艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第二十五話 窮地

 横須賀鎮守府が敵の大規模な機動艦隊に襲撃された翌々日、長門は主だった艦娘を召集して会議を行った。場所は戦時に備えて地下の防空壕に作られた臨時司令部の会議室だった。このころ、いったん沖ノ島に派遣されていた艦隊の中から大鳳が戻り、代わりに蒼龍が派遣されていた。

「陸奥、損害状況を報告してくれ。」

長門が額に両手を押し当てながら促した。

「高速戦艦榛名が敵との交戦で大怪我を追って現在入院中よ。軽巡矢矧も湾内での戦闘で中破、白露、野分、高雄、麻耶も負傷。医療施設についてはさほど爆撃を受けなかったため、稼働しているわ。」

「誰も轟沈しなかったことは不幸中の幸いよね。」

山城が言った。

「その通りだ。だが、問題はこれからなのだ。陸奥、続けてくれ。」

陸奥は新たにプリントしたA4の用紙を取り上げた。

「備蓄資材が大打撃を受けたわ。燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトの、集積割合にして約46パーセントが被害を受けて消失。高速修復剤も28パーセントが失われたわ。その他食糧、嗜好品、日用品等についても多大な消失が報告されているの。」

「・・・・・!!」

各艦娘たちの間に動揺が走った。

「そして、さらに悪い知らせがあるわ。」

陸奥が皆を見まわした。

「この多大な損害を出した元凶の敵の機動艦隊についてだけれど。この艦隊は沖ノ島に展開していた艦隊ではなく、増援部隊としてミッドウェー方面から進出していた艦隊なの。彼らは沖ノ島を大きく迂回するようにして接近。偵察機からの報告では、港湾に殺到したのはほんの一部だけ。まだ敵には無傷の主力艦隊が残されている。私たちが撃破したのはその先鋒に過ぎなかったのよ。」

「なんだって?!嘘だろ!!」

麻耶が叫んだ。

「ウソではないわ。沖ノ島付近に展開していたイージス戦艦艦隊は、深海棲艦側からのジャミングによって電子システムがすべて役立たずになってしまったの。その結果通信すらできずに漂うほかなかった。道理でいきなりの奇襲だったわけね。それでも遮ろうとした一部の艦はあっという間に敵の攻撃を受けて撃破されていたわ。現在はジャミングが一時的に弱まった隙をついて、艦隊は茨城の鹿島に退避しているわよ。」

「甘かったな。深海棲艦を完全に駆逐したと思い、防衛をイージス戦艦に任せっきりにしてしまったのが、今回のつけだったわけ、か。」

「ええ、零式水上偵察機もそれほど哨戒任務に就かせていなかったから・・・・。」

敵の襲来はこれまでにない苛烈さだった。深海棲艦がヤマト本土を爆撃空襲したのは、以前にもなくはなかったが、これほどまでの積極攻勢はなかった。敵の練度や士気が並々ならぬものだということになる。

「敵の機動艦隊については、今は後回しでいい。」

長門は言った。

「それよりももっと近々に考えなくてはならないことがある。みんなに集まってもらったのは、今後の方針もあるのだが、この状況をどうすべきか、ということだ。」

物資が消失した。今後の作戦行動云々以前の問題だ。これをどう補っていくか、どう対処すべきか、今日の会議の課題はまさにそういうことであった。

「各鎮守府に依頼して、物資を融通してもらうように手配できませんか?」

大鳳が提案した。それを受けて各鎮守府から派遣された艦娘たちが一斉にしゃべる前に、長門が顔を上げ、皆を制していった。

「無理だ。これまでも横須賀鎮守府に主だった物資を集積して各鎮守府には必要最低限度の物しかいきわたらせていない。したがって、こちらに回せる余裕など向こうにはない。」

