艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第二十七話 起死回生の一手(その5)

「見えた!!」

紀伊が叫んだ。いつの間にか彼女は金剛たちをも追い越し、全速力で一人走り続けていた。彼方に無数の黒い点が見えた。そのうち何隻かは黒煙を上げているが、とにかく輸送艦隊はまだ沈んではいない。紀伊は上空に目を向けた。前もって発艦していた艦載機たちは上空を旋回している。前方に目を戻したとき、目の前の艦隊の嚮導艦娘が誰なのかを知った紀伊は力いっぱい叫んだ。

「由良さ~~~~~~~~~ん!!」

紀伊は大声で叫び続けた。何度目かの叫びで、ようやく由良が気がついたらしく、大きく手を振り上げた。

「紀伊さん!!!」

二人は海上で手を取り合って再会を喜んだ。由良の姿はボロボロだった。ここまで気を張り詰めてきたのだろう、ふっと気を失いそうになった由良は慌てて気力を取り戻そうと頭を振った。

「良かった!無事で本当によかった!!」

「紀伊さん、でも、まだ・・・・・。」

由良が一瞬つらそうな顔をした。

「お願いです!鳳翔さんたちを、皆を助けてください!皆深海棲艦を食い止めようとバラバラになって・・・・このままじゃ!!」

由良はかいつまんでこれまでのことを説明した。事態は予想したよりも悪かったようだ。紀伊はすぐにうなずいた。

「わかりました。由良さんは早く、横須賀に!!」

「はいっ!!」

由良は再び航行を開始し、輸送艦隊もその後に従う。

「艦載機、輸送艦隊上空の援護を!!」

戦・爆・攻の連合部隊はたちまち輸送艦隊に接近し、上空の警戒に当たった。紀伊は後ろを振り返った。続々と艦娘たちがやってきている。その艦娘たちが、あるものは由良のもとに、あるものは輸送艦隊の前後左右について警戒に当たった。これなら十分な護衛の下に横須賀にたどり着けるだろう。金剛たちはいち早く後衛について警戒態勢に入っていた。

「姉様。」

近江、讃岐、そしてやや離れたところに尾張がいる。

「私はこれから皆を救いに行きます。」

「私も行きます。」

「当然あたしも行きます。で、たぶんというか絶対尾張姉様はいかないでしょうから、輸送船団の留守番でもしていてもらいましょうか?」

「フン。」

尾張は顔をそむけたが、驚いたことにすぐに視線を戻して言いはなった。

「私も行くわ。」

「は?今なんて――。」

「私も行くって言ったのよ。いいの?時間がないんでしょう?」

「でも――。」

「勘違いしないで。どうせここで何言ってもあなたを止めることなどできない。私個人としてはボロ船を救いに新鋭艦を投入するのは間違ってると思うわ。でも、だからといってむざむざ戦力を沈めたくはないのよ。それだけの事。」

いいかたは最悪だったが、とにかく尾張としても放っておけないと感じているのは確かのようだった。

「Key!!」

そこに金剛がやってきた。

「私たちも行きマ~ス。さっきは抜かれてしまいましたが、金剛型の高速、侮らない方がいいネ!」

「ですが、それでは艦隊護衛は――。」

「私たちに任せてください。」

川内、長月、初雪、清霜、村雨たちがいた。

「長門先輩たちも向かってきています。それまで私たちが守り抜きますから。」

「わかりました。金剛さん。」

紀伊は金剛を見た。

「私たちは鳳翔さんたちを救出に行きます。金剛さんたちは翔鶴さんたちを。お願いできますか?」

「OK!!任せておいてくださいネ!!」

金剛は胸を叩いた。その時には続々と艦娘たちが集結し、一大部隊が集結しつつあった。

「では、私たちと阿賀野さん、吹雪さん、夕立さん、舞風さん、磯風さん、白露さんは鳳翔さんたちを救出に行きます。」

「待ってください!」

紀伊は振り返った。そこに立っていたのは赤城、そして加賀だった。

「私たちも一緒に行きます。鳳翔さんたちのこと、見捨てることなんてできません。」

「それに、五航戦の子たちと一緒になるのはあまり気分がいいものではありませんから。」

「加賀さん・・・・。」

赤城は注意しかけたが、すぐに顔を引き締めた。

「時間がありません、お願いします!!」

「わかりました。すぐに出発します。」

紀伊の言葉にうなずき合った一同は白波を蹴立てて南下していった。

 

 

 

 

よろめきながら進む由良の眼に、懐かしい光景が見えてきた。日の光を受け、キラキラと輝く波に洗われた一大港。かつて由良がそこから旅立った港。

(あれは・・・・埠頭・・・・横須賀・・・・埠頭・・・・・。)

くっ、と全身に走る疲労と痛みをこらえ、由良は懸命に走り続けた。

「由良さん、後は引き受けます!!」

川内が由良を支えながら言った。

「いいえ・・・最後まで・・・・私がっ!!」

ここまで載せてきたのは自分だけの想いではない。呉鎮守府の仲間全ての想いが今自分の肩に乗っかっている。

 

それを背負って走り切らなくては。

 

想いは無駄になってしまう。どんなに疲れていようと、由良は走りを止めなかった。

不意に体がよろめき、前に倒れた。足がもつれたのだ。もう駄目だと思ったその時、不意に力強い手が彼女の体を抱き留めた。

「・・・・・?」

薄れゆく意識の中、見つめ上げた由良の眼には長門の姿が写っていた。

 

 

葛城は一人海を走っている。何とか敵艦隊を退け、深海棲艦機を撃破した彼女は信じられない様子で呆然と海を走っていた。

「信じられない・・・私、やったのね。一人で・・・・・・これも訓練のおかげ!?」

半ば熱に浮かされたように葛城は呆然と何度も同じシーンを回想しつつ北上していく。

「あっ!」

不意に葛城が胸を押さえた。海上に佇む見慣れた姿を見たからだ。

「鳳翔さ~~~~~~~ん!!!」

葛城が力いっぱい叫んだが、ふとおかしいと思った。あれほど凛とした鳳翔が全く振り返らないのだ。

「鳳翔さん?鳳翔さ~~~~~~~~ん!!」

不意に不安になり、葛城は何度も鳳翔の名前を叫んだ。もしや鳳翔はけがをしたのではないか。自分が呼んでも振り返ることのできないほど重傷を負ったのではないか。

 先ほどの勝利の高揚感は一瞬で吹き飛んでいた。葛城は急いで鳳翔のそばに走っていった。

「鳳翔さん、鳳翔さんっ!!」

葛城の呼びかけに鳳翔はようやくこちらを振り向いた。その顔色の悪さに葛城はぞっとなった。

「鳳翔さん、お怪我は?どこかけがしたんですか!?」

「いいえ、私なら・・・・大丈夫です。私なら・・・・・・。」

ふと、葛城は鳳翔が何かを抱えているのに気がついて、あっと声を上げた。

「この人・・・綾波さ――。」

葛城の顔が凍り付き、声にならない声を上げていた。

 

 綾波の体はひどい傷を負っていた。全身に火傷があり、砲弾が命中したのか破片が腕や足、体に食い込んで、出血している。だが、それもある一点に比べれば物の数ではなかった。

 

 葛城が見つめていたのは、眼だった。綾波とは輸送作戦で一瞬顔を合わせた程度だったが、眼の輝きははっきりと覚えている。

 

 その眼は見開いていたが、白く曇り、虚空の空を見上げたままだった。

 


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