光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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遅くなっちゃった…
取り敢えず、続きですどーじょおかけを。




131話「夜嵐イナサと千歳」

 夜嵐イナサは、幼少期の頃から並の子供よりも人一倍好奇心が強く、常に物事に対する熱意や執着心を持っていた。

 周りから見れば暑苦しいと思う印象を受ければ、気難しい人とは違い明るくて接しやすい、なんてイメージが付くだろう。

 其れもその筈、イナサは裏表ない正真正銘のバカ正直な人間だ。

 元気の良い素直なこどもを言い表したような、そんな人懐っこい性格の少年がヒーローに憧れる理由は難しくは無く、単純に言えば「カッコいいから」と言うのが一番だろう。

 特に今の世代ならなおのこと。ヒーローの熱きたるや闘志は、イナサだけで無く多くの子供が憧れと尊敬の眼差しを向けるだろう。

 そんな少年は、誰かを守り、悪に立ち向かう正義のヒーローに憧れ、常に彼の心を熱く滾らせてくれた。

 

 

 だから、ショックだった。

 

 

 ある日、街で敵が暴虐の限りを尽くすかのごとく暴れ回り、大きな被害が出ていた大参事の時だった。

 偶々その場の近くに警察や地元のヒーローが駆け付けておらず、任務で離れていたため、被害はどんどん悪化する一方で、被害区域が絶体絶命の時だった。

 

 

『俺を前にこれ以上自由で居られると思うなよ雑魚が』

 

 

 赤く燃え盛る豪炎が、敵を襲う。

 荒々しい波のような焔は、敵を丸呑みにし、脅威が消え去るように、破壊を繰り広げてた敵は戦意喪失。

 出会って数秒で片付けたのは、あのNo.2ヒーロー、エンデヴァーだ。

 他にも数名のサイドキックを連れており、敵を鎮圧した後、気休む事なく敵の仲間がいるかどうかの捜査網を広げ、警察に敵を引き届けて居た。

 

 そんな光景を前に、熱くならないわけがない。

 強力な敵を炎で薙ぎ払うこの男から放たれる圧倒する重圧感。

 更にはオールマイトに次ぐ人気のヒーロー。

 

 これがNo.2の実力たるや、4歳にして中々に見ない貴重な経験を得たイナサは、いても経ってもいられず思わずバックの中に入ってた色紙を一枚取り出し、サインをお願いした。

 丁度現場にはエンデヴァー以外誰もいなく、暇をしていたのを見つけたので、仕事の邪魔にならないよう配慮しながら声をかけた。

 

 緑谷出久ほどでは無いが、イナサはヒーローに対する希望や憧れの懸念が強く、どんなヒーローでも善良な点を見つめて応援していた。

 

 

 

『そんなことする暇があるなら勉強でもしてろ。いいか、俺の邪魔をするな、失せろ』

 

 

 しかし少年の想いを、拭い廃るように、言葉を吐き捨てた。

 色紙のサインとペンを、振り払うように捨て去り、此方を一切見ようともしないエンデヴァーの瞳には、ヒーローとは程遠い…絶望と憎悪、そして煮えたぎる憤慨を宿していた。

 

 少年が初めて知った、エンデヴァーの顔。

 ヒーローとは感動と勇気、そして希望を与えてくれる光の存在だ。しかし、エンデヴァーは今まで少年が見て来たヒーローの中では、明らかにヒーローとは思えなかった。

 認めることすら出来ないし、今でも脳裏に彼の敵意が焦げ跡のようにこびり付いている。

 

 しかし、時が経つにつれてその記憶は残りつつあるも、彼に対する悪意は消え失せていた。

 時が経つにつれ人は記憶が薄らぎ、忘却していく。

 かと言ってショックが消えたと言うとそうでもなく、思い出せば鮮明にあの頃の衝撃は思い出す。

 しかしあの頃の記憶をいつまでも引きずる程、イナサは子どもではない。

 エンデヴァーのことは今でも嫌いだが、それでもヒーローを目指す少年の進む道は変わらない。

 

 

 

 雄英高校推薦入学試験。

 狙うはトップ校、最高難関にして誰もが憧れを夢見る学校。

 イナサは一流のヒーローになるべく、プロヒーローが逸話を残したと言われる雄英高校を入学するべく推薦と言う形で試験に臨む。

 学校を入門する際、偶々自分の前に歩いてた人物に目が入り、「一緒に行こう」と声をかけると

 

 

『煩え、邪魔だ失せろ』

 

 

 あの頃に味わったエンデヴァーの言葉と同じ、憎悪と忿怒の声が確かにその少年に宿っていた。

 見間違い?

