艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第十九話 沖ノ島攻略作戦その1

ノース・ステイトとの通信回復作戦の第一歩である沖ノ島攻略作戦は、最先鋒として海域に突入した矢矧率いる第一水雷戦隊と敵先遣隊との交戦で幕を開けた。

 航空兵力の十分な支援の下、第一水雷戦隊は敵の1個艦隊を撃破し、続く敵の第二陣を撃滅しにかかっていた。

 

 その戦法はいたって単純である。

 

まず、航空兵力が雷撃、爆撃を敢行して敵艦隊を混乱に陥れ、そこを水雷戦隊が得意の近接戦闘及び雷撃戦で仕留めるというものだ。矢矧たちの頭上には入れ代わり立ち代わり常に数十機の航空機が飛び交い、万全な守りを敷いていた。並の空母部隊では制空権を奪還することは不可能であった。

「よし!3隻目、撃沈!!次は?」

砲煙消え去らぬ中、矢矧が味方を振り向いて尋ねた。

「矢矧先輩、前方2時方向に新たな敵艦隊が出現!軽巡を中心とする巡洋艦隊です。」

陽炎が叫んだ。

「想定通りね。」

矢矧は落ち着いていた。

「私たちが敵の制海権下の海域に到達して、敵艦隊と接触したことで、敵がこちらに近づきつつあるわ。」

矢矧は左腕を振りぬいた。

「全艦隊、いったん後退。距離を保ちつつ応戦し、敵を所定の場所まで引き付けるわよ。」

『はい!』

第一水雷戦隊は後退した。だが、最後尾の磯風が矢矧を呼び止めた。

「駄目だ。敵艦隊の行足が鈍い。ついてきていない。」

矢矧が振り返ると、敵艦隊は一定の距離をおいて追尾してきているが、その速力は鈍い。こちらの様子をうかがっているようだ。

「こちらの戦力に恐れをなしたのか、あるいは何かの罠だと疑ってかかっているのか・・・・。」

「矢矧~。どうするの?」

と、酒匂。

「仕方ない。全艦隊反転。もう一度敵の鼻っ先に砲撃して誘い込むわよ!」

矢矧の号令一下、全艦隊は反転して敵艦隊との距離を詰めた。ところが敵艦隊は一斉に反転し、全速力で白波を蹴立て始め、距離を開け始めた。

「私たちを・・・・誘っている?!」

矢矧は眉を上げた。

「ど、どうするの?こんなこと予定にはなかったよ?」

舞風がうろたえた。当初の作戦では第一水雷戦隊は敵艦隊を指定ポイントまで誘い出して、そこで到着した重巡戦隊と航空隊とで殲滅し、さらなる敵艦隊を誘い込む呼び水となるはずだった。それが敵に看破されたのか。あるいはこちらの動きをまだ疑っている段階なのか。

 

矢矧は瞬時に決断していた。

 

「仕方ないわ。私たちの役割はあくまで陽動。その陽動作戦が上手く成立しないと、本隊に敵が殺到するもの。ここは危険を承知で敵の懐に斬りこむしかないわ。黒潮!」

「はいぃ!」

「あなたはここに残って、重巡戦隊と連絡を取って。どのみち応援は必要よ。それがすんだら司令部にもこのことを伝えて。そして重巡戦隊が到着次第合流してあとは指示に従うこと。」

「せ、せやけどそれやと矢矧先輩が――。」

「私たちなら大丈夫。航空隊も充分ついているし、そう簡単に敵にやられたりはしないわ。」

「わ、わかりました~。でも無理せんといてな。」

「ありがとう。あなたも気を付けて。・・・・行くわよ!!」

矢矧の声に艦隊各艦娘はうなずき、一斉に波をけって矢矧の後に続いていった。

 

 

「敵が後退?」

長門が眉を上げた。攻略艦隊本隊は順調に沖ノ島目指して進んでいたが、そこに大淀から極低周波を使用した通信が入り込んできたのである。この周波数はあまりにも低すぎて敵に傍受されることはない。ただそれを使用できるのは各艦隊の指揮官と長門だけに限られていた。

