光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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皆さん新年、明けましておめでとうございます。
少し長く空いてしまいしまたが、作者は取り敢えず生きています。
危うく一ヶ月丸々過ぎる所だった…
デジモンハッカーズメモリー のエンディングでショックを受けて暫く立ち直れなく、小説投稿のやる気を失せてしまったものの、何とか復活することに成功。
しかし、今後とも今までのように小説投稿することは出来ないかもしれません(例えば、2日、3日間に一回の小説投稿)。
長くても一ヶ月…でしようかね、まあ一週間に一回の投稿を心がけるように頑張ります。作者はガチで忙しいんですよね…それにもう一つの小説の「天に立つ忍達の証明」の投稿も近々すると思うので(多分)もし良ければ目を通して読んで下ると作者的にはとても幸せで御座います。
本当はデジモンハカメモの小説も考えてたんですけど、あのエンディングを見ると…周回出来ない……
とりあえず短期間で色々とあった作者です。

そして閃乱カグラシノビマスターで、SSRの夕焼と麗王二人を神引きしました。
いやぁ強い。ガチでつよい、50%キラーとニューリンクスキルの30%+40%、計90%ダメージアップは強い。
特に麗王だと秘伝忍法単体で斑鳩に1万ダメージ超えた時はビックリ!NWキャラゲーですわ(確信
因みに作者は無課金、やっぱ無課金者に女神は微笑むんですわ!次は芭蕉ちゃん狙います(迫真


115話「平和の象徴」

 俺は、ヒーローになんかなれねぇよ――

 

 これは一年前、切島鋭児郎があの事件をきっかけにして初めて挫折し、雄英に通う夢を諦めた瞬間だった。

 

 一流ヒーローは、本物のヒーローは、目の前で危険に冒される人を救い出す。

 そもそもヒーローという職業は、主に人間の救出活動を目的として動いている。

 敵と戦うのは市民から守る為であり、敵を、犯罪者を倒すためにヒーローはいるのではない。

 それは、解ってる。

 

 だからこそ、目の前の人を救えないで、ヒーローになるなんて大仰な口を開いてた自分が、馬鹿らしく思えて来たのだ。

 

 目の前の女の子一人も救えないで、漢だなんて言えない。

 目の前の女の子一人も救えないで、立派なヒーローになんか、なれるかよ。

 

 頭の中で、もう一人の自分が責め立てるように言葉を投げかける。

 ヒーローになる事を拒む自分が、今を苛む。

 自分は何も動けなかった…何も出来なかった…そんな自分が、果たして本当に立派なヒーローになれるだろうか?

 

 いいや、なれる訳がない――

 

 

 部屋に戻った自分は、進路希望調査書に書いてあった〝雄英高校〟と書かれた名前を、黒く塗り潰す。

 これで、良い。

 

 これが、俺の元の結果なんだ…俺みたいな地味で、上っ面だけを振舞ってた偽善野郎が、雄英に通うなんて烏滸がましいだろうよ。

 

 本当に怖い時、何も動けない自分は、ヒーローになる資格どころか、漢を語る資格なんてねえよ。

 

 

 あの巨大敵がどうなったのか、あの後警察やヒーローが調査した所、それらしき人物は見かけなかったと言われている。

 気になるスプリンガーのヒーロー事務所も、どうなったのかはニュースでは流されてないので、不安でしかない。

 

 でも、今の切島鋭児郎には、そんなのどうでもよかった。

 そもそも、自分はヒーローになる事すら無理なのだ、そんな怖い時にも動けない自分が、気の弱い自分が、そんなの聞いたって意味がないし、何より聞きたくもない。

 

「ハァ………そう言えば、芦戸は…どうしてんのかな……」

 

 あの後、無事に帰ることが出来ただろうか?

 またあの男に目を付けられては居ないだろうか?

 芦戸の事ばかり考えてしまう。

 恋愛とか、友達とか、そう言うのじゃない…

 

 どちらかといえば、妬ましい方だ。

 別に憎くはない、彼女の行動は、誰もが認めるヒーローの行動だ。

 本来、ヒーローを目指す人間の行動は普通はああなのだ。

 まだヒーロー科ですらない、一般人と変わらない中学生が、身を呈してか弱い女の子を守ったのだ。

 

 それなのに、自分は怖くて動けなくて、ただただ観てただなんて、ヒーロー志望が聞いて呆れる。

 

 

 羨ましいんだ――

 

 

 芦戸みたいな誰かを明るくまとめ、身を呈して誰かを救える、そんな彼女がカッコよく思えて、自分よりも立派なヒーローだと思ってしまった。

 思ってしまった、と言うよりも、本当にそうなんだろうけど、事実なんだろうけど、ハッキリした。

 自分なんかよりも、芦戸みたいなのが、ヒーローの器としてピッタリなんじゃないかと。

 

 そんな、ネガティヴに根暗な事を淡々と考えて視線を落とすと、ある一つの書物が目に映る。

 

 この本は確か…幼い頃、誕生日に買って貰った本だ。

『偉人・ヒーロー列伝』――

 大分古い本で、今は全く人気のない、ごく普通の本だが、確かこの本のお陰で、ヒーローになる決意を抱いたんだっけ。

 

 切島鋭児郎の個性は硬化。

 知ってるとは思うが、体を硬化させる個性は、盾にも矛にもなれる。

 親から聞いた話なのだが、幼い四歳の頃に尿意で目が覚めた自分は、つい目を擦った時に間違えて個性を使用してて、硬化した指で傷つけてしまったことがある。

 瞼に切れ目があるのは、その理由だ。

 その時はただ怖かった…

 個性という物が、如何にどれ程恐ろしいものなのか。

 大人や周りの皆んなからして見れば「偶然なる事故」「中々良い個性だ」と偏見で彼を見てきた。

 偏見…にしては少々語弊かもしれないが、切島にとっては、自分の個性は恐ろしいものだと解釈した。

 それもそうだろう、心も優しい彼は他人を傷付ける個性になんか持ちたくないし、そんなもの要らない。

 個性は都合上、使い方によれば何でも出来る。

 だから、切島にとって硬化の個性は、軽いトラウマでしかなかった。

 