 いいや彼は正真正銘、今でも嫌厭するエンデヴァーの息子だ。

 何より憎しみと絶望に支配された、あの忌み嫌う瞳が息子とソックリなのである。

 轟焦凍も雄英を受かるつもりなのだろう。

 それも少し考えれば解ること、当選だ。あのエンデヴァーでも雄英を卒業してる身。ならば、親が親なら子も子のように、雄英を目指すのも何ら不思議では無い。

 

『なんッスか…あれ』

 

 最初に出た言葉は、其れだった。

 轟焦凍の息子だと、後ろ姿では解らなかったものの、初対面の人間に対して失せろという言葉は無いのでは?

 しかし、イナサは活発な少年なだけでなく、明るく優しい人間だ。

 あの眼が嫌いでも、轟焦凍自身を嫌うことは無かった。

 きっと、自分の対応が気に入らなかったのだろうか、または虫の居所が悪かったに違いない。

 出会って直ぐに誰かを嫌うのは宜しくない。イナサは特に気悩むことなく、試験会場へと足を運ばせた。

 

 

 この試験で自分もあの人も合格できれば、恐らく同じ学校を通う者として、クラスで仲良くできるだろう。

 それならあの眼だって気にならないし、きっとエンデヴァーのことだって…

 

 

 

『やったー!!一位だ!アンタ速いな!!』

 

 推薦入学試験。

 個性を駆使して凡ゆる障害を駆け抜けるレースを、平均タイムの3分も早く到着しゴールしたイナサは腕を上げながらハイテンションな声を上げて騒いでいる。

 そして横で息を深呼吸する轟は、汗を拭いながら黙々と自分のタイムを見つめる。

 轟とイナサ、どちらが勝っても可笑しくない程に双方の実力は本物。僅差と言った形でイナサが一位を取れたので、実力はほぼ互角だろう。

 

『アンタ凄いな!激アツだな!!

 この勝負は俺の勝ちだけど次やったら分かんないな!けど良い勝負だったッス、熱くなれてスゲェスッキリっていうか、アンタもしかしてエンデヴァーの息子さんかなんかッスか?』

 

『黙れよ…うぜぇ……』

 

『えっ…?』

 

 これを機会に友達になろうと接するイナサは手を差し出すも、向っ腹の立つ轟は静かに憤慨の声を震わせる。

 

『これは試験だ。

 合格すりゃあ良いだろ、勝負でもなんでもねえ…勝手に競われても困るんだよこっちは』

 

 ――見ない。

 

『だいたい何なんだよお前は、初対面のヤツが…横で煩く喋りやがって…其れが迷惑って分かんねえのか……』

 

 ――俺を、見ない…。

 

 

 

『邪魔だ、失せろ』

 

 

 

 轟焦凍は、手を差し伸べるイナサの手を振り払ったのだ。

 もしかしたら、少しでも変われたかもしれない、そんな可能性ごと、彼は言葉と供に切り棄てた。

 

 

 きっと、彼とは上手くやっていけないだろう。

 どれだけ手を差し伸べても、如何に友達として声をかけようと、意味がない。

 少なくとも、これから学び舎でヒーローとして日々精進するイナサは、轟焦凍と供に歩むことは出来ない。

 あの日を境に夜嵐イナサはエンデヴァーと、そしてその男の血を引き継ぐ息子、轟焦凍を否定するかの如く拒絶し、己の進むべき雄英の道を取り消した。

 

 少年の歯車は、微かな拍子で狂い始め、其れが今へと繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしの名前は千歳。本名は4歳の頃に捨てました。

 私は幼い頃から常に人から忌み嫌われる、恵まれない子どもとして貧困が厳しい貧民街で育って来た。

 周りの人間は兎に角生きることに必死ではあるが、何も非情ではない。

 時に困ったことがあれば支え合い、時に喜ばしいことがあれば分かち合う。皆が思う以上に、貧民街というのは汚れてはいるが、その中には確かな光が存在するんです。

 不法地帯なんて印象の悪いイメージが付きますが、ここは恵まれなかった人間が集う、そんな受け入れられなかった集落場なんです。

 中でも、鳳凰財閥と言うお金持ちの家が隣町で佇んでいるにも関わらず、海外の恵まれない貧困な国にお金を投資するなんて意味不明な事も有りましたが、其れは今となっては昔の話。

 私の故郷とも呼べる貧民街は、ヒーローや警察が巡回することは有りますし、犯罪の騒ぎが起きなければ案外安心して暮らせるんです。

 

 

 

 

 

 

 なんて言うとでも思いましたか?

