艦隊これくしょん 幻の特務艦   作:アレグレット

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第十一話 それぞれの思い

ピッ・・・・ピッ・・・・ピッ・・・・・と電子音が規則正しく鳴る音だけが聞こえる。それがある限り、翔鶴の鼓動は止まっていないということだ。翔鶴の集中治療カプセルベッドの傍らに座っている瑞鶴は組み合わせた両手に額を押し付け、その音だけを祈るように聞いていた。

 

 そっとドアが開いて誰かが入ってきた。

「瑞鶴・・・・さん・・・・・。」

躊躇いがちにそっと声をかけたのは榛名だった。

「酒保でサンドイッチとお茶を買ってきました。食べませんか?」

紀伊も声をかけたが、瑞鶴は顔も上げず、首を振っただけだった。

「もう2日もろくに食べていません。何か食べないと瑞鶴さんまで倒れてしまいます。」

「翔鶴姉が・・・・。」

瑞鶴は枯れた声を出した。

「翔鶴姉が何も食べてないのに、私だけ食べるわけにはいかないわ。」

「お姉さんがそんなことを望むと思いますか?元気になった時に瑞鶴さんが痩せていて、それが自分のせいだったら、きっと悲しみます。」

紀伊が言った。

「決めつけないでよ。姉妹でもないくせに、翔鶴姉の・・・私の気持ちなんか、わかるわけないじゃない・・・・!」

声は弱々しかったが、とてもとがっていた。紀伊と榛名は顔を見合わせた。

「今は・・・・そっとしておきましょう。翔鶴さんが良くなれば、きっと瑞鶴さんも・・・・。」

「はい。・・・・じゃあ、ここにおいて置きますから。」

そっと紀伊と榛名が出ていった後も、瑞鶴はずっと祈るように頭を垂れていた。

(翔鶴姉・・・翔鶴姉・・・翔鶴姉っ!!お願い、お願い、お願い、私を一人にしないで!!!お願い!!!)

くいしばった歯の間からかすかに嗚咽が漏れた。

「・・・・鶴・・・・。」

かすかに声が聞こえたような気がした。はっと瑞鶴が顔を上げた。翔鶴がかすかに身動きしていた。夢を見ているのだろうか。途切れ途切れに言葉が漏れてきた。

「瑞・・・鶴・・・・駄目よ・・・・皆さんに・・・・迷惑・・・・かけ・・・・ちゃ・・・。」

「翔鶴姉、翔鶴姉!!」

カプセルベッドに縋り付いた瑞鶴だったが、翔鶴はそれっきり何も言わなかった。

「バカ・・・・。どうして・・・・どうしてこんな時まで、お説教なんか・・・・。」

頬に涙がつ~~っと伝い落ちていった。

「そうよね・・・・。私はいつも翔鶴姉に甘えて・・・・わがままだったのかもしれない。あの時だって、伊勢さんや扶桑さんがつらい思いをしているのに・・・・自分の事ばっかり考えていて・・・・。さっきも榛名と紀伊が来てくれたのに、私、勝手なことばかり言って・・・・・。」

瑞鶴は涙をぬぐった。

「こんなんじゃ翔鶴姉も安心できないよね。ごめん・・・・なさい・・・・本当に・・・・ごめん・・・・なさい・・・・・。でも、私はもう一回わがままを言いたい。」

瑞鶴はカプセルベッドのガラスに額を押し付けた。そして悲痛な思いで祈り続けた。

(お願い、翔鶴姉!!目を覚まして。私を一人にしないで!!!)

 

 

 

「伊勢は心配性だな。もう大丈夫だというのに。」

日向が伊勢から受け取った大ぶりの湯飲みに口をつけながら言った。

「骨が折れてるのに大丈夫も何もないでしょう。ホント、心配だったんだから。よく生きて帰れたって思うよ。」

「知ってるだろ?私も伊勢も悪運が強いのさ。」

「前世ではね。でも、ここはもう前世じゃないしさ。そもそも前世だって、最後は身動きできずに一方的に敵機に攻撃されて着底したんだもの。」

「あれは燃料切れで動けなかったからだ。不可抗力というやつさ。」

「まぁ、そういわれればそうか。」

伊勢は自分も湯飲みを取って飲んだ。

「そういえば、こうやって二人っきりで話すことなんて久しぶりね。」

「そうか?」

「そうよ。いつもは作戦やらなんやらでバタバタッってあわただしくて。たまに話すことと言えば、いつも日向のお説教。グータラな姉に対してのね。でも、私はそんなにグータラしているつもりはないんだけれどな。」

