艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第四話 初出撃

朝早く、紀伊はそっとベッドから身を起こした。とたんに寒そうに寝巻の胸元を掻き合わせた。もう春だったが時折差し込むように来る朝晩の寒さは「花冷え」と俗に言われる。

(寒いけれど・・・・練習をやめるわけにはいかないもの。)

紀伊は手早く着替えるとそっと部屋を出て廊下を足音を忍ばせて歩いた。

「あら、ごきげんよう。」

とたんに後ろから声をかけられて紀伊は飛び上った。

「ひゃあっ!!」

「まぁ!そんなにびっくりなさらなくてもよろしいのに。」

振り返ると航空巡洋艦の熊野が目を大きく開いてこちらを見ていた。

「ご、ごめんなさい・・。」

「いいえ、よろしくてよ。」

熊野は穏やかな微笑を浮かべた。このおっとりしたお嬢様が戦場ではものすごい武働きをすると利根から聞いたときは紀伊には信じられなかった。最初のころは「この方戦艦?空母?どうしてこんなところにいるんですの?」という疑問の眼で見るだけだったが、紀伊の飾らず自信のなさそうな性格を知ったのか、向こうからよく話しかけてくるようになったのだ。

「どこに行かれますの?」

そう言われると、嘘をつくわけにもいかず、紀伊は練習に出るのだと答えた。

「なかなかうまくならないんですけれど、でもやめるわけにもいきませんから・・・。」

「そうですの。もしよろしければわたくしがご一緒してもよろしくてよ。」

「えっ?」

「わたくしもたまには朝体を動かさなくては、美容に差しさわりがありますもの。ね?いいでしょう?」

あまり人に見られたくはなかったが紀伊はせっかくの好意を無駄にさせたくはなかった。

「はい、ではお言葉に甘えて、お願いします!」

 

30分後――。二人は朝日が昇ろうとする黎明の海上に立っていた。

「こうしてみますと、とてもご立派ですのね。そんなに立派な艤装をつけていらっしゃるのですから、もっと自信をお持ちになればよろしいのに。」

熊野はまじまじと紀伊を上から下まで眺めた。

「私には何もないんです。技術も、そして自信も・・・・。艤装だけ立派でも皆さんにはかないません。とても・・・。」

ふうと熊野は息を吐いた。

「その自信をお付けになるために、あなたは毎朝毎夕練習をなさっているのでしょう?」

紀伊は胸元に手を当てた。

「どうしてそれを・・・・。」

「わたくしの眼は何でもお見通しですもの。」

熊野はくすっと笑った。

「もっともわたくしだけではありませんわ。利根さんも筑摩さんも、鈴谷さんも皆知っていることですもの。ただ・・・あなたが恥ずかしがるといけないと思って、誰も声をかけなかったのですわ。」

「そうだったんですか・・・・。」

紀伊は熊野をはじめ航空巡洋艦娘たちの心遣いに胸を打たれた。

「でも、この1週間あなたの練習ぶりを見ていてわたくしたちもお手伝いしたいと思うようになりました。一人ではなかなか上達しないものですもの。」

「わたくし、たち・・・・?」

その時上り始めた朝日を背にして一人の艦娘が滑ってきた。

「お~い、熊野~~~。」

「あら、鈴谷さん!」

熊野が手を振った。

「準備できたよ~~~。あ、紀伊もおはよ~~~す。」

「お、おはようございます。あの、準備って・・・・?」

「もちろん標的だよ。今日はまず基本的な砲撃の練習から始めようってみんなで話してたんだ。」

「お~~~~~い!!」

ひときわ大きな声がした。振り向くと海に突き出した埠頭に利根と筑摩が立ってこっちに手を振っている。

「紀伊、準備はいいか~~~!!」

紀伊はみんなを見まわした。利根、筑摩、それに鈴谷、そして熊野。最初はどこか距離を置いていた二人までもこうして自分のために準備してくれている。紀伊はすばやく目をぬぐった。

「ありがとう・・・ありがとう・・・ございます。」

「お礼を言うのは上達してからですわ。さ、落ち着いて。まずは停止射撃から始めましょう。」

「はい!」

紀伊は強くうなずいた。

「いいぞ~~~~!!」

利根の叫びに紀伊は艤装を振るわせて暁の水平線をゆっくりと滑りだしていった。

 

 

その1週間後――執務室にて。提督のモノローグ――。

 

 先刻は大変だった。紀伊の奴を呼び出して、第7艦隊に配属の指令を出したら、奴は真っ青になってぶっ倒れそうだった。居合わせた鳳翔が慌てて抱き留めて水を飲ませなかったら、俺は救急車を呼ばなくちゃならんところだった。いったいどんだけ繊細なんだ?

