光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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教えて、為になる!べべたんと作者の質問コーナー!

べべたん「なあ、カグラになるには妖魔を50匹討伐でも入れるんだろ?なら雑魚を狩ってもなれるのか?」

作者「なれまっせ。ただ実力が見合ってないとどうしても難しいんや。他は成績を認められるか、巨大妖魔を一匹倒すかやな。でも結果、カグラを手に入れるのは強さのみ。よーは実力が伴ってないと無理ですよ〜って訳。因みに最短で3ヶ月でカグラになったヤツがいるで、陽花ちゃんは5ヶ月や」

べべたん「カグラと他の忍とは強さ以外では何が違うんだ?」

作者「報酬、名誉、または他の忍とは違い教官の立場にもなれるしヒーローも雇うことが出来るんやで。更には任務や殺生以外の自由が許されるよん。例えば蛇女にいた春花みたいに、それより凄い病院を立てたり研究所も建てたり出来るし、とにかく私情のプライベートも貰えるんや」

べべたん「じゃあ上に頼んで俺をカグラにして貰えるか?」

作者「やめて下さい。例え上層部と血縁があろうとなかろうと、承諾しようと無駄です。自力でなって下さい、カグラになる道は決して甘くは無いんです、切磋琢磨してやっとなれた人もいるんですから、その気持ちを裏切る行為は上層部も許せませんよ」

べべたん「チッ、使えねえトリマスク野郎だなコイツ」

作者「ふぁっ?!」



132話「挽回せよ」

 

 

 

 

 

 私が拾われて初めて学んだことは、生き物の在り方について教わった。

 

 人間がどれだけ知恵を手にしようと、眩しい幸せな感情や喜びを味わおうと、殺されれば全てが無と化す。

 人は惰弱な生き物だ。

 目に砂が入っただけで涙は溢れ、刃物で一突きしただけで血を流し、最悪急所に当たれば絶命は免れない、まるで小さき虫ケラのような存在なのだと。

 

 

『新人だ――今日からD - スクワッド特別特攻隊として所属することになった消耗品だ。

 

 

 お前達、確りコイツに仕事を教えてやれ』

 

 

 組織に入隊したばかりの私が次に学んだのは、殺しの技だ。

 今では口にも出したくないし思い出したくもないが、あの人から技術を学び生きる術を手に入れたのは事実。

 暗殺術を学ぶと同時に、血生臭い記憶が埋め尽くされている私を周りの人間は確実に異端者と言えよう。こんな小さな女の子が、笑顔を殺して、心も殺して冷酷な殺人マシンに成り切ろうとしてるのだから、当然だ。

 

 えっ?恵まれない不幸な私が簡単に受け入れ過ぎてる?

 殺すことに抵抗は無いのかって?

 

 無いですよ。だって、もう疲れましたから。

 

 誰かに頼り、身を添えようとしても嫌われるだけ。

 救けてと命を乞いても人の心は決して動かない。

 手を差し伸べても振り払われ裏切られるだけ。

 

 だからあの人に教わった。

 

 何も無いなら、奪えば良い。

 周りの幸せな人間を忌み嫌い、己にした行為を許すな。

 人間が、お前という歪みと殺意の塊を生み出した。

 

 例えこれが自分の罪を逃避するような綺麗事だと言われても気にしません。事実、自覚してますから。

 あの頃の私は血に飢えた狼のように、幾多ものの人間を殺し、屍の上を踏みにじるように過ごしてきたのですから、誰に敵意を向けられようと殺意を剥き出されようと、慣れてますから。

 だからなのか、あの人から資料に載ってる人間を全て殺せと命じられても、特に何も抵抗の意を示さなければすんなりと受け入れた。

 

 初めて人を殺したのは、温泉旅館の時だ。

 上層部の人間が有名な旅館に泊まり、魅力的且つ噂されてる温泉。

 湯で身体を浴びる60過ぎた肥えたオッさんの背中を洗う私は、油断してる相手の隙を突くように、隠してたナイフを手に持ち、首めがけて振るい落とす。

 後から、大動脈を切り心臓を一突きし、死んだことを確認した後、私は返り血でこびり付いた、濃い血をシャワーと供に身を流し、直ぐに撤退した。

 今となってはトラウマとなった忌々しい記憶だ。

 

