光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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え〜、この作品を投稿してからそろそろ二年が経ちます。思ったよりも早かったようで、やっとな想いのような。これが少年誌であれば、三年分の投稿量ですね。一年で50話位なので、二年で約145話は自分なりにも凄いなあと思ったり。
まだまだお気に入り含め、投票は少ないですが、それでも少しでも読者たちが私の作品を愛読してくれるのであれば、これに勝る幸福はございません。
作品とは自分が満足するだけではなく、他の読者達にも楽しく、面白く、読んでくれてこそですから。
本当に、初期の素人だった自分がここまで投稿を続けれたのは、読者達がいてこそです。
まだまだ文章力の構成が曖昧だったり、表現力や語彙力が乏しかったりと、誤字することもありますが、それでも読者達に応えれるよう精進していこうと思います。



144話「禍魂」

 冷たい一陣の風が、横殴りに吹き、頬に触れる。

 騒めく森林は揺らぎ、葉は落ちていく。

 静止した空間には、忌夢の叫喚と妖魔の雄叫びだけが、轟いていた。

 

「紫いいィィィ――!!!」

 

 喉が潰れる程の大声を発し、ゆっくりとスローモーションのような鈍さで前のめりに倒れ行く紫を、抱きしめる。

 紫の顔色は悪く、腹部には妖魔の鎖鎌で貫かれ、引き離されたものの、このダメージはかなり重傷だ。止めどなく溢れ出る赤い鮮血は、漆黒の服を染めるように汚していく。

 

「紫、紫!しっかりするんだ紫!!」

 

 必死に言葉を投げかける忌夢の声は微かに震えており、心臓の鼓動がより速く脈を打つ。

 

「おねえ……ちゃん……」

 

 霞む視界を精一杯開こうと、口から血を流しながら、優しく姉の手を握る。柔らかく、女性の掌には温もりが籠っていた。

 

「待ってろ紫!直ぐに救助が来るから…そうだ、布でせめて傷口を抑えるよう止血を…!」

 

 救助なんて、本当は来ないくせに。

 本当は助からないかもしれないのに。

 忌夢は必死に紫の死を阻止するよう、善意を尽くして応急処置を行う。自分の忍装束の布を引き千切り、紫の傷口を抑え、何とか止血する。気付けば、自分の手も紫の血で赤くべったりと塗り尽くされていた。

 

「お姉ちゃん……だいじょうぶ…?ケガは、してない?」

 

 掠れた声でも、忌夢の耳には鮮明に届いている。

 口の中に広がる鉄の味を覚えながら、紫は覚束ない口調で忌夢の安否を確認する。自分が致命的な傷を負ってるにも関わらず、姉の心配をする紫に、「僕のことは大丈夫だ…」と軽く首を縦に振る。

 

「良かった…大好きなお姉ちゃんが……死んじゃったら、私、耐えられないから……」

 

「紫…」

 

 姉妹でありながら、今まで言葉を交わしたことは全くと言って良い程少ない。中学から高校に入学してからは一年まるっきり会話すら交えない位に。忌夢と雅緋が血界突破の件で暴走し、入院して話せなかったと言う意味もあるが、見舞いすら行ってない紫は、端から見れば確かに異端者であり、姉妹とは思えないだろう。

 

「私ね…ずっとお姉ちゃんに……言えなかったことがあったの………」

 

「言えなかったこと?」

 

 

「うん、お姉ちゃんを、困らせたこと……〝ごめんなさい〟の一言……」

 

「えっ――」

 

 忌夢の喉に息が詰まる。

 その言えなかった一言が、彼女にとって余りにも大きな衝撃だったから。

 どうして…こんな刻に限って、謝るんだ?

 いや、そもそも何に対して紫は謝っているのか?

