艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第三十八話 ミッドウェー本島ヲ攻略セヨ(Final)

 環礁内部に突入した紀伊たちは全速力で中枢部に向けて走り続けていた。途中何隻か湧き上がるようにして出現した深海棲艦の駆逐艦や軽巡と遭遇したが、暴風の様な砲撃で一瞬で消し飛ばされていく。砲を旋回させる間もなく主砲弾の一撃で吹き飛んでしまう。海上と違って、座り込んでいるに等しい狭い環礁内部では自由に動けないのだ。

「最大戦速で、深海棲艦のもとへ!!」

紀伊の言葉を聞くまでもなく、各艦娘は既に40ノットを越える速度をたたき出している。これも改装を受けた結果であるが、空母の特質を持つとはいえ、戦艦がここまで高速を出したことはない。

「波が・・・海が・・・赤い?!」

ふと海面を見た讃岐がぞっとなったように声を上げた。先ほどの波よりもここの環礁内部は特に赤い。この色は血なのか、それとも深海棲艦たちの放つ怨念の結晶なのか。既に日が傾いているが、その色がやけに反射して赤黒い雲が虚空に浮いている。

「讃岐!見てはだめ!!全速前進よ!!」

紀伊が叱咤した。この際一瞬でも気を取られれば砲撃されて撃沈されかねない。それほど紀伊たちは今敵の中枢部に近づきつつあった。

「いる・・・・。」

先頭を進む紀伊は不意に顔を引き締めてつぶやいた。彼方ミッドウェー本島に浮かぶ一隻の深海棲艦の姿をその眼は捕えていた。

「讃岐!尾張!近江!艦載機隊、発艦開始!!全力出撃!!総攻撃!!」

「はい!」

「了解よ!」

「わかりましたわ!」

4人は飛行甲板を並べると、次々と艦載機を放った。温存してきた精鋭たちを全力でぶつけにかかったのだ。

「上下に散開!!一斉に雷撃!!敵に魚雷を叩き込みなさい!!」

雷撃機隊を発艦させた尾張が手を振る隣で、

「戦闘機隊、梅雨払いだよ!!制空権確保!!機銃掃射であの深海棲艦の動きを止めちゃって!!」

讃岐がエールを送っている。

「爆撃機隊、一斉集中投下!!」

近江が叫んだ。

そして紀伊は――。

「烈風隊、流星隊・・・・全機、敵深海棲艦に向けて、一点集中攻撃!!」

発艦して殺到していく艦載機隊には構わず、尾張、讃岐、近江、と紀伊は姉妹三人に声をかけた。

「主砲、集中斉射、開始!!」

紀伊型空母戦艦の誇る41センチ3連装砲と35,6センチ3連装砲が向けられる。

「目標、深海棲艦前部胸部装甲付近・・・・!!」

左腕が振りぬかれた。

『テ~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!』

おびただしい水柱があがり、深海棲艦の姿が包まれた。さらに火光と爆炎が空に立ち上り、そこへ主砲弾が集中するが、深海棲艦はびくともしない。

『ムダダムダダムダダムダダムダダ!!!!』

勝ち誇って笑いながら深海棲艦が腕を振りぬく。三頭獣から放たれた巨砲弾が襲い掛かってきた。

「何のこれしき!!」

磯風が鮮やかにかわし、魚雷を叩き込んだ。水柱が噴き上がったが、深海棲艦はダメージを受けた様子がない。

「くそっ!!」

舌打ちした磯風がいったんひいた直後、巨弾の嵐が艦隊を襲った。

 

* * * * *

長門たち超弩級戦艦4人は環礁入り口を封鎖して、近づく敵深海棲艦を薙ぎ払いながら応戦をつづけていた。だが、こちらは静止している上に身動きが取れない。それを狙って深海棲艦側の砲撃が集中し、4人とも傷だらけになっていった。いくら長門型、大和型の装甲が伊達ではないと言っても、このままではやられてしまう。

