?マークが浮かんだ方はMGS1で調べると三文の得かもです。
―――士郎はさ、どんな大人になりたいの?
そう問うのはいつも、自分の姉代わりの女性だった。
その度に、俺はこう答える。
『正義の味方になりたい』
『何で?どうして?士郎』
父親に憧れてるからだ。あの大火災の中、おとぎ話のヒーローのように自分を助けてくれたあの人に。
・・・そう言いたいのだけれど、何故かいつもここで返答に詰まる。だからこう返すのが俺達二人の合言葉だった。
『そんな事を考えていられるほど、人生は長く無いよ。藤ねえ』
本当は、何も考えつかなかった。分からなかったのだ。正義の味方を目指す理由が、この意志がどこから生まれて誰のものなのかすらも。
例えるならそれは、納税とか勤労等といった己の義務に似ていた。
そう、これは義務なんだ。助けられた自分は、誰かを助けるという義務を果たさなきゃならない。
だから理由なんていらないのさ。
『そっかー、…士郎は格好いいね!』
そう言って最後はいつも笑顔を見せる、姉。
言葉にしたら照れくさいから絶対言わないけれど、姉の笑顔はいつもどこか安心できるものだった。
そしてこんなやりとりを何年も続けていたある日、
『し〜ろう〜?』
『何だよ藤ねえ。そんな気持ちの悪い笑顔をしてからに』
『ゲーム貸したげる〜〜!この名作オブ名作を!後で感想聞かせてね〜?じゃあ、バッハハーイ!』
まるで野を駆ける虎だ。人に勝手にゲームを押し付けて、いずこかへ飛んで行きやがった。
『・・・まあ、せっかくだからプレイしてみるけどさ』
―――今思えば、それがきっかけだったのだろう。
親父のように、正義の味方になる。誰かを助ける。
己の義務じゃなく、自分の意志で。
そう思い出せるきっかけに。
《彼女は何の為に闘ってたのかな…?》
《僕は何の為に…?》
《君は何の為に…?》
士郎はさ、どんな大人になりたいの?
「―――生きて会えたら答えを教えてやる!」
「ねえ士郎〜。それ前も言ってたよ?いい加減教えてよ〜。ていうか正義の味方じゃないの?」
「自分で考えろ。藤ねえ」
今はこれが、俺達の合言葉。
「そっか〜!良いセンスだね、士郎!」
―――そして昔よりも綺麗な笑顔を、姉は浮かべている。
◇
ここ私立穂群原学園に、夜の帳が下りようとしていた。
このまま何事もなく時間が過ぎれば、下人が消えるには充分なほどの黒滔々たる闇が訪れるだろう。
そんな時刻に、一人の殊勝な男子学生がいた。その学生の手にはモップ、雑巾etc。
「ア クイミン レット アン グラ。・・・・・おっと違うな」
一言で言えば、掃除だ。
こんな遅い時間まで、この学生は掃除をしている。
ここは彼の通う学び舎だが、現時刻を考えれば常識的に考えてそれはおかしい事だと誰でも気付く。
これは何かの罰ゲームか?という思考に行き着くはずだ。
現に、彼は物悲しいメロディの歌を口ずさんでいた。
「AN CUIMHIN LEAT AN GRA」
―――愛を覚えているかい。
「CRA CROI AN GHRA」
―――愛の感傷を覚えているかい。
「NIL ANOIS ACH CEOL NA H-OICHE」
―――夜に聴く音楽だけが今。
「TAIM SIORAI I NGRA」
―――僕が永遠に愛するものなんだ。
・・・最近覚えた、外国の歌を歌う男。
その表情は、物悲しいメロディに反して何故か決意に満ちていた。
男が思い起こしているのは、己の人生に影響を与えた人物達。
蟷螂。狼。烏。狐。蛇。
その中でも彼は狐を最も好んでいた。その生き様が、特に。
「・・・さて、こんなもんでいいかな」
彼の名は衛宮士郎。またの名を、穂群原学園のブラウニー。
「掃除をサボっちゃいかんぞ~?全く・・・」
以前まで自分が所属していた弓道部の道場を、彼は掃除していた。
その理由は簡単。他者に頼まれたから。そして、どうせやるのならと彼は考えとことん掃除を行っていた。
そんな掃除は、ようやく終了する。
「LEANNAIN LE SMAL
LEANNAIN LE SMAL」
―――罪深い恋人よ。
「LIG LEIS AGUS BEIDH LEAT
LIG LEIS AGUS BEIDH GRA 」
