艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第十五話 横須賀へ

第三章――。

激戦の末南西諸島奪還に成功したヤマトは、直ちにここに司令部を築き、南西海域に展開する深海棲艦からの輸送ライン防衛拠点と位置付けた。だが、目下のところヤマトの急務は、太平洋東に位置する強大国家ノース・ステイトとの通信回復だった。強大な国力を有するノース・ステイトと連合できれば、深海棲艦に対し共同で大規模な反抗作戦を実施できる。深海棲艦はなお太平洋上に広大な戦力を維持し、ヤマトとノース・ステイトとの連絡ラインを絶ち続けていた。

 ヤマト海軍軍令部は手始めに西太平洋の要衝を占める沖ノ島攻略を企図。各鎮守府から増援を結集した。これに際して呉鎮守府から赤城、加賀、霧島、榛名、夕立、そして紀伊が選抜され連合艦隊司令部指揮下に臨時に配属されることとなった。

 

 

 

横須賀鎮守府内大会議室――。

 横須賀鎮守府に配属された艦娘たちと各鎮守府から招聘された艦娘たちが集まっていた。

「増援艦隊の到着は順調です。既に佐世保鎮守府からは讃岐、瑞鳳、古鷹、加古、川内、深雪、長月が到着しています。扶桑、山城の両戦艦は残務整理が終わり次第護衛艦隊と共に出立すると言ってきました。」

大淀が長門に報告した。

「うん、いよいよ沖ノ島攻略作戦を始動するときがきたな。陸奥。」

「軍令部の上層部から既に提督を通じて作戦計画書は上申してあるわ。まだ返事はないけれど、おおよそ計画書は裁可される予定だとおっしゃっていた。」

「あの人が、か。」

「ええ、あの人がね。」

長門は少し考え込んでいたが、すぐに顔を上げてうなずいた。

「いいだろう信ぴょう性は間違いないからな。」

長門はうなずくと、ファイルを取り上げた。

「各艦隊、最終チェック報告。まずは主力戦艦部隊、大和。」

「主力艦隊、整備完了です。三式弾、徹甲弾の積み込みは終了しています。各艤装の点検は完了しました。弾薬燃料の備蓄も整っています。」

「ご苦労だった。次、空母部隊、大鳳。」

「各艦載機の補充は完了し、爆装、雷装も完了。新型機である烈風改、流星改、彗星一甲なども配備完了です。いつでも出撃できる体制が整っています。」

「よし、次、重巡、軽巡、駆逐戦隊。高雄。」

「水上部隊はいつでも出航準備、整っています。偵察艦隊が沖ノ島から帰投中。その報告を待って最終的な編成および進路を決定します。」

「わかった。後方支援はどうか。」

「高速修復剤の備蓄はあまりスムーズとは言えないけれど、各方面に手配してまわしてもらっているわ。ドックについても4個艦隊が同時に入っても問題ないように拡張工事は終了してあります。メディカル妖精や医療チームもスタンバイしているわ。燃料、弾薬、ボーキサイト、修復用鋼材、食糧、医薬品、嗜好品その他の備蓄は完了よ。また各工廠にオーダーして、増産体制を構築、補給が滞らないようにできる限りの手を打ったわ。」

陸奥が流れるように報告した。

「よし、準備はすべて整った。ご苦労だった。」

後は、と長門は皆を見まわした。

「舞鶴鎮守府と呉鎮守府の艦隊、そして扶桑、山城の到着を待つだけだ。」

 

 

 

 

同時刻、駿河湾沖――。

 舞鶴鎮守府と呉鎮守府の連合艦隊は海上を軽快に白波を蹴立てて走り続けていた。海上は穏やかな晴れ、夏の到来を思わせる大きな白い雲が広がっていた。

「ここまでくれば、あと一息よね。」

暁が誰ともなしに言った。

「いいえ、むしろここからが正念場です。」

霧島が異を唱えた。

「確かにここからは横須賀鎮守府の勢力圏内ですが、太平洋上に出没する深海棲艦は相模湾にまで進出することもあるといいます。制海権は確保できていません。」

太平洋に面した東京や横須賀は確かにヤマト海軍の中心でもあるが、同時に敵の攻撃に最もさらされやすい位置にもあった。このため駿河湾沖から徐々に沿岸は強化砲台や対空砲陣地が幾重にも供えられ、鉄で塗り固められたように灰色になっていた。