 

 その頃の私は、まるで相手を殺すと同時に自分を殺してるような気がしてならなかった。

 

 

 後から起きた大規模爆発テロも、標的の殺害も、組織壊滅など、私の気が晴れるかと思いきや、私の心は次々と崩壊していくだけ。

 忌み嫌う行為なのに…なのに、私の顔は死んでてもなお、笑っていた。

 眼は既に光りを無くし、返り血を浴びながらも不敵な笑みを浮かべる私は、誰が何と言おうと殺人鬼。

 生きてることさえ烏滸がましい、殺戮マシンのモンスターだろう。

 いつしか私は自然と「今日は何人殺せるかな…?何百人道連れに出来るかしら?楽しみだなぁ…」なんて当時には思えない発言もしていた。今となっては不思議なくらいだ。

 

 

 こうして日々を積み重ねると供に、私はあの人達五人のような冷酷無慈悲な人間へと近付いていくような気がした。

 嬉しかったような、拒否してるのか、混ざり合った私はあの人から「まだ情を捨て切れてないだろう」と指摘を受けるだけで、後は何も教わせてくれなかった。

 最初、私はまだ任務をやり切れてないと、沢山の人間を殺して己の心を壊し、殺してきた。しかし其れでも私の心は首を絞めるように辛く苦しい想いをするだけで、幾ら星の数だけ殺生を働こうと、私の人間としての心が消えることはなかった。

 

 

 あの頃の過酷なトラウマが芽生え蘇り、暴力振舞われる痛みを感じればより、奴隷として生きたあの頃の痛みが積み重なる。

 

 いつしか、私は何をして欲しくて、何が欲しかったのか解らなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 私が変われ始めることが出来たのは、秘立蛇女子学園がキッカケだろう。

 とある忍務の一環だと言われ、有名な悪忍養成機関育成学校、秘立蛇女子学園に入学させられた。

 ただ、一つ入学理由があるとすれば「単に自分で入学したかったから」という心にも無い嘘を言わされ、難なく入学することに成功した。

 

 こうして私は、あの人から逃げ去るように蛇女の生徒として生きていく事となった。

 

 最初は「簡単に受け入れ過ぎだ」と愚痴をこぼしていたが、蛇女曰く、「悪は善よりも寛容」とのことで、犯罪履歴のある私を疑うことなく簡単に受け入れてくれた。

 しかし闇の世界で生きてきた私が其の言葉の裏を取れることなど造作もない。

 

 ようは、来るもの拒まず去る者追わず…但し消えるかどうかは自己責任。

 裏切れば死、あるのみ。

 

 先輩に言われなくても直ぐに言葉の意味に理解した私は、闇の世界…上のステージで生き抜き、消耗品としての名に相応しくなるため、己を磨くべく鍛錬に没頭した。

 

 

 其の頃の選抜メンバーが、焔、詠、日影、未来、春花と言う中々に目に見ない個性豊かなメンバーが揃っており、私は補欠メンバーとしての座に収まった。

 因みに未来さんは私と同じ学年で、殺しの技や技術は私に比べればまだまだ軟い方でしたが、忍術は私寄りで、その威力は闇の世界で生きた私からも賞賛できる強さだ。

 選抜メンバーになるにはそれなりの成績と強さが必要で、選抜メンバーを決めるトーナメント戦で私はあと一歩の形で取れずに、補欠の座となったのだ。もしここにあの人があれば確実に嬲り殺されていただろう。

 選抜メンバーに居座ることが出来なかった私は悔やんだろうな…あと少しで勝てたところを、私は一瞬の隙を見せてしまった。このままでは消耗品として利用され、生きていく事が出来ない。

 勝敗は一転するもの、優勢だった私は急所を狙われ気絶してしまい、未来が合格という形となった。

 