「無理です!私・・・・まだ実戦経験もないですし、砲撃も艦載機の離発着も攻撃も何一つまともにできてなくて・・・・。」

やめてくれ、美人がそんな情けない顔をするのは俺は見たくはない・・・と思わせるほど奴は青ざめていた。可哀想だったが、こちらも奴を遊ばせているほど余裕があるわけではない。平時ならともかく先日のように内地にまで深海棲艦が入り込んでくる状況だ。一日も早く実戦に使える艦娘になってほしい。それにこれはどの艦娘も通ってきた道だ。

俺がそういうと、奴は絶望感に顔を暗くしたが、やがて覚悟を決めたらしくうなずいた。弱弱しかったけれどな。

 実を言うと奴が朝晩練習しているのを俺はひそかに見て知っている。それに航空巡洋艦娘の奴らが自発的に手伝っていることも知っている。だが、俺はそのことは一切言わなかった。言わなかったけれど、少しだけ奴を見直した。ただ悲嘆に暮れてばかりいる引っ込み思案の艦娘じゃないってことだ。こういうやつはどんなに憶病でもどっか心の底に一粒の勇気ってやつを持ち合わせているんだ。

 後、奴が一つお願いをしてきた。自分が戦艦なのか空母なのかわからないから、それを教えてくれというんだ。だが、俺にもこたえられなかった。なぜか?

 上層部がまわしてきた書類にはただ、特務艦紀伊としか書いていなかったからだ。おい、簡略化しすぎだろ。しかし、特務艦・・・・。字面からしてどう見ても特別な艦だと周囲に思わせることになるのは確実だ。そんなことを奴は絶対に望んじゃいない。案の定というか俺がその話をした瞬間に、やっぱりやめます、と寂しそうに口を閉ざした。俺はいたたまれない思いでいっぱいだった。だから鳳翔がフォローしながら奴を送り出していったときもしばらくは椅子から立ち上がることも億劫だったほどだ。奴が自信を持ち合わせていないのはたぶんここに原因があるのだろう。だが、今のところどうすることもできない。手が空いたらじっくりと考えることにしよう。

 一つ、俺は疑問に思うことがある。ここに回航してくる途上で、奴は一瞬にして敵艦隊を轟沈させている。的確な艦載機の爆撃と主砲による一斉射撃だったはずだ。それは何人もの艦娘が目撃している。なのに、先日利根と筑摩が案内して回っている途上加賀と日向に絡まれた紀伊は散々な成績を残したという。なぜだ?プレッシャーに弱いのか?

 そう思ったから、なるべく穏やかな連中がそろっている第7艦隊に入れてみた。まぁ一人気の強い奴が移ってきているが、たぶん大丈夫だろう。

 

 

 

 紀伊は配属された第七艦隊の札が下がっている部屋の前まで来た。ここまでの足取りは重かった。不安もあったがそれ以上に先日の加賀と日向との出会いが彼女を一層憂鬱にしていた。あれ以来朝早く、そして夕方に訓練を続けているがあまり上達はしていないと彼女は感じていた。だが、熊野達に言わせるとそれでも砲撃の腕ははじめよりも上がってきているのだという。

(どうしよう・・・もし加賀さんと日向さんがいる艦隊だったら・・・・。)

そう考えただけで足がすくんでしまう。

(でも、でも・・・・いつまでもこうしているわけにはいかない・・・!!お願い・・・!!)