「それに横須賀や横浜は軍事工業地帯だから、敵の艦砲射撃や空爆の目標にされやすいんです。現にこれまで幾度か深海棲艦から発艦してきた敵艦載機の空襲にさらされています。」

と、赤城。

「それに私たちもね。」

ビスマルクが言った。当初決まったプランでは護衛艦隊は暁たち第6駆逐隊だけだったのだが、提督が急きょビスマルクとプリンツ・オイゲンを増員として派遣することとした。行も怖いが帰りも怖い、というのがその理由だったが、ビスマルクは内々にもう一つの理由も聞かされていた。

(紀伊・・・・近江・・・・。)

ビスマルクは同航する二人の新型艦娘をそっと見た。ヤマトの最新鋭の技術を結集させた紀伊型空母戦艦。戦艦並の火力と装甲、戦闘能力を持ちながら正規空母並の艦載機を運用でき、なおかつ高速で(瞬間的には駆逐艦の最大速度すら凌ぐ)長距離を移動できるまさに万能艦娘である。その威力についてはこれまで度々の海戦で実証されてきた。当然敵もこれを知り、自分たちの脅威となる新型艦娘を真っ先に撃沈しようとするだろう。

 

それが今二人もそろっているのだ。

 

ビスマルクは絶えず周囲を警戒し、敵影がないかどうか見張り続けてきた。

(もしもの時は・・・私が盾となって二人を護らなくてはならないわ。でも、それを二人が承知するかどうか・・・・。)

紀伊も近江も絶対に仲間を犠牲にして自分だけ助かろうとする気質の持ち主ではない。それを良く知っているだけに、そうならないことを祈りつつ、ビスマルクは警戒をつづけた。

 

 その一人、海上を走る紀伊はそっと自分の右を走る近江を見つめた。近江がいなかったら、出立前のあのことがなかったら、もっと違った心づもりでいたし、おそらく待ち受けているであろう衝撃を受け止めることができなかっただろう。

 

 紀伊と近江は二人で一部屋を使っていた。提督と鳳翔が気を使って近江も航空巡洋艦寮にいられるようにしてくれたのだ。出立前の最後の夜、お風呂から上がってお休みの挨拶を利根たちと交わした二人は部屋に戻ってきた。近江は二つある鏡台のうちの一つの前に座って長い美しい髪をとかし始めた。紀伊は落ち着かなそうに窓枠に手を滑らせていたが、やがて意を決したように近江に話しかけた。

「ねぇ、近江。」

「はい。なんでしょうか?」

ブラシを持つ手を止めた近江は紀伊を見上げた。

「その・・・・あの・・・・。」

紀伊はためらっていたが、不意に

「その・・・私の妹の尾張は、どんな人なのかなと思って・・・・。」

紀伊の眼に浮かんだ思いを近江は一瞬のうちに読み取ったらしい。

「讃岐から聞いたんですね。」

近江はと息を吐いた。

「あの子は尾張姉様のこと、嫌っていますから。」

「色々と・・・その、問題があるの?」

「尾張姉様は一言でいえば自分至上主義なんです。ほかの艦娘の方々と旧式と公然と呼びます。それに・・・・。」

「それに?」

近江はそれ以上話そうとせず、つらそうに黙ってしまった。

「いいから、教えてくれる?」

「あの・・・気を悪くされるかもしれませんけれど・・・・。」

近江はくっと口を一瞬ひきしばったがほっと息を吐いてぽつりと言った。

「姉様のこともよく言っていません。『プロトタイプ』って・・・・。」

紀伊ははっとなった。

「プロト・・・タイプ・・・・。」

「ご存じなかったのですか?」

近江は目を見開いたが、すぐにつづけた。

「知っておいた方がいいかもしれません。私もそれを知った時受け入れるのにかなりの時間がかかりました。でも、同じことを尾張姉様にいきなり言われるよりは――。」

紀伊はショックを受けていたが、黙ってうなずいて先を促した。

「私たちは艦娘のデータを基に人工的に開発されたニュータイプなんです。素体、つまりこの体自体の持ち主の記憶はすべて消去されたと聞いています・・・・。私たちは――。」

