一応皆さんに報告です。
もしかしたら投稿ペースかなり遅くなると思います。これでも日に日に書いてるんですけど、少しスランプ気味というか…思うように文章が書けないというか…少し辛いですね…(苦笑)
ああ、それはそうと僕のヒーローアカデミア三期おめでとうと御座います。次回は林間合宿編なのかな?とても楽しみです。
107話「救ける、救けない」
闇夜の中、静かな空間に燃える炎の森。
敵襲撃から15分後に、救急隊員と警察が林間合宿にやって来た。
どうやらブラド先生が通報してくれたみたいで…他にも、複数名の上忍達がやって来た。
ただ、通報にやって来た救急隊員達の事など知らない、森の中にいる皆んなは、緑谷の悲痛の叫びに反応しやって来る。
お茶子、蛙吹、四季、美野里、他にもマスタードを連れた拳藤、夜桜、鉄徹。
他の皆んなは全員毒ガスで意識不明になっている。
「これ……は?」
「デク……くん?」
「爆豪くんは?雲雀ちゃんは?」
皆んなが駆けつけにきた時には――もう…
「あああァァァァァァァぁああああぁぁ――!!!!」
完全敗北――
涙を流し、己を責めんばかりと、何度も何度も頭を地面にぶつける。
己の弱さに、友を救けれなかった未熟さに、不甲斐なさに、こうしてられる事しか出来なかった。
頭からは何度も骨を打つような激痛が走り、出血する。
緑谷を止める為に、障子と轟、常闇は緑谷を落ち着かせるべく抑える。
この光景を見た皆んなは、ただ固唾を呑む事しかできなかった――
「飛鳥…ちゃん?これっ……て」
お茶子がソッと言葉を添える。美野里も恐る恐る…低い身長を更に低くして下から顔を覗き込む。
「……飛鳥……ちゃん………泣いてる…の?」
ポタポタと、雨雲から降る雨の雫のように、飛鳥は緑谷と同じく、己の未熟さと弱さに、涙を流していた。
…いや、違う。正確には…雲雀を救えなかったという事実に、涙を流してるのだ。
どうしてだろ?
救うって決めたのに、必ず手を出して、救けるって決めたのに…仲間を救けれなかった。
柳生は無言で何度も木に拳を当て、飛鳥を睨みつける。
どうして、どうして雲雀を救えなかったんだ…という鋭い視線が突き刺す。
「御免ね皆んな…ごめんね……皆んな……」
目の前の仲間を救えなくて、己の無力さに…心が凍てつくかのように悲しみに染まっていた。
瞼を閉じると、雲雀が「救けて」と叫びながら、先ほどの光景が浮かんでくる。
浮かべば浮かんで来るほど、涙が止まらない…
何が起きたか、その時を最後まで見てない人達は、ただずっと見守る事しか出来なかった…
自分たちだって本当は嘆きたい…仲間を、友を救えなかった辛さは、死ぬほど苦しい…
でも、それよりももっと辛いのは、目の前の友を、仲間を救えなかった彼達だ。
忍学生を含めた46名の内、敵の毒ガスに被害を受け意識不明となった数は15名。
重・軽傷者は全部で15名、無傷で済んだのは13名。
そして、誘拐された行方不明者二名。
プロヒーローの六名の内一名が頭部による重傷を負ったピクシーボブ、もう一名のラグドールは行方不明となった。
捜索したものの、結局警察の手では見つかる事なく、敵連合による拉致の可能性が高いと判断した。
一方、代わりと言ってなんだけど…
警察はマスキュラー、ムーンフィッシュ、マスタードの三名を捕縛。組織に派遣された上忍は黒佐波一名を捕縛し、計四名が現行犯逮捕された。
楽しみにしてた林間合宿は、中止という形で幕を閉じた
翌日。
メディアやマスコミは雄英高校の取材を取るべく門の前で待ち構えている。
一目見れば分かる通り、かなりの数だ。
写真を撮る者もいれば、今回の騒動に批判の声を上げる者、様々な人間が嵐のように殺到していた。
