パンツの表と裏を間違えて履いてしまった愚か者、ここにあれ。
お部屋披露大会という気晴らしイベントを終えたあの昨夜から一夜明け。
久々のような授業、でもって何時もと変わらぬ授業が生徒達には待っている。
当たり前のような日常、嬉しさが溢れる出るような安心感に心が安らぐ。
あの事件から一変、一年A組は今日も元気に明るく授業を受ける。
有耶無耶にされていた仮免取得は昨日、相澤先生が話した通り、今日を以って本格的に動き出す。
本来なら林間合宿で仮免取得の為に、個性・忍術の強化訓練を一週間行うハズだったのだが、敵連合開闢行動隊と名乗る犯罪集団の襲撃を受けたため、強制的と言った形で即合宿は中止。
林間合宿ではロクに強化訓練に浸り受けることは叶わなかったものの、それでも連合と対敵し、交戦したお陰で少しでも経験が付いたのが生徒達によるカバーとなるだろう。
それでも本来、受けるハズだった合宿期間は台無しにされてしまったのもまた事実。
しかし立ち止まる時間は雄英生や忍学生には無い。
実は半蔵学院だけでなく、上層部の会議を通して、各校の忍学生も仮免取得に動いていくらしい。
当然、仮免を取得するのにもそれなりに合格率も低くなる。
先生が言うからには合格率は例年5割を切るほどらしく、毎年厳しいと言う声も上がれば仮免を取得できず、ヒーロー志望だった者が堕ちて敵という人生に走ると言うのも、聞かない話ではないだろう。
それ程に、ヒーロー免許と言うものは人命に直接係る責任重大な資格なのだ。
仮免取得に向けて今日、生徒達が受ける授業とは――
「今日から一人、最低でも二つ――
〝必殺技〟を作ってもらう」
必殺技を生み出すと言う課題の授業――相澤先生の言葉を聞いた生徒たちは
「学校ぽくてヒーローっぽいのキタァぁぁぁ!!!」
教室は相も変わらず、喧騒と歓喜の弾む声に満ち溢れる。
必殺技と言うネームを聞くだけで、興奮が止まらない者は数少ないだろう。
そんな彼ら彼女らの仮免取得、そして必殺技を編み出す為、今回相澤先生に呼び出された教師は三名――
「必殺――コレ、即チ必勝ノ型・技ノコトナリ!」
無愛想な顔付きに、敵寄りの風格をした数学担当教師――エクトプラズム
「その身に染みつかせた技・型は他の追随を許さない。
戦闘とは如何に自分の得意を押し付けるか、立場を有利に覆す一手!」
立体四角形の顔立ちに、表情が上手く読み取れない個性の戦闘では鬼強さを発揮する現代文・国語担当教師――セメントス
「技は己を象徴する!今日日、必殺技を持たないプロヒーローなど絶滅危惧種よ!!」
妖美で危険な香りを纏う、18禁ヒーローと言うアダルトな肩書きを持つヒーロー美術担任教師――ミッドナイト
以上、三名のヒーロー教師と担任の相澤先生で、23名の生徒全員に実技指導を行う。
「あの〜…先生、私たちは?」
「詳しい話は実演を交え合理的に行いたい。
コスチュームに着替え、体育館γへ集合だ」
必殺技を作る――しかしソレはあくまでヒーロー学生の話。
一方、忍学生は秘伝忍法と言う必殺技を備えてあるので、予想すると言えば新たな秘伝忍法を習得すると言う想像以外に考えられない。
しかし相澤先生は合理的主義者、詳細は体育館γで話すとのこと。なので仕方なくと、飛鳥は首を縦に頷いた。
体育館γ。
辺り一面全てがコンクリートで出来てるこの空間は、皆が想像してた体育館の内装とは少し違った。
先ずバスケットゴールが無い、床に貼ってある色分けテープも無い、完全にコンクリートで支配されてる。
とても体育館と呼ぶには余り似つかない建物にセメントスは触れる。
瞬間。
コンクリートの地面は粘土のように柔らかく、勢いを増して形を造って行く。
「トレーニングの台所ランド、略してTDL!!!」
TDLはヤバイだろ。
一同は全員、セメントスの個性で造り上げられた無数に連なる岩柱を見て息を呑む。
此処はセメントス考案の施設。
生徒一人一人に合わせた地形や物を用意できる場所。辺り一式全てがコンクリートで出来てるのはセメントス自身が個性を発動し、生徒たちが安全に個性を全力で使用し、伸ばす訓練所として仕上げる為のものだ。
これだけ大規模で広大な体育館なら、爆豪の榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)や、轟焦凍の最大火力の氷結を幾ら出しても良さそうだ。
ただ他の生徒もこの場で訓練を受けるのだから、皆の事も考慮すると使用しないのが妥当だろう。
「先生質問です!何故、仮免許の取得に必殺技が必要なのか――意図をお聞かせ願います!」
「飛鳥たちのも同じく順を追って話すから、お前は一先ず落ち着け」
疑問に満ちた飯田は急かすように質問するも、相澤の落ち着いた声で、質問は伏せられる。