『はい。第一水雷戦隊は当初予定通り敵と接触しましたが、敵の第二波が一斉回頭。第一水雷戦隊は敵を追って南下中です。』

「わかった。あらたな戦況が入り次第、連絡を頼む。」

『了解です。』

長門は各艦娘にこの状況を伝えた。

「どうするの?」

陸奥が尋ねた。

「このまま前進する。どの艦隊にも十分な数の護衛機はついている。それに、第一水雷戦隊の目的は敵の陽動だ。敵の狙いが懐に誘い込んでの包囲殲滅だとすれば、当然そこには敵の主力艦隊がいるはず。だとすれば結果的に陽動は成功することになる。」

「でも・・・・。」

「矢矧は聡明な子です。」

大和が口を出した。

「戦況に応じた柔軟かつ的確な対応と冷静な指揮ぶりは長門さんたちも知っているはずです。おそらく敵の狙いを理解したうえで追撃しているはずだと思います。私はそう思います。」

「わかった。だが、全艦隊に厳戒態勢を。各空母から直援機を上げて、警戒に当たらせよう。」

「駄目よ。」

尾張が割り込んできた。

「また、貴様か!!何様のつもりだ!!」

武蔵が怒気を発した。

「ったく、これだから図体だけ大きい巨大戦艦は駄目なのよ。航続距離を全然考えないんだから!!今ここから艦載機を発艦させても、燃料の無駄になるだけよ!!全力空戦を考えると、少しでも敵に近い海域から発艦させた方がいいに決まってるじゃない!!」

「直援隊は厳戒態勢に当たらせるだけだ。攻略作戦には指定ポイントから発艦する艦載機を当たらせる。」

「そんなもの、今頭上にいる基地航空隊にやらせればいいでしょうが!!」

尾張が左腕を振った。

「今何十機いると思ってんの?!それで足りないとでもいうの?どんだけ用心すれば気が済むわけ?!バカじゃないの!!??」

「尾張姉様・・・!!」

近江が止めに入ったが、尾張はその手を振り払った。長門、武蔵との間に一触即発のビリビリとした空気が流れた。そこに、一人の艦娘の声が飛び込んだ。

「尾張さんの言う通りです。」

赤城が割って入ったのだ。

「今ここで艦載機を発艦してもあまりメリットはありません。現状では直援隊だけで十分対応可能です。今発艦しても全力空戦や地上破壊、そして帰路を考慮すると、もう少し接近してから艦載機を上げた方がいいと思われます。」

「私も賛成です。」

加賀が乾いた声で添えた。赤城は驚いたように加賀を見たが、彼女は視線をもう水平線上の彼方に向けていた。第一航空戦隊の双璧が二人とも同意見だったことに長門も武蔵も意外そうだったが、渋面を作りながら渋々同意した。

「わかった。ならば全速力で予定海域に急ぐぞ、続け!!」

長門が叫び、各艦娘は白波を蹴立てて進み始めた。

「尾張さん。」

尾張が振り向くと、赤城が鋭い視線を向けていた。

「あなたの意見には賛同しましたが、あなたの口ぶりには賛同できません。」

「そう。フォローしてくれたことには感謝するけれど、それならあなたもあの巨大戦艦と同じというわけね。」

そう言い捨てると、尾張もさっと身をひるがえして走り去っていった。近江はあっと声を出したが、尾張は声の届かないところにまで走り去っている。その後ろに加賀が走っているのを見て、赤城の胸は痛んだ。

「申し訳ありませんでした。」

振り返ると、深々と近江が頭を下げていた。赤城は一人唇を噛んでいたが、それを聞くと表情を和らげた。

「いいえ、近江さんが謝ることじゃありません。すみませんでした。あなたは優しい方なのですね。」

「いいえ、そんな――。」

不意に赤城がくすっと笑った。

「あなたも紀伊さんと同じですね。他の人に対してはとても優しく的確なものの見方をしていらっしゃるのに、ご自分のことになるととたんにうろたえてしまいになる。」

近江の頬が赤くなった。

「ごめんなさい、今は人物評をしている場合ではありませんでした。あなたともぜひゆっくりと話したいものです。でも、今は私たちも急ぎましょう。」

「はい。」

二人はうなずき合うと、先遣隊を追って走り始めた。

 