「これではだめだ。」

肩を並べて砲撃しながら武蔵が言う。

「このままじゃ4人とも被害を受けて主砲が使えない。」

「そんなことわかっているわ!でも、どうしようもないじゃない!」

大和が叫んだ。それほど敵艦隊からの猛攻はすさまじく、一瞬でも気を抜けば轟沈してしまう可能性すら出てきていた。

「打つ手なしか・・・・!!ここまで来て・・・・!!」

長門がうめいたときだ。

「あきらめるな!!」

太い声がした。武蔵だった。

「私が盾になる。その陰から砲撃しろ。」

この時、長門、陸奥は右方向からの敵艦隊に、大和、武蔵は左方向からの敵艦隊に対処していた。それを単縦陣形に組み替えるのだという。武蔵の提案に大和は愕然となった。

「バカなこと言わないで!!妹を盾にするなんて私にできるはずないわ!!」

大和が血相を変えた。

「ふざけるのもいい加減にしろ!!そんなことをすれば、お前は――!!」

長門が武蔵につかみかからんばかりに詰め寄った。

「なに、心配するな。」

武蔵が不敵な笑みを浮かべた。

「大和型の装甲は伊達ではないさ。それに、私はお前の欠点を改良して誕生した姉妹艦だ。私の方が装甲においても優秀だからな。そしてそもそも、深海棲艦の砲弾ごとき、私が防げないとでも思ったか?」

「でも・・・・・。」

「今なすべきは、あいつらが戦っている間私たちが全力でここを守ることだ、違うか?」

「それは・・・・。」

「時間がない。言う通りにしろ!!」

そう言った直後、主砲弾の嵐が飛んできた。とっさに大和たちを後ろ手にかばい、武蔵が両腕を広げた時、彼女を灼熱が襲った。

「武蔵!!」

大和が叫んだ。

「まだだ・・・・。」

庇った腕の合間から顔を上げながら武蔵が不敵に笑う。

「こんな程度、蚊に刺されたようなものだ!!こい!!」

 

 

 

 

* * * * *

巨弾の嵐の矛先は、磯風だった。

「危ないッ!!」

磯風を突き飛ばすようにして紀伊が進出した。直後、灼熱の中に放り込まれたように全身を苦痛が襲う。紀伊はよろめいた。讃岐が支えてくれなかったら、沈んでいたに違いない。

「ぐうっ!!」

直撃を受けた推進装置が破損して、主砲塔も4門が壊れ、飛行甲板も大破していた。その讃岐も艤装を壊されて傷を負っている。尾張、近江は無事だったようだが、それでも大小の傷を負って頬をひきつらせている。腕で顔を庇った紀伊がなおも周りを見まわすと、どの艦娘も傷を負っていないものはいなかった。

『降伏シロ!!貴様ラニ勝チ目ハナイ!!』

「ふざけるんじゃないわよっ!!」

尾張が主砲をへし折られながらも、突進し至近距離から砲撃を浴びせる。だが、したたかな反撃を食らって、かえって傷を負ってよろめいてしまった。

「尾張姉様ッ!!」

近江が飛び出して、尾張を収容してきた。

「主砲、撃てぇ!!!」

代わって進出した愛宕が艦隊を指揮する。日頃のほんわかした表情はまるで感じられない。愛宕たちの集中砲撃と、能代たちの肉薄しての魚雷攻撃が深海棲艦を火と煙で包む。

 

この砲撃が10分以上続いた。並の深海棲艦なら、とっくの昔に灰と化しているほどの凄まじい攻撃だった。

 

だが――。

 

硝煙がおさまってみれば、深海棲艦はほとんど無傷のまま紀伊たちを嘲笑っていた。

『ムダダトイウノガマダワカラナイノカ。マッタクオロカナ艦娘タチダ。』

誰しもが愕然とし、恐怖すら味わいながら対峙していた。

「これは・・・・こんな・・・・・。」

予想をはるかに超えた頑丈な深海棲艦の前に紀伊は気力をなくしつつあった。

 

どんなに砲弾を叩きこんでも、どんなに爆弾を魚雷を撃ち込んでも、倒れない。

 

こんなことがあるのだろうか?

 

「これは、もう駄目っぽい・・・・?」

夕立が喘ぎながらつぶやく。『ぽい』は口癖だが、その『ぽい』が確定に代わるまで、あとどれくらいだろうと、紀伊は思ってしまった。

「駄目!!まだ駄目です!!最後の最後まで――。」

そう言いながらも、紀伊のどこかで何かが音を立てて崩れつつあった。

(皆さん・・・ごめん、なさい・・・・!)