「ヒーローとは、事件、事故、天災、人災…凡ゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事だ。
取得試験では当然その適性を見られることになる」
情報力、判断力、機動力、戦闘力、他にもコミュニケーション能力、魅力、統率力など、多くの適性を毎年違う試験内容で試されるのだ。
「その中でも戦闘力はこれからのヒーローにとって極めて重視される項目よ。
備えあれば憂いなし!技の有無は合否に大きく影響するわ」
「ミッドナイトさんの言う通り、状況を左右にされることなく安定行動を取れれば、それは高い戦闘力を有している事になるんだよ」
「技ハ必ズシモ攻撃デアル必要ハ無イ、例エバ…
飯田クンノ〝レシプロバースト〟――一時的ナ超速移動ソレ自体ガ脅威デアル為、必殺技ト呼ブニ値スル」
「アレ必殺技で良いのか…!!」
ミッドナイト、セメントスに続きエクトプラズムが解説すると、飯田は己の技名に対し賞賛を受け、身体を小刻みに震わせ感動している。
「つまり、自分の中に『これさえやれば有利・勝てる』って型をつくろうって話か」
「また、飛鳥達三名の秘伝忍法のようなものか…!」
「そ!砂糖君や常闇君の仰る通り、己の安定とした行動や能力を活かして編み出す技術が必要となる訳。
個性への思考を深めることで、己の視野が広がり『何をするか、何が出来るか』の可能性を見出す事が出来るわ。
少なくとも、貴方達の中にも既に感じてる人はいるんじゃ無い?」
思い当たる者は、僅かに反応する。
爆豪勝己、常闇踏影、緑谷出久の三名は、心の中で個性による必殺技の案を幾つか浮かばせている。
常闇は体育祭、オールマイトに言われて貰った『もっと自力を鍛えれば取れる択が増えるし、より強くなれるだろう』と言う言葉を振り返え思い出す。
まだ技名を出した訳ではないが、案は幾つか考えてある。
後は想像を現実に活かす努力を費やすのみ。
爆豪勝己は才能の塊と呼べるべき、才能マンだ。
体育祭で幾つかの必殺技を披露するだけでなく、抜忍・焔紅蓮隊のリーダー、焔の戦闘スタイルを必殺技として使用する事で、己の強さへと繋げる程の実力者だ。
爆破と言う破壊的な個性は、必殺技として輝きを膨らませる。
緑谷出久の個性は、オールマイトの必殺技をモチーフにしている。
授かれた個性、憧れから来るソレは、緑谷自身に強く影響を与えていた。
「そして忍学生については、幾つか案は考えてある――お前らの〝忍術〟は遁術、忍法を主に表している」
飛鳥は風、柳生は氷、雲雀は雷の遁術を備えている。
常人からすれば個性に似た能力、そして遁術と忍法を上手く駆使して生み出されたのが秘伝忍法。
代々家系として継がれる秘伝忍法の技も存在するが、己が新しく編み出した秘伝忍法も存在するのはご存知だろう。
「例えば――飛鳥の遁術、風という属性に、〝風刃忍法〟を合わせ編み出した必殺技を、秘伝忍法――【二刀繚斬】と呼ぶ、そうだろう?」
「は、はいっ」
唐突に自分の忍術を参考にして貰ったことで内心少し驚くも、自分を例えとして指名して貰った事は悪くない気分だ。
「成る程…忍術って、本当に俺たちみたく個性に似てるね…
って事は、飛鳥達はもう既に俺たちよりも先のステージに進んでるってこと?」
「まあ間違いじゃねえな」
尾白の意見に、相澤は否定せず首を縦に頷く。
「ただ…ステージで言うならお前達と同じだ。
必殺技を編み出しただけで、仮免取得をどうこう出来る程ヤワじゃねえのも解るだろう?」
相澤の放つ言葉に、無言のまま頷く三人は、幾つかの経験の過程から思い振り返す。
焔や雪泉、雅緋、大道寺、黒佐波と言った強敵の忍達を前に刃を交えた飛鳥なら尚のこと。
これまで闘って来た忍達は全員忍法を主体に戦って来た。
お互い持つ物同士の力をぶつかり合わせば、決着はそう簡単に付かない。
「飛鳥達に受けて貰うのはコイツ等とは別、忍術を個性へなぞらえ活用させる術を身につけさせる――」
「個性の…ように?」
必殺技を編み出すヒーロー学生とは真逆、飛鳥達は忍術を個性のように扱う訓練を受けるのである。
「そうだ。
幾ら秘伝忍法なんて言う必殺技が有ったとしても、其れは必ずしも困難を前に切り抜けれる訳ではない。
一芸だけじゃヒーローは務まらないように、忍も秘伝忍法だけでどうにか出来る程、世の中は甘くない」
秘伝忍法と言う決められた必殺の型・有利な一手の動きでは、やがてボロが生まれ、逆に翻弄される事も有り得る。
いつ如何なる場合に備えて、常に臨機応変として動ける為の手段は身に付けなければならない。
「いつまでも秘伝忍法頼りじゃダメだってこった……」
定めに従い舞い殉じる忍は、下された任務を全うするべく動き出す闇の存在。
その分、発想力や思考などの能力はどうだろうか?