セキュリティーで守られてるとはいえ、この状況は見てるだけで見苦しいもの…
「敵との戦闘に備える為の合宿で襲来…しかも相手が敵連合と来たものだ……
向こうは忍の戦力を持っている…恥を承知でのたまおう――我々は甘かった…敵活性化の恐れ…そして雄英のセキュリティも――」
会議室。
嫌に静かな空間が室内を支配し、緊縛とした空気が流れていた。
数名の教師が椅子に座り、面揃って会議を行っていた。
会議の内容は当然のこと、「爆豪勝己と雲雀の拉致」「敵連合の襲撃」「忍の結束」の三題だ。
爆豪勝己だけでなく、忍学生の雲雀が拉致されたことは大きい。タダでさえイかれた連中が何をしやらかすか理解出来ないのに、あの二人が何かされると思うと辛い…不安が心を煽る。
仮免許可を含め、敵と忍への対抗の術を身に付ける為に行った強化合宿に突如、敵連合が襲撃したケースに関しては幾つか可笑しな部分があった――
先ず、緑谷と飛鳥が死柄木に遭遇した時から危険性と最悪な予想を防ぐ為に合宿先を変更した為、相手に悟られることはまずない…
この事を知ってるのは数名の教師陣、合宿先のワイルド・プッシーキャッツ。
だが、敵連合はまるで知ってたかのように用意周到な作戦で攻めて来た。
それぞれの陣形、配置、更には生徒の情報など、向こうは全てを把握していた。
何故、生徒や親にすら悟られてない事を、向こうは知ってたのだろうか?
そして忍の結束も極めてデカイ。
向こうがその気になれば、抜忍が公共の場で忍術を使う危険性だって大幅に高い。
抜忍はヒーローからの視点では敵と認識するので、最低限は問題ないが、忍は目立った場所への露出は厳禁だ。
ヒーローが対抗するにしても、力の差と相性で埋もれてしまう。それは、善も悪も関係ない――
奴らが暴れれば暴れる程、社会の秩序は壊され、ヒビが入り、超人社会は滅んでしまう。
今頃奴らは今回の騒動を利用し仲間集めに専念するだろう…しかも向こうの情報どころか、手掛かりすらも掴めてないのに…
「こんだけ計画された派手な襲撃を幾度となく仕掛け、我々の捜査網に掛からない…
裏で何かが起きてるかのような…そんな気さえ感じます」
「この際だから信頼云々言うが、これを通してハッキリ分かった…
ぜってェにいるだろ、
マイクの一言に、その場の全員が固まる。
嫌な空気は更に気不味さを増し、一同は沈黙する。
「教師人じゃなかったにしてもだ!生徒の可能性…いや、忍学生だってあり得るさ!
携帯の位置情報とか――」
「やめろマイク。性懲りもない今、焦って内通者探しをするべきじゃねえ」
「止めるなよスナイプ!この際だから洗いざらいしよーぜ!白黒付けんなら今だろ!」
「じゃあ聞くがテメェが白だと100%証拠が出せるか?ここの全員がそうだと断言できるか?」
いや、無理だ。
マイクは野良犬のような唸り声を出す。証拠がない今、内通者を探したとしても内側から崩壊していくだけ…それこそ敵の思惑通りだ。
開ける気持ちを押し殺し、今はこの最悪な状況をどう打破するかが問題。
ましてや体育祭の時みたく、屈さぬ姿勢は取れるはずがない。生徒が拉致されたという雄英最大の失態が、社会全体に大きな不安を煽ぎ、ヒーローへの信頼を無くしていく。
マスコミの大きな批判の嵐が殺到する、その為根津校長と供に相澤やブラドには謝罪会見に出席することとなっている。
「私は腹が立つよ…無理にでも林間合宿に同行していれば…少年少女達があんな悲惨な目に遭わずに済んだものを…
心底腹が立つ!今すぐ己を殴り飛ばしたい気分だ…!」
深い怒りを孕ませたため息が、オールマイトの口から汽車の煙のように噴出する。
眉間には青筋がくっきりと映し出され、ガリガリの体でも、その威圧感に誰もが口を閉ざしてしまう。
