Fate/チェインクロニクル   作:ブロx

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第15話 Strength of a Thousand Men

 

 

 現状を打破しなくてはならない。例えどのような手を使おうとも。 

仄暗い地の底で、身動きが取れないサーヴァント・アーチャーは眼前を睨みつけていた。

 

この魔女の好きにはさせない。 その意思が、キャスターのサーヴァントにはありありと見て取れていた。

 

「おぉ怖いこと……。そんな目で見つめても、何も出ないわよ?アーチャー」

 

「・・・義勇軍に君の席は無い。そして私もな。 こんな見え透いた罠に、真剣に掛かる馬鹿もいないだろうに」

 

「そうかしら?あの子達は、貴方を助ける為なら何だってすると私は睨んでいるのだけれど?」

 

「残念ながら、私に人質としての価値など無い。

無様にも捕まったサーヴァント一人を見捨てれば、全てが丸く収まる。これは単純な、数の論理だ」

 

「貴方一人と、あの子達全員。どちらが大事か大切か。考えるまでも無いわね」

 

―――でも。

 

指先を頬に当てながら、キャスターは心底おかしいとばかりに笑みを浮かべた。

 

「そんな思考―――。彼女達は持っていないと思うわよ?」

 

アーチャーは頭痛を抑えるように目を閉じ、己の世界に埋没した。

 

 

 

 

 

 

「―――よし、作戦を確認しよう。

敵のキャスターは凄まじい力の持ち主とはいえ、こちらにはセイバーがいる。

対魔力に優れたセイバーなら、キャスターに対して勝機があると言っていい。

問題は門番のアサシンだが・・・」

 

「俺がやろう。アサシンの相手は任せてくれ」

 

「それは、あの剣豪と一対一(サシ)でやる・・・って意味か?ツカム」

 

「ああ」

 

「・・・・・お前さん病気だ。医者に行こう、な?」

 

「仮に。―――仮に俺達が全員がかりでアサシンを倒し、山門を突破して寺に侵入出来たとしよう。

キャスターがてぐすね引いて罠を張り巡らせ待ち構えている、その場所にだ。

俺達はどこから、そして何がやって来るのかわからない罠に正面衝突。めでたく蜂の巣になるだろう。

 セイバーの対魔力がいくら強くたって、俺達全員を無事守れるとは思えない。

そしてもたもたしてたらアーチャーは殺される。

・・・間違えないでくれ。今夜の作戦は救出作戦。俺達はレスキュー部隊だ、殺し屋じゃない」

 

 すなわち、誰か一人がアサシンを足止めし、同時に寺に侵入及びキャスターと交戦する必要がある。

対魔力に秀でているセイバーは当然突入要員。筋肉的な物理的要因・宝具的要因からバーサーカーも同じく。

 

「・・・成る程。じゃあ僕達、ここで何もしないで待ってればいいんじゃないか?」

 

「ダメよ、慎二。 私達マスターが孤立した瞬間、あの魔女はここぞとばかりに攻撃を加えてくる筈。

相手はキャスター、つまりは魔術師。目的を達成する為ならどんな手だって使うわ」

 

「―――いち速く参道の階段を駆け上がって寺に侵入し、かつ門番を抑える事も忘れない。

これを実現する為には、誰も追いつけないほどの速さが必要ね。 サクラ?」

 

 イリヤが義勇軍・団長である桜を見やる。

歩いていては、走っていては間に合わない。

 

アーチャーは死に。 義勇軍は仲間を守れずその意義を失うだろう。

 

「―――ライダー」

 

歩く、ではない。

 

「はい。サクラ」

 

走る、ではない。

 

「頼みがあります」

 

「なんなりと。 我がマスター」

 

他の追随を許さぬ、疾駆が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 こんな地下からでも、目と思念を凝らすと小粒のように光り煌く無数の星が見えた。

サッと一見では、大きな星々や星座しか見えないが、確かに遥か天空で綺麗に瞬いている。

 

 今宵は満天の星空だ。

弁当を持参して外出し、己がマスターと星見でもしたい心地になる。

柳洞寺の境内の外縁に良い場所がある事を、キャスターはマスターから教えられていた。

 

