艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

36 / 54
第二十七話 起死回生の一手(その4)

他方、囮となって敵を引き付け続けている囮輸送艦隊護衛艦娘たちも敵艦隊に苦戦を強いられていた。

 

「チイッ!!」

ビスマルクは相模湾沖で敵と交戦しながら舌打ちを何度もした。

「囮の私たちにこうもしつこく攻撃してくるなんて!!」

残存輸送艦を退避させた筑摩たちも合流を果たし、総力を挙げて敵機動部隊との交戦をつづけているが、敵は減る気配がない。

「駄目じゃ、いったん後退しよう。もう頃合いじゃろう。横須賀に輸送艦隊が入港したのなら吾輩たちがここで戦う必要も意味もない。」

「まだよ!まだ入港の連絡がない以上、もう少し奮戦しなくては、敵がそちらに行ってしまうわ!」

「しかしな、もう吾輩たちも――。」

「ヤマトが滅んでもいいの!?」

利根ははじかれたようにビスマルクを見た。

「私たちが全滅しても物資が無事に届いて、横須賀が息を吹き返して、作戦が完遂できれば、上々じゃないの?違うの・・・・?」

最後の語尾は震えていた。

「利根、あんたの心はそんなものだったの!?」

利根はしばらく言葉が出なかった。ヤマト所属の自分よりも独国からやってきたビスマルクがこんなにもヤマトのことを思い覚悟を固めている。それに比べて自分は何ということを言ってしまったのだろう。

今ここで退けば、鳳翔たちに負担がかかる。自分の怠惰によって戦死者も出るかもしれない。そうなればたとえ自分が生き残ったとしても一生後悔し続けるだろう。

「そうか、そうじゃな。まったく・・・吾輩ときたら、とんでもない醜態を見せてしまった。ヤマト所属艦娘の吾輩が、独国から回航してきたおぬしに意見されるとはな。」

利根は自嘲気味に笑った。だが、すぐに持ち前の元気を取り戻して叫んだ。

「よし!ならもう一度戦うぞ。奴らを一隻たりとも横須賀へ向けるな!!」

 

 

 鳳翔は疲れ切っていたが、内心安堵を覚えてもいた。浦賀水道を突破し、あと一息で横須賀にたどり着けるところまで来ていた。既に救援信号は出していたから、間もなく横須賀から救援艦隊が到着するだろう。そうなれば、輸送艦隊は無事に横須賀に入港できる。

 

 そう思った次の瞬間だった。

 

 ザアッ!!と至近距離に水柱が立ち上るのが視界の隅に入った。はっと後ろを振り向いた鳳翔は絶句した。この期に及んでもまだ深海棲艦は追撃をやめなかった。撃ち漏らしたであろう数隻の敵艦隊が全速力でこちらに迫ってくる。

「ここまで来て・・・・まだ!?」

鳳翔は矢筒をちらと見た。もう矢は撃ち尽くして残るは数本のみだった。だが、ここで止まるわけにはいかない。

「ここを通すわけには、行きません!!」

鳳翔は反転し、敵艦隊に向き直ると、キリキリと矢をつがえ、大空に放った。

 

 

 輸送艦隊の前衛にあって、右翼を守っていた綾波がはっと顔を後ろに向けた。

「・・・・・・?」

彼女は自分の胸に手を当てた。このようなことは初めてだったが、何やらとても胸騒ぎがする。紀伊がこの場にいたら、その意味を理解し、教えただろう。だが、綾波はその原因にすぐに思い当った。

「後衛が・・・鳳翔さんが!?」

彼女はすぐに由良のもとに走った。

「由良先輩!!」

由良は驚いた顔をした。

「どうしたの?あなたは右翼を守っているはずでは――。」

「鳳翔さんが、危ないのです!!すぐに私を救援に行かせてください!!」

由良は混乱しそうな顔をしたが、すぐに首を振った。

「そんなことはできません!これ以上護衛を減らせば、もう輸送艦隊を守り切れない!」

「ですが、敵は後ろからやってきています。ここを守り切れば、横須賀に入ったも同じではないですか!?」

「しかし――。」

「由良先輩。」

不知火が口を開いた。

「私が右翼につきます。由良先輩は嚮導艦として輸送艦隊を引っ張っていってください。」

「・・・・・・。」

「お願いです。綾波を行かせてあげてください。」

由良は少しためらっていたが、やがて諦めたようにうなずいた。

「いいでしょう。でも無理は――。」

「ありがとうございます!!」

綾波は頭を下げると、全速力で海面を走り去っていった。双方が反対方向に走っているので、綾波の姿はたちまち白い点に変わり、かすんで見えなくなってしまった。由良はそれを見送っていた。

