艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第三十三話 究極の索敵網

第一機動艦隊が、その総力を挙げて敢行してきたアウトレンジ戦法。

 

それも紀伊たちの奮闘で、失敗に終わり、第一機動艦隊はその艦載機戦力の大半と、高速戦艦6隻以下の主力を失って、敗退していった。

 

とはいえ、紀伊たちも無傷では済まなかった。重傷を負った紀伊と比叡、讃岐、そして清霜は入院。特に清霜はまだ命はあるものの、重体と言っていいほどの傷を受けており、メディカル施設の中の最重要病棟に入院して集中治療を受ける身となったのである。

 

第一機動艦隊に手痛い打撃を与えたとはいえ、艦娘たちも大きな損害を受けたことに軍令部は衝撃を受けていた。

こと、ミッドウェー本島攻略作戦の前であり、大事の上にも大事を取っていた矢先である。

そのため、この海戦における損害の原因究明は徹底的に行われていた。沖ノ島攻略戦ですら、そのようなことが行われなかったにもかかわらず、である。いかにヤマト海軍軍令部がミッドウェー本島の攻略作戦を重視し始めていたかがわかるだろう。攻略に当たっての障害は残らず取り除いておきたい、というのが軍令部の意向だった。

 

戦闘に参加した艦娘たちも証言させられ、また、偵察機妖精などの報告をまとめると、ある一つの結論が浮上してきたのである。

 

紀伊たちが戻ってきて2週間後――。

重苦しい表情を見せて、艦娘たちが会議室に集まってきていた。

「・・・・前回紀伊たちがあれほど激しい攻撃を食らったのは、敵が我々の行動を察知して待ち構えていたからに他ならない。いや、そもそもこれまでの作戦は悉くそういうことだったとみていいだろう。」

長門が会議室で主だった艦娘を集めて会議を開いていた。

「敵は正確にこちらの人数と編成、そして出撃目標を読み取り、迎撃に出ているのだ。」

「そんなことはわかっているわよ。その原因が一体何なのかわからないの?」

「やっとそれがわかったんだ。」

長門は尾張の反駁をそう言って消した。

 

 

「レーダー搭載の深海棲艦だ。」

 

 

これには艦娘たちもざわざわという驚きの私語を発し始めた。

「電探よりも強力な索敵能力を持ち、そしてこちらの海上勢力の陣容のみならず陸上の施設などの詳細も探知できてしまう。」

だから横須賀鎮守府への空襲があれだけ正確なピンポイント攻撃だったわけだ、と長門が言った。

「これを放置していては今後の我々の作戦に大きな障害を及ぼすことは明白だ。そこでレーダー艦を捜索、これを発見次第撃沈する。」

「ですが、レーダー艦が何隻いるのか、どこにいるのかがわからないと・・・・・。」

榛名が口を濁した。

「その点は心配ない。紀伊たちから得られた情報をもとに解析しなおしたところ、交戦中の敵のレーダー艦が発していると思しき電波をとらえることができた。それを見ると、レーダー艦は全部で3隻。そしていずれもが広大な太平洋上に展開していると見て取れた。正確な位置はわかっていないが、おおよその位置は特定できる。大淀。」

「はい。」

ディスプレイ上に問題のレーダー艦の位置が表示されたとたん、艦娘たちがざわめいた。

「離れすぎている・・・!!」

矢矧の発した言葉が皆の思いを代表していた。

「鎮守府近海に一隻、北方に一隻、そして沖ノ島の東方に一隻・・・・これを全部破壊しなくちゃならないのか?」

麻耶が無茶苦茶だというように両手を広げた。自分たちの防衛の要であるレーダー搭載艦に敵が向かえば、当然深海棲艦も黙っていない。全力を挙げて阻止するだろうし、何よりこちらの行動はすべて筒抜けだ。敵が網を張る真っ只中に突撃しようと言っているようなものである。

