Fate/チェインクロニクル   作:ブロx

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fateという名作が世に出て十余年。プレイし終えたあの日からずっと考えてた。
真正面から燕返しを破りたい。
それが机上の空論でも妄想でもいい。趣味が全開でもいい。

申し訳ありません。今回と最終回の為に、拙作はあります。
そして昼の月は出ません。







第16話 我流

 

 

 

 

―――ユグド大陸。

義勇軍が活躍している、この大陸のどこかで。

 

『雑魚が群がっちゃって!!』

 

 巨大な鎌を持つ女性の周囲が、風ごと空気ごと斬り裂かれる。

魔法・エアリアル。 何人たりとも彼女の前では生命活動を許されない。

 

ユグド大陸、義勇軍特攻隊長・エフィメラ。彼女の空気の刃は、正に死神のデスサイズだった。

 

『この一刀は太平の為ッ!』

 

 死神の必殺の一撃を迎え撃つは、一人の剣士。

彼女の手に持つ剣は緩やかな曲線をえがき、武器でありながら見る者全てを虜にする美しさを醸し出している。

 

刀と呼ばれるその剣は、刹那、空気の刃その全てを払い落としていた。

 

『―――お見事』

 

 剣豪が振るう刀は、一呼吸よりも短い僅かな時間でありながら、数多の斬撃を顕現させていた。

一度発動してしまえば防御も回避も不可能な、彼女だけの魔剣。剣の秘奥。

 

ユグド大陸、義勇軍最強の剣士・チドリが愛刀を軽く振り、鞘に納めた。

 

『チクショウ……、またアンタに一撃入れられなかった…。 流石ね、チドリ』

 

『貴女の大鎌から生み出される風圧は、日に日に強くなっています。単純な接近戦では、まず勝機が見えませんね』

 

 出し惜しみ無い悔しさと、出し惜しみない賞賛。

魔法使いでありながら接近戦が得意なエフィメラとチドリは、馬が合っていた。

 

『・・・チドリ。勝機が見えないと言うのに、何故君はエフィメラに勝てるんだ?』

 

 疑問を投げかけるのは、二人の対決を見ていた義勇軍隊長。

彼は義勇軍の長であるが、その前に一人の剣士。強者に教えを乞いたいと思うのは当然であった。

 

『隊長さん、勝機とは自分で作らねばならないモノなのです。見えないのなら自ずから見出す、作り出す。

それが誰かを守る事に繫がると、私は考えています』

 

―――殺すは二流、生かせば一流。守れぬ剣などなまくらです。

 

それがチドリの口癖だった。

 

『・・・成る程。 しかし、俺は今までずっと我流で剣を振っていたからな。そのようなモノ、見出せるかどうか・・・・』

 

 チドリ曰く、勝機とは、戦士が戦闘中に防御力を失う機の事だという。

 

先の先―――敵の不意、油断、意表

先―――敵の攻撃の直前、あるいはゼロ地点

後の先――敵が攻撃行動の最中

 

 義勇軍隊長である彼の剣はあくまで我流。

数多の実践に裏打ちされた叩き上げの剣と言えば聞こえはいいが、それ以上にはなれない。

 

―――俺はチドリや義勇軍の皆のように、強くなれるだろうか・・・。

 

『何弱気になってんのよ、アンタ』

 

『エフィメラ・・・』

 

『アンタやチドリ、パーシェルやあたし達は前に出て戦う事が本分。

分からないなら悩んでないで、戦って戦って行動して学んでいくしかないじゃないの。

あたし達は、光をつかむ。……でしょ?』

 

 この大陸に生きる人々を守る。仲間を守る。

義勇軍ならば立ち止まってなど、悩んでなどいられない。

 

義勇軍隊長の口ぐせを不敵な笑みを浮かべながら発するエフィメラは、さながら戦いの女神だ。

 

『――――エフィメラ、チドリ。 一本稽古をお願いしたい』

 

『ふふ、その意気です。隊長さん』

 

『力は思う存分振るわないとなぁ。―――来なさいよ』

 

相手に勝つ為の、勝機。

 

