はいどーも皆さんこんにちは、昨日に続き今日も休まず投稿する作者です。
次回でようやく100話になるんですよ!
番外編やっちゃおっかな!100話記念として!
ネタは幾つかあるので、タイミング良ければやって行きたいと思います!
今思えば、僕がオールマイトに憧れたのは何時だろう?
それは
それはとても懐かしくもあり、輝かしかった。あの頃の事を思い出すと、何故か複雑な気分になる。
あるニュースの動画。
それは昔に起きた大災害の直後、オールマイトがたったの一人で数百人ものの命を救い出したと言う、逸話を遺した有名な動画。
どんなに苦しくとも、笑顔で人を救ける彼のその姿は、とても輝かしく、まさにヒーローそのものだった。
それがきっかけだろう。
緑谷は眩しい笑顔で、高ぶる気持ちを抑えきれずはしゃいでいた。
カッコいい、凄い、そう言った尊敬に値する眼差しを放っていた。
お母さんもそんな出久の表情を見て喜ばしくも思った。
父は物心付いた時から海外に出張しており、家に帰ってくる事は殆ど少なかったので、お父さんというのがどんなものかは当時は分からなかった。
他にも尊敬するヒーローは幾らでもいるだろう…
例えば烈怒頼雄斗とか13号とか、デビューしたてのインゲニウムに、ネットの評判こそ悪いが、No.2にまで上り詰めた男…エンデヴァー。
多くのヒーローがいれば、尊敬だって持つだろう…でも、出久が選んだのは…他の誰でもない、オールマイトただ一人。
理由は漠然としてる、他のみんなから見てみれば普通の人と偽りなく変わらないだろう…
でも、理由なんて関係ない――
だって、憧れちゃったんだから…自分の気持ちに嘘は付けないし否定できない…なっちゃった物は仕方ないじゃないか…
だから、認めたくなかった。
医者から『無個性』だと言われたあの時は――
その時は後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
どんな個性なのか、期待し胸を高鳴らせていた、しかし緑谷には個性がない…そうハッキリと断言された。
最初は病気かと思った、しかし病でも障害でも何でもない、ただ単に個性がない、ただそれだけだった。
夢でありたかった…個性がない人間などヒーローになれる訳がなく、ヒーローになりたくても今の社会…厳しい世の中、オールマイトみたいになる事なんて夢のまた夢…それこそ幻想と呼ぶに相応しかった。
今でも覚えてる、あの時の言葉を――
『お母さん…どんなに困ってる人でも、笑顔で救けちゃうんだよ…?
超カッコいいヒーローさ、僕も…なれるかな……?』
残酷な現実を突きつけられ、それでも現実逃避をしたくて、どうしようもなくて、泣きじゃくりたくて…嘘だと言いたくて…
目一杯涙をためて指を差す、暗い部屋に映り出る明るいパソコン画面、そこには…オールマイトのネット動画、人を笑顔で救ける最高のヒーロー…
なりたかった、尊敬してた…だからお母さんに聞いたんだ。
僕もオールマイトみたいな、最高のヒーローになれるかな?って。
お母さんは泣きじゃくりながら、抱き締めてくれた。そして何度も「ゴメンね出久」と謝って来た。
個性を持たなかった体に産んでしまって、未来を、夢を叶えさせられなくて、そんな後悔に似た声…
それが酷く傷つき、声に出せなかった。
違うんだよお母さん、お母さんが悪いんじゃないよ…でも、違うんだ…僕が言って欲しかった言葉は――
その頃からか、周りの人から馬鹿にされることが多かった。
超人社会の中、個性があるのは当たり前…逆に無い方がおかしいのだ。
そんな超能力がありきたりな世界、出久はただ一人、無個性でありながらずっと過ごしてきた。
個性がないの?