作戦や任務の如何なる手段を下す選択肢を選ぶ忍の思考力は、とても賢い方だろう。
しかし常識に囚われてる事で、思慮が疎かになるのもまた忍の欠点でも有る。
それを補う為に、柔軟な発想と思考力、適切な対応と判断、其れ等を身に付けて貰う。忍術を個性へと活用させるのにはうってつけだ。
「お前達に足りないのは応用力だ。
己の創意工夫で、お前達の忍術をどう活かせるか…
これから後期始業まで、残り十日余りの夏休みは個性を伸ばし必殺技を編み出し、忍術を様々な方向へ活かす――圧縮訓練となる!!」
またヒーロー学生は〝個性〟の伸びや技の性質に合わせて、コスチュームの改良も並行して考えて行くようにしなければならない。
忍学生側も、申請をすれば可能らしい。
「プルスウルトラの精神で乗り越えろ、当然…忍学生側も然り、命懸けでやっていけ。
――準備はいいか?」
「ワクワクしてきたぁ!!!」
相澤先生の圧の篭った声に、一同は自然と不敵な笑みを浮かべる。
初期は相澤先生の除籍処分という部分も含めて恐る事も有ったが、最近は…次の壁を乗り越えていこうと勇気付けられる。
開始してから15分が経過。
エクトプラズムの個性、『分身』によって生み出された数体のエクトプラズムを従わせ、生徒たちの指導を施してる姿が映っている。
各々の生徒たちは個性の必殺技を考えるも、想像してた物と違う形であれば、まだ必殺技と呼ぶには相応しくないのか、悩む色を映し出す者もいる。
しかし個性を駆使して、順調に必殺技を完成に近い状態へ造り上げている者も垣間見えるのも事実。
爆豪勝己が良い例えだろう、彼は今もすこぶる快調で、様々な必殺技を編み出している。
「えっと、コレをこうやって…ってわぁ!?」
コンクリートの地面に顔面直撃した飛鳥は、苦痛で思わず鼻を手で抑えてしまう。
そんな彼女を、エクトプラズムは半ば呆れたような、でもって無愛想な顔立ちで溜息を吐く。
「大丈夫カ?怪我ハ?」
「は、はい…大丈夫です……
う〜ん、葛ねえみたいに遁術を上手く工夫して空を飛んで見ようと思ったんだけどなぁ…」
「空ヲ?コレハマタ意外ナ発想ダナ。
確カ飛鳥ノ主ナ戦闘スタイルハ、二丁刀ヲ使用シタ斬撃系ノ攻撃ダロウ?」
「そうなんですけど……私、ううん…他の忍も地上戦が主体じゃないですか?足に地を着いて、攻撃するって感じを見るのが多くて…
だから、遁術を上手くコントロールして空中に浮きながら攻撃を仕掛けれれば良いかなって思って」
「成ル程、考エタナ。
自分ノフィールドヲ作リ上ゲ、戦闘ヲ優位ニスル。
私ヤセメントスノヨウナ考エ方ダ、悪ク無インジャナイカ?」
飛鳥の考えはこうだ。
風刃という忍術は、風そのものが刃物のような鋭い攻撃型の忍法だ。
其れを今度は、己の立ち位置を有利にするべく、敢えてサポート系に移す。
決して悪くない案ではあるし、空中浮遊もまた欠かせない一種の手だ。
(マア…実際ニ空中浮遊ヲ難ナク使イコナス忍モ存在スレバ、我々ノヨウニ個性ソノモノノ忍術ヲ持ツ忍モ居ル……
コレカラ先、彼女ラガ何ヲ見テ何ヲ学ブノカガ本番…ト、言ッタ所カ)
世に蔓延る得体の知れない猛者達は、ヒーローや敵をも凌駕すると噂で聞いたことがある。
今やヒーローの上位級が忍だなんて噂も何度か耳にする。
「あっ、そうだエクトプラズム先生。ちょっと相談したいことがあるんですけど……」