意を決した紀伊はドアをノックした。

「はい!どなたですか?」

穏やかな声がした。

「失礼します!本日付で第七艦隊に所属することとなりました、紀伊です!」

艦種をいまだに言えないことも紀伊にとって大きな悩みの種だった。

「どうぞ!」

紀伊はそっとドアを開けた。割と広い部屋には机がロの字型に並べられ、陽光の降り注ぐ広く大きな窓を背にして一人の艦娘が顔を上げてこちらを見ていた。紀伊が入ってくるとさっと椅子を引いて立ち上がった。その姿を見て思わず紀伊は声を上げていた。

「霧島さん?」

「霧島?あぁ・・・ごめんなさい。私は霧島じゃありません。」

陽光から背を離すと霧島と同じ服装だったが、別の艦娘だったことに紀伊は気が付いた。

「す、すみませんでした!」

思わず頬が赤くなった。

「いいんです。よく私たちは似ているといわれますから。」

艦娘はにっこりした。

「初めまして。第七艦隊の旗艦を務めます、金剛型戦艦3番艦、高速戦艦榛名です。あなたのことは霧島からよく聞いています。よろしくお願いいたします。」

礼儀正しく榛名は頭を下げた。

「こ、こちらこそよろしくお願いします!」

紀伊は頭を下げた時、会議室の右手奥のドアが開いて二人の艦娘が入ってきた。

「ちょうどよかった。紹介しますね。向かって左の方が軽巡洋艦由良さん。そして右が駆逐艦不知火さんです。こちらは本日付で配属になった紀伊さんです。」

「長良型軽巡4番艦由良です。どうぞよろしくお願いいたします。」

「陽炎型駆逐艦2番艦不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです。」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

紀伊は深々と頭を下げた。

「あと二人いるのですけれど、今は所用で外に出ています。もうすぐ戻ると思いますから、もうしばらく待っていてくださいね。」

「あの・・・・・。」

紀伊は榛名の「あと二人」という言葉を聞いて不安に思った。

「あの、後のお二方はどなたですか?」

「一人は第5航空戦隊から一時的にこちらに来られます正規空母の瑞鶴さん。もう一人は駆逐艦の綾波さんです。」

紀伊は内心ほっと胸をなでおろした。二人とはまだ面識はないが、とにかく今は加賀と日向と一緒じゃなかったことに安堵していた。そう思ってしまった罪悪感に胸が痛んだりもしたのだが。

「紀伊さん、早速ですけれど、二人が戻り次第ミーティングを始めたいと思います。」

「あの、ミーティングとはなんでしょうか?」

「はい。私たちは所属する艦隊ごとに哨戒担当エリアが決まっていて、定期的に出撃しなくてはならないのです。」

「・・・・・・・・・。」

「私たち第七艦隊が担当するのは紀伊半島沖約100キロ地点までの範囲です。ここ最近しばしば深海棲艦が出現して海上輸送路が脅かされているとの情報が入ってきています。おそらく小単位ではない艦隊が遊弋していると思われますので、これを探し出して叩く必要があるんです。」

「・・・・・・・・・。」

榛名は紀伊の不安そうな顔を見ていたが、やや改まった顔つきになって言葉をつづけた。

「紀伊さん、こんなことを言って気を悪くされたらごめんなさい。あなたが着任されたばかりだということ、まだ就役したばかりで実戦経験もほとんどないことも承知しています。とても不安だと思います。私も初めはそうでしたからお気持ちはわかります。でも、お願いです。どうか私たちに力を貸してください。」

紀伊はしばらく黙っていたが、意を決したように話し出した。

「私はあまり実戦経験もありませんし、砲撃や艦載機攻撃も満足にできない艦娘です。」

「だから。」と言おうとしたが、口から出てきたのは「でも。」だった。

「でも・・・・あ、で、でも・・・・。」

紀伊は躊躇いの言葉を飲み込んで、話をつづけた。

「私だって皆さんの役に立ちたい。足手まといにならないように精一杯頑張ります!」

そう言いながら紀伊自身が驚いていた。本当は戦いなんて嫌だった。逃げ出してしまいたいくらいだった。でも、自分にこういう言葉を言わせたのは何だろう。紀伊にはわからなかったが、ただ一つ言えるのは、自分にそう言わせる何かが自分の心に根ざしているということだった。