ダセェなデクって。
無個性?カッコ悪い。
――お前は石っころだ。
友達だった子に、つるんでた子に、女子に、そして幼馴染に馬鹿にされた。
無個性だから、たったそれだけで大きく差別された。
個性がなくても普通の人間なのに、皆んなは個性がないと言う理由だけで馬鹿にしてくるのだ。
別に怨んでるわけじゃないし、至極当然だと思う…だから、個性がないのは認めている。
それが小学校に渡り中学まで続いて…仕方ないしょうがないと無理やり自身を納得させて過ごして来た。
でも、どんなに大きくなっても、成長しても…捨てられないものがあった。
それは――幼い頃から憧れてた…ヒーローになること。
オールマイトみたいな、最高のヒーローになって――
でも、誰もそんなこと認めちゃくれない…現実はいつだって残酷だ、どれだけ憧れても、力がなければ意味がなかった…
だから、すっごく嬉しかった。
あの時、あの人に言ってもらえたあの言葉が、生きて来た中で…一番心に響き、涙を流した。
あの言葉を忘れない…忘れるものか、アレ以上に衝撃な事はない…
『君は―――…』
「あああああああァァァァァァァーーーーーー!!!!!」
天に轟く雄叫びが、大地に響き、森を揺らぎ、天を貫く。
先ほどまでのとは違う威力、本気の力。
気迫ある拳が唸る。
至近距離0の状態で、100%のスマッシュを撃つ。
その代償として腕が折れてしまうのは難点だがそんなの関係ない、今はただこの男をどうにかするのに精一杯だ。
マスキュラーの表情が一瞬で硬直する。
ヘラヘラ笑ってたあの時の顔立ちとは違う。
油断ならない緊迫とした、機器を前にして見せる初めて目を開く顔。
彼の言葉など口から出る前に、緑谷の拳がマスキュラーの顔面に直撃したのだから。
ドバコオオォォオオーーォォン!!!
地雷が鳴り響く音が止まらない、衝撃の余波の影響か、崖は次第に崩れていき、洸汰は地震に足元を掬われ、崖の上から落っこちてしまいそうになる。
「う、わあああぁぁぁ!!」
落下していく洸汰は、涙を流しながら抵抗しようと腕や足を動かす。
しかしそんなものでどうこう出来る訳がなく、虚しく落ちていく。
この崖の上から落ちてしまえば救からない…落下死するだろう…
――ガシッ!
泣き叫ぶ洸汰の動きが止まった。
プラーン…とてるてる坊主のように吊られてる状態の彼は、荒んだ息を安定するべく気持ちを落ち着かせ、止まらない冷や汗を流しながら、自分の服を掴んでる方向へ視線を向ける。
「ごへん…ふっほはしへ…」
ゴメン、ぶっ飛ばして。
彼の言葉にいち早く理解した洸汰は頷きながらも足につくところによじ登る。
緑谷は手で彼の服を掴んでるわけではなく、口を使って固定していた。
服に噛みつき何とか洸汰を救ける事が出来た…
本当なら避難誘導させてからぶっ飛ばすのがこの状況を打破する打開策として相応しいのだが、頭がいっぱいでそんなこと考えられなかった。
しかし何がともあれ、マスキュラーを倒すことに成功した出久は、100%を使った右腕を凝視する。
ぶっちゃけ100%は骨が折れる…冗談じゃない、本当の意味だ。
今思えば、色んなこと無茶して来たなと100%を使う度に思う。
入試試験を初め、対人戦闘訓練、USJ、体育祭、使う度に腕は酷くなって行く。
腕の中で爆竹が爆発されたような痛みは尋常じゃないほど痛い。
「あ、ありがと――」
洸汰は感謝の言葉を告げる。
もし緑谷がいなかったら本気で死んでた、とにかく救かった事に今はホッとするべきだ。
そう、目の前の光景を見るときは、安心していた――
「ここから施設は…行けるね……
飛鳥さん所は…どうなってるか知らないけど…多分無事かな…
何がともあれ早くここから離れなきゃ…洸汰くん、動け――……」
洸汰の顔を見た途端、一瞬にして疑問を抱いた。
なぜ洸汰は怯えてるのだろう?
涙を流しながら、まるで幽霊を見つめてるかのような、恐怖に染まった顔。
洸汰の視線の先…それは丁度、今土煙が巻き起こってる方向…緑谷がマスキュラーを殴り飛ばした方角だ。
「洸汰…くん?何を見て……」
本当に幽霊なら願いたいものだ、そうであって欲しかった。
しかしそれよりも恐ろしいものがいる。
ムクリと起き上がる黒い影、そこには人影ではなく、異形な形をしていた。
しかしそれが段々と人の姿に変わっていき、その影は邪魔な土煙を吹き飛ばす。
ブワォッ!と霧散されていく土煙などお構いなく、緑谷は目を疑った。
目の前の光景に息を呑み、疑問が頭の中を埋め尽くす。
嘘だろ?は?何で…そんな…こと…
いや、だって…だって僕の個性は…そんな…!
