艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第三十二話 帰投

支援艦隊との戦いは紀伊たちの圧倒的勝利で終結した。

 

包囲体制が完了してから、敵の支援艦隊が撃滅するまで、それほど時間を要しなかったし、また損害もほとんどなかった。まさに完全勝利である。

「皆さん、お疲れさまでした!」

紀伊が全艦隊をねぎらった。どの艦娘も砲撃戦等で顔や服が汚れているが、どの顔も生き生きと輝いている。それぞれがそれぞれの役割を全力を挙げて全うし、成果を上げられたのだ。それまで失っていた自信も取り戻した者もいたことだろう。

「いいえ、紀伊さん、あなたの指揮のおかげです。」

赤城が穏やかに微笑みながら言った。

「指揮?まさか、そんな・・・私は何も指示はしていません。各戦隊の皆さんが的確に動いてくださったのだから――。」

「それは結果論です。的確に艦隊を配置したのは紀伊さんですよ。皆を信じて任せてくださったあなたのおかげなのですから。」

霧島も口を添えた。皆も声こそ出さなかったがその通りだという目で紀伊を見ている。紀伊はそれがいたたまれなくなった。胸の奥からくすぐったいような恥ずかしいような様々な気持ちが噴出し始めて、コントロールできなくなりそうだった。これが高揚感というものなのだろうか。

「あ、ありがとうございます・・・・。すぐに帰投しましょう。長居は無用ですよね。あ、ですが・・・・。」

紀伊は首を振ってその高揚感を打ち消そうとした。まだ戦いは終わっていない。ここは敵地なのだ。

「万が一に備え、赤城さん、加賀さん、そして讃岐。索敵機を発艦させましょう。」

「え~~~。帰路なのにですか?」

「帰路だからよ、讃岐。空母として索敵を重視するのは当然の事でしょう?」

「そうです。私などが言えることではないのですが、『慢心、駄目、絶対!』ですよ。」

その言葉に皆が笑った。赤城が前世での後悔を時折こんな言葉で表現することがすっかり知れ渡っているのだ。当人もそういいながら笑っている。それは無論冗談でもなんでもない。索敵が重要だということを赤城ほど身に染みて知っている者はいない。だが、それを一種の気分の和らぎの手段として使ってしまうところに、紀伊は赤城の芯の強さを感じていた。

「はい!」

讃岐はうなずいた。4人はそれぞれの方角に向かい、艦載機を発艦させ、索敵を開始した。

 

 それが終わると、紀伊を先頭に艦隊は輪形陣形を組みながら20ノット強の快速で戦場を離脱し始めた。

「思ったより敵は脆かったですね。」

霧島が紀伊に話しかけた。

「はい。」

うなずきながら紀伊もそれは感じていた事だった。こちらは完全に先手を取ってしまったといえばそれまでなのかもしれないが、フラッグシップ級も混ざっていたのだ。そう簡単に殲滅できるはずはない。しかも敵の艦隊は横須賀鎮守府を奇襲してきたほどの豪胆さと強力な練度を持っているのだ。支隊とはいえそれがあっさりと瓦解することは不自然ではないだろうか。それに――。