 

 結果、私はこうして選抜補欠メンバーの生徒として生きているのだ。

 蛇女の入学生徒は想像していたものよりもずっと多く、何千人何万人もの忍学生がいるのだが、私たちは補佐の為、選抜よりでは無いが、それでも上の立場として振る舞えることはできた。

 まあ、自分が優越な立場なんて微塵たりとも興味はありませんが…

 

 

 

 訓練時。

 蛇女の訓練メニューは思ったよりも厳しく、あの人に暗殺の鍛錬を積み込まれた時と同じく、息が上がる程に体力を消費してしまう。

 特に、鈴音先生の「己の限界を超えるべく、精進しろ。訓練の課題を終わった者から本当の始まりだ」という、滅茶苦茶な言い方で、課題の倍以上の鍛錬をやらされると言う、中々に見ない過激な訓練を受ける私は、なぜあの人が私にここを紹介したのか、何となく解った気がした。

 

「でも…私は人を殺すのと、消耗品の為に生きるだけ……結局そこに、幸せなんて存在しない……」

 

 いや、そもそも人を殺める道を選択した時点で私は幸せになる資格など無い。其れ所か、生まれて一度も幸せや環境などに恵まれたことのない私は、この世に生まれたことそのものが間違いだったので、常に不幸が降り注ぐのは当然だろう。

 

「どうしたんです?こんな所を一人で――」

 

 なんて独り言を呟き感情に浸ってると、爽やかな声と共に、頬に冷たい感触が伝わり思わず反応してしまう。

 

「貴女は確か…えっと……」

 

「ふふ、蒼志ですよ覚えて下さい。どうです?ここの生活には慣れましたか?」

 

 爽快な笑顔を浮かべる少女に私はソッポを向く。

 彼女の名前は蒼志――秘立蛇女子学園選抜補欠メンバーの筆頭にして、私たちのリーダーでもある。

 実力は選抜メンバーの未来、詠、春花、日影をも上回ると言う予想外な戦闘力を持つ少女なら、余裕で選抜メンバーの座に居座ることなど容易いのだが、何故か彼女は補欠の座で治っている。

 

「別に…貴女には関係ないじゃないですか」

 

「大有りです。

 私は補欠とはいえ個々のメンバーを導く筆頭です。同じチームワークとして仲間を心配するのは当然ですから」

 

 ハイこれ、と彼女は手に持ってたスポーツドリンクを一本差し出す。もう一本手に持ってたのを、彼女はペットボトルのキャップを外して口に付ける。

 

「要りませんよ……何ですか、私に構ったって何も面白くありませんよ…」

 

「別に面白さ目的で絡んでる訳では無いのですが……其れにですね、水分補給は忍でも必要不可欠なんです。夏なら尚更ですよねぇ…あっ、私は夏でも全然大丈夫なんですよ、こう見えて熱いのは慣れてる方なので。千歳さんは夏は好きですか?」

 

「……別に好きでは…と言うよりも、放っておいてくれません?私は独りでいた方が気が楽なので…誰かに戯れるのは好きではないんです」

 

 素直じゃなく、否定的に彼女に言葉を浴びせる私に対し、蒼志さんは表情を何一つ嫌味と感じずに、ただ苦笑するだけだ。こんな人は見たこともないので、逆に反応に困るのが一番の本音だろう。

 

「そうなんですか。千歳さんには千歳さんなりの事情が有るのですかね?ですけど…いつまでそうしてるつもりなんです?」

 

 その言葉に、何処か心が突き刺さるような錯覚が芽生えた。

 入学して間もないと言うのに、私は同じ選抜補欠の総司さんや芭蕉さん、芦屋さんに伊吹さんとは初日で軽い挨拶を交わしたきり一度も会話したことなどないのだ。

 例え三日とは言え、交流的な意図や話し合う様子が見受けなければ、誰だって不審がるのも可笑しくはない。

 

