艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第三十話 作戦準備

 

執務室にて、提督のモノローグ――

 

ミッドウェー諸島攻略作戦発動の封書が極秘電文で届いた。いよいよだな。綾波の命と艦娘たちの多大な労力の結果届けることができたあの物資、どうか有効に使ってくれ。また空襲を受けたら、俺は軍令部長と刺し違える覚悟で横須賀に行く。そのつもりだ。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、軍令部は感謝状と俺の中将への昇進発令、そして新たな作戦指令を届けに来た。

 まったく!こっちの艦娘たちは横須賀から戻ってきたばかりでものすごく疲れているんだ。それを出撃させろとはどういうつもりだ。

 作戦の概要は陽動作戦だ。南太平洋上にて示威行動を展開して敵の目を引き付けよ、とのことだ。要するに囮だな。俺は承ったとの返事を出したが、フン、いつまでもこっちが従順だと思ってもらっては困る。俺は鳳翔を自室に呼んで作戦会議を開いた。鳳翔は落ち込み気味だった。気丈に振る舞っているが、俺には分かる。無理もない。自分を庇って綾波が死んでしまったんだからな。だが、一番悪いのはそんな状況下に皆をおいてしまった俺だ。こういうとき・・・自分の気持ちを言葉にできないことがたまらなくもどかしくなる。そしてこういうとき・・・どんな行動も誰しもを完全に満足させてはくれないんだ。

 

感傷的になってしまったな、作戦のことに集中しよう。

 

こちら側にも例の物資は一部残してある。これで当面の出撃に関しては大丈夫だ。それに嬉しいことが一つある。天城、葛城、雲龍が当面呉鎮守府の直属となったことだ。さらに、長波、早霜、朝霜、そして照月の駆逐艦隊が近々こちらに配属されるという。いいのか?呉鎮守府ばかり強化して。それもこれも発令される作戦が大規模だからなのか?

さらに作戦の必要上、空母瑞鳳を派遣してきた。瑞鳳の奴は佐世保鎮守府所属なのに、いいのか?まぁ、横須賀には紀伊たちがいるし、それだけで第一、第二航空戦隊が組めるほどだから、いいのかもしれないが、他の鎮守府のことも考えたらどうなんだ?そしてだ、こっちの機嫌を取ろうとしているかどうかわからないが、横須賀鎮守府は海外からの新鋭艦隊をこっちに回してくれるらしい。何でも伊国から回航される艦娘なんだそうだ。

どうもうちは優遇されすぎているような気がする。そして、うちの艦隊は外国からのお客さんが多いな。だが、これで鎮守府の雰囲気が少しでも明るくなればいいと思う。

 

・・・・歓迎のパスタ、用意したほうがいいだろうか。あ、瑞鳳の奴は日本酒だったか。灘を入れておいて正解だったかな。

 

 

* * * * *

 

 

埠頭に上がった二人の艦娘は珍しいものでも見るようにあたりをあちこち見まわしていた。

「ここが・・・私たちの配属される鎮守府なのね?」

と、リットリオ。

「そうみたいです。ふ~ん、私たちのところよりも地味みたい。」

と、ローマ。

「駄目よ。ローマ、そんなことを言っちゃ失礼でしょ。」

たしなめる姉にローマはむしろ憤然として、

「リットリオ姉様。私たちは故国の威信を背負ってここにきてるんですから、相手に付け入る隙を与えちゃいけません。」

「そんな、だって――。」

「あら、どちら様ですの?」

不意に横合いから声がかかった。

「ひゃあっ!!!」

ローマが躍り上がるようにして飛び上った。

「あら、ごめんなさい。ビックリさせてしまって。」

熊野が灰色の瞳を見開いた。

「よ、横合いからいきなり声をかけないで。ビックリしたじゃない。」

ローマが胸に手を当てた。

「ごめんなさい。この子急に声をかけられるの慣れてなくて。あ、私たちは今度こちらでお世話になります、パスタの国から・・・じゃなかった、ガリヴァルディ公国から参りましたヴィットリオ・ヴェネト級2番艦、リットリオです。こちらは妹のローマです。よろしくお願いします。」