「ありがとうございます!」

榛名はにっこりした時、またドアが開いて二人の艦娘が入ってきた。

「ごめんなさい。遅くなって・・・あれっ?」

瑞鶴は意外そうな顔で紀伊を見た。

「そっか。あなたがここに入るんだ。よろしくね!」

瑞鶴は快活にあいさつした。

「はい!よろしくお願いします。」

瑞鶴の後から入った艦娘が礼儀正しくあいさつした。

「綾波と申します。よろしくお願いいたします。」

「紀伊です。こちらこそよろしくお願いします。」

「では、そろったところで、早速今日の哨戒エリアを確認しましょうか。」

 

「今日!?」

紀伊は思わず叫んでいた。

 

「何よ。知らなかったの?」

瑞鶴が驚いた顔をした。

「は、はい。てっきり・・・・。」

「着任早々任務に就くとは思わなかった?でも、艦娘たるもの常に戦時の心構えでいろと提督がおっしゃっていたわよ。」

「・・・・・・・。」

「すみません。でも、予定は変更できませんので・・・・。」

榛名が申し訳なさそうに言った。

「いえ。大丈夫です。」

紀伊は強くかぶりを振ったが、本当はまったく自信がなかった。

 

 

6人の艦娘は波を蹴立てて水平線を走っていく。先頭は榛名。その後ろに不知火、瑞鶴、綾波と続き、その後ろに紀伊と由良が走っていく。速力はだいたい20ノット弱だったから紀伊でも十分ついていけたが、初めての出撃の緊張からか彼女の動きはぎこちなかった。

「大丈夫ですか?」

後ろから声をかけられて、はっと紀伊は振り向いた。由良がこっちを見ていた。

「すみません。何か隊列を乱しましたか?」

「いいえ。そんなことはありません。でも、とても緊張されているようで心配になったもので。」

「ごめんなさい。私っていつもそうなんです。自信なくて・・・。」

「そんなに立派な艤装を持っていらっしゃるのに、ですか?」

紀伊は内心と息を吐いた。この言葉をよく言われる。そして思う。この艤装にふさわしい自信が持てたらどんなにいいだろう、と。

「装備だけ立派だって、中身が空っぽだったら何の意味もありません。私はまだ人に胸を張って自慢できるような特技はありませんし・・・・。」

「でも、今はこうやってみんなと一緒に走れているじゃないですか。普通の艦娘は最低半年は練習航海や演習を積んで、各鎮守府に配属になります。でも、紀伊さんは就役してからわずか数日でこちらに来られたと聞いています。普通の人はなかなかそうはできません。筋がいいんじゃないでしょうか。」