「そのままずっと、誰とも話さずに卒業を迎えるんですか?コミュニケーションも忍として必要不可欠なステータスです。ってまあお巫山戯が過ぎる連中に対して余り会話が好ましくない私が言うのも何ですが…千歳さんには、とても会話が不向きな人間には見えないんです…」

 

 彼女の優しい言葉に、何処か対抗心が生まれてしまう。

 本当は解ってるのに、こんな事してたって何の意味もないのに…いいえ、消耗品として馴れ合いなど不向きなので、仲良い交流を深める気にはなれませんが。

 其れでも、やっぱり会話をしない理由にも当て嵌まらないのは事実。このまましてたって気力を削るだけで、全部図星だ。

 特に…

 

 

「私を……人間なんて呼ばないでよ……」

 

 

 産まれて今まで、親にすら一度も「人間」と言われたことのない私なら尚の事。

 親や周りの人間にすらそんな眼で見て貰えない、誰も私を人間とすら思っていないのに、彼女は私を人間と呼んでくれたのだ。

 何処かか弱くて…でもって嬉しくて、泣きたくなるような感情に、私は小さな声で呟いた。無論、相手には聞こえない音量で。

 

 …いや、違う。

 

 

『待ってくれ!これ以上千歳を殴らないでくれ!!私が、私が悪かった!だからこれ以上はもう……だから、だから辞めてくれ!!!私がちゃんと育てる…から!だから、どうか…どうか…』

 

『うぅ…ぐすっ!ひっく…うええぇぇぇん!!もう、もう辞めて下さいよぉ!これ以上私たちを虐めないで下さいよぉぉ!!!ふええぇぇ〜〜〜ん!!わあぁあぁぁぁぁーーーんっ!!』

 

『ち…とせ、だい…じょうぶ?』

 

 

 幼い頃は、五人とも私と仲が良かったっけ。特にリーダーには毎日迷惑をかけていたな。失敗して何も上達出来ない私が、大人に殴られてる時…あの人だけは、あの人達だけは、私の仲間であり、味方で有り続けてくれた。

 

「私は今まで恵まれた境遇におらず…時に常日頃から殺される日々が続いていたので…皆さんの事が信じられないんです。

 其れに…貴女達のように、親の元で生活して来た人間なら尚更です…」

 

 私は初めて、自分の過去も本心を誰かにぶつけて見た。

 期待はしなくとも、其れでも私を知り距離を離れてくれれば好都合だ。

 客観的に考えれば、不幸な話を他者に言いふらして自慢してるような構図に見えるかもしれないが、私は本気でそんなつもりではいない。逆に言いたくないのが本望だ。

 

「ふむ、つまりは人の付き合い方が解らない…という意味でも有りますね」

 

 蒼志の言葉に若干、違うと反論したくとも、間違ってはないので黙ってることにした。

 

「そうなんですか…其れはさぞ辛かったでしょう……」

 

「同情しないで下さい」

 

「別にしてませんよ。私も同情されるのが嫌いであって、素直に言葉を述べただけです。

 其れにですね、辛い想いをしてるのは千歳さんだけじゃないんですよ」

 

「…えっ?」

 

 彼女から放たれた言葉に、私は声を詰まらせた。

 

「蛇女が悪忍を育成する学校なのはご存知のハズ…でも思いませんでしたか?何故、この学校は人を簡単に受け入れ過ぎなのか…と」

 

「…悪は善よりも寛容だから?」

 

「そうです。善は窮屈で、差別的で正しいことしか受け入れられない…しかし、悪はどうでしょうか?