絶望に立たされた紀伊がそれでも最後まで奮戦すべき砲に装填した時だ。

『ガアッ!!』

悲鳴が聞こえた。深海棲艦が背後に炎を背負って苦しんでいる。遥か後ろを見た紀伊は信じられない光景を見た。

 

 無数の艦載機隊がこっちにやってくる。それのみか、包囲中の深海棲艦艦隊の後ろから、これまた大艦隊が接近してくる。さらにミッドウェー本島深海棲艦の背後、島の後方からも。

 見覚えがあった。

 鳳翔、瑞鶴、日向、熊野、利根・・・・呉鎮守府の艦隊だ。そればかりではなく、なにやら海外の艦娘もたくさん来ている。そして上空には数えきれないほどの艦載機隊、陸上攻撃機などが無数の点とかして飛んできていたのである。

 

 

「やった・・・やったわ・・・・!!」

傷を負いながらも大和は叫んでいた。武蔵が盾となって、必死に防戦している中を、ついに援軍が来たのだ。それをみて包囲されていた艦娘たちも奮い立った。包囲艦隊は前後から挟撃を受けて乱れたったように金切り声を上げながら四散していく。

「やったわ!!武蔵!!」

すぐ前で体を張りながら防戦し続けていた武蔵は洋上をじっと見つめている。左手は深海棲艦を一歩も通さないというように大きく広げ、右手は先ほど放った主砲の指向先を向いている。

「武蔵!!私たち助かったのよ!!」

大和がそばに駆け寄った。それなのに――。

 

 

武蔵は身動き一つしなかった。

 

 

「武蔵・・・・?」

妹の肩をつかんだ大和の腕の中に、武蔵がゆっくりと倒れてきた。

「武蔵・・・武蔵?!」

眼鏡が外れ、波間に落ちた。その眼は虚ろに大和を見返したまま、動かなかった。

 

 

 

「やったよ!!」

蒼龍は叫んだ。上空にはずっとこの時を夢見ていた瞬間が訪れていた。開発していた震電隊が上空を駆け巡り、深海棲艦を縦横に銃撃し、そして深海棲艦側の艦載機隊を撃滅している。

「飛龍・・・見えてる!?」

蒼龍の腕に抱きかかえられた飛龍は目を開けた。

「見えているよ・・・。ついに、やったんだね、私たち・・・・。」

「そうだよ、飛龍。」

蒼龍はそっと飛龍をゆすった。援軍到着直前、敵深海棲艦戦艦から放たれた16インチ主砲弾が飛龍を直撃したのだ。とっさに突き飛ばされていた蒼龍は、飛龍が体を張って自分を庇ったのを視界の隅で認めた。

「どうして、私を・・・・あなたの方が優秀なのに!!」

「そんなことないよ・・・・私たちは姉妹だもの・・・どっちが優秀だとかそうじゃないとか・・・関係・・・・・。」

蒼龍の手をつかんでいた飛龍の手が力を失った。

「ないじゃん・・・・。」

それっきり目を閉じて動かなくなった飛龍を蒼龍は抱きしめた。

 

 