彼女達から学んだ事の全ては、ツカムのこの身体の中にある。今この瞬間も。

 

 

 

 

 

 

「―――さて。

昨日ぶりだな、我流の邪剣使いよ。昨夜と同じく、今夜も立ち合うには良い月夜だ」

 

 ツカムの必殺の隠し剣をいなしたアサシン・佐々木小次郎は、微笑みを浮かべながらだらんと両腕を下げている。

どのような態勢からでも必殺、かつ最速の一撃を出すにはこの自然体が最も適していた。

 

生前の彼が会得した剣の境地。 それがツカムの想像を絶するものである事は明白であった。

 

「・・・アサシン・佐々木小次郎。 貴方は何故この聖杯戦争を戦う?」

 

「応。己は剣士であり、戦い殺す事こそが本分ゆえに」

 

「誰かを守る事ではなく、斬る事こそを望むと?」

 

「応さ。刀とは、剣とは、誰かを何かを斬る事が使命であるがゆえに。・・・加えて、」

 

 片目を閉じながら、言葉にする。

己が願望を。唯一無二である、願いを。

 

「私は尋常な立ち合いこそを渇望している。生前ではついぞ成し得なかった、強者との殺し合い。

貴公やセイバーとなら、それが叶うというもの」

 

「・・・光栄だな、アサシン」

 

 剣士には剣を振るう理由が必要だ。

ツカムは誰かを守り抜く為に。アサシンは誰かと斬り結ぶ為に。

 

戈を止め 戈にて止む 武の一字 

 

「―――それしか無いのか、佐々木小次郎」

 

「―――それだけで良いのだ、義勇軍隊長」

 

 

それが全身全霊であるのならば。

 

 

「 光をつかむ 」

 

―――絆アビリティ発動及び武装選択。

 

【山猫の真髄・剣術道場・魔剣の指導・超高校級の殺人鬼・猫人の導き・二天一流・格闘家・冒険者支援・戦場の武器商人・戦鬼の闘気・疾風迅雷・ベテランの実力・レイヴン・名家の誇り・おすすめの靴・二人三脚】

 

【武装:キクイチモンジ】

 

 

 ツカムが手に持つ大剣を振った。速度を上げるアビリティを全開。

同時に、彼の得物が消える。

 

得物が西洋風な剣から東洋の、アサシンの持つ日本刀のようなものに変化する。

 

業物・キクイチモンジ。 かの日の義勇軍隊長・ツカムが、ここぞという時に振るいに振るった名刀である。

 

「抜かぬのか?お主」

 

「このままでいい」

 

 左腰に差した、鞘に納まったままの彼の刀。

無論のこと和平の意思表示などではない。

大きく飛び退き、間合を取った事もまた同様。

 

アサシンの長刀であろうとも、必殺にはあと一歩の踏み込みを必要とする間合。

 

これこそが戦闘態勢である。

 

 ツカムに対して、アサシンは既に抜刀している。

左足を前に、長刀を肩の高さに掲げて身体を後方に捻りこむ。

 

これがアサシンの辿り着いた剣。

 

飛ぶ鳥を斬り落とす為に見出された、魔戦士の剣。

 

 

 魔剣・燕返し。

 

 

―――これからツカムは其の最強の魔剣と相対する。

 

全能を駆使して戦い、或いは勝ち或いは敗れる。

 

義勇軍として、友として、アーチャーを助けるという結末の為だけに。

 

・・・ここで自分が死んだら? などという考えを、ツカムは生前から今の今まで脳内に何度も思い描いてきた。

 

そしてその度にこう思ってきた。

 

 人の命の価値は薄紙一枚分。 されど、守るには充分すぎるほど重い。

 

―――大勢の人々の営みを、守ってきた。

 

他人を助けてきた。

 

何故ならそう自分で選択したから。

 

決意の元で、この愛刀を手に取ったから。

 

 

 ツカムがだらんと、両腕を下げた。

 

 

 

 

 アサシンは不可思議な自覚の中にある。

 

まるで心身を灼くような。今にも走り出してしまいたいような熱気。

 