「あの、比叡さん?」

「ひえっ、なんですか?」

ぼ~っとしていた比叡は話しかけられて慌てて紀伊を見た。紀伊の傍らで霧島が額に手を当てている。

「比叡姉様、日ごろから注意散漫にならないようにって、あれほど言っていますのに。」

「わ、私、その、あの、ちょっとお腹が空いていて考え事していて・・・・・。ごめんなさい。」

「ああ!!そんな、いいんです!!わ、私こそいきなり話しかけてしまって・・・・。」

とんでもないときに話しかけてしまったと紀伊は顔を赤くしたが、すぐに咳払いして、

「それでですね、お聞きしたかったのは、この前の偵察の事なんです。」

「はい!なんでしょうか?」

「あの時・・・・私たちは敵艦隊はおろか、敵の偵察機にも遭遇しませんでしたよね?」

「はい。まったく出会いませんでした。行きも帰りも。・・・・そう言えば。」

比叡は急にあたりをきょろきょろと眺め始めて、

「そう言えば、ここの海域は私たちが以前に偵察した時に通った海域の近くですね。」

「やはり・・・・。」

紀伊は顎に手を当てて考え込んだ。

「どうかしたの?」

加賀が近寄ってきた。

「敵の索敵網が脆すぎる・・・・そう思いませんか?」

「そう言えばそうね~。」

愛宕が顎に指を当てながら言った。

「ここまでの道中でも敵の偵察機も偵察艦も見ていないし。どうしてかしら?」

「やはり、まさか――。」

加賀がつぶやいた時だ。

「前方左舷10時の方向に大部隊!!」

讃岐の叫びが全艦隊を貫いた。電流に撃たれたようにどの艦娘も一瞬で表情が引き締まった。

「姉様、索敵機からの報告です。敵は戦艦6隻を中心とした水上部隊!!しかもフラッグシップ級高速艦隊編成です!!20ノットを越える速度、単縦陣形でこっちに向かってきます!!」

「距離は?!」

鋭いまなざしと共に紀伊が妹を振り向く。

「約6万!!西南西に展開!!北東方向に航行中!!突っ込んできます!!!」

「これは・・・。このままでは、敵と並行戦闘になります。しかも敵は私たちの帰路を扼す形で展開していて、これを迂回するのは難しいでしょう。」

霧島が顔を引き締めた。紀伊はすぐに決断した。逃げられないのなら、いち早く戦闘準備を整えるしかない。

「全艦隊戦闘準備!!相手を振り切ることができない以上、交戦するしかありません。連戦ですが・・・・お願いします!!」

「もとよりそのつもりよ。連戦だからと言って後れを取るわけにはいかないわ。」

と、加賀。

「はい。加賀さんと一緒に一航戦の誇り、お見せします!」

「私たちもまだまだ戦えます。ご心配には及びません。」

と、矢矧。

「あらあら~。みんな元気ね~。私もよ~そろ~!いつでも大丈夫よ!」

「愛宕さんらしいです!清霜だって負けません!戦艦に負けない働きをして見せます!」

「私だって!いつでも踊れる準備、できてるよ!」

「舞風らしいわね。でも、私も行けます。」

「私もです!」

「フッ・・・準備は私とて整っている。」

皆が口々に言う。紀伊にはそれがとても頼もしかった。

「赤城さん、加賀さん、艦載機を発艦できますか!?」

紀伊が尋ねた。

「むろんです。直ちに戦闘態勢に移行します。第一戦闘速度に行くわよ、加賀さん。」

「了解。大丈夫、鎧袖一触よ。」

二人はいったん北に転進し、次々と艦載機を放ち始める。むろん紀伊も讃岐も後れを取らない。二人も転進し、一斉に艦載機を放ち始めようとした。その時だ。

「危ないッ!!」

一瞬それが誰に向けられた声なのか紀伊には理解できなかった。

「紀伊さん、後ろッ!!!」

清霜が叫んでいた。振り向いた紀伊、そして讃岐めがけて立て続けに爆弾が投下された。

「きゃあっ!!!」

讃岐が悲鳴を上げて後退する。紀伊も妹を顧みるゆとりはなかった。ものすごい衝撃が右腕を貫き、紀伊は声を上げていた。ぐらつく視界の隅に白い点が走り抜けていく。二人めがけて突っ込んできたのは撃ち倒したはずの敵の艦載機隊だった。

「どういうこと?!」

「まだ、どこかに敵の空母が!?」

艦娘たちがざわつき始める中、紀伊はその正体に思い当たった。同時に霧島が叫んでいた。

「これは・・・違います。敵の艦載機種は新型・・・・!!第一機動艦隊の艦載機隊がアウトレンジから総攻撃を仕掛けてきたんです!!!」

 

 

敵は支隊そのものを囮とし、紀伊たちが反転して退却するその時を狙い、総力を挙げてこれを包囲殲滅する作戦に出てきたのだ。

 

 

