着想はサクラ大戦4のOP。さくら君の光武が砲撃を受けながら回転、抜刀して敵を斬り捨てる所。
サクラ大戦のOPは3ばかり強調されてますが、4の方が作者は好きです。
燃えの全てが詰まってる。至高は2のOPだけど。
手記はここで途絶えている
『―――大河よ。また、あの男の所に行くのか?』
『うん!おじいちゃん!だって切嗣さん、私がいないと全然駄目なんだもの!』
『・・・程ほどにな』
『行ってきまーす!!!』
恋。 その素敵な好奇心が、大河を行動させた。
放っておけない眼をした人。誰かの為に、一生懸命になれる人。
恋する乙女は憧れていた。その大人の雰囲気に、あの衛宮切嗣に。
『切嗣さーん!……って何だ士郎だけか』
『何だとはなんだよ、藤村さん』
『あんたみたいなガキに用は無いわ、失せなさい。あと藤ねえって呼べって言ったでしょ。
…切嗣さんは?』
『いつも通り、土蔵にいる』
ロボットのフリをした人間のような、気に食わない眼をしてぶっきらぼうに答えるクソガキ。
私は士郎のこの眼が大嫌いだった。
まるでこの世の悪を全て一身に背負ってるかのような眼が。
切嗣さんも似た様な眼をしてるけど、似ても似つかないね。
あ、弟属性はどっちも持ってるかな。しかも愚弟の方。
だから気になるのかも。
その憧れの人はいつも土蔵にいるか、縁側で日向ぼっこをしていた。
『切嗣さーん!……?』
『――――』
幽鬼のような表情で土蔵の地面を見つめるその人は、小さく誰かの名前を呟きながら、いつ消え去るともしれない空気を纏っていた。いつも、いつも。
『―――切嗣さん。また、外国に行っちゃうの?』
いつも、私はあの人の背中しか見れなかった。
『ああごめんね、大河ちゃん。またなんだ・・・』
いつも、あの人は何処か遠くを見ていた。
『やる事があってね。・・・どうか、士郎を頼むよ』
行こう行こう。いつも先を急ぐ。
『任せといて!士郎の事は、私が―――』
そしてある日、死ぬ。
『…………え?今何て言ったの?士郎』
『藤ねえ。爺さん、死んじゃった』
あの時の士郎の眼を、私は生涯忘れない。
一生懸命に人間のフリをした、ロボット。
士郎はきっと己の運命を、夢を定めてしまったのだ。
ならばせめて、元は自分が人間だったという事を、この子にいつか思い出させてやらねばならない。
私はこいつの姉貴分。弟が全うな人間になれるようにするのは姉の努めだ。
ねえ、知ってる?士郎。
夢を持つとね、時々スッゴク切なくなるけど、時々スッゴク熱くなるんだよ?
だから、そんな顔をしないでよ。そんな眼をしないでよ。
・・・今思えば、切嗣さんにも同じ気持ちを抱いていたような気がする。
私は人を見る眼には自信がある。眼は、雄弁にその人を語ってくれる。
あの人の眼は、こう語っていた。
―――知ってるかな?