―――受け入れるんだ、君には出来る。
―――受け入れてくれ、愛は生まれる。
曲名 【かけがえのない時は、すぐそこに】
「いい歌だな、坊主」
歌を歌いながら弓道場の外に出た士郎に、男が声をかける。
「・・・そうかい?昔やったゲームのテーマソングなんだ。やっと暗記できてね」
「ゲール語とは嬉しいじゃねえか。物悲しい旋律だが、詩は情熱的で意外と前向きだな」
「そう言うあんたは外国人って事か。・・・当時は外国の歌詞の意味なんて分からなかったから、改めて和訳を知った時は涙が出てきたもんだよ。いい歌詞だ!ってな」
「坊主。音楽ってのはどんな状況でもどんなモノであろうと人の傍にあるもんだ。だから音楽を聴くと、俺も頑張ろうって気になるのさ」
「違いない。・・・・所で、聞いてもいいかい?」
「いいぜ、今は気分がいい。許そう」
「―――アンタ、誰だ?」
「その歌の、ファンの一人だよ」
目の前には、全身青タイツの男が一人。―――そして、
「俺の姿が見えたのなら」
「・・・!」
「坊主。お前、もうお終いだ」
男の手に持つ赤い槍が、衛宮士郎を貫いた。
「・・・ぁ」
「自分を恨みな。こんな時間までこんな所にいた自分をよ」
―――あばよ。歌を聞かせてくれてどうも。
そう言うと身を翻し、何処かへ去る青い男。
衛宮士郎の人生は、ここで終わる。
(・・・死ぬのか、俺)
しかし彼は考える。
(・・・駄目だろ。こんなんじゃ。まだ何も為してないじゃないか)
どうやったら己の為すべき事を為せるのか。自分は、まだ闘わなきゃならないのに。
(生きなきゃ。やらなきゃ。こんな簡単に死んじゃ、駄目だろ)
やらなきゃならない。止まってる暇はない。
「・・・だって、」
それをやめたら、何の為に今まで自分は闘ってきたというのだろう?
「………嘘。何だってアンタが」
―――やめてよね。
消え行く意識の中、女の人の声が聞こえた気がした。
◇
自分は何の為に生きるのか。闘うのか。
・・・生き残ったから。それが義務だから。
彼らは何の為に闘ってきたのか。
・・・死に場所を見つけたかったから。
―――残念はずれ。違う。
《俺達は、政府や誰かの道具じゃない》
《闘う事でしか、自分を表現できなかったが》
《いつも自分の意志で闘ってきた》
頭の中に思い起こされるのは一人の男。巨大な鉄の歯車に踏み潰され、それでもなお己の意志を貫く狐。
それでも、己の意志を誰かに託す灰色の狐。
―――こどもの頃、僕は正義の味方に憧れてた。
―――じいさんの夢は、俺が。
綺麗だった。だから憧れた。あの人の理想を、亡き父が成せなかった夢を。
いつだって、自分の意志で。
「俺は今までも。そしてこれからも」
闘うんだ。最期まで。
―――空想のキャラクターに気付かされたと言うと少し恥ずかしいが。現実に生きる自分が、彼らに勝てないなんて事は無いだろう。
「・・・・つか、いてえ」
とてつも無い痛み。
どうやらまた、彼は生き延びたようだ。衛宮士郎は生きていた。
「・・・帰るか、家に」
自分の足で、徒歩で帰る彼。
意識はずっと朦朧とする。足はフラつくし、何で自分がこんな事をしなきゃあならないのだと思う時もあった。
だが、気合を入れて何とか無事帰宅する。
「・・・・俺、確かに死んだよな?」
覚えているのは己の死の瞬間。そして誰かの声。
「このペンダント、誰のだろう・・・?これの持ち主が俺を助けてくれたのか?」
綺麗な赤い宝石のペンダント。中々洒落ている。
―――持ち主には、お礼を言わなきゃならないな。
己の意志が、また一つ増えた。
「・・・さて、飯の支度でもするか」
立ち上がり台所へ。
そして鳴り響く、異音。
「結界が・・・!?」
ここ衛宮邸は簡単な結界が張られている。異物が侵入すれば、たちどころに警報がなるようになっているのだ。
「つまり侵入者が、」
「来たって事さ。坊主」
咄嗟に、身を捻って槍をかわす。
「あ~・・・今日は厄日だぜ。まさか一日に二度同じ人間を殺さねえといけないなんてよ」
槍の持ち主は、先程己の命を刺し貫いていった青タイツの男だった。
「お前・・・!」
「まあ、あれだ。諦めな坊主、それで楽になれるぜ」
―――OK?
