Fate/チェインクロニクル   作:ブロx

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第17話 灯り (後編)

 

 

『―――シロウ。 私が望むのは、選定のやり直しです』

 

『あんな無道の極みを民に喰らわせた王は、私は、間違い以外の何物でもない』

 

『いる筈なのです。 あの日あの場所に、私以上に王に相応しい者が』

 

・・・それは真摯に見えた。美しく見えた。綺麗だとも。

 

『選定の剣。 王を決める黄金の剣。私という出来損ないをどうか、どうか無かった事にして欲しい』

 

だから許せなかった。

 

『・・・ふざ、けるな・・・・・』

 

断じて許容なんて、出来なかった。

 

『――――ッふざけた事ッ!言ってんじゃねえッ!!!』

 

 それだけは認めるわけにはいかなかった。

だって、それじゃあまりにも、

 

『お前はもっとッ自分の幸せを考えろッ!! 自分自身の為の、願いを叶えたっていいんだ!!!』

 

報われないじゃないか。

 

『―――私の。 自分の幸せ?』

 

 意外だとも、心外だとも取れるその口元。

 

それは冷笑と呼ばれている。

 

『それは貴方もでしょう? シロウ』

 

 大切な物を、誰にもばれないように隠した。

誰にも見つからないようにと、しっかり。

 

『……貴方は自分の意志で、この聖杯戦争を闘い抜くと言った。

私と共に戦場を駆け、闘い、この冬木の街を守りたいと』

 

なのに目の前の人物は、それをこれ見よがしに見せ付けてきた。

 

『―――死にたいからでしょう? 十年前の罪滅ぼしを遂げて、あの火の海に戻りたいからでしょう?』

 

『違う、・・・・違う。俺は死に場所なんて求めてない。ただ自分の意志で闘って、誰かの為にありたいだけだ』

 

『あの地獄を一人生き延びてしまった申し訳なさと、悔恨で。―――でしょう?』

 

『・・・・・―――』

 

『人間には種の保存という名の、利己的な理想と幸せが詰まっています。この惑星上のあらゆる生命は子孫を引き継ぐ為に生きる。

そう設計されていると、私は知己の魔術師に教わり、そして体験しました。その方程式が故に争うと』

 

『でも、貴方は違います。…貴方は私と同じ。過去も未来も無い。 この瞬間だけを生きる、それだけの存在だ。

人間は、人を幸福にするようには創られてはいません。

この世に生れ落ちた時から、人を不幸にするように運命づけられている』

 

『・・・・そんな、』

 

『私が最後に殺した人間は、実の息子でした。息子の顔には、私に対する殺意と愛情しかなかった。

………あの表情を見た時、私の未来が消えました。過去も失くすと、そう誓った。この命を賭けて』

 

『・・・・やめろ』

 

『死んだ息子の兜に映った自分の顔を見た時、私は本当の悪魔を見ました。

騎士として、人々の元王として、そんなモノは生まれてはいけなかった・・・!』

 

『そんな悲しい言葉を言うのを止めろッ!!!』

 

『――――でも貴方なら、』

 

涙が出そうだった。奥歯が砕けそうだった。全身の筋肉が、粉々に割れそうだった。

 

お互いに。

 

『―――シロウなら、解かってくれると思っていた』

 

『・・・・セイバー!!!』

 

『癇に障りましたか? ならいっそ、契約を解除して頂いても結構。

あとは私一人で他のマスターを破り、聖杯を手に入れるだけだ』

 

『私の目的は最初から聖杯だけ。それ以外は余計だ。マスター、それは貴方も。サクラたち義勇軍も、例外ではありません』

 

『この分からず屋ッ!!! そんなに戦いたいんだったら勝手にしろッ!』

 

 

 

 

 

 

 追い風に乗って走る。

だがそれは、セイバーにとっては向かい風。

 

「・・・何が、契約を解除しても構わないだ」

 

家路を全速で駆け抜け、自室で独白する。

 

「何が、生まれてはいけなかっただ・・・!」

 

 悔しさがあった。

自分にはセイバーを救えないと、頭にチラと思ってしまった事に。

 

自分に対する憤怒があった。

 

「確かにアイツの言う事は当たりさ。俺は自分で選んで自分の意志で決めたよ、正義の味方になるって。

・・・それになって死ぬと。それが、俺が選択した人生だ」

 

 後ろ向きな前進。

自分自身を省みる事なくただ行進するだけの、まるで人間のふりをした機械のような。

 

・・・望みを叶える為だけにこの戦争を戦う、セイバーと同じ。

 

「先輩ッ!!」

 

「シロウ!!!」

 

桜とツカムが士郎に声をかける。

 

「セイバーさんと喧嘩したんですか!?それとも果し合い!? 