「ごめんなさい・・・・そうですよね。」

大鳳が素直に頭を下げて謝った。

「大陸から送ってもらうにしても時間がかかりすぎます。南西諸島奪還作戦によって海域が安定したといっても、まだまだ予断を許せる状況ではありませんから。」

扶桑が表情を曇らせながら言った。

「内地増産はできないのですか?工廠を拡張して増産体制を強化するとか。」

古鷹が提案した。

「それは今すぐには無理だ。工廠を拡張するにも資材がかかる。それに第一、各種物資を生産するにも原料が必要だ。だが、ヤマトにはその原料そのものが不足している。」

古鷹、そしてほかの艦娘も皆黙ってしまった。要するに今のところ補給のめどは全くと言っていいほどたたない。したがって、今ある資材をもって戦っていくしかないということになる。

 

 

「こんなバカなことがあるか!!!」

 

 

不意にダァン!!と机をたたいた人物を見て皆が驚いた。それが他ならぬ長門だったからだ。

驚きの視線にさらされながらも長門はそれが見えないのか、再び額に手を押し当てた。

「何故だ・・・なぜ敵の侵入を許した・・・・?これでは戦略構想が根本から修正を余儀なくされてしまう・・・今後我々はどうすればいいのだ・・・・。」

長門は横須賀鎮守府の秘書官であり、全艦娘の統括をしている。そのゆえんは常に武人としての胆力ぶりと冷静な指揮ぶり、明晰な頭脳にあった。それが今乱れに乱れたっているのだ。

「長門・・・・。」

陸奥がそっと長門の肩に手を置いた。はっと長門が顔を上げた。

「すまなかった。どうにも感情を抑えられなくてな。」

すまなそうに皆に謝った。

「長門先輩が謝ることはないですよ。」

吹雪が身を乗り出した。

「皆が同じように不安がっています。あっ!!私ったら・・・・すみません。出過ぎて――。」

「いや、よく言ってくれたな、吹雪。」

長門は穏やかな視線を吹雪に向けた。

「だからこそ私は乱れたってはいけないというのにな。皆がかえって不安がるだろう?」

「長門さんに全部押し付けて、私たちがそれで知らんぷりっていうわけにもいかないからね。」

飛龍が言った。

「私たちも何かしなくちゃならない。ね?阿賀野姉。」

「そ、そうね!私にできるかどうかわからないけど――。」

いきなり能代に振られた阿賀野がどぎまぎしながら言った。

「長門さん。」

艦娘たちのさざ波のような会話を割って不意に発言した者がいる。赤城だった。紀伊の席からみた赤城はなぜかこわばった顔をしていた。それは長門の態度に対してというよりも、自分自身に何か重大な秘め事を持っているからのようだった。

「今後の作戦方針はどういたしますか?」

艦娘たちの会話がやんだ。

「今後?今はそれどころではなくなった。今は横須賀鎮守府の復旧と各施設の修復、それに物資をどう確保するかで手いっぱいなのだ。」

「それは重々承知しています。ですが・・・・。」

赤城は一瞬下を向いてから、意を決したように話し出した。

「私も戦闘に従事していて感じたことがあります。このままではヤマトは長くはないと。それは呉鎮守府でのここへの回航前に言われたことですが、今回の事態でそれがますます現実のものとなりました。」

赤城は皆を見まわした。誰もが一様に赤城が何を言おうとしているのか、測り兼ねていると言った表情をしている。

「重ねて言うがこんな状況だ。積極攻勢しようにもそれを完遂するだけの物資はないぞ。それどころか今の状況では鎮守府海域を守備するのに手一杯というところなのだ。」

長門が応答した。

「わかっています。ですから、当初の方針に一部修正を加えたいと思うのです。」

黒板よろしいですか?と赤城は長門と陸奥に確認を求め、同意を得ると、立ち上がって、チョークで地図を描き始めた。誰も口を利かず、ただ黒板に描くカリカリという乾いた音が響くだけだった。

「沖ノ島を制圧して同島を支配下に収めたことは大きな前進ですが、私たちには時間がありません。燃料弾薬については備蓄がないことは重々承知しています。ですが、この機を逃さずにさらに前進して太平洋上に新たな拠点を設けるべきだと思います。」

