艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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今回は葵の回想です。坂の上の雲の 日本海海戦 本日天気晴朗ナレドモ波高シ のBGMを聞きながら書きました。


第三十一話 第一機動艦隊 前編

海鷲が一羽、す~っと羽を伸ばしたまま風に乗り上空を旋回している。その鋭い目は獲物を求めて海上をめまぐるしく見まわしていたが、ふと、眼下の一点で目が留まった。眼下には細長い筆で掃いたような白い航跡が間隔を置いて幾筋も伸びていた。南に向かっている。なお、目を遠くに凝らせば、西側からも同じような白い航跡が北に向かって伸びているのが確認できただろう。だが、彼は一声甲高く泣き叫ぶと、羽をはばたかせ、飛び去っていく。まるでこれから起こりうる凶事を予感したとでもいうように。

 

 

穏やかな5月の気候にあって、波が高いのは発達した低気圧のせいだ。波に翻弄されながら進むというのはあまり気分のいいものではない。戦艦だというのに三笠には船酔いの傾向があった。

(これがベタなぎの海だったら進みやすかったのに。)

三笠は戦闘速度に移行しながらふとそんなことを考えていた。

「敵との距離、1万3000!!」

三笠の艤装の中で砲術妖精が声を上げる。いよいよか、と三笠は顔を引き締めた。今までの猛訓練はまさにこの一点の海戦のための物である。この戦いに敗れれば今まで積み上げてきた数々の勝利も吹き飛ぶが、この戦いに勝てばすべての大勢が決し、両国間の戦争は終結するのだ。まさに歴史の転換点であり、このような大きな舞台に上がった三笠の頬は紅潮していた。

「三笠、どうするか指令して!!艦隊に戦闘準備をさせなくていいの?」

3番手を走る黒髪を長く伸ばしたやや小柄の少女の様な容姿の艦娘が叫ぶ。朝日の声に三笠は我に返った。朝日は連合艦隊随一の頭脳を持ち、今までの作戦立案を行ってきた総責任者であり、さらに戦場に立つたびに大小の敵艦を撃沈し武勲を上げてきている。文武両道の姉を三笠は苦手としていたが、ここで臆するわけにはいかない。先頭を走る彼女は連合艦隊司令総旗艦にだけ帯刀を許される装飾を施した指揮刀を高々と掲げた。

「全艦隊、戦闘用意!!」

「三笠ァ!あんたビビってない!?」

三笠は灰色の髪を風に乱しながら振り向いた。自分の後ろ、二番手を赤い髪を肩まで伸ばし、好戦的な顔つきをしているのは、自分の長姉である。本来であれば連合艦隊総旗艦になるのは彼女であったのかもしれないが、何故末っ子の自分が連合艦隊総旗艦なのだろうと、ふと三笠は思ってしまう。

 それは敷島の方も同じらしく、声を張り上げて叫んだ。

「もし、総旗艦にふさわしくないと思うんだったら、その刀をよこしな!さもなければ死ぬ気で戦うんだよ!!」

「わかっています!!死んだ初瀬姉様、八島先輩、吉野さんたちのためにも・・・・絶対に負けられないんだから!!」

最後は自分に言い聞かせるように強くこぶしを握った。

「距離、1万2000です!!」

三笠の艤装の中にいる砲術妖精が声を上げた。徐々に近くなっていく距離のなか、彼方の海霧に艦影が浮かび上がるのが見え始めた。その瞬間三笠は胸を押さえた。

「くっ!!」

あの追い詰められた時の胸の強烈な鼓動を感じ取ったのだ。

これから自分は究極の選択をしなくてはならない。数ある戦法の中から血のにじむような思いで絞り出し、なおかつまだどちらを取るかを決めかねている。それは今この時に至っても同じことだった。

「三笠さん、どうするんですか?あの戦法・・・・。」

砲術妖精の問いかけに三笠は答えなかった。代わりに拳がますます握りしめられる。

 

安全策をとるか、それとも乾坤一擲で大勝負に出るか。

 

(私自身は死ぬ覚悟はできてる。でも、他のみんなを巻き添えにしてまで取ることができる?そんなことはできない。通常の反抗戦だって私たちは充分に相手にダメージを与えられるところまで訓練してきたわ。)