 私からすれば、あんな場所はクズとゴミ供が蔓延る社会不適合者、即ちこの世界の負け組が集う哀れな集落場です。

 誰が死のうと関係ないし、警察やヒーローなんて4歳から生きてきた私からすれば汚い大人以外何でもない。

 貧民街は私の出身地である事に何ら変わりは有りませんし、昔の選抜メンバーに居座ってた詠先輩も同じです。

 詠先輩は恵まれない貧民街の住人にお金を寄付してたそうですが、私から見れば「あんなゴミ供にやるだけ無駄だ」が一番の本音ですかね。

 詠先輩が貧民街に固執してるのと、私がアイツらに嫌悪を示すことなど、実は何ら不思議では無いんですよ?

 もし、私も詠先輩みたく誰かに支えられ、時に喜びや幸せを分かち合い、貧しくても生きていく道があれば私だって進みたかった。

 しかし、私にはそれを選ぶ権利も、進む権利すらも掴めさせてはくれやしない。

 

 私の家庭はかなり貧困でお金に困っていました。

 借金が出来たのやら、母や父は絶え間なく毎日のように喧嘩していました。

 当時はまだ悪忍でも何でもない、ごく普通の子どもだった私は親の喧嘩をやめさせようと必死に声をかけるも「煩え」と、今度は怒りの矛先を私にぶつけ、虐待を受ける始末。

 まるで打ちのめすように、お前が悪いと言わんばかりに責め立てるような暴力を食らう私は、痛みと苦しみにより来る涙と恐怖に体が支配され、動くことができなかった。

 貧しく惨めに生きようと、親にどれだけ殴られ生きようと、私は両親がいなければ生きていけないし、明日食う飯だって調達出来ない。

 だから、親に従う半分…またいつか、家族と一緒に三人で笑いあえる幸せな家庭になることを、心の奥底に祈りながら毎日を過ごしてきた。

 まだ産まれて余り年月が経たない私からすれば、親を信じ愛してしまうのも自然。

 親が仲直りするのも、喜ばしい笑顔が戻ることも、心の底から祈るように願っていた。

 

 

 

 そんなある日の朝、目を覚ました私は親に腕を引っ張られ、どこかへ連れて行かれた。

 一切此方に視線を移さないことに疑問を持った私は「おとうさん、おかあさん、どこにいくの?」と問いかけるも、返事はない。

 何の反応を示すことなく、ただ無言で引っ張られるだけ。私は訳分からずとただただ黙って親に従い足を運ばせることしか出来なかった。

 

 暫くして着いた先が貧民街の隣町で、人気のない場所へ連れていかれた私は何だか自然と体が強張り震えていた。

 こんな所まで来て、一体何が目的なのだろう?お父さんとお母さんは、私をこんな所に連れて何がしたいんだろう?

 そう考えると何故か余計に寒気と恐怖が込み上がり、私は「怖いよ…」と独り言を呟く。

 

「ホホッ、お待ちしておりました◼︎◼︎様、◼︎◼︎◼︎様!」

 

 誰も使われてない古いボロ屋の工場内に連れてかれると、見慣れない大人が数名、待ってましたと言わんばかりに業者口調で両親の名前を口に出し深々と頭を下げた。

 皆がよく見る一般的なサラリーマンの容姿だが、顔には覆い隠すよえに仮面を付けており、相手の表情が一切見えない。

 そんな奇妙奇天烈な怪しい大人達に、今まで黙ってた両親の顔が綻び、それに応じるようにお辞儀をする。

 自分に見せたことのない笑顔を他人に見せる両親に、どこか複雑な気分を味わう私は何も言わず相手のやり取りの話を聞くことにした。

 