「生体・・・兵器・・・・。」

紀伊は絞り出すように言った。

 

生体兵器。知識としてそういうものがあることは知っていたが、それは次元が違う遠い存在と思っていた。だが、まさか自分がオリジナルではなく生体兵器だったとは――。

「・・・・・・。」

紀伊は自分の手を持ち上げた。

「だから、なのね・・・・。」

「えっ?」

「私の手はいつも冷たかったわ。夜の波よりも・・・・・。」

「違います、それは――。」

「血が通っていない。人間の姿をしていても中身は兵器。血の通わない兵器・・・・・。」

紀伊の眼は虚ろになっていた。

「姉様、お願いですから――!」

「私は・・・兵器・・・・・。」

パンと乾いた音がした。紀伊は殴られた右ほおを抑えて呆然としていた。近江がはっとして手を抑えた。その眼には悔しさと後悔と、そして涙が宿っていた。

「ごめんなさい。でも・・・・。」

近江は今度は紀伊の頬を左手で包むように抑えた。

「どうですか?痛いですよね・・・・。」

「・・・・・。」

「姉様は兵器なんかじゃありません。艦娘です。痛みも感じれば苦しくもなります。そしてあなたの中には熱い血がきちんと流れているんです!」

「・・・・・!」

紀伊は右ほおを抑えた。近江の爪が皮膚を割いて血が薄く流れている。それがまぎれもなく人間の赤い血だった。

「私を好きなだけ罰してください。こんな話をした私を恨んでください。でも、でも!姉様にはすべてを受け入れて、そして前に進んでほしかったから――。」

がばっと紀伊は近江を抱きしめた。近江は泣いていた。声を殺して泣いていた。

「もう、いいわ。わかった。」

不意に胸の中に暖かな気持ちがあふれて来て、ぎゅっと「妹」の肩を抱きしめながら紀伊は言った。

「ありがとう。とてもつらい話だったけれど、聞かせてくれてありがとう。受け入れるのには時間がかかるかもしれないけれど、でも、あなたが乗り越えられたんだもの。私も頑張らなくちゃね。」

「姉様・・・・。」

湿った声が紀伊の肩口を埋めた頭から聞こえた。

「辛い思いをさせて、ごめんね。」

紀伊は近江の髪を撫でた。今この瞬間紀伊は感じていた。今までの道はかけ離れていても、この瞬間から自分と近江は紛れもなく姉妹なのだと。

「あなたがどうであれ、紛れもなく私の妹。そして私をとても気にかけてくれている。それだけで十分よ。そして・・・。」

紀伊は近江から身を離して、微笑んだ。

「私の生きる理由がもう一つできたわ。あなたや讃岐のような素晴らしい妹と一緒にいられることが、とてもとても幸せなんだって・・・・。」

それに、と紀伊はもう一つだけ心の中で呟いた。

(あなたたちを私は命をかけて守り抜きたい、そう思えたから。)

 

 海上を同航している艦娘たちも大切な仲間だけれど、こうして自分のそばにいる妹もまたかけがえのない存在なのだと紀伊は思い始めていた。あの近江が語った事実はショックであり、今もそれを考えるだけでしびれるような感覚さえ覚えるが、だからといって妹たちへの愛情が薄れることはなかった。

「・・・・・・?」

紀伊の眼が一瞬何かをとらえ、細まった。それが何なのかを理解した紀伊は叫んでいた。

「敵襲!!!」

艦娘たちが一斉に声を上げ、紀伊の指す方向を見た。黒々とした点々が無数に増え、それが徐々に大きなシミとなってこちらに接近してくる。敵の艦載機隊のようだった。だが、まだ時間はある。そう紀伊は判断したが、それはビスマルクも同じようだった。彼女は直ちに紀伊たちに叫んだ。

「来たわ!!赤城、加賀、紀伊、近江は後退して艦載機の発艦を!!そのほかの各艦は密集体形!!4人を庇うようにして防空射撃戦用意!!」

ビスマルクが叫んだ。暁、響、電、雷、夕立の5人が艦隊外縁部に散らばって、主砲を上空に構え、迎撃態勢をとった。霧島、榛名、金剛、プリンツ・オイゲン、ビスマルクは中心に位置し、主砲仰角を上げ、対空砲撃の準備をしている。