 しかし、そんな過去のトラウマを克服出来たのには、訳がある。

 それが、切島にとっての憧れである。

 

 紅頼雄斗――

 それが、切島が初めて憧れた、尊敬出来るヒーロー。

 外見からして見れば古風の不良を連想させるが、志は誰にも負けない最高のヒーローだ。

 憧れのきっかけは、その人の漢気もあるが、一番は個性による関係性だ。

 紅頼雄斗の個性は、切島と同じ硬化する事が出来る個性で、その個性で幾多もの人間を救って来たのである。

 自分と同じ個性でも、使い方によれば誰かを救える個性となる。

 それを、教えてくれたのが紅頼雄斗である。

 自分も、あんな胸を張れるカッコいいヒーローになれたらな――

 

 そんな事を自然と考えてしまう自分に、頭の中にある、焦げのようにこびり付いた記憶から、無理矢理恐怖の記憶が蘇る。

 

 怖え時に、目の前の女の子一人救えなかった、無力な自分――

 

「クソ――ッ!!」

 

 苛立ち昂ぶる余り、思わず本を投げ捨てた。

 ガタッ!と物音が立ち、本棚に収納してた本もまとめて崩れ落ちるが、今はそんなの知った事じゃない。

 何も出来なかった自分に対して、兎に角苛立ちが治らなかった。

 腹の居所が悪い彼に、もう言葉も何も聞きたくない。

 そんな風に、一人で殻に閉じこもろうとしたその時――

 

 

『そうじゃねえだろォ!?』

 

 

 聞き覚えのある、ドスの利いた声が、切島の殻を壊すように、言葉が投げかけられる。

 この声は…聞いたことがある…

 父親の声でもないし、今日は仕事が忙しくて出張してるし、母親も今日は買い物に行ったきりまだ帰って来てない。兄弟もいないこの家には、切島鋭児郎しかいないハズだ。

 ましてや、こんな声をした友人など身内にはいない。となると…

 

「紅頼雄斗…?」

 

 後ろを振り向くと、確かに紅頼雄斗の姿が見える。

 懐かしくもあり、今じゃ学校が忙しくてあんまり見る事が出来なかったが、確かにそこには、映像投影機に映し出された、紛れも無い、切島が尊敬するヒーローが映っていた。

 けど、何で映像投影機なんか?と疑問に思うのも束の間、切島は視線を落とす。

 そこには、切島が先程投げつけた本から落ちた、HERO登竜門の付録に付いてた映像投影機だった。

 そう言えば、小さい頃コレを見てヒーローになりたいと思うようになったんだっけ…と思いながらも、幼い頃では難しい事は解らず、内容も詳しく覚えていない。

 切島は勉強机の椅子に座りながらも、流される映像をただ呆然と釘付けになっていた。

 

『すっ、すみません!では早速質問に入ります…!』

 

『おう!来い!』

 

『他のヒーローと比べて、紅さんは兎に角、超突猛進というイメージがありますが…危険に身を投げる事への恐怖は無いのでしょうか?』

 

 紅頼雄斗は基本、前線をメインとしてヒーロー活動を行う。

 例え凶暴な個性を持つ敵を前にしようと、災害を前にしようと、紅頼雄斗は躊躇なく死地へ飛び込む。

 世間では彼を勇敢なヒーローと賞賛しているが、その一方では超突猛進や自己犠牲、又は怖いもの知らずと言われている。

 それもそうだ、あんな外見をしてて、その上如何なる困難を前にしても平然と立ち向かうその姿は、誰もが見てもそう思うのは不自然ではない。実際に切島もそう思っていた。

 

『テメェは俺を何だと思ってんだボケェ!!!』

 

 一喝。

 黙々と聞いてた切島でさえも震えた怒鳴り声に、思わず椅子から反転して崩れそうになった。

 だが――次の瞬間

 

『んなもん、あるに決まってんだろ』

 

 彼の言葉で切島は止まる。

 まるで歯車の動きを止めたかのように、ピタリと、微動だにせず。

 

『それも大有りだ、てか死地に飛び込むのに怖くねェ奴なんぞ、余程の阿呆か◯◯◯のみよ!!』

 

 今迄、怖いもの知らずと見てきた彼の世界観が、微かに変わる。

 紅頼雄斗だって怖い思いをして来たんだと、今の自分と重なりながらも、耳を澄ませる。

 何でも新人時代、救える筈だった命を、救えなかった事があったそうだ。

 その時はオールマイトがいても犯罪率が一向に減らず、寧ろ上昇し続けてたらしい。

 社会は絶体絶命の危機状態に陥り、一年で何十万人もの人々が亡くなった事など、よくある話だった。

 

『一瞬、躊躇しちまったんだ……テメェの心が弱い所為で救けられなかった――』

 

 ヒーローとは、常に心と戦っている。

 犯罪者や災害ではない、まず最初の困難の壁は心にある。

 どれだけ強力な個性があろうと、どれだけ強くなろうと、心が弱ければ、いざという時に救えない事だってある。

 たった一つの心が、弱いか強いか、少しの変化が、ほんの少しの事だけで、全てが変わる。

 

『敵だって死ぬ事も怖ェ!!』

 

 人間、誰だって死ぬ事は怖い。

 例え人生を諦めようと自殺する人間だって、心の片隅では死ぬ事を怖がってる自分がいる。

 そしてそれに気付かず死ぬ事もあるが、人間誰でも恐怖から逃れる事など出来やしない。

 敵だって、確かに人を殺しあだなす存在だったとしても、自分が死ぬ事を恐れるのは本当だ。

 身勝手で我儘な事だと解ってても、本来は人間という生き物なのだから。

 