赤城の手の中のチョークが一点で丸を描いた。

「ここ、ミッドウェーに。」

ざわざわと喧噪が艦娘たちに広まった。ミッドウェーは鬼門中の鬼門だった。前世で日本海軍機動部隊が敗北した地点、そして他ならぬ赤城自身がそこで轟沈した場所だったからだ。

 

そのもっとも忌むべき名前が当の本人の口から出されたことに誰もが衝撃を受けていた。

 

「私の構想は端的に行ってしまえば、短期決戦です。ここを制圧し、あとは少数の精鋭高速艦隊で一気にノース・ステイトまでひた走り、連絡を取るのです。」

「ですけれど、赤城さん。今の横須賀鎮守府の備蓄では、ミッドウェー本島に到達できたとしても、そこから引き返せるような量では・・・・。」

扶桑がためらいがちに話しかけた。赤城は目をつぶり、はあっと息を吐き出した。それは扶桑に対してというよりも、これから話す言葉に対しての負の思いを吐き出したようだった。

「わかっています。ですから・・・いわゆる片道特攻になります。」

特攻!?紀伊は全身に鳥肌が立つのを感じた。それは紀伊だけではなく、周りの艦娘全員だった。もし、この場に大和、そして矢矧たちがいれば、特に際立った反応を示したに違いない。・・・・前世の因縁という意味で。

「これは『賭け』です。そう言っていただいてもかまいません。ですけれど、このまま座していても状況は何も好転しません。大陸からの物資の補給を待つというのも一つの案ですが、その間にまた深海棲艦側からの攻撃を受けてしまっては元も子もありません。ならばいっそ今余力があるうちに短期決戦を挑んでしまった方がいいと私は思うのです。」

赤城は言うべきことは言ったというように口を閉ざした。そして何か意見があるかと周りを見まわしたが、誰も何も言わない。赤城もそれ以上何も言わず、静かに自分の席に座った。

しんと水を張ったような静けさが会議室を包んだ。

 

 

それからしばらくして、横須賀鎮守府内メディカル施設――。

「赤城さんはとんでもないことを言ったわ。」

珍しく加賀が紀伊と一緒に榛名の病室を訪れていた。言葉ではそう言っているが、その中に何か面白がっている響きも含まれている。

「いいえ、赤城さんらしいと榛名は思います。あれはよくご自分でお考えになった上での意見です。加賀さんもそう思っていらっしゃるのではありませんか?」

ベッドに横たわっていた榛名は微笑んで見せた。加賀は不意に顔を赤くしてそっぽを向いた。

「体は大丈夫ですか?」

紀伊が心配そうに尋ねた。

「幸い急所を外れていましたから、静養すれば大丈夫だと軍医妖精は言っていました。」

付き添っていた比叡が答えた。今回の襲撃で高速修復剤の備蓄も減ってしまったため、緊急時以外には使用しないという方針になってしまった。

「比叡お姉様、もう大丈夫ですから、金剛お姉様のところに行ってあげてください。お姉様がいなくては金剛お姉様も心配なさいます。」

「駄目。いくら私でもそれはできません。榛名も大切な妹です。当分は金剛お姉様と霧島と交代で付き添うからね。お姉様もそれは承知されています。」

榛名ははずかしそうにベッドの毛布を鼻まで引き上げた。それをみて紀伊も、そして加賀までも少しだけ表情を緩めた。いつも鉄面皮の彼女がそうした表情を見せたことに皆が驚いた。

「話を戻すけれど。」

皆の視線を浴びた加賀が少し赤くなって咳払いをし、先の話に歩を戻した。

「赤城さんの提案について、今軍令部で協議が行われている最中なの。赤城さんは作戦立案者として葵さんと共に出席しているわ。」

「加賀さんは反対ですか?」

紀伊が尋ねた。その言葉に加賀は、いいえ、反対ではないわとあっさり答えた。

「このまま座して終わりを迎えるのは私の性に合わない。けれど、あの提案は大きな賭けになるわ。私たち艦娘はおろか、ヤマトそのものをかけた戦いになる。」

「それは、今までも一緒だったのではないのですか?」

と、比叡。その言葉に加賀は首を振った。

「今までは段階を踏んで、一戦ずつ積み重ねをおこなってきたわ。でも、今回のミッドウェー攻略戦はそのステップを完全に無視した乾坤一擲の勝負。しかも場所が場所と来ているわ。」