三笠がためらっているのは、もしこの戦法をとれば、文字通り自分だけでなく、味方全艦隊にまで凄まじい敵の砲火が集中するからだった。

「距離、1万1000!!!」

「三笠!!」

再び敷島が声を張り上げた。

「あんたどうするか、まだ迷ってるんじゃないでしょうね!?」

「違うわ!!ギリギリまで引き付ける!!!」

そう振り向いて叫び返しながら三笠はまだためらっていた。後続を走る春日、日進という二人の装甲巡洋艦の二人と一瞬だったが視線がかち合ったからだ。二人は青い顔をしてみるからに不安げな様子だった。

(無理もないわ・・・・本来であればあそこの席には初瀬姉様と八島先輩がいるはず・・・それを装甲化されているとはいえ、巡洋艦が据わるなんて・・・・。)

もし、開戦が始まれば二人にも当然砲弾が集中する。そうなれば戦艦に比べて装甲が薄い二人は下手をすれば轟沈してしまう可能性があった。

 三笠自身は覚悟を決めていた。だが、最後の一歩が踏み出せない。踏み出した瞬間、待っているのは苛烈な攻撃だ。その中の何人が生き残れるかはわからない。ある者は死への舗装された道を進むことになるだろう。

(どうすれば・・・どうすれば・・・・!?教えて、初瀬姉様!!)

三笠は祈るような思いですぐ上の姉のことを想った。おっとりしているが銀髪をなびかせた美貌だった姉は姉妹の中で一番の仲良しだった。ことに三笠が連合艦隊総旗艦に軍令部からの要請で就任した時、敷島の風当たりが強く、三笠はいつも罵声を浴びながら訓練から帰ってきた。こらえきれずに布団の中で涙を流していた時もある。そっと涙を流していると、初瀬はいつもそれに気が付き、自分も布団の中に入ってきて、彼女を抱きしめて慰めてくれたのだった。

 

 その姉が今はいない。だから自分で決めなくてはならない。

 

「距離、1万!!」

敵の艦娘たちの姿がはっきりと浮かび上がった。北欧の神話に出てきそうな戦乙女の鎧の様な銀色の衣をまとい、艤装の砲塔の照準をこちらにつけてきている。敵の顔も青ざめている。中でも先頭を走る嚮導艦娘らしい少女はまだ10代半ばのように思えた。

(あんな子が!?・・・・両国の思惑でまだ若い子が戦場に駆り出され、戦わなくてはならないなんて・・・でも、私たちも同じこと。初瀬姉様!!私はどうすれば・・・・!?)

このまま直進して反抗戦を演じるか、それとも――。

『三笠。』

不意に柔らかな声が響いた。小さな声だったがそれは空耳ではなくまるで静かな部屋の中で話しているときのようにはっきりと聞こえた。海上を弄するばかりの風圧にもかかわらず、三笠はその懐かしい声をはっきりと聞くことができた。

『三笠。私の優しい妹。とてもつらい気持ちは私にもわかります。』

「姉様!!まさか、そんなことって――。」

三笠は絶句した。何故死んだはずの初瀬が話しかけてくるのか。慌てて周りを見まわしても、初瀬の姿はどこにもいない。それなのに、声だけははっきりと聞こえるのだ。

「どうしたんですか!?一体――」

『時間がありません。三笠、よく聞いて。あなたはすぐに決断しなくてはならない。』

「わかって・・・るわよっ!!!でも・・・でもっ!!今ここであの戦法をとれば、みんな死んでしまうかもしれない・・・・。そんなことを私が指令できるわけが――!!」

声だけが聞こえるのに、ふと姉が目を細めた様に三笠には思えた。

『あなたは誰も傷つけたくはないのね。味方も、そして今先頭を進んでいるあの若い子も含めた敵も傷つけることなくこの戦いを終わらせる最良の方法をあなたは探ってきたのよね。』

「はい・・・。」

『その努力は大変なものだったと思う。でもね、時には私たちや敵の血を流さなくては作れない道・・・未来もあるのよ。』

「血で作る未来・・・・・。」

「距離、9000!!」

砲術妖精が叫んだ。既に敵も迎撃態勢に入り、すべての照準がこちらに向けられ始めている。いつ敵も発砲してきてもおかしくない状況だ。

『それは凄惨なものだわ。でもね、それを恐れていては駄目。一時の凄惨さも、その後に待っている無限の可能性をはらんだ未来のためには必要なことだってあるわ。たとえ今この場にいるすべての艦娘たちを犠牲にしても。』