「本人より周りの方がわかっていることだってあるが・・・・、でも、そうだな。こうして話すことはとても久しぶりだ。なんだか・・・・いいな。」

「まぁ、なんだかんだ言っても、姉妹だからね。日向・・・・。」

「なに?」

「どうしてあの時私をかばったの?」

日向が被弾したのは、伊勢に向けられた敵戦艦の主砲をとっさにかばったためだった。どうしてそんなことをしたのか、伊勢はずっと聞きたくて我慢していたのだ。

「さぁ・・・よくわからないし、たぶん理由もない。体が勝手に前に出ただけだよ。」

日向は手にしていた湯飲みをおき、少し窓の外に視線をずらした。

「理由なんていらないんじゃないか?大切な人を護るのに、いちいち理由を考えてなくちゃならないのか?それはとても煩わしいことだ。」

伊勢はふっと相好を崩した。

「そっか。なるほどね。」

伊勢はそっと日向の上の毛布を整えてやった。

「少し休みなさい。何も考えず、ぐっすり眠るのね。私も本を読みながら、しばらくここにいるから。」

「姉様きどりだな。こういう時には。」

そういいながら日向は体を横たえ、毛布を首元までかぶり、目を閉じた。

 

 

「姉様、本当にごめんなさい。」

山城がうるんだ目を扶桑に向けていた。

「私が足手まといだったばっかりに、姉様にこんなにご心配をおかけして・・・・・。」

「いいのよ山城、私をかばってくれてありがとう。とても痛かったでしょうに、皆を護って最後までよく戦ってくれたわね。」

「姉様・・・・。」

山城が泣き出しそうな目をしている。

「というか、あれだよね、山城さんが勝手に扶桑さんの前面に出て来て勝手に被弾したっていうのが」

「正しい表現ですわね。」

御見舞品を持ってきていた最上と三隈が顔を見合わせた。

「でも、そういうところが山城さんらしいとも思うな。自分の体を張って大切な人を護るって、とっても素敵だと思う。」

「本当ですわ、わたくしも見習いませんと。これからはこの三隈がモガミンをお守りしますわね。ええ・・・衝突なんてもってのほかですわ。」

「だから、そのモガミンっていうのはやめてくれないかなぁ・・・。」

最上が当惑したように頬を掻いた。

 

 

海から来る穏やかな風を受けながらテラスに座ってお茶を飲んでいる4人がいた。

「こうしてゆっくりするのはいったいいつ以来かしらね?ずうっと任務任務の繰り返しで、休む暇もなかったような気がするわ。」

ビスマルクがカップをソーサーに戻しながら言った。

「姉様もたまにはこうして休んでもらわないと。」

「本当ならおっきなジョッキにドイツビールを一杯、それにソーセージ、ポテト、そしてザワークラウトが食べたいんだけれどな。」

「駄ぁ目ですよ、姉様。もう明日には呉鎮守府に帰らないといけないんですから。」

プリンツ・オイゲンが注意した。

「わかっているわ。留守にできないのだから。でも、榛名残念ね。せっかく霧島と会えたのにあまり話もできていないんじゃない。私たち、邪魔じゃない?」

「いいえ、さっき色々と話ができました。とても楽しかったです。ありがとうございました。」

榛名はにっこりした。

「ええ。水入らずの時間、ありがとうございました。」

「そんなお礼を言うこともないわよ。皆そこかしこでやっているもの。それがいいわ。今回の作戦は・・・・・一応は終わったけれど、次の作戦でいつだれが怪我したり、死んでしまうかもわからないし、それに今も・・・・。」

4人は黙り込んだ。こうして海戦はおわり、4人は生きて戻ることができたが、一人まだ意識が戻らず生死の境をさまよっている。

「や、やだなぁ姉様。大丈夫です!大丈夫!翔鶴さんはきっと助かります。絶対に!」

「私たちにできることは・・・あとは祈ることだけなのよね。」

ビスマルクはそっとテーブルの上に両手を組み合わせると、額を押し付けて祈り始めた。榛名と霧島、そしてプリンツ・オイゲンはそんなビスマルクを驚いたように見たが、3人もやがて彼女に習った。

 

 

 

 

 

 

 