 その答えに辿り着くまで、どれほどの時間が潰えるだろう。しかし、そんな時間を、紫の言葉が短縮してくれる。

 

「覚え…てる?私が…お父さんの目を盗んで……修行をサボって……それで…怒られて……無理矢理修行させられたあの日…」

 

「ッ――」

 

 紫の言葉に、全て理解した忌夢は絶句する。

 そうだ…確かあの日、僕はいつも修行を放ったらかしにしてべべたんと遊んでる紫に、嫌気が刺して…大事にしてたべべたんを引きちぎろうとしたんだっけ。

 ちょっとした姉妹喧嘩に見えるだろうけど、この時からだった…紫の力が開花したのは。

 

 

『やめてえええぇぇえええええ――!!!!』

 

 

 鼓膜が破れるほどの絶叫。

 心の奥底からマグマの如く噴火する怒り。

 天然で大人しげな彼女とは正反対な、凶暴な一面。

 紫が目を開けると、忌夢はボロボロになって倒れ伏せていた。今でも記憶に残るその忌々しい記憶が、いつも忌夢と紫を苦しめ縛っていた。

 

 私が、お姉ちゃんを傷付けた――

 

 大好きなお姉ちゃんを、怒りの感情に任せて傷つけてしまった…それが、どんな意味を成すのか…

 紫だって何も故意が有って姉を傷つけたのではない。

 禍魂――それが紫に宿る、凶暴な力。

 禍魂とは、特殊な忍家系が引き継ぐ希少な忍術である。拒絶から産まれる負のエネルギーによって、感情を具現化させ発現させる忍術は、雅緋や鈴音、前に出資者として働いてた伊佐奈はおろか、小尾斗教官すらも大きく賞賛する忍術である。

 今では禍魂を引き継ぐ者は紫と忌夢の家系しかいないそうで、ある組織では狙いを定めていたりする程、危険で希少な代物である。

 忌夢は禍魂こそ発現しなかったし、何れ力を身につければ手に入るだろうと一縷の望みを賭けるも、結局発現はしなかった。

 一方、修行に手をつけずサボり遊んでた紫に禍魂の力が発現し、父や母は大きな歓声を上げていた。

 でも、紫はそんな力を嫌っていた。全然嬉しくなんて無かった。

 こんな物があるから、姉を傷つけてしまい、この呪われた忍術がある限り、永遠に姉とは仲直り出来ないだろうと、殻に閉じこもってしまった。

 そもそも紫は忍という存在に関しては根っから興味がないし、固執すらしていない。まるで雲雀みたいな経緯だろうけど、何も努力してない自分が、才能という理不尽な力で姉を苦しめることだけは、絶対に有ってはならないのだ。

 

 

 だから紫は、薄暗い部屋で引きこもることにした――

 

 

 其れが、愛する姉への罪滅ぼしだから…

 自分が外にさえ出なければ…お姉ちゃんの視界に自分が入らなければ、姉も安心だろう。

 本当だったら、姉と一緒に愉快な話をしたいし、世間話や何気ない日常でも楽しみたいというのは、彼女の心の奥底にある本音だ。

 更に一言加えれば、姉が入院した時も何度もお見舞いに行きたかったし、お供え物は何が良いかななんて懸命に考えてたりもした。

 けど、もうそうはならない…

 

 自分の目覚めた才能のせいで、姉はより激しい嫌悪の眼差しを紫に向け、避けるように見向きもしなかった。

「ごめんねお姉ちゃん…ごめんなさい」そう何度も口に出したくても、忌夢に伝えることが出来なかった。自分の弱気な性格が原因の一つでもあるが、一番は姉に対する罪悪感のプレッシャーだろう。

 言い訳は見苦しいかもしれないが、それでも、姉のことを大切に想っていたことも、大好きだという家族の愛は、正真正銘――本物だ。

 だから紫は、せめて…一人で悲しみに押し潰されないよう、べべたんを忌夢として見てきたのだ。

 べべたんに向ける愛情は、お姉ちゃんと同じ…だから。

 

 

 

「だから…御免なさい……お姉ちゃんを傷付けて…苦しめて、役に立てなくて……」

 

「………」

 

 紫の瞳から、涙が滲み出る。

 それは痛覚から来る涙ではなく、愛と傷心から生まれた、透き通る雫。紫の、心から想う涙を見るのは、いつぶりだろうか?

