艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第三話 初対面

執務室にて。提督のモノローグ――。

 ん?港湾から歓迎のファンファーレが聞こえる。おっ、どよめきが聞こえる。ようやく新型艦娘が到着したってわけか。まずは一安心だな。どれどれ、どんな感じだろう。

 

お、あれか。出迎えた鳳翔と両手を握り合っている。というか鳳翔に両手を握られている。その周りには正規空母、戦艦、巡洋艦娘が取り囲んでいるが、どうもぎこちない雰囲気だな。まぁ、無理はないか。俺が出迎えに行ってもよかったんだけれど、今まではずっとそれもしてこなかったし、新型艦だからと言って俺が埠頭まで行けば、それこそ奴は白い目で周りから見られるだろう。えこひいきだって。

だが、この執務室なら完全防音だ。外で聞き耳たててるやつがいても中で何を話しているかは盗聴機を仕掛けない限り、絶対にわからない。それにそんなことをすればたちまち警報センサーが感知する。だから初対面の奴も悩みがある奴も不満がある奴も、みんな安心して何でも話せる。それがいいんだ。

 

 やっと人垣が崩れて全容が見れるようになった。・・・・なるほど、履歴書にあった通りだ。噂には聞いていたがついに完成したというわけだ。幻の特務艦が。だが、当の本人はあまり嬉しそうじゃないな。美人だが線が細い。それになんだか顔色も悪い。あんなにすごい艤装を付けているのに吹けば飛びそうだ。そりゃそうだ。いったい自分が誰なのか、姉妹艦がいるのかもわからずに一人ぼっちで来たんだからな。

 実を言うと俺も彼女の正体がわからない。わからないまま上層部から特命を受けて彼女の身柄を請け負ったというわけだ。これについては俺も不思議に思っている。なぜ元帥、大将、中将がいる中をわざわざ俺に指名しに来たのだろう。上にはいくらでも人材がいるというのに。

俺は万年少将でどっちつかずだ。20代後半での少将っていうのはあまり例がないんだそうだが、俺はいまいちピンと来ていない。今まで目立った戦功をあげたことはないが、コツコツと堅実に実績を積んできたっていうだけだからだ。思い切った奇抜な博打は苦手だが、その代わり勝てる戦にはだいたい勝ってきた。それもこれも鳳翔をはじめ、周りにいい艦娘がついていたからだ。決して俺一人の功績じゃない。

 だから、俺は知っている。戦いに勝つにも飯を食うにも平素生活するにもすべて一人だけの力ではだめなのだ。人、そうだ、人材が必要なんだ。俺はそれをいやというほど知っている。

 奴をどこに入れるかについては、いろいろ悩んだが、結局は利根の意見を採用することにした。理由は簡単だ。奴の心を初日から折れさせたくはないからだ。もし加賀か日向かどちらかと同じ寮に入れたら、いったいどんなことになるものやら知れたもんじゃない。

 特命を受けた時、紀伊がどんな奴なのかわからなかったから、俺はとりあえず第6駆逐隊の連中を差し向けておいた。元気なあいつらならすぐにどんな艦娘とも打ち解けるだろうと思ったんだ。これは正解だった。途中で敵艦隊と交戦したと聞いたときはさすがに冷や汗をかいたが、一人も轟沈しなかったのは幸いだった。というかあれだ。紀伊の奴が途中から参戦して敵をほとんど瞬殺でたたき沈めたというんだから、俺は驚いた。初戦だぞ。どんだけすごいんだ、奴は。

 暁のやつ、到着したらすぐにドックに入きょさせなくちゃならんな。戻ってきたら4人に間宮券わたしてクリームパフェでもご馳走してやろう。

さて、特務艦紀伊か。奴はどんな顔を俺に見せるんだろう。いかん、ちょっと緊張してきた。いつまでたっても慣れないな。今のうちにトイレに行っておくか。

 

1時間後――。

パタンと静かに提督執務室のドアを閉めた紀伊は深い吐息を吐いた。そのまましばらくたっていたがやがて重い足取りで廊下を歩き出した。西に面した窓からは少し陰った午後の陽ざしが降り注いでくる。ちょうど午後3時を回ったところだ。