ああどうしましょう団員同士が戦うなんて団長の不始末では……」

 

「まずは落ち着けサクラ、それに士郎も。 酷い顔だぞ?美男美女が台無しだ」

 

「・・・ツカム」

 

「冷静になったか?・・・一体全体どうしたんだシロウ」

 

「セイバーは、俺には救えないのか?」

 

 らしくない。

これは衛宮士郎らしく無い。

 

「・・・・」

 

「誰かの為に、自分以外の何かの為にありたい。困ってる人を助けたい。

そんな都合のいい考えを抱く事は、人間としていけないのか?」

 

「………、先輩」

 

「アイツは自分自身に対して途轍もなく、とことん悲嘆してる。省みる事も無く憎んですらいる」

 

 それはある種の自己完結。

私は自分が嫌いだと、消すのだと。他ならぬ自分自身が断定している。

 

「俺はそんなアイツに幸せになって欲しいと思った。人並みの幸せを掴んでほしいと。

・・・・でも、何も出来なかった」

 

 自分を救えるのは自分だけ。

何故なら他人の考えている事を他人の自分が、解かるわけがない。

 

「それもそうだったんだ。だって俺は自身を省みていない。自分の意志で闘い闘い闘い、そして独り死ぬ。

達成感なんていらない。それが自分の人生だと、選んでしまったから」

 

「・・・・・」

 

 自分はどうなってもいい。だけど、他人はどうなっては駄目だなんて、おこがましいにも程がないか? 

偽善で独善で、閉塞していないか?

 

「―――そんなヤツは。理想を抱いて溺死してろって話だ」

 

 自分一人だけで完走できる生。

人生とは、一生とはそう書く物だ。

 

「シロウ」

 

 ツカムが片手でシロウの手のひらを触り、頭に触れる。

 

それは肯定の意だ。納得の意だ。男の人生とはそういうものだという、戦士の同意か。

 

「・・・自分の手のひらを見てみろ」

 

 果たして眼前の戦士は何を言ってるのか。

何百何千と見てきた自分の手のひらを見つめる。

 

「お前は何で。 どうしてこんな風になった?」

 

 そこには竹刀ダコがあった。

歪な突起。硬い皮膚。

 

鍛錬を重ねて出来た、土産物だった。

 

「―――セイバーと、鍛錬したから・・・」

 

「セイバーと鍛錬したのはここ数日の事だろう? これは、一朝一夕で出来る代物じゃないよ」

 

 そう言われてみれば。

たしか剣を振り、身体を鍛えようと鍛錬を始めたのは爺さんが死んだ五年前。 

 

―――いいや、違う。

 

「十年前。・・・親父に助けてもらったあの日から」

 

 こんな自分を助けてくれた。

だったら、今度は自分が助けなきゃと。

 

「毎夜の魔術の鍛錬で、随分とマナが疲れてるな。一体どんな鍛錬を今の今まで続けてきたんだ?」

 

 片手で頭をポンポンと触りながら、ツカムは言う。

それはそうだ。 だって筋肉だけじゃどうにもならない事が、世の中にはある。

 

十年前のあの日。あの火の海がそうだった。 

 

「―――芯が太くなったな。 心身ともに、まるで鉄人だ」

 

 鉄人にでもならなくちゃ他人を助けるなんて出来ない。

常識だろう?

 

「エミヤシロウ。君は何故、こんな風になったんだ?」

 

何故って? 愚問だろうツカム。

 

「自分の意志で、闘い抜くと選択したからだ」

 

「ならそんな君は、今、どうしたい?」

 

 

―――シロウ。

 

―――私は貴方の剣です。

 

 

 駆け出す五体。真っ白になる心。

まるで降り積もる雪のようだったと、後に男は省みた。

 

自分の理想と心を、省みた。

 

「………男の子って」

 

 

 

 

 

 

 ―――達成感というものを感じた事は、今まで一度も無かった。

 

人から何かを頼まれる時はあったし、感謝された事やいい仕事が出来た時もあった。

 

でも。 それは自分がやらなきゃならないという責務感なだけで、この心には何も響かなかった。

 

 十年前のあの火災。

 

本当の両親家族の顔はもう思い出せないし、思い出そうとも思えない。

 

俺はただ最期まで戦い抜くという自分の意志だけを持って、駆け抜けるだけ。

 

 しばしば聞かれることがある。

 

―――ありがとう、お名前は?

 

ここでは名前なんて意味が無い。

 

―――ありがとう、何かお礼をさせて欲しい。欲しい物はあるかい?