 

1時間後――。

本隊先鋒隊の第一艦隊はついに沖ノ島を目視できる地点にまで進出していた。沖ノ島はさほど高くはない山を東方に据えたテントの様な格好の島である。島の西側は平たんな平野であり、樹木が少なく、さらに起伏が少ない。攻略すれば滑走路を建設することは容易であり、ここを一大拠点として東方に進出することができる。だからこそ、ヤマト側には重要攻略地点であり、敵側にとっては一大守備拠点であるのだが。

 その沖ノ島を守備するかのように点々と黒いゴマ粒の様なものが海上に展開しているのが見えた。

「前方に敵艦隊!!」

比叡が叫んだ。

「数、重巡5、戦艦7、空母3、巡洋艦隊以下多数!!さらに後方に沖ノ島泊地棲姫と思われる巨大深海棲艦を視認!!さらに戦艦棲姫もいます!!」

「思ったほど敵は分散しなかったようだね。」

飛龍が残念そうに言った。

「でも、航空隊の攻撃で敵はだいぶ消耗しているよ。見て!」

蒼龍が指さした方角では敵戦艦多数が傷を負って炎に包まれ、頭上に飛来する味方航空隊がそれに対して爆撃を加えつつあった。さらに沖ノ島泊地に対しても10数機の味方爆撃機が攻撃を加えている。天高く立ち上る爆炎で島の様子ははっきりとはわからない。

「OK!!Girl,sよく聞いてくださいネ。」

金剛が皆を呼んだ。

「飛龍と蒼龍はいったん転進して艦載機隊を発艦!私と比叡は敵の主力艦隊を砲撃します。阿賀野、能代、夕立は左から敵艦隊に突撃してのclosing fire!!」

全員がうなずいた。

「私たちのmissionはconfuse the enemy、敵を混乱させて榛名たちにバトンタッチすることね!!皆さん、無理しないで全力で戦うデ~ス!!」

『はい!』

うなずき返した金剛は戦闘開始を指令した後、自ら先頭を切って突撃し、左手を振りぬいた。

「行きます!!fire!!」

35,6センチ主砲が轟然と火を噴き、海上を切り裂いてとんだ主砲弾が敵の先頭艦である重巡リ級に続けざまに命中した。

比叡と金剛はお互いに連携を保ちながら、左舷砲戦を行いつつ、敵艦隊を横切るようにして右に突っ切り、次いで弧を描くようにして反転しながらさらに右舷砲戦に移行した。こちらは戦艦2に対して敵は超巨大戦艦を含め、戦艦が少なくとも8はいる。それと互角に戦うためには、金剛型戦艦の機動性を最大限に活かして戦う必要があった。

「敵を殲滅する必要はない。ただ敵の疲労と消耗を増大させ、後着する第二陣、ついで本隊との決戦においてできる限り有利にする役目が第一艦隊だ。」

この作戦を指令した時、長門はそう言ったのだった。

 他方、飛龍と蒼龍はいったん転進して艦載機を敵主砲射程外から放ち、敵中枢艦隊に集中攻撃を加えていた。その味方砲爆撃の援護の元、水柱が林立する中を阿賀野、能代、夕立は次々と敵艦隊に接近して至近距離から砲雷撃を浴びせ続けていた。