* * * * *

『ガアッ!!マタ、シテモ・・・・!!』

背後から強襲を受けた深海棲艦がもだえながらもなおも反撃し続ける。その後ろの空間には渦が巻いている。どんなに砲撃を食らっても一向にその勢いは衰えない。

「どうすればいいわけ?!」

能代が絶望的な顔をした。

「どんなに攻撃しても、あいつを倒せないなんて・・・・いったいどうすればいいの?」

愛宕が真顔で呟く。

「アイツさえ倒せればすべてが終わるのに!!」

讃岐の言葉を聞きながら佇んでいた尾張が不意に目を細めた。深海棲艦はさっきからあの渦を背にして、一歩も動いていないのだ。もしかして――。

「あそこに敵を追い落とせば!!」

「なんだって!?」

「あの深海棲艦の背後!!」

尾張が指さした。燃え上がる深海棲艦の背後にまがまがしい発光をする渦が巻いている。

「空間が歪んでいる!?こんなことあるっぽい!?」

「『ぽいぽい』言ってる場合じゃないわよ。ありったけの砲弾と魚雷を叩き込んでアイツを異次元空間に追い落とすんだから!」

尾張が主砲を構えた。その隣で、紀伊も、

「行くわよ、全艦隊一斉砲撃!!相手は弱っているわ。突撃よ!!・・・あっ。」

不意に自分の足元を見た紀伊は肩を落とした。

「推進装置が・・・・。」

そう言った紀伊の肩に手が置かれた。尾張だった。

「見ているだけじゃ駄目よ。」

「でも・・・・私は動けないし――。」

「私がリードするわ。」

意外な言葉に紀伊は固まった。

「尾張。」

勇気づけるように尾張がうなずいて見せた。驚いたことに、尾張は片目をつぶりもしたのである。一瞬だったが、日頃の引き締まった表情が明るくなった。

「お姉ちゃんがそんな顔をしてたら駄目でしょ。できることをして妹たちを助けてよ。それに、あなたは全軍の指揮官なのだから。まだ戦いは終わっていないわ。」

「尾張・・・あなた、その、何と言ったらいいか・・・・。」

紀伊はもうどうしたらいいかわからなくなって、尾張をぎゅっと抱きしめた。

「ちょちょちょちょぉっ!!!」

紀伊を引きはがしながら尾張が叫んだ。

「まだ終わってないわよ!!愛情表現なら後で受けつけるから!!」

「あ、ごめん・・・・。」

姉妹二人はしっかりと手をつなぎあった。そういえば、と紀伊は思った。尾張と手をつなぎあったのは、初めてだ。そのことがとてもうれしかった。

「行くわよ、突撃!!」

紀伊と尾張を先頭にして、尾張、讃岐、愛宕、能代、磯風、夕立が深海棲艦に突撃していった。

『オノレ、コザカシイ艦娘ドモメ!!』

燃え上がりながらも、なお深海棲艦の戦闘力は健在だった。三頭獣は凄まじい咆哮を上げると、主砲を立て続けに撃ちまくってきた。

「来るわ!!」

紀伊が叫んだ。

「わかってる!しっかり・・・・つかまっててよっ!!!」

尾張が右に左に華麗に避ける。そのすれすれを砲弾が走り抜け、巨大な赤い柱が立ち上がる。

「目標は・・・・深海棲艦の胸部装甲、その一点!!」

紀伊が叫んだ。

「全力集中砲撃、開始!!」

紀伊が尾張の手を握りしめた。汗ばんでいる。それは自分の汗だけでない。妹もだ。だけれど、それがとても頼もしかった。

『テ~~~~~~~~~ッ!!』

同時に叫び、同時に発射された砲弾が深海棲艦の胸部に続けざまに命中し、次いで愛宕、能代たちが放った魚雷が炸裂し、さらに近江、讃岐の艦載機隊が集中爆撃を行った。深海棲艦は両腕で顔を庇い、もがき苦しみながらよろめき後退していく。

「撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て~~~~~~~~~~~~~!!!!」

尾張が叫びまくる。他の艦娘たちも手を休めない。一瞬でも気を抜けば深海棲艦から反撃が来る。敵をあの渦に追い落とすまでは、たとえ砲身が吹き飛ぼうとも、撃ちまくらなくてはならない。

 その時だ。

 

 

【残弾ありません。】

 

 

という無機質な音声が聞こえ始めた。紀伊、讃岐、愛宕、夕立――。次々と砲撃を中止せざるを得なくなった。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・どう!?」

したたり落ちる汗をぬぐいながら讃岐が身構えた。

「・・・・・駄目だわ。」

尾張の手を握りながら紀伊がつぶやく。そのつぶやきには絶望が漂っていた。

深海棲艦はあちこちに傷を負いながら、なおも健在だったからである。ただ、主砲塔は完全に壊れ、背後の三頭獣は傷を負って呻いていた。

だが、こちらはそれ以上だった。傷を負っていない者など一人もいない上に、艦載機隊も主砲弾薬もほとんど尽きている。

 

 

もう、打つ手がない。誰もがそう思った。

 