「いつつ、火事場の馬鹿力っつーヤツか?
マジでやりやがったな…」
ワン・フォー・オール。
譲渡する人間、受け継ぐ人間、それらが力を培って行くことで個性は次第に強くなっていく。
オールマイトの100%は、拳の一発だけで天気をも変えてしまう怪力を誇っている。
パワーなら誰にも負けない、世界一といっても過言ではない。
入試試験では軍事防衛兵器、巨大仮想敵をワンパンで破壊に追い込み戦闘不能にした。そんな超パワーを食らったにも関わらず、男はニタリと笑う。
血狂いマスキュラーが立っているのだから。
絶望が、戦闘欲に刺激されたのか先ほどの余裕の笑顔はない。
衝撃のあまりか、左目に付いてた義眼は取れている。
「テレフォンパンチ…
今のはガチで効いたぜ…良い
嘘だろ?
オールマイトの力だぞ?100%の力を食らったんだぞ?
それなのに男は、平然と立っている。
バリアといった防御に特化した個性じゃない…単なる増強型…なのに、この男は立って笑っている。
敵からすればヒーローの笑顔はいわば呪いだ、自分たちの悪行に魔を刺し阻み、暴力を振るう。
暴力を振るって万事解決、しかしそれが逆であってもまた恐ろしいこと…
倒したと思ったはずの敵が、平気な顔でヘラヘラ笑ってるのだ、それがどれほど末恐ろしいものか…
自分の本気が、敵に通用しなかった… その事実が緑谷を苦しめる。
そんな動揺する緑谷など気にもせず、殺人鬼は歩み寄る。
緑谷を、洸汰を殺すために、動く。
多少よろついてるものの、見るからに怪我といった怪我をしていない点が大きい。
「な、なんだよ…何で動けるんだよ……やめろ!来るなよ!!」
「嫌だよ、行くよ…お前、強えからな…
お前見たく強えヤツつったら、俺らん所も数人いるけどよ……お前は特に良いよ単純で、分かりやすくて…」
緑谷の悲鳴に似た叫び声など、馬の耳に念仏。マスキュラーは俄然やる気を燃やして近づいて来る。
己の欲望の為に、血を見る為に、快楽を求めるが為に、動き出す。
ポケットに手を突っ込み膨らませ、ゴソゴソと物音立てて何かを取り出す。
その際、ポロポロと何かを落として行く…
それは、義眼だった。
様々な悪趣味な義眼が地面に落ちて行く…彼の趣味なのか、理由は定かではないが、この義眼は強さに関係するのかがどうか疑問に思えた。
「今までブッ殺して来たヤツ、ああ勿論ウォーターホースも含めてな…
味気無かったんだよなァ…ザコばっかでろくに満足すらままならなかった…
殺すことすら飽きちまうくらいにさ…
でもお前は違ェよ!!俺と同じ類の個性で、俺の方が上だと思ったらそうじゃなくて…
面白えよなァ、闘いって…」
どうしたら、どんな生き方をすれば彼のようになるのか、頭が痛くなる。
本気だ、冗談なんかじゃない…本当に殺す事が己の快楽として欲望を満たして来たんだ。
ヴィランの考えてる事はやっぱり理解できない…
何を考えてるのか、何を思ってるのかさえ、理解出来ない。
そこに当然、理解しようとする気もないし、する訳がない。
「覚えてるか緑谷!俺ささっき言ってたよな?遊ぼうって、なぁ、言ってたんだよ!
ああ止めるよ!遊びはもうやめるよ終いだ!
俺ちょいとスイッチ入ったからさ、な?だからさ…本気でテメェも、テメェらも、この場にいるヤツら全員本気でブチ殺すわ――」
本気の眼。
眼球はただ漆黒の色に染まっていた。
真っ黒で、そこには光など存在しない…全て黒で塗りつぶされてるように見える。
彼にとってさっきの戦闘はただの遊びでありウォーミングアップに過ぎなかった。
荒んだ殺気、先ほどのとは違う…貪欲で、血の気盛んなドス黒い殺気。
感じ取るだけで不気味のあまり腰を抜かしそうになる。
そんな恐怖を必死に押しこらえながら、緑谷は「洸汰くん捕まって!」と大きな声で叫ぶ。
我に返った洸汰は、彼の言葉にワンテンポ遅れ抱きつこうとするが――
ズドバッコオオオォォォオオオォォォーーーーーーーーン!!!