「ついに、私だけになったか・・・・。」

由良は唇をかんだ。このような大作戦における嚮導の重圧はこれまでとは比較にならないほど重かった。にもかかわらず頑張ってこれたのは教導が一人ではなかったからだ。だが、今、ついに一人が離脱し、もう一人も配置換えのために前衛から離脱しようとしている。後方に照月がいるが、彼女は全対空砲火を次々と飛来する深海棲艦機に向けて放ち続けており、こちらを掩護する余裕など全くない様子だった。

 

 由良はひとりになりつつあった。

 

「私は右翼につきます。ご武運を。」

不知火がいい、反転していった。引き留めたかったが、その手はついに動かなかった。誰しもがギリギリのところで戦っている。第一波の後も何度かの襲来を受け、護衛のイージス艦が何隻か輸送艦の盾となって炎上、離脱していった。救助に行きたかったが、そうなれば輸送艦隊が孤立する。由良達は何度も涙をこらえながら見捨てていくしかなかった。幸い炎上中の艦から短艇が離脱していくのが見えたから、あれが無事に陸地にたどり着くのを祈るしかなかった。

 

 一人になっても戦うほかない。最後の最後には自分も深海棲艦と刺し違える覚悟で挑むしかない。由良はそう覚悟を決めていた。

 

 

横須賀海軍鎮守府特務参謀室――。

「なんですって!?」

葵が叫び声を上げた。朝の爽やかな大気の中、ジャージ姿で柔軟運動をしようとした矢先飛び込んできた情報にそれどころではなくなってしまったのだ。

「なんでそんな重要なこと黙ってたわけ!?え?私が任せたですって?それは時と場合に――。ああもうっ!!!あんたと話している場合じゃないわ!!!すぐに皆を集めて掩護させるから!!!」

葵はドアをけり破り、部屋の外に転げるように出ていった。何度も廊下で滑り、宿舎の外に出たところで一人の艦娘に出っくわした。

「あ、おはようございます。朝から早いですね――。」

「吹雪っ!!」

血相を変えたジャージ姿の葵の顔を見て吹雪は動けなくなってしまった。

「全艦隊に緊急通達!!!直ちに戦闘準備!!!すぐに横須賀鎮守府浦賀水道付近に急行!!!呉鎮守府からの輸送艦隊を保護、敵機動部隊を、撃滅せよ!!!!」

「はっ、はいっ!!!!」

「行け、急げ!!!肺が破れるほど急ぎなさいッ!!!」

「わ、わかりましたっ!!!」

吹雪はものすごい勢いでドックに駆け出していった。たちまち警報が鳴り響き、まだ黎明の眠りをむさぼっていた艦娘たちを驚かせた。葵はドアをけりあけるようにして艦娘に緊急出撃を指令して回った。その鬼気迫る形相は後でみんなが話題にのぼせたほどだった。

葵の気迫のせいか、2分後にはすべての艦娘が事情を知り、その2分後には既に第一陣が全速力で出撃していた。金剛、比叡、榛名、霧島の金剛型戦艦4姉妹と、紀伊、尾張、近江、讃岐の紀伊型空母戦艦4姉妹である。さらにその後方にはばらばらと駆逐艦隊や水雷戦隊が続いていく。

「うぅ~~~早起きはお肌によくないデ~ス!!」

金剛は眠そうに目をこすったが、次の瞬間きっと顔をひきしめた。

「でも、呉鎮守府の仲間たちがbattleしているのに、私たちだけ寝ているのは面白くないネ!!それに・・・。」

金剛は自分の胸に手を当てた。

「私たちのために命懸けで物資を護ってきています。そんなときに私たちが何もしないのはよくないネ!皆さん、follow me!!ついてきてくださいネ!!」

「はい!!」

「金剛型の速力、見せてやりましょう!!」

「会戦地点まで全力で航行すれば約30分足らず、急ぎましょう!!」

他の3姉妹も金剛の後に続き、その後ろに紀伊、近江、讃岐そして尾張の姿が見えた。

「なんだってついてきたの?」

讃岐がふくれっ面をした。

「当然よ。貴重な燃料物資をむざむざ敵の手で沈めるわけにはいかないわ。ったく、こんな無謀な作戦たてるなら、まず相談すりゃいいのに。」

「無謀でもなんでも――。」

紀伊は尾張を見た。

「私はここまで来た先輩や仲間を尊敬するわ。それに呉鎮守府は私にとって大切な故郷だもの。その人たちを失いたくない。」

紀伊は速力を上げた。他の3姉妹はびっくりした顔をしたが、すぐに紀伊の後に続いた。

 