「前世の大日本帝国海軍の機動部隊が壊滅した場所、ですか。」

紀伊の言葉がかすかな戦慄を伴って病室内を廻った。無敵艦隊とも言われた最強の機動部隊、赤城、加賀、飛龍、蒼龍がそろってミッドウェー海域で撃沈され、多くの熟練搭乗員と稼働機を失ったことで知られている。

「そう。かくいう私もそこで生涯を閉じたの。前世のことであるとはいえ、正直言ってあまりあそこには行きたくはないわ。しかも今度は前世の戦いとは比べ物にならないほどの事態なのだから。」

いつになく加賀は多弁だった。ミッドウェーという言葉が彼女に忌まわしい記憶を呼び覚まさせ、それを少しでも払しょくするためにしていることなのかもしれない。紀伊はそう思っていた。

 

3日後――。

「やはり裏切者がいる。」

3日後に引き続き行われたごく少数の極秘会議の席上で長門がそう言った。長門、陸奥、そして大鳳の3人だけだった。場所は地下の会議室脇にある防音式の小部屋である。念のためと長門が盗聴装置の確認を事前に行った。それほど極秘を要する話だった。

「陸奥が示したデータがその証拠の一端を指示している。敵は正確に我々の物資集積所のありかを攻撃してきている。内部からの情報がない限り不可能だ。」

「裏切者って、そんな・・・・。」

大鳳が胸に手を当てた。

「前回だけのことならまだ疑心暗鬼の段階だったが、今回の空襲ではっきりした。お前は沖ノ島侵攻作戦の際に鎮守府で留守を守っていたからわからないだろうが、敵はこちらの行動を察知して半包囲体制で待ち構えていた。」

「でも、それは偶然ではないでしょうか?もし私が敵なら、先鋒艦隊は狙わず、本隊を直接攻撃します。逐次陽動兵力を配置して本隊を縦深陣形に誘い込み、完全に沖ノ島に入ったところで、4方から包囲殲滅するんです。」

「そうね、確かにね。」

陸奥は同意した。沖ノ島の敵艦隊の半包囲体制の配置を聞いたときは、こちらの動向が事前に漏れてしまったのだと思い込んでいたが、考えてみればそれよりも有効な戦法である。本隊さえつぶしてしまえば、それより戦力が少ない先鋒部隊などどうにでもなる。まして彼らは本隊よりも敵地にいるのだ。後ろを絶たれたと知った動揺は大きくないだろう。

 とはいえ、敵はこちらの意図を察知していた。そこから推察すると、敵にわたった情報はそこまで詳細なものではなかったということになる。

「その通りだ。だから、私個人は沖ノ島攻略作戦における敵の動きは流動的なもので、こちらの動きに合わせた展開だと踏んでいた。だが、今回の空爆はそれとは違う。敵は明らかにこちらの物資集積場を狙ってきている。これを見ろ。」

長門が地図を出した。

「これが鎮守府の全体図だ。」

長門は上に一枚のセロファン紙を重ねた。すると、集積所の位置がくっきりと青く表示された。

「そして今回敵が爆撃した個所だ。」

長門がもう一枚のセロファン紙を重ねる。それを見て大鳳が息をのんだ。物資集積場とほぼ重なる地点に点々と赤色が塗られていた。

「場所が知れなければ、このような精密爆撃は無理だ。」

「はい・・・・。」

「赤城はああいったが、その作戦をとるとらないの是非の前に、裏切者がいる限り、いかなる作戦をとることもできない。このままでは。」

長門は大鳳を見た。

「お前をこの場に呼んだのは他でもない。お前の実直で聡明、そして誠実な人柄を見込んで頼みがある。」

「・・・・・・・・。」

大鳳は長門が言わんとしていることを早くも察し、暗澹とした気持ちになっていた。

 