夢っていうのは、呪いと同じなんだ。呪いを解くには夢を叶えるしかない。
けど、途中で夢を挫折した者は、一生呪われたまま。
僕の苦しみは、君には分からない。
それが、私が憧れ恋した人間だった。
最期まであの人は、私を見てはくれなかった。
でも、だからこそ私は守る。士郎を。この家を。
あの人が最後に守ろうとしたものを。
あの人の呪いを解く為に。
◇
藤村大河は実家に帰宅する際、親から必ずと言っていいほど注意された事がある。
―――我が家の隣りの石に、手を合わせなさい。
「藤木」と書かれたその石に、言われるがまま大河は毎日手を合わせた。その意味など分からなかったし、誰も教えてはくれなかったが。
しかしある時、祖父に尋ねてみた。丁度衛宮切嗣が士郎を養子にした頃だ。
―――あの石は何なの?おじいちゃん。
『あの石は、その昔我が家のご先祖様を助けて下さった方が眠る石だ。
見ず知らずのご先祖様を、凶刃から救ってくれた命の恩人。
我が藤村家は、その方の藤の一字を頂いて始まった家なのだ』
―――そして、その方は剣豪だった。今も我が家に伝わる剣の流儀の。
当時の大河には意味が分からなかった。だが、その流儀には興味が出た。
『切嗣さんが困ったら、助けてあげられるかもしれない』
淡い想いは大河をより積極的にし、頑なな祖父を説き伏せた。
大河の祖父、藤村雷画は語る。あの時は、孫娘にとって時期が来たのだと。
一心不乱の修行が始まった。手首は腫れ、足腰は崩れる。
時には這って自分の部屋に帰った事もあった。
恋は盲目だとよく言われるが、これはその極地だろう。
そして五年後、切嗣が亡くなった次の日。大河は必死の形相で祖父である師匠に言った。
『―――どうしたら、あの子を守れますか』
祖父は何も言わず、側面に綺麗に穴が開いた徳利を大河に手渡した。
その次の日、藤村雷画は大河を一目見るなり、大目録術許しを彼女に与えたという。
―――正気にては大業ならず。
その剣は、虎の足の如き俊敏性。虎の爪の如き必殺性。
その流儀の名を、虎眼流という。
◇
「この家に厄介になりたくば、私を倒してからにするが良い」
大河はそう言うと、目の前にいるセイバーに対して拳を振るった。
その拳は猫科動物が爪を立てるが如き形であり、スナップを利かせ手首を敵に当てる、虎拳と云われる当て身である。
試合開始の宣言が無い?
残念ながらこれは試合とか立ち会いとかではなく果し合い。そんなものは存在しない。
目の前に広がるのは、街灯も月も何も無い真っ暗闇。
それを物ともせず、正確に振るわれる当て身を避けるセイバー。
手に持つ竹刀を振るう。掴まれる竹刀。顔面に虎拳が迫る。沈み込みながら、敵の下半身に体当たりをぶちかます。
竹刀を手放し、大きく間合いをとる敵。
「……解せません」
「・・・・・」
己の脇に竹刀を構え、セイバーは疑問を投げる。
敵は手練れ。しかもこの闇の中、寸毫違わず己の急所に打撃を繰り出せるほどの剛の者。
「貴女の一撃には、暗殺とか闇討ちを得手とする者特有の気配が無い。あるのは、ただただ純粋な想いしかない」
「・・・・・」
「私が気に入らないのなら、尋常に果し合いを挑めばよいではありませんか。こんな暗殺紛いの事をして、剣士の名が廃るとは思わないのですか?」
「・・・残念だけど、今の私は剣士じゃない」
―――ただの虎だ。
ここに来てはじめて、大河は大刀を右手で抜いた。
真剣ではない。黒色の木で出来た木刀である。
闇に溶けているそれの長さは、セイバーの握る竹刀よりも幾分短い。巷で売られている何の変哲も無い木刀だった。
竹刀対木刀。
刀身の長さなら断然竹刀の方が勝っている。竹刀の方が有利だ。
しかし、大河が木刀の柄を握った瞬間から、セイバーは何故か悪寒が止まらなかった。
直感で、彼女は理解したのだ。
敵は王虎。気付いた時には首を刈り取る、正真正銘の怪物だ。