「行きなさい!」

ビスマルクが叫んだ。

『はい!!』

4人はうなずき合うと、内地に方向を変えて走り、ざあっと白波をたてて転進した。

「第一次攻撃隊、発艦してください!!」

赤城が叫ぶとともに盤石の構えで引き絞られていた弓から矢が大空に放たれた。

「艦載機がいるということは敵空母が近海にいるということ・・・流石に慎重にならざるを得ないわ。」

加賀が弓に矢をつがえながら冷静に言う。

「でも、私たち一航戦を甘く見ないで。鎧袖一触よ、心配いらないわ。」

その言葉と共に放たれた矢は無数の戦闘機と化して彼方の深海棲艦機に突っ込んでいった。

「姉様!」

近江の言葉にうなずいた紀伊も艦載機を発艦させた。

「烈風隊、発艦します!!」

近江も飛行甲板を水平にし、開口部から艦載機を射出させている。

「艦載機隊、各艦の援護を。お願いします!!」

発艦が完了した時、紀伊の電探に反応があった。

「電探に艦有り!4時の方向、距離70,000。」

「空母ですか?」

と、赤城。

「はい。空母・・・いえ、これは!?装甲空母姫が2隻!?戦艦ル級が3隻、それに超弩級戦艦級が1隻、重巡以下多数です!!」

それを聞いた艦娘たちはざわめいた。

「敵の大艦隊が、こんなところにまで?!」

「しかも装甲空母姫って、どういうこと!?」

「Shit!!これは誘い込まれしたネ!」

「それだけじゃありません。敵は超弩級戦艦を有しています。これは、本気です!」

「なるほど・・・・ここで私たちを撃破すれば、多少なりともヤマトに打撃を与えられるのみならず、心理的に動揺をも引き起こせる、そういうことね。」

加賀が顎に手を当ててつぶやいた。

「でも、まだ距離はあります。」

紀伊の言葉に皆は彼女を見た。

「先行する艦載機で私たちを足止めし、そのすきに一気に距離を詰めて撃破する作戦だと思います。ですから、艦載機を相手にせず、私たちは全速力で横須賀を目指します。」

「なるほど・・・敵はまだ主砲の射程距離にも入ってきていない、か。」

ビスマルクは顎に手を当てて考え込んでそうつぶやくとすぐに顔を上げた。

「紀伊の言う通りよ。艦載機は味方艦載機に任せ、私たちは全速力で横須賀を目指しましょう。いい?」

「ですが・・・いえ、そうですね。わかりました。」

赤城は何か言いたそうだったが、急に言葉を改めてビスマルクの意見に賛同した。

「防空戦闘は走行しながら輪形陣形を展開!一瞬たりとも足を止めず、一気に横須賀まで突っ走るわよ!!」

全艦娘はうなずいた。

「行くわよ!!」

ビスマルクの言葉と共に艦娘は波をけって全速力で彼女の後に続いた。

 

 それからしばらくして、横浜鎮守府――。

 鎮守府内に警報が鳴り響いていた。各艦娘はそれぞれの部署に駆け出していき、第一級臨戦態勢をとっていた。

「南東50,000に展開する敵が艦載機を射出、派遣艦隊を空襲しています!!」

司令部通信室内で大淀が叫んだ。

「レーダーに敵影捕捉!!敵、大型超弩級戦艦1隻、ル級3隻、装甲空母姫2隻、重巡以下多数の大艦隊です!!」

「チッ、気づかれたか!?状況は!?」

長門が大淀のそばにきてもどかしげに尋ねた。

「偵察機の情報によれば、派遣艦隊は敵を相手にせず対空戦闘を継続しながら北上中。後30分で横須賀鎮守府に到着します。どうしますか?」

「敵が派遣艦隊に接触する可能性は?」

「距離がありますから、主砲の有効射程内に入る前に派遣艦隊は横須賀に入港できます。」

「よし、基地航空隊をもって敵を足止めする。紫電改及び雷電、一式陸攻を出撃させろ。それと、手の空いてるものは緊急出撃だ。派遣艦隊と合流、敵を食い止める。急げ!」

長門は指示すると、自分も出撃すべくドックに急いだ。

「長門さん!」

不意に大淀が顔色を変え、無線を取って叫んでいた。

「どうした?」

「これを――!!」

無線を取った長門が顔色を変えた。

 