「阿賀野姉!夕立!そろそろ敵が進出してきたわよ。後退して距離をあけましょう。」

「え~せっかくいいところなのに。」

阿賀野が頬を膨らませた。

「も~~!阿賀野姉ったら!そんなこといって、敵艦隊に蜂の巣にされても、知らないからね!」

「わわ、わかったよぉ・・・。やだなぁ・・・・。」

阿賀野はしょげたが、能代の言う通りと理解したらしく、すぐに二人に叫んだ。

「みんな、後退よ!」

3人が航跡を引いて後退する後を敵のおびただしい主砲弾が海面を襲った。

「皆good jobデ~ス!!」

金剛が叫んだ。

「比叡!!予定時刻ネ!!そろそろpull outシマ~ス!!いいデスカ?」

「はい!!姉さ――。」

比叡がうなずきかけ、金剛の背後に視線を固まらせた。

「どうしまシタか?」

「ね、姉様・・・あれ、あれ・・!?」

振り向いた金剛は思わず叫んでいた。

「Shit!!!」

沖ノ島の東海域におびただしい数の敵艦隊が半円を描くようにして接近してきたのだ。

 

 

後方を進んでいた長門以下の本隊に再び大淀から通信が飛び込んだ。

『第一艦隊から緊急入電!!』

「どうした!?」

『沖ノ島海域東方に大規模な敵の増援艦隊が出現!!少なくとも戦艦20、重巡30、空母10、軽巡以下多数が半包囲体制を敷きつつあります!!』

「!?」

長門の顔色が変わった。

『同時に北方で交戦中の第一水雷戦隊及び重巡戦隊より入電!!大規模な敵艦隊が沖ノ島海域と陽動部隊を分断するように出現!!航空隊の奮戦でわが軍が優勢ですが、敵は増援を繰り出してきたとのことです。』

「物量に物を言わせてこちらを包囲殲滅する気か!わかった。状況を随時報告してくれ。第一艦隊には緊急電文!!沖ノ島海域から全速力で離脱せよと伝えてくれ!それと、第二艦隊には第一艦隊と至急合流したのち、本隊と合流せよと伝えてくれ!!」

『わかりました!』

「みんな聞いたか!?一刻も早く第一艦隊を救援に向かうぞ!!」

一斉にみんながうなずいた中、一人尾張だけがわきを向いていた。

「第一艦隊なんか捨ててしまえばいいのに。戦場に向かえば本隊も無傷では済まないってことはわかりきっているでしょうが。」

尾張が小声で吐き捨てるように言ったのを皆が聞き逃さなかった。

「尾張、貴様臆したか!?だったらお前はここに残れ!!」

武蔵がどなった。

「臆した!?バカを言わないで。あきれ返っているのよ。小数を救いに行って多数が犠牲になるような無茶な作戦を取ろうとしている指揮官にね。」

「なんだと!?」

「やめなさい!!」

大和が二人の間に割って入った。

「こんな時に味方同士で争っている場合?!私たちには時間がないのよ!」

武蔵は唸るような鼻息を吐いた。

「貴様というやつは・・・・!後で覚えておれよ。」

武蔵だけでなく艦娘たちも一様に冷たい一瞥を尾張に投げてから、次々と海面をけって急進し始めた。

「姉様、本気であんなことを言ったのですか?」

ただ一人残った近江が尋ねた。心持声が震えていた。

「本気よ。アーケードゲームとは違うのよ。これは。」

そう言い捨てると、尾張は一人沖ノ島と違う方向に滑り出した。

「どこに行くんですか!?」

「逃げはしないわ。ただ、私は私なりの考えで動く!あんたはついてこないでいいわよ。私は一人の方がいいのだから。」

吐き捨てるようにそういうと、尾張は全速力で遠ざかっていった。

「・・・・・・・。」

後に一人残された近江は悲しそうな切ない吐息を吐き出すと、海面を滑り出した。長門たち本隊を追って。

 

 

 

 

 第一艦隊が包囲されたという急報は第二陣の第二艦隊にも大淀から報告された。

「わかりました!」

榛名はうなずいて無線を切ると、現在の状況を艦隊に伝えた。

「包囲されている!?」

紀伊の顔色が変わった。掃討作戦と軽んじていたが、敵は余力を残していたどころか圧倒的な戦力をもってこちらを殲滅しにかかってきたのだ。

「紀伊さん、讃岐さん。」

榛名は顔色を引き締めていった。

「今回の戦いはおそらく一筋縄ではいきません。まずは全力をもって第一艦隊を救いに行きます。申し訳ありませんが、上空の基地航空隊はすべて第一艦隊の救援に向かわせます。全艦載機を発艦させて上空及び周辺の警戒に当たらせてください。敵がこちらにもむかってきているかもしれません。」