 

「もう砲弾もない・・・航空支援もできない・・・艦載機も放てない・・・・。これだけ攻撃しても倒れないなんて・・・。もう、駄目なのかも・・・・。」

「紀伊・・・。諦めないでよ。」

尾張が前を向いたまま紀伊の手を握りしめた。

「あきらめたら承知しないわよ。あなたは私の姉妹、双子なのだから。」

「尾張・・・・。」

尾張の胸が上下している。傷を負っていても、その眼差しの強さはいささかも衰えていなかった。

「頑固で諦めが悪いのが、私たちの特徴でしょ?」

あぁ、と紀伊は思わず笑ってしまった。こんな時だというのに。

「そうよね、それが私たちなのだものね。でも・・・・。」

紀伊は嘆息した。

「もう、打つ手はないわ・・・・。ここまで戦っても、撃沈できないなんて・・・・。もしかして、普通の戦い方ではだめなのかも・・・・。」

最後はつぶやくように言って考え込んだ紀伊は尾張の表情を見ていなかった。

「そう、普通の戦い方では、あいつは追い落とせない・・・・。」

「尾張?」

すっと手がほどかれ、紀伊から離れた。

「砲が使えなくなっても、艦載機が放てなくなっても、魚雷が撃てなくなっても・・・・まだ戦える!!!」

尾張が叫んだかと思うと、不意に全速力で走り出した。

「尾張?!」

一瞬尾張が立ち止った。本当に一瞬だったが、時が静止したように紀伊には思った。それくらいあたりは静まり返っていたのだ。

 

 

そして何とも言えない穏やかな顔をして紀伊を見、ぶつかるようにして紀伊を抱きしめてきた。

 

 

「お、尾張!?」

すっと尾張が離れ、紀伊に穏やかに、だが、一語一語刻み付けるように話しかけた。

「紀伊、あなたは臆病で、ドジで、天然で、卑屈で、とてもイライラさせられて、最初は嫌だったわ!!」

「な、何を!?」

「でも、今は違う。私は、あなたの妹であれて、とても良かったわ。ありがとう・・・・。」

「尾張、何を言って――。」

「私なんかよりも、あなたの方がずっと必要よ。・・・讃岐!!!」

「な、なによぉ!!」

声に応じてやってきた讃岐に、

「紀伊を頼んだわよ。」

そういって突き放すようにして讃岐に紀伊を預けた尾張は、

「・・・・さようなら。・・・紀伊、姉様。」

「尾張?尾張!?」

紀伊が叫んで、飛び出そうとしたが、推進装置が壊れてしまって足が動かない。

尾張は風を切って深海棲艦の懐に飛び込むと、至近距離で主砲を叩き付けた。思わずのけぞる深海棲艦の胸部に尾張の必殺の拳が撃ち込まれる。

『グハアァッツ!!』

よろめく深海棲艦を尾張はあらん限りの力で押していく。その尾張をつかもうと三頭獣の巨大な爪が伸びてきた。このままでは尾張が捕えられる。皆悲鳴のような声を上げながら、とっさのことでその場から動けなかった。

「讃岐。」

紀伊を支えてその光景を呆然とみていた讃岐は不意に声をかけられた。

 

