Fate/チェインクロニクル   作:ブロx

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THE LEGION OF VALIANT HONOUR.







第22話 一対一(後編)

 

 

 

 それが、仲間である男の末路だった。

・・・満足して死んだ筈だったのにその実、黒の軍勢への殺意と憎悪を失くす事が出来なかった憐れな亡者。

 

憎んでなどいない? 完全なる殺意は最早感情ではなく冷徹なる意志?

 

残念ながら、黒に包まれたこの亡霊は違ったらしい。

 

「…………」

 

 亡霊の傍にいたのがアダとなった。

黒泥に呑まれた間桐桜はあたり一面の憎悪に身を濡らし、純粋な感情に包まれていた。 

 

『黒の軍勢とは我々の事だ』

 

『願いを叶える聖杯・願望機とは、人間の事だ』

 

『文明を発展させ、恐怖を絶滅させ、星を喰い潰し光り輝く。 いずれ人類は掛け値なしに何でも出来る存在となるだろう。

おとぎ話に出てくる神々のように』

 

神の火、天の雷霆、宇宙の星々。 さあ次だ。出来ない事は無いとも。

 

いや、失くすとも!

 

 宙の果てのそのまた果てに、地の底のそのまた底に。必ずや辿り着く。

無力が憎い。我らが弱いという事実が、心底心底憎らしい。

 

強い奴が憎い。 自分よりも優れた存在が憎い。 だってずるいじゃないか!わたしはこんななのに、おまえはそんなにも素晴らしい!!

 

―――生きるとは戦うという事。だから何をしても、勝てば良いのだ。

 

『そんな勝者達のリストで、歴史の図書館はいっぱいさ』

 

「――――」

 

 先輩である士郎に会う前、そして会った後も。

彼女がこの感情に気付く事はなかった。 気付いてはならないと蓋をした。

 

そうしなければ自分の中の何かのタガが外れると、無自覚に防衛していたのだ。

 

・・・・そのタガが、今。

 

「―――――違います」

 

『・・・?』

 

 やっと口から出たのは、彼女なりに精一杯考えた末の答え。

未来なんて物は分からないから、今までの人生と境遇を鑑みての答えだった。

 

「否定します。 あなたは、間違っている」

 

?・・・この『感情』を否定すると? 人間が人間たらしめるこれを? 

 

―――ならばお前は人間ではない。

 

「それも違います。 私は人間です」

 

死ぬその時まで。

 

 

 

 

 

 

 男は妹を庇ったせいで、同じく黒に呑み込まれていた。

証明される人間の憎悪と、生きる=戦う事の意味。

 

それらと今までの自分の人生と境遇を鑑みてワカメは、兄は答えた。

 

「全然違うね」

 

何故? だって僕はアイツの兄で、

 

「あんたらみたいに黒でもない」

 

明日はいつだって白紙な、ちっぽけな人間さ。

 

「そうだろ? おじさん」

 

 

 

 

 

 

 女は後輩を庇ったせいで、同じく黒に呑み込まれていた。

証明される人間の憎悪と自分の感情。生きる=戦う事の意味。

 

それらと今までの自分の人生と境遇を鑑みて女は、先輩は答えた。

 

「…違うわね」

 

だって私は遠坂家当主で、

 

「感情っていう単語を辞書で調べてから出直しなさいよ」

 

あの子を守る、一人の人間なんだから。

 

「そうでしょ? 父さん母さん」

 

 

 

 

 

 

 男と女は仲間を庇ったせいで、同じく黒に呑み込まれていた。

証明される人間の憎悪と自分達の感情。生きる=戦う事の意味。

 

それらと、今までの自分の人生と手に持つ剣を鑑みて男と女は、鞘と剣は答えた。

 

「違うだろう」

 

「…違います」

 

俺は守る、私は守る。

 

「人の感情は誰かが雄弁に語れるほど、ちっぽけなモノじゃない。

この胸に宿る光も感情も、憎しみなんていうシンプルな代物でもないんだ」

 

「雑で、幼稚で、御するのが困難な代物だ。今も昔もこれからも」

 

男は片方の手で女の掌を強く握り直す。

 

「―――投影、開始」

 

 イメージするのは、常に最高の物であり最強の自分。 形を成すべきものは己の内に。

彼女を守り、皆を守り、心と身体が黒に呑まれようとも常に輝いているこの炎。

 