「大変だなぁ。基地航空隊で破壊できないの~?」

と、舞風。

「艦載機や航空隊は使い捨ての矢じゃないんだよ!」

飛龍がいつになく強い調子で言った。

「あ、ごめんなさい・・・・。」

舞風がしゅんとなる。

「実は我々も既に二度航空隊を派遣している。だが、一回目の攻撃は相手を発見できず、二回目の攻撃では相手に肉薄できたが、撃沈するには至らなかった。」

「だったら三度目は!?」

こう発言したのは古鷹だったが、長門がと息を吐いた。

「実はここ最近の連戦で航空隊の損傷が激しい。資材は充分にあるが、機を生産できるだけの設備が追い付いていないのだ。軍令部から航空隊を使用した作戦を当分中止するように言われたよ。」

「そんな・・・・!!」

「したがって・・。」

長門は艦娘たちを見まわした。

「レーダー搭載艦は我々の手で沈めなくてはならない。」

きっぱりと放たれた言葉は静まり返った会議室に響き、そして消えた。

 

 

 窓の外から蝉が盛んに鳴き声を上げている。夏も盛りを過ぎ、そろそろ秋に差し掛かろうという頃だったが、彼らは夏の盛りと同様鳴き続けている。秋を迎える前の、死を迎える前の最後の輝きを放っておこうというかのように。

「いいわ。」

一人の艦娘の声が沈黙を破った。

「私が行く。」

そう言って立ち上がった艦娘を見た誰もが目を疑った。長門を見返していたのは尾張だったからだ。

「お前がか?」

「あなたが!?」

「お前が!?」

武蔵、陸奥、長門の三人が同時に声を上げた。

「そうよ。同型艦の・・・姉のしくじりは妹である私が償うわ。当然の事でしょ。」

「お姉様、紀伊姉様は――。」

「もちろん!」

尾張はちらと近江を見ながら、その反駁を封じた。

「私は姉がしくじったとは思ってはいないわ。姉は最善のことをした。もっとも、プロトタイプだから私には及ばなかったけれどね。私がいたらもっと被害を小さくできたはずだもの。でも、そんなことはどうでもいいわ。」

尾張は長門のみならず皆を見まわしていった。

「言っておくけれど、私は紀伊型空母戦艦が優れているから志願したんじゃないわよ。この局面で尻込みするようでは、いっそ深海棲艦に殺された方がましだと思っただけ。私たちには行くか引くかどちらかしかないんだから。」

艦娘たちが口を開く前に、近江が立ち上がっていた。

「皆さん、すみません。尾張姉様の発言に不快を覚えてしまっていたら、申し訳ありません。ですが、私は姉様の最後の言葉に同感します。このままじっとしていても何も変わるものはないと。ですから・・・私も行きますわ。」

「なら、私も行く。」

そういって川内が立ち上がった。

「水雷戦隊の軽快さ、きっと必要になるよ。今回は敵の攻撃をかいくぐりながら、レーダー搭載艦を探すんでしょ?だったら、動きやすい水雷戦隊を連れていった方がいいと思うな。」

「・・・・・足手まといにはならないでよね。」

「その言葉、そっくりそのまま返してあげる。」

一瞬川内と尾張の視線が宙で交錯したが、どっちも不敵な笑みを浮かべていた。

「なら、私たちも行きます!」

吹雪、浜風、浦風、村雨が手を上げていた。

「水雷戦隊には川内さんだけでなくて、私たちも必要です。そうですよね?」

「私たちも、戦います。」

「うちもがんばるけぇ!」

「村雨、いっきま~す!!」

吹雪たちだけではなかった。堰を切ったように一斉に艦娘たちが立ち上がっていた。

「なるほど。」

長門はふっと口元を緩めた。

「流石は紀伊の妹だ。姉と同じように、皆に気迫を伝播させる・・・いや、取り戻してくれたと言った方が正しいか。」

「姉と一緒にしないで。私は私なんだから。」

尾張は胸に手を当てた。

「よし、だがもう一度聞くぞ。今回の作戦は想像をはるかに超える困難さが待っているだろう。それでも行くか?」

尾張は微動だにしなかった。目は真っ直ぐに長門を見返し、そして静かに強く言い放った。

「姉の開いた道は私が完全に仕上げて見せる。」

「よし。」

長門は強くうなずき返した。

 