 

葛城は疲れ切っていた。彼女自身にも敵攻撃機は容赦しなかった。自分一人にこれほど襲い掛かってくるのだ。他の部隊や輸送艦隊にも敵は殺到しているだろう。だが、自分にできることはここを守り抜くこと、一機たりとも輸送艦隊に向けさせない事だった。

一人後ろに残って警戒していた葛城は敵第二波が接近してくるのを見て覚悟を固めた。

「艦載機が・・・5・・・10・・・・20・・・・。それに重巡戦隊。上等じゃないの!!今度こそは空母としてあいつらを仕留めてやるわ。」

葛城は矢をつがえた。

「全対空砲・・・・じゃない!!回せぇ!!艦載機、発艦!!回せぇ!!!」

そう叫びながら葛城は矢を放ち続けた。

 

 

鳳翔は身もだえする思いだった。囮部隊、別働隊、伊勢ら後衛、そして葛城。ここまで戦力を分散させ、敵を引き付け、なんとか横須賀を目前にやってきた。

「ここまできて・・・・くっ!!!」

おびただしい水柱が彼女を包んだ。その直後、キリキリと引き絞られた矢から九九艦爆が数機出現した。

「足止めをお願い!!直掩機も艦爆を護って敵を退けて!!」

上空を旋回していた直掩機も数が少なくなっていた。その残り少ない機の半数を割いて、鳳翔は出現した敵の足止めに向かわせた。

だが、敵の足は止まらない。軽巡数隻と駆逐艦を基幹とする水雷戦隊がついに輸送艦隊後尾に迫ってきていたのだ。

「鳳翔さん!!」

その時だった。一人の艦娘の声が鳳翔の耳に届いた。

「鳳翔さんっ!!」

綾波だった。綾波が弾雨をおかして鳳翔のそばに来た。

「何をしているのですか?前衛が離れては――。」

「前は由良さんと不知火さんとで大丈夫です。照月さんも防空戦闘継続中です!私が後衛として敵を支えます。」

「駄目です。」

鳳翔はきっぱりと言った。

「今これ以上戦力を割くことはできません。断じて、です!あなたは右舷にあって、敵艦隊を警戒してください。ここは私が守り抜きます。」

「ですが――。」

「危ない!!」

鳳翔が綾波を突き飛ばすようにした直後、爆炎が鳳翔を包んだ。

「鳳翔さんっ!!!」

綾波が悲痛な叫びを放った。

「大事・・・ありません。」

右肩を抑えた鳳翔が気丈に微笑んで見せたが、不意にふらっとよろめいた。綾波は鳳翔の体を支えた。

「中破では・・・ありませんから。まだ艦載機は発艦できます。」

「でも、その怪我は――。」

「ここは大丈夫です。」

鳳翔は繰り返した。

「あなたはあなたの責務を果たしに、行きなさい!命令です。」

その時、あたりに異様な甲高い音が響き渡った。その発信源を捕えた時、綾波は凍り付いた。

 

 敵艦隊は既にこちらを有効射程に取れるほど接近していた。軽巡2隻、駆逐艦数隻は、普段ならば苦も無く倒せる相手なのだが、ここまでの戦闘で綾波も疲れ、鳳翔も傷ついていた。

 

綾波は鳳翔を支えながら敵艦隊を見た。深海棲艦たちは雄叫びにもにた金属音を上げながら一斉に殺到してくる。

「あと一歩で・・・・。」

綾波が我知らず歯を食いしばってつぶやいた。

「あと一歩で・・・・くっ!!」

綾波が砲を構えた時、深海棲艦は一斉にその砲を二人に向け、放った。大小の巨弾が一斉に自分に吸い寄せられるようにまっすぐ飛んでくる。それを綾波と鳳翔ははっきりとみることができた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。