 如何なる理由だろうと、拒むことなく全てを受け入れられるんです。法律など関係ない、裏側の人間から必要とされる悪の理想郷。其れが、秘立蛇女子学園なのです。

 

 と言っても、悪忍にもルールは有りますが…其処は気にしなくとも大丈夫かと」

 

 悪は善よりも寛容である。

 私は蒼志さんから蛇女に住まう色々な生徒の事情を聞かされた。

 詠さんは驚くことに私と同じ貧民街の出身で、お金持ち(特に鳳凰財閥)や環境に恵まれ幸せに育って来た人間を恨んで来たとか。

 日影さんは孤児院で育ち、生まれてから感情に乏しい彼女は周りの人間からバカにされ続け、ある日を境に盗賊団に加入したとか。

 未来さんは中学時代からクラスメイトの人間に陰湿な虐めを受けていたらしく、その行動はかなり過激で、虫の死骸や千切れくしゃくしゃになったプリント、荒々しくなった教材が机の中に放り込まれてたり、机の上には油性ペンで「バカ」「死ね」「ゴミ」「役立たず」「何でお前は生きてるの?」なんて罵詈雑言を表した言葉が埋め尽くされたり、一番酷かったのが親に作ってもらった弁当をゴミに放り込まれたりやトイレで水を浴びせられたりと胸糞悪い虐めをされたそうだ。

 春花さんは父親が大病院の院長として務めており、毎日帰る時間が遅く、母親は殆ど放ったらかしで、実は裏では不倫や金で医療の失敗を帳消しにする最低の屑で、母親は全ての不満やストレスを解消するべく春花さんを人形のように取り扱い、可愛がってた様子だが、母の溺愛は異常に達しており、其れが中学にまだ続いたらしく、心が壊れかけた彼女は家族諸共、自殺しようと試みたらしい。

 

 そして、現在蛇女子学園の中で最強の座を誇る焔さん。

 実力的に言えばこの学校内で彼女以上に勝る者は存在しないらしく、いるとすれば過去に一位を取得した雅緋先輩と言われる凄腕の悪忍だけだろう。

 ランキングで言えば焔さんはNo.1で、ヒーローで言えばオールマイト的な立場だろう。

 そんな彼女の家柄は元々由緖正しい善忍家系に育って来た誇り高き忍の一族。俗に言えば地位も名誉もある、私とは無縁で一瞥される存在だ。

 蒼志曰く「私と同じく常に一位を取らなければダメらしい」という、若干彼女の家庭に触れたような気もするが、取り敢えず耳を傾けていた。

 そんな彼女は、ある日を境に悪忍となったそうだ。

 親の反抗や単に暴れたいからとかではなく、違法を犯してしまってらしい。

 悪忍に騙され、正当防衛で対処したものの、親に失望されて家から追い出された経歴を持ち、内一年間は貧民街で育って来たとか。

 

 つまり、彼女が言いたいのはアレだろう。

 私だけが不幸なわけではないと言いたいのだろう。例え過去の所業に悩み、苦しもうと、過去を変えれることは出来ずとも、心を楽にすることは出来るのだと、彼女なりの配慮だったんだろう。

 

「有難う御座います…私に気を遣っていただいて…」

 

 私は冷えたスポーツドリンクのキャップを取り外し、口を付ける。冷たい液体が乾燥した喉を潤い、訓練で熱くなった体温が冷めていく気がした。

 どんな犯罪者であれど、心を落ち着かせ、気を楽にしたって咎められたりはしない。誰だって気休めは欲しい。許されるべき存在ではなかろうが、ここは私の住んでた貧民街とは違い、とても過ごし易い。生温い環境に身を置かれる訳でなくとも、殺伐としたあの貧民街よりかは、ずっとマシだ。

 

 私は初めて、誰かに感謝の言葉を述べた。

 

 

「それは良かったです♪」

 

 

 すると彼女はニコッと私に笑顔を見せてくれた。それと同時に、この日初めて私は、人に笑顔を向けられた。

 家族や他人にすら、私に見せたことのないその天真爛漫な、眩しい笑顔を私に見せてくれたのが、何よりも嬉しかったのだろう。

 その日以降、昔と比べて信じられない程に、私は独りでいることが少なくなって来たのだ。

 代わりに私の側には蒼志さんを初め、総司さんに芭蕉さん、芦屋さんに伊吹さんと、個性的なメンバーと一緒にいることが多くなってきた。

 以前の私とは思えないほどに、血に塗られ錆切った私の心は、日々を重ねると供に磨き落とされ、あの頃の非情な自分が消えていくような気がした。

 