 こうして、レーダー搭載深海棲艦という新たな、そして最大の障害を取り除くべく、3つの挺身隊が編成されることとなった。

 鎮守府近海のレーダー搭載深海棲艦の撃破に向かうのは、扶桑、山城、大鳳、鳥海、阿賀野、初風 磯風 野分。

 

 北方のレーダー搭載深海棲艦の撃破に向かうのは、金剛、榛名、飛龍、蒼龍、高雄、麻耶、黒潮、早霜。

 

 そして――。

 

 もっとも最重要かつ、困難だと思われる東方に展開するレーダー搭載深海棲艦の撃破に向かう決死隊には、尾張、近江、川内、吹雪、浜風、浦風、村雨が志願したのである。

 彼女たちだけでなく、主だった艦娘が悉くと言っていいほど志願したが、あえて少数にしたのは、それだけ秘匿する必要があることと、尾張、近江の紀伊型空母戦艦の底力に頼るところ大であったことによる。

 何よりも、尾張自身が放った覚悟の言葉に全軍が声こそ出さなかったものの、感銘を受けており、それならば尾張に姉である紀伊の開いた道を進ませ完成させようという配慮がされたのであった。

 

 

 出撃は3日後と決まった。それまでは各員が英気を養いながら2日間通常業務に専念し、その間に順次改装を受けることとなる。そして、最後の1日を休息に当てることとなるのである。

 

 

* * * * *

紀伊はそっと清霜のベッドのそばに座った。滾々と眠りについている清霜の顔色はよくない。メディカル妖精の話では集中治療の甲斐あって、峠は越したものの、それでも予断を許さない状況だという。比叡たちも大けがをしているが、命に別状はなく、意識もある。一番重傷を負っていたのは清霜だった。

自分の一瞬の油断から、清霜に大けがを負わせてしまったことを紀伊は悔やみ続けていた。

(あの時もっと周りを見まわしていたら――!!どうして――!!私は、大馬鹿よ!!バカ、バカ、バカ、バカ、バカ―――!!!!}

紀伊は自分を責めつづけていた。傍目で見ていられないほどの憔悴ぶりだった。

 

高速修復剤や、新型蘇生薬の使用申請はまだ認められていない。これは清霜だけでなく、紀伊たち全員に対しての事だった。理由は、例のレーダー搭載艦破壊作戦や残存する第一機動艦隊との決戦を別艦隊が行った後、ミッドウェー本島攻略を行うため、日数があることである。通常入渠で治せるのなら、できるだけ資源を節約したいというのが上層部の意向のようだ。

「姉様・・・・。駄目です・・!まだ姉様も重傷なのに、そんなに無理しちゃ――。」

讃岐が小声で、だが強い口調で言った。

「私のせいで、清霜さんがこんなになったのに、私だけ寝ているわけにはいかないわ。」

紀伊は首を強く振った。

「紀伊さん・・・・それではあの時の瑞鶴さんと同じですよ。」

榛名が後ろから心配そうに声をかけた。南西諸島攻略作戦で重傷を負って意識不明の翔鶴をずっと瑞鶴はつきっきりで見守っていた。その時に紀伊と榛名が見舞ったが、起きているからとはねつけられ、鋭い言葉で追い返されてしまったのだ。

 

 今の紀伊はまさにその瑞鶴のようだと榛名は言っているのである。

 

それに対しても、紀伊はうなだれたまま、

「・・・・・私、あの時も・・・そして、鳳翔さんの時も偉そうにああいいましたけれど・・・・全然、本当に全然、わかってなかったんですね・・・・・。自分が同じような立場になってみたら、とてもそんな寝ているなんてできない・・・・。」