「わかりました!」

紀伊は讃岐を見た。妹は顔色を青くしていたが、それでも紀伊の視線に大きくうなずいて見せた。少なくとも自我を失っていない様子に紀伊は安堵した。

「艦載機発艦終了後、第二艦隊は、最大速力で現場に急行、第一艦隊と合流後速やかに撤退して本隊と合流します!!」

紀伊と讃岐は直ちに艦載機発艦作業にかかった。その間に榛名は上空の直掩護衛基地航空隊と連絡を取り、直ちに沖ノ島に向けて急行するように伝えた。一斉に航空隊が転進し、それに代わって上空には紀伊・讃岐の艦載機隊が配置についた。それが終わるや否や、榛名以下7人は全速力で白波を蹴立てて一路沖ノ島に急進した。

 

 

 

 

戦艦以下大部隊が勝利のような金属質の奇音を鳴り響かせながら第一艦隊を追っていく。

 

立場が逆転していた。敵を追い詰める側が今度は追われる側に、それも自軍の何倍にもなる圧倒的な大兵力に追われることとなったのだ。

「姉様、どうしますか!?」

「数が違いすぎるわ。」

金剛が珍しく真顔で呟いた。こういう時の金剛には英国帰りのイントネーションは微塵も現れない。

「比叡、いったん艦隊を安全地帯にまで後退。このままじゃ私たち、包囲されてしまいます。」

金剛は直ちに全艦隊に指示を飛ばし、全速力で戦線を離脱するよう指示を出した。どの艦娘も反対しなかった。それだけ敵の大戦力が圧倒的過ぎたからだ。

「行きます!!皆さん、ついてきてくださいネ!!」

「はい!」

金剛は直ちに南西に進路転換し、全速力で沖ノ島海域からの離脱を図った。各艦娘も後に続く。だが、敵も追撃を開始していた。おびただしい重巡戦隊以下の高速艦隊が猟犬のように後を追い、次いで空母から放たれた艦載機が一斉に向かってきた。上空を警護していた護衛基地航空隊が反転し、防戦し、たちまち空中は大激戦の場と化した。

金剛たちは最大戦速で走り続けたが、敵はじわじわとその差を詰めてきている。

「どういうこと!?どうして敵の方が速力早いわけ?」

飛龍が愕然とした。こちらはすべて高速艦隊である。30ノット以上の高速を保ちながら走り続けることができる。並の戦艦では太刀打ちできないはずだ。

「敵は戦艦を切り離して、重巡・軽巡洋艦を中心とした高速艦隊で私たちを追ってきています。」

能代が報告した。金剛型が先陣として配属された理由は、その快速にあった。改装された金剛たちは30ノットを越える速度を出すことができる。このため空母部隊などの護衛としては最適だった。一方、並の敵戦艦では20ノット台が限界だが、重巡ともなれば30ノットを苦も無く突破してくる。

「このままじゃやばいなぁ~。追いつかれるよ。でも、止まって応戦してる時間はないし、それこそ敵の思うつぼだよね。」

蒼龍が顔をしかめた。それを見ながら金剛は決断していた。

 

金剛の行足がゆるんだ。

 