それは長年平和の象徴と謳われたトップの実力から来るものか、はたまた圧倒的威圧感のある正義感が身の内から溢れ出したのか…
「取り敢えず…だ。
内通者探しは後にしよう、問題なのはこれから先どうするべきか…だ。いつまでもマスコミやメディアにこのままの雄英の醜態を見せる訳にもいかない、それは…
半蔵学院も同じこと――」
暗い闇の世界が、宇宙のように広がる。
真っ暗な世界で視界は見えない…気配もなければ何もない虚無の世界。
冷たくもない、暑くもない、無情の空間――
そこに一人の少女が佇んでいた。
「ここ…は?」
赤いスカーフがお似合いの忍学生少女、飛鳥は辺り一面をキョロキョロと見渡す。
まるで小さな子どもが親とはぐれ迷子になったかのような可愛い仕草をしながら、飛鳥は辺りを見回す。
しかし誰もいない――
「えっと待って…私はあの後確か…」
そうだ、確か組織に派遣された上忍に運ばれて、そこから疲労と痛みが解放されたかそれに伴い眠りに就いたんだ…
後のことは覚えてないし記憶にない、先ず知らない。
「と言うことは…夢?」
『そうよ』
「ッ!?誰――!」
後ろから、突如声が聞こえ飛鳥は気迫の声を張って振り向く。
普通ならそこまで警戒しず、天然見たく「え?は〜い?」としたのほほんな声を発するのだが…普通じゃないからこそ飛鳥は殺意と敵意、警戒心を最大限に引き伸ばす。
だって、此処には人の気配も無ければ本当に人すらいないのだ。先ほどまで気配もなかったのに…だ。
此処は多分夢に違いない。夢だと言う確証が確実にある訳ではないのだが、感じ方からすれば夢のはず…なのに、今現実にいるかのような引きのばされた、聞きなれない嫌な声がこの世界に、飛鳥の耳に鮮明に届いたのだ。
警戒しない訳がない。
振り向くと、そこにはにわかに信じ難いモノが彼女の目に鮮明に映し出されていた。
体色が毒々しい黒紫色に染まっており、眼は黒く、異形な形をした生き物が、飛鳥の真正面に向くよう佇んでいたのだ。
その姿は一言で言えば竜に近いものだった。
無数にある牙は長年研ぎ澄まされたかのような、鋭利なナイフを連想させる切れ味を持ち、翼は闇の羽衣を思い浮かばせる禍々しいマントに似せた翼。
四足歩行の竜は、飛鳥に近づいてくる。彼女も後ずさりしようとするも、思うように体が動けない。
恐怖のあまり、体が言うことを聞かないのだ――まるで蛇に睨まれた蛙のように、飛鳥はただただ得体の知れない化け物を、見続けるしかなかった。
『夢だから、我はテメェを傷つける事、出来ない。だから、話し合うことしか、出来ない』
まるで機械的な物難しい語り出し、獣のような呼吸が飛鳥の耳に鮮烈に届く。
「貴方は…何者……なの?」
『我は僕だ、私は俺だ』
「……?何を…言ってる…の?」
『そのまんまの意味だよ、いや…まだ潮時じゃないわ。貴様が我の存在を知るのは速すぎる。知るならこの姿だけで充分さ』
独特な喋り方に、飛鳥は訝しげな視線を向ける。取り敢えず自分はコイツの正体も、素性も、名前すらも知る権利は無いという訳か。
そう解釈すると何故だか遠回しに自分が弱いと言われてるようで何だか無性に腹が立つ。
『別に僕の存在は知らなくて良いんだよ、問題はテメェだよ、飛鳥――』
え?何で自分の名前を――?
いや、これは夢だ。自分の夢なのだから、自分の名前を知ってても仕方ないのかもしれない。
『キミじゃ、何も救えなかったね。何も、誰も、守れなかったね』
「ッ――」
カッターナイフのような鋭い刃物が突き刺す言葉に、飛鳥はコイツが何を言ってるのか、直感で理解した。
『お前の所為で、爆豪くんと雲雀ちゃんが悲しんだね?苦しんだね?傷ついたね?可哀想だね?