「…そこまで恥も外聞も捨て去って、貴女は何を求めるのです」
―――あの子に平穏を。
「…何を背負うのです。その強さの果てに、何を望むのです」
―――何もかも無くしたあの子に、人並みの幸せを。あの人の魂に、救済を。
大河はそう言うと、大刀を右肩に担いだ。左手は先ほど放った虎拳の形である。
セイバーはこの構えこそが、眼前の虎の真の名乗りなのだと悟った。
名乗り返さぬのは、騎士の名折れだ。
「―――我が真名は、」
そして己が名を発する前に、セイバーは見た。
星だ。
星が、流れた。
◇
闇夜に剣を振るうこと白昼の如し。
暗夜の物を見、星を見、また物を見る。
街灯も月明かりも何も無い真っ暗闇、【真夜】を目にした事があるだろうか。
常に街灯が当たり前のように点灯している現代において、それを直に見ることは難しい。
所謂、田舎に自分は住んでいて、そんなものは日常茶飯事だという意見もあるだろうが、しかしよくよく見ればそこかしこに灯りはついている。
街灯が無くとも誰かの家の灯りが、店の明かりが、携帯電話の明かりが。
そんな文明の利器が存在しない時代に生きた人間は、一体どのようにして闇夜を歩いたのか。そして戦ったのか。
行燈や提灯、篝火を使用していた。
間違いではない。しかし、多用は出来なかったはず。何故なら扱いを誤ると大火事になるから。
月明かりに頼った。
間違いではない。しかし、新月や雲りの日はどうしたのか。
まずもって夜は出歩かない。
間違いではない。古来より人間は昼に活動し夜に寝る生き物。しかし、宴会などは一般的に夜間に行われる。付き合いを疎かには出来ない。
出歩かねばならない真夜がある。だから、そこを狙う。
月夜ばかりと思うなよ。闇討ち。暗殺。その剣を使う者は、夜目が利いたといわれている。
目の前に広がるのは、街灯も月も何も無い真っ暗闇。どこから何が出てきてもおかしくは無い【真夜】。
何が出てきても油断はしない。来るならこい。
という警戒心を抱いていた自分を、敵は如何にして近づいて斬り殺したのだろうか。
刃物を振るえば、必ずといっていいほどその音と反射が付き物だ。たとえ【真夜】でも、例外は無いはずだ。ましてやこの距離で。
それがない。何も見えない。聞こえない。
人はそれを、魔剣という。
◇
剣の英霊セイバーは、その未来予知にも匹敵する直感にて、必殺の斬撃をかわした。
彼我の間合は三間(約5.4メートル)。
常識で考えれば、大河の剣がセイバーに当たるはずがない。
だが、かわさねば確実にセイバーの側頭部は吹き飛んでいただろう。
工夫は、手の内。
担いだ大刀を肘と腕を伸ばしながら右方より横一文字に一閃する最中、大河は柄を手の内で横滑りさせた。
剣の定石通りに鍔元を握った手の内は、刃が相手に到達する頃には柄尻の頭を握っている。
勝機は、先の先。
相手の意表をつき、無防備な相手を一方的に打ち倒す為の術技である。
―――虎眼流「流れ」
だが、そのような闇討ちの如き技術など凌駕してこそ剣の英霊。
前方に沈み込みながら一閃をかわし、瞬時に間合を潰し、セイバーの剣が右斜め下から左斜め上に大河の胴体を薙ぎに往く。
大河の刀はもう間に合わない。「流れ」は技の発動後、腕肘が伸びきってしまうという欠点がある。かわされてしまえば反撃は不可能。
慌てて右手をもと来た軌道に振ろうとも、それは棒振り芸であって剣技ではない。
必殺の速度など出ようはずが無い。
勝負は決まった。
セイバーは確信する。自分は相手に己の矜持を示せたと。
例えどのような艱難辛苦が訪れようとも、無道の極みに堕ちようともマスターを、士郎を守り、己の望みを叶える。
それが騎士としての、一時は王でもあった自分の義務だ。
それが、自身に何をもたらすのでなくとも。
だからセイバーには見えるはずだった。
死に体を晒し、呆気にとられながら己が竹刀に斬られる大河の顔が、
大河の顔が、
大河の顔が、
顔は、
――――何処だ?