浮かび現れるのは一つの鞘。

 

「――――それ、は」

 

 其れはこの胸を切り裂いても見えはせず、この頭蓋を割っても見えてはこない。

場所は未だ遥か遠く、この掌と彼女を想う気持ちにこそある純粋な―――

 

「理想はいつもここにある」

 

好きな人を守る。彼女が、彼女の為に笑えるように。

 

そう願いを込めた衛宮士郎をセイバーは、

 

「―――やっと気づいた。 シロウは、私の鞘だったのですね」

 

深く腕を回して、ぎゅっと、彼の身体を抱きしめた。

 

…今や懐かしい黄金の鞘の光が、聖剣を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

「私達は人間です」

 

それは何ゆえ?

 

「この光がこの胸にある限り」

 

憎しみという光。 それこそが人間である証左。

 

「それだけではないと、先程から言っているのです。何度も言わせないで下さい」

 

・・・・では問おう。 光とは一体何か?

 

「………それは」

 

黒き泥の中で息を吸う。 自分だけの答えを、こうだと言える理由を口にする。

 

「それはッ!!!」

 

「――――サクラ?」 

 

 なかば黒き異形と化している亡霊はそれを見た。

光と呼ぶにはあまりにも小さな、だが決して潰えはしないちっぽけな一滴を。

 

「其れは太古の昔より、遥かなる未来まで!」

 

「平和なる時も…」

 

「混乱の世にも!」

 

「あらゆる場所!」

 

「あらゆる世界に!!」

 

「人間の火ダネとなるものッ!」

 

「それは人間が存在する限り、永遠に続く『輝き』なんです」

 

其の輝き、光の名を『繫がり』・・・あるいは、

 

「 『絆』というッ!! 」

 

 声が重なり、光が広がる。 目が眩むほどに真っ白に。目が白むほど真っ黒に。

・・・それさえ過ぎて。

 

桜達は、蒼穹の道に出た。

 

 

 

 

 

 

「これは………」

 

 瞬きと、呼吸を一回ずつ。

目の前に広がるのは、見覚えのある際限など無き草の原。

風の香りが頬と耳を心地よく揺らし、景色は刺激となって己に還る。

 

「固有結界か?」

 

「いいえ、違いますシロウ。 心象風景ではない、これは純粋な世界です。しかしここは…?」

 

 この風、この肌触りこそ己の原点。きっとここが世界の果てだ。

この景色を一度見たならば、誰しも必ずや魂に焼き付き離さない。

 

「―――マナが、魔力が濃い。 ここ……私達の世界じゃないわ!」

 

そうその通り。

 

ここは我らが駆け抜けた大地。かつてユーリ隊長とオイラ達が、皆等しく心に刻み付けた草原だ。

 

「・・・・え?」

 

この世界を君達が肌で感じる事が出来るのは、

 

「―――ここがッ!! 我ら全員の心の故郷であるからさ!!!!!!!」

 

曰く、最果ての地。

 

曰く、はじまりの大陸。

 

曰く、最後の楽園。

 

曰く、遥か遠き理想郷。

 

「・・・あ、あれはッ!?」

 

 足音。具足音。蹄の瞬き。

貞淑なる草の原は旅人を、そしてそこに住む人々を優しく歓迎し、自然の原風景を魅せ付けてくれる。

 

絶景とは、故郷とは古来よりそういうものだよ。

 

「そうだろう? 隊長ッ!!!!」

 

 黒の軍勢たる泥と神父、そして冬木の義勇軍目掛けて鬨の声が上がる。 

人数は二、四、六、八、………測定不能。

 

「ユグド大陸にようこそ!!!そしておかえり!!!! ユーリ隊長!!!」

 

「きっとこの日が来ると、信じていましたッ!!! 団長!!!!!」

 

―――草原に揃っているのは軍団であった。

 

 この大陸を救い、黒を滅したあの軍団。

長き時が流れ、彼らが皆死して御霊となりしも、この地を守り続ける偉大な英雄・英傑達。

 

―――人々は其の名を、義勇軍と言った。

 

「見よ!!! 隊長たる貴方が創った、この無双の軍団を!!!!!!」

 