「ヴィットリオ・ヴェネト級4番艦ローマよ。よろしく。」

先ほどの驚きが恥ずかしいのか、やや早口のぶっきらぼうな声だった。

「あら、あなたたちが噂の外国からいらした方々なのですね。よろしくお願いしますわ。わたくしは熊野。最上型重巡洋艦4番艦ですわ。」

「よろしくお願いします。」

リットリオは頭を下げた。

「ごめんなさいね。あなたたちの到着は明日だと伺っていたものですから、まだ皆知らないのですわ。急いで知らせてきますから、ここで待っていてくださいませんこと?」

「構わないわ。というか、むしろそんな大仰なことは要らないから、提督に案内してもらえる?」

「いいえ、せっかくいらしていただいたのに歓迎の式典もないのでは呉鎮守府として恥ずかしい限りですもの、お待ちになっていて!」

「あ、ちょっ――!」

ローマが声をかけようとしたときには熊野の姿は遥か彼方に行ってしまっていた。

「日本の艦娘って・・・・話聞かないのかしら。」

「そんなことはないと思うけど・・・。あ。」

「あ。」

リットリオとちょうど埠頭に上がってきた艦娘たちがばったり目を合わせて固まった。

「あ、あの、あの!!私たち今度ここでお世話になるリットリオとローマです。よろしくお願いします!」

「あっ!!この人たちが外国から来た艦娘さんたちなのです?」

「そうみたいね。初めまして!!私たち、第6駆逐隊の暁、雷、電、響です。」

暁は自己紹介してから、正面の大きな赤煉瓦の建物を指さした。

「まだ、司令官にあいさつに行ってないですか?」

「まだここに着いたばかりなんですけど、さっき熊野さんという方が皆を呼んでくるからっていってしまって・・・・・。」

「なら、ここで待ってようよ。ねぇ、暁。」

と雷。

「そうね。もうじきみんなも来ると思うし・・・ってほら、早速来たわよ。」

二人の到着を聞きつけた呉鎮守府の艦娘たちが息を切らしながら駆け寄ってくるのが見えた。

 

 その日の夜、呉鎮守府戦艦寮――。

「あ、あぁ~~・・・・・。」

リットリオはベッドの上にへたり込むように腰かけたかと思うとばったり仰向けになってしまった。

「姉さんはしたないです。」

鏡に向かって髪をとかしていたローマがちろと横目でリットリオを眺めながら言った。

「ごめんなさい。でも、とても疲れてしまって・・・・。あなたは立派ね。全然疲れたそぶりも見せないで最後まで相手をしていたものね。」

「私だって疲れています。でも、弱みを見せるわけにはいきませんから。」

「そんな肩ひじ張らなくても・・・・みんないい人だと思うな、私は。」

「皆さんがいい人かそうでないかはどうでもいいのです。私たちは公国を代表してヤマトの救援に差し向けられたのですから、弱いところを見せてはだめなんです。」

「そうかなぁ・・・。」

リットリオは妹の考えに首をかしげていた。弱みがあろうがなかろうが呉鎮守府の艦娘たちは皆そんなことを気にしない人柄のように思えたし、何より常日頃そういうことを考えていると、どんどんと疲労がたまっていくような気がしてならない。

 そういえば、ローマは歓迎の宴会の席でもややみんなと距離を置いたような話し方をしていたし、出された料理やお酒を断らなかったけれど、何か無理をして食べていたような気がしたのだ。

「でも、さすがに日本のお酒は強かったわ。あの独特の・・・ニホンシュというものは癖があるわね。」

「確かに強烈だったわね。私も少し飲みすぎたかもしれないわ。ごめん、ローマ。先に寝るね。」

ローマは静かに鏡の前から立ち上がると、リットリオのベッドのそばに立った。

「リットリオ姉様。」

「なに?」

「歯を磨いてからにしてください。」

「あ・・・・。」

リットリオは顔を赤くしながら起き上った。

 

同時刻、提督の執務室から出てきた鳳翔、利根、ビスマルクはお休みを言い合っていた。

「まぁ、リットリオに関しては問題ないと思うわ。素直でいい子のようだし。問題はローマよね。ああも肩ひじ張っているとこっちももてあましてしまうわ。そんなに気張らなくてもいいのに。」