巨大な筋肉繊維で絡めた拳が、緑谷の前を掠める。
本当に運が良かったのか、直撃こそは免れたものの、衝撃波だけで壁に打ち付けられ、呼吸が出来なくなる。
「ガァッ――ハッ―――!!!」
叩きつけられたことで、全ての酸素が抜けるかのようの苦しみ悶える感覚。
呼吸が困難に陥り、傷から更に傷を打ち付けるかのような刺激は、緑谷の脳を引き裂くかのような超激痛の感覚に囚われていた。
当たってない、衝撃の余波でこれ。
忍学生や、今まで見て来た忍よりもズバ抜けてる。
視界がぼやけて霞む。
マスキュラーは「チッ、調整ムズイなこれ…」と舌打ちをする、
その言葉が信じられなかった、とにかく強すぎる。
何が起きてるのかもう頭の中で追えない。
だって、この男はさっきまで遊んでたんだから…
緑谷にとって真剣な勝負でも、彼にとってはただの準備運動でしか無かったのだから…
あからさまに広がる実力の差…もはや世界観が違う。
大人だからだろうか、相手が強いのは無理もないかもしれない…
しかし、これは異常だ…強すぎる。
脳無やオールマイトに次ぐ程のパワーファイターだ。
それだけじゃない、先ほどの衝撃で、崖は次々とバランスを崩し、崩壊していく。
「洸汰くん!」
彼の安否を確認するべく、必死に声を上げて探し出す。
洸汰は腰を抜かして尻もちついていた。言葉を失っている、そりゃそうだ…
あんなのを目の前で見せられたら、息が詰まり、言葉を失っても仕方ないだろう。
「他人の心配する程余裕あんのか!!そうかそうか、流石だぜお前!!」
マスキュラーは違う方向で大きく感心し、舌なめずりしながら緑谷に続けて猛攻を食らわす。
彼は案の定いち早くワン・フォー・オールを使って回避するも、衝撃の余波が激し過ぎて、吹き飛ばされてしまう。
例えでいうなら…USJでオールマイトと脳無が拳で殴り合ってた時と同じもの、そう捉えれば十分だろう。
嵐以上の余波、これはほんの一片のカケラに過ぎない。
緑谷は衝撃に上手く流されるように乗り、洸汰を抱きしめる。
彼を守ろうと言わんばかりに、自分が重傷を負ってるのにも関わらず洸汰に被害が及ばないよう庇う。
(洸汰くんだけでも…救かれば良いんだけど…!!)
そう上手く事が進む訳がなく、マスキュラーは追尾する。
落下していく緑谷は片腕を洸汰から放して、デコピンする仕草をとる。
この高さで落下すれば無事じゃ済まない、最悪本当に死ぬ。
だからそれを防ぐために、緑谷は指を使ってその威力を殺す。
「DELAWARA・SMASH!!」
デラウェア・スマッシュ。
指のみの100%の出力、これを使うのは体育祭以来か、指が爆発したかのような衝撃と激痛に表情を歪ませながらも、高威力のパワーを放出した事により、落下するものの威力を殺したためか、難なく無事に着地する。
それでも、緑谷は身体中の激痛に悶えていた。
頭がクラクラする、腕が震えてまともに上がらない、足もガクガク、指は腫れ上がってジンジンと痛みが続く、体全身傷だらけ…
今でもこうして意識があること自体が驚くべき事態。
普通なら気絶来てても可笑しくはないのだが…
「強い…強すぎる……こんなのが敵連合にいるのか…?
じゃあ、本当にさっきまで…」
――ただの遊び感覚で、闘ってたんだ。
これが、プロが相手にする
実力も今の自分を超越してる。
そもそも敵の数は?
かっちゃんと雲雀さんは無事だろうか?
仮にコイツに勝てたとして、他のみんなは無事だろうか?
