

 

 だがしかし今はどうだ?

 情弱だと、弱腰で武器を使う事でしか己の強さを誇示できないと見なしていた彼女は、武器を捨てまで闘うどころか、常人と違って簡単に殺されない。

 闘いに、痛みに、何もかも逃げない根性――乱波の敵意の導火線に火が点いた。

 

 

「お前――良いな!!!」

 

 

 全開フルスロットル、乱波は闘争心を激しく燃やしながら、思いっきり大きく拳を振るう。

 先程までの卑怯者という見方を完全に捨てた乱波に、嫌悪はない。

 

 ガギィン――!!

 

「ッ…!?!」

 

 だが、乱波の拳は彼女に当たることは決して無かった。

 聞き慣れた鋭い金属音が鼓膜を振動させ、満身創痍の芭蕉はゆっくりと倒れ伏せた。

 

 

「――天蓋!!!!お前!!!」

 

 

 正体は決まっている、天蓋壁慈しかいない。

 今までに聞いたことのない憤慨に満ちた声色を発しながら、天蓋に吠える。

 彼女と自分の殺し合いを邪魔されたのだ、乱波が怒らない訳がない。対する天蓋は物怖じせず冷静だ。

 

「上を見ろ乱波よ」

 

「?」

 

 何を言い出すかと思えば、と言われた通りにバリア越しから上に視線を送ると――

 

 ギイィン!!

 

 遅れて攻撃を防いだ音が、乱波の耳を貫いた。

 バリア越しには、芭蕉の墨筆が突き刺さっている。いや…突き刺さってるという表現は語弊か、正確には彼女の武器を防いだといえよう。そしてそのまま墨筆は誰の力もなく、突然天蓋の方向へ向かって飛んでいく。

 勿論、解りきった攻撃など食らう筈もなく、安易にバリアを発動して防いだまで。

 

「どうだ乱波、此奴は武器を持たずと思わせてからのこれだぞ?私は卑怯な手段を使う少女から身を守り…いや、救ったまでだ。もしあのまま私がバリアを発動しなければ、貴様は敗北していたのだぞ?

 その、卑怯者にな」

 

 倒れ伏せた芭蕉に視線を戻すと、よく見れば彼女の体には「防」と記された札が何十枚も張り付いていた。乱波の計り知れない重い乱打を食らってもミンチにならなかったのは、この札が身代わりになったのだろう。だとしても、ダメージはあった――つまり、彼女が予め用意してた札の効果を持ってしてでも、乱波の攻撃は全て防ぎきれなかったのだ。

 

「…………」

 

 倒れ伏せ、気を失った芭蕉を、乱波は何も言わずとただ見つめていた。

 ――卑怯者?

 たしかに。銃や刃物を扱うヤツは皆んな弱腰で、生身で相手に勝てないから道具に頼ろうとする。

 拳では勝てない、じゃあ銃や刃物を使って勝とう、何なら食物に毒を盛ってやろうと考える間抜けは飽きるほど見てきた。

 

 しかし、コイツはどうだ?

 武器を使ったにしても、コイツは身を投じてまで俺に勝とうとした。俺のパンチは大の大人でも号泣するし、札で身代わりになってたにしてもこの緑髪は最後まで退かなかった。

 

 そもそも、自分が殺されてしまうと分かっていながら突っ込んだのは…俺を仕留めるため?生身や拳では俺に勝てないのは勿論、デブを助ける事も含めてなのだろう。じゃなきゃ背後で殴り掛かれば良いだけだ。

 なのに敢えて間合いに入ってまで俺に勝負を挑んだのは……自分が万が一殺されても、今度は俺を仕留めようとしてたのか?

 自分が死んで、俺を倒そうと?先ほどの引きこもり野郎に武器が振るわれたのも…天蓋すらも倒すため?

 

 よく見れば、大きな墨筆には札で「回転」と文字が書かれていた。

 

 芭蕉は八斎會邸に乗り込む前から、予め準備をしていたのだ。

 先の闘いで何が起きるか分からない以上、彼女は札に念を込めた墨筆で、文字を書いていた。

 それが今の闘いで生かされたのである。勿論、頭がパニックになってたので、準備してた札を忘れてしまってたのは咎められてしまっても文句は言えない。

 

 

 何たる気質…コイツ、弱腰で弱気な性格だと、この中で誰よりも弱いと思っていたのに、現状―――誰よりも覚悟や勝利への執念が上だった。

 助けたかったにせよ、守りたかったにせよ、道理は何であれ、普通の人間やか弱いヤツは、此処までしない。

 

「チビ…」

 

 俺は、誤解していたらしい。

 弱いから卑怯な手段を平気で扱う。今までの奴らがそうだったし、少なくとも緑髪のチビは、道端に転がってるチンピラとは訳が違う。コイツには紛れもない執念と、芯がある――ただ気がかりなのは…一体何が彼女をそうさせたのだ?

 喧嘩や人を傷付けるのでさえ躊躇いそうなヤツが、何をそこまで……

 

 

 ――此処まで彼女を〝強く〟した?

 

 

 此処で初めて芭蕉は、強者だと認められた。

 選抜メンバーや補欠の仲間たちでさえも、強いと思われなかった…そんな小動物のような彼女は、狼をも噛み殺す獣に、強者に〝強い〟と思われた。

 

「何がともあれ、無意味だな――計算された戦法は鉄砲玉として賞賛する…しかし、如何なる策も、我の防壁の前でなす術なく倒れるまで」

 

 

 

「無意味やないで――」

 

 

『ッ…?!!』

 

 天蓋の言葉を遮るファットガムの台詞に、天蓋と乱波は意識を向ける。てっきり気絶して倒れてたのかと思っていたのだが…どうやら、違うらしい。

 

「まさか、芭蕉ちゃんに助けられるなんて思ってもなかったわ…って言うのも凄い失礼やけど、ホンマあんがとな!!

 

 

 ――お陰で良い矛になれたわ!!!!」

 

 其処には、肥満なファットガムの姿は何処にもない。

 脂肪は燃やされ、屈強な筋肉が見える彼は、まるで別人のようだ――盾を捨てたファットガムは、強靭な矛となりて、二人に矛先の拳を向ける。

 

 

 彼女が紡いだ想い、今度はファットガムが背負おう。

 そして彼女の代わりになって、矛盾の勝負に決着を付ける――

 




乱波と芭蕉ちゃんって凄く正反対なんですよね。
作者として個人的に二人とも大好きですけど!!

芭蕉と乱波の対比関係。

・喧嘩は好きじゃない=喧嘩狂いになるほど好き
・他人を傷つけるのを躊躇ってしまう=思いっきり傷つける
・弱気=強気
・口調や性格は穏やかで静か=煩くて荒い
・両親の家系を継ぎ忍の道へ=親の反動で縁を切り家出し、
喧嘩の道へ
・人を殺したくない=殺し合いに快楽を覚える
・拳での戦いを嫌い、武器を使う=武器の戦いを嫌い、拳を使う
・自信がない=自信満々
・盾=矛
・小動物=肉食動物
・優しい=怖い
・誰か(何か)の為に戦う=自分の為に戦う
・不殺生=殺生

共通関係
・同じ悪の存在を背負う
・お互いが惹かれ合う
・死の戦場で戦う
・日影と出会い、治崎と出会い、人生の何かが変わった
・選抜補欠、鉄砲玉

現段階ではこれくらいかな解ることは。
また読者たちも良ければ共通点、あるいは対比関係を探ってみてくださいませ。

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