 敵である義勇軍隊長は、刀を鞘に納めたままだ。

その武器の必殺の間合は一体どれ程の長さなのか。鞘内にある以上、確実には読めない。

 

・・・剣を取り、一心不乱の修業を始めて幾星霜。

 

剣の秘奥に至ったはずの我が身が、力強く、より強い何かに心身を押しのけられている。いや、滾っている。

 

それはシンプルな、闘争心だった。

 

 

――――初めて逢った時から、私達はこうなる運命だったのだ。

 

 

 それほどに。

 

 

 魔剣からセイバーを助けたツカムを見た時。ツカムの眼に映る、修羅場の数々を見て取れた時。

いやさ、眼前の剣士に名乗りを上げて対峙した時から、剣豪の魂は震えていた。 

 

静謐にあらず。

 

清廉などされず。

 

鍛冶場で鍛え上げられる玉鋼のように、戦い往く己を自覚する。

 

 

「――――――いざ」

 

 

アサシンが待望の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 ・・・一太刀で勝ってみせる。

 

両肩と水平に構えられた長刀と、それを携える剣豪を真っ向から見据え、ツカムは心中に期した。

 

二の太刀などはない。

 

一撃で仕留められなくとも次がある――などという考えで、勝てる相手ではないのだ。

 

一撃、必殺。

 

 実現するには間合を掴まねばならない。

 

アサシンの剣の間合を捕捉しなければならない。

 

 だが、それこそが至難であった。

 

「――――」

 

 アサシンは正面を見据えながらも、前方に背を向け、長刀を閂のように横一文字に携えている。

一見すると、そこから何を繰り出そうとしているのか分かりかねる、非常に独特な構え。

 

それに恐れず敢然と立ち向かい、確実にこの剣を振って殺せる間合を、つかみきれるか。

 

少なくとも過去には一人たりと、それに成功した者はいない。

 

 そう。

 

魔剣・燕返し、その真の恐ろしさはここにある。

 

 燕返しを見た者の多くは、振るわれる複数の太刀筋で敵を牢獄のように取り囲んで勝ちを得るのだと思い込むのであろう。

 

 だが、違う。

 

魔剣は、今。 こちらを見据える、この構えから始まっている。 

 

これが既に技なのだ。

 

 

 ・・・中段の構えという術技がある。

 

剣の柄頭をへそ前に合わせ、剣先を敵の喉につけるこの構えは、

 

正眼の構えなどとも云われ遥か昔から、最も隙が無い究極の構えだと伝えられ今日にまで至っている。

 

現代の剣道家の十中八九が、この構えで終始立ち合うものであるほどに。

 

 

 なぜ、かくも一見して至極単純なこの構えが、最も隙が無いとまで云われてきたのか。

 

よく語られる理由としては、横に薙ぐ事も振りかぶる事も突く事も防御も出来、変幻自在に刀を扱えるからだと云う。

 

 間違いではない。

 

だがそれだけならば、変化させる前に何かさせる前に斬り殺して突き殺してしまえばいいだけの事だ。

 

だけの事、というほど楽ではあるまいが。

 

 

 一説によれば、その真髄は技撃軌道(己の間合)を形成しやすい点にあるという。

 

 

 不動なる中段の構えを目にした時、多くの剣士はまず向けられている剣先を外すないし逸らす事を考える。もしくは敵の腕を斬る。

 

相手が構えている以上、それをせずに突っ込めば剣先に突かれてしまうからだ。

 

 だが。

 

そんな剣士の思惑を、敵は全て脳内で処理している。 すなわち、技撃軌道の構築である。

 

 相手が我が剣先を逸らし、外し、上段から得物を振ってきたらこう。

下段からはこう。横からはこう。突いてきたならこう。遠間からやってきたら、こう。

 

 詰め将棋の如き、技撃軌道の完成。それは敵の行動の制圧を意味する。

 

身体の中心に置いてあるこの剣は、水のように変化しうる千古不易究極の構。

 

生半な手段では何も出来ずに終わるだろう。あるいは、剣に触れられずに終えるだろう。

 

 

