◇前回のあらすじ。
手に入れれば何でも願いが叶う聖杯という戦利品。
それを巡って起こる戦争の舞台、ここ冬木の街。
魔術師・間桐桜は異世界人ツカムと戦争に参加する事を決めた。
親しい人に降りかかるだろう、戦という名の火の粉を払う為に。
そしてここは間桐邸のとある部屋。しかしそこでは間桐桜が大説得をしていた!
「・・・つまりどーゆーことなワケ?」
「つまり、兄さんにも協力してもらいたいんです」
「いやいやだからさ、お前戦いたくないんじゃなかったの? 召喚したサーヴァントは僕にくれるって言わなかったっけ?桜」
―――ていうかさ、
「お前。何僕に命令してるワケ?」
「命令じゃなくてお願いですよ?兄さん」
彼の名は間桐慎二。桜の兄。
だが血の繫がりは無い。二人は義理の兄と妹。決して枯れない桜がある島が舞台であれば彼にもロマンスがあったかもしれない。
「ロマ~ンスの神様~」
「お、この音楽いいね。君!中々良いセンスしてるじゃないKA!」
「あとこいつら何だよ」
ここは桜の兄である慎二の部屋。ちょっと古臭い音楽を聴いて自分は物知りみたいな優越感に浸っていた彼は、
①ドアは蹴破られる。②胸倉は掴まれる。③急に妹が戦争に参戦するとか言い出す。④知らない妖精は歌い出す。⑤お次は初対面の男が勝手に他人の部屋に転がり込んで音楽に合わせてノリにノリ出す。⑥こいつら一体誰だよ!?
⑦今日から僕も、晴れて魔術師の仲間入りだと思ったらそんな事はなかったってか!
⑧「一体地下で何があったのか教えろ桜!!!」
「 駄目だ 」
桜とツカムとピリカのハモる声。
「・・・・・じゃあこれだけ聞かせろ。後ろにいるでかい女は誰だ?」
「私が召喚したサーヴァント。ライダーです」
「なあライダー、僕に事情を説明してくれないか。お前なら何か知ってるんだろ?」
キョロつくライダー。何か変なものを見たかのような動き。
「・・・ああ、私疲れているのですね。海藻が喋る訳ないじゃないですか」
「誰がワカメだ!!!誰が!!!あとこれは地毛だ!」
ため息をつく慎二。どうしてこうなったのか・・・。
「叔父さん、僕を助けてよ・・・」
思い起こすのは十年前。海外で遊学していた彼はある日、ふと、夢枕に己の叔父が立つのを見た。
『お、おじさん?…何で』
『―――――』
自分に叔父がいる事は聞いていた。会った事はないが、ひと目でこの人物が自分の叔父だという事はこの時何故か分かった。
『―――――』
叔父はじっとこちらを見ている。何か言おうとしているのか?いや、そもそも叔父は死んでなどいない筈だ。つまりこれはただの自分の夢。そうに違いない。
『雁夜おじさん!!一体何だっていうんだよ!!消えろよ!!!』
何も言わずに消えていくおじさん。
『・・・・え?』
―――その双眸が、「お前が守れ」と告げていた。
言葉の意味など当時の間桐慎二は考えなかった。ただ、託された。幼心ながらそれだけは理解した。そして叔父が死んだと聞いたのは、彼が帰国した時。
『愚かな男だった。お前は、あんな風にはなるな』
冷たく告げる己の父。
愚かな人が、あんな眼が出来るだろうか。夢枕に立ってまで、誰かに何かを託すだろうか。
『ああ、僕はこんな風にはならないよ』
―――何を守れと、叔父は言ったのだろうか。
『慎二お兄ちゃん』
『桜、元気にしてたか?』
自分には分からないが、
『お兄ちゃんが、ついてるぞ』
―――兄として、妹の一人くらいは守ってみようか。
「…まあ、守れなかったわけだけど」
「兄さん?」
胸倉を掴む妹をみる慎二。叔父から託される前から、この義妹はもう壊れていた。
「いいさ、協力してやるよ。この冬木に住む有象無象がどうなろうが知ったこっちゃないけど、自分の命は惜しいしね」
「ありがとうございます、兄さん」
「礼は要らない」
―――こんな自分に礼など、本当に要らない。
「で?そろそろあんた達の事を教えてもらえないかな?僕は桜の兄の間桐慎二だ」
「よ!ワカメの兄ちゃん!オイラはピリカ。ハードボイルドな妖精さ!」
「俺はツカム。元義勇軍の隊長だ。ユグドという大陸で魔物退治をしていた」
「・・・OK。だいたい分かった。気を悪くしないでくれよ?あんたらただの変態だろ?」
「失礼しちゃうな!」
「全くだ」
―――妖精がハードボイルドってなんだよ。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだとか言い出すのか?英語で。あとツカムって何だよ名前かよ。
「得体が知れないって言ってんだよ!!何だよ義勇軍って!一体どこの英霊だどこの!?」
「兄さん聞いてください」
兄の胸倉から手を離し、正座する桜。
「彼らはライダー召喚の際について来た方々です。英霊ではありません」
「・・・・・は?それこそ嘘だろ。お爺様がそんな奴を生かしておくわけが」
「お爺さまは死にました」
――――。―――――え?