「いいえ、まぐれだと思います・・・・。」

紀伊は頬を染めて首を振った。その姿はとても初々しかった。

「私は羨ましいです。14センチ単装砲や旧式の魚雷発射管じゃなくて紀伊さんみたいな連装砲や飛行甲板を装備してみたいって思うときがあります。」

「私は由良さんみたいに落ち着きのある人はすごく憧れます。なんていうか、どんな荒い海に出ても転覆しないで航行できる、そんな艦娘になりたいんです。」

「じゃあ、私じゃなくて榛名先輩を見習った方がいいですよ。戦艦ですから、私よりも大きくて安定感がありますから。」

紀伊は思わず笑っていた。由良もにっこりした。紀伊は久しぶりに笑ったような気がした。

「紀伊!」

「はい!」

瑞鶴が呼んでいる。いつの間にか先鋒隊は停止していた。紀伊は急いで瑞鶴のもとに走っていった。

「哨戒地点に到達したわ。今から索敵機を発艦してもらえる?」

「え?あ、はい!」

紀伊は飛行甲板を水平に持っていこうとしたが、突然盛り上がるようにして現れた大波に足を取られてバランスを崩しそうになった。

「きゃあっ!!」

慌てて体制を立て直そうとして、瑞鶴にぶつかりそうになった。

「もう、何をやっているのよ!」

瑞鶴が腰に手を当てて紀伊をにらんだ。

「ご、ごめんなさい。」

「発着の際には周囲の状況をよく確認しなさいって、言われなかったわけ?」

「・・・・・・・。」

「・・・・もういいわ。私がやる。」

瑞鶴はなれた手つきで矢を抜き取り、弓につがえると青空に向けて放った。たちまち数機に分かれた索敵機は四方八方に散って姿を消していった。

「すごい・・・・・。」

「すごいって・・・・別に当り前の事よ。あなたも正規空母並の飛行甲板を持っているのだから、少しは恥ずかしくないように練習したら?」

「瑞鶴さん・・・・。」

しゅんと黙り込んでしまった紀伊を見かねた榛名が瑞鶴にささやいた。

「あ・・・・。」

瑞鶴は一瞬ばつの悪そうな顔をし、何か話したそうになったが、結局何も言わなかった。気まずい雰囲気が艦隊に漂った。

「あの、意見具申よろしいでしょうか。」

不知火が口を開いた。

「はい。なんでしょうか?」

「前方方位20の方向に雷雲らしき雲あり。大型低気圧です。間もなく嵐になるものと思われます。一旦北上してこれを避けた方がよろしいのではないでしょうか?」

不知火の視線を追うと、確かに黒い雲が水平線上に膨れ上がってきている。

「本当ですね。わかりました。一旦北上してやり過ごしましょう。」

その時瑞鶴がはっと顔を上げた。

「索敵機より入電!敵艦隊発見!方位30。距離2500!敵艦隊の陣容、駆逐艦3、軽巡2、重巡1。方位30から方位120に向けて18ノットで航行中。まだこっちに気づいていないわ。」

「方角と距離から見て、あの黒い嵐の境界線付近ですね。どうしましょう?」

綾波が言った。榛名はしばらく考えていたが、やがて瑞鶴を見た。

「敵艦隊の位置と嵐の位置はどうなっていますか?」

「待って・・・・敵艦隊の後方約1000の地点だって。典型的な低気圧ね。これは南西から北北東に進んでいるわ。」

「なら、距離および嵐の速度を考えると、敵艦隊を撃破して戻ってこれる時間的余裕はあると思われます。どう思いますか?」

「そうね。ここで発見して何もしないで戻るのは好きじゃないわ。アウトレンジで敵艦隊を粉みじんに粉砕してあげる!」

「皆さん、それでいいですか?」

誰しもがうなずいた。一人紀伊はできれば戦闘は避けたかった。だが、突如提督の言葉がうかんだ。

 

 誰もが通る道だ。避けては通れない。

 

そうだ。どのみち避けて通れない道なら、早く慣れた方がいい。紀伊はうなずいた。

「行きましょう!第七艦隊、出撃します!!勝利を、提督に!!」

榛名が叫んだ。6人は波を蹴立てて、一斉に滑り出した。

「瑞鶴さん、艦載機の発艦を!!」

「わかったわ。」

瑞鶴は矢を抜き取り、虚空に向けて構えた。

「第一次攻撃隊、発艦開始!!」

叫びとともに次々と放たれた数本の矢はたちまち無数の艦載機と化して敵艦隊の方角に飛び立った。

「第一次攻撃で敵艦隊が乱れたところに由良さん、不知火さん、綾波さんが右翼から、私と紀伊さんが左翼から敵を包囲して挟撃、これをたたきます!」

榛名が言った。

『わかりました!』

4人はうなずいた。紀伊もうなずきを返しながら祈るような思いだった。艦載機発艦に失敗してしまった今、せめて戦艦として一隻でも相手を撃破したい。そうでなければ自分は何と中途半端なのかと言われ続けるだろう。それにもまして足手まといと思われることが耐えがたいほどつらい事だった。

「・・・・・・・!」

紀伊がこぶしを握りしめた時、前方に爆炎が炸裂するのが見え、轟音が耳に届いた。

「やった!第一次攻撃成功よ!!駆逐艦1撃沈、2中破、軽巡1小破!」

瑞鶴が勝ち誇ったように叫んだ。

「お見事です、瑞鶴さん!」

榛名がうなずき返し、傍らの軽巡艦娘を振り返った。

「由良さん!」

「はい。砲雷撃戦、始めます!」

由良を先頭に不知火、綾波が艦列から離れ、いったん右に転進した後方向をかえ、右翼から突撃した。たちまち気づいた敵艦隊と砲戦になり海面は大小の砲弾で沸き立ったが、3人は的確に中破した敵艦を撃沈していく。