「讃岐、大丈夫?・・・・ぐっ!!」

紀伊は右腕を抑えた。装甲された甲板をなお貫いて敵の爆弾が命中している。これでは艦載機隊を発艦できない。紀伊は負傷した腕の痛みに耐えながら妹を見て、声を失った。

「さ、讃岐!!」

「姉様・・・・私、ドジッちゃいました。」

半ば照れ隠しのように笑いながら言う讃岐は、しかし目に動揺の色を強く浮かべていた。大きな怪我はしていないようだったが、艤装がひどくやられていた。敵艦載機からの攻撃を受けて飛行甲板のみならず、主砲も一部被害を受けていた。

「大丈夫。まだ1基は動かせます。問題ないです。空母としての機能は失っちゃったけれど・・・・・。」

「そんなもの鎮守府に帰ればすぐになおせるわ。讃岐、弱音を吐かないで・・・ッ!!」

紀伊はよろめいた。右腕から全身に物凄い痛みが走り抜けたからだ。

「みんな!!」

矢矧が叫んでいた。

「紀伊さん、讃岐さんを囲んで輪形陣形!!!敵艦載機を一機たりとも二人に向かわせるな!!!」

「応!!!」

各駆逐艦娘や能代たちも叫んでいる。

「い、いいえ、だっ、駄目です!!」

紀伊が喘ぎながら叫んだ。

「それよりも・・・・くっ!!」

腕の痛みに耐えながら紀伊が全艦隊を見まわした。

「全艦隊・・・・戦闘態勢に・・・・・ううっ!・・・移行・・・してっ・・ください!!相手をするべきは敵の水上部隊・・・です。」

「ですが――。」

その時、襲い掛かってきた艦載機隊が次々と突っ込んできた零戦部隊に撃破されて散っていった。

「敵の艦載機隊は私たちが抑えます。」

落ち着いた声がした。皆が振り向くと、赤城、加賀がおびただしい艦載機隊を上空に従えて戻ってくるところだった。

「第一航空戦隊の双璧である私たちが、たかが深海棲艦の艦載機隊に後れを取るはずはないわ。」

加賀が乾いた声で言う。大きくはないその声が盤石の響きをもって各艦娘の耳に届いた。

「任せてください。全艦載機隊をもって、防ぎ留めます。ですが・・・・。」

赤城が口ごもってしまった。それを引き取るように加賀が、

「その代り、水上戦闘には艦載機を少数しか割けない。雷撃、爆撃が各2個小隊程度。理由はわかるでしょう?」

「戦闘で消耗した零戦部隊を絶えず入れ代わり立ち代わり新手と交代しなくてはならないからですし、戦闘指揮に集中しなくてはならないからですよね?」

霧島が問いかける。

「そう。後れを取らないとは言ったけれど、私たちも今回は余裕はあまりないから。」

第一機動部隊の空母は少なくとも6隻であり、その艦載機の大半が攻撃に向かってきたということは、少なくとも100機を超える大編隊が向かってくることになる。

「ごめんなさい。ですが、全力集中しなくてはこの制空戦闘は乗り切れません。紀伊さん、讃岐さんが負傷されているのに・・・・。」

赤城が謝った。

「大丈夫・・です!」

紀伊が応えた。

「水上戦闘は私たちで頑張ります。」

湧き上がってくる鋭い痛みを紀伊は息を吸い込んで鎮めた。

「比叡さん、霧島さん。お願いします。主力戦艦同士の砲撃戦ではお二人の力が不可欠です。力を貸してください。」

今回は戦艦同士の同航戦による殴り合いになるだろう。今までは複合戦闘でけりがつくことが多かったが、今回は違う。こちらの被害も零では済まないだろう。

「もちろん!!任っせといて!!」

比叡が胸を叩く。

「むろんです!!私もやります。それより応急処置を。讃岐さんも・・・・。」

霧島と比叡が手早く二人の傷を包帯で縛ってくれた。多少痛みが和らいだ気がして紀伊は気が楽になった。

「メディカルヒーリングを施した包帯ですから、多少の傷の痛みの緩和にはなります。ですがそれも長くはもちません。」

「ありがとうございます。それで十分です。」