横須賀鎮守府を目指して北上中の紀伊たちに東側面から新たに出現した高速機動艦隊が襲い掛かってきたというのだ。

 

 

「別働隊!?」

おびただしい水柱が立ち上がり、行く手を阻んだことにビスマルクは驚愕した。

「はい。2時の方向、距離23,000に敵艦隊反応。急速に接近中。編成から見て重巡艦隊からなる高速艦隊と思われます。」

霧島が報告した。

「小癪な真似を!!」

ビスマルクが舌打ちした。

「どうしますか?」

「敵の狙いは明らかだわ。重巡艦隊を私たちに接触させ、足止めをする間に追いついた主力艦隊と挟撃する作戦よ。」

ビスマルクが紀伊を見た。紀伊はうなずいた。

「だからこそここで立ち止まるわけにはいかない。赤城、加賀、紀伊、近江、あなたたちはいったん西方に転進、艦載機を発艦させて敵重巡艦隊を攻撃。できる?」

「可能です。」

加賀が即答した。

「ですが、敵艦載機に捕捉されて敵の攻撃隊の第一波はしのぎ切りましたが、新たな艦載機反応が接近中。うかつに攻撃を続けていると、撃ち落とされる危険性があります。」

「わかっているわ。だから敵を撃滅する必要はない。敵を足止めしてくれればそれでいい。敵の足を止めるの。」

「わかりました。赤城さん。・・・赤城、さん?」

赤城は顔を伏せている。その表情はわからないが、やがて絞り出すような声がした。

 

 

「また、艦載機を盾にして、私たちだけ逃げるんですか・・・・。」

 

 

紀伊もビスマルクも、加賀も近江も、他の艦娘たちも一斉に赤城を凝視した。

この襲撃の直前、艦載機が引き上げてきていた。だが、その数は少なからず減っていた。直掩部隊を残し、いったん艦載機隊を収容し終わった紀伊たちだったが、その損害にしばし言葉を失っていた。

「先ほどの戦闘でどれだけの子たちが犠牲になったか・・・。これ以上、そんなことができると思いますか?!」

「赤城さん。」

「私は非力です。自分では爆撃も雷撃もできない。あの子たちに頑張ってもらわないと何一つできないんです。だからこそ、あの子たちを犠牲にして自分が生き残ることに私は耐えられない!」

「バカなことを言わないで。それではあなたもここに残るというの?自殺行為よ。それとも、ここにいるすべての艦隊をあなたや私の艦載機のために犠牲にするというの?砲撃戦闘で誰かが犠牲になってもいいというの?」

加賀の言葉は徐々に熱してきた。赤城は一瞬うろたえたようだったが次の瞬間激しく首を振っていた。

「違います、違います!!それは――。」

「違わないわ。結果はそういうことになる。」

両者にらみ合ったままかたくなに動かなかった。これには紀伊もビスマルクもそしてほかの艦娘もおどろいていた。普段一航戦の二人は双璧と呼ばれ、実力は伯仲していたが、とても仲が良かったからだ。

「赤城さん!!」

紀伊は叫んでいた。

「ならば私の艦載機を発艦させます。赤城さんは先行してください。」

「姉様?!」

近江が愕然としたようにそばに寄ったが紀伊はやめなかった。赤城はきっと紀伊をにらんだ。

「あなた、自分の言っていることがわかっているの?あなたの艦載機は――。」

「疑っているんですか!?」

紀伊の言葉が矢のように赤城を貫いた。

「疑っているんですか?!自分たちの艦載機(子)のことを!!そんなに軟弱なんですか!?」

「紀伊、それはさすがに――!」

ビスマルクが言いかけた言葉を飲み込んだ。

「あんなに練習していたのは、なんだったんですか!?栄光の第一航空戦隊の双璧の呼び名は嘘だったんですか!?」

赤城の眼が見開かれた。紀伊は何かに突き動かされるように目の前の一航戦の双璧の一人に言葉を叩き続けていた。

「私は信じています。いいえ、犠牲をゼロにできるとは思っていませんし、胸が痛くないと言ったらウソになります。悲しくないわけないじゃないですか!!でも、それ以上にずっとずっと私はこの子たちを信じています!!絶対敵の重巡艦隊を足止めしてくれるって!!」