「肉体は滅び、その魂は各大陸の英雄として召し上げられて、それでも尚この場所に馳せ参じる伝説の義勇軍!!!!!」

 

「貴方との魂の繫がりこそが我らの絆!!! 俺達の光!!!!!!!」

 

「義勇軍が誇る最高の宝、―――チェインクロニクルなり!!!!!!!」

 

 

『―――おぉォオオオオオオオオオオオ!!!!!!』

 

 

 過去・現在・未来。 全ての時間においてツカム達義勇軍と心を通わせた者達の集い。

そこには角生えた侍が、魔法使いが、癒し手が、土妖精が、森妖精が、騎士達が、弓使いが、白に屈しない者が、銃を持った傭兵達がいた。

 ・・・薄命を決められた種族達がいた。ケ者が、罪に身を焼かれた猛者が、黒と戦う戦士が、万象鏡という未来が、アトリエを持つ者が戦場の戦乙女がうたわれるものが太正時代の防人が七罪の英傑が光り輝く者達が軌跡の英雄が弾丸で論破する者がダンジョンにもぐる冒険者達が円環の魔法少女達が記録の地平線に刻まれた友がまおーとその仲間達が―――。

 

皆、ツカムと志しを同じくした義勇の獅子達であった。

 

「…久しぶりね、アンタ」

 

「―――君は」

 

ユグド大陸義勇軍・両翼の左、特攻隊長兼『魔法兵団隊長』エフィメラ。

 

「俺もいるぜ! 隊長!!」

 

ユグド大陸義勇軍・中軍首将、『赤誠の雄』カイン。

 

「私もいるよ。 隊長さん?」

 

「カイン、ミシディア・・・」

 

ユグド大陸義勇軍・遊軍首将、『正鵠の射手』ミシディア。

 

「私は仲間外れですか? ユーリさん」

 

「マリナも・・・」

 

ユグド大陸義勇軍・後軍首将兼兵站頭、『篤実の癒し手』マリナ。

 

「―――きっとまた逢えると、信じていました。 ユーリさん」

 

ユグド大陸義勇軍・宰相、『年代記の管理者』フィーナ。

 

「フィーナ。 ・・・・久しぶり」

 

「ええ。 私、とっても逢いたかったです!」

 

「ちょっとちょっと!ぼくもぼくもぼくもッだよーーー!!!?」

 

ユグド大陸義勇軍・両翼の右、奇術師兼『候補生』チアリー。

 

「・・・ぉお、相変わらずだな。チアリー」

 

「えへへー!!ぼく達、種も仕掛けもありませ~ん! ね?パーシェルさん!」

 

「フフ……ご無沙汰を。隊長様」

 

ユグド大陸義勇軍・先手大将兼聖剣騎士団、『静謐を誓願する枢機の聖騎士』パーシェル。

 

「パーシェル卿。 ・・・君のその髪を見ると落ち着くよ」

 

「まあ! 相変わらずで安心しました」

 

「軽口も程々にしておいた方が良いですよ? ユーリさん」

 

「 フィーナごめん 」

 

「…まあ良いではありませんか。隊長さんとまた逢えて、皆嬉しいんですよ。 勿論私も」

 

ユグド大陸義勇軍・斥候頭、『微笑み深める悪魔』アンジェリカ。

 

「もうずいぶんと時間が経ってしまった感覚ですが、私達が為すべき事は今も一つです。 ユーリさん」

 

「アンジェリカにリリス・・・?」

 

ユグド大陸義勇軍・中軍次将兼大治癒頭、『未来に祈る聖女』リリス。

 

「これはあれか? 俺は夢でも見ているのか?」

 

「―――隊長さん。 眼前の全てを受け止め、勝機へと変える。昔そう教えた筈ですよ?」

 

ユグド大陸義勇軍・先手大将、『太平の礎』チドリ。

 

「チドリ殿の言う通りだ。 私の主である貴殿は、そんな軟弱な精神を持っていなかった筈だがな?」

 

ユグド大陸義勇軍・遊軍首将、『主求めし剣豪』ムラクモ。

 

「チドリ、ムラクモ。 しかし俺はもう死んで・・・・」

 

「私達、ですよ。 ユーリさん」

 