大鳳が長門との密談が終わって部屋から出てきたのはそれから30分ほどたった後だった。大鳳がと息を吐きながら、地下壕から重い足取りで地上に戻ってきた。さあっと柔らかな風が吹きつけ、髪を乱していく。

「大鳳さん?」

不意に呼び止められた大鳳はきょろきょろとあたりを見まわした。視線の先に一人の艦娘の姿が移った。

「紀伊さん。何をなさっていたのですか?」

「榛名さんのお見舞いに行ってきました。これから宿舎にいったん帰ってから、後片付けのお手伝いに行こうと思ってます。」

そういえば、と大鳳は思った。自分と紀伊との宿舎は同じ棟で部屋もそれほど遠くはなかったのだと。私もいったん宿舎に帰って梨羽さんに報告書を届けるところです、と大鳳もいい、自然と二人は足をそろえて、同じ道を歩くことになった。

「そういえば、大鳳さんとお話しする機会って、今までなかったですよね。鎮守府も違ってましたし、初めまして、ですよね。」

「はい。こちらこそ初めまして、そしてよろしくお願いします。」

「私、大鳳さんのハリケーンバウ、いいなぁって思ってたんです。かっこいいですし、真似したいなぁって。」

「私のハリケーンバウ、そんなに気になりますか?」

大鳳は首元のバウに手を当てた。

「はい。」

「ありがとうございます。でも、私は紀伊さんの胸元のスカーフ、とっても素敵だと思いますよ。」

二人はお互いの生い立ちを語り合いながら宿舎の前までやってきた。まだいたるところに焼け跡の強い異臭が漂っている。幸い宿舎は炎上したといっても軽微な損害にとどまっていた。屋根に近い部屋の艦娘たちは移動せざるを得なかったが、紀伊と大鳳の部屋は無事だったのだ。

「ひどいですね・・・・。」

大鳳は顔をしかめた。

「犠牲者が少なくて済んだのは本当に良かったです。でも、こうして爆撃の爪痕を残されると、戦争ってとても嫌なものだって改めて思います。もし・・・これが私たちの誰かだったら・・・・・。」

大鳳の言葉に紀伊は思わず首を振っていた。湧き上がりかけたその悪い想像を振り払おうとするかのように。

「でも、大鳳さんは私のずっと前から、深海棲艦との戦いに参加されているのではないですか?」

「私も就役したのは遅かったんです。そうですね・・・今からだいたい半年ほど前のことです。だからまだ慣れなくて・・・・。今も諸先輩方にいろいろ教えていただきながら、過ごしています。」

私と同じだ、と紀伊は思った。もっともそれは紀伊だけの思いかもしれない。他の艦娘たち、とくに榛名、瑞鶴などは紀伊をもう同じ仲間として遜色ないと思っているのだから。

「あ、紀伊さん。大鳳さん。」

宿舎の前に佇んでいた吹雪が二人を見つけて走ってきた。

「吹雪さん。どうされたんですか?」

「お二人を梨羽さんがお呼びです。赤城先輩も一緒にいらっしゃいます。」

二人は顔を見合わせた。

「私たちを?」

「はい。詳しいことは知りませんが、とにかくお呼びしてほしいと・・・・・。」

 

 

同時刻、横須賀鎮守府では葵が呉鎮守府提督と極秘で会話をしていた。

「・・・・そうなの、ええ、いいえ、私なら大丈夫。うん、ありがとうね。心配してくれて。あの空襲で軍令部の方も被害を受けてね、私も立て直しに翻弄されているの。結構忙しいのよ。あ、ちょっと待ってね――。」

葵はしばらく耳を澄ませてから、再び言葉をつづけた。

「実は、あなたに相談があるの。ちょっと言葉は悪いけれど、どうも横須賀鎮守府内部に敵へ内通している者がいるらしいの。え?私が!?バカじゃないの!?心外だわ。あ~そうですか。そんな風に思ってたのね、私だって一応元戦艦よ。一応元連合艦隊総旗艦よ。艦娘たちを裏切るようなまねするわけが――」