「―――嗚呼、ホント残念ね。

さて、もうじき約束の刻限なのだけれど。……意外と薄情な仲間達ね、アーチャー。誰も来ないなんて」

 

「当然だろう。危険を冒してまでこんな所に来るわけがない」

 

「では仕方が無いわね。―――冬木での貴方の戦いは、ここで終わりよ」

 

 指に魔力が集まる。

それから放たれる魔力光は、ひとたび当たればサーヴァントであろうと現世に留まることを許さない。

 

「私も鬼じゃないわ。 貴方の処刑を始める前に、何か私に言っときたい事はあるかしら?」

 

「・・・あるさ。じきにお前さんをぶっ殺してやる」

 

「あら、そう。一体どうやって殺すの?」

 

「そうだな。

・・・まずお前さんをとっ捕まえて盾にして、あそこにいる見張りの竜牙兵を殺る。

そこに乗っかってる竜の牙で。それからお前さんの首をへし折るってのはどうだな?」

 

「……どうしてそんな事がアーチャーさんに出来ると思うの?」

 

「―――魔術で拘束されてるのに?」

 

「え~ぇ」

 

「 外したよ 」

 

 アーチャーは宣言どおり、キャスターをその腕で羽交い絞めにし、竜の牙を投げて竜牙兵を沈黙させる。

これこそ有言実行。弓兵は、まこと誠実であった。

 

「……そんなッ!? 貴方の全身には私の魔力が渦巻いていたはず!!それを解くだなんて…」

 

 異物・毒素が全身に回っているなんてものではない。

自身の身体が違うモノに作り変えられているかのような感覚。

 

一から自身を生まれ変わらせる程の事をしなければ、到底それを解く事は出来ないだろう。

 

「悪いが、そんな事は日常茶飯事だったものでね」

 

「………ッく!」

 

 勝負は決まった。 敗因はキャスターの驕り、あるいは過信。

あとはこの細首をへし折り、己がマスターである凛と――――

 

「がッ!!?」

 

 突如、後頭部に強烈な打撃。

キャスターの罠か? いや、いかにこの魔女と言えどそんな余裕は無かった筈だ。

 

 つまりは、

 

「・・・やはりな。こういう目をした輩は、一番危険だ」

 

第三者の介入である。

 

 紡いだ言葉は僅かだけだったが、その瞬、まるで蛇のようにうねる拳が数十回もアーチャーの頚椎及び後頭部を襲っていた。

薄れゆく意識の中、後方を振り向いた弓兵は敵手を見れた。

 

朽ち果てたであろう枯れ木を、確かに見た。

 

「―――君か。 キャスターのマスターとは」

 

「・・・さらばだ」

 

 サーヴァントに痛烈な打撃を加える事が出来る程の、強力な伏兵の存在。

今宵は、それを露知らずにいたアーチャーの死で終幕となる。

 

「―――――何ですって? アサシン?」

 

 門番からの緊急報告と、ここ地下にまで響く轟音がキャスターの耳を揺らさなければ、だが。

 

 

 

 

 

 

 遥か上空から地上を俯瞰する。

そこには街灯の明かりや建物の明かりがポツポツとあるどころか、

まるで満天の星空のように大地を席巻していた。 

星とは、光とは、天空だけに有るものではない。

 

 俯瞰風景。 

ずっとここに居たいような心地さえするが、名残惜しいかな。そうも言ってはいられない。

 

「―――皆さん。準備はいいですか?」

 

「―――応」 

 

「ツカムさん、ライダー。お願いします」

 

「 光をつかむ 」

 

―――絆アビリティ発動。

 

【頑丈な身体 熱き治療術 破壊戦闘技術 九尾の助力 戦のバラード 勇気の光 神の威光】

 

その効力は、吹き飛ばし及びダウン防止。時間経過による体力回復。

魔術に貫通能力付与。目の前が見えなくなる暗闇状態の防止。

近接攻撃力強化。

 

「これでよし。俺達は霊体になるが、ライダー。 桜達を頼む」

 