「桜、お前何言ってる。あの妖怪がくたばる訳ないだろ」
「いいえ、確かです。ツカムさんが斬り捨ててくれました」
「私もはっきりと見ました」
桜に肯定するライダー。
――――ありえない。ありえないだろ。だって、だってあいつは、妖怪なんだぞ?
『・・・慎二。お前はあやつに似ておるな。その愚かさ、その無知蒙昧。お前の叔父そっくりよ』
思い起こすのは遥か昔の事。御伽噺の正義の味方のように、妖怪退治が自分でも出来ると勝手に思い込んでいた頃。
真実を知ってから、妖怪に何度も立ち向かった。何度も倒された記憶。
『不死身の妖怪が・・・!』
『慎二。何故、ワシに立ち向かう?お前に罪はない。
それとも、桜の境遇だけでなくお前の叔父の最期でも何処からか聞いたか?
ああ・・・気の毒な事よ。あやつは罪の意識に苦しんでおった。どれ、お前の叔父の雁夜の事を教えてやろうか。
あやつはマキリ史上最低の出来損ない!!ただ、己の本心を見ない事が上手かっただけだ。
良い事があれば、自分は誰かの為に戦っていると一人勝手に悦に入る。悪い事があれば、自分は誰も救えないなどと一人勝手に悲嘆する。中でもあの、桜を救う為に聖杯戦争に参加するとか言った時のあやつの馬鹿面!中身は自分の保身ばかりだ!
全く以ってクソと同じよ!!』
『・・・黙れよ』
『お前もそうであろう?慎二。あるのは己の保身だけ、我が身可愛さ。桜を守る僕は格好いい、可哀相な桜を守るお兄ちゃんな僕は妹より勝っている!
・・・自分をよく見てみよ今の自分の姿を。雁夜と同じ、最低の自分をな』
『黙れ!!!』
『・・・ああ、悪い事は言わぬワシを怒らせるな。ワシを本気で怒らせると、怖いぞ?
慎二、よく考えてみよ雁夜のように生きるかワシに利用されて生きるか。どちらがお前にとって得か、頭のいいお前なら考えなくても分かるであろう?
ワシにつけば、今までの事は無かった事にしてやる。桜の身体ぐらいくれてやろう。欲しがっておったろうが?』
『・・・、それは』
『年頃の男と女が一つ屋根の下におれば、誰であれ抱く欲望よ。ましてやあの肢体。卑下する事はない。お前は、悪くない。
我々は仲間だ慎二。ワシと共に、間桐の本懐を遂げようではないか。毎日が楽しいぞ?
望みを言ってみよ。欲しいものは何だ?何だってくれてやる』
『……ほ、本当に、』
『ぬ?』
『本当に…お…お爺様の側につけば、さ、桜だって何だって…くれると…い…いうのですか?』
『ああ勿論だとも。おお、与えようではないか慎二よ。さあ何が望みだ?』
『今すぐ貴様を、地獄に落とす事だ』
―――逆に僕が地獄・蟲倉に落とされたわけだけど分かった事があった。それは僕では妹を守る事も、この妖怪に勝つという幻想も抱けないという事だ。
あの妖怪は死なないし、桜は救われない。
「なのに、お前は、衛宮は、」
「・・・・」
「ワカメの兄ちゃん?」
この得体の知れない男と、どこぞのブラウニーはやってのけた。桜に自由を取り戻させた、桜に笑顔を取り戻させた。
「義勇軍っていったか?僕はお前みたいな奴を知ってるよ。強きを挫き弱きを助く。まるで御伽噺に出てくる正義の味方!
ああ頼もしい勇ましい!!・・・クソと同じだ!!!」
羨ましい。お前達と、自分は違う。
「気持ち悪いんだよ、お前達。自分は人に出来ないことが出来る。いいや、自分は出来なきゃいけない!やらなきゃならない!!