「紀伊さん!」

「少し・・・清霜さんと二人にしておいてもらえますか?」

「駄目よ。」

鋼鉄の声がした。3人が振り向くと、葵が病室に入ってきていた。

「紀伊。清霜のそばにいてあげたいという気持ちはよくわかるけれど、それでは逆効果なのよ。すぐに出なさい!」

「逆、効果?あ、ちょっ――!!」

唖然としている紀伊たちを葵は強引に外に連れ出した。

「そう。清霜はね、今はものすごくデリケートな状況なの。私たちが病原菌をまき散らして、清霜が感染したらどうするの!?」

「びょ、病原菌って――。」

「えええ!?私たち、そんなに汚いんですか!?毎日お風呂に1時間入ってボディクリームぬってるのに・・・・ショック。」

榛名が何ともいえない顔をし、讃岐はジットリ目で葵を見返したが、一人紀伊は視線を病室に向けていて、心ここにあらずと言った様子だった。

「人間の体の中には何億っていう細菌が住んでるのよ。いい菌もあれば悪い菌もあるわ。だから私たちは菌まみ――。」

「やめてください。」

榛名と讃岐が同時に声を上げた。

「あ~あ、これだからアラサーの人はデリカシーがないんじゃん。」

「何か言った?」

葵のにこやかな笑顔のしたにものすごい殺気を感じた讃岐は、

「いえ、何でもありません。葵お姉様。」

「ま、とにかく。そういうわけだから、紀伊。・・・紀伊!」

紀伊は再三名前を呼ばれて、ようやく葵の方を向いた。

「あなたはあなたで早く自分の体をなおしなさい。これは命令よ。命令違反なら、あなたを即刻呉鎮守府に帰投させるわ。いいわね?」

そうまで言われては、清霜の部屋に残ることはできない。紀伊は肩を落とした。

「そのかわり・・・・あなたに一つ課題を与えるわ。」

「課題?」

すっと紀伊の眼の前に束になった折り紙が差し出された。

「これ、折り紙、ですよね?」

と、榛名。

「そう。清霜や他のみんなが元気になってほしいと本気でそう思うのなら、千羽鶴を作りなさい。」

「千羽鶴?」

「そう。折り鶴の作り方は知ってる?あれを千羽折ると願いが叶うと言われているわ。まぁ、本当かどうかは知らないけれど、要はそれを作る人の気持ちが伝わるかどうかっていうところがポイントなの。」

葵の話を聞いていた紀伊の頬が徐々に紅潮してきた。

「わ、私やります!それで清霜さんたちが元気になるなら、やります!」

「私もお手伝いします!」

「讃岐もやります!姉様!」

「でも、まずはその腕を治さないとね。感染症になったら大変だから1日は絶対安静よ。これも命令です。」

「そんな――。」

「後は好きにすればいいわ。・・・・・メディカル妖精!!」

「そんな!!ああぁぁっ!!」

葵の声に応じてどこからともなく表れた幼い少女の様な妖精たちがあっという間に紀伊を引っさらうようにして連れ去っていった。

「やれやれ、これでひとまずはいいかな。」

「ウソだったんですか?紀伊さんを病室から遠ざける口実であんなことを?」

榛名の問いかけに葵は額に手を当てて吐息を吐いた。

「あれで紀伊までが倒れたら私は軍令部に辞表を出さなくちゃならないもの。それに、自分の身体を管理できない者は他人の身体を心配する資格はないわ。」

榛名と讃岐は顔を見合わせてうなずき合った。

「あ、そうだ。あの、そ、その・・・さっきの話は嘘なんですか?」

と、讃岐。顔が赤い。

「さっきの話?千羽鶴の話は嘘じゃないわよ。昔からある風習だもの。」

「そうじゃなくて、あの、その・・・菌まみれ――。」

葵が目を見開き、ついであきれた様に横目で讃岐を見た。

「本当よ。艦娘だろうがなんだろうが、人間の端くれなんだから菌くらいいても――。」

「もういいです。」

 