 同じ、この世に生きる人間なのだから――死ぬ事が怖いのは、当たり前なのだ。

 

『死ぬ事は怖え…けどな、死ぬ事が怖え俺が死地へ飛び込んで行けるのは、それよりもっと恐ろしい事を知っちまったのさ……

 

 

 亡くなった方の最期の表情、救えない、救えられなかった辛さ……そいつを知ってるからこそ、俺は飛び込んで行くのさ…!!』

 

 救えなかった人間の表情。

 救われなかった人間の悲鳴。

 救けてと懇願し、救われなかった人間の心。

 それは、死ぬ事よりもよっぽど辛く、とても恐ろしい。

 紅頼雄斗は、それを、救えなかった恐怖を知ってるからこそ、胸を張って前に出る。

 

 

『俺はヒーローだからこそ人々を守る!一度心に決めたなら、それに殉じる!!

 

 ――ただ、後悔のねェ生き方、それが俺にとっての漢気よ!』

 

 

 紅頼雄斗に、言葉を返す事が出来ない切島は、グッと拳を握り締める。

 

 ――ああ、畜生…

 俺は、なんて馬鹿だったんだ。

 目の前の怖いもんに逃げて、ビビって動かなくなって、一人で勝手に落ち込んで…

 何が、憧れのヒーローだよ…目の前の尊敬する人すらも、俺は何も解って無かったのか…

 

 本当に怖い思いしたのなら、もう二度と悔いの残らないように、胸を張ってヒーローになる。

 

 それが漢ってもんだろ――

 

 

 俺は一度挫折した。

 自身の心に、圧倒的な悪意を持つ敵に、目の前のピンチを救えない自分に、挫折した。

 今までの人生で過ごして来た中で、これは一番大きな出来事だ。

 忘れもしない過去があったからこそ、俺はもう二度と同じ過ちを犯さない為にも、頑張る事が出来た。

 本気でヒーロー目指す猛特訓もした。

 雄英は個性があれば良い何て話じゃない、ある程度の学力も付かなければ到底入る事もできない。

 だから、死ぬ程頑張った。

 勉強と訓練を両立し、休まず精進するというのは、漫画みたいな王道なストーリーであつてもいざとなると本気でキツイ。

 何度か挫折仕掛けたし、筋肉痛絶えなかったり、入試試験なんか緑谷とかが0ポイントの巨体仮装敵ぶっ壊してたし、そう。

 兎に角、今までの一年はとても濃厚…というより汗臭い話だが、過去の情け無い自分と決別する為の過程としては、充分な時間だった。

 

 黒い髪を、ワックスで髪を逆立て、黒髪から赤髪へと染めたりと、過去の自分とは全く違う、今の自分になり変えた。

 それでも、過去の切島鋭児郎は今の切島鋭児郎とは何も変わらない。

 名前も、性格も、優しさや漢気だって変えた訳じゃない。

 因みにこの話は芦戸だけしか知らない。

 前にも話した通り、芦戸とは同じ中学出身で、友好関係を築いてた訳ではないが、あの事件を境に知り合いになるきっかけとして作る事が出来た。

 

『なに切島、前よりもカッコいいじゃん!漢気溢れてる感じでさ!

 

 まー、切島の中で乗り切れたら教えてよ、高校デビューマンって学校のみんなに言いふらしてやるからさ!にしし!』

 

 楽しみだ!と、いかにも花道に沿う活発な女子高校生のようなセリフを残す彼女に、切島は思わず微笑む。

 

 芦戸は、アレでも気遣ってるのだろう。

 過去のことを、あの時の事件のことを…

 そう言えば、被害者だったあの子にはお礼を言えてないし、あの事件以来から一回も遭った事ないな…

 今はどうしてるのだろうか?なんて考えながら、足早と学校へ向かっていく。

 これが、切島鋭児郎が今に至るまでの物語。

 だが、ここからが始まりだ。

 自分が、果たして本当に自身を乗り越えられるか、己の目指すヒーローになれるのか――

 

 

 有難う、芦戸。

 そして、有難う…昔の切島鋭児郎(オレ)

 有難う……紅頼雄斗。

 オレ、アンタみたいなカッコイイヒーローになりたい…強くなりたい。

 世間では皆んなアンタの事、興味もなけりゃあ知らないだろうし、知ってるとしたらヒーローオタクの緑谷だろうけど…

 けど、アンタがいたから、今オレは胸を張って、ヒーローを目指せるんだ。

 

 オレはもう、後悔しないよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑谷出久達が行動を移す前、戦場はヒーロー視点では宜しくない形となっていた。

 爆豪はアクロバティックな動きで連合の動きを捌き避けつつも、実力者揃い故に抜忍の彼女達がいるとなると、捌き切れない…と言えば自分でキレてしまうかもしれないが、正直辛い状況ではあった。

 特に厄介なのがMrコンプレス。

 アイツのせいで、二人は連合に拉致されたのだ。

 個性は圧縮系と見なして間違い無いだろう。

 それともう一人、闇という少女が厄介すぎる。

 地面から突如、黒い茨が触手のように畝りながら襲いかかってくるのに対し、爆破攻撃を殴打してもビクともしないのだ。

 雲雀の忍術【忍兎でブーン!】の雷で蹴散らす事は可能だが、それでも鎌倉や蒼志、龍姫の三人は厄介すぎる。

 漆月は爆豪へのリベンジか突っかかって来るし、トガやスピナーと言った刃物による攻撃も、下手すれば致命的なダメージを負いかねないので、油断してると寝首を刈られる。

 そして何よりもオールマイトは、本気で戦えないのが一番の欠点だった。

 それは、人質となってる生徒の巻き添えを食らってしまう危険性。

 オールマイトが本気を出せば辺り一面、荒野にする事など容易いものだが、それこそ下手すれば二人が死にかねない。

 たからこそ、第三者達の手が必要だった。

 