考えれば考える程に気が遠くなり、体の負担が重くなる感覚さえ感じる。
霞んだ目、垂れてくる血、拭いながらマスキュラーの方向に視線を向ける。
マスキュラーは緑谷がいることを確認すると、直ぐ様こちら目掛けて跳躍する。
目にも止まらないスピード、先ほどよりも飛躍的に速く、さっきまでのが可愛く思えてしまう。
パワーやスピード…多分耐久性も間違いなく上。
劣等型の自分が相手に勝てるとは到底思えない。それに勝てたとしてもこの体で本当に誰かを助けることは出来るのだろうか?
「おい大丈夫なのかよお前…」
洸汰は満身創痍の緑谷に気遣うように声を掛ける。
こんな状況を一人で打破しようとしてるのだ、ましてや自分よりも格上の存在を、たった一人で相手にしてるのだ。
勝負など見なくても分かるのに…どうしてそこまでして自分傷つけてまで闘うのか…洸汰には理解できなかった。
自分を救けるにしても、緑谷に酷いことをしてしまった…そんな相手にどうしてそこまでして、命を懸けてまで救けようとするのか、分からない。
「大丈夫……洸汰くんは…逃げて、ここは僕がコイツ相手にする…
多分さっきのように救けれないと思うから……一気に施設まで走って行って…!」
「無理だよ!何行ってんだよお前!!お前も一緒に逃げよう!勝てっこないよあんな化け物!
それにお前の本気でも倒せなかったじゃん!!」
洸汰の言う通り、勝ち目はない。
ない…というより完璧にゼロに近い感じだ。
あの100%を防いだ時の衝撃と来たら堪ったものじゃない、自分でもそれは驚愕していたし、考えるだけでも恐ろしい。
でも、それでも…
「ヒーローはね、どんなに辛い時、苦しい時でも、笑顔で笑って臨むんだ――」
「…え?」
諦めるわけにはいかない。
ウォーターホースが残した大切な息子を、マンダレイ達が守り育てた洸汰を、守らなければいけない。
「この際だからね、言っておくよ洸汰くん…
ヒーローはひけらかしたいが為に個性を使ってるんじゃないんだ…
大切なものを、人を、笑顔を、守る為に、ヒーローは闘うんだよ――」
洸汰の心臓が高鳴る。
こんな状況でも、緑谷はヒーローとは何かを語り告ぐ。
いや、こんな状況だからこそ言わねばならないのだ。
ヒーローや、個性を否定する彼の心を、救う為に。
「だから、笑顔で人を救けるんだ…」
緑谷は洸汰に振り向くと、満面な笑顔を見せる、その笑顔はオールマイトの面影と重なっていた。
自分が困難な状況に陥っても、救けることを、守ることを諦めない、折れない。
そんな輝かしくもあり、心の底から安心する。
しかしそんな安堵の息もつかの間、ほんのひと時に過ぎなかった。
「――面白えヒーローごっこだ、ここまで来ると素直に感心しちまうわ本当に」
そんな彼の勇気を、笑顔を、言葉を、虫けらのように踏み潰す絶望が、声と共に降り注ぐ。
地面に足をつき、マスキュラーは獣のような視線を緑谷に向ける。
その野生的な目付き、戦闘欲による好奇心、今の彼はまさしくイカれた人間。
腰を低く構え、緑谷に突撃する姿勢を整える。
「無理だって!!!だってお前…両腕折れて――」
「行くぞ緑谷ああァァァ!!!!」
「――大丈夫!!!」
緑谷は目にいっぱい涙をためて折れた右腕に力を入れる。
その涙は、激しい痛みによるもの、痛みが電流のように走り出し、筋肉が、骨が悲鳴を上げる。
正面からの一騎打ち、筋肉繊維で体中を覆うマスキュラーの猛攻に対して、正面からの殴り合いをする。
100% DETROIT SMASH。
折れた腕に渾身100%の威力を込めて腕を振るう。