痛みが和らいで、思考ができるようになってきた。負傷しているとはいえ、鎮痛剤があるのはだいぶ違う。紀伊は気持ちを切り替え、顔を引き締めた。

「作戦を提案します。皆さん、ここが正念場です。よろしくお願いいたします。」

『はい!』

「能代さん、舞風さん、野分さんは赤城さん、加賀さんの護衛をお願いします。私たちの右翼後方に位置して敵の艦載機隊を追い払ってください!」

「はい!・・・いいんですか?」

ただでさえ総力戦を展開しなくてはならないというのに、護衛として3人も離脱してしまっていいのだろうかという想いが顔に出ていた。

「大丈夫です。赤城さんと加賀さんが全力戦闘指揮に専念できるように、お願いします。」

「能代、水雷戦闘は私が指揮する。大丈夫。」

矢矧が力強くうなずいて見せる。

「わかった。紀伊さん、任せてください。赤城さんと加賀さんを私たちで守り切ります!」

能代がうなずく。

「よろしくお願いします。」

赤城がいい、加賀も無言だったが、軽く頭を下げた。次に紀伊は水雷戦隊を振り向く。

「愛宕さん、矢矧さん、磯風さん、清霜さんは水雷戦闘に備えて待機。ただし進出する敵の軽巡艦隊は追い払ってください。敵の発射地点への接近を全力で阻止、水雷を撃たせないで。」

「了解です。」

「あ、清霜は砲撃戦に――。」

「戦艦になりたいからという動機で戦艦同士の砲撃戦に加わることはできないわよ。」

矢矧が怖い顔で言った。

「第一まともに敵の主砲を食らえば、私やあなたではひとたまりもなく轟沈するわ。」

「う・・・・・。」

清霜は恐れ入った顔で黙り込んだ。

「大丈夫。清霜さんには清霜さんにしかできないことをお願いします。」

紀伊が優しく話しかけた。

「軽快な水雷戦隊の排除は私たちには出来ません。だから、お願いです!」

「私にしかできない事・・・・」

清霜は一瞬言葉をのんだが、次の瞬間明るくうなずいていた。

「うん!頑張ります!」

「ありがとう!!戦艦部隊は私、讃岐、比叡さん、霧島さんの4人で相手します。」

「その怪我で、ですか?!」

大井が叫んだ。包帯を巻かれたとはいえ、紀伊の右腕はだらりと力なく下がっていて動かなそうだった。

「大丈夫・・・まだまだ戦えます。」

紀伊は気丈にうなずいて見せた。

「そして、大井さん、北上さん。あなたたちは私たちの切り札です。私たちが並行戦闘で敵を相手取ります。敵の眼が私たちに向いている隙をついて後方から迂回、敵の左翼から一気に突撃して全力で雷撃を敢行してください。」

大井北上は息をのんだ。この作戦の成否、ひいては全艦隊が生き残る成否が自分たちにかかっている。だが、二人ともすぐにうなずいた。

「わかりました。大丈夫です。北上さんとならどんなことだってやれます!というか、紙装甲なんて言わせないわ。」

「私もだよ。大井っちがそばにいてくれればどんな相手だって負けないもの。ね~。」

信頼しあう二人のことをほほえましく思う余裕は紀伊にはなかった。

「敵との距離、約5万!!」

讃岐が叫んだ。紀伊たちは覚悟を確かめるようにうなずき合い、一斉に白波を蹴立てて進み始めた。進みながら紀伊は自部隊が不利なことを自覚しないわけにはいかなかった。敵空母6隻からの艦載機隊は脅威だった。赤城と加賀は最強の第一航空戦隊の双璧だ。だが、その二人の力をもってしても五分五分に持っていけるところがやっとではないかと紀伊は思っている。数が違いすぎるからだ。だが、それでもあの二人はやる。きっとやる。絶対に敵の艦載機をこちらに向けさせない。紀伊はそう信じていた。

 そして、一番の山場であろうル級高速戦艦との渡り合いについて、紀伊は不安だった。何しろこちらは4人のうち二人も負傷しているのだ。やりきれるだろうか。

 

 