 作戦はこうだ。

 先ず一番最初の先頭が切島鋭児郎、硬化で全身ガッチガチに硬めた彼なら簡単にコンクリートの壁を突き破る事などお茶の子さいさい。

 次に飯田のレシプロで推進力、緑谷のフルカウルで瞬間火力のスピードを、雪泉の氷風で更に推進力及び着地による速さの調整。飛鳥は柳生を掴みそのまま四人と共にくっつく。

 重量的にオーバーもあるし、麗日がいない状態では厳しいが、飛鳥も上手く遁術を使えばそれなりのフォローは出来る。

 轟は地を這う氷を出し、空高く飛ぶための土台を作り出す。

 柳生は雲雀を、切島は爆豪を救うための重要なキーだ。

 

 何より敵が此方側に気付いてないのが好機。

 今まで散々敵に出し抜かれたが、逆に今自分たちがその立場。

 手の届かない高さから戦場を横断する事で、自然的に二人を救出。

 オール・フォー・ワンが一番の危険因子であって、尤も注意するべき人物。

 オール・フォー・ワンがオールマイトを食い止めてるのなら、オールマイトも、逆もまた然り。

 

 

 後は、友の名前を呼べば、二人は自然と体が勝手に動く。

 

 

 そして、友の手が再び――繋がれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『何ィィイィイ!!?』

 

 戦場は一転。

 絶望から好機へ一変した今、戦場には連合とオールマイト以外誰もいなくなった。

 真上の空に羽ばたく学生達は、見事無事に二人を救出し出す事に成功した――

 

 オール・フォー・ワンの視線が少しずれたその微かな隙、オールマイトの正義の鉄槌が黒マスクに衝突し――

 

「――ッ」

 

 吹き飛ぶ。

 無敵と思えた彼に対して初めて、痛撃を与える事に成功した瞬間だ。

 

「やったぜ爆豪!雲雀も救出出来た!!」

 

「雲雀…雲雀!!良かった、無事か?酷以外事、されなかったか!?」

 

「うん!大丈夫!皆んな…来てくれて有難う!!!」

 

「オイテメェらオレに合わせろやクソが!!このままだと落っこちんだろ!」

 

「君はこう言う時にまで競わなくて良い!」

 

「皆さんお静かに!はしゃぎますと調整出来ません!」

 

 ……こういうお騒がせな所も、彼等らしい個性だ。

 自然と、体の萎縮は収まり、作戦は狂わせる事なく成功した。

 因みに轟と八百万は別行動になる。

 連合が彼等に釘付けになってる今、逃げる手はこれしかない。

 

 

「………――ッ!!」

 

 

 好機な立場だった自分たちの戦況が、崩された。

 しかも、来るはずのない、居るはずのないガキ供が、又しても俺の邪魔をする。

 死柄木弔は憎悪を燃やす目付きで、彼等を睨んでいた。

 特に緑谷出久、飛鳥。

 この二人は死柄木弔にとって一番気に入らない人物だ。

 USJがキッカケだろう。

 緑谷出久という存在が、飛鳥という存在が、いつも何時も自分たちの邪魔をしてくる。

 雄英高校襲撃だけじゃない、ヒーロー殺しの時だって、木椰区ショッピングモールの時も、いつも自分の前に現れて来る。

 運命のいたずら…なんて生易しいレベルじゃないほどに。

 

 だがこの時、死柄木弔にとって今、新たな因縁が芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 薄暗いバーには、いつも死柄木弔と漆月、黒霧が居るのだが、あの二人は今はいない。

 何でもヒーロー殺しを探してるんだとか…

 だから、いつものバーには死柄木弔しかいない。

 いないのだが、ボイス音声のみのパソコン画面の奥越しには、オール・フォー・ワンがくつろいでいた。

 

『どうだい弔、忍専門ネット動画、なんて珍しいだろう?

 漆月が君のために見せてくれた動画だ、学炎祭はさておき、他の動画も見た事ないだろう?これを機に他の忍から何か学び取ると良い』

 

「別に……興味ねえし、他の奴らなんざ知ったことかよ……」

 

 それは飛鳥達が学炎祭を終了した際に起きた、あの日の事。

 何て事はない、その日は仲間集めに必死だったし、漆月が帰って報告してくれたので彼女の言われた通りに動画を観ただけだ。

 どちらが勝つか、負けるか…

 彼女の話によると善忍同士の潰し合い…善と悪が立ち向かうなら兎も角、正義同士の戦いなんて聞いたこともないし、況してやお互い潰れ合うのなら、半蔵学院の飛鳥を消せることが出来るのなら、別にそれはそれで万々歳だ。

 飛鳥を殺すことが目的という話ではないが、気に入らない人間を壊したいのが死柄木弔の信条。

 なら、どうせなら観ておいて損はないだろうと思った。

 

 だが、結果はどうだ?

 半蔵学院は敗北し、死塾月閃女学館は勝利した。

 学炎祭通りのルールなら、負けた忍学校は燃やして廃校…忍資格を失う羽目になる。

 だが、どうだ??