 如何なる理由がどうであれ、人を殺した罪は到底許されなくとも、消えることはなくとも、受け入れてくれる蛇女に、居場所と心地よさを感じながら私は学園生活を送って来た。

 

 

 だから私なりにショックが大きかったのだろう。

 日々を重ねるに連れて、少しずつ強さと同時に非情を身につけていく蒼志さんに、何処か不安を感じたのは。

 

 

『煩いですね。貴女達のような雑魚共が、もう私と関わらないでくれます?鬱陶しい』

 

 

 彼女の言葉が、とても信じられなかった。

 一体何があったのか、何故、彼女は突然と冷徹な言葉を発したのか。

 ムキになった総司さんが彼女に宣戦布告をするも、信じられないことに、あの総司さんを相手に無傷であしらったのだ。

 まるで私たちや下級生をゴミ屑のように蔑む眼は、貧民街や忍商会で過ごしてきた大人たちが私に向ける眼と、極似していた。

 

 そして臨海合宿が迫って来た私たち選抜補欠メンバーは、暫く蛇女子学園を離れなければいけなくなった。

 蒼志さんは「私は結構です」と、昔の私みたくぶっきら棒な言い方で棄権し、自ら蛇女選抜補欠メンバー筆頭の座を降りたのだ。

 

 

 そして、私たちが不在の間に半蔵学院達が攻めに来たのと同時に、世間で物騒な噂が流れ出てる敵連合が襲撃し、出資者の道元は現在も行方を眩ませ、本校舎は崩壊。

 後々と伊奈佐が蛇女の出資者になるも、紅蓮隊によって魔の手は断ち切られ、現在蛇女の出資者にして一時的に教官として務めてるのが『小尾斗』さん。

 何でも階級はカグラであり鈴音先生より技術も優れており、悪忍の五本の指に入る学園長の隼総よりも実力は上だという。

 そんな人に稽古を付けて貰ってる私たちは、こうして時が過ぎ去り現在、仮免許可試験を受けている。

 

 当時、ヒーローに何も良い思い出がない私としては、詠さんの言う偽善者…と呼ぶべき存在なのですが、私の視界に入った人物がどうにも…神経を逆撫でするようで。

 

 其れは、嘗て救いの手を振り払われたあの忌々しい記憶。

 呼び覚まされたのは、あの憎悪と憤慨に満ち染まったエンデヴァーの瞳。

 

 私の存在を否定するかのように、振り払ったヒーローの息子、同じ血筋を引く轟焦凍が目の前にいる。

 

 

 あの人もきっと、エンデヴァーみたいな…あの偽善を言い表した屑になるに違いない。

 

 

 だから私はあの人を嫌悪する態度を取ってしまった。

 見れば見る程に、あの頃の記憶が鮮明に脳内に映し出され、怒りと供に頭に血が上る。

 頭の中では解っていても、無意識に動いてしまう。

 

 

 そんな意地っ張りな私だからこそ、最悪な現状を招いてしまった。

 

 

 

 

 

 

「何を――してんだよ!!」

 

 怒り篭った怒鳴り声が、空気を変える。

 悶絶してる真堂と、気持ち良さそうにヨダレを垂らし気絶してる伊吹の服を引っ張りながら、無事救出を果たした緑谷。

 彼の怒号を飛ばす声に我に帰る三人は、緑谷へと視線を移す。

 

「緑谷…」

「ッ――!」

「体育祭で轟焦凍さんに挑んだ…クレイジーな人…」

 

 緑谷の登場に咄嗟に名前を呟く者、彼の言葉に己の誤ちを指摘された顔を浮かべる者、体育祭ての印象を受けた緑谷にクレイジーと呼んでしまう者。

 三人は息を呑む。

 現状、自分達がどんな身に置かれてるのかを知った三人。それと同時に轟はイナサの方面へ眼をやり、何かを思い出す。

 

「ちょっと待てよ…」

 

 ――コイツ…ずっと靄のように気にかかってたが…まさか、試験の時のアイツか!?