「あ・・・・。」

紀伊はふと窓の下からにぎやかな声がするのを聞いて視線を向けた。暁を先頭に第6駆逐隊の面々が走ってくる。

「暁ちゃん、待ってなのです!」

「そうよ、そんなに走ると転ぶからね!せっかく提督が高速修復剤を入れてくれたのに!」

「大丈夫よ!レディーは転ばな・・・・きゃっ!!」

派手に転倒した暁を慌ててほかの3人が助け起こした。

「もう~~~なんなのよ~~~!!」

暁が膝の埃を払って立ち上がった。第六駆逐隊の四人は再びにぎやかに紀伊の佇んでいる窓の下を駆け去っていった。

「よかった・・・もう治ったのね。」

紀伊は目を細めた。暁が被弾した時にはどうなるかと思ったが直ちに入きょされた暁が元気になったことに紀伊は心の底から安堵していたしうれしかった。

「おい、そこの新人。」

「あ、はいっ!!」

不意に呼ばれた紀伊が慌てて振り向くと、見覚えのある顔だった。確か歓迎の式典の際に、吾輩は利根じゃ、と自己紹介された覚えがある。その利根が腰に手を当ててこっちを見ていた。その傍らには利根の妹だと紹介された筑摩が立っている。

「おぬしそんなにびくつかなくともよいではないか。もう挨拶は済んだのか?」

「あ、はい。終わりました。」

「よし、なら吾輩と筑摩が呉鎮守府を案内する。行くぞ、ついてこい!」

いきなりの話に紀伊は戸惑った。まだ挨拶もしていないのに。だが先方は一向に気にする様子もなく歩き出しているので、従うしかない。

「は、はい!」

歩き出した利根を追って紀伊も足早に歩き出した。

「そんなに硬くならなくて大丈夫ですよ。」

筑摩がそっと紀伊のそばに寄ってきてささやいた。

「え?で、でも・・・。」

「ああいうしゃべり方は利根姉さんの癖ですから。本当は新しい仲間が増えてとっても嬉しいのをごまかしているだけです。」

「はぁ・・・・。」

紀伊は目を瞬きさせた。司令部の玄関を出たところで利根が振り返った。

「どうじゃった?提督の印象は。」

「え?そうですね・・・・。」

改めて問われた紀伊は答えに詰まった。受け答えに必死で正直どういう人だったか、顔立ちすらうまく描くことができない。でも――。

「なんというかあまりつかみどころのない人でした。でも、色々と話してくださって、私のことをすごく気にかけてくださっていたような気がします。」

「そうじゃろう?提督はどの艦娘のことも自分の子供のように気にかけておる。特におぬしは一人でここに来たのじゃから、提督が気にするのも当然のことじゃな。」

そうだ。自分には姉妹艦はいない。今目の前にいる利根・筑摩のように自分にも姉妹艦がいればこんな不安で寂しい思いをすることはないのだろうか。

「それで、配属は決まったのか?」

「いいえ。しばらくは未定で・・・・あっ!すみませんでした。あらためて、そちらの寮にお世話になります、紀伊です。よろしくお願いします。」

利根は声を立てて笑った。

「今更あらたまってなんじゃ?そうかしこまらんでもよい。のう、筑摩。」

「はい。」

筑摩が微笑んだ。二人の笑顔はとても自然で柔らかかった。自分がすっと受け入れられたような気がして、紀伊は少し気が楽になった。

ではいくか、と利根が促し、3人は司令部を出ると、港湾に面した巨大な建物に向けて歩き出した。

「あそこがドックと発着指揮所になる。緊急時を除いての出撃はあそこから出ることになるのじゃ。」

「あれが・・・・。」

目の前にはゆうに数個艦隊が入れるような巨大な施設が広がっていた。すばやく動き回っている小さな点のようなものはそこに配属されている妖精なのだろう。その巨大施設の前では一隊の駆逐艦娘とそれを監督する軽巡洋艦娘たちが走り回っていた。3人は少しの間海風に吹かれながらその光景を眺めていた。3人に気が付いた艦娘たちが何人か手を振ってきたので、3人も振りかえした。

「平時はここが訓練施設にもなるからのう。色々と騒がしいが見てて飽きないぞ。」

大海原のとどろく音とともに、主砲打ち方、雷撃の命中の大音響、水柱、そして艦娘たちの交わす声、走り回る姿等がにぎやかに紀伊の耳に目に飛び込んできた。

「皆さん、とても活き活きしていますね。」

紀伊が頬を少し紅潮させた。

「おぬしも出たくなったか?ん?」

「えっ!?・・・いえ、私は全然、自信がなくて・・・。」

「そうか?聞いたぞ。おぬし、敵の増援艦隊をほぼ一瞬で壊滅させたのじゃろう?」

「あれはまぐれですし、私もほとんど覚えていないんです。無我夢中で・・・・。」

「そうなのか?」

利根はまだ質問したい様子だったが、それ以上言わず、では工廠の中に入るか、と二人を促した。

3人は訓練中の艦娘たちの横を通り過ぎ、工廠の中に入った。中は様々なパイプが張り巡らされ、うっかり触ったらやけどしそうなほど蒸気を上げているものもある。色々な大きさのタンク、それに複雑な装置が3人の立っている足場から下に広がっている。中はゆうに1個中隊が演習してもまだ余裕がありそうなほどの広さだった。