「姉様・・。」

あの穏やかな姉がそのようなことを言うとは三笠には信じられなかった。だが、これは紛れもなく初瀬自身の声なのだと、三笠は確信していた。

『あなたのなすべきこと、それを理解しなさい。敷島型4番艦三笠。連合艦隊総旗艦、そして・・・・。』

声が遠ざかっていく。

『私の愛する優しい妹。』

声は途切れ、三笠は再び海上を吹き荒れる風の中にいた。

「距離、8500!!」

三笠は目を閉じた。あれほど荒かった胸の鼓動は収まっていた。姉が最後に届けてくれた思いを、贈り物を三笠は目を閉じ、しっかりと抱きとっていた。

「三笠!!!」

後方で敷島がいらだったように叫ぶ。今度はその中に朝日や富士たちの不安そうな声も交じっていた。

「姉様・・・・。ありがとう。本当に・・・・ありがとう・・・・。」

三笠の眼が開かれた。

「私の心は決まったわ・・・。連合艦隊総旗艦として・・・・全軍の総指揮官として・・・・私は役目を果たします!!」

三笠の右手が拳を作り、噴き上がる波浪の中を高々と上がった。

 

それは――。

「皇国の興廃、この一戦にあり!!各員一層奮励努力せよ!!」

この意味だったが、三笠自身も声を張り上げていた。その声は不思議なことに全艦隊にこだまし、全艦娘を奮い立たせ、次々と同じ言葉を叫ばせていた。

 

 

「距離、8000!!有効射程距離です!!敵、こちらに照準を指向!!発砲態勢に入りました!!砲撃、来ます!!」

砲術妖精が叫んだが、三笠は動じない。その姿はまさしく全軍の先頭に立つ将帥そのものであり、右手を高々と上げたその姿は凛として不動の立ち位置を占めていた。連合艦隊総旗艦として・・・・。

「私の役目・・・・それは・・・・・。」

三笠の眼が引き締まった。

「それは、この海戦に勝利し、日本を救うこと!!私たちの手で私たちの未来を切り開くこと!!そのためになら私はどんなことでもするわ!!」

上がった手が半円を描くように、ひゅうっと勢いよく左に振りぬかれた。

「全艦隊東北東に反転150度!!敵艦隊との距離を6000に縮め、近接並行戦闘に移行!!!」

朗々たる声が全艦隊を駆け巡った。その瞬間誰もが凍り付いたように動かなかったが、ただちにその言葉を理解した敷島が真っ先に叫んだ。

「なるほど・・・アンタも覚悟を決めたってわけか、面白い!!乗ってやるわよ!!」

敷島が叫んだときには三笠はターンを始めていた。全速航行での急速反転により、波しぶきがほとばしり、三笠の艤装に降りかかる。三笠の転進を見た敵が一瞬驚愕の表情を浮かべ、そののちうなずき合うのが視界の隅に移った。ちらと後ろを見ると、敷島も、回頭を始めている。朝日も、そして富士たちもそれに続こうとしていた。

 

 

それは、自分を連合艦隊総旗艦として姉たち、そして全艦隊が認めた瞬間だった。

 

 

戦闘の嚮導艦娘が何か叫んだようだった。それが何の言葉なのか三笠にはわからなかったが、意味はわかった。

 

 轟音が海上に響き渡った。

 

 敵の全主砲が火を噴き上げ、敵艦隊を覆い尽くすほどの黒煙が立ち上ったと認めた瞬間凄まじい砲撃が降り注いだ。水柱が林立し、いたるところに主砲弾が炸裂、爆発し、その破片が降り注ぐ。それを手でかばいながらも進む三笠、敷島、朝日、富士、春日、日進、そして後続の出雲以下が、凄まじい攻撃を受け、次々と被弾していく。その被害は最も先頭を進む三笠自身に降りかかってきた。絶えず至近距離で砲弾が炸裂し、時には直撃弾を被り、艤装が吹き飛んだ。それでも、三笠は足を止めない。連合艦隊総旗艦として、姉、そして仲間たちへの想いと責務が彼女の足を止めさせなかった。

(姉様、姉様、姉様ッ!!)