「お主の様なおおらかな人柄はむしろ珍しいと思うぞ。知らぬ異国の地で知り合いもいない環境では多かれ少なかれ誰しもがローマの様な態度をとることもありうるのじゃ。」

「そうですね。でも、一日も早く私たちと何の気兼ねもなくお話ができるようになってほしいです。外国、自国以前に私たちは同じ艦娘なのですから・・・・。」

鳳翔はほっと吐息を吐いた。

「・・・・鳳翔、おぬしまだ・・・・・。」

利根が鳳翔を見つめた。

「・・・紀伊さんや皆さんに励まされてここに戻ってきましたけれど、まだ気持ちの整理がつかないんです。いいえ、もう死のうなどとバカなことは考えませんけれど、それでも綾波さんの事をいつまでも考えてしまう・・・・たぶんもう少し時間が必要なんだと思います。ごめんなさい。不甲斐なくて。」

「私たちみんなも一日だって綾波のことを忘れたことはないわ。だから自分だけが綾波のことを思っているような言葉はやめてほしいわね。」

言葉は辛辣だったが、ビスマルクの声には鳳翔を思う気持ちがあふれていた。

「辛いことは私たちに吐き出してよ。さっきあなたも言ったばかりでしょ?私たちも、皆も、同じ仲間なんだからね。」

「ありがとうございます。・・・あら?」

ギッギッと気のきしむ音に鳳翔が顔を上げた。3人が廊下の端を見ると、やや小柄な艦娘が廊下を歩いてくるのが見えた。

「瑞鳳さん。」

「今晩は。私まで色々ご馳走になっちゃって。」

「いいえ、堪能しましたか?」

鳳翔が微笑んだ。

「はい!だから明日は私が皆に卵焼きを振るまいますね!」

「お主はお客なのだから、そんなに無理をすることはないぞ。」

「いいえ!卵焼き、作るのが大好きですから!」

瑞鳳の返事に利根は面食らった様子で、

「そ、そうか?それならばいいのだが・・・・それよりお主、佐世保鎮守府に帰らなくていいのか?」

「私も帰りたいんですけれど。」

瑞鳳は顔を少ししかめた。

「でも、呉鎮守府指揮下に入って作戦を完遂してから戻れって上から言われてますし。第一横須賀鎮守府に派遣されたのに中途半端に私だけ帰されるのって・・・・よくわからないですよね。どうしてそうなるんだか。」

 瑞鳳は淡々としゃべっているが、どこか寂しそうだった。一人だけ帰されれば、何かしたのかもしれないとあれこれ考えてしまうのも無理もない。

 

 そっと瑞鳳の肩に手が置かれた。

 

「大丈夫ですよ。」

 鳳翔がうなずいていた。

「瑞鳳さんのお力はここ、呉鎮守府で必要とされるものです。一緒に行ってくれますよね?」

「・・・・でも・・・・。」

「瑞鳳さん。いえ、空母瑞鳳。」

改まった鳳翔の声音に瑞鳳は顔を上げた。

「わが提督はあなたの力に期待するところ大なのです。私同様艦載機の数は正規空母に及ばないあなたですが、精鋭を率いての実戦経験は私以上の物です。自信を持ちなさい。そして、私たちに力を貸してください。」

「鳳翔さん・・・・。はい、はい!!私、頑張りますね!!」

そばで見ていたビスマルクと利根は胸を痛めていた。鳳翔はあの護衛作戦で綾波を失った。その痛手はまだ生々しいのに、それを表に出さず凛としている。

「鳳翔さんは・・・・。」

「ん?」

「・・・・強い。本当に強いわ。私、戦艦なのに・・・・心から思う。鳳翔さんにはかなわないと。」

「純粋な火力や砲雷撃戦での強みが艦娘の強さではないからな。本当の強さを左右するのは・・・・。」

利根は自分の胸にドンと手を当てた。

「ここじゃ。」

「あら、じゃあ私はあなたに勝つわね。・・・その大きさなら。」

そう言ってビスマルクは誇らしげに胸を張って見せた。

「なっ!?」

利根が珍しく真っ赤になってうろたえた。

「ち、ちがっ!!そういう話をしておるのではなくてなぁ――。」

「二人とも何を話しているのですか?」

鳳翔と瑞鳳が不思議そうに見ている。利根は大きな咳払いをしてごまかした。

「いや、なに。先ほどの話に戻るが、どうして瑞鳳を戻す先が呉鎮守府なのかということじゃ。佐世保鎮守府であったとしても作戦行動には支障はない。むしろ南西諸島方面の敵をけん制する意味でも、瑞鳳はそちらに向かった方が良いのではないか?」