 しかし、時には刺し違えになる場合もあった。

 

ことに突き技や小手技を仕掛けられると、そうなりがちなようである。

 

 ・・・剽悍なる剣士たちは、だからといって恐れたりしなかった。 

 

自分は死ぬし負けるかもしれんが、お前も負けるし死ぬ。

 

そう胆に決めて、確実に敵を殺すこの構えを取りに取った。

 

 

かくありて中段の構えは不動の地位を築いたのだ。

 

 

 ・・・アサシンはこれを、独自の工夫を加えて昇華した。

身体をひねる事で剣先は向けず、相手には剣の腹を見せる。

 

大きく踏み込むチャンスだと思った敵が近づく、あるいは遠間から無防備な身体めがけて武器を振ったとき、

 

アサシンは捻った身体を正面に向ける。

 

ただでさえ長い彼の刀は真っ直ぐに最短で敵を目指し、あっと気付く間には突き殺している。

 

魔剣・秘剣とは、無闇やたらに振り回さないからその名が付くのだ。

 

 

 ―――では闇雲に近づくのは危険だと考え手を出さず、後の先の勝機をとらんと期して、

アサシンの攻撃を待ち構えた時はどうか。

 

アサシンは期待に応えて、先手を打ってくるであろう。

 

この冬木にいる全サーヴァント中最速の、踏み込みと斬撃とで。

 

 後の先とは敵が攻撃の最中にあるために防御が不能という勝機。

 

当然、敵の攻撃をまず防がねば始まらない。

 

 アサシンの剣に対して、それが果たして可能なものか。

 

それは恐ろしい速度でどこからかやってきて、空を飛ぶ鳥さえ脱出不可能な斬撃の刃達を避ける、という事なのであるが。

 

 これが四方に広がる大地で行われていれば、とにかく後方へ距離をとる事だけは何とかなったかもしれぬものの。

 

 中段の構えとは前足を前方に出して地を踏みしめ、上半身の防御を重視した技。

当然、脚部は疎かであるのだから足を狙いさえすれば勝てる―――

 

などと思い込んだ者は、構えを甘く見た事に対して生命の対価を払わねばならなくなるであろう。

 

前足に来た攻撃を避けると同時にその足で敵を蹴り殺す。

 

そんな技さえ存在する事を、彼らは知るまい。

 

 

―――武術家には近寄るな。

 

 

それは戦乱の世から続く、庶民の合言葉だった。

 

 

 ・・・先手、先手を取っていくしか勝機はない。

だが、ただ近づいても構えを取っている為突かれて終わる。

アサシンの技撃軌道を、圧倒する必要がある。

 

 ならば、

 

フェイントを仕掛けて剣を居付かせ、すかさず斬ってみてはどうか。

 

刀だけを注視し、とにもかくにも敵の武器だけを壊してみてはどうか。巻き上げてはどうか。

 

敵の長刀よりも長い得物を用意してはどうか。

 

 

・・・・・いずれも策として不足は無く、そして共通する前提条件を有する。

 

つまりは、意図をアサシンに読ませない、という。

 

 見破られた策など無残なものである。

 

生前も合わせてアサシンは片手で数えられるくらいの戦闘しかこなしていないが、

それでも例外なく彼の魔剣は振るわれ、この門を死守してきた。

 

ツカムにも、彼の眼を騙してのける自信は無かった。

 

 

 先手を打たれれば、突いて殺す。

 

 後手に回られれば、鳥類すら斬り殺す。

 

 

元来が屈強の剣使いであったアサシン・佐々木小次郎が、その剣腕に安住せず、

ただ天を翔ける鳥を斬りたいが為に更なる高みを目指して見出した技法。

 

 鍛錬、経験、心気、勇猛、命欲。 

そのような通常の剣術が厚みを増し、力を鋭さを高める為に求める諸々を一切重要とはせず、

ただアサシンの才能と確立された技術にのみ立脚する剣。

 

冷徹に、勝利を行う一つの機構(システム)。

 

 

それが燕返し。

 

無敵、

 

無敵に近い魔剣。

 

 

 

「――――、―――」

 

 