「瑞鶴さんは退避して、攻撃隊の収容と二次攻撃に備えてください!」

瑞鶴はうなずき、転進すると彼方に遠ざかっていった。

「紀伊さん!」

榛名の声に紀伊は血の気のない顔でうなずいた。砲弾が飛び交い、時にすれすれに落下していく中、紀伊は無我夢中だった。二人は左翼から大きく迂回して敵艦隊の背後に回った。

「主砲、砲撃開始!」

榛名が右手を振った。たちまち35,6センチ砲が火を噴き、重巡洋艦に命中して大爆発を起こした。なにやら敵の砲の残骸のようなものがあたりに飛び散って、海面にチャボンチャボンと落下していくのが見えた。紀伊はそれを見て体に震えが走った。

(怖い・・怖い!・・・怖い!!でも・・でも、やらなくちゃ!!!)

紀伊は覚悟を決めた。

(大丈夫。あんなに練習したもの!きっと・・・きっと・・・・!!)

砲塔が波しぶきをかぶりながら旋回し、敵に狙いをつける。紀伊の左手が前に突き出された。その途端彼女の眼がきっと敵艦を捕捉するかのようにらんだ。

「全主砲、斉射!!目標軽巡洋艦!!テ~~~~~~~~~~ッ!!!」

轟音とともに紀伊の41センチ3連装主砲が火を噴き、密集するように打ち出された巨弾がまっしぐらに軽巡にむけて飛んでいった。

(お願い!!!当たって!!!)

その直後、大音響とともに軽巡が爆炎に巻き込まれた。海面が衝撃に震え、大気が乱れたが、それがおさまると軽巡の姿は消えていた。

「紀伊さん!!やりました!!」

榛名が頬を紅潮させて手を叩いた。紀伊は呆然としていたが、やがて気を取り戻すと榛名を見た。

「わ、私・・・・私・・・・・。」

「ええ。紀伊さんはとても凛々しかったです。とてもかっこよかったです。榛名、感激しました!」

榛名はにっこりした。紀伊は赤くなった。

「でも、無我夢中で何が何だか・・・・。」

「いいえ、紀伊さんの眼はずっと敵の軽巡に向けられていました。冷静だった証拠です。私、何十回も練習を重ねてきていらっしゃるのは利根さんたちから聞いて知っていました。体が覚えているんです。だから、もっと自信を持ってください。ね?」

「榛名さん・・・。」

紀伊は胸が一杯になってそれ以上何も言えなかった。

「敵艦隊、掃討完了しました。」

不知火が近寄ってきて報告した。

「敵の残存艦もありません。すべて撃沈しました。嵐の到来の前に撃破できて幸いでしたね。」

と、由良。そのとき紀伊は何かひっかかるものを覚えた。

「やりましたね。」

綾波が嬉しそうに言った。

「どうしました?」

考え込んでいる紀伊をみた榛名が尋ねた。

「あ、いえ・・・少し気になることがあって。」

「なんでしょうか?」

「深海棲艦は嵐でも航行できるのでしょうか?」

榛名は一瞬目を見張ったが、首を振ってこたえた。

「いえ。それはないと思います。深海棲艦も嵐は苦手としているはずです。そういう意味では私たちと同じようなものです。」

「おかしいと思いませんか?」

紀伊は榛名たちを見た。

「私が聞いたところだと、この近海に出現する深海棲艦は遥か南方から来るとのことです。であれば嵐を突っ切ってきたか、若しくは迂回してきたか。いずれにしても南方から来るということは嵐のコースをなぞるようにしてくるわけですから、接近に気付かないわけがありません。それをあえてこんなところにとどまっていたというのは――。」

「まさか・・・・!!」

榛名がはっとした時だ。大音響が聞こえた。はっと振り向くと後方の彼方で爆発と水柱が無数に立っていた。

 

 

「瑞鶴さん!!!」

榛名が叫び、飛び出していった。紀伊たちも後に続く。彼方でまた大音響がとどろいた。無数の水柱がこちらに向かってくる。いや、それとともに一人の艦娘が突っ走るようにして全速力でこちらに向かってくる。