「ン、何ダ?」
「先生もご存知の通り、確かに私は刀を巧みに使った戦術を披露しますけど…一つ問題がありまして…」
「問題?」
「林間合宿で敵連合の襲撃を受けた際に私、抜忍と闘って…その……
――刀、折れちゃったんです」
「ナント、自慢ノ武器ガ折レテシマッタノカ?」
エクトプラズムの言葉に無言で頷く飛鳥は、自慢の刀を目で見やる。
じっちゃんが忍学生になった暁にと、託してくれた自慢の刀。
前に一度、忍サポート会社の正式な手続きを経て打ち直して貰ったもの。
「それで…もしも、また次の戦いで刀折れちゃったらどうしようって……」
林間合宿の襲撃。
抜忍狩りの狩人と言う異名を持つ黒佐波との戦闘で、刀が折れてしまったのだ。
当時は、そこで「もう駄目だ」と諦念してしまったものの、火事場の馬鹿力で何とか立場は逆転。あの超パワーを持つバケモノを戦闘不能にまでは追い詰めることが出来たのだ。
――しかし、それはそれで良しと言えば、そうでもない。
「フム、君ノ言ウ事ハ尤モダ。
忍ノ武器トハ、己ノ強サヲ主張スル意味モ含マレテイル。
大勢ノ忍ガ、得意トスル武器ヲ扱ウノモ至極当然。
マタ打チ直ス…デハ、イザ現場デマダ事件ノ収拾ガ付イテ無イ状態デアレバ、圧倒的ニ不利ダシナ。
忍ノ君等ナラ尚更ダ」
「はい、そうですよね……どうすれば、良いんですかね……?」
今まで考えた事もしなかった。
一度、刀が折れてしまった飛鳥だからこそ悩むのだろう。
もしまた、次も自分の刀が折れてしまったらと考えてしまうと、不安が心を募らせ、意識や集中力が疎かになる。
エクトプラズムの言葉通り、現場で自慢の刀が折れてしまって戦えませんじゃ意味がない。
強くなる以前に、自分の手とも呼べる刀で悩む日が来るとは思いもしなかった。
「やあ、悩んでるみたいだね飛鳥くん」
「えっ、あっ!!オールマイト!?」
悩み頭の中で思考を巡らせていた飛鳥に声を掛けたのはオールマイト。
衰弱し痩せ細った身体、骨折し動けなくなった腕を包帯で巻きながら、軽く挨拶を交わす。
「珍しい。何時も元気で悩みを吹き飛ばす君が、浮かない顔なんて」
「ええっと、それがその……」
飛鳥は心に靄付いた悩みを、オールマイトに吐き出すよう相談した。
誰かと相談すれば気持ちが和らぐと言う意味も含まれてはいるが、一番は己の問題を解決するべく誰かの助言が欲しいと言う気持ちが強い。
「ふむ、成る程……」
納得したかのように頷く素ぶりを見せるオールマイトは、腕を組む。
「君は、常識に縛られすぎだ!」
「はえ?」
「じゃあ、頑張れよ飛鳥くん――切島少年!私が見よう!」
「うわっ!?オールマイト…!ビックリしたぁ……えっと、アザす!!」
飛鳥に何も答えず、オールマイトは一言言い残し、切島の方へ向かっていく。
「オールマイト……」
正直、意外な返答だった。
てっきり何かしらヒントを得るキッカケにはなるかと思っていたが、オールマイトの口からは特にこれと言ったアドバイスになるような言葉は言われなかった。
いや、常識に縛られすぎだ…というワードに何処か心が引っかかるも、今の所は特に思い当たるような発想は無い。
「何時マデモ悩ミ、動キヲ止メテイテモ仕方ナイ。
先程、君ガヤッテタ風ヲ上手ク使ッタ空中浮遊、ヤッテミテハドウダ?