力を入れただけで何十倍もの痛みが走り出す、そしてその技がマスキュラーの拳にぶつかり鍔迫り合いになる。
「ッッんの野郎があァァ……!!」
「大…丈夫――!」
「さっきよりも弱えじゃねえかよおおォォぉ!!!!」
緑谷は思いっきり吹き飛ばされる。
衝撃で吹き飛ばされた緑谷を追うマスキュラーは、一気に懐に迫る。
緑谷はつかさずカウンターを取るべく左手を使って100%を放出。
衝撃の嵐、爆竹以上に響く轟音、木々が異常に激しく揺れる。
「あああああァァァァァァァ!!!」
「おッらあァァァァァァァあ!!!」
緑谷の雄叫びが、マスキュラーの雄叫びが、二人の声が轟音と共に叫びでる。
緑谷の腕からは大量の血が流れ、意識が朦朧としていく。
渾身の力を入れ、マスキュラーを何とか吹き飛ばし退かすも、すぐに体制を整え、木々を軽々となぎ倒していき再び衝突する。
今度は緑谷とマスキュラーが動きが止まってるかのように、互角に渡り合っている。
筋肉繊維の束から見える隙間、そこには闘争心で満たされていくマスキュラーの顔、大して此方は電撃のように痺れる痛みを噛み殺しながら、必死に耐えてる緑谷。その目からは涙が滝のように溢れ、止まらない。
――ヒーローとは。
「んのガキがァ……さっさと潰れろやあああァァァァァァァ!!!」
「ううぅぅるうぅせええぇぇぇーーーー!!!」
筋繊維が切れていく音が、耳元から聞こえる。
マスキュラーは勢いよく、先ほどのお返しと言わんばかりに思っきし壁の方へと吹き飛ばす。
為すすべなく壁に衝突した緑谷は、背中を打撲し背中の骨が折れたかのような感覚を受ける。
悲鳴を上げる暇もなく、白目を向いてる緑谷、そこへマスキュラーが追撃する。
筋肉繊維で底上げされた拳が、緑谷を殴る。
緑谷は血まみれで酷く腫れ上がった腕でマスキュラーの渾身の拳を撃つ。
双方、拳で打って打って撃ちまくる。
弾丸とも呼べる正面からの殴り合い、四方八方から放たれる衝撃波に、洸汰は体制を崩しながらも、尻もちをつきながらも、涙を流して緑谷に問い続ける。
「な、なんで…どうして……そこまでして……」
自分が死ぬかもしれないのに、どうしてヒーローは誰かを救けるのか…
震えながらも、それでも緑谷に問う。
「洸汰くん逃げて!!!走れ!!!」
緑谷の口調が荒んでいく。
絶体絶命の中、彼は洸汰に避難を告げる。
拳の嵐が止まらない、双方の猛攻が激しく、近づくことすら危うい。
そう、まるでUSJでオールマイトと脳無が闘った時と同じあの時の状況…
負けられない、絶対に。
「皆んなを守る!!お前なんかに!飛鳥さんや洸汰くん!!皆んな殺させない!!!」
ヒーロー学生も、先生も、プッシーキャッツも、飛鳥も、忍学生も、洸汰も、この場にいる全員誰一人傷付けさせない、絶対に守り通す。
そして勝ってみせる、その勇姿は平和の象徴に似ても似つかないものだった。
憧れからくるものなのか、はたまた彼の性根なのだろうか、この際理由はどうでもいい…今は守るべきものの為に、命を削ってでも戦う。
「緑谷ああァァ…テメェ…!!最ッッ高に面白えぜお前ええェェェェェ!!!」
マスキュラーの闘争心を大きく刺激させ、守ろうとしてる緑谷のソレをより酷く壊そうと、力が膨らむ。
人の守りたがってるものを目の前で見れば、その想いが強ければ強いほどに、より強く壊したくなる。
双方の想いが、良かれ悪かれ、強くさせていた。
「お前なんかに絶対殺させない!!!!」
「やってみろやクソ餓鬼いいィィ!!!!」
徐々に壁に亀裂が走り、壊れていく。
崖はみるみると音を立てながら、ゆっくりと壊れていく。
これ程馬鹿デカイ振動に、揺らがされれば当然こうなるだろう。