 紫の誕生日に、初めてプレゼントしたべべたん以来だろうか――

 

「違う…ちがうよ、紫……」

 

 忌夢もメガネが涙で曇り、声はより一層震えていた。

 

「紫が悪いんじゃないんだ…お前の力に嫉妬して、向き合うことから逃げてきた僕が…悪いんだよ…紫、お前は何も悪くないんだ…」

 

 紫は仲直りしようと、姉を想っていたのに対し、忌夢はそれをないがしろにするよう見向きもしなかった。

 紫の好意や心を、全て拒絶するよう避けていたのは、姉である自分自身で、紫は何も悪くない。

 もし、自分が姉としての自覚を持って妹と接していれば、仲直りしていれば…紫を苦しまずに済んだのでは?

 姉と妹、何方も顔付きは余り似てないが、家族である姉妹への想いは、とても良く似ている。

 

「紫を苦しめてたのは…僕なんだ…

 何が、悪の誇りだ…妹を守れず、お前の善意から逃げてた僕は…蛇女の生徒としても、姉としても…失格だ…」

 

 何が悪の誇り。

 何が自慢の姉だ。

 何が仲間を守るだ。

 結局、この妖魔に成す術なくやられて、両備や両奈に雅緋を守れず、紫だって救えない。どうしようもない、ダメな姉だ。

 

「情けないよ…自分の無力さに、己の弱さが…僕は、とても情けない…」

 

 姉が初めて妹の前に見せる、弱音。

 其れは、雅緋を守ろうと振る舞う彼女とは違う、妹の為に己の不甲斐なさを悔やみ、涙流す一面を見せる彼女。

 

 

「お姉…ちゃん……空、綺麗だね――」

 

 

 紫の言葉に、忌夢は「えっ?」と目を丸くする。

 

「お姉ちゃんのお陰なんだよ……こんなにも綺麗な空を見れたのは……普段、私は…部屋に閉じこもってるから………外の景色なんて……ネットの画像…でしか、あんまり見てないから……実際見ても…大したことない…って、思ってたけど………違うね…」

 

 ネット画像で絶景などを閲覧するのと、実物を目で見るのとは訳が違う。多くは達成感や美しさに見惚れるのだろうが、今はそんな理屈を語る状況ではない位、紫でも解っている。

 

「もし……お姉ちゃんが無理にでも部屋から引っ張り出して無かったら……私、ずっと部屋に…閉じこもったまま……灰色な人生を送ってたんだと思う……」

 

 笑顔も光も何もない、暗く闇に沈む重い牢屋のような空間。

 夕方の六時から起床して、ネットやゲームを一晩中やり過ごし、朝日が昇れば就寝する。そんな生活リズムもクソもないニートのような、引きこもり生活。

 そんな生活に、華やかさも美しさも、笑顔も存在しない。其処に有る物は、ただ無駄に時間を過ごす怠慢と、生きる喜びない囚人のような世界。

 そんな中、原因とも呼べる姉が来てくれたから、自分も心動かされ、雅緋を始めた仲間たちと会うことが出来た。姉を含めて、皆んなの役に立つことだって出来た。今は、こんな結果になってしまったし、欲を言えばもっと姉の役に立って、笑顔を見たかったけど…

 

 でも、それももう無理そうだ。

 

 

「最後に…お姉ちゃんに…言葉を残せて良かった……」

 

「むら…さき?」

 

 紫の途切れ途切れな言葉に、最悪な予想が忌夢の頭を過らす。まるで、全身の血が逆立ったような体感に錯覚をしながらも、紫の頬に手を置く。

 

「お願い……雅緋さんや他の皆んなを守って……そして、出来ればお姉ちゃんだけでも無事に………今まで……ありが……とぅ………」

 