ソレニ授業後ニ生徒達ノ意見ヲ聞クノモ、悪ク無インジャナイカ?」
「は、はい!」
どうやら、まだまだ答えの先は遠いらしい。
努力に励み、遁術を上手く使いこなし空中へと浮遊する飛鳥を横目で見るオールマイトは、口角を釣り上げる。
(緑谷少年にも言ったが、答えを教えるだけじゃ意味が無い!
悩み、考え抜いてこそ、その先に答えがある。君たちの得意な、ぶつかり合えば分かち合える本質と似ている…だから、焦らずとも君なら直ぐに答えに辿り着くさ……)
教育とは、そう言うものだ。
私はこの先…彼女たちの先生としての立場で指導する。ただ教えるだけでは、個人の個性を発揮出来ない。
他人に教えられ動くのではなく、己の思考力と判断で状況を覆す事も、この先如何なる場合においても必要になる。
オールマイトは優しく微笑むと、まるで自分の愛弟子のような視線を飛鳥の背中へ送るのだった。
尻ポケットに『すごいバカでも先生になれる!』教材ブックを収めて。
学校の授業が終わるまで、結局彼女は遁術を上手くコントロールする課題を主に、指導を受けていた。
エクトプラズム先生からの一言は、「動キハ悪クナイ、遁術ノ扱イモ上手クナッテイル。シカシ、大雑把ダ」とアドバイスを受けた。
正直、個性のように自由自在に扱うなんて考えてもいなかった辺り、相澤先生の言う通り自分達は常に何かしらの常識に囚われていたのだろう。
(参考になりそうなのは、緑谷くんが一番かな?)
緑谷出久を真っ先に選んだのは、オールマイトの後継者だからである理由も一応含まれているが、本音を言えば彼の方が一番参考になりそうだからだ。
常に周りに対する個性をノートにまとめて研究する彼の姿勢は一見ナード呼ばわりに見えるが、いざ個性に対して悩む部分が有るとなると、彼の知恵が一番役に立つのでは無いだろうか?
何よりオールマイトの個性を受け継いだ身、参考としてはこれまでに無い人材だし、自分の足りぬ応用力を補える気がする。
そうと決まれば、善は急げだ。
「お〜い緑谷く〜ん!」
廊下で何処かへ向かう彼の背中を、飛鳥は大声で呼んだ。
「えっ?個性について詳しく聞きたい?」
「うん…良ければ個性分析ノートとかも見せてくれると嬉しいかな。私、個性とか考えたことなかったし…
体育祭の時もそうだったけど、見た限りだと小まめに相手の個性を観察してまとめてるの得意そうだし、緑谷くんに相談したんだけど……知ダメかな?」
「ええっ!?そんなダメじゃ無いよ寧ろ全然!うん!良いよ――と言うか僕のノートがまさか他の人にも役立つなんて思いもしなかったからさ…!
そっか、飛鳥さん僕らみたく忍法術を個性のように自由自在にコントロールしなきゃいけないもんね…」
サポート科のコスチューム開発部屋へ向かう緑谷出久は、廊下を歩く途中で飛鳥に呼び掛けられ彼女の相談を受けている。
個性に関して知識も応用力も疎い彼女は、ヒーロー学生から見れば、ヒーロー学生以下…それ即ち、受精卵以下で有る。
特別な能力があっても、上手く扱い方が解らず悩んでしまってる。そんな彼女を一目で見れば、自分とよく似てるという印象を強く受ける。
オールマイトに見初めて貰い、平和の象徴という称号とともに個性を受け継がれた。
直に体で個性の破威力と驚異は嫌と言う程覚えたので、個性をどう活かしたいか、その気持ちは痛いほど理解できるつもりだ。
「ただ、飛鳥さんは個性を上手くコントロールしてどうしたいの?」
問題と言えばコレだ。
自分はオールマイトへの憧れによる影響を受けているので、個性の性質上、肉弾戦を使う。
ただ飛鳥の場合は自分とは違い、刃物を使った近接戦、中距離戦を得意とする。
彼女がそのスタイルでどう忍術を活かしたいのか、聞かない限りアドバイスも説明も何も教えたくても教えれない。
「う〜ん…一先ず空中浮遊?それと、刀が折れちゃった場合のことも考えたいんだ」
「え?刀折れちゃった場合?う〜ん…それはどうにも言えないけど……」
「そうだよね…あっ、そうだ!