「瑞鶴さん!!」

榛名が再び叫んだ。瑞鶴だった。だが、飛行甲板は大破している。服もボロボロで傷だらけだった。その後ろから黒い小さな点が無数に接近してくる。敵の艦載機だ。

「艦載機?!そんな、こんなところまで敵の空母が?!」

榛名が愕然としたように叫んだ。無数の小さな黒い点はいったん急上昇した後、太陽を背にすると、急激に落下してきた。

「危ない!!瑞鶴さん!!」

綾波が叫んだ。瑞鶴はちらと後ろを向いた。

「嘘・・・・そんな・・・・!!」

みるみる顔が青ざめ、行足が止まった。

「やだ・・・・翔鶴姉・・・・やだ、私・・・やだ・・・・死にたくない!!!」

瑞鶴の叫びが引き金となったか、敵が一斉に爆弾を投下してきた。

「いやあっ!!翔鶴姉っ!!!」

瑞鶴が悲鳴を上げながら目を閉じ、腕で顔をかばった時だ。

 突如大音響がとどろいた。

「え・・・・・。」

瑞鶴が恐る恐る目を開けると、自分の前に艦娘が立ちはだかっていた。主砲からは煙が出ている。そして左手は虚空にまっすぐに向けられていた。その先には燃えカスとなった敵艦載機が無残な姿で海に落下していくのが見えた。

「き、紀伊・・・・!?」

瑞鶴は信じられなかった。あの距離では駆逐艦でさえも絶対に間に合わないはずだったのに、紀伊は瑞鶴の背後に回り、主砲を撃ち放して敵を爆弾もろとも消滅せしめたのだ。

「瑞鶴さん、大丈夫ですか!?」

紀伊が瑞鶴を見ながら叫んだ。

「え、ええ・・・・。」

「紀伊さん、ありがとう!私と綾波さんが敵を食い止めますから、後を頼みます!!」

追いついてきた榛名がそういうと、綾波を促して出現した敵の小艦隊に突撃していった。

「不知火さん、由良さん、瑞鶴さんを護って後方に退いてください。ここは、私がやります!!」

紀伊はきっと敵をにらんだ。そのすきに榛名と綾波は前方に展開する敵の小艦隊に向けて主砲撃を開始していた。たちまち海面が沸き立ったが、二人は的確な動きで次々と敵を撃破していった。

すかさず待機していた別の艦載機が襲い掛かってきた。

「主砲、三式弾装填!!信管作動距離700!!方位140。仰角最大!!」

紀伊の左手が前に振られた。

「テ~~~~~~~~~~ッ!!」

轟音とともに主砲が発射され、殺到する艦載機の周りに次々と炸裂し、無数の火の玉に替えた。煙が消え去った時紀伊はあっと声を上げた。いつの間にかまた艦載機が出現して今度は敵を追い散らしつつある榛名と綾波の方に攻撃を加えようとしている。また半数が紀伊たちのほうに襲い掛かってきた。次々と艦載機は撃ち落とされるが数が多くてなかなか倒せない。

「これではきりがありません。」

機銃を連射しながら不知火が冷静に言う。

「私にもっと対空火器があれば!」

由良が悔しそうに叫んだ。

「く・・・どうすれば・・・!!」

応戦しながら紀伊は唇をかんだ。

「紀伊・・・・。」

傷ついた声がした。紀伊が振り向くと、由良の肩にすがった瑞鶴だった。

「いくら敵艦載機を撃ち落としても・・・元を絶たないと・・・・駄目よ・・・・。」

「元を・・・・絶つ・・・・・・?」

紀伊はいぶかしげに瑞鶴を見つめた。

「そう・・・あなた・・・・空母でもあるでしょ。その飛行甲板・・・・・役に立たせてみせなさいよ・・・・。」

「でも・・・・。」

紀伊は自信がなかった。さっきは転覆しそうになって艦載機そのものが発艦できなかったくらいだ。

「だいじょうぶ・・・・あなたなら・・・・できるわ・・・・私を助けてくれたあなたなら・・・・・・・・・。」

瑞鶴は傷を負って苦しそうだったが懸命に言葉を発し続けた。

「風上に向かって・・・走り・・・・合成風力で・・・・艦載機を飛ばすの・・・・・。」

「瑞鶴さん・・・・・。」

紀伊は瑞鶴を見つめた。傷を負ってボロボロになっていたがその姿はまさに正規空母だった。こんな姿になっても瑞鶴は最後まであきらめようとしていない。ふと紀伊は脳裏に何か光のようなものが差し込む感覚にとらわれていた。

(これ・・・この光景・・・・どこかで・・・・。あっ!)