「お任せを。 皆様、しっかりと掴まっていて下さい」

 

 魔術師達は己に魔力を纏わせた。

騎士であるセイバーは士郎とイリヤをしっかとその手で支え、慎二はがっしりとライダーにしがみ付いた。

 

「―――押すなよ?これはフリじゃないからなライダー。 押すなよ・・・!?」

 

「私に掴まっていれば安心ですよ。………多分」

 

「多分!?!」

 

「御武運を、皆様」

 

 この夜、この時間。街から運良く天を見上げた者は幸運だ。

世にも珍しい、弧を画く彗星を見れたのだから。

 

「 ベルレ 」

 

 急転直下とは正にこの事。

光り輝く箒星は、遥か天空から地上に神々しく降り立つと見紛うばかりに速度を上げた。

 

「 フォーン―――ッ! 」

 

 其の名、騎英の手綱。

ライダーの手に持つ黄金の鞭と手綱は、彼女達義勇軍が乗る天馬を空駆ける流星に変えていた。

 

そして地面スレスレといった所で、一気に。

 

巨大な流星は、柳洞寺の門へと続く参道を駆け上がった。

 

「―――堂々と正面からとはな。 気に入ったぞ、義勇軍の諸君ら」

 

 迎えるは、万夫不当の門番。

剣豪は昨夜と変わらず、長刀を構えた。

たとえ巨大であろうと、砲弾であろうと星だろうと、宙を飛んでいるのならば燕とそう変わり無し。

 

我が秘剣に、斬れぬ物なぞ無い。

 

「――――――ッ!!!」

 

 秘剣が発動するであろうその時、門番は聞いた。確かに聞いた。

万感の思いを込めた、その声を。

 

光をつかむと。

 

 ツカムが持つ大剣の切っ先が、刺突が、真っ直ぐに門番へと向かった。

 

―――隠し剣 クロノブレード

 

鳴り響く剣戟の音は合戦の嚆矢だ。侍が守るその彼方、友を救う者共に加護を。

 

 

・・・天馬からの別れの間際。

ツカムが霊体から実体に変わる刹那、ライダーも彼の声を聞いた。

 

「ライダー。 これが済んだら、奢らせて下さい」

 

「よろこんで」

 

 門番を食い留めるツカムの背中が、遠く遠く。

ついにライダー達義勇軍には見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「あらあらまあまあ。 時間ぴったりね、義勇軍の皆さん?」

 

 地下からアーチャーとともに地上へと転移してきたキャスターは、やおら驚嘆したような声を発した。

―――正直こんな方法で門を突破するとは思わなかったが、マスターがいるこの寺に土足で踏み入った事は後悔させてやらねばなるまい。

 

「アーチャーは無事?」

 

「まあ落ち着きなさい。そう構えていては、怖くて話も出来やしないわ」

 

 構えは解かず、こちらを鋭く見据える義勇軍の面々。サーヴァント達。

しかもその中には、彼女がもう二度と見たくも無かった筋肉達磨までいる模様。

 

「…そちらは新顔さんね。 ご覧の通り、私はキャスターのサーヴァント。貴女は?」

 

「わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。そして我がサーヴァント・バーサーカー。

手荒い参拝だけれど、どうか許しては頂けないかしら?」

 

「手水舎は4メートル先よ、出直してきなさいな」

 

 バーサーカーが主の御前に立とうとする。が、その前に義勇軍団長・間桐桜が前方に躍り出た。

 

「アーチャーさんは、返してもらいます」

 

「その前に時間のようだから、是非昨日の答えを聞きたいわ。団長さん?」

 

 義勇軍の仲間に入れて欲しい。

それが昨夜キャスターが突きつけた、アーチャー返還の条件だった。

 

「答えはノーです」

 

No。

 

「………よく聞こえなかったわね。もう一度言ってみて?」

 

No、NoNoNoNoNo!