 ツカムが目を凝らすと、確かにここに集っている義勇軍の皆は生身の人間ではないようだった。

遠い異世界から馳せ参じた者、寿命を迎えた者、そして散った者。 皆須らく生を全うした、かつての仲間達であった。

 

「ししし! ツカム、驚いてるね!!」

 

「―――まさか、これはピリカが?」

 

「ううん、違う。 これは正真正銘!隊長であるツカムが成し遂げた事だよ!」

 

 ユグド大陸を救った義勇軍はツカムが死した後も、皆自分達の出来る事を精一杯やった。

隊長の遺志を継ぎ、大海を超え、ケ者、罪、薄命、鉄煙、年代記、そして黒。

 

全てのステージ、大陸をその足で踏破し文字通り世界を救った。

 

 ・・・普通であればこの義勇軍は、解散して終わる筈だった。

この軍団の長が死に際で言った解散宣言。 皆散り散りになって世界の命運など知らぬ、故郷さえ無事であればと。

 

「でもそうはならなかった。 ならなかったんだよ、ユーリ」

 

「―――俺達は貴方に恥じぬ生き方をしたい」

 

「死した貴方を想って悲しみに暮れた日々は長かった。 だけどっ!!」

 

「フィーナさんを!私達の仲間を助ける!!」

 

「貴方の生き様を語り継ぐッ!!」

 

「それがこの、貴方の義勇軍なんです!!!」

 

 ここに集った数多の人々に、ツカムが見知った者はそれほど多くはいなかった。

イリヤの様な少女もいれば、全身が機械の人間。剣を持ち、フィーナによく似た女性。

 

 戦いを好む者嫌いな者。

生前では見た事も聞いた事も無い戦士達。 だがその瞳の色だけは見覚えがあった。 

 

『 守る 』

 

防人の想いは、古より皆同じ。

 

「―――さて。 昔話に華を咲かせるのは、もうちょっと後にしましょう」

 

「ユグド良いとこ一度はおいで。 ・・・ただし黒の軍勢、テメエらは駄目だ」

 

「よく見ればあんな小さな女の子を磔にして愉しんでるだなんて。―――人として許せません」

 

「人として? 皆、俺達はもう死んでるんだからもう人じゃな・・・・」

 

張り手が、ツカムの頬めがけて飛ぶ。

 

着弾、今。

 

「……アンタ、ムラクモの言った通り本当に軟弱になったみたいね」

 

「――――」

 

「見なさいよ、この様を」

 

 空の大孔。磔にされているイリヤ。溢れる泥。黒に染まる大地。愉しげに嗤う神父。

目を丸くして立ち尽くす、ボロボロの桜達人間とサーヴァント達。

 

「これを見て何も思わないの?」

 

・・・・・・。

 

「何も感じないの?」

 

・・・・・。

 

「自分が自分で無くなるって、胸が震えないの?」

 

・・・・違う。

 

「義勇軍って何? 困ってるヤツを見て何もしないごく潰しの事? 

ただそれっぽい正論を叩きつけられて、黙ってるだけのヤツラの事?」

 

・・・違う。

 

「教えてよ。 アンタが創った義勇軍ってのは、どんな阿呆の集まりなの?

義と勇の軍団ってのは、一体どんなゴミ集団なのッ!!?」

 

「違うッッ!!!!!」

 

違う。この炎が消えない限り。そう、この胸に宿す炎が消えない限り。

 

 

――――俺は死んでも義勇軍だ。

 

 

「義勇軍とはッ! 誰よりも鮮烈に生き!!その地に生きる人々を守る者を指す言葉ッ!!!!」

 

「然り! 然り!! 然り!!!」

 

「人々の営みを守護し、その盾となる者こそが義勇軍ッ!」

 

 断じて許せない。

この現状が、この胸の炎が、俺の宝物達が、

 

俺に剣を振れと。 憎悪を蹴散らし『闘え』と教えてくれる。

 

―――人は独りじゃなければ何時だってそれを忘れない。 そうだろ?相棒。

 

―――ああ、相棒。

 

「ゆえに!!! オイラ達はッ!!!!」

 

「私達は!!!!!!!!」

 

「俺達は孤独じゃない!!!! その意志は!全ての義勇の志しを持つ者達の総算たるがゆえに!!!!!!!!!」

 

「応!! 応!!! 応!!!!」

 

