Fate/チェインクロニクル   作:ブロx

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第11話 さぶらい

 

 紙一重だった。

側頭部に迫るタイガの一撃を、横に倒れこんで避ける。

 と同時に、竹刀を下から上に一閃する。

……わずかでもタイミングが遅れれば、己の命は無かっただろう。

 たとえもう一度やれと言われても、やれる自信は無い。

騎士であるこの身に、これほどの脅威を感じさせるとは。

 剣を使う者として、彼女は掛け値無しに敬意をはらうべき人物だ。

 

「御美事でした。タイガ」

 

 立ち上がる事もせず、地に倒れた状態で惜しみない賞賛を述べる。

あの一瞬に、私は文字通り全身全霊を懸けた。

 英霊であるとはいえ、すぐに身体が動く訳もない。

 

「参りました」

 

 真っ直ぐにこちらを見ながら、敗北の宣言をするタイガ。

その虎の眼に宿る意志に揺らぎはおろか、陰りもない。

 一体何が、彼女をこんなにも鬼気迫らせたというのか。

 

「―――タイガ」

 

足に力を込めて立ち上がり、宣誓する。

 

「シロウはこの剣にかけて、私が守ります」

 

……、はて。

 

 何ゆえか、口から出たのは誓いだった。

この身は騎士。騎士の誓いは絶対のもの。こんなにも簡単に、言葉にするべきものではない。

 

……私は何故。

 

 浮かぶ疑問。タイガからそらせない己の視線。

誓いを口にしたこの一瞬だけは、己の望みが頭から消えていた。

 

 

 

 

 

 

「―――勝負あり。両者とも、凄まじい腕前だった」

 

 衛宮邸の屋根瓦に、三名の気配があった。

剣気にあてられ、女二人の果し合いを特等席で見ていた彼等はその勝敗が決したと見ると、勢いよく庭に降り立つ。

 

「……私は剣に疎い素人了見ではありましたが、実にお見事でした」

 

「二人とも、遺恨は無いな?」

 

アーチャーとライダーが賞賛を浴びせ、ツカムが問う。

 

「……こんな負け方をした私にそれを聞く? セイバーちゃんは、強い。遺恨はおろか文句すら無いよ」

 

「―――タイガ」

 

 セイバーは竹刀を持つ右手を己の心臓に当てる。

その剣の切っ先は真っ直ぐに天を指し、彼女の視線は一直線に大河を見つめる。

 

「シロウはこの剣にかけて、私が守ります」

 

 虎の如き女傑が今も持ち続ける意志に決して負けぬよう、己に刻む。相手に誓う。

騎士はその純粋な己の想いを真摯に告げていると、大河は感じた。

 

「…うん。分かったよ、セイバーちゃん」

 

 頷く大河。

先程のセイバーの一撃は、尋常なモノではなかった。

 たとえこの道の先に何も無くとも、己の望みだけは叶えてみせる。如何なる手を使おうとも。

何という殺気。何という気負い。

 まるで抜き身だ。

ギラギラとしてよく斬れる、でも鞘の無い刀。 

 

「………」

 

 勝負に負けた大河は、もう何も言えない。

セイバーの瞳が写しているその歪さも何もかも。

 

―――でも願わくば、

 

冬木の虎は心中にだけ、その想いのたけを語った。

 

―――抜き身の刀のような彼女に、どうか鞘が見つかりますように。

 

そう願う大河の顔を、アーチャー達はじっと見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 朝。起床と登校、出勤の時間。

衛宮邸の居間、大所帯での朝食は終わりを告げ、桜と士郎達は登校準備の為学生鞄に忘れ物が無いかの最終確認を行っていた。

 

 

「し~ろう~?」

 

「ん?朝から何だよ、藤ねえ」

 

「今日は私夜ご飯食べに来ないから、ちゃ~んとセイバーちゃん達を満腹にさせてあげるんだよ~?」

 

 いやに上機嫌に話す大河の言葉に、士郎は当然だと言わんばかりに頷いた。

だがしかし、何か引っかかる事柄があったような?