「見えた!!左舷に敵艦隊!!」

比叡が叫んだ。紀伊が左を向くと、単縦陣形でこちらに接近してくる敵艦隊が見えてきた。

「まだ日が高いうちに会敵できてよかったですね。これが夕方であれば日を背にしている敵にとって有利です。」

霧島が言った。

「ええ・・・全艦隊、戦闘配備!!短時間で敵を撃滅します!!」

敵の陣容が見えてきた。戦艦部隊を中心にその後方には重巡、そして軽巡部隊がいる。本来なら重巡と軽巡が真っ先に突撃してくるはずなのだが、今回はそれがない。紀伊はそのことが不思議だった。

「敵は・・・やはり高速戦艦フラッグシップ。」

 霧島がつぶやく。戦艦部隊の陣容がはっきりした。敵は6隻の戦艦を擁している。それもフラッグシップ級でしかも高速戦艦ばかりだ。対するにこちらの戦艦は4人しかいない。しかもそのうちの二人は空母戦艦で純然たる戦艦ではないし、おまけに負傷している。讃岐に至っては使用できる主砲は1基だけだ。さらに敵は高速艦隊なので、こちらの高速戦艦の利点は強みにならない。

 この状況下で敵の戦艦を追い払い、無事に帰ることができるだろうか。戦闘準備に移行しつつある全艦娘たちを見ながら紀伊はふとそんなことを思っていた。

(いけない!!そんな弱気なことを思っていては勝てない!!いいえ、勝たなくていい。全員無事に連れ帰ることができればそれでいい!!お願い・・・綾波さん・・・神様!!!)

今はそばにいない綾波に紀伊は祈りかけていた。

「大丈夫ですよ。」

紀伊は振り向いた。霧島が微笑んでいる。だがそのほほえみの中には不敵な色合いが混じっていた。

「私たちはどんな敵にだって負けません。それに、戦艦同士の戦いは私の望むところです。前世では後れを取りましたけれど・・・・今回はそうはいきません!」

「私も!前世みたいにもう二度と足をやられたりしないから!」

霧島、比叡の二人が闘争心を示している。さすがは戦艦だと紀伊は思った。

(私も、二人に負けないように頑張らなくちゃ!!)

「姉様、敵艦隊単縦陣を取って9時方向から高速で接近中です。距離2万8000!・・・いいえ、2万6000を切りました!!嚮導艦の動きが止まった!?違う、あれは転進しようとしています!!次々と転進してこっちに並走するようです!!!」

讃岐が次々と報告する。やはり敵は同航戦での徹底した決戦を挑んでくる様子だ。そこまで読み取って紀伊は敵の狙いがわかった。こちらの4人の戦艦を沈めてしまえば、たとえ6隻のフラッグシップが全滅しても無傷の重巡、軽巡戦隊をもって残存艦隊を沈められるとみているのだろう。そうであれば、迎撃側としては敵の戦艦を最小限の被害のなかで沈めなくてはならない。

「指揮系統をつぶして敵を混乱させるしかない・・・!!」

紀伊は即座に判断した。

「敵が転進している今がチャンスよ、讃岐、比叡さん、霧島さん!全砲門をもって敵の嚮導艦を全力集中射撃、お願いします!!」

『了解!!』

高速で各隊が動いている。その体に受ける風圧はすさまじいものだった。波しぶきが飛び散る中を砲塔が旋回し、敵に狙いをつける。

「距離2万3000!!有効射程距離です!!諸元入力急げ!!」

「完了!」

「こちらもです!」

「姉様!」

うなずいた紀伊は敵艦隊をにらんだ。

「全主砲、斉射、テ~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

轟音と共に各砲塔から打ち出された巨弾がまっしぐらに飛んで、敵の嚮導艦に多数命中したが、沈まない。

「流石はフラッグシップ級!!硬い・・・・!!」

紀伊が歯を食いしばった。

「まだいけます!敵が新進路に着くまでが勝負です。もう一度!!紀伊さん!!」

霧島が叫んだ。

「わかりました!!主砲、次弾装填!!第二斉射・・・・用意・・・・!!」

紀伊の左手が振りぬかれた。

「テ~~~~~~~~~ッ!!!」

轟音と共に嚮導艦が大爆発し、四散しながら黒煙を上げ沈むのが見えた。だが、後続艦隊の足は止まらない。二番手が撃破された一番手にかわって嚮導艦となり、新進路につき始めた。むろん紀伊たちも全力射撃で応じたが、敵は次々と回頭。新進路に並び、ついに並行戦闘陣形を作り上げた。