 相手は学校は燃やさないと言い出した。

 それどころか…

 

『飛鳥さん…私の、最強の友達になってくれませんか?』

 

 仲間が増えただけだ。

 寧ろより強く互いに強く、切磋琢磨し合う仲間が出来ただけ。

 漆月の話と全然違う。

 

「なぁにが最強の友達だぁ……俺はなぁ、こんな誰もが馬鹿みたいに涙流す糞みたいなハッピーエンドを態々観るために時間潰してたんじゃねえんだよ……」

 

『ハハは……随分とまた御機嫌斜めだな、まあ…綺麗事を見せられ反吐が出のは弔の性格上、元々か……』

 

「漆月の話が全然違うぞ…アイツ帰ってきたら文句垂れ流してやる……糞が、俺を騙しやがって」

 

『まあまあ、彼女も別に悪気があった訳じゃない、弔に嘘つく道理もない。

 僕の推論だと幾つか心当たりはあるが……

 

 漆月は嘘をついていない…ただ、その後に何か変わったんだろうね…

 それで、どうだい?弔から観て彼女達、死塾月閃女学館は…いずれ君の障壁となりうるぞ?』

 

「ハッ…!随分とまた厄介な敵が増えたもんだ……

 

 嫌だなぁ、面倒だなぁ……あんなのに俺たちは標的にされてんのかよ」

 

『知っての通り、特に雪泉という少女は強いぞ?

 弔、先生からのアドバイスだが、彼女達は、いいや…彼女はいずれ、いつか君と対立する障壁に化けるぞ…

 

 君が、悪の象徴になるのなら、ね』

 

「……ふぅ〜ん、先生がそこまで言うのなら……考慮しとく……まあけど、今はどうでも良いな……なんか幻滅したし」

 

 学炎祭の予想外な結果。

 廃校ならず、お互い手を掴んで成長する。

 彼女達からしては成長過程の大きな大進歩だろうが、弔にとってはどうでも良い結果だ。

 誰かが一人一人幸せになるのなんて知った事ではないし、興味もない。

 期待してた結果に応えられない学炎祭に幻滅した死柄木は、バーの扉を開け、室内から去って行った――

 

 

 漆月が帰って来てから、月閃女学館の存在を知った。

 当時の自分は仲間集めに必死だったからか、特に危険という注意を払っていたが、気にしてはいなかった。

 だが今になって確信した。

 

 

 雪泉は、自分の障壁になる。

 

 

 今事件で全く関係ない彼女が、雄英生や半蔵学院と供にやって来た。

 リストから観て月閃は二年一年しか転入してないし、雪泉は三年生。

 林間合宿では一切彼女に手を出していない。

 だが、彼女が動き出したとなると、先生の予言通り、いつかは戦うべき時になるだろう。

 

 

「クソガキがぁ!!!!」

 

 

 悪は更なる憎悪を煮えたぎり、怒りを燃やす。

 元々癇癪に敏感な弔は、子供大人という印象が強く、気に入らないものを壊す幼稚的万能な大人だった。

 だが、幾つもの事件を通して成長してるのもまた事実。爆豪の爆破を諸に食らっても真っ先に彼を殺さなかった事が証明されている。

 だが、成長しても怒りを隠せないのは、彼の性格上仕方ないのかもしれない。

 

「おいおい、マジかよ!」

 

 オールマイトは不敵に笑う。

 少年少女達が、あの場にいたことなど誰が予想が付く?

 

「逃すな追え!遠距離ある奴は!?」

「荼毘と黒霧両方ダウン!龍姫は!?」

「ウチはまだ行ける!あの距離なら射撃範囲に届くし問題ない!」

「しかし爆豪勝己と雲雀も巻き添えをくらいますが…」

「んなもん今気にしてる場合じゃねえ!鎌倉かトゥワイスでカバーしてくれ!」

「大丈夫よ!私がいるから、一先ずアンタ等くっついて!!」

 

 突如、彼ら彼女等の介入に戦場は大混乱。

 誰がどう動くか、全員が焦る気持ちを曝け出し、言い合いになる。

 龍姫は両手の掌を爆豪と雲雀達に向け、ロックオンし、マグネはスピナーにくっ付き、スピナーはコンプレスにくっ付く形となった。

 

 マグネの個性は『磁力』。

 自身から半径4.5m以内の人物に磁力を付加させ、全身・一部の力の調整が可能。

 男がS極、女がN極となり、自身には付加できない。

 

「反発破局――夜逃げ砲!!」

 

「秘伝忍法――〝ドラゴン・ズロア〟」

 

 反発し合う磁力現象によってコンプレスは人間砲の如く、空高く飛び標的に向かって加速する。

 龍姫のドラゴン・ズロアは、大地の龍脈を吸収し大きく成長した龍は、星をも喰らい尽くすかのように、空高く走り標的に向かって行く。

 

 コンプレスが先か、龍姫の秘伝忍法が先か―――

 

 

「タイタンクリフ!!」

 

 

 しかし、何方も雄英生と忍学生に直撃することは決して無かった。

 突如目の前に視界を遮らせるは、見覚えのある人物。

 巨大化し人質を守った、新人ヒーローのMtレディだったのである。

 

「救出…優先……行きなさい…バカガキ共…」

 

 しかし、ドラゴン・ズロアとコンプレスに顔面直撃したMtレディはタダで済むはずがなく、鼻の骨が折られ、失神し白目をむいたまま倒れこむ。

 コンプレスもマグネの磁力を利用して空高く飛び、軌道をズラす事が出来なった彼は、なす術なく落下し気絶した。

 

「わぁ!どうしようどうしよう!邪魔が入ったせいでドンドン二人が遠ざかって行くよォ!」

「チィッ!邪魔なんだよヒーロー!!流石のウチもあの範囲じゃ…無理!」

「大丈夫よ!まだもう一発…トゥワイス!アンタもくっ付いて!」

「そーれトゥワイス!!」

 

 龍姫はコンプレスを担ぎ、トゥワイスは弾役としてスピナーにくっ付く。

 

 ドッ――

 

 だが、次の瞬間。

 訳も解らず三人と龍姫は何者かに頭を蹴られ、意識を失う。

 声を上げる事もなく、四人は倒れ伏せ

 

 ガッ――ギィィン!!