 そして、彼女はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

「嘘だろ?おい、紫…起きろよ、紫……」

 

 しかし反応がない。

 呼吸もほぼ聞こえない上に、体を軽く揺さぶっても、目を開ける仕草や気配は微塵たりとも感じ取れない。

 

「変な冗談…やめろよ……なぁ、ゲームや映画みたいな、そんなありきたりなこと、するなよ…心臓に悪いからな??…なぁ…そんなに、僕を困らせたい…のか?流石の僕も……これには……」

 

「…………」

 

 忌夢の表情は段々と歪んでいき、涙が絶え間なく溢れ出る。

 どれだけ言葉を投げても、涙を流しても、妹が起き上がる気配は毛頭ない。息絶えた…としか言い表せないこの悲惨な光景は、忌夢にとって余りにも衝撃が大きくて、それで…余りにも虚しく切ない別れ方。

 

「紫!!起きろよ!起きてくれよ!!

 僕が悪かったんだ!それなのに、何も悪くないお前が何で死ぬんだよ!?目を覚ましてくれ!お願いだよ紫!!」

 

 必死に泣き叫ぶ声を上げる忌夢に、何かと意識が戻った両備と両奈は、ソッと目を開ける。

 鈍く重い体に、生傷が絶えない体に鞭を入れながら、立ち上がろうとする二人は、現状何が起きてるのか解らない。

 

「一体…何が……?あれは忌夢と、紫…?」

「ねえ、もしかしてだけど…これって……」

 

 最初、何も解らずと見つめてた両備と両奈の表情は、段々と青ざめていき、現状を悟る。

 

「そんな…ッ!紫!!」

「いやあああぁぁぁ!!紫ちゃんがッ――!!!こんなのあんまりだよぉ!!」

 

 両備と両奈は大きく悲鳴をあげる。

 自分が先走ってしまい、連携取れず体制を悪くしてしまった罪悪感と、仲間が死んでしまった悲嘆に、心が引き裂かれそうになる。

 自然と涙が溢れる両備に、両手で顔面を覆い泣きじゃくる両奈。二人の声と忌夢の声が届いた雅緋は、霞む視界に映る情報を頼りにしながら、這いずるように体を動かす。

 

(まさか…紫が殺られたのか――!?)

 

 

 最悪な予感は、文字通り的中し、紫は微動だにせず仰向きになって倒れている。その表情には、忌夢に本音を伝えれたことと、痛みと苦しみで悶えるような、そんな感情が混ざり入れた表情を現しながら、彼女は息を引き取った。

 

 

 

「ウギャァ゛ア゛ア゛ァァアアアァ!!ウイィィーーーッ!」

 

 

 

 紫の死を確認した妖魔は、血で赤く塗り潰された尻尾を舐め終わり綺麗にすると、ようやくを以って歓喜な鳴き声を腹から振り絞り、勝利のポーズを取る。

 拳を天に高く挙げ、勝利のスタンディングを送る光景は、大変不快なことに、オールマイトの最後を真似ている。

 妖魔が与えられた任務の中には選抜メンバーを率先的に殺せと命じられた。資料に記憶した中から紫という少女が死したことにより、任務の一環を達成した爽快感に身を震わせ、喜びの雄叫びを上げている。

 妖魔にとって、これは仕事であり不自然なき事柄。

 

 しかし、この場の全員の逆鱗を傷付け、堪忍袋を破くのには、充分過ぎるものだった。

 

 

「オイ――」

 

 忌夢よりも先に、言葉を発したのは両備だった。

 そのドスの効いた声に反応する妖魔は「オッ?」と張り上げる声を止めて、意識を向ける。

 

「何、ヘラヘラ笑ってんだよ」

 

 憤慨。

 憎悪。

 悔恨。

 様々な感情が含まれた声は、もし一般人が聞けば腰を抜かすだろう。覇気の通った声色には、いつものSッ気は抜けており、完全に瞳は怒りに染まり、頭に血が逆上している。

 このまま、死体になっても的として射り続け、四肢を引き裂いてやろうとさえ思っていた。

 

 しかし、両備と両奈は直ぐに気付く――それよりも、妖魔を凌駕するほどの、危険的な気配を

 

「ガ、ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛アアァァアアアァーーーーッッ!!!