「あら、ご挨拶はもう済んだのね。」

戦艦ビスマルクが3人のもとにやってきた。そばにプリンツ・オイゲンもいる。

「はい。おかげさまで、色々とご迷惑をおかけしました。」

「別にいいわよ、そんなこと。当り前のことをしただけだもの。」

「ビスマルク姉様はとっても面倒見がいいんですよ。落ち着いたら遊びに来てください。色々・・・・おぁ?大変!!」

ブザーが鳴り始めた装置――巨大なオーブンレンジの様に紀伊には見えた――を見つけ、プリンツ・オイゲンが慌てて装置のもとに走っていった。

「忙しいらしいの?」

「ええ。来るべき海戦に備えて、提督から新型砲を開発せよとのお達しが来たからね。私とプリンツ・オイゲンとでやっているけれど、なかなかうまくいかなくて――。」

シュ~~~~ッとものすごい蒸気音があたりに響き渡った。それが治まった時、装置からはじき出されたのは見るも無残な黒い鉄クズだった。

「ああ!!もう~~~~!!!」

プリンツ・オイゲンが頭を抱え、両腕を振り下ろしていた。

「失敗だよぉ~~~~~・・・・・。」

「まぁ、こんな感じなのよね。じゃ、ごめんね。次の試作にとりかからないといけないから。失礼するわ。」

「うむ。頑張るのじゃぞ。」

ビスマルクは片手を上げて、プリンツ・オイゲンのもとに行ってしまった。

「大変ですね。さっき私たちを助けに来てくれたのに、休む暇もなく開発だなんて・・・・。」

「奴は仕事好きじゃからな。プリンツはプリンツで奴を助けることが生きがいになっておる。そう気にする必要はないぞ。艦娘の中には仕事よりも食べること、寝ることが好きな奴もいるからの。」

「姉さんみたいに。」

筑摩がくすと笑った。

「なんじゃと?」

「いいえ、なんでもありません。さ、次に行きましょうか。」

利根はむ~~~と仏頂面で妹を見ていたが、やがて気を取り直したらしくうなずいた。

「じゃ、次に行くかの。」

それから3人は陸戦隊司令部、防空施設、酒保、各寮などを見て回った。

「いろいろありますね。一度じゃ覚えられないくらい広いです。」

紀伊が感嘆の声を上げた。

「まぁ、吾輩たちが普段使用するのはこの中でほんの一部じゃからな。そう苦労することはないと思うが――。」

利根の足が止まった。何やらかすかな音が耳にとまったらしい。3人がいるところは軍港からやや離れた防砂林のわきの小道だった。左手にはこんもりした林が広がり、右手には生け垣が張り巡らされている。音はその右手から聞こえてきた。

「ほう?やっておるか。どれ・・・・。」

利根はひょいと飛び上ると、生け垣につかまって身を乗り出した。

「お、やっぱりそうか。よし。」

たっと地面に降り立った利根は踵を返すと、ずんずん歩き出した。

「あ、ちょっと!!そっちは――。」

「構わん構わん。せっかくの機会じゃ!」

利根が肩越しにそう叫ぶと、生け垣の間にある小さな道に入っていった。紀伊はためらっていた。

「もう!姉さんったら。・・・・仕方がありませんね。少しだけ付き合いましょう。」

筑摩に促されて、紀伊も入っていった。左手になにやら建物が立っている。そこは屋根と壁が3方に張り巡らされただけの簡素な作りの建物だった。ただ、横が非常に長い。3人が隅の小さな扉を開けて入ると、目の前に的の様なものがいくつもたっていた。弓道場のようだと紀伊は思った。だが、弓道場と違うのは、的が海上にもセットされていたり、空中を一定のコースで動いているものもあるということだ。