 

 勝機は。

 

あるとするならば、一刹那。

 

こちらが先手を控え続けた場合、アサシンはある段階で、敵の攻撃を読んで剣を振るう意図から、

今は自らが攻撃する好機である。と意図を切り替える。

 

その瞬。

 

すなわち、先の先(不意を衝く事)の勝機。

 

 

「――――――」

 

 さしものアサシンも、確実にその機を捉えられたならば、もはや手も足も出まい。

 

敵の剣は来ないと考えている。燕返しは発動してしまえば防御も回避も不能な技。ならば、発動する前に叩くより他は無い。

 

そして、膝が地面に触れるほどに身体を沈み込みながら前方に踏み込んで彼我の間合を潰し、

 

起き上がりながら左逆手で抜く、下方からの抜刀であるならば。

 

 

『………ツカム君。 これは理論上、最速の抜刀術。タイミングを見誤らないで』

 

『心得た。タイガ』

 

 

―――先の先の勝機に仕掛ければ、勝てる。

 

アサシンを相手に、先の先の勝機をつかむことさえできれば。

 

 

 ツカムは両眼を限界まで水平に開き、アサシンを見据えた。

この目蓋は決して閉ざさないと誓って。

 

閉ざすのは勝った時。

 

敗れた時は。 きっと、アサシンが閉ざしてくれるだろう。

 

 

 

 

 ・・・アサシンもまた、ツカムを見据える。

 

その渺に、彼との出会いを想う。

 

その漠に、己の初名乗りの時を想う。

 

その模糊に、初の実戦の高揚を想う。

 

その逡巡に、自分と同じ邪剣使いの彼を想う。

 

その須臾に、銀の騎士に向かって振るう己が魔剣を凌いだ闘志の眼を想う。

 

その瞬息に、我が身に対して名乗り返してくれた勇士の姿を想う。

 

その弾指に、今夜一目散にこちらに向かって来た剣士を想う。

 

その刹那に、嗚呼終わってくれるな勿体無いであろという感傷を想う。

 

 

嘗てからの望み。 尋常な立ち合いという己が願いを踏みしめて、アサシンは構えた。

 

 

 敵が見据える。

 

 アサシンが待ち構える。

 

 

思えば侍の聖杯戦争は、ずっとそうだった。

 

 

 ・・・そんな侍を見つめながら。

目線をこう、下におろして、息を吸う。

 

すなわち好機。

 

 

「―――――――ッッッ!!!」

 

 

 ツカムが気を吹いた。

 

射出される全身。それによって縮む大地。

 

迅る刃。

 

左腰に差した刀を左逆手で下方から抜きながら、右拳を刀の背に合わせ敵の心臓肺臓めがけて斬り上げる。抜刀術。

 

正式名称・逆抜き不意打ち斬り。

 

この居合の使い手がしかるべき時にしかるべき事を為せるなら。

 

 

神速を超えた、人類史上最速を手にする事が出来るだろう。

 

 

 アサシンの姿はもはや眼前。吐いた息さえ届く距離。

 

アサシンはまだ剣を振るっていない。

 

この間合で逃れる事は不可能の極。

 

 

 勝機を取った。

 

 

ツカムの一刀は必ずアサシンを斬ったと迷い無く断じられる。

 

 

―――だというのに。

 

 

「・・・・――――」

 

 何故、この白刃は空を斬り、澄んだままなのか。

 

 

答えは明快にして異常。

 

 

不可能の極みを超え、アサシンは横に身を躱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

………成就した。

 

 我が悲願が、成就した。 

アサシンは確信した。

 

己はこの一世一代の決闘に、勝利を収めたと。

 

 剣士たる者いかなる時も、不意を衝かれていようとも。

前後左右どこへでも移動できるよう備えておくべき。

 

剣士としての心眼で、宿願は遂に成れり。

 

 更なる立ち合いを求め、更なる血戦を究め。

燕はついに牢獄の地で眠る。

 

後は今、振りつつあるこの刀を敵の首に叩き込めば全てが終わる。

 