「義勇軍!陣形編成!!インペリアル・クロス!!!!」

 

「あいつを見張れ!!!」

 

「そいつを見張れ!!!!」

 

「我らが敵をッッ!!!!!! 根絶やしに!!!!!!!!!!!!」

 

絆アビリティ総軍開放。

 

「 光をつかむ!!!!!!!!! 」

 

『応オオオオおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』

 

『ズェアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!』

 

 

・・・義勇軍と黒の軍勢。 今や伝説となった戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

塵一つ残すな。 叩き潰せ。 この大地にテメエら黒は必要無い。

 

憎しみだと? 悪だと? 我らを黒に染めるだと?

 

「………ハ。 アタシ達を染めたければその三倍は持って来いというのよ。

―――そうでしょ? チアリー!!!」

 

「トリックマジック!!!」

 

 眼前の光景は驚天動地の事態ゆえ、例え話をしよう。

位置エネルギーという物がある。 とある大佐がエンストした車に利用していた、ガソリン・ハイブリッドに次ぐ次世代エネルギーだ。

 

 ユグド大陸義勇軍・両翼の右、すなわち攻撃力が全軍の中で最も強いチアリーはそれを奇術に利用した。

彼女が杖を天に掲げると、魔力によって生成された全長6.1m、直径30cmの金属棒がこの惑星の周回軌道上に展開される。

 

絶大なる位置エネルギーによって音速の十倍もの速度が出るそれを、あとは敵めがけて落とすだけ。

 

「種も仕掛けもありませ~ん!☆」

 

連続で。

 

「ワン・ツーゥ…………じゃアアん!!!」

 

 ゆえに彼女はたった二人しかいない我が義勇軍左右両翼の一。 

義勇軍の力の象徴。最強の杖。

 

 チアリー以外がこれをやれば味方も吹き飛ぶだろうが、彼女は奇術師。

奇跡の術の一つ二つ出来ずして、その肩書きは名乗れない。  

 

「これは奇術! 味方にはダメージが通らないのです♪」

 

「良し、いつも通りね。その調子よ」

 

「はい! エフィメラさんも!!」

 

「…チアリー、貴女誰に言ってるの? アタシはあの磔にされた子を助けんのよ!!!」

 

 黒い泥が疾風の如き速度で鎌を持つ女性を襲う。 既に全速で駆け出しているその人は避けられない。

驚愕に見開かれないその美しい双眸。動きを止めない柳腰と、風を斬り裂く青糸の髪。

 

「雑魚が群がっちゃって―――」

 

 その容姿と気高い心持ちが、かつてどれだけの人間を虜にした事だろう。

だがそんな彼女に触れる事は彼女自身が許さない。

 

「―――エアリアルッ!!!」

 

 ユグド大陸の魔法使いは、基本的に近接戦闘はしない。 それは敵に近付く必要が無いからだが、彼女は例外。

遠距離から魔力弾を放ち、近距離では大鎌を振るう。

 

つまり彼女を相手取る場合、襲い来る魔弾と迫り来る凶刃を同時に処理しなければならないのである。

 

 闘いが好きなエフィメラは、このスタイルを終生変えなかった。

義勇軍隊長が死んだ後も、彼女だけは悲しみに暮れて立ち止まる事はしなかった。天寿を全うしても。 

 

―――何故なら、

 

「アタシはアイツの義勇軍の一員。その名を世界中に刻む、アイツの名を永久に遺す。 死んでもね」

 

 ゆえに彼女はたった二人しかいない我が義勇軍左右両翼の一。

義勇軍の力の象徴。最強の矛。

 

 ・・・風が意志を持つ。黒き泥は竜巻の如く宙を音速で回り、

その竜巻の目に座す荒神は大鎌を高々と掲げ、力強く全てを振り斬った。

 

「ここを何処だと思ってるの?」

 

彼女の前に埒が明く。

 

「ユグド大陸よ。アタシの故郷よ。アイツの故郷よ―――」

 

マナを足に充填。

 

「 どきなさい。アタシ達の歩く道よ 」

 

 飛翔する蒼穹の黒。

エフィメラがイリヤをその手で掴み、くるりと着地した。

 

 こちらを見やる義勇軍隊長。

それ目掛けて、『ユグド大陸義勇軍・両翼の左』エフィメラは握った拳の親指を天に掲げた。

 

 

 

 

 

 

「すげえ・・・」

 

 慎二は一つの伝説の目撃者となっていた。

今や空の大孔から無限に湧き出ている黒泥が形を成し、二足歩行四足歩行の怪物となっている。

 

それを一匹残らず、そして誰も彼もが立ち止まらず駆逐している。

 

 皆、ツカムと同じく生者ではなく亡霊の類。 何がこの軍団を駆り立てているのか。

何が彼らをこうも動かすのか。 

 

意志か?義勇か?―――名誉の為か? 

