「咲ちゃん、誕生日おめでとー!」
掛け声に合わせて差し出されるグラスを一つ一つ受け止めた後、飲みやすいからとぶどうサワーを一口。うん、これなら私でも飲めそうだ。
「咲さん、誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、和ちゃん」
今日は私、宮永咲の二十歳の誕生日。ドラフトで指名されてプロ雀士となり、東京へ出てきたものの、練習に試合に遠征、取材やテレビ出演等々、高校時代とは比較にならない程の忙しさもあって、進学したり実業団に入った友人達と会う機会はすっかり減ってしまっていた。お姉ちゃんを始めとしたチームの先輩達、同じくプロに入った淡ちゃんや純さんとも遊びに行ったりもする。だけど、一抹の寂しさが拭えないのは事実だった。
そんな折だ、優希ちゃんから誕生日会を開くという誘いがあったのは。
私の誕生日は例年コクマの開幕に近く、そして開催地は東京なので、去年は期間中に全国の舞台で鎬を削った面々と何度か顔を合わせた。アマチュア最高峰の大会ということもあって、皆意気に溢れていて、当時新人王戦の真っ只中だった私にとって非常に励みになった。……最後に負けちゃったけれど。
それはさておき。今年は私の誕生日が開催日の二日前ということもあって、前乗り出来るメンバーを集めたから是非にとのことだった。この前電話した時に予定を聞いてきたのはこれかと、思い当たる節もあったので直ぐに了承の返事をした。
そうしていざ来てみれば、これが中々、意外なメンバーが集まっていた。
幹事にして発起人の優希ちゃん、東京の大学に進学した和ちゃんはともかく、中部大学リーグを代表する打ち手である桃子ちゃんに、関西では洋榎さんに準える声もある憧ちゃんの姿があったのには驚いた。二人とも高校を卒業する前に会ったきりだったので、思わずえっ? と声に出てしまった位に。私の様を見て優希ちゃんがドヤって、悪戯っぽく微笑む和ちゃんに促され今回のサプライズ達の間に座る。その時に、桃子ちゃんも憧ちゃんも昔と比べ成長している事に気付いて、遺伝子の力とはかくも理不尽だと改めて思った。
何はともあれ始まった私の誕生日会。お酒は各自一杯だけという約束もあって度を越える事もなく――若い女、されど雀士である私達の話題は次第に麻雀へと落ち着く。
「そういえば、皆はもう組み合わせ見た? 中々エグイ事になってたけど」
「団体のDブロックっすよね。最初見た時は仕込みを疑ったっすよ」
大会規模としてはオリンピックに匹敵するとも言われる国内最大級の大会であるコクマは、小学生以下、中学生以下、高校生以下、大学生以上の年齢別で区分けされ、それぞれで個人戦、団体戦が行われる。私を除いたメンバーが参戦する大学生以上の部は、実業団の選手も加わる最も参加人数の多い部門で、参加選手にとってはドラフト前にアピールする最後にして最大の場として、毎年プロも唸る激戦が繰り広げられている。
桃子ちゃんの言ったDブロックは確か、インカレと日本選手権の決勝チームが固まったんだっけ。夏の全国大会で決勝卓に進出するとコクマの“優先参加権”が貰えるけど、本戦でのシード権じゃないからこういう事も起こり得るんだよね。四十八も枠があって、その四分の一に固まるのは異例だけれど。
「何処が上がってくると思います?」
「希望は室町大だけど……現実としてはセレーネとか、園田技研辺りかなあ」
「有力チームが固まったのであれやこれや言われてますけど、その実何処もチーム力そのものに大きな差はないっすからね。そういう意味で憧さんの挙げた二チームは突出した選手が居るから有利ではあるっすよね」
「セレーネの桂さんにはボッコボコにされたから、どっかが倒してくれると後が楽になるじぇ」
アマチュアの情報には疎いから話が深くなるとさっぱり分からない……! 雑誌も読んで、せめて有名所位は分かるようになっておこう、うん。
「あっ、つまみ切れちゃったわね。アンタら何か食べる?」
「私は唐揚げで」
「タコスあるじょこの店!」
「だし巻き卵をお願いします」
「私はこのたれキャベツってやつで」
たれキャベツって何だろう。メニュー表に説明が書いてあった、お店で使っている特製のたれを使った焼きキャベツらしい。ちょっと気になる。唐揚げと交換してもらおう。
「私は……もも塩でいっか。すいませーん」
呼ばれてやってきた店員さんに皆が頼んだメニューをスラスラと告げていく憧ちゃん。昔部長が「私と同じ匂いがする」とか言ってたけど、こう、テキパキと物事を進めるのを見ると確かに、と思う。
「ポジション変更……やっぱり桃子にも話あるんだ」
「も、って事は憧さんもっすか?」
「春の新入生次第だけどね。中堅気に入ってるからやだなー」
「ポジションと言えば、咲ちゃんは最近色んなポジションを転々としてるよな。この前テレビ見てたら先鋒で打ってて驚いたじぇ」