 ツカムの剣はもう間に合わない。敵を捉え切れず虚しく空を斬り上げた刃が慌てて巻き戻ろうとも、

その遥か前に、アサシンの剣は使命を果たす。

 

全ては終わる。

 

 アサシンは勝利し。門を彼から守り。

門番としての責務を全うし。

 

キャスターと彼女のマスターを守り続ける事が出来る。

 

―――それがこの冬木の街の義勇軍に何をもたらすのでなくとも。

 

 空を飛ぶ鳥をも捕捉できるアサシンには見える筈だった。

天に向かって斬り上げられ、悠久の時の中に静止しているツカムの刀が、

 

 ツカムの刀が、

 ツカムの刀が、

 刀は、

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――何処だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・獣が息を吹いている。

 

 

 アサシンには聞こえない。

まさに己が命を血花に散らさんと迫る、あり得ざる虎の咆哮が、アサシンには聞こえない。

 

 

『戈を止め 戈にて止む 武の一字』

 

 

 

―――――ツカムの刀は何処だ。

 

 

 

『どちらでも有り 流す我が太刀』

 

 

 

 それは魔剣であった。

 

ベースとなった技術は、夢想神伝流初伝(別称を大森流)受流しである。

 

刀を左腰に差して正座している自分。その左方に居る敵が立ち上がり、武器をこちらめがけて振り下ろしてくる。

 

その敵の武器を我が刀で受け流し、敵を斬って勝つ。

 

 ・・・初伝中伝奥伝とあるこの流派の中で、比較的初期に習う事になる初伝において、この業は最高位の難度と云われている。

何故かくも一見して単純なこの業が、最高位の難しさと云われているのか。

 

 よく言われる説としては、敵及び敵の武器がどこにあるのかが分からないからだという。

 

稽古のたびに誰かを斬り殺すわけにもいかない為、この業の型稽古は基本一人で行う。脳内で彼我の動きを、敵を処理する鍛錬法。

 

 しかし自分の頭の中では斬れていると思っても、見る者が見れば、一体あいつは何処を斬っているのだ?という疑問が口々に広まる。

 

 一人の限界。孤独の身では、敵を確実には捉えきれない。

 

だが、それならば木刀やらを持って誰かと二人で型稽古をすれば済むだけの事だ。

 

だけの事、というほど楽ではあるまいが。

 

 ・・・一説によればこの業の真髄は、敵がどんな武器を持っていようとも、受け流して勝つ事にあるという。

 

この業は敵に先制攻撃を許している。

たとえ敵が巨大な棍棒を、金棒を振ってこようと。長刀を振ってこようとも。

 

我が刀で受け流し、敵を死に体にさせ、すかさず斬る。

 

 

 ツカムはタイガから教わったこの技術に、独自の工夫を加えて昇華させた。

 

アサシンの燕返しは、頭上から股下までの斬り下ろし。それを回避する者の逃げ道を塞ぐ、斜め円の軌道。

そして左右の離脱を阻む横の払い。

 

 三本の剣の牢獄。

発動してしまえば防御も回避も不能の技。 その魔剣の牢獄を、受け流す技法。

 

 

 技は正座ではなく立ったまま始める。

 

柄の中ほどを掴みながら下方より抜刀した最速の居合を敵手が躱した時、即座、それを察知する。

 

その刹那、敵に正対しながらひざカックンの要領で、尻餅がつく勢いで両の膝を抜き、前足を伸ばす。すると、自然身体は後方へ流れる。

 

同時に、柄を掴んでいる左手を、逆手から順手に変えつつ頭上を守るように左肩上に上げる。

 

そして前足の踵と後ろ足で大地を踏みしめ、股下もかくやと言わんばかりに地に伏せ、身体を屈める。

 

 かくあれば何が起こるか。

 

下方やや後方に体を捌く事で、燕返しの横の払いを避ける事が出来る。

 

そして真っ向からの斬り下ろしを避けずに、大地をしっかと踏みしめながら我が刀で迎え撃ち受け流す。

 

まずもって回避していないのだから、円の軌道の一撃には触らない。

 

