あたりは早くも夜が明け始めていた。普段ならばしんと静まり返った大気を主砲弾、機銃、そして爆弾や魚雷などの炸裂音が切り裂いていく。後方においてビスマルク達が襲われたということは彼女たちが発した緊急無電ですぐに知れ渡った。
「鳳翔さん!!」
葛城が悲鳴にも似た叫び声を発した。
「大丈夫です。ビスマルクさんたちが支えてくれます。」
「ですが!!」
「輸送艦隊乗員については、被弾し、航行不能とあればいち早く退避するように提督から何度も念を押してあります。大丈夫です。」
「・・・・・・。」
「それに、まだ作戦は終わっていません。無事に物資を横須賀に搬送するまでは、私たちは逃げることも他の人たちを救出することもできないのです。」
鳳翔は弓を構えた。
「むしろ葛城さん、囮艦隊が攻撃を受けたことで、私たちにも敵が殺到する可能性は大きくなりました。発進はリスクが大きすぎますが、今からでも航空隊を発艦させて、囮とし、敵をそちらの方面にひきつけましょう。」
「ここで発進ですか!?」
葛城が驚いている間にも、鳳翔は弓を構え次々と艦載機を正確に放った。
「あまり効果はないのかもしれませんが、敵の眼が分散されれば、それこそこちらの動きを看破されずに横須賀に行ける可能性もあります。打てる手はすべて打っておきたいのです。」
「わかりました。今までの訓練の成果、お見せします!」
葛城はそう叫ぶと、身をひるがえし、矢をつがえ、次々と艦載機を放った。東方にはまだ日は登ってきていないが、薄っすらと白み始めたその淡い光に照らされ、髪をなびかせ、矢を放ち続ける葛城の姿は幻想的であった。
「流石は・・・・やはり猛訓練を積んできていたのですね・・・・。」
鳳翔は目を細めたが、その時、輸送艦隊の東に警戒のために展開していた第五航空戦隊から無線が入った。無線封鎖をしているときに無線を使用する、それはよほどのことがあったということだ。
「どうしました?!」
鳳翔はあわただしく応答した。
「こちら、第五航空戦隊翔鶴。」
飛来する敵機及び砲弾を交わしながら、瑞鶴と二人まるでペアスケートをするように身をかわしながら翔鶴が報告した。その背後では雪風、鈴谷、熊野が果敢に応戦している。
「現在そちらから3キロほど東方において、敵機動部隊を確認。現在交戦中。そちらの方角にも一部の深海棲艦と深海棲艦機が向かいました。」
『おおよその数は?』
「戦艦2、重巡3、駆逐艦5、そして20機ほどの深海棲艦機が。」
『わかりました。無理をしないでください。』
「はい。」
無線を切った翔鶴はきっと敵艦隊をにらんだ。日頃の聡明で穏やかな彼女の眼ではない。
「瑞鶴。」
「何?翔鶴姉。」
「全航空隊を発艦させて、できる限り敵を引き付けるわよ。」
「ええっ!?私たちも囮になるの?」
「当り前です。皆さんが頑張っているときに私たちだけ逃げるのはよくないわよ、瑞鶴。」
「空母が敵と殴り合いなんて、聞いたことないわ。中破しないように気を付けないとね。・・・って危ない、翔鶴姉!!」
瑞鶴が翔鶴の手を引っ張りあげた。そのすれすれを巨弾が落下して水柱を上げた。はっと顔を上げた二人の前に、ついに敵主力部隊が姿を現した。
「マジでか!?」
鈴谷が主砲を引き揚げて叫んだ。
「マズいですわ!!こっちには戦艦もいないのですもの。翔鶴さん、瑞鶴さん!!」
「早くしないと、こっちももちません!!」
3人の叫びはすぐに第五航空戦隊の二人に届いた。
「戦艦の有効射程!翔鶴姉、早く迎撃しないと!!」
「わかっているわ。行くわよ。」
二人は次々と艦載機を放った。
「全機、突撃!!」
反転した翔鶴が腕を振った。それに応じて、新鋭として加わった彗星、天山が一斉に戦艦ル級めがけて襲い掛かった。これを阻止すべく殺到した深海棲艦機に新鋭の紫電改が襲い掛かり、撃破していく。
「いっけぇ~~~~~~~!!!!!!!!」
瑞鶴の叫びに応えるかのように、天山雷撃部隊の放った魚雷が多数ル級4隻に命中し、大爆発を起こして吹き飛んだ。
「全機、攻撃の手を休めないで!!次目標、空母ヲ級エリート!!」
翔鶴が叫んだ。翔鶴の攻撃隊は大空に舞い上がり、そこから急降下して対空砲火をくぐり、次々と爆弾を投下した。
「負けていられませんわ!わたくしだって!!」
熊野の構えた主砲が火を噴き、続けざまにヲ級に命中、これを吹っ飛ばした。
「お、やるじゃん熊野。んじゃ、私もいっくよ~~~~~~!!!」
鈴谷も前線に押し出し、敵砲火をかいくぐりつつ主砲を発射した。
その3キロ西、輸送艦隊本隊にも敵が出現しつつあった。右舷3時、そして南東4時方向から敵の深海棲艦が出現し向かってきている。既に発艦した鳳翔と葛城の航空隊がけん制しつつあるが、敵は進撃をやめない。
囮輸送艦隊、別働警戒隊、そして鳳翔、葛城の航空隊の攻撃を潜り抜け、いよいよ敵が迫ってきていた。