この間まともに射撃もできず、三笠にできたのはただ姉に祈ることだけだった。時間にしてはおよそたったの数分のことだったろう。だが、その数分が三笠にはとてつもなく長く感じられた。

 三笠が回頭を終え、あらたな進路に入った。右を見ると、敵が陣形を並走しているのが目に入った。だが、その顔色は狼狽している。思ったほどダメージが与えられなかったこともあるだろうが、日本艦隊が弾雨の危険を冒しつつ寄ってきたことに驚いているようだ。

「敵が寄ってきます!?あ、違った。私たちが敵によっているんです!!距離6500!!完全に射程内に収まりました!!」

「2番艦敷島新進路につきました!!さらに3番艦朝日も回頭終了間際!!さらに4番艦富士以下、続きます!!」

相次ぐ妖精の報告にうなずいた三笠が右手を振った。まず、一門だけ砲が撃たれる。その際の着弾によって三笠のみならず各艦隊は距離を測るのだ。

 敵嚮導艦娘の至近に落ちた水柱を見た三笠が各艦隊に叫んだ。

「仰角修正マイナス0.1!!今よ、全艦隊、主砲、撃ち方、用意!!」

全艦娘が主砲を敵に向けた。三笠の右腕が高々と上がる。まるで鋭い日本刀のように上段に構えられた腕につけられた総旗艦の腕章が朝日を受けて輝く。

 

そして三笠の右腕が敵に向かって振り下ろされた。

「テ~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

三笠の誇る30サンチ2連装主砲が轟然と火を噴き上げ、すさまじい音が海上に響き渡った。それを見届けた敷島以下各艦が発砲を開始した。初弾が敵嚮導艦娘のすぐ前に落下、彼女が怯えた様に叫んだのを三笠は見た。

(くっ・・・!!)

目をそらしたかったが、三笠はそれを自分に許さなかった。彼女は再び右腕を掲げた。

「血で作る未来・・・・それが私たちだけではなく、敵の血で贖うものならば、私たちはそれを見届けなくてはならないわ。目を背けてはならない!!・・・・許して!!!」

三笠が振りぬいた右腕が第二斉射発砲開始の合図だった。

 両軍は並行戦闘にもつれ込む。敷島も、富士も被弾していたが、それでも砲撃の手を緩めることはなかった。敵も一歩も引かなかった。すさまじい砲戦が続いたが、戦闘は猛訓練を続けてきた日本艦隊側に有利だった。組織的な主砲撃ち方、風上に立ち、敵を追いこんだ進路、そして何より三笠自身の覚悟が全軍に伝播して一糸乱れぬ行動を展開している。

三笠は速度を上げ、敵艦隊前方に回り込み、主砲を向けた。

既に先頭の嚮導艦娘ともう一人の第二艦隊の艦娘はひどい怪我を負い、轟沈寸前だった。主砲は折れ曲がり、艤装は吹き飛び、服もひどく裂けて汚れている。それでも彼女たちは残った砲での砲撃をやめない。三笠は降伏してくれることを祈ったが、彼女たちは足を止めることはなかった。

 一瞬――。嚮導艦娘との目が合った。怯えきっている青い目がやけにはっきりと三笠の目に飛び込んできた。

「初瀬姉様・・・・!!」

三笠が振りぬいた手がとどめの一斉射を呼び起こした。

 

 

* * * * *

 はっと葵は体を机の上から起こした。連日の作戦会議、そしておそらく最大の激戦になるであろうミッドウェー本島攻略作戦、その準備に追われ、いつの間にか眠っていたらしい。

「バカよね・・・・。自分が艦娘になった夢を見ていたなんて・・・・・・・・。」

かつての連合艦隊総旗艦は驚いたように目をぬぐった。いつの間にか涙が頬を伝っていたからだ。

「でも、夢ではないわ。初瀬姉様は死んだ。私は連合艦隊総旗艦だった。そのことに変わりはないのだから。」

葵は深い吐息を吐き出した。

「初瀬姉様、朝日姉様、敷島姉様・・・・。私がもし艦娘としてあの場にいたならば・・・・もし、東郷閣下がおらず、参謀たちもおらず、私が全軍の指揮権を担い、すべてを決めなくてはならない立場にあったら・・・私は、決断できるかな・・・・。」

そう考えると、今深海棲艦と戦っている艦娘たちがいかに重責を負い続けているか、いかに自分たちが後方にあって指示を飛ばすだけの存在なのか、葵はそれらを自覚しないわけにはいかなかった。

 


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