 

「人質と引き換えだとか等価交換とかこれは正当な取引だとかのたまい、自分の要求だけを叶えようとする者共。

それに対して私はこう答えます。 いやなこった」

 

 例えその結果死ぬ事になろうとも、アーマゲドンが起きようとも、桜は絶対に妥協しないだろう。絶対に。

 

石畳で出来た地面は、この場に仁王立つ彼女を強く支え、あつく歓迎していた。

 

「もう一度言います、答えはノー。

貴女が拉致したアーチャーさんは、返してもらいます」

 

「―――はぁ…。アーチャーは、貴女のサーヴァントでもないでしょうに」

 

 チラと、桜は凛を見やる。

凛は、握った右手の親指を天に向けていた。

 

「ならば私達らしく………いただいてゆきますッ!!!」

 

 その言葉を合図に、天空に舞うキャスター。

倒れ伏しているアーチャーの周りに、竜牙兵が無数に現れる。重圧の魔術がここ境内全域にかかる。

 

義勇軍散開。陣形編成。インペリアル・クロス改めインペリアル・アロー。

 

「防御力と突進力のあるイリヤさんとバーサーカーさんが前衛。

両脇を先輩達とセイバーさんが固め、兄さんは私とライダーの後ろに立ちます。

兄さんのポジションが一番安全です、安心して下さい」

 

 

 

□ □ □ 士 □

□ □ □ □ □

イ □ 桜 □ ワ

□ □ □ □ □

□ □ □ 凛 □

 

 

 

「今回限りの同盟相手さんよ? そんな所(先頭)に立っていいのか?」

 

「あら、私好みよ。この陣形!」

 

 兵卒相手に古今無双の働きをするイリヤとバーサーカー。

ただ敵をぶちのめし、制圧前進。その気概こそが、彼女の武器だ。

 

「 tetra 」

 

 それに対し、キャスターが紡ぐ神代の言語。秒にして0,1にも満たない時間。

火球・氷鏃・雷・岩槍が、一斉に義勇軍に襲い掛かる。

 

「はぁあアアッ!!!」

 

 その悉くを斬り伏せるセイバーの剣速は、控えめに言って神速の域である。

インペリアル・アロー陣の特性は素早さ増加。ただでさえ速い銀色の騎士は、正に水を得た魚だ。

 

「 swarm 」

 

 その陣ごと、上空より飛来せし隕石が襲う。

一体いかなる天変地異か。魔術師とは、極めれば言葉だけで天地すら割れるのか。

 

「化け物魔術師がッ!」

 

 言霊という物があるように、その実キャスターの言葉は、音から何まで一字一句が魔術の行使である。

先程までの軽口もやり取りも、これら小魔術(キャスターにとっては)を効率良く撃つ為の布石であった。

 

すなわち、神言魔術式。

 

「こんな敵陣のど真ん中へノコノコと来た己を恥じる事ね。―――この星の狭間で」

 

 降り注ぐ流星群が、隕石が光線へと変わる。

光線はやがて収縮し、万物を滅却する焔に。更に変質してプラズマへと。

 

それさえ過ぎて。

 

時空さえ歪むほどの重力の奔流が、桜達義勇軍をすっぽりと覆った。

 

「やば……!」

 

―――渦巻く重力源を耐える凛達には見えた。いや、映った。

 

「 earth 」

 

美しい青き天体が、彼らの目に。

 

「――――」

 

・・・自分が立っているこの場所とは? 根を下ろして腰を据えている、こことは?

その答えをキャスターは示したのかもしれない。

 

「・・・・おいおいおいおい。

オイッ!!! 何とかしないと駄目だろこれ!!!!」

 

 この場にいる誰よりも弱い慎二がまず先に気が付いた。

これが嘘でも何でもなく現実である事。

 

そして眼前に迫り来る惑星に、ただ見とれてはいけないという事に。

 

「アーチャー!!おい起きろって!!!」

 

 アーチャーに走り寄り、その首の後ろ、頚椎よりやや外側。

慎二はそこを左右同時に親指の腹で押した。

 

「―――はッ!?」

 

「気が付いたか? 早速で悪いが、あれを何とかしてくれると助かるッ!!」

 