 

 妖魔に似せた凶暴な雄叫びに、二人は我に返り、妖魔すらもその声主に反応する。

 再び視線と意識を向けた刹那――

 

 

 バギィッ!と弾け折れる嫌な擬音が、二人の耳に届くと、妖魔は吹き飛ばされていた。

 

「えっ?」

 

 何が起きたのか…?あの妖魔も反応が取れず赤ん坊のように呆気なく吹き飛ばされてしまい、姉妹は思わず茫然としてしまう。

 

「今の…忌夢?」

 

 いつの間にか、紫の側から忌夢の姿が消えていた。

 あの声に、あの瞬間のタイミングから察して、忌夢と判断して間違いは無いだろう。

 他に動けそうな忍学生はいない…と言うより、両備と両奈に、倒れている紫しかこの辺りには存在しないので、姿を消した忌夢だと判断しても良いだろう。

 

「追うわよ両奈!」

「待って両備ちゃん!その前に…」

 

 急かすように言葉を放つ両備を制すると、両奈は紫の方向へ駆けつけ、体を持ち上げる。

 

「紫ちゃんを、安全な場所に…」

 

 例え息を引き取ったにしても、仮に死んでしまったとしても、せめてこれ以上体が汚れないように、安全な場所に置いておく方が良い気がしたから。

 両奈の慈愛に満ちた優しさは、死んだ両姫を連想させる。少し目立つが、巨木の下に体を寝かすように置いて、軽く優しい一言を添えると、両備に駆けつけ跡を追う。

 ……なんだろう、この嫌な気配は。

 騒めく胸の鼓動を抑えながら、二人は我武者羅に突っ走っていく。

 

 

 

 

 

「ウガァァアアアァーーーー!!!」

「グガァァァアアアーーーー!!!」

 

 

 けたたましい二つの雄叫びが、大地を轟かす。

 殺伐とした異様な空間は、入った者の神経を麻痺させるような緊迫感が滲み出ていた。

 そこには――暴れ狂う妖魔と、暴走した忌夢が、互いの命を削り合うよう啀み合っていた。

 

「ガゥル!」

 

 妖魔は忌夢の首筋を噛み付き、皮を剥がす。耳に残る嫌な音を立てながらも、忌夢は苦痛の顔を浮かべるが

 

「ガァァ!!」

 

 腹部に腹を突き刺し、妖魔は思わず口に含んでた忌夢の皮を吐き出してしまう。唾液を垂らしながら妖魔は呻き声を上げるも、続けて顔面、溝、膝、胸部、右肩と如意棒と拳を巧みに狙いよく追撃をかます。

 先程までの忌夢は、妖魔にとって脅威ではなく、獲物としか認識していなかった。今回の任務とはいえ、手応えのなさとその非力たる弱さ、しかし今の忌夢は妖魔の常識を覆し、化け物にとって敵と認識した。

 

「ガァバァァア゛ア゛ア゛ァァ!!」

 

 妖魔術――【悦ばしきinferno】

 

 雅緋の忍術を習得した妖魔は、己の妖魔術で彼女の秘伝忍法をコピーで写し出したように再現をする。

 腕から紫色の結晶が生成され、劔となったその鋭利な水晶は研ぎ澄まされており、まるで雅緋の黒刀を再現させたようだ。美しさと威厳あるソレは正しく誰もが武器と言うだろう。右手は黒炎を発生させ、刀と拳を巧みに使い、忌夢に反撃をする。

 

「ア゛ア゛ア゛ァァ゛ア゛ァァァアアア――!!」

 

 しかし忌夢は紫色の禍々しき気力で妖魔の全てを吹き飛ばす。その威力は凄まじく、地面のクレーターが小隕石でも降り注いだ跡のように凹む。

 