「ここまで敵の2番手は中破。3番手は小破にとどまっています。敵の主砲が打ち出される前に何とかしないと!!」

讃岐が慌てた様子で叫ぶ。

「讃岐落ち着きなさい!焦ると外すわよ!もう一度構えて!!」

紀伊がそう言った時、敵艦隊の戦列におびただしい火光がきらめいたのが見えた。

「敵、砲撃を開始!!」

比叡が叫んだとき、ものすごい水柱が襲った。すぐ近くだ。初弾から狭窄だ。

「ここからが勝負です!皆さん、よろしくお願いします!」

紀伊が叫んだ。

「了解です。無理をしても撃って撃って撃ちまくります!」

と、比叡。数で劣る艦娘たちにとっては、この短時間の間に主砲が焼けただれ吹き飛ぼうともできる限りの砲弾を相手に送り込む必要があった。その如何については各艦娘の技量と気力とにかかっている。紀伊も顔を引き締めた。

「さぁ、砲撃戦!開始するわよ~!」

「撃ちます!あたってぇ!!」

霧島、そして比叡が砲戦を開始した。

「35,6センチ3連装砲1基だけだけれど、でも、戦艦として存分に暴れちゃうよ!!う~~~~~てぇ!!」

讃岐が腕を振りぬく。

「旗艦として撃ち負けるわけにはいかない・・・・・。主砲全門全力集中射撃、開始です!!テ~~~~~~~~~~ッ!!!」

敵深海棲艦艦隊も応戦し、双方ともに凄まじい砲撃戦が展開された。

 

並行戦闘では互いの姿、そして被害状況がはっきりと見えている。

 

どの深海棲艦も絶え間ない砲弾の狭窄、命中そして爆炎を立ち上らせているが、その砲撃活動は活発でやむところを知らない。一方の紀伊たちも当然無傷では済まなかった。絶えず前後左右に砲弾が落下し、水柱が林立する中を全速航行で進む。その砲弾の炸裂する破片が飛んできて、艤装に当たり、派手な音を上げたかと思うと、その付近に凄まじい飛翔音を上げながら巨弾が落下していく。海上は煮えるように沸き立っていた。

 

 後ほどこの戦闘結果を聞いた葵はこう感想を漏らした。

『並行戦闘は双方共が一定の距離で撃ちあうまさに陸上の白兵戦なのよ。したがって双方の被害はすさまじいものになるわ。この戦闘を行う上での勝利の方程式は次のとおり。いかに自分たちの射撃可能な主砲砲門数を確保し続けるか。そして、いかに短時間で多くの砲弾を相手に叩き込むか。自分たちの損害よりも敵に対するダメージの与え方を考慮するべきね。ま、後は気力がどこまで続くかどうかかな。』

 

 戦闘に突入してから数分後が経過していた――。

(敵の艦載機が来ない・・・。さすがは赤城さんと加賀さん、そして護衛の能代さんたちの働きあってこそね。)

ここで艦載機まで飛来してくれば、紀伊たちは全力集中射撃ができない。その結果なし崩し的に戦線が崩壊して全滅させられる可能性がある。各員がそれぞれの位置でそれぞれの役割を果たしているからこそ、かろうじて戦線が維持できている。

 

このままのりきれるか――。

 