鳳翔たちは顔を見合わせた。伊国からの艦娘たちを配属させたことと言い、瑞鳳の配属といい、どうも呉鎮守府を優遇しすぎているようなきらいがある。先ほども提督が言っていたが、それでは戦力の配置という点においては、まずいのではないだろうか。

仮に艦娘を戻させるとしても、広大な南西諸島を防衛する佐世保鎮守府やシーアン通商連合との航路確保を担う舞鶴鎮守府にも増援の艦娘を差し向けるべきではないのだろうか。

「わかりません。平たく見れば、ヤマトは横須賀鎮守府と呉鎮守府に兵力を集中させる必要に迫られた、ということでしょうが・・・・。」

「が?どうしたの?」

鳳翔はと息を吐いた。

「とにかく、今日はもう遅いですから、寝てください。利根さんもビスマルクさんも。明後日正式に作戦の概要と戦略会議を開催します。」

「はい!皆さん、おやすみなさい。」

瑞鳳は礼儀正しくあいさつして引き揚げていった。利根もビスマルクもそれに倣ったが、鳳翔の最後の態度が脳裏に残って仕方がなかった。

 

 

翌々日、呉鎮守府会議室――。

「今回の作戦は横須賀鎮守府の大規模作戦に呼応し、南太平洋上に進出、敵艦隊の目を引き付ける陽動作戦です。」

鳳翔は皆を見まわしながら説明した。

「したがって、不審がられない程度に、しかしできるだけ派手に敵の眼を引きつける必要があります。」

「正攻法ね!!正面作戦なら私にお任せよ!!」

足柄が胸を叩いた。

「ええ、足柄さんにも重要な役割を担ってもらいます。」

鳳翔が微笑んだ。そしてディスプレイに広大な太平洋の海図を移しだし、ある海域をクローズアップさせた。

 

 

「呉鎮守府はここ・・・南太平洋上の北方に位置するマリアナ諸島に進出し、これを制圧。一時的にここを根拠地とし、迎撃に展開する深海棲艦を撃破します。」

「呉鎮守府を離れるんですか?」

暁がびっくりしたような声を上げた。

 

 

他の艦娘たちも不安そうだった。今までは巡航任務で数日鎮守府を離れたことはあっても長期にわたり鎮守府を留守にしての遠征は初めての者が多かったからだ。

「マリアナ諸島は呉鎮守府から遠く離れているため、補給が追い付かないのです。基地航空隊に支援してもらって、マリアナ諸島に航空基地を建設し、空路での物資の補給を受けます。私たちはマリアナ諸島を根拠地として横須賀鎮守府より作戦終了の伝達があるまで、ここで戦うこととなります。作戦の経過によりますが、場合によっては付近の島々を制圧し、さらに橋頭堡を進めることも視野に入れておいてください。ですが、さしあたって本作戦の主目的ははまずマリアナ諸島の制圧になります。以下敬称略でオーダー表を読み上げます。」

鳳翔は咳払いして用紙を取り上げた。

「第一艦隊、これが水上部隊としてマリアナ諸島攻略の任務に当たります。旗艦日向、伊勢、鈴谷、熊野、由良、天津風 雪風。そして私が。第二艦隊は航空支援隊として第一艦隊と協同して同島攻略に当たります。旗艦足柄、妙高、翔鶴、瑞鶴、ビスマルク、そして着任早々申し訳ありませんが、リットリオさん、ローマさんにも加わってもらいます。」