葵は椅子をけって立ち上がった。

「今なんて言ったのかしら?BBAの嫉妬っていう聞き捨てならない単語が聞こえたようだけれど?違うわよね?私まだ20代後半だし。こんなに美人――え?違う?何よ、どういうことよ?前世から数えれば100歳越えるって・・・・ふざけんじゃないわよッ!!!もうっ!!!」

向こうで懸命になだめる声が続いた。

「・・・・まぁ、いいわ。あんたとは長い付き合いだからね。今のも冗談の範疇だってことにしとく。話を元に戻すけれど、そんなわけでしばらくは私のアレに連絡してくれないかな、いい?そして重要な機密はよほどのことがない限りは連絡してこないでね。あんたを信頼して任せてあげるから。じゃあね。」

葵は通信を切った。

「・・・・やれやれ。」

強気な顔つきから一転、葵はふうっとと息を吐き、ストンと椅子に腰を下ろした。表情は暗い。

「こんなことになるのなら、姉様たちも一緒にいてほしかったな・・・・。」

葵は華奢な指を追って数えた。敷島、初瀬、朝日、そして三笠。よく前世では自分の名前が有名であるが、実を言えば三笠は敷島型戦艦の4番艦であり、三笠型ではない。艦娘の前では元連合艦隊総旗艦として、姉らしく振る舞っているが、末っ子として時には姉たちに頼りたくなることもないわけではなかった。

 

 もしも、姉様たちがいてくれたら――。

 

と、葵は思う。もしもいてくれたら、3人の姉はどんな風なのだろう。葵は知らず知らずのうちに、姉たちの姿を想像していた。勝気で皆をけん引していくネームシップである長姉敷島。艦隊の冷静な頭脳をもつ次姉朝日、そして自分に近く、優しくしてくれる三姉初瀬。根拠もないことだが、何となくこの像が当てはまるんじゃないのかと葵は思っていた。

 

バカみたい、と葵は薄く笑った。そんなことを考えて一体何になるのだ。自分は今たった一人。艦娘のように同型艦の姉妹も誰もいない。そもそも自分は艦娘ですらないのだ。

この現世では自分には姉と弟がそれぞれいるが、3人ともずっと軍属として働いているため、中々会う機会がない。そのためか、たまにあったとしても他人同士のような気さえしてしまう。

 不意に切ない気持ちがこみ上げてきた。今のこの時ほど姉妹の存在が欲しいと思ったことはなかった。

 

 そっとドアがノックされる音がした。

「どうぞ。開いているわよ。」

葵は椅子に座ったままつぶやくようにして答えた。

失礼します、と小声と共に大鳳が入ってきた。

「先刻依頼を受けた被害結果の詳細の報告をお届けに上がりました。それと・・・・私たちをお呼びだというので・・・・。」

「ありがとう。報告書はそこに・・・置いておいてくれる?」

大鳳はそっとテーブルに報告書を置いた。

「お疲れですか?」

葵は咳払いした。まさか自分がセンチメンタルに浸っていたとは口が裂けても言えない。絶対に。

「まぁね。ここの所ずっと後処理で忙しかったから。でも、それはあなたも同じことでしょう?空母艦隊の指揮官として、兵器開発の担当として、そして私付きの秘書連絡官としてあなたも多忙の身なのだから。」

「いいえ、私など葵さんにくらべればまだまだです。」

葵はけなげな、そして奢ることのない大鳳を好もしく思っていた。赤城、加賀、飛龍、蒼龍らは連合艦隊の機動部隊の中核として君臨する精鋭部隊たちだが、ともすれば自らの自信と誇りをあらわにするところがある。それでは重要な戦局での戦術・戦略の選択において自らの経験と自信を優先しがちになり、司令部からの命令を無視しかねないこともありえると葵は思っていた。むしろ必要なのは大鳳のような艦娘なのだと思っている。このことは前世における日高常備艦隊司令長官を異動させて、東郷平八郎中将を連合艦隊司令長官に抜擢した軍令部の人事理由にも反映されていることだ。