 

 

その同じ病棟でやや離れた病室では、金剛と霧島が比叡を見舞っていた。

「比叡、大丈夫ネ?」

金剛が心配そうに比叡に話しかける。

「だ、大丈夫です。ごめんなさい、お姉様・・・・私がドジを踏んで心配をおかけして・・・・。」

比叡が体を起こしかけたので、

「無理しないネ。まだDon`t Move。Require rest in bed!!安静が必要ヨ。」

「そうですよ、比叡お姉様。絶対安静です。無理に動いたりしたら、金剛お姉様に心配をおかけしますよ。」

と、霧島。

「そうデ~ス。比叡、お姉ちゃんの言うことは聞くデスヨ。」

「は、はい!」

比叡が恥ずかしそうに毛布を鼻の上にまでかぶった。

「それにしても・・・金剛姉様。レーダー搭載型深海棲艦、撃沈できるでしょうか?」

霧島が金剛に聞いた。

「Why?」

「敵の防衛と攻撃の要、切り札ですよ。撃沈しなくてはならないと思っていますが、早々簡単にやられないでしょうし、そもそも会敵できるかどうかもわからないですし・・・・。」

「霧島は心配性ネ~。Don`t worry!!くよくよしていても仕方ないネ!」

金剛は指を立てた。

「ですが――。」

「絶対やらなくちゃならない時に、心配ばかりしていてもうまく行きませんヨ。」

金剛の言葉を聞いた霧島ははっとなった。やれるかやれないか、ではない。やらなくてはならない、なのだ。どんなに可能性が低かったとしても、全力を尽くしてレーダー搭載深海棲艦を倒さなくては、先に進めない。なら、やるしかないのだ。

「それに、私たちの妹にこんなことをした深海棲艦、許しておけないデ~ス。」

静かな声だったが、それだけに闘志がにじみ出ていた。

「霧島。私と榛名が必ずレーダー搭載深海棲艦を撃沈してきマ~ス。だからそれまで比叡をお願いネ。」

金剛と榛名は北方に展開するレーダー搭載深海棲艦を撃破しに向かうことに決定していた。

「金剛お姉様・・・・。」

比叡がそっとベッドから手を出して、空をまさぐり始めた。金剛がそれをしっかりと握りしめると、安心したかのように手の動きは止まった。

「大丈夫ヨ。必ず私たちは帰ってくるネ。だからそれまでゆっくり休んで、元気を出してくださいネ、比叡。」

「はい。お姉様、どうか・・・どうかご無事で・・・!!」

祈るような比叡に、金剛はちょっと片目をつぶって、応えて見せた。

 

 

 

 

 

2日後――。

「大丈夫なの?!」

思わず紀伊は折り鶴を折る手を止めていた。それもそのはずで、紀伊は初めて知ったのだった。尾張、そして近江を中心とする挺身隊が例のレーダー搭載艦の撃沈を企図として出撃するということを。さらに大和、武蔵を中心とする水上部隊が敵の眼を引き付け続けるため、あえて敵の正面海域に進出するという。

「こんな作戦・・・・・!」

紀伊は絶句した。当然こちらの被害は零では済まない。ミッドウェー本島攻略を前にして個の様な損害を顧みない作戦を遂行していいのか。

「損害を顧みないんじゃない。」

尾張の声が聞こえた。紀伊が顔を上げると、真正面からこちらを見ている。

「私たちは、私たちの道を切り開くために戦う。それだけよ。」

「それは――。」

そうだけれど、と言おうとした紀伊の口が閉じられた。

「あなたが今回の戦いで清霜や比叡に重傷を負わせて自分を責めつづけるのは勝手だけれど、私に言わせれば、それは不可抗力だった。」

「不可抗力!?私が油断しなければ――。」

「あなたは機械じゃない。」

尾張の言葉が紀伊を遮った。

「あなたは機械じゃない。機械でさえエラーを起こすわ。まして私たちは艦娘、人間の端くれ、機械じゃない。ヒューマンエラーは起きて当然の事。でもね、機械は一度壊れてしまえば、そこで終わりだけれど、私たちは死なない限り、あきらめない限り、何度だってやり直すことができるのよ。それをむざむざ捨て去るようなら、所詮はあなたもそこまでの人だったというわけね。」