「はい!」

リットリオの隣でローマはうなずいただけだ。

「第三艦隊は 警戒部隊として待機。旗艦利根、暁、雷、雲龍、天城、葛城です。」

「あれ?電と響は?」

雷が声を上げた。

「留守は筑摩さんが統括。プリンツ・オイゲンさん、長良さん、不知火さん、電さん、響さんはその補佐に当たってください。少ないと思われるかもしれませんが、近日中に横須賀鎮守府から増援の部隊が到着する予定です。」

「ええ~そんなのないわよ~。」

雷が頬を膨らませた。

「駄目です。第6駆逐隊の皆さんがそろって出撃してしまえば、鎮守府を護る人がいなくなってしまいます。」

「でも――。」

「お主たちは例外扱いだったのじゃ。」

不意に横合いから利根が口を出した。

「???」

「本来であれば、同型艦娘がそろってひとところに所属することはあまりありえんことじゃ。それを当たり前のように思ってもらっていては作戦行動に支障が出るぞ。個人の思惑で部隊配置を決めるわけにはいかないのはわかるじゃろう?」

「はぁい・・・・。」

ぶうを息を吐き出す雷の横で暁は不安顔をしていた。第6駆逐隊にとっては初めてとなる姉妹の別行動だ。今まで4人そろってやってきたのにここにきて二人ずつの別行動。雷がそばにいるとはいえ、姉妹二人と離れてしまうことに戸惑っていた。

 

 同じころ、長門、陸奥、赤城、比叡、飛龍の5人は会議室に集まって、先のミッドウェー本島偵察結果からの同島攻略作戦会議を行っていた。

「ミッドウェー諸島には・・・・。」

比叡が報告しながら地図上の駒を動かす。

「諸島前面に強力な機動艦隊が存在します。それと呼応するかのように戦艦を中心とした水上艦隊が左翼に、そして巡洋艦を中心とした艦隊が右翼に展開。中でも機動部隊にはこれまで確認できなかった大型空母が、そして水上部隊には超弩級の深海棲艦が確認されています。ですがこれだけではありません。周辺には機動部隊や水上部隊が何個艦隊も存在し――。」

諸島周辺に駒が配置されるたびに長門たちの表情が曇っていく。

「赤城。」

長門が地図を見つめている赤城に顔を向けた。

「これでは勝負にならん。沖ノ島の時ですら、敵はわが方の倍以上だった。ところが今回のミッドウェー諸島にはこの沖ノ島の倍以上の敵が配備されている。文字通り鉄桶のごとくびっしりと深海棲艦で埋め尽くされている。私たち全軍が攻めかかっても勝負にならんだろう・・・。」

もっとも、長門にはある案があった。ミッドウェー本島攻略に当たり、長門自身も何度も作戦を立案したが、この方法しかないのではないかと思うところに至っている。だが、問題はその案自体がリスクを伴うものであり、一つ間違えば全滅する可能性が大きい事だった。赤城は長門をちらっと見たが、また地図に視線を戻した。

「いっそ、ミッドウェーを無視して、全軍でノース・ステイトまで一気に走るのはどう?」

「陸奥らしくもないな。何千キロあると思ってるんだ。とても昼夜兼行で行ける距離ではない。我々は機械ではないのだぞ。走り続ければ疲労するし、腹も減る。どこかで補給と休息をとらなくてはたどり着けない。せめて・・・・。」

「ん?」

「せめて向こうもノース・ステイト側もこちらに向かっていれば距離は半分、いや、縮まるだろうが・・・。」

そうだといいのだが、というのは声に出さないが全員の想いだった。だが、深海棲艦の出現から既に数年たっている現在において、いまだ向こうから接触がないということは艦隊を差し向けていないのか、あるいは差し向けたものの途中で撃破されてしまったのか。

 

 後者の考えは現実であってほしくないものだった。

 

「他のコースはどうですか?たとえばミッドウェーを迂回してハワイを攻略するとか。」

比叡が提案した。

「ミッドウェーとハワイとは比較的距離が近いし、あそこを攻め落としたとしてもミッドウェーから攻撃される恐れが十分にある。何よりもミッドウェーはハワイの前面にあるし、この駒の配置では偵察部隊を入れると相当の広範囲に敵が展開していると思っていい。であればそれらの目をすり抜けてハワイに接近するのは至難の技だろう。また、ハワイにも深海棲艦が居座っている可能性は大だ。やはり・・・・。」