「今後はどうなるのでしょうか?赤城先輩がおっしゃったあの島の攻略作戦を発動することになるのでしょうか?」

「あなたはそれについてどう思う?」

葵の反対質問に大鳳は目をしばたたかせたが、ゆっくりと言った。

「物資の消失は補いようのない損害です。わが軍は今後は攻勢に出る余力はなく、しばらくは近海での制海権維持に手一杯の状況となるでしょう。ですから、とてもミッドウェーまで到達できるような分量はありません・・・。大陸からの補給物資の集積を待つか、自国での物資製造手段を構築するほかありません。」

葵はまたほうっと息を吐いた。先ほど感じたことと今度は正反対の感情が生まれてきていた。自分がこうも身勝手なのだとは思いたくもないが、だからといって感情を抑えることは葵には出来なかった。

「あなたの言うことは正しすぎるわ。でも・・・・。」

「でも?」

「正しいだけでは何にも生まれない・・・・。」

「えっ?」

「そのためにあなた、赤城、そして紀伊を呼んだの。紀伊、そこにいるのでしょう?いいわよ、入ってきても。」

はいと声がして紀伊が入ってきた。すらっとした長身、銀髪に赤い燃えるような髪が見え隠れし、整った顔立ちに灰色の瞳は静かながら意志の強さを宿らせている。次世代艦娘とはこういうものなのかと葵はあらためて紀伊を見直す思いだった。

「急に呼んで悪かったわね。」

「いいえ、とんでもありません。でも、何を・・・・。」

「あなたたちに聞いてみたいことがあってね。」

その時、トントンとドアがノックされた。

「どうぞ。・・・・・これでそろったわね。」

最後はつぶやくように言った葵の言葉が消えないうちに赤城が入ってきた。葵は立ち上がった。3人が一列に並ぶ姿を見ていると、葵は感慨深いものを感じてしまう。ここに、第一世代、第二世代、そして次世代の空母艦娘がそろっていた。前世では絶対に顔をそろえることがなかった3人。それがこの時代にこうして顔をそろえていることが葵には何か運命のようなものに思えて仕方がなかった。

「あなたたちを呼んだのは、先に赤城が会議で発言したミッドウェー攻略作戦の是非について忌憚のない意見を聞きたかったからよ。」

3人は顔を見合わせた。

「長門秘書官、陸奥補佐官のいない中で、と思っているのかもしれないけれど、軍令部には軍令部の意向があってね。」

「しかし、それは先日私が梨羽さんと共に軍令部の会議場でお話をしたはずですが――。」

赤城が当惑さを隠し切れずに言う。

「わかっているわよ。私の話を最後まで聞いて。今ここで話そうとしているのは、軍令部でも艦娘首脳でもなく、私とあなたたち3人との間の意見交換だということなの。」

「・・・・・・?」

「ミッドウェー攻略・・・・。赤城、あなたは今の状況で本当にそれが成し遂げられると思っている?」

赤城少し下を向いたが、きっと顔を上げた。

「勝算は極めて少ないです。ですが、私は何度も熟考を重ねて、もうこれしかないと思いました。」

「制海権が敵の手に落ちている中を敵中枢を急襲し、その後息つく暇もなくノース・ステイト目指して突っ走る・・・・だいぶ無謀という言葉が軍令部の会議場も飛び交っていたわね。」

だいぶ異論があったものの、赤城が頑強に主張したため、結局赤城の上申した作戦案は軍令部ではひとまず保留、検討事項としていた。だが、否決の方向で動いていると葵は感じていた。

「私もそう思います。赤城さん。今は鎮守府の立て直しと物資の早急な回復に全力を尽くすべきではないでしょうか?」

「大鳳さん、それでは遅すぎます。」

赤城は一歩前に出た。

「先の戦いは、まだ鎮守府が健全に機能しており、哨戒網も構築されていた中でのことです。今は航空機も物資も、そして各施設も被害を受けている状況で、わが軍の哨戒機能や迎撃昨日は大幅に低下しています。敵の士気は旺盛です。きっとまた横須賀鎮守府に強襲してくるに違いありません。このまま座していれば、深海棲艦艦隊に何度も波状攻撃をされ、横須賀鎮守府は壊滅してしまいます。今度こそ。」