 それに向けて無心に弓を構える一人の正規空母がいた。

「しっ。」

利根が2人を制した。じっと3人は見守った。空気が止まっている。紀伊はそう思ったほど何も動かず何も音を発しなかった。

 突然、キリと弓が引き絞られ、バシュッ!と空気を切り裂く鋭い音とともに矢が放たれた。それは空中で炸裂し、10機ほどの飛行編隊に変化すると、上空の的に向けて襲い掛かった。凄まじい機銃掃射とともに的は木端微塵に打ち砕かれた。

「流石じゃの!」

利根が声を上げた。加賀はちらと3人を見たが、また目を的に戻し、矢筒から矢を抜き取ると、ゆるゆると構えた。

(綺麗・・・。)

紀伊はその姿に目を奪われた。

(綺麗・・・・あんなに静かなのに、それでいて盤石な構え。隙が無い・・・・目は目標だけでなく目標の取りうるあらゆる動きさえも既に見切っている・・・・!)

バシュッ!!と放たれた矢は再び編隊に代わり、海上を動いていた模擬標的に向けて雷撃を放った。轟音とともに標的は吹き飛び、影も形もなくなった。

「流石じゃの!一航戦。」

加賀はふうと息を吐き、弓を下ろした。

「邪魔をしないでもらえますか。訓練中です。」

ちらと横目で三人を見た加賀が弓に矢をつがえながら言う。

「そう邪険にするな。今新人を連れて案内しておるところなのじゃ。」

「だからと言って訓練を邪魔することまでは許されないと思いますが。」

「わかったわかった。すぐに退散する。」

利根は両手を広げてそういうと、二人に「帰るぞ」と告げた。

「待ちなさい。」

3人は振り向いた。加賀が弓を下ろし、こちらを向いている。

「あなたが噂の新型艦?」

「あ、はい!紀伊と言います。あの――。」

「先刻敵艦隊を艦載機で仕留めたというのは本当?」

静かだが切り込むような問いかけだった。にこりともしないその眼は燃えるように真剣だった。

「あれは・・・・たまたまです・・・・。」

「でも、撃破したのは本当ね?」

「ええ・・・・。」

加賀はつかつかと紀伊のそばに歩んできた。

「あなたの力、見てみたいわ。」

紀伊は目を見張った。

「おい、加賀――。」

「構わないでしょう?そちらが私の練習ぶりを無許可で見ていたのなら、こちらにも同じことを要求する権利がある。」

「・・・・・・・。」

「それとも、臆したのかしら?」

紀伊は加賀の強い視線に耐えられなくなって視線を落とした。

「私は、正規空母では――。」

「私はあなたに聞いているの。あなたが何者なのか、そんなことはどうでもいい。」

紀伊はゆっくりと顔を上げた。やるしかなかった。このままでは見逃してくれそうにない。だが、あの時は無我夢中であり、どうやったのかも覚えていなかったから自信はなかった。

「わかりました。」

紀伊は練習場に立った。加賀は数歩下がって静かに紀伊の後姿を見つめている。利根や筑摩は心配そうに紀伊を見つめていたが紀伊はそれに気づく余裕もなかった。

 紀伊は右腕の飛行甲板を水平に前に突き出した。

「艦載機隊、発艦始め!」

甲板開口部が開き、艦載機が射出されて次々と飛び立っていく。

「目標、海上を移動中の標的A!!急降下爆撃、開始!!」

大空に舞い上がった艦載機は反転し、急降下して海上を移動する標的に向かっていった。

(お願い・・・・命中して・・・・!!)

紀伊は祈るような思いでかたずをのんで目をつぶった。直後に大音響、そして水柱の噴き上がる音がした。

「外れたわ。」

乾いた声がした。恐る恐る目を開けると、標的艦の前後左右に力を失った水柱の残骸が落ちかかっていくところだった。

「・・・・・・・。」

紀伊は呆然としていたが、戻ってくる艦載機を迎え入れねばならないことに気が付き、慌てて右腕を水平に突き出した。彼女は戻ってくる艦載機たちに対して何も声をかけられなかった。

 不意に後ろからじっとそそがれる視線を感じて紀伊ははっと振り返った。加賀が無表情でこちらを見ている。

「あなたの力、よくわかった。もういいわ。」

短い言葉だったが、紀伊を打ちのめすのに十分すぎた。

 

「そう気にするでない。」

利根が紀伊を慰めた。

「おぬしはまだここにきたばかりじゃ。吾輩たちも航空巡洋艦になった当初はカタパルトを扱うのに苦労したもんじゃ。のう、筑摩。」

「はい。誰しも最初からできることではありません。紀伊さんはまして艤装が完了したばかりだと聞いています。それなのにここまで3日間の間に航海できるようになったというのはとてもすごいことだと思います。」