「いつも先鋒で出てるお姉ちゃんや山口さんの調子がイマイチだったから、それでお鉢が回って来ただけなんけどね。監督からも好きに打ってきていいぞって言われたし」
私が去年大将としての出場機会を得られたのは、現在のレギュラーである柊さんが産休で居なかったからで、最近ポジションを転々としているのは私の適正を見る為だ。トップチームの登録人数は十五人まで。限られた枠内での遣り繰りが求められるリーグ戦において、スペシャリストは不可欠なれども、それ以上にゼネラリストは喜ばれる。一つのポジションにこだわれるのは本当に一握りの実力者だけだ。
「プロは年間の試合数もアマチュアとは比べ物にならないですし、麻雀は毎回同じ人が同じ調子で勝てる、というものではないですからね」
「そういう意味じゃ小鍛治プロとか三尋木プロは本当に雲の上の人よね。殆ど出ずっぱりなのに負けないし、チームに勝利を齎すエースって感じで」
「私としては咲ちゃんのお姉ちゃんがそうなれてないのが驚きだじぇ」
優希ちゃんはインターハイでお姉ちゃんと実際に戦ったからか何かと気にしているみたいで、同じチームの私よりプロ雀士としてのお姉ちゃんに詳しい。チームのエースとして先鋒を担い、結果も残しているんだけど、優希ちゃんの目には物足りなく映るようだ。
「いや、私は傍から見てても圧倒されたあのチャンプが“若手最上位”で頭打ちになってるのを見て、やっぱりプロって凄いなって思ったっすけどね」
「それは同感。同じ技術を使ってる筈なのに別物に見えるのよね。咲のこともテレビで見たけど、何かもう背中すら見えないって感じたし」
「そ、それは言い過ぎじゃないかな……」
「そんな事ないですよ。テレビで観戦した限りでは、去年の秋頃からプレーの精度が大幅に向上しているように見受けられましたし」
……和ちゃんに言われるとそうなのかなって思っちゃう。何でだろう。
「やっぱりプロの練習は一味違うん――っと、ちょっと、失礼するっす」
私を褒めるという妙な流れを断ち切ったのは、チームの先輩が使っている着信音で、その主は桃子ちゃんだった。画面を見て、「少し外すっすね」と言って席を立った桃子ちゃんの後ろ姿を憧ちゃんがじっと見つめている。
「どうしたの憧ちゃん?」
「チラッと見えたんだけど、今の電話だったみたい。しかも男の名前だった」
「な、なんですとっ!? そんな話は聞いてないじぇ!」
「桃子さんの交友関係を知ってどうするんですか……」
「イジるに決まってるだろ!」
「優希の事は置いとくにしても、気になるわね、相手のこと」
急に場が姦しくなった。社会人になり年上の人と接する機会が各段に増えたことで、自然とこの手の話に触れる機会も増えたから、興味はある。……職業柄、プライベートの時間が取りづらい事もあって、聞こえてくるのは大半が別れ話なのは余談。
「何て名前だったんだじぇ?」
「太郎って部分しか見えなかったわ。でも太郎なんて先ず男の名前でしょ?」
「それはそうだけど、ポピュラー過ぎて的を絞れんじょ」
「ゆーき、メッセで皆に流してたら私は貴方と絶交しますからね?」
「!? や、そんなことする訳ないじゃん!」
「優希ちゃん慌てすぎだよ」
そもそも、ディスプレイに映った名前が本名かどうかなんて分からないじゃない。そう言ったら憧ちゃんに深い溜息を吐かれた。
「はあ……そんなんだから素材は良いのに垢抜けないのよアンタは」
「何かヒドイこと言われた!?」
「咲ちゃん、今の流れでそれはないじぇ」
「優希ちゃんまで!?」
詮索するのはよくないよって言いたかっただけなのに!
「まあまあ、その辺で。後は本人が帰って来てから聞けばいいじゃないですか」
「当たり前でしょ。この機会を逃せないわ」
「ふふふ、今日は私がアイツを弄ってやるじぇ!」
和ちゃんもちょっと乗り気だ、ヤバイ、何だか急に猛烈な仲間外れ感が。今日は私の誕生日会の筈だよね?
「すんません、遅くなったっすー……って何すかこの空気」
「桃子、よく帰ってきたわね」
「隅から隅まで暴いてやるじぇ!」
「な、なんばしよっと!?」
それちょっと違う気がするよ桃子ちゃん。
「ほらほら、キリキリ吐くんだじぇ」
「だから、何をっすか?」
「電話してたんでしょ? 相手誰なのよ」
「――ああ、先生っすよ、先生」
あっさり言っちゃったよ桃子ちゃん。
「先生? 大学のか?」
「いや、麻雀のっすよ。たまに指導してもらってるんす。この前コクマに出るって言ったんで、そのことでちょっと」
「先生ねえ、それって男?」
「男の人っすけど、それが?」
「イケメン? イケメン?」
「イケメンっすけど、多分此処に居る人皆顔知ってるっすよ」
「? どういうこと」
「須賀京太郎って知らないっすか? 去年新人王取った人」
なんだ、それは。
ねくすと咲’sひんと!
川中島駅から権堂駅までは4駅13分の距離。