「この点は・・・そうね、赤城の言う通りだわ。それは認める。」

葵はうなずいた。

「今のままですらおぼつかないのに、戦力をじわじわと削られていては、もう再興も再攻もままなりません。そうではありませんか?」

赤城が畳みかけるように言葉をつなげた。

「それは・・・・。」

大鳳はそう言ったきり沈黙した。

「無謀だということは私自身承知の上です。ですが、私の『無謀』は無知・無策・自暴自棄どれでもありません。私なりに何度も推敲して戦略・戦術を立てた結果です。」

「わかった。」

葵は赤城を制すると、残る一人に視線を向けた。先ほどから黙っている次世代の艦娘に。3人が話している間、彼女は黙ってそれぞれの顔に視線を向けるだけだった。

「紀伊。」

紀伊は顔を上げた。

「あなたはどう思う?」

「この作戦が正しいのかどうか、私は・・・・わかりません。」

紀伊は正直な気持ちを口にした。

「この作戦が良いのか悪いのか、そしてその結果が私たちにどうもたらすのか、それを考えると結論は見えてこないからです。可能性に関しては五分五分といったところでしょう。成功、失敗、どちらにも転ぶ可能性があります。」

でも、と紀伊はゆっくりと赤城を見た。

「私は赤城さんを信じています。横須賀への途上は失礼なことを言ってしまいましたけれど、今の赤城さんは私の知っている赤城さんです。私が憧れ、尊敬する赤城さんです。だから、私は赤城さんを信じて、最後までついていきます。それだけです。でも、それだけで私には充分なんです。」

「紀伊さん・・・・。」

赤城の頬が心持赤くなった隣でほうっという吐息が聞こえた。大鳳が恥ずかしそうで、それでいて透き通るような笑顔を浮かべている。

「私はバカでした。そうですよね、作戦の是非よりももっともっと大切なことがあるんでした。信じる心・・・仲間を思いやる気持ち・・・それがなくてはいくら完璧な作戦も意味を成しません。反対に困難でどうしようもない戦いであっても信じられる仲間がいるからこそ、できることもあるんですよね。私も・・・・赤城さんを信じてついていきます。」

期せずして3人の手が折り重なった。

「なるほどね。」

葵が立ち上がっていた。

「あなたたちの覚悟や絆は私が思っているよりもずっとずっと強かったのね。その覚悟や絆があれば、困難を可能にすることもできるのかもしれない。東郷元帥たちの想いは・・・・こうやって確かに時代を時空を越えて受け継がれているのね。」

「えっ?」

「長門、陸奥、大和、武蔵には話してしまったけれどね。私も元戦艦なのよ。敷島型4番艦戦艦三笠。」

その言葉を聞いた3人は雷に打たれたかのように飛び上り、一斉に姿勢を正した。

「あ~~いいっていいって、そんなの私の性に合わないからさ。それに今は艦娘じゃなくて一軍人、一人の人間なんだから。」

葵が宥めるように両手を振った。

「でも――。」

「それなのに先輩として、あなたたちを試すようなことをしてしまってごめんね。でも、これはゲームじゃないから。本当に命を賭けて戦うことだから。中途半端は許されないから・・・・。」

葵は少し唇を噛んでいたが、すぐに顔を上げた。

「そういう状況だから、改めてみんなの覚悟を知りたかったの。」

「でも、私たちだけでは――。」

「あなたたちは最後に呼んだのよ。他の艦娘たちも少しずつ呼んで話を聞いていたの。言葉は違ったけれど、皆同じ思いだったわ。赤城さん、あなたの作戦を支持すると。」

赤城が自分の胸に手を当てた。そこに皆の想いが流れ込んでくるのを確かめ、感じ取ろうというかのように。

「さぁ、行きなさい。ここから先は本当に厳しい戦いになるわ。軍令部については私が責任もって説得するから。あなたたちは自分のやるべきことをやるのよ。」

『はい!』

3人はうなずいた。この瞬間前世における転換点、そしてこの現世においても正念場となるであろうミッドウェー攻略作戦は発動された。

 


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