お前が手を差し伸べても、誰も掴めやしねェのさ』
「違う!私は――」
『違わない、違わねえよ。お前の弱さが、あの子等を不幸に陥れたのさ。
お前さえ強ければ、アイツ等は拉致されずに済んだんだよ』
ああ、言われてみれば――そう納得してしまいそうになる。もし自分が強ければ、黒佐波に苦戦することなんて無かったかも知れないのに。
深傷を負うこと無く、蒼志やトゥワイスだってその場で倒せたかもしれないのに、自分が弱かった所為で、それが裏目に出て敗北してしまった。
それは、弱い自分が一番知っている。
『なぁ、忍って楽しいか?忍をやってて何になる?何の意味が、価値が、理由が、キミにある?お前が、テメェが、貴女が、貴様が忍じゃなければ、こんな引き裂かれる想いなんてしなかったんだよ。
つまり、忍の道を選んだお前の
確かに、忍じゃなかったらと時折思えてしまう自分が何処かにいたのもまた事実。図星を突かれ、飛鳥は口をもごもごしながら戸惑い、動きを止める。
此奴の正体も、素性も、名前すらも分からない得体の知れない化け物の言葉に惑わされてしまう。
そんな得体の知れない化け物の言葉に、納得してしまう自分が、何よりも許せないこともまた事実なのだから。
『――忍になるなんて辞めちまえば良かったんだ、これで分かったろ?アンタが忍になる資格なんて無いって。
思わなかったかい?貴様が忍になるなんて、荷が重過ぎるってよォ?それこそ、半蔵の名を背負う資格なんて無えように、テメェじゃ仲間の命すら背負うことだって出来ねえんだよ』
これは、幻覚か?いいや、悪夢だ。
自分の弱さを責める悪魔だ、竜だ、化け物だ。
耳を傾けるなと思いながらでも、それが出来ない。虫が脳に這いずるような悪寒に、飛鳥は苦虫を噛み殺した苦い表情を浮かべる。
これが、自分の知らない隠された本性なのだろうか?想いだろうか?
人間、自分の本当の気持ちに気がつかない事は誰にでもある。
だから当然、自分の知らない本性を見せられると、こうなる。
『何が刀と盾さ?お前は何も守れてない、力なんてない、お前じゃだーれも守れない。
理解出来たか?貴様じゃ忍にはなれないって』
正反対の自分が目の前にいるとさえ錯覚してしまう、得体の知れないコイツは飛鳥の真横に顔を出し、悪魔が囁くように、呟いた。
『逆に忍じゃないお前はどうさ?もしかしたら、そっちの方が貴様に似合ってると、相応しいと思うよ?
例えば、極普通にいる一般女子生徒のように、友達と平和ボケして遊んでたかもしれない…でもそれが悪いわけじゃない。それも一つの選択さ――
例えば、実家の寿司屋の経営だって悪くない。テメェは太巻きが好きなんでしょ?だったら、貴女は将来の仕事に就くべく父親と母親の下で働いたって良いじゃないか?
何も悪いことじゃない筈だ、寧ろ…前に忍になると断言して母親と喧嘩になって、傷ついた頃よりかは』
それだけじゃない。
忍の基礎訓練ですら虫の息になったり、軽傷を起こしてボロボロになったり、生傷が絶えなかったり、忍の事で家族一丸で揉め事になったりもしたり、反抗期でよく母親とたわいの無い事で喧嘩したりしたものだ。
『忍が人を救う?逆だ、忍が人を苦しめてるんだ。
お前らは、
――我ら?
『何も変わっちゃいないんだよ忍は。そう、あの時からずっと、
そんな糞ッたれた世界なんざお断りだ。だから、忍なんて消えてしまえば良い――』
――アイツ?