「グァバッ――!?」

 

 強度を誇る黒刀らしき水晶はガラス破片の如く砕け散り、そのまま忌夢の禍魂の力を食らってしまう。

 妖魔は瞬時に理解した。

 そうか…先程の紫と同じ能力…つまり、同じ忍術を持つ忍学生なのだと。

 本来忌夢の忍術は雷属性を得意分野としたもので、禍魂の力は才能の無さで受け継がれず、忌夢は独自の忍術を編み出していた。

 しかし、今の忌夢は紫と同じ…それ以上の禍魂の強さを備えていた。実際は忌夢に禍魂の力が受け継がれなかったのではない、禍魂の力が引き出せなかっただけである。そう考えると、忌夢のこれまでの忍術は〝武術忍法〟という名称が正しいのかもしれない。だがしかし現状、そんなことはどうでも良い。

 心底、どうだって良い――

 

「許せない…許せないぃ…!!」

 

 忌夢の獣混じりの怒声には、底知れぬ憤怒の感情が含まれていた。

 雅緋を守れなかったこと。

 紫が死んでしまったこと。

 両備と両奈がやられたこと。

 理不尽に蛇女子学園を襲う愚か者。

 数々の怒りが、彼女の感情を爆発させ、結果――今の忌夢を造りだしたのだ。

 

 その名も――禍魂の忌夢

 

 これは覚醒名であり、暴走状態は未完成な力。

 彼女の暴走は、嘗ての雅緋の姿を重ねている。

 忌夢の体は次々と闇の紋章で侵食されていく。禍魂の闘気に、()()()()()()()()()()()()()()()は、見た者に恐怖と不気味さを強く与える印象深い姿だ。

 

「ウガァァアアアァ!ァァァア!!ァァアァァアア!!」

 

 電撃と禍魂を纏った彼女は、ある意味としては妖魔と同格か、それ以上の強さを引き出していた。妖魔が全身全霊を込めた拳を、忌夢はお返しと言わんばかりに同じく拳を突き刺す。激しい衝撃音が、空間を揺らがせ、双方は互いに吹き飛んでしまう。

 忌夢の腕の骨は折れてしまうも、妖魔の腕は感電してしまい、更にはグシャリ!と柳の枝が折れたような醜さを映し出していた。

 べちゃりとした薄気味悪い血の色がネットリと地面に付着し、しばし折れた腕を見つめ痛みに発狂。

 

「ガァァアアバァァアーーーーッッ!!」

 

「許せない…」

 

 聞き慣れたのか、忌夢は大反響する妖魔の大声を間近で聞きながら尚、何とも無いと言わんばかりに忌夢は悔やむように小声で呟く。

 

「お前も……自分の弱さも……今になってようやく、禍魂の力に目覚めた自分も……」

 

 そして軽く一息吸い

 

 

「許せなあああぁぁいいい――!!!」

 

 

 絶・秘伝忍法――【ブラック・デッドフォックス】

 

 

 如意棒の先端部分から黒く禍々しい狐が、無数に飛び出しては妖魔の中心を回り囲む。脱出する退路を断つように、頭上からでも飛び越えれない高さでその狐は台風の如く動き回る。

 

「カアアァァァ――ッ!!」

 

 妖魔術――【蛇鎖九頭龍閃】

 

 今度は総司の忍術を使い、尻尾の鎖鎌を乱暴に振り回す。強靭な斬れ味を誇る刃物状の尾がしなりを上げ、斬撃を縦横無尽に飛ばしながら速度を上げ、指定範囲の空間を支配する。

 そうすることで、多少は狐の猛攻を相殺することが可能だろう。しかし、〝多少〟という点だけであって、実際に全てを防ぎ相殺出来る訳ではない。

 鎖のように伸びる尻尾、尾の鋭い刃物状の突起物は刃こぼれを起こし、みるみると相殺出来る量が減っていく一方、忌夢の忍術は収まらない。それどころかすこぶるペースを上げては狐の渦が、妖魔を呑み込んでいく。