「比叡!」

「はい!」

「私が殿を務めます。あなたは皆を護って榛名たちと合流しなさい。」

「で、でも、それじゃお姉様が皆の人柱になるって――!嫌です!!だったら私が残ります!!私にやらせてください!!」

詰め寄る比叡を金剛はフッと柔らかな笑みを共に受け流した。

「比叡は大げさね。そんなんじゃないです。」

「でも・・・・・。」

「艦隊指揮官として、私は自分の責務を果たすだけ、ネ。」

金剛は片目をつぶって見せた。

「お姉様・・・・。」

「大丈夫。比叡は心配性ネ。私はそう簡単にやられはしないデ~ス!」

その時、背後で阿賀野の叫び声が響いた。

「敵です!敵、敵、敵が来ます!!やだぁ!!こっち来ないでッたら!!!」

その直後、大音響と共に砲声が響き渡り、砲弾が落下してきた。まだ距離はあるが敵は確実に詰めてきている。

「比叡っ!!」

金剛の叱咤を比叡は嫌々をする子供のように、激しく首を振って拒絶した。

「嫌です!嫌!!私が殿になりますから、姉様は皆を――!」

比叡の口が金剛の左手でふさがれた。

「比叡、どうして私があなたに皆を護る役目を任せたか、わかりますか?」

金剛は残る右手を比叡の肩に静かに乗せた。

「あなたを信じているからです。」

比叡の眼が大きく開いた。

「あなたは私の頼れる妹ネ。あなたに任せる理由はただ一つ。榛名たちと合流するまで皆を守りきることがthe most important thingであり、それをできるのがあなただからです。」

「・・・・・・。」

「比叡、お願い。皆を守り切って。」

一瞬比叡の顔にいいようもない苦渋の色がうかぶ。が、次の瞬間彼女は点頭していた。

「はい。」

比叡がうなずいた時だ。

「敵艦隊、砲撃開始、直撃、来ます!!至近弾!!!」

能代の叫びと共に二人の周辺に水柱が沸き立った。もう敵は有効射程にまで到達してきている。

「比叡ッ!!行きなさいッ!!」

金剛が叱咤し、自らは反転して敵追撃艦隊に突撃していった。

「姉様、姉様、姉様!!!」

比叡は叫びながら、それでも飛龍、蒼龍、阿賀野、能代、夕立をまとめると、全速力で海域を離脱していった。

「高速戦艦の力、見せてあげるネ!!行きます!!burning LOVE!!!」

振りぬかれた左手と共に主砲弾が発射された。

 

 

 

比叡は足が止まりそうになるのを懸命にこらえながら走り続けた。だが、他の艦娘たちは金剛を残して離脱するのを良しとしなかった。

「無茶だよ!!一人で敵を支えるなんて!!」

「私たちも加勢します。ね、阿賀野姉!!」

「今からでも反転してもどろう!」

「比叡先輩!」

「比叡!」

「私だって戻りたいんです!!」

比叡がぎゅっと目をつぶりながらどなった。

「でも、でも!それじゃ姉様の志を私がめちゃめちゃにしてしまう・・・・。どうして姉様が私に任せて一人残ったのか・・・・それをみんな考えてください!!」

「でも――。」

「ここで皆が死んだら、姉様はそれこそ無駄死です!そんなの、私は絶対に許せない!!」

比叡はその先を言わなかったが、固く決意を秘めていた。

(皆を榛名たちに送り届けたら、一人で姉様のところに戻ろう。私が絶対に金剛姉様を連れて帰る!!必ず!!)

その決意を送ろうと金剛を振り返った比叡の眼に巨大な閃光が飛び込み、爆音が耳にとどろいた。つい先ほど金剛がいた地点だということに比叡はすぐに気がついた。

「姉様・・・・?」

比叡ののどが鳴った。

「姉様、うそ、うそ・・・!!」

「比叡!!!」

飛龍と蒼龍が抱き留めなかったら、比叡は海上に崩れ落ちていたかもしれない。

「姉様、姉様!・・・・姉様ぁァァァァァッ!!!!!」

悲痛な叫びが海上をこだました。

 

 その頃、北方戦線では重巡戦隊と合流した矢矧たちが航空隊と協力して敵を押し返し始めていた。

「反撃だ!!敵を引き付けて、食らいついて、振り放されるなッ!!」

麻耶が叫んだ。

「全艦隊、斜線陣形をとって敵の先端に砲火を集中!!撃て!!」

高雄の号令で全艦娘が敵の先頭艦に砲火を集中させ、たちまち軽巡ホ級と重巡リ級が撃沈された。続く第二陣も次々と砲火を浴びて戦列を見だし、そこを航空隊にたたかれて海上に散っていく。