長門はぴしりと友軍の駒をミッドウェー諸島に置いた。その音は鋭く会議室内に響いた。

「ここしかないか・・・・・。」

「長門秘書官。」

赤城が顔を上げ、落ちかかる長い黒髪をかき上げた。

「ミッドウェー諸島を落とし、基地航空隊と強力な陸戦部隊を展開すれば、深海棲艦に対抗できると考えてよろしいですか?」

「あぁ。島をひとたび制圧さえすれば、大丈夫だ。」

長門はうなずいた。

「深海棲艦といえども陸上を奪還できる力はないし、基地航空隊に関しては各基地から潤沢な供給が可能だ。数百機、数千機の航空機の前では、深海棲艦等問題にならない。」

「わかりました。では、同島攻略に関して、私から作戦立案をしてもよろしいでしょうか?」

「言ってくれ。」

長門は身を乗り出した。

「沖ノ島同様、今までの敵の行動から見て、敵には中枢艦隊が必ず存在するはずです。数で劣る私たちが唯一勝ち得る方法は、敵の指揮系統を殲滅し、敵を混乱させ、退却させることです。敵中枢艦隊の殲滅を目標として行動すべきだと思います。」

「同感だ。我々が勝つとしたらそれしか方法がない。問題はどうやって撃破できるかだ。」

「はい。数で劣る私たちは正面からのぶつかり合いでは勝ち目はありません・・・・。そこで沖ノ島攻略作戦を少しアレンジしたいのです。具体的には、前面に配備されたこの強力な敵艦隊を引きずり出し・・・・開いた空隙に高速艦隊を突入させ、一気に同島の中枢艦隊を撃滅します。」

「問題は、敵がそれに乗るかどうかだね。」

飛龍が片手を地図にかざしながら言った。

「敵にすれば追撃せずに迎撃に徹していればそれで済む話だし。」

「私もそれを考えました。ですが、今までの深海棲艦の動きは消極ではなく積極攻勢にあります。必ず陽動艦隊を追撃するはずです。沖ノ島の時も紆余曲折はありましたが、艦隊を引きずり出し陣形を混乱させることに成功しています。」

赤城は盤上の駒を手に取った。

「作戦第一次はまず空母部隊による艦載機の奇襲攻撃を遠距離から行います。100キロ地点から艦載機を発艦させ超低空飛行で機動艦隊及び水上部隊に接近、これに一撃を加えます。それに呼応して第二陣の高速艦隊を側面から突入、混乱する敵に一撃を加え、戦線を離脱させます。離脱方向はそれぞれ6時と11時の方向に。相対速度0を保ちながら敵を分散させるのです。」

赤城の手が滑るように頭上を動き、味方の駒を、そして敵の駒を動かしていく。

「第二次は主力高速艦隊での全力を挙げたミッドウェー諸島内への突入です。航空部隊と連携し、一気に同島を制圧、占領します。」

赤城は口を閉ざした。話が終わっても、誰もが口を利かなかったし、誰も動こうとしなかった。この作戦を承認した瞬間、もう後戻りできないこととなる。そのことが発言をためらわせているのかもしれなかった。

「赤城。」

長門がようやく口を開いた。

「少し考えさせてくれないか?作戦計画を5人だけで決めていいものか・・・測り兼ねているのだ。」

「はい。ですが、時間はありません。即急な行動開始が求められます。」

「わかっている。ご苦労だった。いったん解散してくれ。」

赤城は一礼すると、会議室を退出した。比叡も出ていったが、飛龍は後に残った。

「何か言いたいことがあるようだな。」

椅子に座りなおした長門、そしてその傍らに立つ陸奥に向かって飛龍はうなずいた。

「航空部隊の一員として一言だけ。赤城の作戦は一つ間違えば艦隊皆が全滅します。敵はミッドウェーだけにいるんじゃないもの。他の海域から増援部隊が到着すれば、私たちは包囲されてすりつぶされるだけです。それに・・・この作戦は一糸乱れぬ連携が必要になります。敵を引きずり出すタイミングも、突入のタイミングも、時間表のように正確でなくてはならないもの。でも・・・・。」