「・・・・・・。」

「時間がありません。私は行きます!!」

「待って。」

後ろで声がした。加賀がこちらを見ている。

「私も行くわ。」

「加賀さん?」

「早く。時間がないわ。」

「・・・はい!」

「姉様、私も行きます!」

紀伊、加賀、近江はいったん内陸に向けて転進し、その後すっとターンすると一気に速力をまし、艦載機を次々と発艦させていった。

赤城はその様子を力の失せた目で見送っていた。その様子を見ていたビスマルクはただちに暁と響を呼び寄せた。

「・・・・暁、響、赤城をお願い。速やかに横須賀鎮守府に連れて行って。急いで!」

ビスマルクが叫んだ。二人はうなずくと赤城の手を取るようにして彼方に走り去っていった。その様子を見送ったビスマルクは天を仰いだ。艦載機が旋回して東方に飛び去っていく。その彼方には待ち構えている重巡戦隊がいるはずだった。いや、既にその姿は目視できるまでに接近してきている。

「よし、ここからは敵との競争よ。みんな覚悟はいいわね!?」

ビスマルクの言葉に皆はうなずき合った。

 

 

 同時刻、佐世保鎮守府――。

「本当に、本当にお世話になりました。」

翔鶴が深々と頭を下げた。ケガが完治し、リハビリもおおむねうまくいったので、両提督の話し合いの末、後は呉鎮守府に戻り本格的なリハビリと復帰を行うこととしたのだ。帰投するにあたっては、瑞鶴はもちろん同行するが、そのほかに護衛艦隊として神通、時雨、白雪、睦月、皐月が同行することとなった。扶桑からの連絡で、関門海峡付近で伊勢、日向、足柄、妙高、不知火、綾波らが出迎えることとなっていた。

「いいえ、ケガが完治できて本当によかったです。」

扶桑がにっこりした。瑞鶴と翔鶴たちの見送りが終わり次第、彼女と山城も護衛駆逐艦たちと共に横須賀に出立する予定になっていた。

「こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

「いいえ、それはこちらの言うべき言葉です。同行できなくて申し訳ありませんが、道中お気をつけて。神通さん。お願いしますね。」

扶桑は視線を向けた。

「よろしくお願いします。」

翔鶴が頭を下げた。神通も一礼しながら、

「こちらこそ、よろしくお願いします。及ばずながら呉鎮守府まで同行させていただきます。では、行きましょうか。」

一行は扶桑たちに別れを告げ、呉鎮守府へと海上に滑り出した。神通の指示で駆逐艦娘たちは翔鶴、瑞鶴を護るようにして輪形陣形を取って周辺を警戒しながら進んでいく。二人は申し訳なく思ったが、神通から「警戒は必要ですし、お二人が怪我をされたら、両提督や扶桑先輩方に顔向けできませんから。」と言われ、素直に感謝することにした。

「榛名たち、今頃は横須賀についているかな、翔鶴姉。」

翔鶴はちらっと腕時計を見た。綺麗なプラチナルビー色のほっそりしたバンドで留められている。

「もうそろそろかしらね。無事でいてくれればいいのだけれど・・・・・。」

「大丈夫よ。あ~あ、私たちも一緒にいければよかったんだけれどなぁ・・・・・。」

「ごめんね。」

翔鶴がすまなそうに俯いたので、瑞鶴は慌てた様子で、

「あ、違うの違うの!そういう意味じゃなくて・・・私たちも後から一緒に行って活躍できたらなって思っただけ。」

「私もそう思うわ。でも、一航戦の先輩方がいらっしゃるし、そこに私たちが割り込むわけにはいかないでしょう?序列も実力も私たちは遠く及ばないもの。」

「そんなことない!翔鶴姉は絶対に一航戦に負けはしないし、私だってそうだもの。だいたい大飯ぐらいの赤城にとっつきにくい加賀なんかよりも私たちの方がずうっと艦隊を組みやすいと思うけれど。」