「ちょっとそんな言い方ないでしょ!?」

讃岐が顔色を変えた。

「讃岐、いいわ。」

紀伊は讃岐を制した。

「紀伊姉様。」

近江が口を開いた。

「姉様は少しでも早くお元気になってください。清霜さんや比叡さんたちはきっと元気になります。元気になった時姉様がしょげていたら、皆が笑いますわ。それに・・・・。」

近江は一瞬つらそうに目を閉じたが、すぐに目を開けていった。

「こんなことを敢えて言いたくはないですけれど、鳳翔さん、そして綾波さんのことを考えてあげてください。」

「・・・・わかった。」

紀伊はすばやく言った。綾波のことは片時も忘れたことはない。そして彼女の死に責任を感じ続けている鳳翔が必死に立ち直ろうとしていることも。彼女はことに呉鎮守府の秘書官である。紀伊よりもずっとずっと重い苦しみを背負ってきているのだ。

「鳳翔さんでさえ、立ち直ろうとしているのに、私が折れてしまったら、きっと二人に笑われるわよね。」

紀伊は寂しく笑った。

「二人とも気を付けて。どうか怪我しないでね。無事に帰ってきて。お願いだから。」

「当り前よ。」

尾張は短くそういうと、病室を出ていきかけたが、最後に紀伊を向いて、

「私が帰ってくるまでにちゃんと怪我を治しておくのね。そして、いつまでもしょげかえっていたら、先日のビンタのお返しをさせてもらうわ。」

「ビンタ?」

讃岐が急に顔を上げた。

「へ~ぇ、ビンタ?紀伊姉様にビンタされたんだ。尾張姉様。」

「う、うるさいわね!!あんたもそのにやけた笑いをひっこめなさい!」

「ふ~ん?」

「いいわよ、私知ってるもの。あんたが入院をいいことに夜な夜なつまみ食いをしているせいで最近――。」

「わ~~~っ!!!」

「讃岐!!ここは病室なのよ、大声を出しては駄目!」

近江がし~~っ!と讃岐に指を立てた。

 

 

その日の午後、工廠――。

「夕立ちゃん。」

吹雪が夕立を呼び止めた。

「あ、吹雪ちゃん。改装終わったっぽい?すっごくかっこよくなったっぽい!!」

工廠から出てきた吹雪は、改装を終えて、改二になっていたのだ。

「あ、そうかなぁ・・・・。」

吹雪は顔を赤らめた。

「うん!!」

「ありがとう。・・・そういえば、私だけじゃなくて、麻耶先輩や鳥海先輩、それに飛龍先輩や蒼龍先輩たちも改二になったって妖精さんが言ってたよ。他の先輩方やみんなも改装を終え始めたみたい。」

「よかった!私だけじゃなんだか申し訳なかったっぽいから。」

でも、夕立ちゃんの火力にはかなわないけれどね、と吹雪は笑いながら言った。

「でも、吹雪ちゃんの対空砲火は私はかなわないっぽい!吹雪ちゃんは、これからは防空駆逐艦吹雪ってところかな。」

防空駆逐艦!と吹雪は一瞬頬を高揚させたが、不意に表情を沈ませた。

「どうしたの?吹雪ちゃん。」

「あの・・・清霜ちゃんのことを考えてたの。大丈夫かなぁって・・・・。」

「大丈夫だよ。」

夕立は『ぽい』を付けなかった。

「清霜ちゃんなら絶対大丈夫!吹雪ちゃんや私が信じてあげなくちゃ駄目っぽいもの。お見舞いにはいけないけれど、その分私たちが頑張ってレーダー搭載艦を沈めないと清霜ちゃんが怒るっぽい!」