 

「がああぁぁ!」

 

 渦の頭上には空が見え、穴がある。そこから一気に跳躍し飛び降りた忌夢は、禍魂を搭載させた打撃の乱打を繰り出す。

 禍魂の力は何も感情を具現化させた攻撃だけではなく、身体能力が何倍、何十倍にも跳ね上がる術なのだ。使用者によっては忌夢と同じく暴走し、力の使い方を見誤ってしまう危険的なケースが存在するが、紫や先代達は禍魂の力を見事コントロールすることが可能となり、こういったバフ的な効果を発揮させることもあるのだ。そう考えると、禍魂が珍しいのも、妖魔にとって恐れを成すのも、頷ける。

 

「ガァフッ――!」

 

 口から大量の血を溢れ出す。全身血まみれだ。

 喉から出血が溢れて声がまともに出ないそうで、苦しそうに悶えている。それでも忌夢の怒りは治らず、妖魔を滅多打ちにするよう、折れた腕を鞭のようにしながらも、痛撃を与えていく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁああ――ッ!!」

 

 

 もう、このまま全て滅んでしまえば良い。

 妖魔の骨や血は一滴足りとも残さず、完全駆除してやる。

 大切な妹を奪われ、蛇女を崩壊へと追い込ませたコイツだけは、何がなんでも絶対に許せない。

 忌夢の心に埋め尽くすのは、拒絶と憤怒のドス黒い感情。それが禍魂の力をより強く引き出し、忌夢の善良な心を暗闇に沈めていく。

 

 ただ、それは即ち諸刃の剣と同じ物。

 忌夢の体にも限度があり、無限に力を振り絞れる訳ではない。体の組織や骨は攻撃を繰り出すと共に身体能力に似合わず壊れていき、体が何度も悲鳴を叫んでいる。

 下手したら妖魔と同じく忍からの殺害対象として見定められても可笑しくない程に、今の忌夢は妖魔にとっても忍にとっても危険的で喜ばしくない方向に偏っていた。

 

「忌夢!」

 

 ようやく駆けつけた両備と両奈は、息を切らしながら仲間の名前を叫ぶ。しかし反応が無いのか、此方に聞こえてないのか、意識を妖魔に向けたまま、振り返らない。

 

「完全に狂っちゃってるわ……」

 

「忌夢ちゃんにも、紫ちゃんと同じ禍魂の力が目覚めたってことなの…!?」

 

 両奈の推測はほぼ確実と呼んで良いだろう。

 実際に二人は全力疾走で直ぐに到着できたが、時間が長く感じるのは致し方ない。

 

 忌夢は苦痛と悔恨、怒りや悲しみと言った負の感情を昂らせてるも、妖魔は蜚蠊の如くしぶとく、死ぬ気配は更々ない上にナイフのように尖った指で忌夢の体をグジャリと引っ掻き回し、このまま内臓を引きずり出すつもりだろう。お互いが血みどろな争いを続けてる上に、見てるだけで心が締め付けられる程に痛くて残酷な描写だ。

 

「どう…すれば……」

 

 最早、二人の声では彼女の耳には届かない。

 仲間に何度も言葉を掛けても、もう今の忌夢は皆が知っている忌夢では無いのだから。

 下手すれば、本当に殺害処罰の対象になる可能性も有れば、このまま我を忘れて蛇女子学園の学生達を襲うケースも有る。迂闊に下手を出ればこっちが余計に痛手を食うだけで、解決方法にはならない。

 

「忌夢!聞こえるか!!」

 

 

 しかし、この悪夢の中に響く声は、絶望ではなかった。

 忌夢の動きがピタリと止み、妖魔は疲れ切ったかのように痺れたまま微動だにせず動きを停止させた。

 

「雅…緋?」

 

 忌夢の心に募った暗雲が、お日様が覗くように晴れていく。

 完全…とは言い切れないが、それでも少しだけ、意識が戻ったようにも見えるのは、気のせいではないだろう。

 