しかしこの二人にはそんなのどうでも良く、今頭の中にあるのは、己のやりたいこと。
――常にピンチをブチ壊していくもの。
しかし、人間誰にも必ず限界は来るもの。
緑谷の体力はほぼ底が着く状態、少しずつマスキュラーの筋肉と後ろの壁に挟まれ呼吸すら困難な状況になっている。
体全身がグチャグチャになる感覚が脳に走り、痛みも神経が途切れていくことで感覚が無くなってきてる。
衝撃が強すぎる、押し潰されていく。
緑谷の姿が筋肉繊維に埋まっていくことで、姿が消えていく。
「フィニッシュだあああアァ!!!潰れろやああアァガキィィィーーーー!!!」
マスキュラーの狂い叫ぶ声が最後の合図に伴うかのように、渾身めいいっぱい力を込め押し潰される。
緑谷の体全身、ビキビキと骨が鳴り響き、何本か骨が折れていく。
緑谷は悟った、守れなかった…誰一人…
オールマイトが託してくれたのに…自分の弱さが原因で……負けてしまった。
ダメだ、でも体がもう言うことを聞かない…意識が遠くなっていく。
まるで本当にあの世へ行くかのような、鈍く眩しい感覚…
目が少しずつ次第に閉じて行く。
薄暗い視界、ぼやけて映るのはマスキュラーの狂った笑い顔…
もはやアレは狂気…全身の体が圧迫して身動きが一つも取れない。
無理だ、ダメだ、諦めろ。
なぜか次第に頭の中に自分の声が聞こえてくる。
これは自分の声とは真逆で、反対の言葉…自分の今思ってる意思とは違う方向性の言葉…それを聞けば聞くたび心が針で刺されたかのような鋭い激痛と、諦念に対する心が和らいで行く変な感覚…
ああ、もうこのまま…折れてしまえば…
そんな、自分がいる。
否定しようにももう滅茶苦茶だ、何をどうすれば、こんな危機的な立場から脱するのか、分からない。
そっと目を閉じたその途端…
ビシャアアァン!!
「「ッ!?」」
冷たい液体が、マスキュラーと緑谷に浴びせられる。
マスキュラーは視線をその人物へと向き力んでた筋肉繊維が緩くなる。
「んだよコレ…水か!?」
水。
ここの山林地帯に川など存在しない、水辺らしきものは何処にも見当たらない。
ではこの水は一体誰が?
そんなの決まってる、あの子しかいない――
「もう…もうやめろォ!!」
泣き叫ぶ洸汰の声が響く。
洸汰の掌はベタベタになっており、水掛かっている。
洸汰の個性によるもの。
ここで初めて洸汰は、個性を人に向けた。
今まで個性そのものを受け入れる事が出来ず、力を否定してた自分は、初めて緑谷を救ける為に使ったのだ。
考えるよりも先に体が動いていた――
洸汰のその勇敢な行動は、かつての昔の自分の姿と重なる。
中学校の頃に有名になったヘドロ事件。
幼馴染が苦しんでた時、人質に囚われてた時、緑谷は個性がないにもかかわらず、あの場で一人だけ動いたのだ。
その時、なぜ動いたのか分からない…でも、洸汰と同じく体が勝手に動いてた。
「洸汰…くん!」
遠ざかってた意識が、元に戻って行く。
諦めかけてた自分の心は、みるみると自信を取り戻して行く。
そうだ、そうだよ――
――ヒーローは、いつだって命懸け。
命を懸けてまで、ヒーローは人を守るんだ。
笑顔を、命を、全てを守る。
命だって懸けてやる。
「後でな!?な!後でお前も他のガキどもも仲良く殺してやっからな!?だから待っ――」
ズドンッ――
マスキュラーの体が揺らぐ。
振動、衝撃、それらから来るものなのか、体がどんどん押されて行く。筋繊維が激しい速度で切られていく。
まるでカッターナイフで切られてるのではないかと、疑いを持つほどに、筋繊維は音を立てて切れて行く。
(な、なんだ――?)