 

 ここでようやく、夜嵐イナサを思い出した轟は絶句する。

 今まで、親父を否定すると言わんばかりに頭でいっぱいで周りのことなど気にかけていなかった。それは入学した後の体育祭の前からも同じこと。

 何も人の気など考えず、我武者羅に突っ走るようにエンデヴァーを完全否定するためだけの計画を考えていた。

 

 だが、憎悪と義憤が表に出たのだろう。

 夜嵐イナサに、酷いことを言ってしまったと自覚した轟は、あの時の言葉に悔いを味わいながら唇を噛みしめる。

 

(じゃあ、あの千歳って奴にも何かしちまったのか…?アイツのことはどう考えても初対面……けど、俺が思い出してないだけで、アイツだって俺に何かしらの敵意を向けてる以上……)

 

 本人は初対面にして特に直截的な因縁は無いのだが、それでも彼女が轟焦凍と関わりがあると言うのも、微かながらの真実。

 

(忘れたままじゃいられねえよ…過去も血も……全部、真正面から受け止めて、乗り越えなくちゃならねえ……)

 

 過去を忘れるのではなく、向き合ってこそ本当に乗り越える一線だと焦凍自身はそう解釈している。

 しかし――

 

「取り敢えず――」

 

 時間も敵も、試験は待ってくれない。

 

 

「アホ共、寝てろ」

 

 ギャングオルカの野生的な声が耳に聞こえた時は既に遅し、超音波を轟にめがけて…というのはフェイントで、両手をイナサと千歳に向けて投げ飛ばす。

 

「ッ――!!」

 

 千歳は上手く避けれず、運悪く超音波に当たり体の感覚が麻痺してしまう。

 イナサは何とか避けるものの、華風流の水鉄砲が眼玉を狙い撃ち、視覚を奪われたイナサは部下達のセメントガンに直撃し、結果ギャングオルカの攻撃を食らってしまう羽目になる。

 

「ガッ――!!」

 

 直撃を免れなかったイナサは気を失ったかのように、体に力が入らず落下してしまう。

 

「ふん、どーよ。狙った獲物は逃さないんだから」

「流石です華風流ちゃん!偉いッス!」

「だーかーらー!子供扱いするなってば!」

 

 部下達に褒められ若干頬を赤く染める華風流は、ジタバタと反抗期の子供のように恥じらう。

 向こうの雑談などお構いなく、ギャングオルカは次に轟焦凍に標準を定め、超音波を振るう。

 

「残念だったな」

 

 その言葉と供に、脳に響く音波に、体が不自由になる。

 力が抜け、感覚が麻痺した轟も、イナサと千歳のように力無く前のめりに倒れてしまう。

 

「全く…勿体ない」

 

 ヒーローの仕事で喧嘩ごとなど論外なのだが、彼等はより一層勿体ない。千歳という単騎でも充分格上と渡り合える知略と戦術を手にしてるのに、性格による相性の悪さで全て活かせず無駄にしている。

 イナサと轟も、個性の相性は抜群のはず。

 上手く使い合わせればギャングオルカ自身を倒せなくもないのだが、千歳と同じく相性の悪さゆえに、喧嘩する始末。

 本当に残念だ。その事に呆れるオルカは、横目で見つめた後三人を通り過ぎ、保護施設へと向かっていく。

 

「まだ…だッ――!」

 

 しかし、地面から這いずる声が、ギャングオルカの歩む足を止める。

 地面にひれ伏しながらも、獲物を喰い殺すかのような野生的な視線は、ギャングオルカに似た何かを持っていた。

 その眼に宿す殺意と呪怨に、一瞬だけ戦慄を覚えてしまう。

 

「コイツ…至近距離で超音波を食らったのに……喋る気力もあるのか…なによりも…」

 

 眼が、死んでない。

 格上に食らいつく視線に、野生的な動物の本能が動いてる千歳は、闇の世界で生きてきた経験が、彼女の凶暴さを生み出したのだろう。

 