「本日はお忙しい時間、誠に有難う御座います…」

「いえいえとんでも御座いません!お客様には全身全霊でお応えするよう心掛けております。

 おおっと、言い忘れておりました。私は忍商会を務める『魔門』と申します。本日、忍商会をご利用頂き誠に感謝申し上げます…して、その女の子は、例の…?」

「はい…前に話したウチの娘です…」

 

 どうやら以前にも会ったようで、私のことは既に知っていたらしい。

 小さい子供の私は、親がいないときは留守番をしていたから大人の世界のことはよく解らない。

 

「ふむ、畏まりました。ではこちらにサインと実名…更にはご記入欄に…」

 

 白紙を取り出す魔門に、両親はペンを手に持ち何かを書いている。

 アレは大人でいう契約書か何かなのだろうか?背の小さい私からはどんなことが書かれてあるのか解らないので、ただ見つめることしか出来ず、ボーッとしてた。

 しかし、次に出る言葉はそのアホ抜けた私の感情を一変させるには丁度良かった。

 

 

「はい、確かに契約書にサインを貰いました!

 では、今日から彼女は忍商会の『道具(商品)』として、お引き取りしますね。

 では、こちらが娘さんを引き取った際の売却によるお金で御座います。どうかお受け取り下さい」

 

 

 ――えっ?

 

 私の頭の中は一瞬で色のない真っ白な世界へと塗り潰された。

 幼い子供とはいえ直ぐに言葉の意味を理解した私は、とても信じられなかった。

 突きつけられる現実を受け入れることが出来ない私は「嘘だ…」とか弱い声を漏らしてしまう。

 どれだけ貧しくとも、辛くとも、常に一緒に住んでいた親が、時に喧嘩が起こり暴力が過激になりつつあるとは言え、私を捨てることは絶対に無いと思っていた。

 

 

 しかし、現実は違った。

 両親は金属ケースを開けると、万札が何十枚も束ねてある大金を前にして喜び合い、魔門と呼ばれる大人に何度もなんども頭を下げ、私を見ずに両親は抱き合っていた。

 

「おとう…さん?おかあ…さん?うそ…だよ、ね?」

 

 私は自然と涙を目一杯貯め、掠れた声で親に声を掛ける。其の声に反応する両親は、暫し此方を見つめるも、「さっ、行きましょう」とアッサリとした反応で立ち去って行く。

 まるで「お前なんて娘じゃない」と見下し蔑む眼付きは、今でも脳裏に焼き付いている。

 父親と母親は寄り添いながら、私に背を向けそのままどこ吹く風か、立ち去って行った。

 

 

 両親は、私を売った。

 

 

 其の過酷な現実が、私の心臓を射抜くように突き付けられ、受け入れるのにどの位の時間が掛かったかは覚えていない。

 

「まってよおとうさん!おかあさん!!なんで…わたしをすてるの!?」

 

 だからせめてでも良い、理由だけは聞きたかった。

 大きな声で喚き泣き叫ぶ私は、必死に声を張り上げるも数名の大人達が私の髪や服を引っ張り、縄で口を縛りってはタオルで目を隠し、身動きを封じられた私は強引に大型自動車に乗せられ何処かへと連れ去られた。

 所謂人身売買という闇商法の中でもかなり値の付く商売法らしく、特に子供は滅多に仕入れが無い為かなりの値段が付くそうだ。

 私の歳で500万円。つまり両親は金欲しさのために、産まれて間の無い私を売り飛ばしたのだ。

 しかし幼い頃の私からすれば、心の奥底から絶える事のない深い恐怖と悲嘆、親に売られたという悲惨な現実を、何も見えない真っ暗な世界の中で絶望に身を焦がれていた。

 

 そんな状態の中で30分位続き、やっと移動を終えたのか、私は目隠しをされたまま、機械音と何十人もの飛び交う声が、鮮明に耳に届く。

 硝煙と油と、金属特有の臭いが猛烈に鼻に突き刺し、思わず噎せてしまう。

 

「さぁ、目隠しと縄を解きますよ」

 

 魔門の声を確認すると、縛っていた口と体の拘束は解け、目隠しも取ってくれた。

 やっと視界に光が射し込むかと思いきや、私が眼にした光景は、とても信じられないものだった。

 

 