「すまない忌夢…私は……」

 

「ウグッ!ううぅぅ!!」

 

 満身創痍の忌夢に、己の弱さとリーダーとしての不甲斐なさに思わず顔を俯いてしまう。

 力を求めすぎても、其れは妖魔と何ら変わらない…そう、忌夢の現状が物語り、己の筆頭としての自覚の無さに悔やんでしまう。

 

(私は結局…何も変われてないじゃないか…!!伊奈佐の時からずっと……)

 

 変われたと思い込んでいたのか、二度と蛇女子学園を狂わせないようにと筆頭としての役割を担い、精進してきた。それでも、叶わない夢が存在するように、自分たちの夢や希望は、何も成し遂げれないのだろうか。

 

「なんて詫びれば良いんだ…強さだけが全てじゃないと…あの時、思い知ったばかりなのに……」

 

 ん――?

 待て…よ?あの時、とは?

 伊奈佐の時とは違う…もっと前に、誰かに言われたことがある…力を求めすぎる者は、妖魔と変わらない…と。

 

「あの時…?なんだ……」

 

 また、波のように記憶が次々と押し込まれていく。

 まるで映画や漫画の区切れのついたコマやページのように、脳に失われていた記憶が浸透するように。

 

「雅緋!」

 

 両備の必死に叫ぶ声も、今となっては馬の耳に念仏。

 全く頭の中に入ってこない。あるのは、今まで欠けていたパズルのピース…

 

 

 

 

「そうか……忌夢、お前だったんだな……あの時、私を救けてくれたのは……そして、私を影で支えてくれたのも…」

 

 

 

 

 全てを知る。

 記憶が完璧に戻った雅緋は、嘗て血界突破を発動し暴走した己を思い返す。自分でも何を呟いてたのかは今でも余り良く判らないが、妖魔への怒りがそれ程に強く昂ぶっていたのだろう。

 そんな時、忌夢が血塊反転を使用してくれたから、今の自分が生きている。あの術を使ってくれなければ、自暴自棄に走り今頃、両姫と同じくあの世送りにされていただろう。

 

 

「待ってろ忌夢、今度は私が救け出す番だ…ッ!」

 

 

 雅緋は覚悟を決める。

 もう一度、発動した場合、下手すれば失敗する可能性も充分あり得るし、死のケースも考えうる。

 しかし、今目の前に友が苦しんでるのであれば、其れを救うのも、己の役目――嘗て忌夢が私を救けたように、私も忌夢…お前という親友を救ってみせよう。

 

 

「〝禁〟秘伝忍法――【血界突破】!!」

 

 

 先程述べたように、この術が原因で雅緋自身の存在が狂い、廃人となってしまった。しかし、これが原因ならまた、忌夢の現状を打開するのも、この禁術ではないのか?

 いや、もう昔の私とは違う――なぜなら

 

 

 

 

 深い木々はなぎ倒されては、それ程の被害は出てはいないが、それでも戦闘が有った被害が表に出ているのは否めないだろう。

 巨木の下で目を開けず、ゆっくりと体温が下がる紫は、人形のように動かない。傷口には忌夢の忍装束で抑えているとはいえ、心臓の鼓動や脈が小さくなり、息をしていないのは事実。

 

 ザッ、ザッ――

 

 草木を踏み、砂利で出来た砂場を歩む足音が嫌に聞こえる。

 足音を立てる者は、倒れている紫を目撃し、近づいて行く。しかし当の本人は知る由もないのだが――

 

 その姿は、全身が純白な色で染められてるのと、口が少し鳥っぽいのと、清楚の雰囲気と紳士さを匂わせる漆黒のタキシードを着用している。瞳には紅色の赤眼が、倒れている紫をジッと見下ろしている。勿論コイツもまた正真正銘の妖魔である。

 

 

 その妖魔は、紫に近付き――………

 

 

 

 


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