3日後の午後――。

南西諸島攻略作戦で受けた損傷もほぼ回復した呉鎮守府派遣艦隊はいよいよ明日に呉鎮守府に帰投することとなった。伊勢は派遣されていた全艦娘を作戦会議室に招集した。比較的損傷がなかった鎮守府護衛艦隊は一足先に呉に帰投していたのでこの場にはいない。だが、後二人姿が見えない。一人は翔鶴、そしてもう一人は瑞鶴だった。

「あれからほとんどずうっと病室にこもりっきりなのかもしれません。夜は宿舎に帰ってきているようですけれど、すぐにまた出ていくので、私たちも声をかけられなくて・・・・。」

榛名が言った。瑞鶴が出てこないので、紀伊と榛名は病室の妖精に伝言をしたり、見舞い品を差し入れたりするだけになってしまった。

「伊勢、どうする?」

日向が水を向けた。今回の派遣艦隊での指揮艦娘は伊勢ということになっていた。

「日向や山城と違って、翔鶴は重体・・・・。瑞鶴の気持ちはとてもよくわかるわ。でも、軍令は無視できない。どうあっても瑞鶴には呉鎮守府にかえってきてもらわないと。」

「彼女がそれを承知するかどうか、か。すまないが榛名、紀伊、もう一度私たちと一緒に病棟に行ってくれないか?」

「わかりました。」

二人はうなずくと、伊勢、日向と共に足早に瑞鶴と翔鶴のいる病棟に向かった。

 

 

 

あれからほぼずっと、瑞鶴は翔鶴の病室に詰めていた。時折翔鶴はうなされるようにうわごとを言うが、目を覚ます気配がなく、顔色も透き通っていくようだった。次第に瑞鶴は絶望を覚えていた。

どのくらい時間がたったのだろう。瑞鶴は誰かに呼ばれているような気がして、目を開けた。

「瑞鶴・・・・。」

翔鶴が目を開けてこちらを見ていた。

「翔鶴姉、気が付いたの!?良かった!!今、軍医妖精を呼んでくるから!!!」

「待って。」

翔鶴の声に瑞鶴はつんのめりそうになりながら振り返った。

「えっ?」

「ごめんなさい。」

「どうして・・・どうして謝るのよ?変だよ?」

「瑞鶴・・・・。」

瑞鶴は差し出された翔鶴の手を握った。とてもとても冷たく、血が通っていないようだった。瑞鶴はぞっとなった。

「瑞鶴、私は――。」

「それ以上言わないで!!駄目、翔鶴姉!!!」

「あなたは私に代わって、私の分まで皆を護って。あなたにはまだこれからやるべきことがあるのだから・・・・。」

「翔鶴姉何を・・・・また元気になって一緒に戦うんだから!!ずっと一緒だって約束したじゃない!!」

翔鶴は首を振った。

「私は、いつもあなたに注意してばかりだったわね。もっとお姉さんらしいことをしてあげたかった・・・・ごめんね。」

「・・・・・・っ!!」

こんなことを言う理由は一つしか思い当たらない。嘘であってほしいという願いとは裏腹に、瑞鶴はぎゅっと目をつぶり、息をのみ下していた。翔鶴は右手で瑞鶴の頬をぬぐった。

「泣かないで。私はあなたの姉であれて、とても幸せだったわ。あなたのことを私はずっと、見ているから・・・・。」

「嫌、嫌・・・・!!そんなの、見ているだけなんて――。」

「瑞鶴。」

翔鶴は微笑んだ。透き通るようなとてもとても美しい笑みだった。

「ありがとう。あなたがいてくれて、私はとても・・・・とても・・・・・。」

すっと翔鶴の眼は閉じられ、手が生気を失ったように静かに落ちた。

「とても・・・・幸せ・・・・・。」

ピ~~~~~~~~~~~ッという無機質な電子音が部屋に響いた。

「翔鶴姉!!」

瑞鶴は落ちていく手をつかんで、懸命に叫び続けた。

「翔鶴姉!!駄目、行っちゃ駄目!!お願い、お願い、一人にしないで!!!!」

瑞鶴は翔鶴の体を揺さぶり続けた。

「翔鶴姉!・・・翔鶴姉ッ!!!」

どっとドアが開いて、榛名と紀伊、それに伊勢と日向が飛び込んできた。

「嫌・・・・嫌・・・・嫌・・・・・。」

涙が翔鶴の白い頬に落ちていく。

「翔鶴姉~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!!」

病室が悲痛な叫びで満たされた。瑞鶴が翔鶴の頭を抱き、大声で泣き続けている。

「くっ・・・・!!」

伊勢は正視できず、脇を向き、日向は蒼白になっていた。榛名は口元を両手で覆っていた。紀伊は静かに、だがあふれる涙をぬぐおうともせず、ずっと二人を見つめていた。

 