飛龍は躊躇いがちに次の言葉を口にした。

「私たち、こないだの軋轢から立ち直れたのかな。」

「あぁ。わかっている。私も聞きながらそれは思っていた。だが――。」

長門は首を振りながら片手を上げたが、目を開けて飛龍を見た。

「だが、ほかに方法はあるか?」

「・・・・・・・・。」

「私もずいぶん悩んだが、赤城の作戦方針以外に思いつきそうにない。迂回は無理だ。そして太平洋上ノース・ステイトとヤマトを結ぶ線上にはミッドウェーとハワイ、これ以外に適切な補給地点は存在しない。洋上補給も考えたが、今のヤマトには大規模な補給艦隊を派遣する力は残っていないし、第一洋上の補給は敵に包囲される可能性が大だ。危険すぎる。」

「はぁ、そうなんですよね。まったく・・・・ここまで選択肢が狭められる作戦なんて初めてです。戦術でカヴァーするとは言っても、戦略的には敵が待ち構えている海域に真正面から挑んで決戦するなんて・・・・。」

「なら、このまま出撃せずに時を過ごすか?」

飛龍は首を振った。

「そんなのダメです。このまま待っていてもジリ貧に陥るだけですし。それに・・・。」

飛龍は不意に顔をほころばせ、あの人懐っこい笑顔を浮かべた。

「私は赤城が好きですし、他のみんなも好きです。でも、私たちの役目はヤマトを護ることです。そうでしょう?そのヤマトを護ることに、ノース・ステイトへ赴くことがつながるのなら、私は喜んでいきます。」

「よく言った。」

長門は立ち上がった。

「その通りだ。私は大局的な意義から目をそらしていたのかもしれない。確かに作戦は無謀だ。だが、その作戦以外に取りようがないことが明白になった以上、もはや躊躇いは無用だ!!」

陸奥、と長門は傍らの同型艦娘を見た。

「直ちに全艦隊指揮官を召集し、作戦会議を開催する。飛龍、すぐに会議の手配をするように大淀に伝えてくれないか?」

「了解!」

「でも、まだあの件が――。」

飛龍が退出した後、陸奥が心配顔でそう言った。

「いや、いい。陸奥。事ここに及んだ以上は、皆で総力を挙げて挑まなくてはこの戦いに勝てない。私はそれに気が付いた。考えてみれば、私の疑心暗鬼の結果が、艦娘同士が対立する空気を作り出したのかもしれない。艦隊総指揮官としてそれでは失格だ。」

「長門・・・。」

「バカと言われてもいい。だが、疑心暗鬼のまま戦うよりも、仲間を信じて戦えることの方がこの上なく大事なことで、そして、幸せなことなのだと・・・。私はそう思うんだ。」

「なるほど・・・。」

陸奥は長門の肩に手を置いた。どこか満足した表情だった。

「それでこそ、私の姉妹艦であり、ビッグ7にふさわしい艦隊旗艦だわ。わかった。私も覚悟を決めたわ。」

重苦しい磁場から解放されたようなさわやかな笑みと共に陸奥は秘書艦室を出ていった。

 

敵の水上部隊と対峙する艦隊は、大和、武蔵、山城、扶桑、長門、陸奥、愛宕、高雄、大井、北上、浦風、浜風、磯風、高波。そして護衛空母として大鳳が付く。

 

敵の機動部隊と対峙する艦隊は、赤城、加賀、飛龍、蒼龍の一航戦、二航戦を中核に、護衛戦艦金剛、霧島、古鷹、加古、川内、深雪、長月、黒潮、陽炎、そして防空駆逐艦として秋月が付く。

 

敵の巡洋戦隊への抑えは、矢矧、酒匂、白露、朝霜、朝雲、谷風が当たることとなる。

 

そして――。

ミッドウェー諸島攻略艦隊は紀伊、尾張、近江、讃岐の紀伊型空母戦艦4人に、比叡、榛名の2戦艦娘、麻耶、鳥海、阿賀野、能代、夕立、野分、舞風、清霜、吹雪が当たることとなった。

 


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