 大勢の黒スーツを着用した大人たちが、薬品やら拳銃やら凡ゆる違法物やサポートアイテムを売買し、労働者と思われるボロ布の服を着た人間は、荒い息遣いで人の何十倍も重そうな木箱を運び、汗水垂らしながら、懸命に動いている。

 中には「助けてくれぇ!頼む!!まだ俺は使える!」と泣きじゃくるように叫ぶ50過ぎた叔父さんが、そのまま何処かへ連れていくように、トラックに詰め込まれ移動していく。

 

 

 こんな鬼畜な所業を強いられる姿は、正しく奴隷のようだった。

 

 

 それはつまり私も、道具にして奴隷であることを裏付けていたのだ。

 

「さて、軽く説明しておきましょう。

 先ず初めに、貴方の本名は今日限りで無くなりました。戸籍も無く、貴方は世間では存在しない者となり、今後から貴方の名前は意味のないものとなりました。

 

 次にこの場のルールです」

 

 一つ、従業社員全員の命令には絶対に従うこと。

 もし幾多ものの命令に背き、叛逆しようものなら「妖魔の巣」の生贄として、捧げられることが絶対条件となる。

 二つ、如何なる道理であっても発言は慎むこと。

 発言許可を願ってから、発言をすること。奴隷となった者は人間では無く、道具として扱われてる為、人権など存在しない。

 三つ、商品として他者に売却されても主人に逆らうな。

 忍商会を抜け買主に受け取られた以後、決して騒ぎを起こさず道具としての有るまじき行動を取れ。

 問題行動が見受けた場合「妖魔の巣」の生贄として処分する。

 

 最低でも生きるためにはこの掟を守らなければならない。解らないことがあるとすれば「妖魔の巣」ということだ。

 聞いた話だと得体の知れない血の気盛んな化け物が巣食っていたり、中でも神威と呼ばれる化け物の爪痕により、誘き寄せられ住処となったとか。

 

 益々謎深くなったが、これ以上ムダ話を追求すると殴られそうな気がしたので、口は開かなかった。

 

 

 私は4歳の頃から親に売られ、消耗品としての人生を送ってきた。

 いつ処分されるかも解らない場所で、明日死ぬかも知れない未来に絶望と恐怖に心が支配されながら、私は生きる意味も希望の光も見出せず、ただ暴力を受ける日々を過ごして来た。

 時に品物を見定めるためとして売買オークションを開かれ、見知らぬ大人から邪な眼や嘲り笑う顔で、舐め回すかのような視線を向けられ、私は身を縮こませながら得体の知れない人間に不安を抱き懼れ慄き、もし自分がこの人に買われたらどんな事を強いられるのだろうかと、想像するだけで身震いしてしまう。

 

 

 

 しかしそんな悪夢は、三ヶ月後で打ち砕かれた。

 三日前、私を欲すると言う人間が大金を支払って買おうと言う件が出たそうで、体の保身と点検を受け、特に異常がないと知り三日後に出荷され、立派な消耗品として今日ここを離れる時になった。

 その時の私の心は、殆ど崩壊しかけていた。

 救いのない場所で、暴力と労働を強いられ働かされ、奴隷のように扱われ人間とすら烏滸がましいと言わんばかりに攻め立てられ、生きることに何も快感すら感じない毎日を送れば、誰だって壊れかけた人形になるのも必然。

 でも、もうこのままで良いのかもしれない…

 救われない人間は、最期まで救われない。

 使えないと判断されれば即ゴミ行き、生きる為には役に立つしか方法はない。

 ならば、もうこの絶対のルールに従うしかないじゃないか。

 

 

 絶望し、意を決っした覚悟で収容されてた檻から足を踏み出した私は、忍商会のアジトを背後に、道具として買主に使われるべく搬送された。

 搬送先は東堂組と呼ばれる敵補正と認識されてるヤクザ者の住居だそうだ。

 何でも死穢八斎戒や南朝組と深い縁のある組織だそうで、私はそこで彼らの道具として働き生きなければならない。

 

 

 当時の私の顔はどんな表情を浮かべていたのだろうか?