 目覚めたアーチャーは瞬時に状況を把握すると、現状を打破する為の最適解をはじき出した。

だがそれ故に、一つの疑問が浮かび上がる。

 

「・・・何故セイバーでもライダーでもなく、私に頼んだんだ?慎二」

 

「どこかのバカの勘がお前が適任だと推薦したんだよ!」

 

引きつりながらも、こんな時に笑う慎二に、アーチャーはどこか懐かしさを感じた。

 

「それに。 こんな所で一人バカみたいに寝てる間に死ぬってのも、すげえ淋しいじゃないか?」

 

馬鹿にはダチが必要らしいぜ?アーチャー。

 

「・・・相変わらずだな、お前は」

 

「ほっとけ。――――なあ、僕ら、何処かで会ったか?」

 

「さてな。

だが推薦されたからには、期待に応えるとしよう」

 

 友の頼みとあれば尚更だ。

そう思い、口元を引き締めるアーチャー。

 

それは口には出さずとも、顔に書いてあったが。

 

「―――I am the bone of my sword.」

 

 

 

 

 

 

 大それた魔術とは、いきなりポンと出すものではない。

小を重ね、重ねて重ねて。その果てに、ここぞと決めた瞬間に出すからこそ必殺となる。

 

「もし大魔術が無力化されたら?敵が対策を練っていたら? 勝機は自分で作るものよ」

 

 もし、ポンと出して楽に勝つような術があるとすれば、それは大じゃなくて究極とかロマンとかいう類のモノだ。

故に、キャスターは昨夜使った闇の極光を出さずにいた。

彼女をして大魔術と称するそれと、この青き天体。

 

切り札は最後まで取っておくものだ。

 

「Steel is my body, and fire is my blood.」

 

 キャスターの大魔術は、見る人々に己の始まりを思い出させる類のモノ。

人は親を選べないが、誰しも親から生まれるものだ。

 

「I have created over a thousand blades.」

 

反発もするだろうし、反逆し離反する事もあるだろう。

 

「Unknown to Death.」

 

 だが生まれたという絶対の真実は無くならない。

誰しもが持つ故郷が、胸の内から消えないように。

 

「Nor known to Life.」

 

人生の起点はここ。

 

「Have withstood pain to create many weapons.」

 

この天体だ。この星だ。

 

「Yet, those hands will never hold anything.」

 

 だからこそ、見せ付けなくてはならない。

刻まなくてはならない。

 

「 So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS. 」

 

己の生き様を。

 

 

 

 

 

 

「これって………」

 

「これは…………」

 

 果たして先に呟いたのは、誰か。

巨大な鉄の歯車でひしめく大空と、果てしなく広がるこの荒野。

 

何とまあ、淋しい世界だ。

 

「固有結界―――。

術者の心象風景の具現、魔術師の到達点が一つ、〝魔法〟に最も近い魔術」

 

 だが淋しくはあるが、荒野に突き刺さった数多の刀剣の存在が、その感傷に浸る事を許さない。

彼らは欲しているのだ。

 

武器として生まれた意味の成就、斬れぬ物など無いこの我が身を振るう腕を。

 

―――武器を執れ。剣を突き刺せ。深く、深く、柄まで通れと。 

 

「さあ、キャスターよ」

 

「………」

 

 其の名、無限の剣製。

彼は自身の世界に内包してある刀剣を射る事が出来る、唯一無二の弓兵であった。

 

「ここは剣戟の極地。恐れずして掛かって来い―――!」

 

 刀剣が有無を言わずに宙を舞い、青き星へ向かう。

徐々に徐々に小さくなりつつある天体は、まるで急速に空気が抜けて萎む風船のよう。

 

何故ならここはアーチャーの世界。

 

邪魔者には、ご退席を命じる事が出来る。

 

「…見事ね、アーチャー。

だけど私の魔術は、こんな紛い物の剣なんて簡単に消し潰してやれるわよ?