 

見かえりに興味を持った事は無い。

 

―――ありがとう、お若いのに感心だね。歳は幾つだい?

 

貴方よりは死人を多く見てきている。

 

―――ありがとう、君のような人の親御さんは、さぞ立派なのだろうね?

 

育ての親ならいくらでもいる。

 

―――ありがとう、どうか名刺だけでも。

 

他人の人生に興味を持った事は無い。

 

 

 最果てまで駆け抜ける。

十年前のあの火の海。あの海岸の最奥まで。

 

正義の味方になるという自分の、意志一つだけをともにして。

 

 

 そんなある日。

 

 

――――シロウ、私は貴方の剣です。

 

・・・ああ。

 

――――シロウ、今日も剣の鍛錬をしますか?

 

・・・そうだな。

 

――――問おう。

 

・・・。

 

――――貴方が、私のマスターか。

 

「ああ。そうだ」

 

胸を張って、今なら言える。

 

「俺、お前が好きだ」

 

 ずっと霧の中にいた。

灰色の狐がいて、蛇がいて、蟷螂がいて、狼と大烏がいた。

 

そして今、輝く星がこの霧を照らしている。

 

「セイバーッ!!!」

 

 騎士は別れた場所から。 依然変わらずにその場所にいた。

自身の内面を探るように。

 

・・・なんという事を言ってしまったのか。悔恨と恐怖に濡れながら。

 

その手を、掴む。

 

「すまないセイバー」

 

「……シ、ロウ?」

 

「俺はお前の力になる。ずっとお前の傍にいる」

 

俺の光を、掴む。

 

「…何を馬鹿な事を言うのです。貴方は私に勝手にしろと言った。

ならば貴方も、勝手に私から去れば良いではありませんか」

 

「勝手?それは出来ないさ。 だって、」

 

繋いだこの手のぬくもりが、彼女が確かにここにいるのだと教えてくれる。

 

「俺はお前の鞘だ。鞘が、独り剣を置いて去るわけにもいかないだろう?」

 

「――――愚か者ですね、シロウは」

 

「誰にだって、忘れ去れないものの一つくらいあるさ」

 

・・・例えばそう。

 

俺の道を照らしてくれる、この灯り。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――これで元の鞘か。上手くいって良かった」

 

「サクラ………」

 

 顔を真っ赤にして手を繋いでいる、セイバーと士郎。 

それは誰が何処からどう見ても。

 

ライダーは、それが一人の女性の恋路が潰える事だと知っていた。

 

「―――いいのよ、ライダー」

 

 笑顔を見せる。

二人に、背中を見せる。

 

「おめでとうございます、先輩」

 

 

『・・・料理をしてみたい?』

 

『はい、衛宮先輩』

 

『よし。じゃあ、互いにおにぎりを作ってみようか』

 

 

「……私、先輩の事、」

 

 

『え?美味しい…、美味しい…!』

 

『んー・・・、桜のおにぎりはまだまだ勉強が必要かな』

 

『私も、先輩のように美味しいお料理を作ってみたいです!』

 

 

「―――大好き、でした」

 

貴方を初めて見たその日から。

 

貴方の料理を知った、その日から。

 

私の路の灯りは貴方でした。

 

 

 

 次回予告

 

 

 運命、絆、縁。

人間的な、あまりに人間的なそんな響きはそぐわない。

剣戟の光に導かれ、地獄の炎に照らされて、この惑星の大地の一つで出会った、60億年目のアダムとイブ。

これは単なる偶然か。

次回『黄金』

衝撃の、あの日からをトレスす

 

 

 

 

「――戯け。 それは不敬だ」

 

聖槍を。魔剣を。妖刀を。魔槍を。魔杖を。

 

呪矢を飛ばす。

 

「・・・え?」

 

「危ないッ! シロウ!!」

 

「―――人の物を持っていくな、雑種」

 

 このような屈辱は久方ぶりだ。

驕り昂ぶった盗人。王の所有物を掠め盗ろうとするドブ鼠。

 

「我(オレ)が我慢ならん事はこの世に二つ。

一つは下賎な雑種共。もう一つは貴様のような盗人だ」

 

 騎士王に弾かれた我の宝物(ほうもつ)が、有象無象の建築物を破壊する。

これはアリの巣の駆除だ。

 

多いという事は、それだけで気持ちが悪い。

 

「久しいなセイバー。 相変わらずの、剣の冴えよの」

 

「あなたは…!!」

 

「ランサーを打ち負かし、バーサーカーを退け、キャスターとアサシンを相手取ったその手腕。

そして・・・異世界の義勇軍。 雑種にしては中の下だな。

戯れに脚本というものを描いてみたが、これが中々どうして悪くない」

 

だが、我の物を盗むのだけは別だ。

 

「………どういう事です、『アーチャー』。―――何故あなたがこんな所にいる」

 

「脚本家が演目に出張るのは筋違いか? いやいや、これも愉悦の一つであろうがよ」

 

「ですから、何の事なのかとッ……!?」

 

「下がれ、セイバー!」

 

絆アビリティ発動。

 

「光をつかむ。 だったか?雑念」

 

「・・・・、な」

 

「ツカムさん!?」

 

 かつての仲間との絆だとさ。 

それは結構だが、逆を言えば、それが無ければ貴様は只の雑念であろう?