『だから、諦めなさい。これは自然の摂理なの。努力が報われる?――違う、努力は人を裏切り傷付ける。
友情は大切?――違う、友情は悲しみを生ませる。現にキミは悲しんでるじゃないか、涙を流してるじゃないか?爆豪を、雲雀を、友情で結ばれた友を救えず、絶望してるだろ?友情は必ず、何処かで切れるのだから――
勝利は人を強くする?――違う、勝利があれば敗北が存在する。
勝利した人間は、敗北した人間の全てを奪う、惨忍な存在だ。
幸せ、金、名誉、大切な存在、夢、希望、自由、それらを全てな。そしてアンタらは気付きもしない…無意識にそれがテメェらの糧となってる事に――』
また敗北は人を強くする。
敗北があるからこそ、次へと向かって行ける。一部挫折してしまうケースも多いのも確か。だから勝者は敗者へ誘い、敗者は勝者へと誘うのだ。
『だからさ、諦めようよ?そうすれば争いは無くなる。
傷付く事だって無い、悲しみも、怒りも、恨みも、何も持たずに済むんだ。
痛いのは、辛いのは嫌いだろう?だから――ずっと一人で生きていけば良いんだよ――』
コイツの言葉を聞くたびに思う。
辛い、苦しい、悲しい、怖い、嫌だ…と、必死に抗い否定し、自分で自分を維持しようとする自分がいるのだと。
『忍なんて、死んでしまえば良い――
無くなっちゃえ!消えろ!辞めなさい!無意味だ!価値など存在しない!!
――これ以上、無理に続けるのは止めようぜ?
――アンタは友を救えないんだから、やったって無駄だよ?
――お前に何が出来るんだ?
――辞めなきゃ自分を傷つけてしまうだけだ
だから、もう――』
「――嫌だよ…」
『――は?』
飛鳥の弱々しく、涙混じりの声が、化け物の耳に届く。
飛鳥の素顔を覗き込むと、彼女は泣いていた。顔面をくしゃくしゃにして、涙いっぱいだった。
「なんで…?何で……そんなこと、言っちゃうの?……どうして、全てを否定しようとするの……?」
確かに忍の道のりはヒーローと同じく厳しい。忍の定めは死の定めだから、危険を冒すのは至極当然だ。
生半可な覚悟じゃ望めないし、掴めやしない。
友を救えなかった。
ああ、そうだ…自分は仲間を救えなかった。あと一歩という場面で、不条理な連中は希望を摘み取った。
それ以前に、自分が弱くてどうしようも無かった。
だから、自分が忍になる。なんて宣言しても説得力の欠片もない事など承知だ。
コイツの言ってることは、全部間違ってないのだから――
ある一点を除いて――
「どうして、そんな悲しいことを言っちゃうの…?
一人になれば良いなんて…そんな事、言わないでよ――」
『何が分かる?誰も救われなかった人間の気持ち。病だと呪いだと罵られた人間の気持ち。生きてるだけで罪だと罰せられ殺され掛けた人間の気持ち。人と関わらないようにと自分を殺して生きていく人間の気持ち。誰にも見向きされずに、生きる事を否定された人間の気持ち。愛、家、希望、夢、家族、それらの光を求めても、浴びたくても、それを許さない、許されない人間の気持ち。テメェに、アンタに、貴女なんかに、貴様如きに、キミに何が分かるんだい??』
「分からないよ!!分からないけど…でも、でも!!!」
『忍に全て奪われ、殺され、騙され、傷つけられ生きてきた人間の気持ちが、忍に分かる訳がない!!ならいっそ、滅んでしまった方が良いのさ!!!
お前らは多くの過ちを冒しすぎた――だから、忍も、カグラも…我を滅ぼし掛けた◾️楽も、滅んでしまえば良い!!』
ゴァッ――!!