 突然だった。紀伊の耳に凄まじい轟音が飛び込んできた。紀伊が振り向くと、黒煙から飛び出してきた艦娘がいる。

「比叡さんッ!!」

「すみません・・・・ドジを踏んじゃいました・・・・。」

比叡が一瞬ばつが悪そうに笑ったが、顔をゆがめるとぐらっと倒れ掛かった。

「比叡姉様ッ!!」

「大丈夫ですかっ!?」

駆けつけた讃岐と霧島が比叡を支える。敵の主砲弾が比叡の兵装に命中し、主砲が2本とも折れ曲がって機能しなくなっていた他、肩に傷を負っている。

「二人とも、いったん比叡さんを伴って後退してください!私が引き受けます!」

「そんな、紀伊さんも負傷しています!私なら、大丈夫・・・ぐっ!」

「いったん後退してください!艦隊旗艦としての命令です。急いで!」

紀伊の叱咤に霧島と讃岐はうなずき、戦線を離脱した。きっ、と紀伊は敵艦隊の戦列を振り向き、3人を庇うように前面に出ると凄まじい速度で撃ちまくり始めた。同航戦のまま双方が撃ちあい、こちらは6隻の戦艦のうち嚮導艦を含めた3隻を撃沈することに成功、2隻を中破させていた。だが、敵の艦隊のうち最後尾に位置する無傷の殿艦の砲撃がすさまじく、4人は少なからず被害を受けている。そして先ほどの砲撃で比叡が戦線を離脱してしまった。霧島と讃岐が戻ってくるまで、紀伊が一人で支えなくてはならない。

(3対1か・・・・。大和さんや長門さんたちみたいな純粋な戦艦ならともかく、私の様な中途半端な戦闘艦がどこまでやれるのかな・・・・。)

41センチ3連装砲を装備しているとはいえ、装甲は純粋な戦艦には到底及ばない。それは紀伊型空母戦艦が速力を武器にしているからこそだが、今の局面では逆にそれが不利な要素になってしまっている。

(でも、やらなきゃ!!)

紀伊はそう決意し、主砲弾に徹甲弾を装填、狙いを殿艦に絞ったが、ふとその時妙な感じを抱いた。この時には敵側同航艦隊に戦艦の劣勢を見て取った重巡戦隊や軽巡戦隊が加わっていたが、矢矧たちの奮闘で追い散らされつつある。双方が凄まじい砲撃戦を演じていて、海上はひっきりなしに立ち上がる水柱、爆炎などで沸き立っていた。その中に見慣れない異形の深海棲艦を見つけたのだ。それは先頭には参加せず、敵艦隊のさらなる向こうに遊弋しているだけだった。

「あんな高い柱のようなものを装備した深海棲艦・・・・いたかしら?って、いけないそんなことを考えている暇はないわ!!」

疑問を抱きつつ、紀伊は目の前の目標に意識を切り替えると、手を振りぬいた。

「きゃあっ!!」

同時に敵艦隊の砲撃がすぐ近くの海面に落ちた。直撃ではなかったが、その衝撃で主砲の仰角と向きが狂ってしまい、狙いがそれてしまった。

「しまった!?」

主砲弾は立て続けに殿艦の前を航行している中破戦艦を襲い、撃沈に成功したが、無傷の殿艦から放たれた砲弾が紀伊の主砲を襲った。

「ぐっ!!!」

衝撃がおさまってみると、使える主砲は1基、それも砲身が2門折れ曲がっており、1門だけになってしまっていた。

「しまった!!」

艦載機を発艦できず、戦闘力が激減してしまっている今、紀伊は絶体絶命だった。加賀、赤城が割いた艦載機隊は敵の戦艦攻撃や重巡戦隊に対する攻撃で消耗しきってしまい、上空からの援護はできない。

 敵殿艦と中破した戦艦の砲がこちらに向けられる。

「姉様ぁッ!!!」

讃岐の声がする。振り向くと、讃岐が必死の形相で全速力でこちらに向かってきていた。

「危ない!!来ちゃ駄目!!」

紀伊が叫び、讃岐を庇うように飛び出そうとした。その視界の隅に完全にこちらを射程に収めている敵艦があった。

(もう・・・駄目・・・!!)

かなわぬまでも残った主砲で応戦しよう。紀伊がそう思った直後だ。轟音と共に殿艦の姿が吹き飛んだ。はっと紀伊が目を向けると、彼方に2人の艦娘の姿が見える。大井と北上が敵艦隊の左翼に回り込んで、一斉雷撃を仕掛けたのだ。戦艦だけでなく随伴していた重巡や軽巡、駆逐艦も雷撃の波状攻撃を受けて次々と撃沈されていく。紀伊の眼に敵艦隊の向こう側、傾きかけた西日を背に展開している二人の艦娘の姿がありありと映った。