緑谷くんって、個性発動する時ってどんな感覚で発動してるの?私、忍だから個性持ちの人とどう違うのか聞いてみたくて…」
なるほど、確かにそれは一理あるな。
なんて思えてしまう緑谷は、「う〜ん…飛鳥さんに上手く伝わるかな?」と難しそうな顔を浮かべて、口を開いた。
「電子レンジに卵を入れた状態で、爆発しないイメージ?」
「はあ?」
しかし当然この言葉を聞いただけではイメージも何も、疑問しか浮かび上がらない。
素っ頓狂な可愛らしい声を上げる彼女に、緑谷は「ええっと!つまり…」とどう解り易く説明できるか、頭の中で言葉を整理し、区切りながら言葉をつなげる。
「電子レンジに卵を入れると爆発、しちゃうんだよ!知ってると思うけど…
僕の場合、馴染み浸透した個性は器が良くても、体への代謝が比にならない位に、負担が掛かっちゃうんだ!
肉体を鍛えてあれば問題ないんだけど、ワン・フォー・オールは先祖たちが培った力の結晶で、幾ら体を鍛えても負担からは逃れられないんだ!」
「あっ、だから体育祭まで個性発動するだけで怪我しっぱなしだったんだ」
「うん…だからいつも、卵を爆発しないイメージを持ち続けてたんだ」
「発想がユニークだね?」
「ソレ、オールマイトにも言われて貰ったよ…」
でも、確かに中々良いイメージだ。
大切なのはイメージを浮かべ、維持し続けることが大事だと緑谷出久からは駄目押しなほどによく言われた。
自分でも理解してるつもりでも、他人から言われると再度強く認識してしまう。
「アレ?でも職場体験の時は体の負担も無かったよね?傷が付いたのって、ヒーロー殺しに…」
「うん、やっと個性が上手く扱えるようになったんだ。
今度は電子レンジに鯛焼きを入れたイメージ!」
「はあぁ…?」
「……飛鳥さん、馬鹿にしてる?」
「し、してないしてないよ!これはその…癖で…」
「あ、そうだったの……いや、ゴメン変なこと言って……」
「いや、ううんこっちこそ。誤解させちゃってゴメンね?」
二人揃って謝り顔を見合わせると、飛鳥は次第と「ふふっ…♪」と微笑を浮かばる。
そんな可愛らしい彼女の笑顔に、緑谷は「ど、どうしたの?」と少し顔を赤く染めながら訪ねる。
「いや、なんか緑谷くんとこうして話すと飽きないし面白いな〜って。それに、優しいし。
私と緑谷くんって何気に息ピッタリ合うよね。意識してなかったけど」
「や、優しくなんて全然!僕は何時も通りの僕であって…
で、でも息が合うっていうのは…そうなのかな?」
意識してなかったが、時々飛鳥と緑谷の動きが一致する時が有る。
相性が良いのか、偶々呼吸が合うのか、その強さは現場でも発揮された。ヒーロー殺しの時も、お互い阿吽の呼吸で痛撃を与えたことも出来たし、林間合宿の時も殉職してしまった洸汰の心を、どうにかして救って上げたいと思ったこともある。
「ねえ、もう少し聞いても良いかな…?緑谷くんは授業後は用事でもあるのかな?あるなら…またの機会でも良いけど」
「あ〜っと、用事はあると言えばあるけど…時間が迫ってる訳じゃ無いし、急かさなくても良いから大丈夫だよ!
それに、僕の知識が誰かの役に立てるのは、凄く嬉しいし」
今までで自分の知識が誰かに役立ったことは、実を言ってあまりない。お茶子には体育祭で爆豪勝己の個性分析ノートを見せて対策案を立てようと話はあったが、本人が「精々堂々、真っ向勝負したい」と言うか強い意志が芽生えていたので、本人の意思を尊重し見せなかった。
「で、鯛焼きのイメージって具体的にどんな感覚なの?」
「んっとね、まず電子レンジって全部入れても回らないものがあるんだよ」
「あ〜確かに。ウチの家にある電化製品も皿付いて回すものだもん。一部しか暖まらないのが嫌だよね」
「そうソレ!問題はどう個性を上手く調整して、どう使えるか。
僕は今まで無意識に体の一部だけを使ってたんだ。相手を殴ろうと思ったら腕一本だけ…固定したイメージが強すぎて気付かなかったんだけど…
鯛焼きを全部温めれるように、体全身を使ったイメージ!つまり、個性を発動する時は体全身にスイッチを入れる!それならパワーもスピードも上々、固定した価値観をちょっと変えただけでほら!出来ちゃったんだよ!」
今までは強いイメージを浮かべ続けてただけで、フラットな発想で個性を扱うことは出来なかった。
大事なのは、己の能力を常に理解しながら、違う価値基準で見つめ直す。
つまり、既成概念に囚われないことが大事なのだ。
「全部?体全身を使って……?」
「ああ、うん!そうしたら5%だけど調整する事が出来て、お陰で怪我もしなずに済んだんだ!!」
「………」
アレ?