巨大な鋭利な鉤爪が、飛鳥を引き裂こうと迫り来る。
飛鳥はソレを避けようとしない。
コイツが先ほど「夢の中では傷付けれない」と言っていた。その意味も兼ねて飛鳥は避けなかったのだが、もう一つの理由は恐怖で足が動かなかった訳ではなく、硬直して動けなかった訳でもない。
本当に動けなかったのだ。
早すぎて体が対応出来なかった…と言えばソレに近いし、完全にそうだとは言い切れない。飛鳥自身も、なぜ避けなかったのかは知らない。
ただ、ソレと同時に…バチンとて放電の火花が散るように、電源のスイッチを切るかのように、悪夢はココで途切れた――
「……ん」
眩しい朝日の光が窓から差し込み、太陽の日光が飛鳥を照らす。
見慣れない天井に頭の上に「?」を浮かべるしか出来ない飛鳥は、数十秒ボーっとしてようやく思考が働く。
さっきのは夢で、今見えてるのが現実。
横を見ると、木製のテーブルの上には白い皿に盛られた太巻きがある。手紙には「起きたらお母さんに連絡しなさい。お爺ちゃんは大事な要件があるので連絡は出れません」と油性のマジックで書かれていた。
文字から読むに察して恐らくお母さんなんだろう。お母さんもよく太巻きを作ってくれた。じっちゃんの太巻きも好きなのだが、お母さんが作ってくれる太巻きも中々絶品で、流石は寿司屋を経営してるだけの事はあるなと納得してしまう。
「という事は…此処は、病院…?」
飛鳥は目をまん丸にして起き上がろうとするものの、体の傷がまだ癒えてない所為か、ズキズキとした痛みが、身体中に電流が流れるように激痛が走る。
よく見ると身体中や胸など包帯が巻かれており、湿布も貼られ、点滴も打っている。
自分がどう言った状態なのか、直ぐに理解できた訳で、理解に到達するのに時間は掛からなかった。
「他の…皆んなは?」
ここは林間合宿近くの病院。
個室だからか、自分以外誰もいないし見当たらない。
緑谷くんは?柳生ちゃんは?常闇くんは?皆んなどこに行ったの?
不安が靄のように引っかかる。
するとガララ…と、タイミングよく病室の扉が開かれる。
そこには――
「おや?飛鳥さん目を覚ましてますね…?」
黒髪ロングがお似合いで、清楚な雰囲気を漂わせるクラス委員長、斑鳩の姿だった。
そこからか、後ろから波が押されるように人混みがやって来る。
半蔵学院のメンバーだけじゃない。
死塾月閃女学館のメンバー全員に、焔紅蓮隊、蛇女の両備と両奈、紫も入ってくる。
「飛鳥…さん……?その、傷は……」
雪泉は恐るおそる口を開き、飛鳥を見る。彼女自身は気付いてないのかもしれないし、半蔵学院のメンバーは昨日の深夜近くにやって来たので、二度目で見慣れてるから大して大きな変化は見せないが、他の連中はボロボロの飛鳥を初めて見る。
そう、体全身打撲で数カ所の骨を折り、臓器をやられ、筋肉も疲弊し見るに傷だらけで惨たらしい姿。
因みに夜桜は軽傷で済んでたので治療を受けて何とか退院、四季も頭部に傷があるものの、治療を受け包帯を巻いてるため何とか退院。柳生は体全身に刃物による傷が絶え間なくある為、治療は成功したものの、無理には動けない。また無理に動いてしまうと切れ目が開いてしまうので、退院こそは可能だが、忍による修行や鍛錬は出来ない。
「飛鳥!お前…誰にやられた!?誰がお前にこんな事したんだ!!」
焔は血相を変えて飛鳥に食らいつくかのように駆け出し近付いてくる。今にも胸倉を掴まれそうな気迫だ。
最初の焔はソワソワこそしてたものの「飛鳥め、何やってんだ…私以外に誰にも負けるなと言ったのに…」と強がりを見せていたものの、目の前の悲惨な彼女を目の当たりにして、取り乱れ、ライバルなんて関係なく、飛鳥を本気で心配する。
昔の彼女からは考えられない熱意と動き、想い。言葉では言い表せない彼女なりの優しさ。
しかしその目には、飛鳥にこんな酷い目に遭わせた敵連合への怒りを燃やしている。