このようにね!!!」

 

 負けじと。再度膨らみ始める天体は射出される刀剣を溶かし、突き進む。

世界が相手であろうと、これは星であり惑星。

 

大きさで敵う相手ではない。

 

「アーチャー!!」

 

天体の放つ強烈な余波に負けじと、凛は己がサーヴァントに何とか近づいてその背中を叩いた。

 

「遅刻だぞ?凛」

 

「道が混んでたわ」

 

「アーチャーさん! ご無事ですか?」

 

 安心からか、軽口を言う凛に反して桜の言葉は心配の色を帯びている。

一晩ずっと、アーチャーはあのキャスターの下に捕まっていたのだ。

 

桜の生来持つ優しさが、弓兵の心には響いていた。

 

「・・・無事さ。眼前の目障りな青い星が消えてしまえばな」

 

「ししし!弓のにーちゃんも、中々言うようになったね!」

 

 ピリカの手には、何処から持ってきたのだろうか黄色い玉が。

それをアーチャーの胸の辺りに当てると、

 

「む?」

 

「嘘? 魔力が回復した?一体どうやって……」

 

「マナ持っていくよ!」

 

 弓兵に合うように特化した魔力の玉。すなわちマナ。

それを何処からか持ってきた妖精は、得意げな顔をする。

 

「言ったろ?オイラはハードボイルドな妖精さ」

 

 魔力が増したアーチャーは、射出させる剣をより一層多く天体に向かわせる。

それは天体を取り囲み、青い光が見えなくなる程に覆われた。

 

「ブロークン・ファンタズム―――!」

 

 爆発・爆裂・疾風怒涛。 

刀剣という刀剣の全てが爆発四散した。

その爆発は魔力を帯び、生命の息吹を根こそぎ奪う。

 

――――昔、これと似たような光景を見た事がある。

 

 今はもう懐かしい怪獣映画。怪獣王と、宇宙から飛来して来た破壊神が戦う映画。

破壊神の最期は、こんな風な大大爆発を起こしていたなあ。

 

眼前を見つめる慎二は、そんな感想を脳裏に思い描いていた。

 

「・・・やったぞ!!あの天体、綺麗さっぱり消えやがった!!!」

 

「一気に畳み掛けて! アーチャー!!!」

 

 満天の星空の下。

宙に浮かぶキャスターを見据え、凛と慎二は叫んだ。

固有結界を維持する為の魔力はまだ充分にある。敵はたったの一人。

 

これにて、この戦いは終幕だ。

 

「―――――何、だと・・・?」

 

「おい、アーチャー?どうしたんだ?」

 

「シロウ! あの空を!」

 

 満天の星が瞬く、こんな夜空に。

キャスターはいた。

 

闇の剣を携えて。

 

「空が割れてる・・・? おいちょっと待てよ、アーチャーの魔術は!?」

 

「あの剣を起点に、固有結界が破られてます!!

あれはまさか、―――対界宝具だとでも……!?」

 

 塗りつぶしたはずの世界が割れていく。崩れてゆく。

抜き放たれた刀剣が、元の鞘に収まるように。 

 

「―――現実を侵食する究極の魔術。 流石と言っておくわ、アーチャー」

 

 個人が世界を塗り替えるだと? 

現実とは、そんなにも脆いモノなのか?

 

「御礼に直視させてあげましょう。 ここが一体何処なのかをね」

 

 そんなにも弱いものか?

数多の先人達が、歴史が埋没していった、散って逝ったこの世とは。

 

「  開け,虚空の扉―――  」 

≪ Gates to Eternal Void, show your passage. ≫

 

 瞬間。

義勇軍の脳裏には、昨夜敗北した時の光景が。一年前が、二年前が、十年前が。

一説によれば走馬灯とは、現状を打破する為の最適解を見つける為の、記憶の遡行であるという。

 

 何でそんな事を脳は、心は見せるのか。

生きてきた年月単位で探さなくては、ここで自分は死ぬからだ。

 

「  我が闇の洗礼を受けよ―――  」

≪ Be damned by my darkness. ≫

 

 人がこの世に生きる上で、穢れや悪感情からは逃れられない。

嫌な事があれば腹が立つし、気持ち悪い物には近寄りたくない。

 

ふと左を見れば人が簡単に死に至り、右を見れば満面の笑みを浮かべる者がいる、この浮世。

 