 

「!」

 

 鎌倉だけは、反射的に武器で防ぐことに成功した。

 それでも蹴りの一撃による威力で仰け反るものの、ダメージは受けていない様子。

 

「遅いですよ!」

 

「お前が早すぎんだよ戯け」

 

 正体はグラントリノ。

 たった一人で四人を気絶させたのはかなり大きい。

 一石四鳥と言った所か、流石は志村の友人である。

 

「こっちも終わらせといたぞ!」

 

 声の主に振り返るオールマイトは、安堵の息を付く。

 

「ガッ――」

 

「はっ、離して下さいまし!!」

 

 漆月、闇は一瞬の隙を突かれて縄で縛られている。

 エレベーター級の強度さを誇る金属製の縄は、かなりキツめに縛られてるため抜け出すのにも時間が掛かるだろう。

 しかし、気配を悟らせず二人を拘束させたのは大きな手柄だ。

 

「志村の友人に…半蔵か……となると、妖魔と当たったのは、小百合かな……」

 

 瓦礫に背もたれするオール・フォー・ワンは、咳払いしながら戦況を見渡す。

 状況は最悪、より酷く悪化し次々と連合の戦力は削ぎ落とされて行く。

 

「なァあいつ緑谷!――っとに益々お前に似てきとる!悪い方向に!!

 それと飛鳥も雪泉も!揃いも揃って祖父寄りなのは変わりねえな本当に!!どう言う教育しとるんだ!今度霧夜と雪不帰に直接文句垂れたる!」

 

「雪不帰は関係ないと思うんじゃが……まあええ!残りはあと三人、そして主犯格!此奴らを先に終わらす!!」

 

 保須市の経験を経た彼ら彼女らに心の変化が訪れ、少しずつだが成長してるのだろう。

 それが良いことなのか悪いことなのか、大人からすれば悪いことだろうが、周りや友人関係からしてみれば良い意味で成長した事にもなる。

 

「しかし、情けない…実に情けない!!あの子達に助けられる形になるなんて…」

 

 もしあの場にあの子達がいなければ、きっと爆豪と雲雀の救出なんて到底叶わなかっただろう。

 半蔵やグラントリノが来たとしても、オール・フォー・ワンがいる以上、何をしでやらかすか解ったものじゃない。

 

 だがこれで――心置きなく貴様と戦える!!

 

 

 オールマイトは、平和の象徴は立ち上がる。

 圧倒的な強さを誇る彼は、強き信念を瞳に灯し、指を差す。

 

 

「こっちは半蔵と俺二人で終わらす!お前はソイツを頼んだ!!」

 

 グラントリノと半蔵は、死柄木弔を始めとして、トガ、鎌倉、蒼志を相手する。

 漆月も闇も意識こそはあるものの、行動不能として拘束された為、体を動かすことは出来ない。

 

「申し訳有りません皆様……」

「闇ちゃんと漆月ちゃんの拘束はボクが外すから…三人とも頼んだよ!」

「え〜…弔くん、私まだ終わりたくないです」

「トガヒミコ!……チッ、なら私は…」

「ッ!蒼志、俺をカバーしろ!二人は俺が殺る!」

 

 鎌倉は研ぎ澄まされた鎌を二本使って縄を切り削いで行き、トガは戦えませんと言った雰囲気で首を横に振る。

 頼れるのは蒼志だけ。

 弔は舌打ちをしたながらも蒼志と共に二人を迎え撃つ。

 

「ハハッ――こりゃあたまげたなぁ…

 一手で綺麗にやられた……形勢逆転だ」

 

 恐れるなかれ。

 オール・フォー・ワンは漆黒の爪を伸ばし、オールマイトに避けられるも――

 

 ――ドスッ!

 

「ッ!」

 

 狙いはマグネだった。

 黒い爪は気絶した彼の腹部に突き刺し、個性因子が働く。

 個性強制発動――〝磁力〟。

 磁力を発動させる事で、トガ、鎌倉、蒼志はN極、弔はS極に付加される。

 気絶した者や拘束されてる者にも問わられず、引っ張られて行く。

 

「あわわわわ!!ちょっ、ちょっと待って下さい!?そんなにいっぺんに来られても困ります!」

「ちょっ、何これぇ!」

「これは…マグネさんの個性!?」

「すみません弔…くっ付いて離れません……うぅッ…」

 

 トガを中心に集まってくる仲間たちに、どうする術もなく直撃し、ワープゲートの方へと寄って来る。

 気絶し磁力を付加されてないマグネは救いようがないが、オール・フォー・ワンの爪で投げ飛ばされ、彼また無事に救出された。

 

「ねえ!待って!!」

 

 漆月の声が、先生もといオール・フォー・ワンの耳に届く。

 

「貴方は…何で私のこと知ってるの!?もしかして…あの時の事だって……!!」

 

 それは…遠い記憶の中……自分に手を差し伸べてくれたあの暖かい手。

 そこから、薄々と鮮明に記憶が蘇って行く。

 先生は「漆月…」と一息付いて彼女に振り向く。

 

「漆月、弔の事は任せた――◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎」

 

 その言葉がトリガーとなったのか、記憶が蘇る。

 ぼんやりとした、偽りの記憶は、本物へと発覚して行く。今までの常識が嘘のように消えていき、代わりに新たな常識が自身を塗り替える。

 なんで、自分がこうなっちゃったのか…なんで、自分が忍に殺されるのか…ようやく、理解した。

 

「 あ……ああぁ…あ゛ぁ゛ああ゛あ゛あ゛ぁぁァァーーーーー!!!!」

 

 全てを思い出し、今になってようやく、オール・フォー・ワンを知った彼女は、最後に泣き叫びながら、闇に深いワープゲートへと消えて行く。

 先に消えたのは漆月の方だ。

 次から次へと、意識のない輩から拘束された輩まで消えていき

 

「ああ、待てよ…ダメだ先生!」

 

 残るは死柄木弔だけとなった。

 

「アンタその身体じゃ…!!」

 

 ダメだ。

 背後に大きな闇が空間を開く中、弔は必死になって、声を振り絞る。

 