脅迫でもされたわけ?おかげで周りはいい迷惑だよ」
目を見開きながら、呪う。
「あんたらみたいな小理屈が聞かない連中が横溢するようになったら、この世界は終わりだよ。強大な力に反抗して、それでも勝つような人間がいたらそれは英雄様じゃないか!
そんな人間、英雄未満の奴からしてみれば自分の人生の邪魔でしかないんだよ!! 何でかって?何故ならこの現実の世界では、英雄未満の奴がのさばり世界を創っているからさ!」
慎二の姿を見て、ツカムは思う。己の死因を。端から見ればつまらない死に様だった己の最期を。
「必ず、英雄は滅ぶ!滅ぶべくして!!例えば道端で見ず知らずの奴に一突きされて、友に騙されて、糾弾されて、蚊に刺されて、アキレス腱を射抜かれたりしてね!!!」
―――だから、さっさと僕の世界からいなくなれよこの幻想が!!!
「・・・兄さん」
兄が自分に優しいのは、己の満足感を満たす為。幼少の頃桜はそう思っていた。キラキラとした目で自分の面倒を見てくれる兄。
誰かから言われでもしたのだろうか?こんな自分の相手をするようにと。
こんな弱い私、汚い私の面倒を見る?まさか助けてくれる?
幻想だ、そんなもの。思考の錯覚だ。
「兄さんは、」
そんなある日、兄の目の色が変わった。自分と同じ、生きながら死んでいるような暗い瞳に。
・・・でも、
「兄さんは変わりませんでした」
「・・・・・ああ?」
「兄さんは、英雄であり続けてました」
目の色が変わっても、兄のする事は変わらなかった。依然変わりなく自分の面倒を見てくれた。優しい兄で居続けてれた。
守ってくれていた。
「お前の勘違いだ」
「勘違いじゃありません!!!!」
こんな穢れてる自分と、話をしてくれた。辛い時は優しく抱きしめてくれた。
『お前には僕がついてる。それはお兄ちゃんが約束してやる』
遠い彼方の誰かのように。
私は、嬉しかった。
「―――慎二お兄ちゃん。桜を守ってくれて、有難う」
『お前が守れ、あの子を』
「・・・・・・あぁ」
―――お願いだ。礼なんてやめろ。
自分は守れなかった。叔父さんから託されたのに、何も出来なかった。それが己の人生で、今まで歩んできた自分の道だ。
その道が。今までの自分が、間違っていなかった等と間桐慎二は信じていない。
祖父を打ち負かす事も、妹を守る事も出来ない英雄未満の自分。
抱いていた己の幻想が壊れた後でも桜に接してきたのだって、ただ惰性で続けてきただけだ。自分の意思などないはずだ。
だから未来永劫、間桐慎二は己を呪う。己の無力を呪っていく。
―――だが、それでも。
「―――それでも僕は、間違えてはいなかったのか……?」
「はい、兄さん…!」
答えは、一つだった。
◇
「いい兄妹愛だね・・・。トウカとハルアキを思い出すよ、ツカム」
「ああ。懐かしいな」
ツカムが思い出すのは義勇軍に所属していた鬼族の兄妹の事。数多の試練を乗り越え、本当の家族となった兄妹達。
「水を差す様で悪いけどお二人さん。これからまずどうするんだい?」
「…そうですね。まずは結成式をしましょう」
「は?結成式ってなんだ?」
「兄さん・・・。何の為に部屋の扉をぶち壊したと思ってるんですか・・・」
落胆する桜。
「え?何?ただの嫌がらせじゃないのか?」
「協力して下さいと言った筈です!」
「胸倉掴まれながら言われてもな!・・・協力するのは別に構わないけど、それで一体何を結成するんだ?」
「決まってます」
―――守るんだ。掴むんだ。今度は自分から。
「義勇軍!ここに結成です!!」
団長・間桐桜。 団員・ライダー、間桐慎二、ツカム、ピリカ。 義勇軍総勢5名。聖杯戦争に参陣!!!
「・・・え。私もですか?サクラ」
「当然です。何を言ってるんですかライダー。筆頭は貴女なんですよ?」
忘れ去られていたライダーと義勇軍の明日はどっちだ。
次回予告
人の運命を司るのは、神か、偶然か。それは、時の回廊を巡る永遠の謎掛け。だが、男の運命を変えたのは、最優と呼ばれたあの女性。かつて生死の狭間の中で走り抜けた戦慄が、今、冬木の街に蘇る。
次回「意志」
土の工房の中から、剣が微笑む。