「まだ、喋れる余裕が有るんだな…驚いた。意識を保てる人間は多くはないが、それでもこの歳で…素晴らしい。

 この俺を喰らい殺すような目付き、今まで退治してきた敵とは違う質を感じるぞ…

 

 なのに勿体ないな…」

 

 溜息を吐くオルカは、油断せずトドメを刺すと言わんばかりに眼前に出る。

 超音波を纏わせ手を振るオルカ、最後まで諦めまいと意地を見せる彼女。まるで、自然界に生きる猫と鯱のようだ。

 

「させません――!」

 

 刹那、気優しく生真面目な声が、二人の耳朶を打つ。

 向けられた刃を咄嗟に受け止めるギャングオルカは「ほぉ…」と不敵な笑みを浮かべ、言葉を漏らす。

 

「大丈夫ですか千歳さん!!」

 

「芭蕉…さん……」

 

 千歳を守るように庇い、ギャングオルカの前に立ち阻むのは芭蕉。忍装束を揺らがせ、大きな墨筆を手に持つ彼女の手には、汗がかいていた。よく見ると微かに体は震えており、力んでるようにも見える。

 

「救けに来たか…ふむ、良いことだ」

 

「褒められても…嬉しくありません!」

 

 彼女は引き剥がそうと更に力を入れるも動じず、オルカはゆっくりと歩み寄り、超音波を纏わせる。

 

「何してるんです芭蕉さん!私なんか放っておくのが一番…敵わない相手に無理して挑む必要など……」

 

「でも、千歳さんがピンチじゃないですか!危険に晒された仲間を、救けるのは…当然です…から…」

 

「仲間仲間って………理解不能…です……私に仲間など……」

 

「そんなこと言わないで下さい!それじゃあ千歳さんはずっと、独りのままじゃないですか!!」

 

 彼女の葛藤に似た大声に、何も言えなくなる。

 ずっと独り…と言う言葉に、どこか対抗心と、蒼志を思い出す彼女は、無理に体を動かそうと力を入れる。

 

 

「少しは私たちを頼って下さいよ!!!!」

 

 

 同じ選抜補欠メンバーの仲間なんだから。

 皆まで言わなくとも、自然と脳裏に言葉が浮かぶ千歳は、もう立派なメンバーの一員だ。

 芭蕉の優しさに、歯をくいしばる千歳は、嬉しさと其れに対する対抗心が生まれてしまう。

 

「友情ごっこは終わりでいいか?お前も仲良く眠れよ」

 

 それこそ本当に敵っぽい重圧感ある言葉に、気持ちごと押し潰れそうになる彼女は、恐怖に慄き思わず眼を瞑ってしまう。

 

 

「いいや、終わらせねえよ」

 

 

 轟の熱こもった声に反応するオルカは、視線を移す。

 

「そこの緑髪!手を離して直ぐに引け!!」

 

 突然声をかけられた彼女は、言われるがままに手を離し距離を取る。

 しまった、逃したと再び彼女に視線を向けるギャングオルカ。

 炎を出す轟を構わず「華風流!」と名前を叫び、芭蕉と千歳に手を出す。

 

「分かってるわよ!」

 

「いや、させねえッス!」

 

 華風流の焦りの色を浮かべる声に反応するイナサは、烈風を放出する。

 その強烈な風は、華風流ではなく(強力な風の影響を受けて思わず態勢が崩れるが)、ギャングオルカに向けられた。

 炎と風が、ギャングオルカに混ざり合うように襲いかかる。

 

 

 炎と風が組み合わさり、荒々しい風と炎の檻がギャングオルカを閉じ込める。

 

 

 這いずくばる三人の意地が、ギャングオルカに一矢報いる。

 

 





???「おいおい、千歳のヤツ何倒れてるんだ?この俺が態々稽古を付けさせてやったのに、何故倒れてる?ふざけるなよアイツ、これだから蛇女も女性も嫌いなんだ」


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