「俺、まだ――!!」

 

 その言葉が最後の合図になるように、黒い靄は弔を包んで消えていく。

 そんな彼に、愛弟子にオール・フォー・ワンは

 

「安心しろ弔、君は君の戦いを続けるんだ――」

 

 黒い爪は解かれ、先生の言葉が終わりを告げる。

 黒い靄は弔と共に完全に消え、敵連合は誰一人捕まえる事叶わず全員取り逃がされた。

 

「貴様ぁ!!」

 

 オールマイトの拳が迫り来る。

 あんな強烈な拳を食らえば、流石のオール・フォー・ワンも無傷では済まされない。

 

「個性〝合体〟秘伝忍法――【強制呪縛転送】」

 

 闇の秘伝忍法〝呪縛の茨樹〟

 個性〝転送〟

 二つを組み合わせる事で、対象の人物を呪いの茨で束縛し、転送させる。

 グラントリノの口から黒い液体が放出し、黒い茨が次々と体を侵食し、縛り、オール・フォー・ワンの目の前に現れる。

 

「+〝衝撃反転〟」

 

 そしてオールマイトの腕に黒いオーラが纏わり付き、オール・フォー・ワンに殴るつもりが、目の前のグラントリノを殴ってしまい、その衝撃が自分に返ってくる。

 この個性は簡潔に言えばカウンターによる異能だ。

 

「申し訳有りません先生!」

 

 自分に衝撃が返っても、何の表情を曇らせないオールマイト。

 

「貴様はそう言う人間じゃったな…仲間や敵を、全て利用する輩だったのを忘れとったわい!!」

 

 連合が逃げら、標的を変えた半蔵は、武器を握りしめ襲い掛かるも

 

「人聞きが悪いなぁ半蔵。別に弔を利用してた訳じゃないし、彼の大切な仲間を利用する訳が無いだろう?

 

 それに、利用すると言うのは…こう言うことさ」

 

 オール・フォー・ワンは素早く指を赤黒い爪に変形し、半蔵とは全く違う方向に爪を伸ばす。

 その方角の先は気絶してる雅緋、忌夢、鈴音、隼総達だった。

 ドスッ!と鈍い音が聞こえ、半蔵は思わず振り返る。

 

「忍法強制吸血にはね、色んな制限があるんだ……忍の血を吸えば忍術を使用する事は可能だが、量によって使用できる数が限られてる。

 少量ならば使用する数は少なく、また多量ほ血を摂取すれば長時間、そして数多く使用する事が可能、但しこの個性…その気になれば人を殺すことも出来るんだよ」

 

 四人の血が次々と迅速に吸われて行く。

 連合のメンバーが何故少量の血で済んだのか…それは一時的に力を借りる、協力的な意味で吸い取ったものだが、下手すれば対象の人物の血を全て吸うことも可能なのだ。

 だからこそ、利用するならば、敵の血を全て吸い尽くし、忍法を思う存分に使用する事こそ都合が良い。

 

「させぬわ!!」

 

 半蔵の武器、古典式の刀は唸りを上げ、鋭い刃物は赤黒い爪を一刀両断する。

 爪の断面には吸い取ってた血が見えるものの、あの数秒でかなり血を吸ったそうだ。

 

「もう遅い…合体〝秘伝忍法〟――【Prometheusのプラズマフォックス】」

 

 雅緋の秘伝忍法〝善悪のpuragatorio〟

 忌夢の秘伝忍法〝ローリングサンダー〟

 二つの忍法を掛け合わせ、半蔵に放つ。

 禍々し黒き禍炎と高電力を誇る稲妻の電流、半蔵は何とか秘伝忍法で相殺するも、オール・フォー・ワンはまだ本気を出していない。

 

「僕はあくまで弔と仲間達を救けに来ただけだが?」

 

 体勢を低く構え、腰を落とし、次の攻撃に移る。

 

「君らの足止めの為に戦って阻止したんだが、別にもう今はそんなの関係ない。

 降参し撤退するなら被害を及ぼさず平穏に事を済ませたかったが…

 でもまあ、相手が平和の象徴に伝説の忍、そして古豪・グラントリノなら話は別か…」

 

 腕が巨大化に膨らむと同時に、オールマイトは拳を振るう。

 

「それにねオールマイト、僕はお前が憎い。

 そして、半蔵を始めとした忍も、全て憎い

 

 ――かつて、その拳で僕の仲間を次々と潰し回り、お前は平和の象徴として謳われ、忍は僕の計画も、大切なものも、オールマイトと共に全て奪われた」

 

 事の始まりは超常黎明期。

 忍に害を与える気は無かったオール・フォー・ワンもまた忍達から標的にされ、幾度となく殺しに掛かってきた。

 

「何よりも、黒影も憎いね。

 アイツは僕の仲間を見つけ次第、幾度となく殺して来たんだから。

 憎まない訳が無いだろう?」

 

 かつて、五、六年前のオールマイトの戦いで黒影もいた時には驚いた。

 しかし好都合だったのが、これで仲間の仇を討つことが出来たのが何よりもオール・フォー・ワンの救いだった。

 だからこそ、あの手この手で陰湿に、黒影の嫌がることを考え、終いには黒影の孫である雪泉に対しても多少の嫌がらせを考えていた。

 黒影の荒んだ傷苦しい姿を見せれば、孫やそれらの仲間は悲しみに明け暮れるだろうと、そして…悪をより憎む道へ進ませ、自身を破滅の道へと追い込ませる。

 それが叶わなかったとしても、オール・フォー・ワンにはまだ〝奥の手〟がある。

 学生相手に大人気ない気もするかもしれないが、事の発端は黒影から始まったのだ。

 

「僕らのような悪意を、犠牲として踏み台にし立つその頂きの景色――ヒーローと忍はさぞや良い眺めだろう??」

 