 

「身の程を弁えろ。この我を誰と心得る」

 

「・・・ッッが!!」

 

「ツカムッ!!!」

 

雑念は、四肢を突き刺した串刺し刑が似合いというものだ。

 

「そして何故ここにいるのか。だと? 騎士王」

 

 我は王である。

条理を覆し、裁定すら棄却する唯一無二の存在だ。

 

そして過去現在未来。その全ての頂点に座する者である。

 

「我が前回の聖杯戦争の勝者であり、聖杯を掴みこの世に再臨した無二の王ゆえに。

そして我の物になるという答えを、お前の口から直接聞きたいからだ。

・・・雑種にしては此度の戦争をよく戦ったが、もはや幕引きよ」

 

すると、そうら。

 

「 天光満つる処に我はあり ! 」

≪ I dwell amidst the abounding light of heaven, ≫

 

ほうら来た。

 

「 黄泉の門開く処に汝あり。だったな? 」

≪ thou art at the gate to the underworld. ≫

 

 砕く。抉る。雲散霧消。

懐かしき古代の遺物よ、さらばだ。

 

「―――え? そんな…」

 

「ん? もしやここまで来られたのは自分達だけの才能だと思っているのか?」

 

義勇軍の長よ、疑問を感じた事は無かったのか?

 

「何故異世界などという所からそこな雑念がこの冬木に来た? 何故、あの時我は貴様を見逃した? 

何故この街で、キャスターの仕業であるかのようにタイミングよくガス漏れ事故やカフェ爆破事件などが起こった?

偶々だとでも思ったか? 雑種」

 

「―――それでは全部。 全部あなたの、」

 

 流石はライダー。察しが良いな。

そう、全て。

 

「我の物だ。その方が愉しみが増すゆえな。  

十年前のあの日より続く、愉悦の演舞。古代の巨力と巨力のぶつかり合い。舞い踊る雑種ども。

まあ、出来は極上では無いかもしれんが、少なくとも我は愉しめた」

 

 パチンと、指を鳴らす。

矢を射出。剣を射出。槍を射出。

 

そら。きりきり舞い、大盤振る舞いといこうではないか。

 

「皆ッ! 無事!?」

 

「 I am the bone of my sword 」

 

 援軍到来。

我の宝物と同じ数だけの射出。同じ数だけ、払い落とすか。

 

「誰の許しを得て贋作を造ってる。 贋作者は、真作の所有者の前では疾く自害するが礼であろう!」

 

 まるで雑種の頭上で群れに群れたる羽虫ではないか。

鬱陶しいとはこの事よ。

 

「アーチャーが食い止めている内に撤退するわよッ!皆!!」

 

「でも遠坂! アイツのあの射程内からどうやって!?」

 

「教会に向かうわ。 八人目のサーヴァントなんてイレギュラー、あのエセ神父が黙っていないでしょ!!」

 

「分かりました!! ツカムさん達もッ!一時退却しますッ!!」

 

「お、応!!!」

 

 

 

 

 

 

 絆アビリティを使ったか。

フハハハハハ、速い速い。

 

「・・・フ、教会か」   

 

ならば我がそこへ往く前に、いささか準備が必要だな。

 

「第三法を目指す、今回の器がな」

 

貴様ら、見ているのだろう?

 

「我は古代ウルクの王の中の王。 アルリムを継ぎ、無駄無きエリドゥをこの世に再来せしめる人類最古の英雄王。

其の名、ギルガメッシュなり!」

 

 さあ佳境だ。

神も、ピリオドを打たないこの演舞のな。

 

 

 




次回予告

再戦のための停戦。破壊のための建設。
歴史の果てから、連綿と続くこの愚かな行為。
ある者は悩み、ある者は苦しみ、ある者は自らに絶望する。
だが、営みは絶えることなく増え続き、また誰かが呟く。
「たまには、舞台場を造るのも悪くない」
次回『奈落』
何も誰も、ピリオドを打てない。



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