 

その夕暮れ――。

 佐世保鎮守府を照らす夕日はとても穏やかだった。波も静かに埠頭を洗っている。その天候の下、佐世保鎮守府にて大規模な葬送式が行われた。大海原を見下ろす高台に墓標がたてられた。瑞鶴は静かに進み出て、墓標に翔鶴が愛用していた胸当てと弓を静かに供え、ひざまずいて静かに手を合わせた。全艦娘は一斉に敬礼した。

「・・・・・・・。」

祈り終わり立ち上がった瑞鶴は風に吹かれ、ツインテールを揺らされながらじっと翔鶴の墓標を眺めていた。その瑞鶴の後姿を榛名も紀伊もじっと見つめていた。

 

 

 

 夕日に照らされ、翔鶴の弓が静かに光り輝いている。

 

 

 

 やがて瑞鶴は墓標に背を向け、皆に深々と一礼すると、しっかりとした足取りで歩き出した。

(翔鶴姉・・・・。)

歩みをつづけながら瑞鶴は胸の中で誓っていた。

(私はもう泣かない。私は絶対に翔鶴姉の思いを受け継いでいく!必ず、深海棲艦を撃滅して、皆が安心して暮らせる世界、取り戻して見せるわ!!!)

 

 

 

 

瑞鶴は誰かに揺さぶられたような気がして、はっと体を起こした。いつの間にか眠っていたらしい。

「う・・・・。つっ・・・・・。」

変な体制で寝ていたのだろうか、体がとても痛かった。

「?」

はらりと体から毛布が落ちたのに瑞鶴は気が付いた。眠っている間に誰かがかけたのか。

「瑞鶴ったら。」

自分の名前を呼ばれた。聞きなれた声だ。

「駄目でしょう?そんな恰好で毛布なしで寝ていたら、風邪をひいてしまうわよ。」

瑞鶴が視線を向けると――。

 

 翔鶴が体を起こして、こちらを見ていた。あのいつもの穏やかな、ちょっとたしなめる様な笑顔を浮かべて。

 

瑞鶴は身動きできずに凍り付いていた。

「嘘・・・・・・。」

「なにが、嘘なの?」

「・・・・・・・。」

「ずうっとうわごとを言っていたから、心配したのよ。でも、疲れていると思ったから、妖精さんたちにそっとしておいてもらうように頼んだの。」

瑞鶴はわなわなとこぶしを握りしめていた。

「夢なの・・・・?嫌・・・・夢なら・・・・もう嫌・・・・!」

「夢じゃないわ。現実よ。」

翔鶴は瑞鶴の手を取った。その手はまだ冷たかったけれど、確かに熱い血の流れと鼓動がしっかりと感じ取れていた。

「ね?」

「・・・・・・・。」

「あなたの声はずっと聞こえていました。夢の中でずっと私を呼び続けてくれていたあなたの声のおかげで、私はこうしてあなたに会えたのだわ。」

「翔鶴姉・・・・。」

乾いた声で瑞鶴は姉の名を呼んだ。

「なに?」

「翔鶴姉・・・翔鶴姉・・・翔鶴姉!!!」

もう次の瞬間には、わあっと嗚咽と共に瑞鶴が翔鶴の胸に顔をうずめて泣きじゃくっていた。

「よかった・・・よかった・・・よかった・・・・!!夢だったんだ・・・・!!よかった・・・・よかった・・・・よかった・・・・!!」

ぎゅうっと力いっぱい姉を抱きしめながら瑞鶴は泣き続けていた。翔鶴が優しく目を細めながら妹を撫で始めた時、ドアが開いた。伊勢、日向、榛名、紀伊が入ってきて、二人の姿を見て息をのみ、やがてその意味を理解した。

「日向、さっそく提督に打電よ。急いでね。」

伊勢が促した。

「言われるまでもない、すぐにやるさ。」

日向があわただしく部屋を出ていき、伊勢もみんなに報告してくるからと、部屋を飛び出していった。残された後の二人は抱き合う姉妹をみて胸が一杯になっていた。

「よかった・・・・本当に、よかった・・・・。」

榛名があふれる涙を目からぬぐい、紀伊もいつの間にかぽろぽろと涙を流していた。

 


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