 

「何だそんな事か藤ねえ。言われなくても、腕によりをかけるのは当たり前の事さ。・・・ん?セイバー達?」

 

「虎のねーちゃん!今夜はここに帰ってこないのかい?」

 

空中で華麗にクルクル回るピリカ。

 

「タイガ。君がいないと、この家はどこか淋しくなる。明日は是非来てくれ」

 

がっしりと握手を交わすツカム。

 

「ありがとう!ピリカちゃんにツカム君!!」

 

「おい!お前等いつ藤ねえと仲良くなった!?」

 

 士郎のツッコミは基本無視。

それが冬木の虎の流儀だ。

 

「何だ、シロウ知らなかったのか?最初からタイガには、俺達の事はバレてたよ」

 

「初耳だぞそれ!?」

 

「話してみたら、オイラ達意気投合してさ!もうタイガも立派な義勇軍の一員さ!」

 

「義勇軍顧問!藤村大河!ここに参上!!」

 

 デェェェェェェェエン。

筋肉コマンドーポーズを取る、藤村大河。

 

「・・・・何でさ」

 

「タイガ、どうか私を弟子にしてください。艱難辛苦からサクラを守る為にはどうすれば……」

 

「悪いが、私は弟子はとらねえ主義だ。

…ライダーさんだけの明日を探しな。白い、真白な未来に足跡を刻むのは貴女なんだぜ?」

 

「私だけの、白い理想……」

 

「タイガー!ウチのライダーに何吹き込んでるんだ!!!」

 

「―――タイガーと申したか」

 

「・・・、いや、僕は・・・何も」

 

「口は災いの元」

 

 パキ。

聞き捨てならぬ言葉であった。慎二の顎を、虎拳が襲った。

 

「・・・・もう一回言っていいか? 何でさ」

 

「賑やかになって嬉しいですね、先輩」

 

「桜。逞しくなってくれて私は涙が出るくらい嬉しいわ」

 

「・・・・・・学校、行くか」

 

朝から疲れ果てた士郎の眼に、『慣れ』という恐ろしい病が慢性病と化してきた。

 

 

 

 

 

 

 学生は登校し、大人は勤め先に出勤した。

そんな時間に、衛宮邸の居間で正座する金髪の女性がいる。

 この家に残されたセイバーは、己がマスターとの先程の会話を思い出していた。

 

『―――いいか?セイバー。魔術は秘匿されるものだ。だから、昼間から襲ってくる魔術師なんていない。

 つまり今日は学校に来ないで大人しく留守番しててくれ。OK?』

 

『嫌です』

 

『・・・ツカム、ピリカ』

 

両者の間に、二つの影が現れる。

 

『金髪のねーちゃん!テレビでも見てリラックスしな。シロウの面倒はオイラ達がしっかり見ててやんよ』

 

『ヌフフ!』

 

『面白い方達ですね、気に入りました。―――斬り捨てるのは最後にしてあげます』

 

『・・・・・・』

 

『とにかく!留守場よろしく頼む!!これはセイバー、君にしか出来ない。君になら出来る事なんだ!』

 

『……マスターがそう言うのでしたら。しかし、何かあれば令呪を使ってこの身を呼んで下さい』

 

『分かった。じゃあ、行ってきます』

 

 上手く己がマスターに丸め込まれてしまった感は否めないが、サクラ達と一緒であれば大丈夫かもしれない。

 セイバーはそう思おうとした。

 

「しかし同盟を結んでいるサクラ達と一緒とはいえ、シロウは無用心が過ぎます。

帰ってきたら、鍛錬をしなくてはなりませんね。

今夜は敵地を偵察するのですから、少しでも戦いの経験を積んで頂かないと」

 

 握り拳を作り、気合を入れるセイバー。

哀れ、士郎は帰宅後に地獄を見るようだ。

 

「―――で、何故ここにいるのですか?ツカム」

 

「やあ。セイバーが一人だけだと寂しいだろうってことで、俺からシロウにお願いした。二つ返事でOKをもらったよ」

 

 ばりぼり。

霊体化を解き、煎餅をかじりながらテレビを見るツカムはセイバーの問いに答えた。

 

「……やはりキツイ鍛錬を課さねばならないようですね、我がマスターは」

 

「そう言ってやるなよセイバー。シロウは君の事が心配なんだ」

 

「サーヴァントであるこの身に、そのような気遣いは不要です」

 

「・・・食うか?この煎餅。醤油味がきいて美味いぞ?」

 

「頂きます」

 

 ぱりぱり。ばりぼり。

外国人の男女二人が煎餅をかじりながら、テーブルに肘をついて共にテレビを見ている。

 なんとも言いようの無い光景である。

 

「そういえばセイバー。タイガから暇な時に見てくれと、記録媒体?を渡されたんだが」

 

「DVDというやつですね。最近出回っているハイカラなものです。せっかくですし、見てみましょう」

 

 

【 椿 四十郎 】

 

 

「映像が白黒だな。これがハイカラってやつなのか?」

 

「……。私は現代の知識しかありませんので、何とも」

 

≪俺も一緒に行く≫

 

≪分からねえのか。こいつら助けんのよ≫

 

「お、上手い」

 

「片手で易々と剣を抜いて後方の敵を突くとは。居合という奴ですか」

 