 巨大化し膨らんだ腕からは、チリチリと黒い炎が、風が纏わり付く。

 目の前のグラントリノごと吹き飛ばすつもりなのだろうか、咄嗟に片手でグラントリノを掴み、もう片方の強い拳は、そのまま殴り込む。

 

「個性〝合体〟秘伝忍法――【星を破滅せしdesutoroi】」

 

「DETROIT――SMASH!!」

 

 雅緋の秘伝忍法〝善悪のpuragatorio〟

 凛の秘伝忍法〝烈風大車輪〟

 個性〝空気を押し出す〟

 個性〝筋骨発条化〟

 個性〝瞬発力〟

 個性〝膂力増強〟

 幾多もの個性を組み合わせた秘伝忍法を、たった一つの拳だけで相殺するオールマイトの腕は、既に絶え間ない傷で縫われ覆われた痛々しい物だった。

 凛の烈風大車輪は、鎌倉と違って風そのものが刃物となっており、触れたものをいとも容易く傷つける事が出来る上、雅緋の黒き禍炎で傷の上に火を通し、火傷を負わせるそれは、より痛みが染み渡り、空気を押し出す高威力の個性で衝撃をかなり抑えたのだ。

 既に骨が折れても仕方ないこの強力な個性と秘伝忍法の合体技を、オールマイトは折れる事なく片腕だけで、空の天気を変えたその一本で防いだのだ。

 

(――衰弱したとは言え…アレを耐えるか…)

 

「ヒーローと忍は多いよな」

 

 唐突に語り出すオール・フォー・ワンに、オールマイトは何を言ってるのか、検討も付かず表情を曇らせる。だが、次に放つ言葉で、その意味も全て理解出来る。

 

「守るものが――」

 

 その言葉で全て理解した。

 現在、こうして戦ってる間に、何千人何万人ものの被害が出ているのだと。

 これほど大規模な戦いで、被害者が出ない訳がない。

 既にビルや建物はドミノ倒しのように崩壊し、中には死者までも発見されている。

 ヒーローたちが救けに入り、この街に隠れ潜んでた忍、または任務のオフで街を歩いてた忍までもが、救出活動を行なっている。

 

 平和の象徴と悪の象徴がぶつかり合えば、こうなることは必然。

 況してや、誰かが傷つき苦しむ姿こそ、オール・フォー・ワンの望むもの。

 

「黙れ!!」

 

「――ッ!?」

 

 ギチッ!と嫌な音が耳打ちするよう鮮明に伝わる。

 マスク越しで解らないが、初めてオール・フォー・ワンが嫌がる声を、苦痛を出した瞬間だ。

 

「貴様はそうやって!いつもいつも人を弄ぶ!!

 壊し!奪い!付け入り支配する!!」

 

 ゴキキッ!と骨が軋む音などオールマイトは意に介さず、力強く握りしめたまま離さない。

 

「忍を自身の良い道具として使い!死へと追い込ませ嘲笑うお前のその姿こそ!何よりも憎い!!」

 

 かつて、コンビとして協力して来た最愛の友は、こんな汚れた外道に全て壊され、奪われた。

 今でも思い出す。

 彼女を殺して嘲り嗤うこの男の姿を思い出すだけで、頭に血がのぼる。

 

「日々平和に暮らす方々を!貴様という理不尽が嘲り嗤い全てを奪う!!

 私はそれが絶対に――

 

 

 

 ――許せない!!!」

 

 もう片方の拳を、オール・フォー・ワンの顔面に殴り込む。

 黒いマスクは壊れ、中から血に似せた赤黒い液体が少量吹き出す。

 

「俊典…!」

 

 もはや戦意喪失となった半蔵とグラントリノは、地べたに這い蹲りながらも、オールマイトの背中を眺めている。

 アレは間違いなく、オール・フォー・ワンをやれたはずだ。

 

(しまった…活動時間に限界が…!!)

 

 蒸気で身は隠れてるものの、顔の半分は俊典の姿が垣間見える。

 吐血しながらも、息遣いは荒らく、とても無事とは思えないその痛々しい姿は、見てて心苦しいもの。

 それを

 

「ハハは、ようやく君らしい顔になったじゃないか」

 

 その言葉に我に返ったオールマイトは、恐る恐ると、オール・フォー・ワンを見やる。

 拳は確かに当たってる、のだが――

 

「感情的になる所は、昔と変わらないね…そう言う奴だったよなお前は……

 一体誰に似たんだか…いや、同じような台詞に、変わらぬ折れぬその正義感、君はあの二人に似てるな」

 

 傷が無い。

 ブニィと柔らかい感触が嫌に拳に伝わり、シュコォー…シュコォー…とした音が静かに聞こえる。

 

「一人はワン・フォー・オール先代継承者にして君の育手となった師匠、〝七代目〟志村菜奈――もう一人は…

 オールマイトの最愛たる友と呼べる、カグラを超越した、正義感溢れ、たった一人で僕の前に立ち阻んだ女――陽花、本名〝天咲(あまざき)光芭(みつば)〟」

 

 絶望は、まだ消えない。まだ終わらない。

 陽花、その名前はかつてオールマイトと供を過ごし、犠牲を出さまいと、たった一人で巨悪に立ち向かった、少女の名前だ。

 

 

 




オール・フォー・ワン…原作以上に禍々しい歪んだ強キャラになっちゃったよ…(超震え声
この話でようやく終盤に入る感じかな?
それと死柄木と雪泉の対立関係についてなんですか、当初の設定ではそんなに意識しない感じにしてたのですが、雪泉の原作設定では悪の憎悪は消え去っても、赦した訳ではなく、また無慈悲に悪を討つことも月の正義と言っていたに対して、死柄木は完全に雪泉が思い描く悪そのものなので、死柄木との戦闘もあり得るかも?まあ、主人公は飛鳥だけじゃなく雪泉も主人公ですからね。


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