「・・・・・・・。」

「それにしても加賀の奴は手厳しいの。奴も栄光の第一航空戦隊の中核たるプライドを持ちすぎなのではないか?」

「そこが加賀さんのいいところでもありますから。」

二人の会話はどこか遠くの世界でされているように思える。紀伊は深い物思いに沈みこんでいた。逃げるようにその場を離れた紀伊だったが、加賀の言葉は大きな棘となって深々と胸に突き刺さっていた。

 

あなたの力、よくわかった。もういいわ。

 

もういいわ。その言葉にはこれ以上自分と関わるなという意思表示がはっきりと示されていた。もっと掘り下げれば、自分の様な非力な艦娘が栄光の第一航空戦隊の中核の自分と向かい合うなと言っているようにも聞こえた。つまり自分は否定され、拒絶されたのだ。

 

そのことが無性に悲しく、空しかった。

 

「・・・・・・?」

紀伊はふとききなれた音を感じて、顔を上げた。そこには広い海が広がっていた。いつのまにか3人は防砂林を抜けて砂浜に降り立っていたのだ。

「・・・・・・・!」

紀伊は息をのんだ。

そこは見渡す限り青い水平線が広がり、やや傾きかけた太陽が真正面から光を放っている。ここに座ってずっと空、そして海を見ていたいと紀伊は思った。特に鮮やかなコントラストをなす黄昏の空と海が紀伊は好きだった。徐々に水平線の彼方に消えていく太陽に照らされた雲そして海は宝石にも負けない輝きを色彩を変化させながら放ち続け、そして闇に沈むのだ。次第に太陽が消えていく中、限りある時間を精一杯あがこうとするように光り輝く空と海。その切ないほどの美しい輝きが紀伊は好きだった。

 今でさえとても綺麗なのだ。ここからならきっと今まで見たことのない美しい黄昏の光景が見れるだろう、紀伊はそう思った。

「きれいでしょう?」

目を見張っている紀伊に筑摩が微笑みかけた。

「ここは艦娘のプライベートビーチじゃ。今は誰もおらんが余暇があればみんなここにきて水遊びをしておるぞ。」

「そうなんですか?でも、あそこにいらっしゃるのは?」

紀伊の言葉に二人は海上を見た。

「む。あれは日向の奴か。ほう?」

利根が声を上げた。紀伊たちが見ている前で日向は海上を滑るように走り、走りながら砲塔を旋回させて砲撃し、次々と標的を撃破していく。標的自体も動いているから、ほぼ反抗戦に近いのに、日向はほとんど砲弾を外さなかった。

「流石じゃのう!」

利根が声を上げた。それに反応したかのように日向がちらっとこっちを見た。その瞬間紀伊は嫌な予感がした。あの眼は加賀のそれと似ていた。

 案の定日向はこちらに向かって走ってきた。

「何か用?」

砂浜に立つ3人をじろと見まわした日向はそっけなく言った。

「いや、紀伊の奴を案内しておるうちにここについてしまったというわけじゃ。」

「ふうん・・・・。」

日向はちらっと紀伊を見た。

「先ほども見かけたが、あなたは41センチ砲を搭載する戦艦なのか?」

「え?あ、いえ。私はその・・・・・。」

「何でもいい。あなたが誰であれ、巨砲を備えているからには射撃ができるはず。見せてくれないか?」

「それは・・・・。」

紀伊は下を向いた。

「できないというのか?まさか一発も撃ったことがないと。だったらあなたはうそをついている。」

「日向さん!そこまでおっしゃることはないでしょう?」

筑摩が制止したけれど、日向は首を振って、紀伊を見続けている。

「そんなことは・・・ないですけれど・・・・。」

「なら、あなたの力を見せてほしい。」

紀伊は泣きたくなったが、ここまで言われた以上、もう引き下がれなかった。

 

 夕刻――。

長い影のように暗く沈み切った紀伊をはさむようにして利根と筑摩は航空巡洋艦寮に帰ってきた。

「すまんな。嫌な思いをさせてしまった。」

利根が心底すまなそうに詫びた。

「いえ、私のふがいなさのせいですから。」

紀伊はそう言ったきり俯いていた。先の砲撃でも紀伊は標的をことごとくはずし、命中率20パーセントという最悪の記録を残してしまったのだ。

 

 


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