 人間としてすら見て貰えず、延々と命令に従われる為に強調された私は、氷の機械として無感情に生きてきた。

 そんな私は、どんな…どんな顔をしていたのか。

 否――言われずとも、きっと死んでいたに違いない。

 

 産まれて間もない自分は、まるで一生分の不幸を味わったかのような、そんな錯覚さえも感じた。

 

 

 トラックから降ろされた私は、縄で手首を縛られながら処刑人が連行されるような構図で歩かされる。

 

 乾いた眼、

 黒く澱んだ汚れた服、

 全身痣だらけの身体、

 

 一体、どこの戦争時代から生まれた貧困街の住人なのだろうか。私を見る者は必ず引いてしまうだろう醜態。

 目立たないようにと慎重に、的確なルートで目的地に向かう大人と私。

 いつになったら到着するのだろうか。なんて疑問を抱いていると

 

 

「おい、其処で何してる」

 

 

 ドスの効いた声に視線を移す大人たちは、その人物を見やると一瞬で顔面蒼白と化し震え上がっていた。

 誰だろう?と相手に振り向くと、明るく照らす豪炎が大人たち二人を襲う。

 

「ッッアァァーーー!!?!」

「あ、あぢぃッ!あッぢいぃぃぃ火傷しちまうぅ!!」

 

 涙声で喚き命乞いをする業者を、まるで蟻を捻り潰さんと言わんばかりに踏みつける男の名前は、エンデヴァー。

 No.2のヒーローにして、事件解決数は殆どトップに近い男が、悪を燃やし尽くさんとばかりに自慢の炎を唸らせていた。

 

「確かコイツらが違法や闇商売の常習犯グループで間違いないな。

 サイドキック達は直様拘束しろ!其れと仲間がいる場合のケースも考えうる!不穏な動きがあれば絶対に見逃すな!」

 

 的確と指示を出すエンデヴァーに、気合いある返事をするヒーロー達は、在るものは火傷で気絶してる大人を縛り、在る者は探知探索を広げ、捜査網を拡大。

 現場には数名のサイドキックにエンデヴァーと、尻餅ついた私と忍商会の従業員だけだ。

 

「な、なな何でいるんだよ……燃焼系ヒーロー・エンデヴァー!!」

「もう一人いたなチンピラの雑魚が。

 悪かった、影が薄くて気付かんかったよ。だが安心しろ、今大人しく降伏するなら痛い目には合わせん。お前が俺に眼を付けられた時点で勝負は見えてるだろう?」

「舐めんじゃねえぞゴラァ!!」

 

 威勢を張るチンピラの指の爪が長くなり、尻餅着いた私を人質にするよう、鋭利な爪を首筋に当てる。

 私は突然人質にされたことと、キツく縛るように体を掴まれたことに、思わず表情が歪んでしまう。

 

「このガキがどうなってもいいのか!?そ、それに俺達に刃向かったってなぁ…商会側と東堂組が黙ってられねえぞ!?」

 

 幼き少女を盾に使うよう脅す男に、エンデヴァーは不敵な笑みを釣り上げ

 

 

「お前のようなたかが三下程度が、組織を口出して俺が畏れると思うなよ」

 

 

 瞬間、エンデヴァーの片方の手から炎を出し、火炎放射の如く狙い撃つ。

 迫り来る熱気に、自分も巻き添えを食らうと反射的に眼を瞑るも、激しい炎は襲ってこない。

 

「ガッ――」

 

 だが、代わりに犠牲になったのは、人質にしていた男の方だった。

 エンデヴァーは掌から放出した炎の軌道を変え、相手の背中に回り込んだのだ。

 その為私は被害を受けず、助けられた形となった。

 

「え、エンデヴァーさんすげぇ!!」

 

「このアホも捕まえとけ。

 全く手間のかかる…それと東堂組はもう終わったのか?」

 

「『バーニン』達のチームも終わったそうです!後は警察に引き渡すだけですねエンデヴァーさん!」

 

「其れは重畳。それに、時間を迅速に対応する…其れが俺達のモットーだ。」

 

 エンデヴァーは燃える自慢の髭を揺らしながら、不機嫌そうに口を開く。

 私は、いつ死んでも可笑しくない状況の中、エンデヴァーに命を救われた。其れが嬉しかったのか、酷い環境に身を置かれてまともな感覚すら味わえなかったためか、私の目から一筋の涙が流れていた。

 救けられたことが嬉しくて、これで上手くいけば忍商会からも、引き取り側の人間からも逃げられ自由を手に入れられる。

 この身の置かれた開放感に、私は久しく喜びの感情を露わにする。

 

 しかし、だ。

 自由を手に入れたとして、これから先はどうすれば良い?