 近江がこっちを見ている。今まで見たことのないとてもきれいな微笑みだった。

「何・・・?何よ、近江姉様・・・・。」

「紀伊姉様を、頼みましたわよ。」

そう言い捨てて近江もまた全速力で走っていった。

「近江姉様・・・?近江姉様ぁっ!!!」

妹の声を背中で聞きながら、近江は主砲を構えた。へし折られた3連装砲搭は残りの砲身1門ずつを敵にしっかりと向けた。

「目標!!深海棲艦背後爪!!テ~~~~~~~~~ッ!!」

風邪を切ってとんだ砲弾は左右の爪に命中して吹き飛ばした。

「尾張姉様!!」

尾張に加勢しながら、ガッと深海棲艦に抱き付いた近江がぐいぐいと押していく。尾張が信じられない顔をした。

「近江!!何馬鹿な事をしているの!?紀伊の元に戻りなさい!!死にたいの!?」

「紀伊姉様には讃岐がいます!それに尾張姉様を一人には出来ません!紀伊型は4姉妹、一人だけ逝かせるようなまねなんてできませんわ!!」

「近江・・・・バカ・・・・!!」

一瞬顔をゆがめた尾張が次の瞬間高笑いしていた。澄んだ明るい笑い声が高らかに点に駆け上っていく。

「紀伊型はバカよね!!そろいもそろってバカばっかりよ!!紀伊も、あなたも、讃岐も!!」

「そして尾張姉様もですわ!!」

近江が誇らしげに言った。

「そう、私も大バカよ!!今気が付いたわ!!バカはバカ同士、派手に心中してやるわよ!!!」

『き、貴様ら!!』

もはやエコーの切れた深海棲艦が驚愕の表情で二人を見る。

『自殺する気か!?』

「違うわよ、何言ってんの!?」

尾張が至近距離で砲弾を炸裂させながら叫ぶ。近江もだ。敵に当たって流血させた破片は容赦なく味方二人にも飛ぶ。切り裂かれた頬や足から血がしたたり落ちる。それでも二人はやめず、あらん限りの力で深海棲艦を押していった。

「あんたを道づれにして、派手な花火を上げるのよ!!ミッドウェー本島もろともあんたを地獄まで吹き飛ばしてやるわ!!!」

尾張がそういい、ぐいっと渾身の力を込めて、深海棲艦を渦に叩き込んだ。

『グアアアッ!!』

「近江、零式弾、残ってる!?」

顔に血を滴らせながら、尾張が叫んだ。

「はい!!最後の6発が残っていますわ!!」

「私もよ!全砲門に零式弾を装填!!!諸元なんかシカトだわ!!最大炸薬、最大出力で斉射よ!!!」

「はい、尾張姉様!!」

深海棲艦を渾身の力でおしながら近江が叫ぶ。

『ま、待て!!!』

今や完全に余裕がなくなった深海棲艦が必死に身もだえする。

(コンナ、コンナ、コンナ、バカナコトガ、アルカ!?)

現実を受け入れまいと、深海棲艦の脳裏にはその言葉が延々とエコーし続けていた。

「これが、艦娘魂ってやつよ!!!目ェ見開いて、この心意気、しっかり受け取りなさい!!!」

尾張が渾身の叫びを相手に叩き付けた。

「零式弾装填完了!!」

「主砲斉射!!!」

『テェ~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!』

二人の満身からの叫び声が、閃光と轟音、そして炎となって深海棲艦を渦を包み込んだ。見る見るうちに深海棲艦の渦、そして尾張、近江が閃光の奔流の中に消えていく。それは巨大な火球となっていった。

 

 紀伊は痛みに耐えながら、前方で起こった灼熱の閃光と火球を見つめていた。誰しもが凍り付いたようにいつまでもその光景を凝視していた。

 

一瞬、収縮した火球が拡散し、ついで――。

 

轟ッ!!!!

 

地鳴りのような音とともに、すさまじい大爆発がミッドウェー本島を、艦娘を、深海棲艦たちを襲った。すさまじい衝撃波が、台風並に吹き荒れ、紀伊たちはお互い身を寄せながら、懸命にそれに耐えるほかなかった。

「尾張姉様ァ!!!!近江姉様ァ!!!!」

爆風と衝撃波に負けじと、讃岐が渾身からの大声を出した。

 

だが―。

 

それも長くは続かなかった。あれほどの嵐が嘘のように静まり、あたりは穏やかな夕日の光が優しく照らし出し、いったん怯えるように引いた波は静かにミッドウェー本島に打ち寄せていった。

 

抱き合っていた艦娘たちは傷だらけのまま、呆然とお互い抱擁したまま、海上に佇んでいた。

その中にあって、紀伊は凍り付いたように動かなかった。

「・・・・・・・・・。」

自分の喉が鳴っている。そしてもう枯れたはずの眼から涙がとめどなく頬を伝っていた。

 

それが覚えている最後の感覚だった。

 

「バカ・・・・バカ姉様・・・・!!」

隣で紀伊を支えながら讃岐がしゃくりあげていたのが、遠く聞きつつ、紀伊は暗黒の中に落ちていった。

 

 

 


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