夕立は飛龍、蒼龍らとともに北方にあるレーダー搭載深海棲艦の撃破に向かうこととなっていた。

「そっか・・・そうだよね、きっとそうだよね!」

吹雪が自分に言い聞かせるように何度も何度もうなずきながら言った。

「それに・・・・。」

今度は夕立が顔を引き締めた。

「それに?」

「私、綾波ちゃんの分まで頑張らないと!綾波ちゃん、改二にも改にもなれなかったから・・・・。」

吹雪は思わず夕立に声をかけたくなったほど彼女の顔色は尋常ではなかった。吹雪は知らなかったが、改装の話が持ち上がった時、夕立は葵にせがんで彼女から綾波についてのデータを見せてもらったことがある。もしも綾波が改二になっていたら、自分と同じくらいの火力を持つ駆逐艦として陣頭に立つはずだったのだと言われた。それは前世で互いに夜戦を戦い敵を混乱に陥れ大打撃を与えたことが影響しているのかもしれない。そうでないという意見もあるにはあるのだが、夕立はそのことになると記憶がはっきりしないのだった。無我夢中で戦って気が付けば轟沈寸前に海上を漂白していたことしか覚えていない。

 いずれにしても綾波が生きていて改二になっていたら、駆逐艦の『双璧』になるはずだったのだ。綾波の分まで自分が頑張らなくてはならない。夕立はそう決意していた。

「あ、吹雪ちゃん、夕立。」

改装を終えたらしく村雨が晴れやかな顔をして出てきた。

「今度の戦い、よろしくね!」

「よろしくね!」

「うん!」

「あ~でも少し不安があるんだ。」

村雨は周りを見まわして声を潜めた。

「私たちの旗艦って、あの尾張さんみたい。だいじょ~ぶかなぁ?」

「大丈夫、じゃないっぽい?」

「そんなことはないよ。」

吹雪が言った。

「私、紀伊さんと尾張さんと一緒に出撃したことがあるけれど、最後には尾張さんもだいぶ態度を変えてたもの。紀伊さんのおかげだよ。二人だって会議室での尾張さんの言葉、覚えてるでしょ?」

二人はうなずいた。

「以前の尾張さんだったらああいうことは言わないと思う。だから、尾張さんも変わってきたんじゃないかな。」

「その通り。」

3人が振り向くと、川内が立っていた。服がすっかり変わっている。ということは彼女もまた改装を受け、改二になったということだ。

「尾張さんは変わったよ。あれなら大丈夫。まぁ、紀伊さんの方が私は仕事しやすいけれど、尾張さんだって負けちゃいないと思うな。」

「すごい!川内さんカッコイイっぽい!!」

夕立が叫んだ。

「お、そう思う?これでますます夜戦がしやすくなったよ~。」

「あ・・・・。」

3人は触れてはいけないものに触れてしまったような顔をした。

「あ~あ、でもいいなぁ・・・村雨だけ改二じゃないし~。なんで夕立が改二になれて私がなれないのかなぁ~・・・。」

村雨が唐突に言った。川内の『夜戦』の話をそらすためで、案外本気でないのかもしれないが、そうはいってもその言葉には傷ついたような調子もいくらか含まれていた。

「ごめん・・・・なさいっぽい・・・・。」

「やだなぁ。夕立が謝ることじゃないよ。きっと後から改二になって、そうしたら夕立よりももっといい服や艤装をもらうんだから!」

「あっ!ずるいっぽい!!」

たちまち二人がにぎやかにしゃべり始め、川内もそれに加わった。それを見ながら吹雪は微笑んだ。どこか、寂しそうに。

(こうしてみんなで話をしているときが・・・・一番幸せ。できたらもっとこの時間をずっと過ごしていたいのに・・・・。)

そう、思っていた。

 

 

 


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