翔鶴は目を細め、ちょっと困ったように笑った。

「もう!駄目でしょう?そうやって先輩方のことを悪く言うのは。」

「わかってるわよ、でも・・・・。」

「でも?」

瑞鶴の「でも」に何かただならぬ気配を感じて、翔鶴は思わず聞き返した。

「・・・・赤城、大丈夫かな、と思って。」

「どうして?」

意外な言葉が妹の口から出てきたことに翔鶴は驚いた。

「本格的な反抗作戦の始動が決まった頃、あれは南西諸島作戦が始まる少し前のことだけれど・・・・・。」

ある晩瑞鶴は急ぎ足で空母寮に向かっていた。その日は非番だった。図書室で好きな音楽を聴きながら本を読んでいたら、ついつい時間がたつのを忘れてしまったのだ。慌てて図書室を飛び出したときには、もう10時近かった。息せき切って空母寮の前庭――うっそうと木立が生い茂り、街灯もなく不気味な印象を与える庭だった――に飛び込んだところ、誰かが立っているのが見えた。木に額を押し付けてじっと動かなかった人影ははっとしたように瑞鶴を見た。赤城だった。

「その時は『どうしたの?』って聞いてもお茶を濁されて答えてくれなかったのだけれど、でも、今思うとただ事じゃなかったなって思うの。」

「どうしてそれを提督なり私なりに言わなかったの?」

翔鶴は驚いていた。そんな話は初耳だったのだ。

「だって・・・認めるのはものすごく悔しいけれど、赤城は一航戦の双璧なんだもの。だから心配することはないかなって――。」

「双璧だからって、鋼鉄の心は持っていないわ。赤城先輩も艦娘です。不安を感じることもあれば、夜眠れないことだってあります。きっと本格的な攻略作戦のことを考えて眠れなかったのだわ。」

「ごめん・・・。」

「いいえ、よく話してくれたわね。ありがとう。帰ったら提督にこのことを内密にお話して判断を仰ぎましょう。・・・・理由は、わかるわね?」

「・・・・精神的に不安定な赤城が攻略作戦で何かミスを犯すかもしれないし、それがみんなの命にもかかわるかもしれない、ってこと?」

翔鶴はうなずいた。怖いくらいに真剣な表情で。

 

 

横須賀鎮守府――。

 埠頭に出ていた大淀は長門以下が派遣艦隊と共に帰投してくる姿を見てほっと胸をなでおろした。

「おかえりなさい!」

「あぁ、すまなかったな。基地航空隊の手配を行ってくれて助かった。航空隊による掩護攻撃や増援艦隊の来援等が、すべてスムーズに進んだ。おかげで誰一人として轟沈せずにたどり着いたよ。」

「ドックのスタンバイ、できています。負傷した艦娘の方はすぐに入渠してください。無事な各艦隊は補給処に行ってください。燃料と弾薬その他、すでに用意してありますから。」

「ご苦労だった。手間をかけたな。」

「いえ、では私は司令部に戻っていますので。これで。」

一礼して背を向けて去っていく大淀を加賀が呼び止めた。

「あの、赤城さんたちは無事でしょうか?」

「はい。一足先に到着されました。皆さん無事ですよ!」

「そう・・・よかった。」

「では。」

大淀を見送った長門は各艦隊に指令を下した。

「派遣艦隊は真っ先に補給を行ってもらう。増援艦隊はその後だ。負傷した艦娘には手を貸して速やかにドックへ連れて行ってくれ。」

重傷者はいなかったが、何人か軽傷を負ったものがいる。紀伊も近江もその一人だった。彼女たちはビスマルク、金剛、そして駆けつけてきた増援艦隊とともに追撃艦隊と戦い、殿を務め、無事に相模湾海域からの離脱を完了させたのだ。

 

後に各鎮守府提督がこの時の戦闘経過報告を受け取ったが、それを総括すると――。

 接触した重巡艦隊は航空戦と砲撃で殲滅され、艦隊は包囲網にあいたその穴から離脱できた。敵の主力艦隊が到着した時には既に派遣艦隊の影も形もなく、代わりに殺到した基地航空隊の波状攻撃を受け、戦艦ル級以下多数が撃沈、あるいは大破して撤退した、とのことだった。

 

 こうして、派遣艦隊は横須賀鎮守府に到着し、いよいよ反抗作戦の次段階が始まることとなった。

 


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