 そうか、この世は悪意で満ちているのか。

それに気付いてしまったなら、過去の自分自身すら、遠い他人の様に見えてくる。

 

天空に浮かぶ闇の剣は、それを刻みつけてくるのだ。現実という名を。

 

―――だけど。

 

「それでも、私は。私達は」

 

「俺達は」

 

 光をつかむ。

闘うんだ、自分の意志で。

 

「 天光満つる処に我はあり 」

 

 

 

 

 

 

『―――エターナル・ファイナリティがもし負けたら?』

 

生前、我が師匠に一度だけ聞いた事がある。

 

『はい、お師匠様。是非教えて頂きたく』

 

『…負けるとは思えないわね。相手が人間である以上は』

 

『相手が英雄英傑でも。ですか?』

 

『ええ。元は人から生まれたんですもの』

 

 分からない事は少ないに越した事は無い。

この闇の極光を打ち負かすには、どうしたらいいのか。

 

『………でもそうね、教えておきましょうか。闇の極光の破り方』

 

『お願いします、お師匠様』

 

それさえ分かれば、相手がこれを使ってきても私は勝てるだろう。

 

『簡単な話よ。―――極光さえ上回る力を、ぶつけてやればいいだけの事』

 

『………筋肉じみてますね』

 

『でも、真理でしょう?

エターナル・ファイナリティが百人力なら、千人力には負ける。よく吟味しておきなさいな』

 

『……お教え頂き、ありがとうございました』

 

 何故こんな光景を見るのか。

キャスターにはついぞ、分からなかったという。

 

 

 

 

 

 

「 天光満つる処に我はあり 」

≪ I dwell amidst the abounding light of heaven, ≫

 

 遥か古代の忘れ形見を紡ぐ桜へと手を振り下ろし、万全たる闇の極光が天空を震わせながら地に降り立つその前に。

 

「 黄泉の門開く処に汝あり 」

≪ thou art at the gate to the underworld, ≫

 

我知らず、この場に最愛の人がいない事を、キャスターは心から安堵した。

 

「 出でよ、神の雷 」

≪ come forth, thunder of the gods. ≫

 

・・・・・これで最後だから。

 

「―――エターナル・ファイナリティ !」

≪  Eternal Finality.  ≫

 

「―――インディグネイション !」

≪ This ends here...Indignation(インデグニション). ≫

 

 我先に射出される闇の極光剣。

だが、それは天空よりも遥か彼方の天座に吸い込まれる。

黒剣は霧散し、純粋な光となって収束した。

 

神鳴りが、今、落ちてくる。

 

「―――逃げるのは……無理ね」

 

 キャスターと桜以外には解読も発音も不可能なこの古代呪文。

インデグニションは、回避不可能。

 

 彼女らの与り知らぬ事だが、かつて魔の術が全く通じぬ、異星の王がいた。

何を撃っても通じない。回避されたとかそんな次元の話ではなく、攻撃が当たらない。

雷の剣も、炎の嵐も竜巻も、神の息吹であろうとも。

 

何をしてもレーザーで焼き払われて、数多の呪文と拳打で叩きのめされる。

 

その王に敗北を刻んだのがこの呪文だった。

 

「私が甘かったというわけね…。『異常』はもう、昨夜から訪れていた……」

 

―――慢心ゆえに、私の命運は尽きたか。

 

ああ、でも。

 

最後に、一つだけ伝えないと・・・。

 

『必ずや果たしてみせよう、キャスター。お前の望みを』

 

「マスター。―――私は貴方を、愛しています」

 

 貴方様のお陰で。

私の望みはもう、さっきまで叶っていました。

 

 

 

 

 

 




次回予告

遥かな大地の闇を走り、破壊の街に曲折し、
動乱の泥濘に揉まれても、なお、ギラリと光る一筋の太刀。
だが、この刀は何の為に。
手繰り手繰られ、相寄る剣士。
だが、この運命は何の為に。
流麗なる月夜に、再び魔剣が奔る。
次回『我流』
まだ、吾が刀は鞘から抜かじ。





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