以前呉鎮守府に来る途中のことを紀伊は思い出していた。あの時も重傷を負いながらも自分を叱咤激励してくれた暁がいた。今も瑞鶴が自分を激励してくれている。その思いに応えなくてはならないと紀伊は感じた。それに、このままでは航空戦力で決定的に劣る第七艦隊は敵艦載機の前に壊滅してしまう。

 

この窮地に立ち迎えるのは、正規空母並の装甲甲板を持っている自分しかいない。自分がやらなくてはならない。紀伊の心は決まった。

 

「・・・わかりました。やってみます!!」

紀伊はうなずいた。

「少しの間、お願いできますか?」

紀伊は由良と不知火に尋ねた。

「お任せください。瑞鶴先輩を必ず護って見せます。」

不知火はうなずいた。

「ここは大丈夫ですから、早く!お願いします!」

由良もうなずいた。紀伊はうなずき返すと、水面をけって西の方に走り出した。それを追って敵機が殺到する。紀伊は流れるような動きでそれをかわし、走り続けた。

「対空火器、後方の敵を防いで!!」

紀伊の言葉に艤装に備え付けられたあらゆる対空火器が火を噴き上げた。次々と敵機は撃ち落とされるが敵も爆弾を投下し、紀伊の前後左右に水柱が噴き上がる。

「風を読む・・・・風を感じる・・・・・風に乗る・・・・・。」

紀伊の眼がある一点を捕えた。

「捉えた!!」

水柱が立ち上る中、飛行甲板が水平に突き出された。真正面から吹き付ける逆風が紀伊の右腕に感じられた。

(お願い!!少しでもいい。皆を助けて!!)

「艦載機隊、発艦はじめ!!」

紀伊は叫んだ。開口部が開き、次々と艦載機が空に舞い上がっていく。

「見てください!!」

戦闘のさなか綾波が叫んだ。榛名が西方を見ると、艦載機が次々と空に舞い上がっていくのが遠目に見えた。

「紀伊さん・・・・やりましたね・・・・!」

榛名は微笑んだ。

 

「敵の艦載機の襲来した方角に、空母があるはずです!艦載機の皆さん、索敵、お願いします!!」

紀伊が叫んだ。

 飛び立った艦載機隊は反転し、敵機が飛来してきた方角に低空で飛んでいった。紀伊はその後を全力で走り、懸命に耳を澄ませた。その耳に雑音らしいものが入り込んできた。

(見つけた・・・・!!)

紀伊が顔を上げるのと、艦載機から入電があるのとが同時だった。

「敵の軽空母、それに正規空母が1隻ずつ!!随伴艦隊を先行させ盾にし、自分たちはその後方から、つまりアウトレンジ戦法で私たちを狙ってきていたのね・・・・!」

紀伊の右手が振られた。

「急降下爆撃機、敵軽空母を!!雷撃機隊は敵正規空母を!!攻撃開始!!」

爆音とともに猛然と突っ込んでいった爆撃機彗星は撃ち落とされながらも無数の爆弾を軽空母ヌ級に命中させた。たちまち黒煙が空に上がっていく。それが紀伊の眼に映った。

「敵、視認!!雷撃機、お願い!!」

紀伊が叫んだ。低空すれすれを飛ぶ流星攻撃機隊は敵の対空砲火にも屈せず、次々と魚雷を投下した。それが海上を走り、ヲ級に殺到すると大爆発を起こし、消し飛ばした。

「今だ!!主砲斉射、はじめ!!テ~~~~~~~~~~ッ!!」

紀伊の左手が振られた。海面をとどろかせた主砲弾はまっしぐらにヌ級を直撃、粉みじんに粉砕した。

 


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