 

「・・・祖国の為か?」

 

「いや、自分の為だ」

 

「アーチャー・・・?」

 

「彼らは我々の世界で言う英霊だ。 それも、一人一人が十全に力と宝具を発揮している大英雄。

敵が世界を滅ぼすモノだというのだから、この人数の意味は理解できる。

・・・・が、私には眩しすぎる」

 

今ここで動かなければ、火が消える。 この胸に宿る何かが曇る。

 

「―――こういう人間達が、いたのだったな」

 

自分が自分で無くなる。

 

忘れていた想いを、弓兵は思い出していた。

 

「これなら勝てる・・・か?」

 

「いや。 どうやら敵もさるものらしい」

 

「な―――ッ!?」

 

 孔より溢れる。いや、孔がひび割れ噴出する黒き軍勢。

願いを叶える為、君の為、皆の為。

 

それは余りにもおぞましく、そしてこの場にいる義勇軍総軍をゆうに覆う程の夥しい数であった。

 

「義勇軍音楽隊!!!斉唱!!!」

 

「円陣防御!!! 皆様、今のうちに!!」

 

「・・・おい衛宮!それにセイバーも! 速く後陣に下がろうぜ!?」

 

憎い。

 

「―――イリヤスフィールはもう退避しましたね? シロウ」

 

「ああ」

 

憎い。

 

「聖杯を破壊します。それが、私の役割です」

 

 判る筈だ。 ここで為すべき事が。最適解が。己の願望が。

わたしが消えれば想い人も消える。

 

別れなど、おまえも誰も望んでいないだろう?

 

「マスター、命令を。 ……貴方の命がなければ、アレは破壊できない」

 

憎い。憎い。 おまえ達とわたし達の一体何が違うという。

 

「―――シロウ。貴方の声で聞かせて欲しい」

 

ただ自らのやりたい事を行い、願いを叶えようと生きているおまえ達と何が―――

 

「セイバー。――――その責務を、果たしてくれ」

 

『承認・風王結界解除。 是は、我が鞘と心の選択である』

 

「 シールサーティーン・デシジョンスタート 」

 

十三拘束解放――円卓議決開始。

 

『是は、己より強大な者との戦いである』 サー・ベディヴィエール 承認

 

『是は、私欲なき戦いである』  サー・ギャラハッド 承認

 

『この戦いが誉れ高き戦いである事!』 サー・ガレス 承認

 

『是は、精霊との戦いではない』 サー・ランスロット 承認

 

『共に戦う者は勇者でなくてはならない』 サー・ガウェイン 承認

 

『心の善い者に振るってはならない』  サー・トリスタン 承認

 

『是は、生きる為の戦いであるッ』   サー・ケイ 承認

 

『是は、人道に背かぬ戦いである』   サー・ガヘリス 承認

 

『是は、真実の為の戦いである』 サー・アグラヴェイン 承認

 

『是は、邪悪との戦いである!!』   サー・モードレッド 承認

 

『是は、(ひとつ)一対一(ひとつ)の戦いである』 サー・パロミデス 承認

 

『是は、我らが王の闘いである』 サー・パーシヴァル以下全円卓の騎士 承認

 

―――騎士王よ。 この闘いは我らと彼ら、一つの雌雄を決するものなれば。 

 

「そして是は、世界を救う戦いである」

 

アルトリア・ペンドラゴン 『アーサー』  承認。

 

「 エクス――― 」

 

光が見えた。 あの日あの時あの場所で。

 

輝きが見えた。 この心と身体と魂で。

 

其れは尊き眩い黄金の―――

 

「 カリバーッッッ―――!!! 」

 

 

 

約束された―――勝利の剣。

 

 

 