伊勢と日向の二人は輸送艦隊の最後尾を固めていたが、その二人の眼に右舷から敵が接近しつつあるのが見えてきた。
「ついに敵がやってきたか・・・・。」
伊勢がつぶやいた。
「日向、いよいよだよ。この作戦、私たちの手で絶対に成功させよう。」
「あぁ。伊勢、やるぞ。」
『撃て!!』
二人は同時に叫んだ。輸送船団の後衛を任された二人は東に展開し、近づく深海棲艦を片っ端から撃破していく。その脇では長良が撃ち漏らした深海棲艦を至近距離で仕留め、近づけなかった。日向は通信を開いた。
「鳳翔、日向だ。敵は3時及び4時方向から進撃してきている。我々が食い止める。前衛の由良、綾波、不知火とともに一刻も早く横須賀に行ってくれ!」
この通信を聞いた鳳翔は一人うなずいた。日向からの報告のほか、翔鶴からの情報の敵部隊も接近しつつある。
このままでは包囲される。
だが、鳳翔は冷静さを崩さなかった。
「わかりました。そちらも無理をなさらないように。気を付けてください。」
「ど、どうするんですか?このままでは――。」
「葛城さん、ここからが本当の戦いになります。覚悟は・・・いいですね?」
葛城はごくりと喉を鳴らした。だが、次の瞬間しっかりと点頭していた。
「葛城さん、横須賀に向けて緊急無電を発してください。もう無線封鎖をする必要はありません。」
「はいっ!!!」
葛城はせわしなく通信回線を開いて電文を撃ち続けた。
それを傍らで見ながら、鳳翔は輸送艦隊に通信回線を開いた。
「全艦隊に伝達します。」
鳳翔は息を吸った。
「これより横須賀に向けての最後の行程に入ります。横須賀到達まで約1時間。1時間を乗り切れば、私たちは助かります。各艦、全速力で、進んでください!」
明白な答えはなかったが、各艦はサーチライトを一斉に点滅させて、了解の合図を放った。
「行きます。」
各艦は白波をその舳先に立て、全速力で進み始めた。飛ぶように水面を走り抜ける。その中にあって、鳳翔、葛城は全力で全方位を確認し、あらゆる事態に対処できるように目を向け続けていた。前方に遠く由良、不知火、綾波の3人が見える。彼女たちも輪形陣形を取りつつ敵を警戒していた。そして、やや後方、輪形陣形の中心には艦隊防空の要となる照月が全方位警戒態勢を敷きながら進んでいく。いざともなれば彼女の誇る対空砲火が深海棲艦機を食い止めてくれるだろう。その後方、つまり輸送艦隊の外郭に輸送艦に扮したイージス艦が護衛艦としてついている。通常戦闘においてはイージス艦は艦娘に及ばない。そのためいよいよとなれば、イージス艦は自らを盾にして深海棲艦と刺し違えるつもりだと鳳翔たちは聞いていた。
「翔鶴さんからの報告から数分・・・そろそろ敵の第一波が見えてもいい頃だけれど。」
「鳳翔さん!」
葛城の叫びに鳳翔は空を見上げた。既に日は登り始めている。その朝日を背にして、無数の小さな点が見えていた。
「来ましたか。全艦隊、対空戦闘用意!第一小隊、第二小隊は敵の迎撃に当たってください!」
鳳翔の指示に上空を旋回していた直掩機の中の2個小隊が反転し迎撃に向かった。さほど敵と離れていなかったため、たちまち暁の空に黒煙が立ち上り、撃墜された機が燃えがらのようになって落ちていくのが見えた。その下、大海原に展開しているのは翔鶴が報告した敵の機動部隊の一部だった。だが、距離はまだある。それまでには横須賀の玄関口に到着するだろう。
「ようやく姿を見せたわね。でも、遅すぎたわ。」
勝ち誇る葛城の横で鳳翔は顔色を変えていた。
「まずいわ・・・。」
「えっ?」
一瞬聞き違えたのかと思って葛城は鳳翔の顔を見た。輸送艦隊は今横須賀の玄関口ともいうべく、浦賀水道を目前にしている。
「まずいわ。横須賀に入る前の浦賀水道水域は狭い。今狙い撃ちされたらひとたまりもないわ。」
葛城は息をのんだ。確かに前方の水域は手を伸ばせば陸地と陸地を結べる錯覚に陥るほど横の距離がない。喫水線を考えれば大型輸送艦の航行できる水域は限られている。そこを狙い撃ちされれば――。
「鳳翔さん。」
葛城が鳳翔に話しかけた。
「私が殿を務めます。」
「あなたが!?」
「鳳翔さんは全艦隊の指揮を執って、前に進んでください。」
「でも、それでは、あなたが――。」
「まだ敵は有効射程につけていません。このまま逃げ切れば、私たちの勝ちです。でもそれには誰かが残って殿を務めなくては!!」
「・・・・・・・。」
「急いでください!!物資を失うわけにはいかないんです。さぁ、早く!!」
「それなら私が残ります!!」
「まだです。まだついたわけじゃありません。何が起こるかわからないんです。その時に鳳翔さんがいてくれなくては駄目なんです!!私じゃ輸送艦隊を指揮できません!!」
短い沈黙があったが、鳳翔はうなずいた。
「わかりました。でも無理をしないでください。約束ですよ。」
「はい。」
「葛城さん・・・・無事で。」
鳳翔はそういうと身をひるがえして輸送艦隊の後を追った。