セイバーには見えない。
夜天に浮かぶ星屑を一瞬の瞬きの内に散らす死の流星が、セイバーには見えない。
――――大河の顔は何処だ。
それは魔剣であった。
工夫は二つ。回転と左手。
先に述べたとおり、「流れ」はその構造の欠陥上、二撃目が迅速に出せないという欠点を持つ。
故に、右手に持つ大刀は不必要。
「流れ」を敵手が無力化した瞬間に、我が右手の五指を開く。
これで右手の自由が利く。
と同時に、「流れ」の勢いを殺すことなく、身体を左回転。
その時左手は、人差し指と中指のみで左腰に差した小刀の柄を、猫科動物が爪を立てるようにして挟み込んでいる。
ちょうど、ビール瓶の口を上から指を折り畳んで掴む形だ。
この掴みは、「流れ」が無力化した瞬間ではなく発動した瞬間に行う。
回転により発生した遠心力を利かせ、敵手に背を向けながら小刀を抜刀し、その刀身を自由になった右手の指で挟む。
即ち、遠心力と抜刀の勢いを右手の指で堤防のように押しとどめるのだ。
そしてすぐさま右手の指を離し、挟みこんだ左手の指だけで「流れ」を発動。
堰を切った濁流の如き勢いで更に身体と左手は左回転。
かくあれば何が起こるか。
運動力を損なう事無く、一歩の踏み込みで二度の斬撃を繰り出す術。
小刀は、必殺の速度と破壊力を持って敵の頭部に向かう。
かくなる工夫により、この理論は完成をみる。
これは虎眼流の正統奥義ではない。
己の刀を手放すなど邪道も甚だしい。
「流れ」は避ければ無力化できる技だが、横一文字の斬撃の為避ける方向は二つしかない。すなわち、後方か前方か。
「流れ」がかわされたらどうするか。奥義がかわされたらどうするか。
あの人達を守るには、どうすれば。
十年にも及ぶ藤村大河の研鑽が、結実した証。
形をなぞるだけなら誰にもできよう。
しかし、「流れ」は生半可な速度と握力では必殺を発揮しない。
この魔剣の使い手は、己の必殺がかわされた瞬間を毛筋のずれなくしかと捉え、かつ剣を手放し、即、次の運体に移らねばならず。
かような要求に実の戦中で応える事など誰にかできよう。
最高の騙まし討ちを最速の反応速度で貪り尽くしてこその剣。
藤村大河はこれを成す。
どのような敵手、状況であろうともその悉くを断ち斬る一筋の閃光。
それが過ぎ去った後は、ただ迸る星の屑だけが残るのみ。
――――我流魔剣 星流れ
勝敗を分けたものは何か。
片や英霊、片や人間。
しかし両者とも何かを、誰かを守りたいという気持ちは同じ。
・・・きっと、二人の間に差などなかった。
あるいは、
無道の極みに堕ちようとも剣を握り、己の願いを叶えると決めたセイバーと、
畜生道に堕ちようとも剣を握り、呪いを解く為勝たねばならなかった大河と、
二人の間にあった自我の差が、剣速の差となって現れたのかもしれない。
セイバーの横顔が地に倒れる。
刹那の逡巡、 彼女達の頭をかすめたのは背負ったものの重さ。
流星は幾多の人間にその美しい軌跡のみを魅せ、願い事を叶える事もなく何処かへと消えた。
今宵見えた星は二つ。
地に落ちる流れ星と、天に昇る逆流れの星。あとには、ただ無明が広がるのみ。
その手に持つ竹刀で正中線を下から一閃された、大河を残して。
「――――御美事でした。タイガ」
「――――参りました」
勝者は剣の英霊、セイバー。
次回予告
己の放った斬撃が、鏡の中の己を斬り飛ばす。
飛び散る破片とともに、見えなくなる自分。
遙かな闇の彼方、もう一人の自分を映し出す鏡を求めて、柳洞寺へ。
次回「さぶらい」
この身体の中に潜むものは、何だ。