 

 

 

 羽の付いた妖精が、一冊の本を持ってくる。

英雄王との闘いの折、ツカムの胸にしまってあった物。

 

クロニクルと書かれたそれは、彼とこの世界を繋いでいた。

 

「ピリカ。 お疲れ様」

 

「お疲れユーリ! さっきのすっごく綺麗だったね!!」

 

異世界の聖剣、その一閃。 それは見た者に起源の感情を思い出させる煌き。

 

「ああ。 彼女達の光だ」

 

 騎士王の聖剣によって、黒の軍勢はおろか空の大孔も跡形無く消えていた。

この大陸と冬木の街。 彼女らの世界とこちらの世界。

 

「世界を救う光………。 すごく格好良いね!」

 

「ツカムさん! ご無事ですか…!?」

 

 冬木の義勇軍団長の桜と、ユグドの義勇軍団長ユーリが揃い踏む。

先程の閃光を前に息を呑んだのだろう。 桜は肩を上下しながら、息もたえ絶えに男の前に走り寄った。

 

・・・桜の左手の甲には何も無い。 最初から、綺麗なままだったかのように。

 

「―――もう、行ってしまうのですか…?」

 

「ああ。 フィーナが、皆が俺を待っているからね」

 

 夢幻の如く、ユーリと桜の身体が徐々に薄れて往く。

彼女は彼女だけの世界で、彼は彼だけの場所で。

 

 本来ならば、二人は出逢う事などなかった。

しかしあの暗い夜に運命は廻り、彼らは繫がっていた。

 

そしてこれからも。

 

「…そうですか。じゃあ私も連れて行って下さい。 まだまだ貴方から色々と学ぶ必要がありますし、それに私………」

 

 微笑む男の顔は、桜が初めて見た笑顔だった。 何でそんな表情を浮かべているのか。まだまだ私達の闘いはこれからなのに。

 

その口から教えて欲しい。 貴方の光、私の光。・・・・だって、だって、

 

・・・・・限界だった。

 

「―――わたし、私ッ!! お願いします!!! 一緒に行きたいっ!」

 

「サクラ・・・・」

 

 彼にだけはこの手を振り解けない。

苦楽を共にしてきた仲間。大切なマスター。 

 

―――この胸の中で震える身体。 こんなにも健気で美しい女性。

 

 ・・・傍で見守りたい。

そう胆を決めた男は両拳をぎゅっと力強く握り締め、

 

「―――バカな事言うんじゃないよ」

 

しっかりと、間桐桜を拒絶した。

 

「また暗い蟲蔵の中へ戻りたいのか? やっとお陽様の下に出られたんじゃないか」

 

「………」

 

「な? お前さんの人生はこれから始まるんだぜ? 俺のように、亡霊なんかになっちゃいけないのさ―――!」

 

・・・でも。

 

「あ、そうだ!困った事があったらさいつでも言いな? 義勇軍隊長は異世界からだってすッーぐ飛んで来てやるからな!」

 

また逢えるのか。

 

「………―――」

 

・・・もう、逢えないのか。

 

桜の額に触れる暖かい温度が、その答えだった。

 

「・・・達者でな、サクラ。 さようなら」

 

歩き去る男の背中。 それを迎える彼の義勇軍。

 

「ユーリさんッッッ!!!!」

 

死者は生者の歩みを止めず。 ただ黙して見守るのみ。

 

「ありがとうっ! 義勇軍の皆さん!さようならっ!!!」

 

 手を振る桜。

握った拳の親指を天に掲げる男達。 桜はこの先もきっと信じ続けるだろう。 

 

きっと、きっとまた逢える。

 

 

『―――良い子だったな、隊長』

 

『・・・・』

 

『ねえアンタ。別に、あっちに残ってもいいのよ?』

 

『よせやい。 ―――ただいま、皆』

 

だって、ここが彼らの帰る場所。

 

『 おかえりなさい、ユーリ団長 』

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

一人の男と、一人の女が、常闇の中を閃光となって流れた。
一瞬のその光の中に、人々が見たものは。
愛、戦い、運命。
今、全てが終わり、駆け抜ける悲しみ。今、全ての始まり。
煌きの中に望みが生まれる。
最終回『徒桜』
怖くとも。遥かな時に、命を懸けて。




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