「うわぁ…飛鳥さんまで……傷が酷い………やっぱり、外は怖い……」
紫はビクビクと子犬のように小刻みに震え、愛用のクマのぬいぐるみ、べべたんを抱きしめる。ふんわりとした人形の柔らかさが何とも、温もりがこもっており、暖かい。
「皆んな……」
皆んながお見舞いに来てくれた事に、ここまでして自分を心配してくれる人間を前にし、氷が溶けるかのように、じんわりとした涙を浮かべる。
「飛鳥さん…」
雪泉も飛鳥に歩み寄り、焔の隣に立つ。
か弱い、ボロボロで、生傷が絶えないその柔らかい、優しい手を、そっと握る。
女性同士とはいえ、なんだか無性に照れてしまう。手を握られたことはあまり無いし、雪泉みたいな美人になら尚更だ。
緑谷の手を掴んだ時は、筋肉でガッチガチで、男らしい手なのだが、雪泉のその柔らかい手はまるで雪そのものだった。
触れてしまえば溶けてしまいそうな滑らかな手は、いつまでも握っていたい気分だった。
「……私たちが、日常を過ごしてる中、飛鳥さんは……」
悪に立ち向かい、挙げ句の果てに致命傷を負い敗北した。
これが忍の世界なら、彼女は捨てられていただろう。忍の世界は無情で無慈悲だ。使えないと判断されれば例え相手が男だろうと女だろうと迷わず斬り捨てるのだから。
しかし、今回は例外に当たった。
「敵連合…私は、あのような悪党集団を許せません……飛鳥さんや柳生さんのみならず、私たちの家族…夜桜さんや四季さん、美野里さんを傷つけた……私は、敵連合を絶対に赦しません」
何より飛鳥にこんな目に遭わせた悪など論外。生きてることすら不思議でならない敵連合という存在は、雪泉への憎悪の炎を燃やし上げるのに充分だった。
「それは私も同感だ。飛鳥の獲物は私だ!それを横取りしようとし、挙句私たちの天敵とあらば、黙っちゃいられない…」
焔も同じ気持ちだった。
尤も、漆月のツケがあるし、連合の事件を前に黙って見過ごすほど焔達は生温くない。
蛇女の誇りは、今でも彼女たちの中にあるのだから。
「でもさ、どうするの?」
しかし、ここで未来が釘を刺す。
焔や雪泉は未来に振り向き疑問を浮かべた顔を見せる。何が、どうするとは?
「確かに雲雀を攫っちゃったのは許せないけどさ、その肝心の連中の居場所はどーすんのよ?」
――あっ、と此処で一言詰まる。
幾ら自分が正義感で息巻いても、連中の居場所が解らなければ、捜索することも不可能だ。
「そもそもアタシ達が動く理由にはならないし、第一ここは大人しくしといた方が身のためじゃない?」
ここで同じく、未来と隣立つ貧乳スナイパー、両備も釘を刺すように口を出す。
「両備さん、何を言って――」
「だってさ、連合に攻め込む任務なんて来てないじゃない。居場所も分からず無鉄砲に探すなんて馬鹿馬鹿しいし、そんなもん小学生でも分かるッつーの」
口こそ悪いが、これでも両備の言ってる事に反論は出来ない。
そもそも翌日経ってから霧夜先生を見てないし、半蔵だって見かけてない。
任務の内容もなければ、当然任務外での執行など言語両断だ。
下手すれば死刑にすらなり兼ねない。
「だから、ここは大人しくしといた方が身のためじゃない?って事よ」
「ワシもその意見に賛成やで」
「日影!?」
「悪いな焔さん、確かに焔さんの気持ちは同じや。けどな、全国の忍ですら捜査網に引っかからん連中やで?しかも相手は相当な手練れなんやろ?六人でも手も足も出ず虫の息にされたっちゅうに、焦って行く必要はないで」
「両奈ちゃんは痛いの好きだし気持ち良いけど、これで死刑にされたりしたら嫌だなぁ。それこそお姉ちゃんのためにならないし、両奈ちゃん達は下手するよりも大人しくしてた方が、絶対いいと思うんだワ〜ン♪」
「私も…同意見です……仮に、場所が分かったとして…ど、どうするです…か?その、えっと……何を…目的として…?