≪てめー達のおかげでとんだ殺生をしたぜ!!!≫

 

 もうじき四十になる侍が若者達を激昂し、頬を張る。

テレビに映る髭の似合う侍は、不思議な雰囲気を醸し出す人物だった。

 

「・・・なあ、セイバー」

 

「何ですか?ツカム」

 

「君は、聖杯に何を望んでいるんだ?」

 

「……別に。貴方に言う事でもないでしょう」

 

「君の目は、タイガのそれに似ている。だけど、もっと危うい光を宿してる。

俺はそんな危なっかしい奴を放ってはおけない」

 

「…お節介は、身を滅ぼしますよ?」

 

「その点は問題ない。もう、滅んでる」

 

何の感情も写さないセイバーの瞳が、真っ直ぐにツカムを射抜いた。

 

「―――私は、とある国の王でした」

 

「へえ~」

 

「その国では酔狂な方法で王を選んでましてね。この岩に刺さった剣を抜いた者が、次の王だ。などと声高に謳っている始末でして。

 私は、誰も抜けなかったその剣を抜いてしまったのです」

 

「成る程。王様の誕生って訳だ。

・・・しかしセイバーが王様か。良い王になれそうだ」

 

決して眼を逸らさない、二人。

 

「自国を滅ぼしたのが、王たるこの私でもですか?」

 

「・・・滅んだのか?」

 

「ええ。私の全てである国が、綺麗さっぱり惨たらしく滅んでしまったのです。

私が不甲斐ないばかりに。

 あんな地獄を民に味わわせてしまった。あんな無道の極みを、世に顕現させてしまった。他ならぬ、この私が。

 だから私は望んだのです。私よりも相応しい者に、王となって頂きたいと。選定をやり直して欲しいと」

 

―――滅びの運命にある祖国に救済を。私は、間違っていた。

 

「・・・・・」

 

≪どうしてもやるのか。≫

≪やる。貴様みたいにひどい奴はない。≫

 

「今の私の胸にはこの望みしかありません。

別に、自らの行いに悔いがある訳ではなかった。

 ただ私は、あのような滅びを、自国に与えたくなど無かっただけ」

 

―――私のこの望みだけは、決して間違ってなどいないでしょうから。

 

「・・・セイバー。君は、間違っている」

 

 音も無く、ツカムの首筋に刃が触れる。

二人が見ている白黒映画の1シーンのように、左逆手で剣を握るのは眼前の白すぎる純銀の騎士。

 

≪抜き身だ。こいつも俺も、鞘に入ってねえ刀だ。≫

 

「知ってますか?ツカム。

理想というのは、呪いと同じなんです。呪いを解くには理想を叶えなければなりません。

 そして、理想を叶えられなかった者は、ずっと呪われたまま。

ユグドという大陸を救い、理想を叶えた貴方に私の気持ちは分からない。

加えて、私に何かを言う資格も無い」

 

 語るセイバーの瞳には、何も写っていなかった。

眼前のツカムも、剣を握る自分自身すらも。

 

「・・・・セイバー。でも多分シロウは、君を否定するぞ」

 

「マスターは守る。自身の望みも叶える。『両方』成さねばならないというのがセイバーの務めです。

 とうの昔に、覚悟は出来ています」

 

≪だがな、本当にいい刀は鞘に入ってる。おい、お前達も大人しく鞘に入ってろよ。・・・あばよ!≫

 

「貴方とサクラはシロウと同盟を結んでいる。

聖杯が現れるまで、私は手を出しませんよ」

 

 セイバーはその手に持つ剣を消し、立ち上がる。

そして孤高な背中だけを見せ、居間を立ち去っていった。

 

「セイバー!今夜の柳洞寺の偵察、頑張ろうな!」

 

 あの目を見てしまえば、これくらいの下手な激励しかツカムには言えなかった。

まるで彼女の心は黒い太陽。途轍もなく燃え盛り、眩しく、そして痛々しい。

 吹き荒れる黒炎は、彼女自身をも焼いているのだろう。そして、その炎は決して消える事は無い。誰にも、消せはしないのかもしれない。

 自分の望みを叶えるその日まで。

 

 

 

 

 

 深夜。

柳洞寺の山門に至る長い長い階段の下に、桜達四人は集まっていた。

 ライダー達サーヴァントとツカムは周囲を偵察し、何か罠が仕掛けられていないかの確認を行っている。

 

「さあやってきたわね、柳洞寺」

 

「ライダー。様子はどうですか?」

 

「…サクラ、この山門はまるで結界です。我らサーヴァントはこの階段以外に入る術がありません」

 

「サーヴァントに特化した要塞というわけか・・・。いよいよもって、きなの香りがプンプンしてきたね」

 