何だろう、今凄く良い事閃いちゃった気がする…
体全身を使う?
「そもそも、体の動かし方はかっちゃん寄りもあるけど…最近はグラントリノみたいなピョンピョン跳ね飛ぶスタイルも悪くないかな〜って…って飛鳥さん?」
「………体全身……価値観を違う基準で見つめ直す?」
今思えば、自分はまだまだ縛られた常識が拭えなくて、考えもしなかっただろう。
しかし緑谷出久という柔軟な発想と思考を待ち兼ねた人物の幾つかの助言で、思いも付かない発想が浮かび上がる。
一番心の中で靄付いた問題は、刀が折れた後だ。
常に自分の思う事が通じないのは、林間合宿で経験済みだ。
特に忍にとっての武器とは、ヒーローのコスチュームとは少し違い、己の強さを主張するもの。
飛鳥の二丁刀。元から刀技を鍛錬してた自分だから、刀が無ければどうすれば良いのだろうとずっと疑問と不安で悩んでいた。
だから、柔軟な思考と発想のある緑谷出久と話して思いついた事がある。
――なぜ、刀前提で闘おうとしていたのだろうか?
「刀が無ければ……体全身を使って戦えば良いんだ!」
一瞬にして閃いた発想は、常人の全てを覆すことがある。
天才の閃きは凡人の一生を勝るように、一瞬にして閃いた発想は時に、自身の悩みを吹き飛ばし、次なる成長を促すことへ繋がる。
「え?どうしたの飛鳥さん?」
「有難う緑谷くん!!お陰で良いこと思い付いちゃった♪」
はしゃぎ、嬉しくて若干興奮気味の飛鳥は、緑谷の両手を握って大喜びする。
感謝する彼女の笑顔と、唐突な行動に緑谷は「おっ!?!おおぉぉぉおおおぉぉぉーーーー!?!!」と大声を出してしまうも、今の飛鳥は彼の発狂すらも聞こえない。
「ただ、問題なのはここから…この発想をどう活かして……そうだ!!半蔵学院に戻って葛ねえに聞いてみよう!
あっ、もしいたら大道寺先輩の意見も聞きたいかな…」
武器を使わない肉弾戦を得意とするのは、葛城、雲雀、大道寺の三名。
雲雀は自分と同じく忍術を個性へと上手く活用させる課題があるので、なるべく迷惑は掛けたくないし、風やゴリ押しのある先輩二名なら良い発想が浮かべそうだ。
「そうと決まれば相澤先生に外出許可を貰って……」
雄英の敷地内から外へ出るのには担任の許可証が必要となる。
また担任が不在の場合は、他の先生方に相談して許可を得るという手もある。
善は急げだ、飛鳥は「有難う!今度なんか奢るからね〜!」と調子の良い台詞を放ちながら、廊下を後にした。
「やべぇ……心臓…バくンバくん……」
未だに顔が林檎みたく赤い緑谷は、その後コスチュームの件で発目明の大胆なボディに押し倒されるという心臓爆破しかねない展開が待っている。
翌日。
昨日と変わらずTDLで圧縮訓練を行う生徒達は、昨日と比べて見れば、見間違えるほどに変化が生じていた。
或る者は、コスチュームを改良して新技への一歩を踏み込む者。
或る者は、違う個性の扱い方をこなす者。
或る者は、個性の新技を次々と完成する者。
昨日始まったばかりなのに、もう個性の技を編み出しているのは、流石は雄英のヒーロー科だ。
昨日と言い今日といい、仮免取得に向けて気合が入っている。
「飛鳥、今日ハドウスル?マタ、忍術ノコントロールニ費ヤスカ?」
「いえ、それはもう
飛鳥の予想外な返事に、エクトプラズムは無愛想な表情に目を細める。
昨日と比べて、今日は何時もより表情が明るい。それどころか、早く自身の能力を見せたくて仕方ないような、そんな胸を躍らせてるような、清々しい表情だ。
(昨日ノ様子トハ表情ガ違ウ…何ヲ学ビ通シタカハ不明ダガ……面白イ)
黙って見つめるエクトプラズムに、軽く頷く飛鳥は、目の前の岩をジッと物静かな目で見つめる。
岩…と言っても、セメントスに頼んでコンクリートを操り岩の壁を造り上げただけである。
これ位のことなど造作もない。
飛鳥は心を落ち着かせるよう空気を吸い、肺から吐き出すように、大きく一呼吸すると、構えを取る。
「イメージ通り、そして強く――」
バガァァン――!!