マスキュラーの顔はみるみると険しくなって行く。
冷や汗が垂れ落ち、次第に焦燥の顔立ちへと変わって行く。
なんだろうか、一体何が…
いや、そんな筈はない…
マスキュラーは念入りするよう執拗的に力を入れる。
しかしどれ程力を入れても押し返されて行く感覚。
「オイ待てや――!!」
だって、押し潰された筈だ。
瀕死の状況で、そんな事出来るわけが――
「出来るか出来ないかの問題じゃない――」
筋繊維の拳の先から聞こえる緑谷の声に、マスキュラーは更に焦りの色に染まる。
潰したと思われてたはずの緑谷が、息をしている。
声が聞こえた。
あんなボロボロで、死ぬかどうかさえ問われるあんな体で、まだよじ登って来る。
そんな緑谷に、マスキュラーは先ほどとは違う…寒気を覚えた。
「お前なんかに殺されてええええェェェェェ!!!!」
「パワー上がってねえかお前!?!」
「たまるかああああぁぁぁぁ!!!」
声の気迫と共に、マスキュラーは体全身に纏ってた筋繊維を、デコピンだけで払いのけるぶち壊す。
先ほどのパワー、同じなのに…何故かそれ以上に強く思えてしまう。
――
10000000%デラウェア・デトロイト スマッシュ――
とてつもない衝撃が放出され、筋繊維が破けた彼はガラ空きとなり、そこから隙を突いて、本気で殴る。
心と力が、100%の、最大最高火力の、本当の火事場の馬鹿力。
跡形もなく、意識と共に吹き飛び、義眼が外れる。
白目をむき、木々はなぎ倒され、何処かへと吹っ飛んだ。彼の姿はもうどこにもない。
――洸汰。
アンタの両親、ウォーターホースはね、確かにお前を残して逝ってしまった…けどね、確かに守られた命はそこにあるんだ。
洸汰の薄い記憶が、ハッキリと鮮明に蘇っていく。
両親が死んで、引越しをして、初めてマンダレイに言われた言葉。
当時など、理解したくもなかった…ヒーローなんて所詮、殺し合うが為に、個性をひけらかしたいが為にしか存在しないと無理やり丸めていた。
「なんで…お前……お前!」
体の力が抜けて、尻もちをつくことなど忘れ、洸汰は泣きながらも、必死に声を振り絞る。
「………何も…知らない癖に!!!」
――あんたもいつか、きっと出会う時がくる、そしたら分かる。
マンダレイの言葉を思い出す。
どうしてヒーローが存在するのか、どうしてヒーローは人を救けるのか。
「何でだよ!!なん…で……」
涙で視界が見えずらなくなる。
止まらない、どうしても止まらない。
自然と溢れてくる…それは嬉しくて、悲しくて、色んな感情が一気に押し寄せてくる感覚。
――命を賭して、アンタを救う――
「どうして…だよ…皆んな……」
ヒーローを否定して来た少年は、俯きながら言い聞かせていた。
分からない…いや、答えなんて本当は分かっていた。
ただ自分が認めたくなかっただけで、本当は答えは最初っからそこにあった。
受け入れたくなかった、でも、目の前で僕を救けてくれた。
両親を殺したアイツを倒してくれた。
僕を守ってくれた。
それが嬉しくて、どうしようもなくて…
ヒーローなんて嫌いだ、理解なんて出来やしない。でも…目の前にいるこの人は僕を救けてくれた。
色んな酷いことしたのに、大切な人を失った気持ちなんて、分からないのに…それでも、この人は、僕を救けてくれた。
ここで初めて、ヒーローとは何なのか分かった気がする。
――僕のヒーロー。
その名は――デク。
この名前が彼のヒーローネーム。
かつて彼は無個性だと罵られて生きて来た。
個性も、力もなく、ただ必死にヒーローになる夢を見て来た。
色んなことがあった、辛いことなんてしょっちゅうあった…
でも、ある人に言われた…
尊敬してた最高のヒーローに、言われたんだ。
「君は――ヒーローになれる」
背中を押され、強くなって…
そして今、初めて誰かにヒーローだと認められた瞬間。
それは、ヒーローや個性、超人社会そのものを憎み拒んでた彼が、初めてヒーローに憧れた。
オールマイトや、エンデヴァー、他のヒーローじゃない…数多く存在する名高いヒーローとは違う。
出水洸汰は、デクに憧れた。
命を賭してまで救けてくれた、たった一人のヒーローなのだから――
これは、緑谷出久がヒーローへ一歩足を踏み入れた成長の一つの証。
初めて誰かにヒーローと認められた瞬間。
初めてヒーローを憧れた瞬間。
その姿、まさしく本物のヒーロー。
傷だらけになっても、守るべきもののために最後まで守り通した緑谷、強敵を前に屈しずに、諦めずに、貫き通す彼はまさしく本物のヒーローだよ。