「そのようですね、兄さん」

 

 ライダーの報告を聞き、慎二と桜は確信した。

ここは正しく敵の拠点。キャスターのサーヴァントの本陣だ。

 

「どうやらここは正面突破するしかないみたいね。

三方をツカムとセイバーと私達で固めて、後方はライダーとアーチャーで援護としましょう。

 罠に気をつければ、寺は20分で制圧できる」

 

「ご立派。利口じゃないが勇気は買うよ、遠坂」

 

「言うじゃない、士郎。……セイバーに扱かれてボロボロみたいだけど大丈夫?」

 

「・・・ご冗談。男なら平気さ」

 

 軽口を言う凛達は、密集陣形をとった。

それは十字の形で、何処から何がきても充分に対応できる完璧な布陣だった。

 

「いいかい?ワカメのにーちゃん。おいら達はインペリアル・クロスという陣形で戦う。

 宝石魔術の得意な赤いねーちゃんが後衛、両脇をシロウとサクラが固める。にーちゃんはおいらの前に立つ。

にーちゃんのポジションが一番危険だ。覚悟して戦え」

 

「・・・僕に死ねって言ってるのか?」

 

「大丈夫、これは義勇軍伝統の陣形だよ。

おいら達は誰も死なせずに、これで何度も死地を掻い潜ってきたんだ。…あっ、」

 

「おい。今、…あって言ったな?」

 

「……マリナ達癒し手がいないから、本当ににーちゃん危ないや。

ま、ワカメのにーちゃんだし大丈夫か。

 いざとなったらパリイして」

 

「具体的には?」

 

「パリイ!って叫べばいいんだよ。にーちゃんへの攻撃が逸れてくれるから」

 

「パリイ!!!」

 

 余談だが、この時魔術による攻撃が慎二に飛来していたのだが、何ゆえかその攻撃は明後日の方向に逸れていった。

 キャスターはずっと不思議がっていたという。

 

「・・・そろそろ山門だな。セイバー、気を付けて往こう」

 

「承知しました、シロウ」

 

「いいですか?皆さん。今回はあくまで偵察ですが、チャンスがあればこの寺の制圧も視野に入れていきましょう。御武運を」

 

 山門到達まで、あと20歩。

 

「―――――」

 

 あと10歩。

 

「―――ッ」

 

 あと少しで門に到達するという所で、セイバーはその歩みを止めた。

それは他のサーヴァント達も同じく。

 それと同時に、英霊達とツカムは生前幾度も襲われた感覚に身を包まれた。

桜達には何も感じない。何故、歴戦の強者である彼等が急に止まったのか。

 何故、皆急に冷や汗をかき始めたのか。

 

「―――何者だ。貴公」

 

 セイバーが重い口を開く。

桜がふと気が付くと、開け放たれている山門の真中に、人影がぽつんと立っていた。

 蒼い髪。紺色の羽織袴。年は若く見え、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。 

まるで壁に掛けられている絵画。まるでなんの変哲も無い、路傍の石ころ。

 しかしそう感じたのは桜達人間だけで、歴戦のサーヴァント達には。

 

―――知らぬうちに、入ってしまった。

 

眼前に立つ流麗な侍の必殺の刃圏が、ざわりと彼等の肌を撫でていた。

 

「……まるでチドリやシュザ、九領の剣士みたいだ…」

 

「え?どうかしたの?ピリカ」

 

「あのピリカが怯えてる。妖精の奴らしくもねえです」

 

「皆動くな。・・・ピリカ。眼前の彼は、俺達が戦ってきた誰よりも手錬の剣豪だ」

 

「成る程。どうやら、いい性能のサーヴァントというわけね」

 

「問おう! 貴様の作戦目的と真名は!?」

 

 ツカムが問う。

サーヴァントが自身の身元を明かす訳が無いが、男を一目見たツカムは戦士としての名残り故か、この問いを言わざるを得ない衝動に駆られた。

 風を受け流す柳のように立つ男は、浮かべる笑みを一層深めると、

 

「―――アサシンのサーヴァント。佐々木小次郎」

 

 花を風が凪ぎ、鳥が月を横切る。

ありふれた自然な光景の中、侍は己が真名を誇らしく名乗った。

 

 

 

 

 




次回予告

人は、戦場に何を求める。
ある者は、ただその日の糧の為、刃を振るう。
ある者は、理想の為に己の手を血潮に染める。
またある者は、実りなき野心の為に、毀れた剣と死臭にまみれる。
雨は汚れた大地をみそぎ、流れとなり、川となって常に大海をめざす。
次回「直面」
人は流れに逆らい、そして力尽きて流される。
だが時に、人はその流れを変える。


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