「オッケイ!!」
ズドンッ!とロケットスタート。手には新聞紙を細長く丸めたブレード。強化の魔術を行使してある特注品を、青タイツの男の首に叩き込む。
「ほう。お前、魔術師だったのか?」
滅多に成功しない己の魔術だが、どうやら土壇場には強いらしい。
「・・・動くな。当たらないだろ」
「中々面白い事言うじゃねえか、坊主」
再度、新聞紙ブレードを振るう。今度狙うのは相手の目玉。人であれば鍛えられない箇所。
彼我の戦力差はいかんともしがたいが、命中すれば相手に傷を負わせる事は出来るだろう。苦境は好機。
まずは目を潰し、近付き、槍の間合いを失くす。そして格闘戦に移行させる。
―――追い込まれた人間は、狐やジャッカルよりも凶暴だ!
命中する攻撃・・・!
「・・・・嘘、だろ」
「動かなかったぜ?俺は」
目玉に当たっているのに、怯むどころか睨み付けてくる己の敵。
「ただの人間にしちゃ度胸がある方だぜ?坊主。褒美として、俺の『槍』で死んでくれや」
高濃度の魔力が、赤い槍に集まる。
「この一撃、手向けとして受け取りな。OK?」
「嫌だ!!」
「ま、聞いてないんだが、な!!!」
相手の『槍』が発動する前に、新聞紙を眼前に広げる士郎。強化が施されているそれは、まるで盾だ。
そして庭にある土蔵に逃げ込む。
―――何故逃げ道がない土蔵へ逃げたのか?
「グあッ!!!」
土蔵の入り口から、端まで蹴り飛ばされる士郎。
「やっぱりお前、スジはいいな。今のはちょっと驚かされたぜ。世が世なら、俺が鍛えてやってもよかったが」
「…そりゃどうも」
―――誰かに呼ばれた気がした。
「もしかしたら、お前が七人目だったのかもな。まあ、これで終わりなんだが」
己の心臓に迫る槍。
「嫌だって言ってるだろ。・・・自分の生き方は、」
―――誰かが呼んでいる。
「自分で決めるッ!」
―――誰かが。
「・・・!? なん、だと?」
眩む視界。弾き飛ばされる青い男。現れる、騎士。
「―――サーヴァント・セイバー。 召喚に従い参上した」
銀の甲冑姿。きらめく金色の髪。吸いこまれそうな程、綺麗な聖緑の瞳。
―――問おう。
「貴方が私の、マスターか」
微笑んでいるかのような剣の刃鳴りと共に、彼女は現れた。
この光景は、見るものが見れば例え地獄に落ちても鮮明に思い返す事が出来る類のもの。
そしてこの夜を、生涯衛宮士郎は忘れる事はなかった。
―――The best is yet to come.
次回予告
誰だと問う。故にと答える。
だが、人が言葉を得てより以来、問いに見合う答えなどないのだ。
問いは剣か、答えは盾か。果てしない撃ち合いの応酬こそが人との対話。
その間隙にこそ、新たな出会いが潜む。
次回「応酬」
飢えたる者は常に問い、答えの中にはいつも罠。