円の一撃が、それすら許さんと我が身に襲来しても、軌道が円である為にどうしても他の二撃より遅れてやって来る。

 

 地面すれすれ下方への体捌きで避け、或いは上方の我が刀によってそれを受け流す。

 

次いで敵の武器を受け流した事による反発力、及び大地を踏みしめた事による反動力で一気に前方に飛び進み、両手で掴んだ刀で腰腹部を斬る。

 

 

 ・・・かくなる工夫により、この理論は完成を見る。

相手が神速を超えた神速の一撃を放とうとも、それを地に伏せる虎の如く捌き、受け流す術。

 

天賦の才能による剣ではなく、地に這い蹲る事しか出来ない平凡な人の所業。

 

 形をなぞるだけならば、誰にも出来よう。

 

だがこの技を生かすには、一の太刀を敵手が無力化した瞬間を毛筋のずれさえなく確ととらえ、

 

即、次の行動に移らねばならず。

 

 かような要求に実の戦中で応える事など、誰に出来よう。

 

何時いかなる場合でもすぐさま対応できる即応能力を、数多の実戦で裏打ちされた経験で貪りつくしてこその剣。

 

ユグド大陸、元・義勇軍隊長ツカムはこれを成す。

 

 生半な錬度では己が武器ごと頭を割られ、流す事すら出来ずに斬り捨てられるだろう。

 

だが、敵の所作を寸毫たりとも余さず逃さず応じ尽くし勝ちを拾う、

 

心眼の如き真の洞察力だけが、この絶技を現実のものとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――我流魔剣 虎伏絶刀勢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・勝敗を分けたものは、何か。

 

おそらくそれは技の優劣ではない。

 

天運でもないだろう。

 

あるいは、

 

 誰かと斬り合う為に剣を握り、勝敗はその結果とのみ捉えたアサシンと、

 

 誰かを守る為に剣を握り、勝たねばならなかったツカムと、

 

二人の間にあった執念の差が、糸屑程の、剣速の差となって顕れたのかもしれない。

 

 だが、益体も無いことだ。

 

きっと、彼らの間に差など無かった。

 

ただ、コインを放れば表と裏のどちらかを上に向けて落ちるように、結果が出ただけなのだろう。

 

 

 

 

 

 

「―――往け」

 

「―――さらば」

 

 敵の居合を躱した事により、得た勝機。

至高の立ち合いが己の勝利に終わる事によって、眼が眩まなかったと言えば嘘になる。

 

「・・・・存外、私は欲張りだったのだな」

 

 まるで欲しいモノを眼の前にした童だ。

こんな時に、己の内面を知りえる事になろうとは。

 

「誰かを守る、義勇軍か―――」

 

 

『・・・アサシン。門の守りは任せる』

 

『任されよう。斬る事しか知らぬ我が身だが、お主の頼みとあれば是非もない』

 

 

「・・・剣士には、守るものが必要であったか。 いや、まだまだ修業不足であった―――」

 

 雪が舞いそうなこんな夜に。

月は依然美しく、花はアサシンを見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャー! 無事か!?」

 

「・・・む。貴様か」

 

手を上げるツカム。同じく手を上げるアーチャー。

 

「ツカム! アーチャーは無事取り戻したわ!!」

 

 隠しきれていない、その歓喜。

凛は込み上げる笑顔を浮かべていた。

 

「そのようだな。・・・・・この野郎生きてやがったのか!」

 

 男二人の掴み合う手が、一つの握り拳に変わる。

正に力こぶれッ!! 肉密度1000パーセントッ!!!

 

「・・・恋しかったよ、貴様が」

 

「俺もそうだこのロクデナシが」

 

「ロクデナシは余計だろう?」

 

 皆を守れた。

明日も、また頑張らなくっちゃ。

 

 

 

 

 

 




次回予告

冬木の街を、ただ行く。巨大な箱庭が見せているのは夢か、地獄か。
男の愛が、女の望みが、冬の箱庭の中で育まれる。
二人は委ねた。姿現さぬ支配者に。
やがて破られるであろう、しばしの安息を。
次回『灯り』
人生の宝探しの幕が開く。



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