「紀伊さん、もう少しだけこらえてください!!くそっ!!敵の軽巡に邪魔されなければ!もう少し早く攻撃位置につけたのに!!」

「大井っち、あんまり接近しすぎると狙い撃ちされるよ。」

「まだまだ!!大丈夫です!!私の北上さんを襲おうとする○○は、一隻残らず海の藻屑にしてやるわ!!」

大井が叫びまくりながら魚雷を撃ち続ける。

「大井っち、そんなに張り切ると魚雷なくなっちゃうって。」

「大丈夫です。こんなクソ艦隊、主砲だけだって仕留めることはできます。」

「も~~相変わらずだなぁ。」

北上がぼやいたがそれでも彼女も手を休めることはしなかった。二人の重雷装巡洋艦のおかげで敵艦隊は次々と撃沈され、残った深海棲艦も逃走を始めていた。もう勝負は決したとみていいだろう。

「間に合った・・・・・。」

紀伊は全身の力が抜けそうだった。ここまで連戦し続け、気力も体力も限界にきている。その上腕の痛みも加わってきた。包帯のメディカルヒーリングの効果が薄れ始めていた。

「紀伊さ~ん!!」

清霜の声がする。付近にいた彼女が真っ先に駆けつけてきた。その後ろに矢矧たちがいる。讃岐も嬉しそうに手を振りながら走ってきた。

「皆さ――。」

不意に自分の右横を鋭い風が走り抜けるのが感じられ、目の前で大爆発が起こった。自分にぐらりと倒れ掛かる重い体を抱き留めた紀伊は反射的に後ろを振り向いていた。

 

 ただ一隻、手負いではあるが、こちらに向かってくる深海棲艦がいる。6隻の中で中破して撃沈できていなかったフラッグシップだ。

「くそっ!!あいつまだ!!」

讃岐が果敢に前に出て残った砲を撃ちまくり始めた。霧島も比叡を矢矧たちに預けると、前面に突出し砲火を浴びせていく。敵は次々と被弾するがまるで艦隊の怨念を背負っているかのように進撃をやめない。それを見た愛宕が機敏に側面に回り込んで20センチ砲を構え、魚雷発射管を相手に向けた。

「主砲、撃てぇ!!」

彼女の主砲、そして魚雷は敵艦に命中したが、それでも進撃は止まらない。

「紀伊さん、逃げてください!!」

「紀伊姉様!!」

「紀伊さんッ!!」

「逃げて!!」

艦娘たちが口々に叫ぶ中紀伊は深海棲艦から目を離せずに血の気を失った顔を呆然とさせていた。腕の中には先ほどまで元気一杯だった・・・・清霜が目を閉じて動かないでいる。

「何をしているの?あれでは敵に撃ってくださいと言っているようなものよ。」

遠くこれを見ていた加賀が珍しく色を成した。

「加賀さん、零戦を向かわせましょう。敵艦にけん制機銃掃射。そのすきに紀伊さんたちを収容しなくては。」

「そうね。・・・いいえ、駄目、間に合わない。」

加賀の視線の先にはまさに満身創痍のまま紀伊たちに残った砲を向ける深海棲艦の姿があった。

「紀伊・・・さん・・・・。」

はっと紀伊は腕の中を見た。清霜が意識を失いながら紀伊の名を呼んでいる。そう思った直後、強烈な力で清霜が腕の中から抱き取られた。

「姉様っ!!」

讃岐の顔が見える。清霜を抱き取り、抱えているその姿は紀伊以上にボロボロだった。

「お願いです、35,6センチ砲では駄目なんです!!」

「・・・・・・・・。」

「とどめを刺して!!!」

呆然とする紀伊を讃岐が強い力で反転させた。

それをどうこう思う間もなく紀伊の身体は深海棲艦の方に向く。残った最後の主砲が旋回し、仰角を敵に合わせた。

 紀伊の左手がまるで生き物のように勝手に振られた。

 

主砲弾を放つのと、残った砲身が耐用限界を超えて自爆するのとが同時だった。主砲弾は敵戦艦正面に吸い寄せられる。

 

 海上に炎と爆炎が立ち上り、深海棲艦の残骸が飛び散った。

 

 


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