雲雀さん達を救けるのか、連合を相手にするのか…両方は……無謀過ぎますし……」
或る者達は、連合に行くに反対する人数が少数出た。
未来、両備、両奈、日影、紫、本当は彼女らも連合のことは許せない。しかし、無理に探したとしてどうだ?自分たちはまだ学生という立場の身…まだ立派な一流の忍じゃない。
無断で、任務外での戦闘はご法度だ。
それは、忍学生でも知っている。
「じゃあ、貴女達は…連合の悪事を見過ごすと言うのですか?」
しかし、雪泉の言葉も間違ってはいないのだ。任務だから、場所がわからないから、と言いつつ結局立ち向かう意思はどこにも見当たらない。せめているとしたら日影か未来だろうが、蛇女の三人はそうでもないらしい。
因みに雅緋と忌夢がいないのは内緒である。
「アタイは我慢ならねーぜ!!もう何度も飛鳥達が連合に襲われてんだぞ!?黙っていられるかよ!」
「俺も賛成だ…俺を貶めるのはまだ良い…だが、雲雀を奪った事実は確か…俺はアイツ等が許せない」
「これだけ全国の忍達がかれこれ何ヶ月も探してるのだ、流石に手掛かりは掴めてるだろ?ならば微かな情報を聞き出し、洗いざらい探せば、見つかることだって可能なはずだ」
「それ以前に、私達は蛇女の事がありますからね」
「私の可愛い雲雀においたした連中は、全員まとめて強調しなくちゃね?」
また連合の居場所に乗り込もうとする連中も少数前に出る。
葛城、柳生、叢、詠、春花は義憤をその目に燃やし、今すぐにでも連合に駆けつける態勢だ。
だが…行くか反対かのグループに分かれてる中、答えが曖昧な学生も少数いることに変わりはない。
夜桜、美野里、四季は俯けたまま何も答えない。
だが、斑鳩は意を決したように前に出る。
「…皆さん落ち着いて下さい。
ここは、ヒーローと上忍達に任せましょう」
皆んなの前で、ハッキリとそう断言した。それはつまり――
「…ッつーことはだ、斑鳩。お前は、反対なんだな?」
葛城は嫌に真剣な眼差しを斑鳩に向ける。いつものセクハラ親父ではなく、本当に、一番付き合いの長い友の、真意を問うかのような、熱く鋭い眼差し。
「勿論です」
「テメェは雲雀が捕まって悔しくねェのかよ!!!!」
堪忍袋の緒が切れる。
葛城は抑えられない忿怒に思わず胸倉を掴んでしまう。拳を固く握り締め、思わず今でも殴りそうな雰囲気だ。
一瞬で空気はドンやりと重くなり、気不味い空気の流れとなった。
他の連中は良い。
いや、良いと言う訳ではないのだが、それでも彼女らは半蔵学院のメンバーではないので、他の人に対して怒りは持てなかった。
だが同じ屋根の下で、共に切磋琢磨し合った仲、下級生や上級生など関係なく、家族のように接して来た半蔵学院のメンバーたち。
行かない、と言うことは、つまり雲雀を救けに、そして連合を見逃すという事。
だから、斑鳩は葛城の手握ってる手首を、思いっきり、ギリギリと音がなるくらい痛く、強く握り返す。
「私だって悔しいに決まってるじゃないですか!!!雲雀さんが今も連中に何かされてると考えるだけで虫酸が走ります!!
雲雀さんは私たちの仲間ですよ?当然です。
ですが、居場所が解らない上に、飛鳥さん達をこんな悲惨な結末へと変えた集団ですよ?
私たちが連中の位置情報が判ったとしましょう。もし、私たちが殺られたとしたら?
雲雀さんは喜ぶでしょうか?
いいえ、雲雀さんにとっても私たちは大切な仲間…殺される姿は見たくないはずです。
これが単なる言い訳かもしれません…それでも構いません。
ですが、任務も与えられず、無許可で動くのに変わりは無い。そして雲雀さんを救けたとして、この事実が世間中に知れればどうなります?少なくとも忍への資格は剥奪されることは確実でしょう。
私たち約束しましたよね?全員で立派な、一流の忍になる…と」
空気の流れが濁るように重さを増し、重力空間にいるように心がより一層重くなる。
葛城も流石にぐぅの音は出せないか、奥歯を噛み締め、手を離し、後退りする。
そうだ、自惚れるな。
自分たちは忍学生だ、上の命令や許可なく動いて良い理由が彼女らにはあるハズが無く、自分たちは忍の段位にいる訳ではない。
忍ではなく、忍学生なのだから――
「…でも」
それでも…
「私は…」
雲雀ちゃんや、爆豪くんを――
「救けたい――」
その小さなか弱い声が、皆の耳に届き、一点集中するように、視線が飛鳥に注がれる。
飛鳥の出す決断は――
前半かな?あの黒い化け物は一体なんだったんだろ〜な〜(スッとぼけ