視界に映るコンクリートで出来た岩は、文字通り粉砕。
清々しい爽快感たる音を残しながら、目先の壁は跡形もなく消し飛び、岩の欠片は風に乗り何処かへと吹き飛び消え去っていく。
昨日、緑谷出久と話しても拭えきれない不安が一つ。
それはパワーによる物理的な力量と忍術による風刃を、どんなスタイルで活かすか。
「暴力は嫌いだけど……出来た!!」
全身に纏う緑の風を揺らぎ、彼女は爽快感溢れる笑顔を浮かばせる。
強く握られた拳を、高らかに天に突き上げるように――
腕には緑風が滑らかに、細かく揺らぎ、空気が乱れるようは感覚が伝わる。
空気とは、空間があってこそ為せることができる。
「腕のゴリ押し、風を纏わせた拳の戦闘法……林間合宿で経験を積んで学んだ、個性の応用、私なりの戦闘スタイル!」
風を纏わせ、四肢を強化した、刀無しの素手による肉弾戦。
これなら――刀が無くても戦える。
「素晴ラシイ、答エダナ」
エクトプラズムは感心するかのように、飛鳥を褒める。
そんな彼女は素直に嬉しく舌をテヘッと出す仕草を見せる。
嘗て、彼女は死を錯覚した。
儚き命が散る間際、彼女は希望を捨てなかった。
自身より格上の、圧倒的な敵と戦い刃を交えたことで、経験が活かされた。
それが、彼女自身への強さへと導いてくれる――
『盾なんざ、捨てちまえば良い』
『強者の為に敗者となってくれよぉ!!!』
『さァ、殺そうぜ!!』
「これなら、折れないでしょ?〝黒佐波〟――」
彼女はニカッと、不敵な笑みを浮かべた。
嘗て彼は、人を殺すが為に力を振り撒いて来た。
敵との戦いを経て彼女は、刀と盾の如く、人を守り、救ける為にこの力を使う。
定めに舞い殉じる戦乙女は成長を、止まることを知らない――
トラソティス作者の発表。
毎度この作品を読んでくれてる方々、偶々目を通した読者もいると思います。
そんな皆様に一言、ご愛読ありがとうございます。
えー、発表と言うのは「ヒーローと忍 絆の想い」のこれから先に進む話なんですが。
薄々気付かれてる方もいると思います。
真紅・京都編が始まることを。
このストーリーはもしかしたらインターン編後になるかもしれませんし、仮免取得後に始まるかもしれません。
曖昧なのは、話の順番が変わっても問題ないシナリオだからです。
そして今回の真紅・京都編の話、この作品で一番長かったと思う学炎祭よりもかなり長くなるんじゃないかな。
三日間に一回の投稿ペースで恐らく3、4ヶ月は掛かったと思います。しかし京都編は1、2年前から考え温めてたストーリーなので、多分1年間は使うんじゃないかと。
少なくとも、京都編は林間合宿や学炎祭の激戦よりヤバめです。
京都編に比べてしまえば、超秘伝忍法書の争奪戦、学炎祭、伊佐奈討伐は序の口。軽いものです。
神ノ区頂上決戦が終わり、より色濃く影響を受けたことを証明付けられると思います。
漆月も見間違えるほど成長しましたし、彼女の登場が今でも待ち遠しいです。
これから先忍学生やヒーロー学生がどう成長するか、どう強敵と立ち向かうか、作者も楽しみながら執筆を頑張ります。
これ伝えて良いの?と思うかもしれませんが、最近余りにも調子が良いのと、凄まじいくらいの熱量があるので、抑えきれずネタバレにならない程度で発表しました。
学炎祭では少し飽き気味でしたが(話が長くて)、京都編は寧ろ自分が今まで温めてたストーリーをようやく解放することが出来るので、飽きず調子良くストーリーを進めれると思います。
では、次回もプルスウルトラ〜
(後書きだけで30分以上も悩み書いてたとは言えない)