 もうあの家には帰れないし、子供を捨てた両親の元には戻りたくない。

 当てもなく、途方に暮れながら彷徨うしか無いのだろうか?

 

 いや、人に訪ねてみよう。

 一人では無理でも、誰かに力を借りれば、きっと…

 善は急げだ。

 私は早速、自分の命を助けてくれたヒーローに、礼の言葉を沿って、これからどうすれば良いのか聞いてみた。

 

「た、たすてくれて…ありがとうございます……

 わ、わたしは…だいすきなおとうさんとおかあさんに…うられたので…このあと、わたしは、どうすれば…いいんでしょうか?

 

 わたしを、たすけてくれますか?」

 

 警察に引き渡される敵を後にして私はエンデヴァーに聞いてみた。

 この人は、私の命を助けてくれた恩人だ。ならば、聞いてみる価値は有るし、何か手掛かりにはなるのではないか?

 まるで捨猫のように頼りすがる私は、じっとエンデヴァーを見つめて。

 

 そう思ってた私は、今となれば浅はか以外の何でもない愚か者だった。

 

 

「だからなんだ、任務に無関係じゃないか。

 なぜ俺が一々お前のような小娘の事情に付き合わんといかんのだ愚か者。

 

 

 邪魔だ汚い小娘が――俺に触るな、消え失せろ」

 

 

 憎悪が募った、否定的な言葉を浴びせられた私は、絶句した。

 私を救ってくれたヒーローの言葉がコレだ。

 この世界の中でただ一人、両親にすら捨てられたこんな私を救けてくれた人間から発せられた言葉に、私は信じられなかった。

 あの後警察に引き届けられ、事情調査を受けたものの、私の本名が戸籍リストに消されてて調査が受けれないのと、何をしようにも打つ手がないのやらで、解放された。

 もちろん、エンデヴァーの切り捨てられた言葉でかなり人間不信になりかけた私は、諦めずに警察にも助けの言葉をかけるも、相手にしてくれない。

 

 貧民街に戻っても同じこと、誰かに救けてと乞いても誰も救ってくれやしない。

 無視する者、邪魔だと追い出す者、相手にしない者。

 結局私は何不自由のない場所へ来ても同じこと。邪魔者以外の何でもない、自由を手にしたって私は救われない、ゴミ同然の存在。

 

 

 結果、私が今日という今に渡って学んで来たものは、この世界に救いは存在しないことだ。

 所詮ヒーローなんて金と名誉を搾取し目的とする偽善者。

 仕事だけを考え、他人の心など心底どうでも良いもの。

 自由を手にしても、幸せなど手に掴めない。

 生きると言う意味は殺すこと、そして…

 

 

 

 ――私は、消耗品なのだと。

 

 

 

 これは、私が齢4歳にして知った、社会と己の現実。

 

 人間は〝他人〟の死に関して酷く無関心な生き物だ。

 自分の知らない場所で何百人何千人死のうと心動くことは決してない。

 今日も食事は美味しい、

 何不自由なく幸せに暮らし、

 安心しながら雨凌げる屋根の下で心地良く眠りにつける。

 

 

 今日も仮初の平和は続き、楽しく幸せに生きて行く。

 

 

 

 

 

 

 私と言う生きてもどうしようもない人間を、取り残し、今日も日常は廻っていく。

 

 

 

 

 

『…何故?其処まで抵抗する。全て受け入れろ千歳――私達は殺すことでしか生きられない人間だ。抵抗した所で何の意味もない、無駄であり虚無でしかないんだ。

平和の象徴?そんなモノ、唯の虚無に過ぎん。善悪の和解?そんなモノは、蜃気楼のように霞んだ幻だ。現実を受け入れろ――私達の生きる選択は、殺すしかないんだ――』

 

 

 こうして殺し屋として闇の世界の中で生き、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()私は、悪忍育成機関養成学校――秘立蛇女子学園に行き着いた。

 

 この人生に、沢山の屍の上を歩いた私は、たとえ罪だと死ねと罵られても、決して反省などしない。

 

 これが私の虚無に等しい生き様であり、私なりの抵抗だ。

 

 




今回はここまで。
千歳の過去パート前半が思ったよりもクソ長くなりました。ここで緑谷きゅんの何してんだよからの原作決めようと思ったのですが、まあこれはこれでね。



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