「いいぞ~!!アタシたちの勝ちだな!!」

麻耶が叫んだ。

「麻耶先輩、まだですよ。私たちの役目は陽動です。本隊が勝敗を決するまでは油断できません。」

吹雪がたしなめた。

「チェ。わかってるよ。せっかく気分がよくなってたのにな。まぁいいか。よ~し、残りの敵もアタシ一人で叩き潰してやる!!」

「あっ!私も行く!!私がいっちば~んなんだからね!!」

白露が慌てて後を追い、酒匂、舞風、村雨、野分たちも後を追っていく。

「これで形成は元に戻せたでしょうか?」

矢矧が高雄に話しかけた。無線封鎖のせいで彼女たちはまだ第一艦隊の状況が知らされていない。

「わからないわ。沖ノ島はここからは遠いし、無線封鎖のせいで状況はわからない。今の私たちはここで敵を引き付け続けることしかできないのよ。後は本隊が頑張ってくれることを祈るだけ、ね。」

もっとも、と高雄は続く言葉を自分の胸の中に広げた。

(もっとも、敵の戦力が私たちをはるかに凌駕していたのなら、もうどうしようもないけれど・・・・。)

高雄はそこで何か引っかかるものを覚えた。

「凌駕・・・?どうしてそんな言葉が出てくるの?そんなことはありえない。」

そこまできて高雄はさらなる疑問を覚えた。

「そんなはずはないと私たちは思っていた。でも、そもそもそれは何故?それは・・・・?」

 

 

「それは・・・・?」

沖ノ島に向けて全速力で走りながら陸奥も同じことを考えていた。秘書官として運営に多忙な長門に代わり沖ノ島海域攻略の下準備を積み上げてきた事実上の総責任者が彼女だった。

沖ノ島海域については偵察を出さなかったどころか、南西諸島攻略作戦が行われていた以前から数度にわたり偵察をひそかに行っていたし、作戦が発動されてからは潜水艦娘も展開させて逐一敵戦力及びその分布の報告もさせていた。それによれば敵の戦力は確かにこちらより多いが、広大な海域全般に散開されていて、沖ノ島そのものにはわずか数個艦隊が駐留するだけだったはずなのだ。

 

それがなぜこうなったのか。偵察部隊からの報告に落ち度があったのか。いや、それはないと陸奥はすぐに切り捨てた。一度や二度の報告ならばそれもあり得る話だが、偵察は何度にもおよび、しかもその都度担当者が変わっている。落ち度などあろうはずはない。となるとおのずと思いつける答えは一つだった。

 

漏れていた。こちら側の計画が敵に漏れていた。

 

そう考えた刹那総身が震えるようだった。それはもっとはっきり別の言葉で表現すれば、日ごろ屈託なく話し、起居を共にしている仲間の中に裏切者がいるということなのだ。

だが、そんな馬鹿なことはない。それぞれ個性の強さこそあれ、深海棲艦に通じる者が艦娘にいようはずがない。第一今現在の深刻化した情勢において、一致団結して敵に当たらなくてはならないというときに、不満など湧き上がってくるはずがないではないか。その敵そのものに通じようというほどの強い不満を持つ者など・・・・。そこまで思い悩んで、一つの名前がぱっと出てきた。

(尾張・・・!)

慌てて陸奥は前後左右を見た。いない。尾張がいない。まさかと思って二度三度と確認してもいない。

「まさかとは思うけれど・・・・。」

「どうした?顔色が悪いぞ。」

並走していた長門が陸奥を見た。

「ええ・・・・いえ・・・・。」

言葉を濁しながら陸奥は決断していた。

 

今の情報ではまだ尾張の裏切りという結論は出せない。不確定要素を含んだ結論を皆に話せば、士気の低下、動揺というマイナスだけが作用する。そのようなことは今の状況ではもっともしてはならない事だった。

 


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